ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 その子守唄はずっと残り続ける……。


第二百十話「L.L.L./Lingering Last Lullaby」

 騎兵は歩兵より強い。

 近代兵器が登場する前の戦史において、地球でもこれは常識だった。

 

 馬上にいる為に高い位置から攻撃できる、そもそも馬を所有できたのは戦闘訓練を積んだ職業戦士であった等と様々な理由はあるが、何よりも大きいのは圧倒的な機動力と突進力だろう。

 歩兵よりも速く移動でき、同時にその速度にものを言わせた突進で力を何倍も高められる。馬の機動力を奪う地形で戦うなどしない限り、歩兵に勝ち目など無かった。

 

 もっとも、この理論はナグモには当て嵌まらない。至高の御方(じゅーる・うぇるず)にLv.100のNPCとして作られた彼は普通の人間の身体能力など軽く凌駕しているし、仮に素手であっても馬ごと騎兵を叩き潰すなど造作もなかった。

 

 ただし―――それは相手が人間で、同レベル帯でなければの話だ。

 

『グオオオオォォォォッ!!』

 

 異形となったアルベドが吼える。下半身が巨大な四足獣となり、異形の半人半馬となった彼女は四本の脚で地面を蹴った。

 漆黒の鋼の様な筋肉を隆起させ、鋭い鎌の様な爪は地面を易々と抉り、掻き毟る様に地面が蹴られた瞬間にアルベドの身体は音すらも置き去りにして漆黒の閃光と化した。

 

「むうっ!?」

 

 突進と共にアルベドの上半身が振り下ろした槍をパンドラズ・アクターは苦悶の声と共に受ける。彼の姿は今や白銀の騎士(たっち・みー)に変わっていた。

 至高の四十一人の全てに変身できるパンドラズ・アクターだが、その能力はレベル80までしか再現できない。

 ならば足りない能力はクラス補正で補う。“ワールド・チャンピオン”のたっち・みーならば、レベル100相手でも白兵戦でまだ分があるだろう。

 

『ガアアアアァァァァッ!!』

「ぐっ……!」

 

 そう思っていたパンドラズ・アクターだが、すぐに自分の計算違いを知った。

 槍を一当てしたアルベドはそのまま駆け抜け、速度を落とさずに急旋回して、再びパンドラズ・アクターへと駆けて槍を振り下ろした。

 

 異形化した事で元の力より跳ね上がった膂力、巨大化した事によって増した質量と重量。

 そして四足獣の下半身によって加速度的に増していく速度の突進は、劣化してるとはいえ“ワールド・チャンピオン”の姿でもついていけず、ひたすら防御に徹するしかないパンドラズ・アクターの体力を確実に削っていた。

 

「パンドラズ・アクターさん!」

 

 防戦一方になってるパンドラズ・アクターを見て、負傷した香織と共に後ろに下がっていたミキュルニラが思わず前に出そうになる。

 

「っ! ミキュルニラ殿、駄目です!」

 

 パンドラズ・アクターが慌てて声を上げる。だが、それより早く異形のアルベドは手にした槍をミキュルニラに向かって振るう。槍から漆黒のエネルギーを纏った衝撃波が生じて、地面を抉りながらミキュルニラに迫った。

 

「くっ……!」

 

 衝撃波の前にナグモが出る。先程の傷も完全に癒えておらず、武器の“黒傘・シュラーク”も壊れたままだが、それでも魔力を振り絞って防御魔法を展開してミキュルニラへの攻撃を防いだ。

 

「この馬鹿、迂闊に出てくるなっ! お前は香織の治療と結界の解除に専念しろっ!」

「っ……申し訳ありません!」

 

 ナグモから怒鳴りつけられ、ミキュルニラは後ろへ退がる。

 いかにパワードスーツを纏っているといっても、ユグドラシルのパワードスーツ仕様として体力(HP)魔力(MP)は強化されない。戦闘能力が皆無なミキュルニラの体力ではアルベドの攻撃に擦っただけでも即死しかねない。

 だが、それで今度はナグモに目をつけたのか、アルベドは四本の脚で駆けてナグモへと槍を振り下ろす。

 

『シィッ!』

「ぐぅぅうううっ!?」

 

 マッハを軽く超えて光速にまで達した突進。異形化した事による体重の増加。さらには馬上という高所からの振り下ろし。

 

 咄嗟に防御魔法(シールド)を展開するも、そのシールドごと叩き壊しかねない一撃でナグモが吹き飛ぶ。地面に転がったナグモに追撃をかけようとしたところで大量の矢がアルベドに降り注いだ。

 

「おおっと、私を忘れては困りますぞ統括殿ッ!」

 

 パンドラズ・アクターだ。その姿を白銀の騎士(たっち・みー)から鳥人間の弓兵(ペロロンチーノ)へと変えて、上空から矢の雨を降らせていた。

 だが、その矢は数を優先させて一撃の質は低い。それを見抜いたアルベドは大量の矢を体で受けながら、背中の翼を広げた。

 

 今のアルベドの巨体からして、普通ならその翼で浮かび上がる筈などないが、そんな物理法則の常識など異形種には通用しない。大量の矢が体に当たるものの、金属がぶつかる様な音を立てながらアルベドの硬質化した皮膚に全て弾かれていた。

 そして地対空ミサイルの様に地面から飛び出し、ペロロンチーノ(パンドラズ・アクター)に向かって突進する。

 

「くっ……!」

 

 身を捻ってなんとか突進を躱わしたパンドラズ・アクターだが、今度は逆にアルベドに頭上へと飛ばれてしまった。そうして膂力に重力が加算された槍の振り下ろしが落とされ、これは避けられないと判断したパンドラズ・アクターは咄嗟に防御しようとする。

 だが、今の姿はペロロンチーノだ。たっち・みーより防御力が劣るこの姿では大ダメージは避けられない。

 そうしてパンドラズ・アクターに槍が当たる瞬間———ナグモの飛行型マシン・モンスターが横から入った。

 

『チィッ!』

 

 アルベドは舌打ちしながらマシン・モンスターを一刀両断にする。邪魔なマシン・モンスターを召喚したナグモを斬り捨てようと矛先を変えるが、再びパンドラズ・アクターがアルベドの意識を逸らす様に攻撃した。

 

「くっ………結界の解除はまだか!?」

「今やってます! でも、時間が掛かって………!」

 

 手元のコンソールを叩きながら焦った声を出すミキュルニラにナグモは歯噛みする。先程からこの繰り返しだ。パンドラズ・アクターが前衛を務めてるお陰で、ナグモも自分の回復に専念できた。しかし、異形化したアルベドの戦闘力は予想を遥かに上回っている。

 

 巨躯をものともしない機動力。元からバルディッシュを軽々と扱える膂力は異形化する事で倍増され、さらにはナザリックで最強クラスの防御力がある。

 アルベドとナグモ達の戦闘は、まさしく鎧でガチガチに固めた騎兵に対して歩兵が挑むくらい不利な戦いとなっていた

 

 しかもナグモ達の即席パーティーもこれまた不利だ。

 まだ傷の癒えない香織がいる上に、戦闘力皆無なミキュルニラがいる。いくらパワードスーツを纏っていると言っても、アルベドの一撃にも耐えられそうにないミキュルニラを戦闘に参加させる気は無かった。

 よってアルベドに対して、最大火力が“至高の四十一人の劣化コピー”が精々のパンドラズ・アクターと、装備などでアルベドにメタを張られたナグモの二人で戦わなくてはならなかった。

 

 戦闘に参加させてないミキュルニラに結界の解除を命じているのものの、アルベドもまた然る者。

 守護者統括としてナザリックの防衛システムを熟知していた経験を活かし、いまナグモ達を閉じ込めているグリューエン大火山の結界も容易に解除できない様にコードを暗号化していたのだ。

 

(くそっ、頭の良い奴はこれだから面倒だっ!)

 

 自分の事を棚に上げてナグモは毒づくものの、状況は変わらない。“黒傘・シュラーク”も故障した今のナグモに出来る事は、補助魔法や召喚魔法でパンドラズ・アクターがアルベドに瞬殺されない様に援護するくらいだ。

 そして———自分の魔力がゼロになって魔法が撃てなくなった時、戦闘の拮抗は一気に崩れると悟っていた。

 

「ミキュルニラさん、早く私を治して! ナグモくんが死んじゃう!」

「ごめんなさい、私の力ではどうしようもなくて……!」

 

 香織に関しては再生能力があると承知していたのだろう。魔力がゼロになるまで痛めつけたどころか、アルベドは回復魔法を阻害する呪詛(カース)系のスキルまで使っていた。その為、ミキュルニラが手を尽くそうとしたが傷は全く治らず、香織は未だに四肢を失ったまま地面に転がっていた。

 

『ハッ! どうやら万事休すといったところかしらね?』

 

 パンドラズ・アクターが次々と“至高の四十一人”の姿に変身しながらも、そのどれもがアルベドに有効打を与えられない。ナグモはそのパンドラズ・アクターに補助魔法をかけるも魔力の限界が近そうな姿を見て、アルベドは嘲笑を上げた。

 異形化して耳まで裂けた顔で浮かべた笑みは元の天使の様な美女とはかけ離れていて、今のアルベドの心を示す様に醜悪な悪魔の様な顔だった。

 

『お前達などモモンガ様には不要なのよ! 守護者統括ちして私の手で直々に廃棄処分してあげるわ! ええ、こうなったらモモンガ様に不要なシモベも全て廃棄しましょう。前から思っていたけどメイド達は自衛できる能力も無いくせに多すぎるし、セバスやペストーニャみたいなシモベは悪の王たるモモンガ様の意にそぐわないわね。あの吸血鬼娘も含めて、モモンガ様に不要なシモベは全て―――全て全て全て全て全てっ! 廃棄、廃棄ハイキ廃棄ハイキ廃棄ハイキ廃棄するのよっ!!』

 

 もはや正常な思考などアルベドには残ってない様だ。壊れた機械の様に何度も廃棄と叫ぶアルベドを見て、そこにいる全ての人物がそれを悟った。

 ナグモ達を殺した後、アルベドはその足でナザリックへ強襲するだろう。そうして自分の最大の恋敵であるユエはもちろん、“モモンガ様に不要なもの”と自分が判断した全ての者を始末する気でいるのだ。

 もちろんアインズ含めてナザリックのNPC全てがそれを阻もうとするだろうが、アルベドの手には“一撃死”が行える“ロンギヌス・レプリカ”がある。アルベドが討ち取られるまで、最終的にどこまで被害が拡散するか、誰が犠牲になるか………それは考えたくない事だった。

 

「――――――うん。もう………ここまでですね」

 

 満身創痍のパンドラズ・アクターとナグモがどうにかアルベドを立ち向かっている。だが、二人では異形化し、ましてや『ナザリック防御力最強』の異名を持つアルベドにダメージを入れるなど出来なかった。

 

 たった今―――二人の残存魔力が()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを見たパワードスーツのヘルメットに内蔵されたモニターで確認したミキュルニラは―――それまで結界を解除する為に高速でタイピングしていたコンソールを閉じた。

 

「ミキュルニラ……さん……どうして……?」

「―――香織ちゃん。貴方を異形種に改造してごめんなさい」

 

 唐突にミキュルニラが深々と頭を下げる。突然の事に面食らう香織に、ミキュルニラは一方的に喋り始めた。

 

「あれがあの時には最善の判断だったとはいえ、人間だった香織ちゃんの心を歪めてしまいました。私が言えた義理ではないけど………しょちょ~が大好きだったのは、人間の頃の香織ちゃんです。だから、人間だった心まで忘れないで下さい」

「え……いったい、何を……?」

「………しょちょ~の事をよろしくお願いします。すごく頭が良いのに子供っぽくて、見てないと危なっかしい人ですから」

 

 最後にペコリと香織に頭を下げ、ミキュルニラは立ち上がる。

 パワードスーツを纏っている為、その表情は見えない。だが、香織には何故か―――静かな笑みを浮べてる様に見えた。

 

「―――パンドラズ・アクターさん! “お願いします”!」

 

 唐突にミキュルニラがパンドラズ・アクターへ呼び掛ける。戦闘中のパンドラズ・アクターは一瞬、虚をつかれた様に動きを止めたが、まるで()()()()()()()()()()()()()()()大きく頷いた。

 

「ミキュルニラ殿……ええ、分かりました。Wenn das Ihr Wille ist(それがあなたの御意思とあらば)!!」

「この馬鹿っ! 出るなと言っただろうっ!!」

 

 先程の様に目立つ行動をしたミキュルニラへナグモは余裕のない声で怒鳴る。案の定、アルベドはミキュルニラへ方向転換してその槍を振り上げた。

 

「おおおおおおっ!!」

 

 そこへパンドラズ・アクターが割って入る。まるでミキュルニラを庇うかの様な動きだ。それをアルベドは槍を横薙ぎに振るった。

 その槍は――――容赦なくパンドラズ・アクターに直撃した。

 

「ゴハッ――――!!」

『ふん、まずは一人―――っ!?』

 

 槍から伝わる手応え(クリティカルヒット)にアルベドはニタリと異形の口を吊り上がらせ――――すぐに顔を歪めた。体に見えない鎖幾重にも絡みついた感覚がしたのだ。

 咄嗟に打ち据えた筈のパンドラズ・アクターを見ると、その姿は羽の生えた異形の胎児―――ヴィクティムに変身していた。

 

『お前っ……!』

「ぐっ………今です、ミキュルニラ殿ォッ!!」

 

 第八階層の守護者・ヴィクティムは自身がやられた時に、強力な足止め効果を発揮するスキルがある。

 今回のパンドラズ・アクター(ヴィクティム)は完全に死んでないので、不完全な形となったがそれでもアルベドの動きを短時間だけ阻害させるのに十分だった。

 

「やあああああっ!!」

「おい、ミキュルニラ!?」

 

 パワードスーツのスラスターを噴射させて、ミキュルニラがアルベドに向かって飛んでいく。それを見たナグモは驚きの声を上げるが、彼の脇を通り過ぎて飛び去って行った。

 元々はじゅーるが趣味で改造したパワードスーツだ。ミキュルニラが動かしても、その速度はLv.100性能で発揮される。だが………。

 

『嘗め、る……なああああああああっ!!』

 

 アルベドが吼える。自分の体に絡みついた呪い(スキル)を力づくで破り、高速で向かってくるミキュルニラへ振り向く。そして胴体の顔の口から何かを射出した。

 

「あ………っ」

「ミキュルニラァァァァァッ!!」

 

 ナグモが絶叫する。アルベドの胴体の口から飛び出したもの、それは舌だった。

 カメレオンの様に長く伸び、だが太く硬質な舌は鋼の鞭の様に動き、パワードスーツごとミキュルニラの胴体を貫いていた。

 

『はっ、ざまあないわねっ! あなたの様な雑魚如きが不意打ちなんかで私に触れられるとでも思ったのかしら?』

「アル、ベドさん……ごめん、なさい………」

 

 嘲笑するアルベドに串刺しにされながら、ミキュルニラは言葉を途切れ途切れに謝る。

 

「しょちょ~、を……ナザリックの、みんなを、守る為……お許し、下さい……!」

 

 最後の力を振り絞る様に、ミキュルニラはアルベドへ右手を差し伸ばす。だが、腹の口から伸びた舌のお陰でその距離はアルベドに触れる事も出来ない程に遠い。

 だからこそ、アルベドも弱者が圧倒的な強者に届かない手を届かせようとしてる様に滑稽さすら感じて眺めていた。

 

 カシャッ、とパワードスーツの右手の手甲の上部が開く。

 

 そこから出てきた物を見て―――アルベドは即座に顔を真っ青にさせた。

 

『ギャアアアアアアアアアアッ!!!!????』

 

 手甲から出てきた武器から閃光が迸る。完全に油断しきっていた為に避けられず、その光に貫かれたアルベドは絶叫を上げた。

 まるで毒薬を注射された様に体をのた打ち回らせ、その衝撃でミキュルニラを貫いていた舌もズルリと抜けて、ミキュルニラは地面に投げ出された。そして手甲に仕込まれていた武器―――パイルバンカーの様に短い穂先となった“ロンギヌス・レプリカ”が折れて地面に転がった。

 

『お前ェェェェェっ!! 下等シモベ風情がよくもおおおおおおおっ!!』

 

 いかにアルベドがナザリックで最強の防御力があろうと、“一撃死”が行えるワールドアイテムの複製品の前には意味がない。“ロンギヌス・レプリカ”に貫かれた箇所からアルベドの体が崩れ始めていた。

 

 ただし―――その崩れ方が妙だ。

 

 肉体が腐乱していくというわけではなく、アルベドの体から光の粒子が出て、それが宙へと消えていく。その光もよくよく見れば、「0」と「1」、という細かな数字が見えていた。

 その様子はまるで――――構築されていたプログラム(NPCの肉体)がウィルスによって消去されていく様にも見えた。

 

『あ、ああ、ああああっ……!? 崩れていく……私の体があああああっ! いやああああっ、モモンガさまあああああああっ!!』

 

 だが、それでも効果は絶大だ。力強く醜悪だった異形の姿がボロボロと崩壊していき、アルベドは逃れられぬ自分の死を直感していた。

 

『お前だけでも……せめてお前だけでもおおおおおおっ!!』

 

 崩れ落ちそうな体をおして、アルベドは最後に道連れにしようと足掻く。手にしていた“ロンギヌス・レプリカ”を四肢を失って地面に転がったままの香織に向けた。

 

『お前だけでも殺し、がっ―――!?』

 

 “ロンギヌス・レプリカ”の魔力を解放しようとしたアルベド。だが、その顔に折れて先端が槍の様に尖った“黒傘・シュラーク”の残骸が突き立てられる。

 本来ならナグモのステータスでは防御力最強のアルベドの体に傷をつけるなど不可能だっただろう。だが、体が崩れかけた今、紅茶の中に入れた角砂糖にフォークを突き立てる様に簡単にアルベドの硬質化した皮膚を貫いていた。

 

『モモンガ、さ――――』

 

 瞬間―――爆発。

 “黒傘・シュラーク”に魔力をありったけ込めて暴走させ、即席の爆弾と化してアルベドの頭を吹き飛ばした。

 

「っ………!」

 

 香織を守る為とはいえアルベドを――――ナザリックの同僚だった女を殺したナグモは見てしまった。

 爆発する瞬間―――アルベドは目に涙を浮べていた。それは狂いながらも最後まで恋慕を向けていたアインズの事を想ってか、それともここまでしながら叶わなかった自分の恋に悲嘆したのか。

 だが、それを考える暇などナグモには無かった。

 

「ミキュルニラっ!!」

 

 背後でアルベドの体が「0」と「1」の光に包まれて消滅する。死体すら残らないという生物として不可解な現象だが、ナグモにはそんな事を気にする余裕などなかった。すぐにミキュルニラへと駆け寄る。

 

 ミキュルニラは―――腹に穴を空けていた。

 

 だが、その穴から漏れ出るのは赤い血液ではなく、アルベドと同じ様に「0」と「1」の光だった。

 ナグモがじゅーるから貰った遺品とも言えるパワードスーツも大破して同じ様に「0」と「1」の光を明滅させながら消滅していってるのだが、むしろパワードスーツの残骸が邪魔な物であるかの様にナグモは次々と剥ぎ取り、ミキュルニラの体を露出させた。

 

「何を………何をしているんだっ! どうしてこんな事をしたっ!?」

「しょ、ちょ~……ごめん、なさい……じゅーる様のパワード、スーツ……壊して……」

「そんな事はどうでもいいっ!!」

 

 取り去ったヘルメットの中からボンヤリと生気の無い目をしたミキュルニラが出てくる。ナグモはミキュルニラの腹から漏れ出る光を止めようと必死に治療を始めた。

 

「このくらい、なんて事ない……なんて事ないんだっ。だって、僕はじゅーる様に最高の頭脳を授かった特別な人間だっ! だから、このくらい傷なんて、すぐに治せる! だから、なんて事ないっ……!」

 

 ミキュルニラを励ます様に、あるいは自分に言い聞かせる様に「なんて事ない」とナグモは繰り返す。

 ユグドラシルの治癒魔法、トータスの治癒魔法、そして大迷宮の試練で習得した再生魔法。

 ありとあらゆる手を尽くし、ミキュルニラを治療しようと試みていた。

 だが………ミキュルニラの腹から漏れ出る光は一向に止まらなかった。

 

「何故だっ! 僕はっ………僕は、じゅーる様に作られた最高の頭脳を持った“医者(ドクター)”なんだぞっ!? このくらい、治せて当然の筈なのにっ……!」

「もう、いいですよ、しょちょ〜……ご自身でも、分かっているんでしょ? 複製品とはいえ、ワールドアイテムの効果は………どう頑張って打ち消せない、って………」

「くっ………そ、そうだ、アインズ様だっ! アインズ様なら……死をも支配するあの御方なら、お前を蘇生できる筈だっ!」

 

 ナグモは希望的観測を述べる様にアインズの名前を出す。だが、ミキュルニラは弱々しく否定した。

 

「それは……無理でしょう……。アルベドさんは別ですけど………」

「なん…だと……?」

「私が使った“ロンギヌス・レプリカ”は……出力だけは強弱(ハイロウ)が出来る様に改造された物ですから………使い手が消滅するデメリットまでは無効化出来なかったですけど……。出力を弱めて撃ったので……アルベドさんには消滅の効果が薄いから……普通の蘇生魔法で復活できる筈です……」

「ふざけるなっ! なんでアイツが蘇生できて、お前が消滅しなきゃならないんだっ!?」

「だって、可哀想じゃないですか………きっと、アルベドさんだって本意じゃなかったと思うんです……。何かが……きっと、アルベドさんの根幹にあった()()()………おかしくなっただけなのに、危険だから完全に消滅させちゃうなんて………アルベドさんも、ナザリックのお友達ですから………」

 

 ミキュルニラの返答にナグモは唇を噛む。

 

『人間嫌いなナグモと違い、ナザリックの誰とでも仲良くできる』。

 

 今までそれは社交的な事が嫌いな自分を補佐する為に創造主(じゅーる)がミキュルニラをそう作っただけだと思っていた。ナグモ自身、面倒な人付き合いは自分の副所長に任せれば良い、と便利なツールぐらいに思っていた。

 だが―――そうではなかった。ミキュルニラは創造主(じゅーる)にそう設定されたからという理由ではなく、本当にナザリックの同胞達を友人に思っていたのだ。

 ナグモや他の友人達(NPC)に危害が及ぶ可能性があるからこそアルベドを死亡させたが、完全に消滅させる程に非情になりきれなかったのだ。

 だからこそ、残された手段として―――自分の消滅と引き換えにアルベドを止める事を選んだのだ。

 

 漏れ出る光と共にミキュルニラの体が薄れていく。それが認められない様にナグモはミキュルニラの手を強く握りしめた。

 

「待て、消えるなっ! お前は僕の副所長だっ! 勝手に消えるなど許可しないっ!!」

「ごめんなさい……私の後任は以前から候補を纏めておきました……お帰りになられたら、私のデスクを確認して下さい………」

「駄目だっ、後任など認めないっ! お前が勧めた海人族の街作りだってまだ終わってないんだぞっ! 僕の元から去るなど許さないっ!!」

 

 子供の駄々の様にナグモが叫ぶものの、ミキュルニラの消滅は止まらない。

 自分の手では止められない別離。それはかつて、じゅーるが目の前から去った時の事を思い起こさせた。

 

「お前まで………お前まで、じゅーる様みたいに僕を置いていくというのかっ!?」

「―――いいえ。じゅーる様は……決して亡くなった息子様と同一視した貴方を置いていこうとは思っていませんでした」

「え…………?」

 

 その瞬間、ナグモは思わず息を止めた。

 自分がじゅーるの亡くなった息子に似せて作られたというのは、アインズすらも知らない筈の事実だ。それなのに、なぜミキュルニラがその事を知っていたのか。

 思わず呆然とするナグモに、ミキュルニラは途切れ途切れになりながらも、精一杯伝えてきた。

 

「私は……以前はしょちょ〜と同じで、ナザリックの外の人間なんて実験動物くらいにしか考えてなかったんです………。でも、あの日……じゅーる様がナザリックより去られた日……その時に、私の在り方(設定)を書き換えていったんです……」」

 

 そうして―――にっこりと、ミキュルニラは優しい笑みを浮べた。

 

 

「“しょちょ〜が沢山の友達を作れるお手伝いをする”……それが……新しく生まれ変わった私の存在意義でした」

 

 それは―――じゅーるなりの親心だったのだろう。

 

 ナザリック———“アインズ・ウール・ゴウン”は悪の支配者ロールをしていたギルドだ。ギルドメンバー達はゲーム内では差別される異形種であった為、自然と遊びで悪役ロールをしようと定着していった。

 それに合わせてじゅーるも自分のNPC達に悪役に相応しい設定を作成さていた。だが、ナグモは………自分の亡き息子を模った彼には特別な想いを抱いたのだろう。

 自分がかつて設計したテーマパークのエリアを模した第四階層。思い出の中にしか存在しなくなったそこに居続けるナグモの為に、彼はナグモの為のマスコットキャラクターを生み出したのだ。

 

『誰とでも仲良くなり、息子の分身(ナグモ)に寂しい思いをさせない友達』。

 

 それが―――新しく設定を改変されたミキュルニラというNPCだったのだ。

 同時に、だからこそ仲間想いだったアルベドが狂った様に心変わりした事にも思い当たったのだろう。

 

「きっと……じゅーる様は………閉園の時間が来ちゃったんです。おそらく、ナザリックは……至高の御方達が遊びに来る場所だったから………でも……きっと理由があって私達を、ナザリックの皆を連れて行けないから………だから、私はせめて………しょちょ〜や皆を……楽しませる存在でありたかった………」

 

 とあるテーマパークのマスコットを模したNPC、ミキュルニラ。

 そんな経緯で作成されたからこそ、彼女には至高の御方(ギルドメンバー)達の事情が朧げながら分かっていたのだ。ナザリックは彼等が遊びの為に作った場所で、自分達(NPC)もまた娯楽を目的として作れたのだと。

 おそらく、至高の御方達がナザリックに来なくなったのは様々な理由があるのだろう。単純に遊びに飽きてしまったのかもしれないし、もっと特別な事情で来られなくなったのかもしれない。

 

 それでも―――ナザリック(テーマパーク)にいる間、彼等は楽しい時間を過ごしてくれたのだ。

 そして、この場所を自分の創造主(じゅーる)を含めて、多くの御方達が情熱を持って作ったのだ。ならばこそ、ミキュルニラ(マスコット)がやる事は決まっていた。

 

 今もナザリックにいてくれる、たった一人のお客様(アインズ)

 父親(じゅーる)がいなくなり、独りぼっちの迷子になった子供(ナグモ)

 彼等を楽しませる事こそが、新たな存在意義――――――そう、ミキュルニラは自分を定義したのだ。

 

「もっと一緒に……しょちょ〜や皆と、一緒にいたかったけど………お別れ、ですね………」

 

 ミキュルニラの体が崩れていく。「0」と「1」の光の粒子(コード)は宙に消えていき、存在そのもの(プログラム)が崩壊していく。

 

「待て……待てっ、ミキュルニラ!!」

「大、丈夫……だって、しょちょ〜はもう……一人じゃないから……」

 

 香織に始まり、ナグモはナザリックの外で多くの人間と出会っていった。その過程でかつての無感情な人形から、一人の人間へと成長していった。

 異形種になってしまった香織の事など、心配な事はあるが………きっと大丈夫だ。

 

 だって―――マスコットがずっと側で子守唄を歌ってあげていた子供は、もうテーマパークの外の世界を知っているのだから。そこで、色々な事を学んでいたのだから。

 子供がいつかはおもちゃを卒業する様に―――自分という人形は、役目は終えたのだ。

 

「ミキュルニラっ、僕は――――!」

「バイ、バイ………一緒に……遊んで、くれて………ありがと…………ナグ、モ……………しょ…………ちょ……………」

 

 パキンッ。

 

 それはガラスが砕ける音に似ていた。ミキュルニラの体は完全に崩れ落ち、「0」と「1」の光は宙へと解けて全て消えた。

 

「ミキュル、ニラ……………」

 

 自分の副所長だった少女が光の粒となって消える。その光景を目の当たりにしてナグモがただ呆然と呟いた。

 

「ミキュルニラさん……! ミキュルニラさん……!」

 

 背後で香織がすすり泣く声がする。それとは別に自分の背後に近づいた音にナグモは振り向かずに聞いた。

 

「パンドラズ・アクター………お前は最初から知っていたのか? ミキュルニラが……あいつが最初から自分を犠牲にするつもりだと」

「……Das ist richtig。その通りです」

 

 ガバッとナグモは立ち上がり、元の軍服姿に戻っていたパンドラズ・アクターの胸倉を掴んだ。

 

「何故っ………何故止めなかった! あいつが犠牲になる必要なんてなかったんだっ!」

「………それだけ貴殿の命を彼女は守りたかったのです」

 

 怒りに吼えるナグモにされるがままになりながら、パンドラズ・アクターは静かに答えた。

 

「アルベド殿が“ロンギヌス・レプリカ”を持ち出した事が発覚した時点で、ナグモ殿や香織殿の命に一刻の猶予もない事が分かっていました。私はアインズ様にお知らせして、救援隊を編制してから行くべきだと申し上げましたが、ミキュルニラ殿は貴殿の身を最優先にしていち早く駆けつける為に私と二人で行く事を選んだのです」

 

 実際、アインズに判断を仰いだ場合、その救援は遅れていたのは確かだろう。

 慎重なアインズはアルベドの謀叛が(エヒト)の流した誤情報ではないのかと疑う事から始まり、そして自分の出撃の隙をつかれない様にナザリックの防衛を指示出ししてから来る、と時間は掛かっただろう。その間にナグモや香織は“ロンギヌス・レプリカ”で既に消滅してた可能性は高い。

 

「それでも我々だけではアルベド殿は止められない。ならば、万が一の時はそれを止める為には宝物庫で保存していた方の“ロンギヌス・レプリカ”を使うしかない………全くもって、反論できない提案(Anregung)でしたよ」

 

 卵頭を俯かせ、パンドラズ・アクターは悔恨を滲ませる。あるいはそんな提案以外の方法を思い付けず、そしてアルベドに勝てずにその選択をさせる事になった自分の弱さを恥じている様だ。

 同時に………それはナグモにも当て嵌まった。アルベドに勝てずに殺されそうだったのは事実だ。パンドラズ・アクターを責めたところで、それは八つ当たり以外の何物でもない。

 

「っ………!」

 

 ナグモはパンドラズ・アクターから手を離し、力無く項垂れる。そうして地面を見た時、ミキュルニラがいた場所に何かがあるのに気付いた。

 

 それは―――金属製の栞だった。

 

 かつてナグモが気紛れに買い与えたもので、ミキュルニラはそれをずっと持っていた様だ。

 ナグモは震える手で栞を拾い上げる。ほんの少しだけ温もりのある栞は、まるで毎日磨いていたかの様に綺麗に輝いていた。

 

「……っ、う、ううっ……ああ————!」

 

 しばらく堪える様に声を押し殺していたナグモだが、やがて限界を迎えた様に目から涙を溢れさせた。

 

 グリューエン火山に子供の泣き声が響く。生みの親(じゅーる)が遺し、自分の右腕としてずっと側にいるものと思っていた明るいモルモットの少女。

 ミキュルニラの完全消滅をもって、アルベドの謀叛未遂事件は幕を閉じた――――。

 




ミキュルニラ・モルモット

種族:人間種(獣人)

称号:第四階層の愉快なアイドルモルモット

役職:ナザリック技術研究所 副所長

 
 ナグモの副官。モルモットの耳を持ったショートカットの人間種の女の子。褐色肌の巨乳系眼鏡女子。ナグモへの呼び方は「しょちょ〜」。袖がダブついた白衣、赤いニットワンピースとあざといくらい可愛い。(じゅーるの性癖)

 元ネタがじゅーるが勤めていた会社のマスコットの為か、言動がカートゥーンじみて一々とオーバーアクション。しかし本人はワザとやってるわけではない。噛みそうな名前が嫌で、「ミッキー」という可愛い名前で呼んで欲しいけど、ナザリックの者達は「何故か知らないけど、その名前で呼ぶのはマズイ」と思って誰も呼んでくれないのでションボリしている。

 「ナザリックの皆さんは、みんな私のお友達なのです!」と主張し、誰に対してもフレンドリーに接していく。その為、NPC達との交友関係が一番広い。コミュ障なナグモに代わって対外折衝に務めている。

 現実で自分が提案した内容を「ゲスト(上流階級)の品位に相応しくない」と何度も会社に駄目出しをくらい、とうとう我慢の限界がきたじゅーるが「そこまで言うなら、あのマスコットも媚び媚びな萌えキャラにでもすれば良いだろ!」と半ば八つ当たり気味に作ったのがミキュルニラ。後になって、やり過ぎた……と後悔したものの、ヘロヘロが文字通りヘロヘロになりながら「いやあ、ポーズパターンのプログラムは苦労しましたよ! でも会心の出来です!」と徹夜明けのテンションで仕上げたのを見て、今更破棄できないと覚悟を決めるしか無かった。

 ギルド長に恥を偲んで謝りにいったところ、「い、いや、良いんじゃないですかね……? 一見して元ネタ分かりませんし、ユグドラシルにも怪獣王が元ネタなモンスターいますし……?」と大変ありがたいフォローを頂き、せめてナザリックに攻めてくるプレイヤーには見つからない様にと生産特化のキャラメイクをしたのだとか(具体的に言うと、ナグモから戦闘系職業スキルを引いたのがミキュルニラとなる) 

 ***

 実は間延びした口調などは全て演技。じゅーるがナザリックを去り際に新たに設定した役割により、物静かで思慮深い性格が素となった。

 しかし、それでも彼女は特にナグモの前では今まで変わらない姿を見せる。まるで親とはぐれて泣きそうになっている子供を笑顔にしようとする、遊園地のマスコットの着ぐるみの様に……。

 改変後のカルマ値は極善。その為、ナザリック外の相手とも社交的に接する事が出来るが、ナザリック技術研究所の副所長として人体実験をする必要がある時は、「これはナグモや至高の御方の為に必要な犠牲」と割り切る合理性も併せ持っている。

 ***

『ナグモがたくさんの友達を作れる様にする事が第一である』

 それがかつて、ナザリックを去る前にじゅーるが改変した設定だった。アルベドが『モモンガを愛してる』と改変されて、たとえナザリックの同士であってもアインズの威光を傷つける者に敵意を向ける様になったのと同じく、ミキュルニラにとっての優先事項はナザリックよりもナグモが一番となっていた。

 たとえ、ナグモ自身からはぞんざいな扱いをされていても。ナグモの隣にいる女の子が自分でなくなったとしても。
 父親が子供に買い与えた人形の様に、彼女はいつだってナグモの側で笑いかけていた。
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