濁心のスカジを見た時に思いついたネタを書き上げた妄想十割のスカジと濁心のスカジが会話する小説です。当然、原作と設定が違う可能性が──というか違います。それでもよろしければどうぞ
──そこは懐かしい
私一人だけの静かなその場所は、波の音だけが耳の奥まで入って残り続ける。けれど、それが酷く懐かしくて──私の心は自然と落ち着いていた。
「ああ、貴女も帰ってきてしまったのね。また一人で、この海に」
波の音にそんな声が紛れ、声の方へと振り向いた。そこには一人の女性が椅子に座っている。彼女は読んでいた本を机に置いて、こちらを見てきた。その目は私を見ているようで見ていない。むしろ何も映っていないのではないかと思わせる程に、不気味で朧気な目だった。
「どうぞ席に座って、珈琲ぐらいならご馳走するわ。きっとお口に合う筈よ」
頭が尖った不思議な帽子とドレスのような赤い服に何が入っているか分からない大きな荷物。そして──
ただ、彼女はそんな私の心を分かっているのか分かっていないのか、あまりにも自然な作り笑顔で私の方を見ている。そんな彼女を見て、私は一歩彼女から遠ざかった。
「貴女はいったい誰なの?」
彼女にそう問いかけた。けれど、その問いの答えは分かっている。ただ、私はその答えが信じたくないのだ。私の問いの答えを彼女に否定して欲しいのだ。
緊張が私に走る。想像する答えが言われる可能性への恐怖。逆に全然違う答えが言われる可能性への希望。だが、その私の希望は簡単に打ち砕かれた。
「あら、おかしなことを聞くのね貴女──いえ、
そっと、血の気が引いていくような感じがする。全身から力が抜け、私は、自分が今砂浜の上に立っているのかどうかすら分からない。ただ、スカジを名乗る
「……貴女は私ではないわ」
認めたくはない、認めてはならない。そんな思いから、そんな言葉を絞り出す。彼女はそんな私の言葉に少しだけ笑って、故郷へと顔を向けた。
「そうかしら?いえ、そうね。ワタシは貴女ではないかもしれないわ」
「なら──」
「けれど、ワタシは貴女だったの。そっくりじゃなくて、全く同じ。その意味が分からないわけではないでしょう?」
彼女の言葉に口が止まる。否定の言葉も拒絶の言葉も並べることができない。むしろ、その一言で全てが分かってしまったような気がして、何も言えない。けれど、彼女と同じように故郷を見るのが嫌で机を見た。彼女が読んでいた本のタイトルを読む。
『海』──私はその本を持っている。書店で不思議と惹かれ購入した、タイトル以外海の絵しかなくて、あらすじすらない本。読んだ日の夜に故郷の夢を見てしまうのが嫌で、途中で読むのを止めてしまったその本は、新品同然の状態で部屋の机の奥に眠っている筈だ。
別に売り物なのだから複数あってもおかしくはない。けれど、この本がここにある事実は彼女の言葉の信憑性を強めるだけだった。
「この本は嫌いかしら?」
「……好きよ、世界観も描写も。読んでいるだけでまるで故郷にいる気分になるもの」
「じゃあ、幸せな夢を見るのが嫌なのね」
「嫌ではないわ……でも、夢ならば目覚めてしまう。その時の喪失感は──本当に私だったのなら分かるでしょう?」
「ええ、もちろん。ただ、ワタシはもう忘れてしまったけれど」
「……ああ、それで貴女は私を見ているようで見ていないのね」
そこでようやく彼女の目の不気味さが分かった。何も映っていないのではない、ずっと幸せな夢を見続けているのだ。夢から覚めず、それでいて外にあるその目は夢以外を映そうとしない。
そんな目を少しだけ羨ましく思って、すぐにその思いを否定した。幸せな夢を見続けようが、失った幸せは取り戻せない。それは逃げでしかないのだから──
「──それを逃げ続けた私が言うのね」
「……越えてはいけないラインは越えていないつもりよ」
「ええ、もし越えていたら今の貴女はワタシと変わらなかったと思うわ」
「でも、私は貴女とは違う」
「ふふっ、そうね。その通りよ。ワタシと今の貴女は違う」
彼女は立ち上がり、背の高さが同じだからか目線が自然とあった。彼女のその目は先ほどとは違い、確かに私を見ている。
「ねぇ
「いきなり何かしら」
「いいから答えなさい。答えは決まっているでしょう?」
正直、彼女の変わり具合が分からなかった。突然私を見るようになったことも、そんなことを質問してくる意図も。私がワタシであったことはないから、彼女の思考が理解できない。けれども、彼女の気迫に答えなければならないような気がした。
「……好きよ、ドクターのことは」
「どういう所が好きなの?」
「そうね、いくつかあげるなら近くにいると安らぐ所、話していて楽しい所、私の意思を尊重してくれる所──」
「……もう大丈夫よ。だいたい分かったわ」
「そう、結局この質問はなんだったの?」
「確認と言った所かしら。でも、分かったわ。きっと貴女なら大丈夫よ」
「何を──!?」
自分が立っていた場所の砂浜が消える。私の体は故郷へと放り込まれ、どんどん深くへと沈んでいく。砂浜だった筈なのに、浅瀬な筈のなのに──そんなことを考えても、遠くに見える光が少しずつ小さくなっている事実は変わらない。
やがて光が完全に見えなくなり、意識も徐々に薄れ始めた頃、彼女の声が聞こえた。
「夢はのめり込むものではなく、見るものよ。たとえ、その夢がどれだけ幸せであっても、夢であるかぎり目覚めなければならない……まあ、それを知っている
そこで意識は途絶えた。
「──!」
声が聞こえる。彼女ではない誰かの声。それも、随分と聞きなれた声。
「──スカジ!」
私を呼ぶ声に少しずつ意識が起きていく。手を動かすと砂の感触がある。海ではなく、地面だ。手を地面について、ゆっくりと顔をあげ、瞳を開く。
「……ドクター?」
「良かった、目覚めてくれたか」
ドクターを見たあと、すぐに周りを見渡した。先ほどと同じような海。でも、そこは故郷ではないし、彼女も見当たらない。まるで、先ほどまでのことが嘘のようだった。
「ドクター、私は何を?」
「……記憶が混濁しているのか?」
「多分、その通りよ」
「君はいつも通りに単独任務に行っていた筈だが、そこから連絡が取れなくなってね。だから、私も君が何をしていたまでは分からない」
「そう……」
もう一度、海を見る。波が何度も砂浜に打ち立て、音を鳴らす。巨大な水面が鏡のようにギラギラと輝く太陽を映している。その光は夜の光よりとても眩しかった。
「近くに拠点がある。とりあえずそこまで移動しよう。君の記憶や君が何をしていたかはそれから考えていい筈だ」
「……そうね、分かったわ」
海から離れるように歩きだしたドクターを見て、私は立ち上がり、その後へと続く。
砂を踏みながら彼女はどんな幸せな夢を見ていたのだろうかと考えた。私と同じように、故郷に居た頃の記憶だろうか。それとも──今のロドスでの生活の記憶だろうか。
その答えはスカジである私には分からない。だけど、もし後者だったならば私は大丈夫だろうと思った。
「ねえ、ドクター」
「どうしたスカジ?」
「もしまた私が今日みたいになったとしても迎えに来てくれる?」
「ああ、当然だ。君も大切なロドスの一員だからな」
予想通りの答えに私はただ笑顔を浮かべた。