千剣山らしき場所で寝てたら世界が滅んでいた 作:烏龍ハイボール
これはビシキが眷属になってから丁度百年が経った頃の話である。
初めての眷属が出来た事に喜び舞ったアマデュラ。そもそも標準サイズでも動くだけで災害を引き起こしてきた蛇龍亜目に属する古龍達であるが、現在のその全長は44444.4メートル。
分かりやすく直すと、約44km。フルマラソンの走る距離よりも2km長い。そんな巨体が動けばどうなるか。結果は火を見るよりも明らかであった。
地下では巣穴の一部が崩落し、地上では小さな振動が複合した地震が数分のスパンで繰り返し発生した。ビシキは興奮状態の主を止めるのに四苦八苦したそうだ。そして、落ち着いた後は必死に謝る主に対しそっぽを向いて相手にしなかったそうだ。
ビシキは他に崩れた場所がないか調べる為に巣穴の中へと潜っていった。そこで見つけたのは
「これはどうなっているのでしょうか」
壁に突き刺さっている尻尾だった。もっとも壁から出ている部分が胴体と同じ位の太さなので、壁の中にかなりの長さが埋まっている事だろう。ビシキは報告の為にアマデュラの頭部を目指して移動を始める。
『穴に埋まっていた?』
「はい。気づいていませんでしたか?かなり豪快に突き刺さっていますので。無理に引き抜くとまた上で地震が起きますよ」
『いやそれが、尻尾の先端が妙に気持ちいいからさ何だろうと思ったけど』
「それはたぶん完全に外に出てますね。それが地上か海かは分かりませんが」
『そうか。なら少し見てくる』
アマデュラは身体を器用に動かして身体を反転させると自身のしっぽを目指して奥へと進んでいく。多少は気にかけているが、それでも背中に生える器官、扇刃は身体から大きく突き出ているので洞窟の壁面を擦って岩の塊を落としながら進んでいく。
終点に辿り着いたアマデュラはビシキに言われた穴を見る。確かに尻尾に当たる部分は壁に埋まっている。その先端は冷えていて気持ちいいからビシキの言う通り海かもしれない。ここに来るまでに体感で下ってきたから多少は掘っても大丈夫だろう。
ボコッ
『あっ加減間違えた』
周りを削ろうとしたが誤って尻尾が動き、一帯の壁が丸ごと崩落した。崩れた岩石の奥から海水が流れてきて辺り一帯が水没した。
アマデュラは海中を泳いで光が指す方角を目指した。
ザッパーン!
アマデュラは海面に到達するとゆっくりと顔を出した。そこは島から少し離れた海上で視界に島の海岸線といくつかの家。小さな港が出来ていた。そこで暮らす妖精達の姿を捉えるとだいぶ生命力が小さく感じた。
初めて妖精と出会った瞬間、そのあまりの生命力の小ささに六匹の妖精を石ころと間違えた。第三者と出会う事無く数千年間惰眠を貪っていたせいで本来備わり順応していた筈の感覚器官があまり上手く使えなかったからだ。
それから数百年。
やる事はなく暇だったので未発達だった身体機能の更新を行い、ここ数年でようやく肉体に追い付いてきた。今までぶつかっても何も感じなかった触覚もビシキが何処に触れているかまで正確に把握出来る様になったからこそ余計にそう感じてしまう。
そのまま海洋を漂うと。島の周りをゆっくりと泳ぎ始める。
その光景はある一匹の妖精によって記録されて後世に伝わっている。
妖精史伝 外伝
その日は普段と違っていた。漁をする為に海に出たけど魚が一匹も居なかった。
豊穣神の加護によって守られている島の近海は、よく魚が穫れるんだ。中には変わり種が穫れる事もある。ちょっとした事で爆発する魚や砥石代わりになる魚なんてほんの一部だが、前者がかかった日には慌ててリリースする。
そんな海で魚が一匹も獲れない。俺は海に顔を入れて水中を確認した。何か原因が分かれば豊穣神様に何とかしてもらおうと考えて。
そこで俺は見たんだ。海底から伸びる太い物体。先端に行くほど細くなり、三叉に割けてウネウネと動く顔の無い生物を・・・。
バケモノだと俺は思った。あんなのがいたら魚だって逃げる。俺は慌てて港に戻ってこの目で見た光景を皆に伝えた。皆は見間違いだと言って信じてくれなかったが暫くすると海に大きな水柱が上がったんだ。そして巨大なバケモノが現れたんだ。
バケモノはそのまま島の周りを泳いで何処かに行っちまった。それを見た皆も漸く俺の話を信じた。
その日の夜だった。
港町が、俺の故郷が姿を消したんだ。
『いやー、我ながらでかくなったな。でもいつか、この島をぐるっと一周して自分の尻尾をくわえてみたいな。あれ?我ってもしかしてヨルムンガンドになれるんじゃね?何かこの世界モンハンじゃなさそうだし。あいつ等フィジカルお化けだし』
海水と照りつける太陽を楽しむアマデュラは海を漂いながら様々な事を夢想していた。島の北側まで来た時、陸地の一角にドス黒い気配を感じた。
『あれは・・・後で見に行こう』
懸念はあるが今は大丈夫だと判断したアマデュラはその海洋を漂い続けた。
久々に外に出れたアマデュラは自身が思う以上に浮かれていた。
小さい命が五月蝿いからと自ら地下に籠もったが、それまではずっと地上にいたのだ。本来の住処はあの穴の上。穴を開ける前はそこに山があり、長い眠りにつく前は巨大な山脈があった。既に朧気だが、自意識を獲得した瞬間もこんな星空が綺麗な夜だった。未だに海上に残り夜空を見ているアマデュラ。
『そろそろ戻らないと怒られるな』
眷属になってからのビシキは厳しい。元々自分にも厳しい性格だったからか、アマデュラ相手でも一歩も引かない。それが彼女の良い所でもあるが、とにかく戻らないと怒られるのは確かだ。だがそこで悲劇が起きた。
『ふぅあああ。モガッ!?』
大きな欠伸が出た。それも水中に戻ろうとした瞬間にだ。生理機能に逆らえなかったアマデュラは水に顔をつけながら大きな口を開いてしまったのだ。そして大量の海水が一気に流れ込んできた。突然の事にビックリしたアマデュラは直ぐに顔を上げて、海水を吐き出した。口の中に異物が残るような感覚に陥って苦しむ姿は日中であればパニックになっただろう。しかし今は夜だ。そんな自身の姿は誰にも見えていない。不快な感覚をどうにかしようとした時である。
『カッ!!』
ブレスを出してしまったのだ。ダラ・アマデュラが誇る一撃。それも全長44kmの巨躯が放つ一撃だ。水面に放たれて爆発を起こすと、押し出された海水が海岸線に向かって津波となって押し寄せたのだ。濁流はまたたく間に海岸線を呑み込み多くの命が消えていく。
それを見たアマデュラの内心はもう大変だ。
『や、やっべぇ!?やっちゃったぁあああ!!』
直ぐに水中に戻って巣に戻る。
待っていたのは腕を組んで仁王立ちするビシキである。
「何をやっているんですか?まさか日頃の恨み辛みを晴らしてましたか?」
彼女は全てを知っていた様だ。実は彼女、アマデュラが奥に消えた後地上に出て祭壇を綺麗にしていた。そこへ海上に出現した気配を感じると慌てて何か問題が起きてないか見に行ったのだ。日が暮れた後も戻ろうとしない所を見て、かつて聞かされた話を思い起こしていたのだ。この島のかつての姿。妖精の祖が訪れる前の静かだった頃の話。それを聞いたビシキはアマデュラに尋ねた。
。
【なぜ先祖を住まわせたのですか?でなければ、貴方様がこんな地の底に住むことも無かったのに】
【うーん。あの時は寝ぼけていたんだろうね。だから、早く静かになって欲しくて彼等の要望を条件付きで承諾した】
【それであなた様は地上から追放された】
【それは物事の一側面に過ぎないさ。実際には私が自ら潜ったしね】
夜空を見上げるアマデュラ。その眷属になったビシキには僅かであるがその心が透けていた。そこから一つの道を見出す。
「いつか、いつか、戻られるのですね」
一足先に戻ろうと考えたビシキだったが、突然の暴れ始めて終いにはブレスを放った姿を見て、額から一筋の汗が流れ落ちる。
「はぁ?な、何やってるんですか!?」
ビシキは慌てて祭壇に戻り、穴を潜ってアマデュラが戻ってくるのを待つことにした。そして、さほど時を置かずに件の主が戻ってきた。
『いや~我ながらやってしまった』
「そうですね。海岸線の町が2つ消えて。そこに住む妖精もかなりの数が犠牲になりました」
『え?見てたの?』
「それはもうバッチリ。突然暴れるのでどうしたのかと思いましたが・・」
『でよ。この件はどう賠償しようか?』
アマデュラはビシキに相談を持ちかけた。その答えは直ぐに返ってくる。
「必要ですか?百年前に同胞が起こした非礼。あなた様は赦しましたが、あれで等価とは到底言えませんよ。それにこれを自分がやったと言ってしまうんですか?」
『じゃあどうする?』
「この未曾有の災害に私が使者として派遣されたとするのがよろしいのでは?まあ、あなた様がやったと気付く者も居ますが、そこまででしょう。彼等が、何か出来るとは思いません」
『やっぱり君って妖精だね』
「はい、妖精です。愚かで醜い種族です。それで、何を送りますか?」
アマデュラは巣穴のあちこちを見渡すと、特定の場所を爪で砕き始める。砕いた岩石の塊をビシキの前へと出すと、爪で岩をどかしながらその中で光る鉱石を探し出す。
『この島には龍脈と呼ばれるエネルギーの通る道が島の外縁部から中央に向けて円を描く様に流れている。私がここにいるのはその力を一番受けられるからだ。そして、エネルギーが集約する場所では時折飽和したエネルギーが行き場を失い圧縮されて固形化する。それがこの龍脈石だ』
「龍脈石」
ビシキは足元に転がる手の平サイズの龍脈石を拾うと、直ぐに石が持つ膨大なエネルギーを感じ取った。熱を持ち石自体が脈打っている錯覚に陥る程のエネルギーを内包していた。
『これを被害にあった町に行って配って欲しいんだ。使用上の注意点の説明も含めてね』
「分かりました。でも良いんですか?これを渡したら絶対に他の町や村の妖精達もせがんできますよ」
『そんな事・・・・あり得るな』
「とりあえず。配ってきますね」
ビシキは足元の龍脈石を拾い集めるとそれを持って穴の外へ飛んでいった。
その後、案の定と言うべきか、ビシキの配った石の話はまたたく間に島中に広まりちょっとした騒ぎになった。
曰く、火種に焚べるだけで丸3日間火が絶えなかった。
曰く、首から提げているだけで災難を弾く。
曰く、細かく砕いて取り込む事で身体能力や魔力が上がった。
挙げればきりがなかった。そしてそんなシロモノが
妖精史伝 黎明期
神の恵み
我等が声を揃えて呼ぶと神は直ぐに我等の前に姿を現した。神が住むのは楽園(終焉の地)の中央部にある巨大な縦穴。穴の底は深すぎて見る事は叶わないが底から響く轟音が神の来訪を告げている。神の領域は他の土地とは物理法則が著しく異なる。穴の前に供物を捧げる祭壇がある事は別段普通であるが、その周りの風景が違う。
穴の周囲には大小数百の岩が浮いている。厳密には祭壇から見て穴の対岸に聳える山から突き出ている細い岩や植物の蔓で固定されていた。明らかに重力が仕事をしていないが、神の眷属であり元風の氏族出身の女は、神の御業であるとだけ言った。
そして神は穴から頭を出すとそのまま岩と岩の間を潜って背後の山に身体を絡ませた。そのうえで長い首を伸ばして祭壇の前にその後巨大な尊顔を近づけた。
『騒がしいぞ。此度は何の用だ。初めに汝等には住む場所は与えた。次に汝等の愚かな行為に目を瞑った。今度は我の口を塞ぐ気か?小さき命達よ』
神の疑問に答えたのは土の氏族長だった。
「えぇ。貴方様より賜った数々の恩恵は我々をここまで繁栄させました。しかし、先日そこの眷属が
土の氏族長はもっともらしい事を言っているが、それは単に羨ましいだけだ。俺もその石の実物を見せてもらったが確かにあれば奇跡がなせる物だ。あれがあればこれまで多大なコストをかけて行ってきた事が大幅に削減できる。妖精郷始まって以来の技術革新だ。しかし神は、土の氏族長の要望を鼻で笑う。
『フッ。ならば、土の氏族もあの沈んだ町の様になる事を望むか?』
「えっ?」
『お前達も知っているだろう。数日前に起きた災害。それに呑まれて壊滅した村の事を・・・。我はその生き残りが健常な生活をおくれる様にする為に贈ったのだ。決して、彼等を贔屓した訳ではない』
その言葉には苛立ちと怒りが含まれている事は誰の目から見ても明らかだった。我々の独り善がりな欲望をいくら取り繕うとも神の前では意味をなさない。
『分かったなら去れ。今のお前達と交わす言葉など無い』
神は天を衝く程の咆哮を我等に浴びせると再び轟音を響かせて穴の中へと戻って行った。残った眷属は我等に対して睨みを利かせると神の意志を代弁した言葉を放った。
「私達は醜すぎたのだ。それを清算しない限り我等はいずれ滅びる。己の欲望を律するのだ」
用語集
神の領域
ダラ・アマデュラが住む大穴の上。千剣山と天空山がハイブリットされた謎の空間。ここだけ重力が可笑しくなっていると思わせるほど。
龍脈
終焉の地を流れるエネルギーの流れ。島の外縁部から内側に収束している。
龍脈石
龍脈の中で時折生成される石。
楽園の地
氏族の祖が放浪の末に辿り着いた最後の地
妖精史伝
妖精達の日記や伝記、歴史を編纂した物。現在、全3巻が発行されている。
1巻 黎明期 現在の時系列はここ
2巻 中期
3巻 後期〜
ダラ・アマデュラ
間違えて町を2つ滅ぼす。その事を悔いて、生き残り達に地下の資源をあげた。