木ノ葉のお札屋さん 作:乙欄
少し、昔の話。
────ざあざあと、雨が降っていた。
(リン…………)
真っ赤な傘をさした、黒いワンピースの、茶髪の女の子。
いつも通り慰霊碑へ行ったカカシの目の前にはそんな子どもが立っていた。
一瞬、自らの手で殺した彼女と見間違えるも、あり得ないことだと思い直した。その子どもはまだ3つか4つほどだ。髪型も、髪色も似ているものの、顔は異なる。紫色のペイントもない。
少女は、静かに泣いていた。
ぽつんと、世界にただ1人取り残されているような少女が誰かと重なって見えたカカシは声をかけようとして──まず変化の術をかけることにした。よく使う姿……顔を露出させ、目立つ銀髪を茶髪に、左瞼に残る切り傷を消し、目の色を茶色に。忍丸出しの服装も一般人のものに見せる。不審に思われて怖がらせるのは避けたかったのだ。カカシはその格好から、普段初対面の子どもからは警戒されることがほとんどだった。
「どうしたんだい?」
警戒されないよう、優しい笑顔を浮かべるように心がけて──いつもの変化や変装なら顔につけていたペイントも消してある──話しかけたカカシに、少女はビクリと震えた。
そろりと少女が顔を上げ、目が合う。
綺麗な茶色の瞳だった。
「ひっ……す、すみません。ちょっと友だちと喧嘩してしまって……それで……ひとけのないところへ。家だと一人になれませんし……」
友達と喧嘩。そのフレーズは、どこか親近感の湧くものだ。
「そっか……教えてくれてありがとう」
そうカカシが言うと、少女はふわりと笑った。心配しなくても大丈夫だと言うように。年に似つかわしくない、達観したような笑みだった。
「お邪魔になっていたら、申し訳なかったです。失礼します」
そう言って立ち去ろうとする少女を、思わず……どこか、放っておけなくて……カカシは引き止めてしまった。
「……僕は写真家のスケア。よかったら僕にお話してみないかい? 力になれるかはわからないけど……」
少女は逡巡した様子だった。視線をさまよわせ、もう一度カカシの目を見て────やがて覚悟を決めたようにポツリポツリと話し始めた。
少女はある老舗の店の子だという。一族で経営しているので他の親戚の子どもたちとよく家で遊ぶことになるらしい。少女は言うなれば本家の子だということがあって、どこか気遣われているような印象を受けることはあるものの、できる限り自分は気にしていないように、相手にも気を使わせないように振る舞っていたのだそうだ。子どもらしくない気づかいっぷりである。
その甲斐あってか子どもたちとは友好関係を築け、心置きなく話せる友だちもできたのだが──今日も家で遊んでいた少女は、その子にならばと自分の秘密を話して。気持ち悪いと、嘘をついているのだろうと。そう言われたのだと悲痛な声で語った。
その場では嘘ということにして謝り、互いに笑って済ませたたものの……遊び終わった後、思わず家を飛び出してしまったのだという。
喧嘩というよりは一方的に腹を立てているような、失望したような。それでいてただただ悲しいと感じるような気持ちだった。
そこまで話してから少女はカカシに問うた。もし自分の秘密を話したら信じてくれるか、と。カカシはもちろん肯定した。流石にここで信じないなどと非道なことは言えなかったし、話が進まない。
そんなカカシを見て少女はきゅっと口元を引き締め──凛とした目で、少し不安気に、しかしはっきりと言葉を紡いだ。曰く、自分には前世の記憶がある、と。
秘密というものは言ってはいけないと思うほど誰かに言いたくなるものだ。それから少女は他の人には言わないで欲しいと念を押してから、堰を切ったように滔々と話した。
チャクラがない、忍者もいない──もしかしたらどこかにいたかもしれないとも付け足した──世界で生まれ育った記憶があること。そして、死んだ記憶も。
カカシは聞いていてはじめは子どもの妄言ではないのかと思った。しかし、その国や、生活や、人々や……次々と滑らかに話す少女の話は、子どもが想像しただけと言うにはあまりにも詳細だった。何より、少女の信じて欲しいという真摯な気持ちは聞いていて伝わってくる。友人に否定された少女は、ただこの場所で会ったという希薄な関係にも関わらず、カカシに必死に話してくれたのだ。
それに──少女の話した死因、つまり誰かを庇って死んだというその状況は、あまりにも身近なものだった。前世の記憶、生まれ変わりというのもカカシにとってある種希望が湧く話だ。少女はあくまでも記憶は記憶であって、前世の人間そのままではないと考えているそうだが──しかし時折今際の際を思い出しては、自分が庇った人は、身に宿した子どもはあの後どうなったんだろうと思い返すらしい。
「もしその人に会えたら……どうする?」
カカシはふと尋ねた。
「それはもちろん、大丈夫だったかと尋ねたいです。命を狙われていた状況ですし、お子さんも無事に出産できたかどうか……」
「恨みとかはないの? 普通、自分だけ死んでたら嫌じゃないかな?」
「ええと。わたしの場合はですけど、全く無いですね。……とても綺麗で、優しくて、強くて。憧れでしたし、好きだったんです。だから、あの時は咄嗟の判断でしたけど、
ほんわかと包容力のある笑みを少女は浮かべていた。前世の享年と総合すればカカシより年上だというから、さもありなんと言うべきかもしれないが。
屈託のない言葉に、身体の力が少し抜けたような気がした。
「お話、聞いてくださって……わたしの秘密を信じてくださって本当にありがとうございます。すごく嬉しかったですし、すっきりしました!」
雨はいつの間にかやみ。残った雫が陽に照らされ、きらきらと輝いていた。
傘を閉じた少女は、晴れやかな顔で帰って行く。
──それからの慰霊碑は、静かなものだった。
その店は、歴代火影も使う老舗だった。
「いらっしゃいませ!」
長くなった髪を後ろでまとめた少女。背丈もぐんと成長している。
店頭に立つ彼女は、カカシのことを見ても何も思い出さないようだった。幼い頃に一度会っただけとくれば当然と言えば当然であるし、そもそも今のカカシはあの変化した姿ではない。
挨拶しなさいと父親から言われた少女は、緊張した様子で口を開いた。
「はじめまして、川上カタナと申します。はたけ上忍のお噂はかねがね伺っております……どうぞ、よろしくお願いいたします」
「……ありがとう。こちらこそ、今後ともよろしくね」
そう言ったカカシに、少女は虹を描くように笑った。
老舗の定義はわりと曖昧だったので使いましたけど、木ノ葉とか隠れ里ができてからそこまで経っていないんですよね。50年以上は経っているだろうけど100年とかは経ってないくらいでしょうか。
カタナにとって前世の記憶というものはすごーく感情移入できる小説、という感じで、前世の人格はその主人公というような認識です。その人の人生すべての行動や感情を知っている以上、その人ならこうするだろうな、という予測はできるし、前世の影響も受けてはいるけれどその人そのものと自分は違う、という。庇った人はその後大丈夫だったかなというのは小説の続きが気になる感じという面と、まあなんだかんだ前世の人格の最期の願いにひっぱられている面もある感じかと。
山田くんと7人の魔女のOPの『くちづけDiamond』という歌が……すごく好きです。ちょっとイメージして書きました。