――――妖精國ブリテンで最も美しい妖精。
私がそんな風に呼ばれるようになったのは何時の頃だっただろう。
性能美としてならともかく、オーロラに憧れて今の姿になった私がそんな風に呼ばれるのは複雑というか、自分の行いを鑑みて憂鬱というか、止めて欲しいのが正直なところなんだけれど。
妖精騎士としてブリテンを守り、自分の愛のために國を裏切り、自分の愛のために愛するものを手に掛け、全てを呪う厄災として死ぬ。
多くのものを、私は失ってきた。
『自分が一番に愛されること』を目的とする妖精、オーロラを守るために“竜骸”を守ってくれていた鏡の氏族を殺し尽くした。そうしなければ“目的”を果たせないことでオーロラの輝きが失われ、美しさが衰退し、彼女にとって死よりも辛い結末になってしまうから。
その“思いつき”が虚言でしかないと知りながら、無実の、心優しい妖精たちの血でこの手を染めた。
ロンディニウムの騎士に深手を与えてロンディニウムの虐殺を手助けした。
妖精騎士として着名させることで崩壊を防いでくれた陛下を見殺しにした。
けれど、分かっていた。知っていた。
私がどんなにオーロラを大切に思っていても、愛していても。彼女にとってはそうじゃない。
『―――――体はおろか心まで汚れた、この世で最も醜い腐ったケダモノ。外見はどんなに綺麗に取り繕っても所詮は自分の真似事をしているだけ。あんな汚いものは思うだけで汚らわしい』
だって、『最も美しい妖精』なんて。
彼女が、彼女こそが最も求めてやまない称号を持つモノをどう思うかなんて考えるまでもない。それくらいは、分かっていたんだ。
だから、顔を隠した。
心を殺した。
ただひたすらにモースを、敵対者を殺し尽くす防衛機構。
ブリテンを、オーロラを守るためだけのものとして自分を定義した。
報われなくても、いい。
だって、あの日みた光景を―――――ブリテンで最も美しい妖精を、私は見た。私を救ってくれた光を、確かに見たんだ。
ああ、それでも。
共にオーロラに仕えてきたコーラルでさえも、彼女を崇拝した上で彼女の
オーロラの、自分の崇拝者さえ捨て去る無軌道な我儘を許容するほど外の世界は甘くはないだろう。結局の所、彼女が逃げ出した先に待つのは彼女にとって死よりも苦しい末路だ。そんなものを、許容することは……できない。
彼女が、自分より弱いものを省みることがなかったとしても。
その罪で汚れているのは、私だけ。彼女がそうしろと言ったわけでもなく、私が勝手にやっただけ。
だから、せめて苦しむことがないように。
彼女のまま死なせることが、きっと彼女にとって一番マシな結末だった。
――――だから、それで全てはおわり。
愛を失って最も美しい妖精という
醜い厄災は、本来あるべき姿でブリテンを蹂躙する。
北の妖精たちの死が、怨念が、竜骸の泥がそう願うように妖精たちを殺し尽くす。
『――――運命まで奪うのが愛だというのなら! それを、この槍で打ち砕こう!』
たった一人、大切な弟の命すら犠牲にして。
妖精國ブリテンが異聞帯から特異点になり、美し(くなければならな)い妖精によって生まれた奇跡。
炎の厄災であり、裏切りの騎士であり、最後の竜。
通常では成り立たない霊基の私を召喚するだけの縁がある勢力はカルデアだけであり、ロンディニウムの騎士が死ぬ大きな要因となり、ブリテンの崩壊の一因となり、鏡の氏族を虐殺し、炎の厄災となり、彼らの仲間であるパーシヴァルを死なせた私を召喚する理由なんて無い。それこそ、彼らに協力したバーゲスト、本当の意味でブリテンを守っていた陛下とは違うのだから。
――――だから、だろう。
もちろん私だって妖精國最強としての自負はある。性能なら私を上回るサーヴァントなんていないだろう。
でも、そう。
かつての私が肉塊としての、見た目の醜さであったのなら。
今の私にあるのは行動による、中身の醜さだ。オーロラの誤りを糺すこともできず、罪を重ね続けた。たくさんの善い者たちを手に掛け、愛するものさえ切り捨てた厄災だ。
だから――――なのだろうか。
笑顔で手を差し伸べるその姿が。私の醜さを知ってるはずなのに、気に留めないそのあり方が、どうしようもなく“重なって”見えてしまったのは。
「君が来てくれたのは凄く心強いよ。よろしく―――…えっと、メリュジーヌって呼んでもいいかな?」
こんな、朽ちゆくだけの私でも、サーヴァントとしてなら役に立てるんだ。
たったそれだけのことが、どれだけ嬉しかっただろう。パーシヴァルが守ったもののために戦うという理由もある。
けれど、今ならわかる。
弱者や醜いものには、家族や同族でもなければ理由なく手を差し伸べない。カルデアのマスターである藤丸立香は、自分をよく見せるために手を差し伸べる性格でも……多分ない。
つまりこれは、彼の純粋な優しさで―――――やさしさ?
『――――あいつ単体だと興味ないんだよな』
『メリュジーヌは性格的な問題で嫌いです』
『秋の森を焼き払え』
『最も醜い腐ったケダモノ』
やさ、しさ…。
うん。……えっ。嘘でしょ。もしかして私、生まれてから優しくされたこと、無い…?
弟、家族であるパーシヴァルは置いておいて。
やっぱり家族以外に優しくできるなんてそうそういないよね…。私、竜だし。別種族だし、強者だし。口下手なので、馴染めないのは無理もないかな、とも思う。
でもそれなら、私に優しくして、喜んで迎えてくれるなんてむしろ何か理由が…? 私、何かしてただろうか。してないよね…。
―――――じゃあもしかして、これだけ家族みたいに優しくしてくれるのは……家族になりたい、という意味なんじゃ……?
「……うん、とても嬉しい。たとえ一時の夢であっても、私の翼は君のために羽ばたかせるよ」
手を握る。
そこから伝わる温もりは、どこまでも懐かしく/新鮮で 此処に、もう一度竜の妖精は誰かのために戦うことを決めた。
「――――マスター! この種火、おいしいね!」
「――――――ぅっ。さ、さすが最も美しい妖精……。ところで此処にボックスガチャ産の大量の種火があるんだけど」
「ありがとう、マスター!」
妖精國では食事の必要もなかったし、オーロラの前であまり仮面を外すと嫌がられるかもしれないし、誰かと一緒に食事する機会なんてなかった。
だから、ニコニコ顔で(倉庫を圧迫する種火の消費先が見つかって)大量の種火をくれるマスターと食事をするのはとても楽しかった。
「
そうして噂に聞いたのは種火の凄いやつこと聖杯。
なんでも限られたサーヴァントしかもらえないとか、愛の証とか、王への供物とか、願いを叶える願望器だとか、人によって色々言われていたけど。
マスターが聖杯について聞いてきたので、つい頼んでしまった。これまでそんなお願いとかできる相手ができなかったので、つい魔が差したともいう。
「――――その言葉が聞きたかった。あとこれ種火おかわりね」
まさか山盛りの聖杯をくれるとは思わなかったけど。
マシュに聞いたら、カルデアが獲得した聖杯は72個あるらしい。
……ドラケイの川に、聖杯1ダース(約1年分)のために飛び込んだとも聞いたけれど。それを躊躇なく私にくれるなんて……やっぱりそういうこと(一番欲しい物<メリュジーヌ)なんだろうか。
けれど、私は寡黙で控えめなメリュジーヌ。
結局のところマスターからの(実質的な)告白(と思われるもの)に応えられてはいなかった。
そんなある日のことである。
マスターのマイルームに(毎日のように)お邪魔していたら、マスターにある質問をされた。
「そういえば、俺との関係ってメリュジーヌはどう思う?」
え、マスターとの関係…?
何。なんて答えるのが正解なの!? もっと一緒にいたい、とかそういう感じで…? いえ、ちょっと待って。私は竜なので、もっと素直に言っても――――。
「マスターとの関係!? 一心同体……はちょっと違う。所有物……何か違う。――――恋人同士であることを示すのに、言葉はちょっとむずかしい」
そして私は、ライバルが多数いることを知った。
「
「母にも内密で部屋に見知らぬ女子を連れ込むなど――――」
「(じぃー)」
「……ぇへへ、ゴッホ的に向日葵の絵と同じくらい同じ題材も悪くないかなと……駄目でしょうか」
「で、なんでまた増やしてきてるのかしら。今度増やしたらお腹に膝、って言ったわよね。脳が8bitでできてるの?」
「座長さん、とても綺麗な景色を見つけたの! 少し一緒に見に来てほしいのですけれど……駄目かしら?」
「マスター、わたしもカズラが来たら小さくしてもらえるかもって、
「ううっ、凄く入って行きにくいんだけど……。なんで嘘が全く無いし好意まみれなのにこんなにギスギスしてるんだろう」
「大丈夫大丈夫、藤丸は普段から濃い面子で胸焼けしてるだろうし、君の純朴さが彼の癒やしになるはずさ☆」
「なんだか今励ましと見せかけて馬鹿にされませんでしたか、私!?」
「えー、いやー、全くー?」
もしかして。
というか、もしかしなくても。
「気づいた。気づいてしまった。……もしかして君、どんな相手にでも優しいタイプの生き物だったり、する?」
「え、いやそんなこと無いけど」
嫌いなものは嫌いだし、と言うマスターだけれど、周囲からの「いや、どんな相手にでも割と優しいぞ」という視線が全てを物語っている。
――――結局のところ、恋人同士は勘違いだったわけだけれど。
戦闘で褒められるだけで報われた感じがするし、部屋で一緒に話もしてくれるし色々な意見を出しても嫌な顔をしないで聞いてくれるだけでもとても幸せで。
私が欲しかったものは、きっと単純なもので。
“彼女”の下では絶対に手に入らなかったものだったのだろう。
お互いに必要としていて、お互いに一番欲しいものは与えられない関係だったから。
だから私は、彼女を一つだけ真似ようと思う。
ブリテンで最も美しい妖精、というのもある意味では彼女のモノマネ、“僕”から見た“彼女”が本当に美しかった証明なのだけれど。
「マスター。私は――――君の一番であり続けるよ」
ブリテンでもっとも美しい妖精ではなく、こんな私を必要としてくれたマスターにとっての一番の妖精に。それはきっと、叶うだけで私が満たされる素敵な“目的”になりそうだった。
ちなみにこの短編は『俺たちのカルデアは最強なんだ!』(微妙にタイトル変わりました)と世界観を共有しております。(正確には1周目)