千剣山らしき場所で寝てたら世界が滅んでいた 作:烏龍ハイボール
ある竜の記憶である。
北の平原
鳥の囀りが聞こえてくるのどかな場所に、歴史家のニアは花束を持って現れた。自身の配下を見送った帰り道に寄り道をして向かう先は平原を一望出来る小高い丘の上。そこに2つの石碑が並ぶ様に立っている。石碑の後ろには大小の骨を組んで作られた台が作られて、それぞれに持ち手のある獲物が飾られている。ニアはそれぞれの石碑の前に持ってきた花束を置くと目を閉じて合掌した。
時間にして十秒程だが、ニアにはそれが1分にも十分にも感じられた。目を開けたニアが立ち上がると、石碑を見ながら独り言を話し始めた。
『ここに来るのも久しぶりだ。君達は私に様々な事を教えてくれた。奴らの中で生活するのに役に立った事もあったし、逆に苛立ちを覚える事もあった』
ニアの表情は昔を懐かしみ笑みがこぼれていた。
『今でも昨日の事の様に思えるよ。君達と過ごした日々は、私の生の中で尊い宝だよ。君達から貰ったこの姿もね』
それは世に言う龍謳災が起きた次の年。
現代から遡り、遥か10000年前の話である。
我々人類からすれば途方も無い時間かもしれないが、かの竜にしたらほんの一時の時間かもしれない。
妖精暦7999年
北の地にある竜人族の村には一匹の竜が住み着いていた。その竜の名はアルビオン。この地に遥か昔に落ちてきた原初の巨竜アルビオンから生まれ落ちた新しい命である。
先代の最後と新生する命の誕生を見届けた蛇王龍ダラ・アマデュラは既に此方には居らず、今頃は南の地で怒っている頃だろう。そんなダラ・アマデュラにこの地の生態系の頂点に立つと宣言したアルビオンは、先代の頃から世話になっていた竜人族と共に暮らしていた。未だ頂点には到達していないが、北の各地に住む強豪達とは一通り勝負をして打ち負かしてきた。これまで絶対的な頂点が存在せずに険しい生存競争を続けてきた北部に覇者が誕生する。
アルビオンがこの地の生物と生き残りをかけた戦いを繰り広げる中で、気になる事があった。これまで戦ってきた生物達は何れも苦戦を強いられる位強かった。
例をあげると黒い体毛の猿、砂地を泳ぐ角竜、青い電竜、密林の斬竜。どれも強敵ではあったが同じ強さの領域から抜きん出た存在は居なかった。義母程でないにしろ義母の傍らにいた妖精レベルの強さを持つ生物は一匹も見なかった。竜人族の話では今挙げた4体が北部にて各地域を縄張りにしているヌシだと言う。だが彼等は他の縄張りに決して手を出さない。まるでその上に君臨する何かに止められている様に縄張りの維持をするだけだった。
『奴等は頑なに動こうとはしなかった。何処かに居るはずだ、奴等を留める何かが・・・』
それは恐らく貴方自身が義親子関係を結んだ島に巣食うヌシのせいかと思われます。疑問の答えがすぐそこに居た事に気づかないアルビオン。それを本人が認識するのはもう少し後の話になりそうだ。
話は変わるが、今日は特別な日だった。普段から村の外れで寝起きしているアルビオンは食事の為の狩りから戻って来て寝転んでいた。子供とはいえ既に体長は20メートルに届こうとしている為、おいそれと村の中に足を踏み入れる事はない。今日はこの村に厄介になってからの楽しみにしている事がある日だった。
「おーい、アルビオン!」
自身を呼ぶ声にアルビオンが首をあげると、背丈の似た双子のニールとアジーが大きな荷車を引いてやって来た。彼等二人はアルビオンと積極的に関わってくる竜人族であり、特に気を許している二人でもある。初めて会った頃は軽装に身を包んでいたが、今では獣や竜の素材で出来た武具を身に着けている。
これは彼等竜人族も持つ風習の一つで、狩りで倒した相手の肉のみならず、五体を無駄無く使い刈り取った命に感謝する習わしである。その為、村に居る鍛冶職人は生物由来の素材を加工して武具を作成する技術を伝承している。
そうして狩りをする者を竜人族はハンターと呼んでいる。二人は村にいるハンターであり、同時に一族の歴史を記す編纂者と一族の未来を見定め守る巫女でもあった。これは彼等が死んだ祖父より継承した責務と言っても良いだろう。そんな忙しい筈の彼等だが、アルビオンとの時間は大切にしていた。それは彼ら二人とアルビオンが互いに友であると認識を保って接していたからだ。時折一緒に狩りに繰り出す事もある。先に挙げた中でも黒毛で剛力が自慢の生物と相対した際、アルビオンは一度敗北を喫した。その後のリベンジでは彼らを伴って立ち向かった。
それで一勝一敗と言って、もう一度単身で挑んだのはアルビオンだけの秘密だった。
『やあ、待っていたよ二人共。今日もまたいちだんと凄い量だね』
「君が大食いなのは皆知っているからね。ほら、今日はとびきりいい焼き具合の肉もあるんだ」
ニールの運んでいた荷車に積まれていたのは大量の肉だった。アルビオンの密かな好物とは、このこんがり焼き上がった肉だった。普段は狩った相手をそのまま食べているが、定期的に食べたくなる。始まりはアジーによる餌付けが原因であるため、二人が率先して運んで来る。
『生もいいが、たまに食べる焼けた肉は上手い。自分でも焼いてみたりしたけれど上手く加減が出来なくていつも失敗する』
荷車から布の上に移された肉の山にかじりつくアルビオン。
「でも君達は食事が要らないと聞いたけれど?」
『確かに私達は身体にある炉心から魔力を生成して戦うための力を賄える。しかし、だからといって何もしないのでは暇なのだ。それに君達が食事している姿を眺めていて純粋に食事がしたくなった』
「なるほど私達のせいですか。それなら仕方ないですね」
『ああ。君達のせいだ』
「君、だいぶ染まってきたね」
まるで同世代同士で会話をする様に語らう竜と人。竜が人の姿を取っていればその光景はもっと様になっただろう。そう考えたニールはある事をアルビオンに提案する。
「所でさ、アルビオンはビシキさんみたいに人の姿になれないの?それならアルビオンも村の中で暮らしても大丈夫だと思うけれど」
それはダラ・アマデュラの眷属であるビシキを見ていたからこそ出てきた
『人の姿か・・・考えた事もなかったな。と言うよりもビシキは、あれが元の姿で竜の姿になれると言うだけだ。私の場合はその逆。無論、出来ない訳ではないが・・・こうか』
アルビオンが四肢で立ち上がると全身から眩い光を放った。あまりの光量に目を塞ぐニールとアジー。光が弱くなっていくと目の前に居た黒い竜が消えて変わりに二足で立つ生物が立っていた。
生物と称したのはその姿があべこべだからだ。シルエットは人間だが、身体の一部に鱗や爪が飛び出し、顔面は鉄の仮面を付けた様になっている。おまけに衣類の事まで想定していなかったから当然裸一貫である。
それを見た二人は思わず顔を反らしてアルビオンに叫ぶ。
「だめ!それはだめだ!」
「今すぐに元に戻ってください!」
『そんなにだめか?』
「「だめです!!」」
やれやれと首を振りながら再び閃光が発生するとそこには元の黒い竜が現れて二人を見下ろしていた。そこから二人による説教もとい勉強会が開かれた。
人族の社会におけるモラルや常識から始まり、彼等の身に着ける物や娯楽。竜種であれば考える事もなかった事まで、色々な話が展開される。そのあまりの長さに今日の予定を全て返上する事になったが、聞き終えたアルビオンは目の前にいる彼等が常に束縛されながら生きている事に疑問を感じる。
『つまらなくないか?そんなに自分達で縛り上げて、私であれば嫌になって直ぐに飛び立って、何食わぬ顔で大空を舞うだろうな』
「人とは複雑で面倒な生き物なのです。生きる事、戦うことに意味を成し、その意味で以て自身を正当化し、対極の理想を持つ者と衝突を繰り返す。人以外の者達から見れば、我々の在り方は酷く醜く、無意味な在り方に見えるかもしれません。ですがそうでもしないと我々は存在できないんです」
『難儀な生き物だな』
「弱者が知恵を持つってのはそういう事なんだろうさ。死にたくないからどんな手段も辞さず、生きる事に執着する。同じ強さの奴等が集まれば、他から害されないように規律を作る。格差が出来れば下から突かれないように新たに法を設ける。俺達竜人族は少ない数のコミュニティーだから現状で維持を出来ているけれど、これが数千、数万になればそうはいかない」
『なるほど・・・ふあ~』
かなり面倒な話になってきたからか、アルビオンは欠伸をした。
『で、最初の話からかなり脱線したぞ。結局、私にどうしろと?』
二人はアルビオンに人のコミュニティで生きる為に先ずは模倣する様に提案した。最初に目の前にいる双子の姿を身に着けていた衣類ごとガワだけ再現した。
そこから更に二人の意見を取り入れた姿を作り出していく。そこで二人の意外な面が見えたりしてアルビオンは軽く引いたが、彼等の思い描いた姿が完成する。
そこにいたのは黒髪の男。竜人族の中でも美系に入るであろうその姿にアジーは見惚れている。変わりにニールは不思議そうな顔をしている。
「何だよそれ」
「どうですか?兄さんは少し童顔だったので少し大人にしてみたんですけど?」
『だそうだ。どうかなニール?』
「その姿を描いた動機はイラッとしたけれど、さすがはアジーだ。俺の特徴が細部に残っていながらかっこいい」
「もう。そんなに褒めないでください」
感想を振られたニールは不貞腐れながらも答える。彼の感想を聞いてアジーは身体をくねらせてながら照れていた。そのやり取りは兄妹と言うよりも別の何かに見える。
アルビオンはそれ以上彼らの間柄に踏み込もうとはしなかった。確実に面倒な事になる。そんな気がしてきていた。
気を取り直して、アルビオンはニールの思い描いた女の姿へと姿を変える。アルビオンは先程の男の姿よりも視線が低くなっている事に気づき全身を見た。
『おいニール。何だこれは?ただのガキじゃないか!?』
アルビオンは近くの池まで近寄って水面に現れた自身の姿を見て絶叫する。白い髪にアジーよりも小さい身体。子供と言われた方がまだ納得できる容姿をしていた。
「もしも俺達の下に妹が出来たらと思ってな。そうしたら二人で存分に愛でたいと思っていたんだ」
「可愛いですね、私もこんな妹がいたら凄く嬉しかったです」
アジーはアルビオンの姿に目を輝かせて頬をこすりつける。
『結局、お前達の欲望の塊ではないか』
少しだけ鬱陶しく感じたアルビオンだが、その表情は比較的穏やかであった。この二人から貰った姿を使って、アルビオンは竜人族と打ち解けていった。
時に人の姿で彼等と共に狩りをし、時に彼等の歴史をニールと共に学び双子がそれぞれ家庭を築いた際には祝福を伝えに行った。
竜としても生態系の中で度々生まれてくる強者を見つけては戦い、北の覇者であり続けている。
そんな生活を続けること1000年、双子はその生涯を終えようとしていた。
竜人族の双子、ニールとアジーは共に年老いて、今は同じ家に住んでいた。そこには彼等の家族もおり、最後の瞬間は共に迎えると言う願いを尊重した結果だった。村の医師より今夜が峠だと伝えられた。
そこにアルビオンが現れたのは必然だったのだろうか。長年共に過ごした友の最後を感じ取った様に現れたアルビオンは、彼等枕元にやって来た。
「あー、アルビオン」
『急にすまないね。でも私の直感が今日を逃すともう話せないと伝えていたんだ。良かったよ、どうにか友の最後に間に合う事が出来た』
アルビオンの声を聞いたニールは家族に部屋から出ていくようにお願いすると部屋の中には双子とアルビオンが残った。
「我らと共に居てくれてありがとう。お陰で私達は平穏に生きる事が出来ました」
『それは此方のセリフだよ。私は君達から多くの事を学べた』
「そう言って貰えるなら私達の生涯は意義のあるものだった様だ」
昔を思い出しながら、会話に花を咲かせる二人と一匹。アジーは傍らに置かれていたペンダントをアルビオンに手渡した。それは男女が寄り添う周りを蛇が囲むデザイン。これが何を意味するかは、アルビオンには直ぐに分かった。
「共に居させてください」
「我らが死した後、この五体と魂をアルビオン。君に捧げたい。かつて、先代の亡骸と共に眠ると誓った祖父の様に、私達も貴方と共に・・・」
『・・・良いのだな』
「「・・・はい」」
アルビオンの言葉を弱々しい声で肯定する二人。受け取ったペンダントを首から下げると、彼の目から涙が滴り落ちてきた。アルビオンは彼等の手をとって、感謝の言葉を伝える。
『君達は私にとって最高の友だった。ありがとう』
「「・・・・・」」
二人から言葉による返答はなかった。変わりに握る手から力が抜けて、穏やかな表情で眠りについた。
アルビオンは顔を伏せていた。そこに二人の家族が入ってきて状況を悟った。彼らも涙を流すが、その中の一人で、アジーの息子がアルビオンの前に出てくる。
「母から遺言は聞いております。どうか、共に居させてください。ここは離れですので気になさらず」
彼等はニールとアジーに最後の別れをすると部屋から出ていく。アルビオンは人化を解いて竜の姿に戻る。離れの建物はアルビオンの肉体に押しのけられて崩れるが、二人はアルビオン自身が守っているので無傷だった。そして眠る彼等を見下ろした後、彼等を喰らった。
アルビオンは二人の家族に別れを告げて一度、北の地を離れて南に向かった。そこにいるダラ・アマデュラの頭部まで近づくと、人の姿になって、舞い降りた。
ダラ・アマデュラは目の前に降りてきた人影から発せられる気配から直ぐにそれがアルビオンである事を認識する。
『アルビオン。その身体は・・・』
『友から贈り物だよ。大切な友から貰ったんだ』
『そう。あっちで良い友達が居たんだね。その話、聞かせてくれないか?』
『ああ、勿論だよ』
それからアルビオンはダラ・アマデュラに自身の過ごしてきたおよそ1000年に渡る人々との記憶を語り始めた。全てを語り終えたのは、太陽が3度顔を出した頃だった。
アルビオン(ニア)
北の地の覇者になった。
人間態であるニアの男と女の姿は双子考案
女の姿はニールの趣味が
男の姿はアジーの趣味が入っている。
双子の最後を看取り、その血肉を喰らい、魂は共にあると誓った。
ニア(女) 見た目はメリュジーヌ
歴史家はニール影響を多大に受けた為やってみたら楽しかったので継続した。仕草などが人間臭いのは長年彼らと過ごしてきた影響。
ニア(男) 見た目は黒髪のイケメン、スーツは白
外出用の姿。顔のモデルは考えているけれど今は秘密
ニール
シスコン。アジーはメリハリのある身体に育ったので、新たしい妹が出来たらと想像して女版ニアの姿を思い描いた。しかし、竜と共にあった姿はある種の英雄像である事は確かだ。
使用武装はスラアク。
オーバーテクノロジー
アジー
ブラコン。ニアの男の姿は兄が思ったよりも童顔だったので凛々しい大人の姿を思い描いた。一族の巫女的な立ち位置。兄と共に北の地をかけた。その腕前は兄共々、語り継がれる程である。一説には喧嘩をする兄と竜を止めるために、仲裁してその身体に傷を付けたとか、何とか。
使用する武器は弓。
余談
『ビシキ。妖精達は本を読むのかい?』
「本ですか?物好きなら読むと思いますよ。何か書くんですか?」
『少しぼかすけれど、私の見てきたモノを残したいんだ』
「まぁ、構いませんが・・・因みにどの様な内容で?」
『二人の英雄の話さ。時に自然とぶつかり、時に自然と協和して一族を繁栄に導いた英雄譚。死後も空に輝き、先達として導く』
「その題名は?」
『【導きの青い星】。この空で一際目立ち、直ぐに彼等だとわかる星。それはいつか彼等にとっての希望となる』
その後、本を読む習慣が根付き物語を嗜む妖精達の中でその本は歴史家ニアの名前で世に送り出された。