木ノ葉のお札屋さん   作:乙欄

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26枚目

 川上家。その部屋には、夜に来客があった。

 

「申し訳ない。すべてワシの責任じゃ」

 

 ヒルゼンはただ自らの友人に頭を下げるほかなかった。

 

 彼の孫──川上カタナが先ほど病院に運ばれ、重体だという知らせが入ったのである。下手人の正体は判然としないが、彼女の残したメッセージから音忍であること、穢土転生体を狙っていたであろうことがわかっている。

 

 音隠れの忍とは大蛇丸の配下であり……つまりヒルゼンの弟子の仕業である。それに、穢土転生体のこと、つまり木ノ葉崩しのことも本を正せばヒルゼンの責任が大きい。

 

「謝罪はよい、ヒルゼン。カタナが選んだ道じゃ」

 

「それでも言わせてくれ」

 

 下忍であれば、命のやり取りは当たり前なのだと。そう慰められてもヒルゼンは己の不甲斐なさが許せなかった。

 

 川上家は本来、前線で戦うことのない一族だ。基本的に忍の親がいれば忍となり、親の戦い方や忍術なども継ぐことの多いのであるから、カタナのように親と違った道を選ぶ、というのはわりかし珍しい。

 

 ヒルゼンはカタナから聞いた言葉をよく覚えている。誰かを守り抜けるような人間になりたい、と。それはヒルゼンのよく話す「大切な人を守る事だけはどんな道を生きるとも忘れてはならん!」という言葉によく似ていた。

 

「……やれやれ、病み上がりの老いぼれが気を使いよって。それでお前は……あと、どのくらいだ?」

 

 主語のない話であったが、ヒルゼンには心当たりがあった。ありすぎた。

 

「半年、もてば。よい方と」

 

「そうか……半年か」

 

 ヒルゼンの魂はその半分以上が死神の腹の中に封印されている。それが生み出す激痛については綱手や医療班の尽力により緩和されているが、減った寿命はどうしようもない。他者の魂を使えばあるいは、といったところだが、ヒルゼンはそんなのを許す気は毛頭もなかった。

 

 半年……それは最長であって、実際は半分程度とみるべきだろう。それが長いか、短いか。

 

 死を覚悟していたヒルゼンにとって今は泡沫の夢のようなもの。もっともっとと望んでしまえばたちまち消えてしまう。与えられた分を、与えられただけ。

 

 だから、ヒルゼンは────

 

 ニャアン、と可愛らしい声が響いた。

 

 猫。それも忍猫ではない。エサでも求めて来たにしてはこの部屋にまで来るのは不自然だった。

 

 もしや、とつぶやいた友人にヒルゼンは疑問の声を上げた。

 

「何か思い当たる節があるのか?」

 

「……カタナが、何か猫に命じていたのやもしれぬ」

 

 猫はその通り、と言うようにニャーと元気よく鳴いた。そしてヒルゼンたちに背を向けて尻尾を振った。ついてこいという仕草だ。

 

「ワシが行く。この上、お主に何かあってはカタナに申し訳が立たん」

 

 そう主張するヒルゼンに「車椅子なのに?」と問う視線が投げかけられる。それを解決する手段は、あった。

 

「すまぬ。この巻物を開いてくれ」

 

 顎で懐を示すヒルゼンの指示のもと、パッと契約の巻物が開かれる。ヒルゼンは唇を噛むと舌に血をつけて巻物を舐めた。

 

「口寄せの術!」

 

 白く長い髪を持った老猿……猿猴王・猿魔は憮然とした顔で現れた。木ノ葉崩し以来の再会だが、互いに喜色を滲ませるのは恥ずかしい、と考える歳なのだろう。

 

 それでも長い付き合いだ。目と目が合えば通じる。

 

「久方ぶりじゃのう、猿魔」

 

「……何だ、猿飛」

 

 ヒルゼンは猿魔に自身を抱えて運ぶように頼んだ。

 

 やれやれと嘆息しつつも猿魔は面白そうにニヤリと笑ってその指示に従う。

 

「気をつけろよ、ヒルゼン」

 

「わかっとるわい……ありがとう、友よ」

 

 ヒルゼンは友の家を後にした。

 

 

 

 猫の導く先──そこにいたのは。満月に照らされた、黒い、暗い、少年。

 

 ニャオウ、と仕事を終えた顔で帰ろうとする猫に猿魔は礼の言葉をかけていた。それを横目に見つつ、ヒルゼンは静かに少年──己の父と同じ名を持つ彼の目を見つめる。

 

「三代目……なぜ」

 

「ちーとばかりな。それで。どうしたんじゃ、サスケ。こんな夜更けに」

 

 ゆっくりと、優しく。ヒルゼンは語りかけた。

 

 サスケは黙ったまま、返答はない。ただただ、まずいというようにひどく顔をしかめていた。

 

 とはいえ、ヒルゼンにはだいたいのことは予想がついている。復讐に燃え──大蛇丸の下へ行かんとしているのだ、と。

 

 ヒルゼンは静かに心のなかで涙した。

 

 うちはイタチ。その名は里の大罪人のものであるが……唯一。ヒルゼン、ダンゾウ、コハル、ホムラ4人の中では異なる。

 

 イタチこそ真の英雄であり、火の意志を継ぐ者であるのだ。

 

 うちは一族虐殺。その真実は────うちはが実行しようとしたクーデターを防ごうと下された、木ノ葉上層部による命令だった。イタチはそれを実行したにすぎない。さらにはその報酬としてサスケの身の安全を確保するよう願い、それは聞き届けられた。

 

 イタチは里の平和を、弟の安全を想っている。痛いほどに。自らの身を犠牲にするほどに。

 

 抜け忍になり、『暁』に入ったこととて危険な組織を内部から監視することが目的。

 

 つまり、ヒルゼン達はイタチに……同胞を殺めさせた上。逆賊の濡れ衣を着せ、暁を一人で監視させるという過酷な任務を課しているのだ。

 

 しかし────同時に。サスケを復讐へと駆り立てているのも、また。イタチであった。

 

 サスケに真実を話すべきか。ヒルゼンとて何度も迷ったことはある。ナルトの真実……四代目火影・波風ミナトと先代の九尾の人柱力・うずまきクシナの子であること。九尾事件とはナルトをクシナが出産した直後になぜか封印が解かれ、九尾が暴れたもので──ミナトが屍鬼封尽も用いてナルトの中に九尾を封印し、そして2人は命を落としたこととてそうだ。

 

 それでもヒルゼンが口をつぐんできたのは、里のため……そしてこの子ども達自身のため。

 

 ──そう、思ってきたのだが。

 

 逡巡するヒルゼンに、猿魔はまたかと言うようにため息を吐いた。ヒルゼンは昔、大蛇丸を殺せる機会があったのを見逃している。木ノ葉崩しの時も結果的に大蛇丸を殺すことは成らなかった。そのことにどこか安堵している自分がいることも事実だ。

 

 確かに大蛇丸とサスケは似ているのかもしれない。才気に溢れるところ、自来也に似たナルトとライバル関係にあるところ……両親が、幼少期に殺されているところ。

 

 それでも、ヒルゼンは。サスケと大蛇丸はやはり違うと。イタチのように、火の意志を持っていると。信じていた。

 

「サスケ……木ノ葉は、お前にとって生きづらい場所かのう?」

 

「………………」

 

「考え直しては、くれんか……?」

 

 サスケは何も言わなかった。

 

 ヒルゼンは考える。ここで、声を上げて人を呼んだらどうなるか。

 

 おそらく。サスケは暗部の監視下に置かれるだろう。元々、写輪眼を持つサスケを里の外へ出すのはどうなのか、という意見はあった。日向の分家のように、死んだら写輪眼が封じられる呪印を施そうという意見も。それらをヒルゼンは一蹴したが、いざ本人が里抜けを目論んだとなると事は怪しくなってくる。

 

 それであれば、ヒルゼンの説得によって一時的にでもいいから家へと戻って。ゆっくりと考えてみて欲しい。それでも駄目ならば──

 

 サスケにイタチの真実を話すべきか。もう一度考えて、やめた。誰よりもそれを望んでいないのはイタチだ。彼はきっとサスケに復讐されることを望んでいる。誰よりも弟を想う男が、何にも変えて隠し通したい真実。その覚悟を無にすべきではない──例え、それが悲しい結末を生むとしても。黙って、極秘のままにしておくこと。それが数少ない、ヒルゼンがイタチにしてやれることだ。

 

 そしてもう一つ。サスケを護ること。これはイタチから直接託されたことだ。

 

「大蛇丸がお主を狙うのは、自身の器にするためじゃ。耳障りのよい言葉を並べていても、それは全て己がため。一欠片たりともサスケの事は想っていまい」

 

 ──イタチとは、真逆で。

 

 ヒルゼンが伏していた間の報告は様々なところから為されていた。火影の座を退いたといえど、その在任期間はかなりの長期に渡る男である。

 

 例えば自身の弟子、自来也からは。大蛇丸の情報──彼が最近転生したばかりということ。そして大蛇丸の不死の術はおよそ3年以上の間をあけなければ次の体への転生は行えないということ。

 

 そして。次の器に、サスケを熱望していること。これは木ノ葉崩しの時に実際にヒルゼンも大蛇丸から聞いたことであるから、まず間違いないと言っていいだろう。

 

「……わかっている」

 

 サスケは小さく、つぶやいた。

 

 ──ならば何故。

 

 ヒルゼンが問うよりも先に、サスケが言葉をつむぐ。

 

「さっき、大蛇丸の配下から襲撃を受けた。この呪印……その副作用の説明もな」

 

「お主もか!?」

 

 つい、驚きが口に出る。

 

「…………ナルトが襲われたのか?」

 

 ヒルゼンはどう言おうか、と迷って。素直に伝えることにした。

 

「いや、カタナじゃ」

 

「…………?」

 

 穢土転生の件を知らないサスケからしてみれば疑問だろう。だが、その疑問に答える気は、ヒルゼンにはなかった。

 

 ──しかし。保管場所を移した直後に狙われるとは。間がいいのやら悪いのやら。

 

 カタナにとっては間違いなく災難である。が、里にとっては不幸中の幸いだった。いくらカタナに聞いたところで、穢土転生体の今の保管場所を彼女は知らない。綱手はそこまで話してはいないのだ。故に、聞かれようとも漏れる情報はせいぜい綱手の手の者が保管しているということくらい。十分にカバーできる範囲内だ。

 

「理由は……いや、どうでもいいか。オレは大蛇丸の下へ行く。そうしたらもうオレの仲間には手出しはさせない」

 

 ヒルゼンは疑問を抱く。カタナ達のことを仲間だと思っているのかと。ならば何故、と。

 

「大蛇丸はオレを狙っている。そしてこの呪印が消せない以上、どの道奴の掌の上だ。ならば飛び込んでいく方がいい」

 

 ヒルゼンにとっては耳の痛い話だった。中忍選抜試験に大蛇丸が潜入し、呪印をつけられたこと。みたらしアンコのそれと同じ呪印は──木ノ葉の力では消すことのできない、封邪法印で封印するくらいしかできないものだ。呪印は基本的に術者にしか解除不可能とはいえ、どれもこれもヒルゼンの力不足によるものである。

 

 イタチがサスケと接触した時にも彼は呪印について何もしなかったところから、イタチですらもこれを解除するのはできない、あるいは困難を極めるのだろう。

 

「オレはオレの道を行く。イタチのようにはならない」

 

 そう言っているサスケの姿はしかし。イタチの、悲しいくらいに美しい自己犠牲の精神と重なるものがあった。

 

「お主は……復讐を、とは考えてはおらぬのか?」

 

「考えているさ。でもそれを全てになんかしてやるもんか。復讐できるくらいの力をつけること。木ノ葉に手出しさせないようにすること。呪印をどうにかする手立てを見つけること。ナルト……アイツから離れること。全部叶える。それには、大蛇丸の下へ行くのが1番いい」

 

 それらが叶う前に自らが大蛇丸の器にされたらどうするのか、という意地悪な問いはヒルゼンにはできなかった。少なくともあと3年程度の猶予はあることを彼は知っている。必要のない仮定に意味は無い。

 

 おそらく、とヒルゼンは考えた。サスケと大蛇丸が直接接触したのは死の森でのこと。あの時点では大蛇丸は本気でサスケを己の器として育成するつもりだったのだろう。屍鬼封尽を受けていない大蛇丸にはその余裕があった。故にサスケは自身を強くしてやる、という誘い文句自体は本物だと信じた。今もサスケは大蛇丸の弱体化云々の事情は知らないのだ。

 

「確かに大蛇丸がお主を器とするにはまだ猶予はある、という情報が入っている。だが、それだけじゃ」

 

 いずれ、時が来れば。大蛇丸はサスケの身体を乗っ取るだろう。

 

 そうなれば大蛇丸は嬉嬉として木ノ葉を襲撃するに違いない。イタチへの復讐がどうなるか、それは大蛇丸次第であろうが。

 

「……それで十分だ。大蛇丸がオレを器にする前に、オレが大蛇丸を倒す」

 

 サスケはそう、言い切った。

 

 ──どうしたものか。

 

 ヒルゼンは考える。イタチとの約束を。里の平和を。サスケの想いを。

 

 イタチとの約束……サスケを護る、ということだけを実現するなら。暗部の監視付きであろうが木ノ葉に閉じ込めておくべきだ。しかしここでヒルゼンはイタチの真意を問い直す。

 

 木ノ葉崩しの後、ヒルゼンが倒れている時、イタチが木ノ葉へわざわざ来たのはどういう意図があっての事か。まず1つは、暁がナルトを狙っていることを知らせに来たのだろう。イタチと鬼鮫が来なければ、ナルトを暁が狙っているというのはあくまでも推測に過ぎなかった。それを、確証へと至らせてくれたのである。次に。木ノ葉への、暁という組織とそのメンバーである自身の存在のアピールだろう。暁の危険性を知らしめ、そこにイタチがいることを知らせ……彼の真実を知る者へは暁の監視が問題なく継続中であることを教えてくれたのだ。

 

 同時にイタチはサスケを復讐に駆り立てている。ここから察するに、イタチはサスケの手によってその生涯を閉じたく思っており……自身を倒せるくらいの力をサスケにつけて欲しいと思っている。というより、木ノ葉を信じ切ってはいないと言っていい。ダンゾウを筆頭に木ノ葉が、あるいは木ノ葉の守りをかいくぐって他勢力がサスケに手を出さないかということを警戒して。それもあって力をつけて欲しいと思っているのだろう。そのことはヒルゼンにもわかるのだが。

 

 ──サスケが復讐のみを糧にするようにならなくてよかった。

 

 ヒルゼンは心からそう思う。イタチのサスケに対する態度、「何故弱いか……足りないからだ…………憎しみが……」と言ったり、攻撃──万華鏡写輪眼による月読での精神攻撃──はかなり手酷く、サスケがどうなるかは綱渡りだったと感じる。仲間を想う気持ち。それがサスケから失われなかったのは奇跡的と言ってもいい。

 

 イタチとの約束は、どのようにすれば守られるのか。イタチ自身の行動のこと、自身に残された寿命のこともあってヒルゼンには迷いが生じていた。

 

 里の平和を重んじるならば。サスケが木ノ葉にいること、大蛇丸の下へ行くことは一長一短ある。サスケがこのまま木ノ葉にいれば、大蛇丸陣営による苛烈な襲撃が待ち受けているだろう。一方、大蛇丸の下へサスケが自ら行けばその心配はない。しかしサスケがその身を乗っ取られたあとに大蛇丸はサスケの身体で木ノ葉を襲うことだろう。どちらがいいとも言いづらい。

 

 そして、サスケの決意。ただ無理だ、駄目だ、と一蹴していいものではない。

 

 あるいは、とヒルゼンは考える。戦場で自身と二代目とが、囮役を買って出た。あの時と重ね合わせているのかもしれない。大蛇丸を倒す。それもまた、誰かがやらねばならないことだ。自来也がどうにか行おうとはしているものの、情報を集めるにとどまってしまっていること。

 

「わずか3年で、できると?」

 

「できるできないではない。やる」

 

 ──若い。

 

 サスケは甘い。未熟だ。それでも。彼の放つ鮮烈な輝きから、ヒルゼンは目を逸らすことができなかった。

 

 ヒルゼンは悩んだ。こんなにも使命に燃える若人を説得できるか……説得して、いいものなのか。

 

 無謀な熱さ。だが、その中にはきらりと光る希望も一筋見えるのだ。

 

 ヒルゼンは熟考する。イタチの願い、サスケの安全。里の平和、サスケの仲間を想う気持ち。ぐるぐると思考は巡る。

 

 そして────

 

「……己の力量は、弁えておるな?」

 

「………………ああ」

 

 ──木ノ葉舞うところに……火は燃ゆる。火の影は里を照らし……また……木ノ葉は芽吹く。

 

 火の意志。それをヒルゼンはイタチから感じ取り……サスケからもまた、見出していた。

 

 サスケはもう、護られているだけの子どもではない。護る側へと行きたがっている。いや、行くのだ。

 

 ──すまぬイタチ。サスケはお前の弟だ……弟なのだ。

 

 サスケの……決意を、守る。ヒルゼンの思考はその方向へと舵を切っていた。

 

「3年。それで大蛇丸を超えられぬようなら、素直に認め……木ノ葉へと、戻るのじゃ。里はいつでもお前の帰りを待つ」

 

 その時、自分はいないだろう。ヒルゼンはそれを酷く悲しみつつも、受け入れていた。

 

「大蛇丸が何をしてくるかは読めぬ。どうか自分の命を、身体を粗末にだけはするな」

 

 言いたいことは山ほどある。叶うことならこの場でサスケの頭を撫で、抱きしめたいほどだ。

 

 涙が滲む。

 

 ──イタチと相対して。その話を、声を聞いてやってくれ。

 

 口を開きかけて、閉じる。

 

「……あのバカはともかく。サクラと、カタナを頼む」

 

「無論じゃ」

 

 そう言ってから、ヒルゼンは気づく。先ほどサスケはナルトから離れたいと口にしていた。仲間であり、ライバルだからだろう。自分はナルトといると駄目になる、そう言っているようにも聞こえた。

 

 ──サスケとナルトを同じ班にしたのは、失敗だったのか。

 

 いや、とヒルゼンは考える。失敗かどうかは最後までわからない。何より。

 

 こうしてサスケが思い詰めているのは、自分達大人が上手くフォローできなかったのが悪いのだ。

 

「すまぬ────」

 

 何にでもなく、誰にでもなく。ヒルゼンは思わずつぶやく。

 

 サスケは笑った。綺麗な、純粋な笑みだった。

 

「これはオレが、オレのために選ぶ道だ」

 

 だから穢すな。そう言っているように感じて、ヒルゼンは泣きながらも笑った。

 

 サスケが夜の闇へと消えていく。

 

「……いいのか?」

 

 それまで黙っていた猿魔は、去るサスケの背が遠くなってから口を開いた。

 

「これでいいと、そう思えるようにするのじゃ」

 

 それがヒルゼンの最期の役目だろう。

 

「……甘いな、猿飛」

 

「そこが木ノ葉のいいところだからの」

 

 ──悪いところでもあるが。

 

 そのバランスを、ヒルゼンはダンゾウに取ってもらってきたつもりだ。サスケに関しては手出しさせるつもりはないけれども。

 

「帰ろう。夜風がちとキツい」

 

 

 

 

 

 

 

 早朝。目覚めたヒルゼンは火影邸へ向かっていた。

 

 入ったそこはもうヒルゼンが主であった部屋ではなく……綱手の執務室へと様変わりしている。

 

 書類の山に囲まれる綱手はよだれを垂らしながらぐっすりと眠っていた。おそらく徹夜して業務に励んでいるのだろう。

 

 自分がそれを手伝うことができず──それどころかさらなる厄介事が持ち込まれることにヒルゼンは罪悪感を抱きつつ、サスケの里抜けが発覚するまで待とうとして……ドンドン、とノックの音が響いた。

 

 ビクっとして起きた綱手はいつの間にか部屋の中に入っていたヒルゼンにバツの悪い表情を浮かべ。しかしヒルゼンは気にするなというように首を振り、執務室の扉を開いてやった。

 

 扉の外にいたのは山のような書類を抱えたはがねコテツと神月イズモ。現在、綱手とともに書類仕事を回している中心人物だ。

 

 2人はヒルゼンがいることに驚きつつも黙礼し、中へと入り──そして。コテツは綱手の顔に残る墨とよだれの跡に、憤慨した。

 

「あ────! 五代目今寝てたでしょ! オレ達に書類取りに行かせて、自分だけ寝てたでしょ!」

 

 綱手は無言で顔を拭いた。

 

「そんな事より火影様、あ、五代目様……ご報告したいことが」

 

「……! なんだ……?」

 

 イズモの口から、サスケが里抜けしたという事実が語られる。どうも、サスケは里抜けの直前、待ち伏せしていたサクラと遭遇し……彼女の説得も虚しく彼はサクラを気絶させ。ベンチで寝ているサクラをこの2人が通りかかって発見したらしい。

 

「何だって! そりゃ本当か!?」

 

「ハイ……」

 

「春野サクラの話ではどうやら間違いないようです」

 

 ヒルゼンは心のなかでサスケの意志の固さに改めて感服した。そしてサクラの行動力の高さにも。

 

 ──己が口を挟むなら、ここしかないだろう。

 

「少しよいか、綱手」

 

 なぜ今、という視線が投げかけられる。ヒルゼンは大事な話なのじゃ、と目で語りかけた。

 

「……イズモ、コテツ。少し外せ」

 

 パタンと扉が閉じ、部屋は2人きりに戻る。

 

 ──イタチの件は、里を預かる者ならば知っておくべきこと。

 

 綱手を嫌うダンゾウ辺りは反対するであろうが、ヒルゼンはもう明日も知れぬ身。後悔することはしたくなかった。

 

 ヒルゼンは話した。イタチの真実について。その上で、サスケの里抜けを見逃したこと。そのため、追い忍は出さないで欲しいこと。

 

 綱手は無言で聞いていた。そして──

 

「終わったことをとやかく言うつもりはない。でも、やっぱ……火影なんてやるのは馬鹿ばっかだねェ、先生。里に命をかけた、大馬鹿者だ」

 

 疲れた様子で、されど不敵に微笑んだ。

 

「それで私もそんな馬鹿の1人ってわけだ……ああ、わかった。サスケに追い忍は出さない。出させないようにもする」

 

「すまぬな、綱手。ありがとう──」

 

「ただ」

 

 ピシャリとヒルゼンの言葉を遮って綱手は続ける。

 

「これは私達大人のエゴだ。子どもまで巻き込む必要はない……サスケを助けたいと、純粋に願う奴らがいるなら。私はそいつらが追おうとしても止めやしないよ」

 

「しかし……音の忍がサスケを手引しておるのだぞ? 危険ではないかのう」

 

 相手は既にサスケとカタナ襲撃している、かなり好戦的な連中だ。例え交戦して敗北しても側にいるサスケが命まではと止めてくれるとは思いたいものの、危険であることには変わりない。

 

「危険のない任務なんてない。受けるも受けないも、取って返すも自由、と。そうは言うよ。それに……どの道、あのサクラ、だっけ。あの子から話が漏れればナルトなんて何も言わずに飛び出していくさ。だったらこっちから言ってやった方がマシだろう」

 

 ヒルゼンは瞑目した。

 

 サスケを追わないで欲しい。サスケの決意を守りたい。だがそれを己のエゴと、勝手な願いと言われては返す言葉もない。

 

 自身を追う仲間の姿を見て、サスケがどう考えるかはわからない。だが……今の火影は、里長は綱手であり。本来里抜けは殺してでも止めなければならないようなご法度なのだ。

 

 そして。サスケの決意は曲がらないだろうという予感──死期の近い人間特有に現れるそれかもしれない──が、ヒルゼンにはあった。

 

 信じよう。コクリ、とヒルゼンは首肯する。

 

「隊長には最近中忍になった……シカマルだっけ、をつけるよ」

 

 同じく中忍に昇格した油女シノは今、里にはいない。ならばサスケの仲間である中忍は奈良シカマル、彼1人だ。

 

 無言のままのヒルゼンの態度を肯定とみなして、綱手は先ほど追い払った2人を呼び戻す。

 

「イズモ、コテツ。奈良シカマルを呼んで来て欲しい」

 

 

 

 シカマルの到着は実に素早かった。

 

「昨夜遅くにうちはサスケが里を抜けた……で、ほぼ間違いなく音の里に向かっている」

 

「抜けた!? どうして……」

 

「あの大蛇丸に誘われちゃってるからだよ」

 

 いつも面倒そうな、ある種の余裕を漂わせるシカマルでも流石に驚きが隠せないらしい。随分と慌てた様子で言った。

 

「ちょ……ちょ……ちょい待ってくださいよ! 何であんなヤバイ奴にサスケが誘われなきゃいけないんスか!?」

 

「そんな理由はどうでもいい。とにかく時間が惜しい。とりあえずシカマル、お前にはこれからサスケを連れ戻す任務をやってもらいたい」

 

 ──ただし、受けるかどうかはお前の自由だ。

 

 綱手はそう言って、説明を始めた。虚実を交えながら。

 

 この手の話は初めてではなく前例があり、大蛇丸の手の者がサスケを手引きしている可能性が高いこと。よってそいつらと交戦する必要があること。

 

 今ほとんどの上忍達は必要最低限の人数だけ残して皆任務で里外に出ているため、上忍と中忍だけの小隊なんてのは作れないこと。やるならばあとは下忍のみで行くこと。

 

「どうする? これでも、この任務を受けるか? やめても誰も咎めやしないぞ」

 

 シカマルは少し迷うように黙ってから、ぽつりぽつりと話した。

 

「確かにサスケはオレにとっちゃ深いダチって訳でもねーし……別に好きな奴でもねェ。けど、サスケは同じ木ノ葉隠れの忍だ。仲間だ! だから命懸けで助ける……これが木ノ葉流、そうっスよね?」

 

 綱手はほらな、と言うようにヒルゼンに笑いかける。

 

 彼は里の未来は安泰だと安堵した。この子達ならば、サスケがやがて戻ってきても受け入れてくれるに違いない……もしかしたら、イタチや大蛇丸ですらも。

 

「……これより30分以内にお前が優秀だと思う下忍を集めるだけ集めて里を出ろ!」

 

 それと、と綱手は付け加える。

 

「……1人……私の推薦したい奴がいるんだが……」

 

 ナルトのことを綱手が推薦するのを聞いた後、シカマルは迅速に部屋を出て行った。

 

 

 

「砂の忍にもサスケと因縁のある奴がいたな。砂の3姉弟に救援要請を出しておこう」

 

 いいですよね、と目を向ける綱手にヒルゼンは承諾の意を示した。なんだかんだで綱手もシカマル達を心配していることが伝わってきたのである。

 

 さて、とヒルゼンは考えた。サスケの立場を守ること。今後の大蛇丸への対応。話し合うべきこと、やるべきことは山ほどある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里の正門──あうんの門には5人の少年が揃っていた。

 

 小隊長のシカマル。綱手の推薦したナルト。シカマルが誘ったチョウジ。たまたま赤丸と散歩していて出くわしたキバ。同じく遭遇したリーが推薦したネジ──手術を控えているリーは忸怩たる思いで引き下がっていた。

 

 忍具の確認も終え、いざ行かんとした彼らを「待って!」という声がとどめた。

 

「サクラちゃん!」

 

 そこにはサクラが鎮痛な面持ちで立っていた。

 

「……話は火影様から聞いてる。わりーが任務にゃ連れてけねーぜ。お前でもサスケを説得できなかったんだろ。あとは力づくでオレらが説得するしかねーからな。サクラ、お前の出番は終わってる」

 

「……ってことはサクラちゃん、サスケの奴と!?」

 

 ポロポロと泣き出したサクラは以前──ナルトと、話した時のことを思い出していた。アカデミー時代、サクラはナルトのアピールをただの嫌がらせと断じていた。しかし今のサクラにはナルトの自分への好意が果たして恋愛感情によるそれなのかがわからず……故に、ナルトと向き合い、話し合い。そして言ったのだ。自分はサスケが好きだから、ナルトに恋愛感情を抱くことはないと。はっきり、キッパリと。

 

「ナルト……アンタを振った私が、こうして頼むのは卑怯だってわかってる……でも、お願い……サスケくんを、サスケくんを……連れ戻してきて!」

 

「…………」

 

「私じゃあ駄目だったの……だから、もう、私は。ナルト達を頼るしか、信じるしかない……ごめん、こんな私で……」

 

「そんなこと言うなよ、サクラちゃん……オレ、サクラちゃんに信じて……託してもらえてすっげー嬉しいぜ!」

 

 にぱっと笑ってぐっとサムズアップをして、ナルトは宣言した。

 

「サスケはぜってーオレが連れて帰る! 一生の約束だってばよ!!」

 

 そう言い切ったナルトに、会話を聞いていた周りの少年達も感じ入るものがあったらしく──ある者は改めて己の責任を実感し、ある者は前にナルトからかけられた言葉を思い出してフッと笑い。又ある者は自分も負けられないと己を鼓舞し、ある者は自身の友情と重ね合わせ、ある者はナイスガイな己の師匠を思い起こしていた。

 

「……ナルト……ありがとう……!」

 

 うっ、うっ、と嗚咽を漏らすサクラに、へへっとナルトはいつも通りイタズラっ子っぽく笑いかけた。

 

「だからサクラちゃんはカタナちゃんと一緒に里で待ってて、オレ達が帰ったら笑顔で出迎えて欲しいってばよ!!」

 

「…………うん! 私も、約束する!! だから、怪我なんかするんじゃないわよ……」

 

「オウ!」

 

 そう宣言するナルトにキバが茶化すように話しかける。

 

「おいおいナルトォ! そんなこと言って大丈夫かぁお前ェ!?」

 

「へっ! 自分の言葉は曲げねェ……オレの忍道だ!」

 

 右腕を天にあげて勇ましく告げるナルトは、その金色の髪も相まって輝いているようにすら感じられた。

 

「よーし、さっさと行くってばよ!!」

 

 ざっと一列に歩く5人の背中はそれはそれは頼もしいもので。その姿が見えなくなっても、サクラはしばらく門に立ち尽くしていた。

 

 そして午後。予定していた任務につこうとしたサクラは──カタナが入院していることを、知った。

 

 

 

 

 




 ニャンコの軌跡

 ニノ「はいはい。わかったっすか? この金髪と黒髪のガキに変な動きがないか見張るっすよ。報酬は鰹節50本。報告した奴には追加でくれてやるっす」

 猫ズ『了解ですにゃー』


 猫1「あっ、黒髪が変な奴らに襲われてるニャ。ご報告するニャ」

 カタナの方へ移動

 猫1「と思ったらご主人の方も襲われてるニャ。ど、どうすればいいニャ……」

 町の方へ移動

 猫1「人間、人間、ご主人を助けるニャー」

 忍1「お、こいつぅ、猫好きがわかるのか?」

 忍2「いや、エサが欲しいだけじゃね?」

 猫1「違うニャ!」

 しばらく可愛がられてしまう

 爆発音、煙が上がる

 猫1「あぁ、ご主人! 鰹節が……はやく行くニャ」

 忍2「あれ、何か起きているんじゃあ?」

 忍1「やべーな。とりま行くか」

 猫1「遅いニャア!」

 一応間に合いはした。敗因:猫語は人間にはわからない。



 猫2「黒髪がなんかコソコソ出かけるニャ。怪しいニャ」

 カタナの家に行くも、当人は留守。病院にいる。

 猫2「仕方ないニャ。なんか偉そうなののとこに行くニャ」

 カタナの祖父の元へ。ヒルゼン、同席。

 猫2「ついてくるニャ」

 ヒルゼン、何か着いてく。

 猿魔「ありがとよ」

 猫2「鰹節を忘れるなニャ」


 
本当は原作ではサスケの里抜けは音の四人衆の襲撃から、月の満ち欠けをもとに判断するに1週間から10日後なのですが……その間サクラちゃんと四人衆はずっと待ってるのかとかサスケはそんな葛藤しながら任務とか受けてるのだろうかと思った結果、サスケには判断のはやい男になっていただきました。たぶん入院中に色々と悩んではいたんでしょう。

二次創作である以上、あったかもしれない展開として綺麗なサスケを書きたいなあと考え、それでありながら原作沿いになるようにと考えてこうなりました。元々サスケが復讐へと舵を切ったのはギリギリ復讐心の方が勝ったからで、あと少し何かがあれば変わっていたかもしれない、と思うので……。本作では我愛羅戦でのサスケの無力感やナルトへの対抗心が幾分かマシになった点、カカシの言葉のあとにカタナの言葉があったこと、音の四人衆が2人しか来なくて口撃が少なかったことから、里抜けしようと決心したあとにヒルゼンと話した際にごちゃごちゃした自分の心の内を言語化すると今話みたいな感じになった、という。ナルトとサクラの関係も原作とは微妙に変わっています。映画もできればTHE LASTだけは書けたらなあ、と思っていることもあり……先は長いですね。
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