【悲報】無限に転生してきた私、遂に人類をやめる【タスケテ】 作:ねむ鯛
紅蓮の輝きを纏った、全体重を乗せた全力のドロップキック。
それに喉を貫かれてなお、辛うじてですが蛇は生きていました。なんとも馬鹿げた生命力ですね。
手負いの獣ほどなんとやらといいますし、まだ油断はできません。鬼の力を取り戻したとはいえ、私自身はまだ弱く、下手すれば相手の攻撃で即死もあり得る状況です。何より追い詰められた獣ほど危険なものはありませんからね。
キッチリトドメをさしておきましょう。
――【
急降下して空中で体を折りたたみ、コマのように高速で縦回転。
重力に引かれるままクルクルと落ちていき、遠心力と戦撃のサポートによる加速ががたっぷり乗った紅蓮の踵落しが蛇の頭を弾き飛ばす。
哀れ、不法侵入者は巣からたたき出され、地面へとヒモなしバンジー。
地響きとともに動かなくなったそれを確認した私は疲れた体を労うため巣に降り立ちました。
なんとかなりましたね。まったく、お母様はどこに――――
「ッメル!危ない!!」
叫び声に意識を引き戻せば目の前には壁があって。
次の瞬間には床に倒れていました。どうやら一瞬意識を失っていたようですね……。
体中から訴えられる痛みを無視し、頭を振って立ち上がる。
正面には一番最初に叩き落とした筈の蛇が。どうも自慢げに揺らしている尻尾で思い切り叩かれたようですね。油断してました、初戦闘だったとはいえなんて情けない……!!
私を心配してか、こちらに来ようとしているミルが視界の端に写りました。
それに視線だけを向けて押さえ付ける。
大丈夫ですからこちらには来ないでください。あなたたちが狙われた方が対処が難しいんですから、そのまま隠れていてください!
蛇もこちらを警戒しているのか、すぐには手を出してきません。
その間に息を整えつつ、相手の出方を窺っていると、新手が現れました。
先の蛇より二回りは大きい奴です。まだ増えるんですか……!?
これ以上は本当に勘弁して欲しいんですけど……!お帰りはあちらですよ。なに?まだ帰らない?そうですか畜生!!
仲間が増えたことで余裕ができたのか小さい方が様子見の攻撃してきました。
無造作な尾の一撃を余裕を持って避けます。今までは足りないスペックを予測だけで対処していたのですから、鬼の力を使える今となっては造作もありません。とは言え当たれば大打撃ですし、内心冷や汗ものです。
特に動きのない蛇の方も気にしなければいけないのが負担になっています。
そちらに意識を割きながら、攻撃の予測もしなければならない。……やっぱり結構厳しいですねこれ。
蛇の攻撃を捌いて、いなして、避け続ける。次第に時間の経過が曖昧になる。
いっこうに終わりが見えない。蛇の攻撃は牽制のようなものばかりで、反撃できるような隙が生まれる攻撃はしてこなかった。
無理に近づこうとすれば、大きな蛇の方が動きを見せ、下手な行動を許してくれません。
おそらくこちらが疲れて動けなくなるのを狙っているのでしょう。
単純明快な作戦ですがだからこそ、解決策が見えない。蛇らしい狡猾な手ですね……。
打開策を考え続けていると、視界の端で大きな方の蛇が首を巡らせました。
一体なにが……。
視線の先には空を飛ぶ巨大な存在が。あれは……!
「(お母様)!!……………!!?」
ピンチに駆けつけてくれたお母様だったが、話はそう簡単にはいかなかった。
純白だった翼は今や朱に濡れ、羽ばたく音もどこか力ない。
駆けつけたお母様は既にボロボロだったのだ。
『お前達、下がっていろ!!……くっ!こんな時に蛇共め、鬱陶しい!!』
傷ついたお母様は大蛇二匹を相手取り、その上背後の私たちを守りながら動いている。巻き込んでしまうため大きな攻撃もできず非常にやりにくそうだ。
とは言えお母様は強い。このまま行けばお母様は勝てるだろう。だがそれは順調にいけばの話で、しかも少なくない疲労と怪我がお母様に残ることになる。
お母様の力が弱まればきっと今と同じように他の魔物が狙ってくる。弟妹達はそれに怯えることになる。
なにより、見ているだけなんてできるわけないじゃないですか。
「メル!!?」
――ごめんね、ミル。きっと戻りますから。
抱き上げられていた腕の中から飛び出し、蛇の元へ向かう。
―――《ウィンド》!!
飛ぶときに扱っている風の力を応用して、魔法のように使ってみたものです。
大した威力はないですがペチペチ鬱陶しいでしょう?
『馬鹿者!何をしている!』
お母様からの叱責を聞き流し、蛇に向かって空中から風を打ち続ける。
倒す必要はない。どちらかだけでも引きつけられれば……。
攻撃を続けていると蛇が遂に動いた。
最初に地面に叩き落とした小さい方の蛇だ。
弱い方が来てくれるなら好都合。生存確率が上がりますからね。
すぐさま飛びかかってくる蛇を【側刀《そばがたな》】で横へ逸らしつつ、ヘイトを溜めていく。
鬼の眼光で睨み付けて挑発してやれば、ピクリと反応した後怒りの咆哮を上げ、私に釘付けになる。
その甲斐あってか、巣の下に飛び込んだ私を素直に追いかけてきてくれた。
『この馬鹿娘が!!やめるんだ!戻ってこい!……頼む、戻ってきてくれ……!やめろォォォォォォ!!』
後ろから響いてくる巨大な枝がへし折れる音と蛇のうなり声、遠くなる戦闘音。
……そして私が何をするかを察したお母様の悲痛な叫び声。
ごめんなさい、必ず戻りますから。だから今だけは親不孝な私を許してください。
地面に向かって大樹を降りきり、体を起こしてなるべく地面すれすれを全速力で逃げていく。
背後で轟音。恐らく蛇が地面についたのでしょう。
森の中を全速力で飛び、木々の間をすり抜けていく。
急降下で少し距離が開いたけれど、徐々に距離が詰められていますね。
不味いですね、このままでは追いつかれてしまう。戦撃もあと2回打てるかあやしいです。体力が尽きる前になんとかしなくては……。
交戦も視野に入れるべきでしょうか……。ですがそもそものスペックが段違い、碌に戦撃を扱えない今の状況では絶望的なほどに勝ち目がありません。
(っ!考える時間も与えてくれないのですか!!)
頭上に影。その正体はへし折れた大木が飛んできた物だった。追いすがる蛇がなぎ倒した物を、ついでとばかりに体で弾き飛ばしているのだ。前方の障害物と上空の飛来物。非常にやりづらい。
泣き言など言っていられない程次々と振ってくる。
咄嗟に飛び出してしまったとは言え、少し考えなしだったかも知れません……!
とは言えベストでなくともベターであったことは事実でしょう。
お母様がこの蛇たちに負ければ全滅は必定です。片方を引き離せれば勝率をかなり上げる事ができるはず。後はお母様を信じることしかできません。
……自分の力のなさがたまらなく憎い。不条理を認めたくないから私は力を求めてきたのに……!!
……ともかく今をどうにかしなくては。
避ければ避けるだけ距離が縮まっていく。かなり追いつかれてしまいました。
ジリジリとした焦燥感に心臓の鼓動がヤケにうるさく聞こえてきますね。
グルグルと思考の迷宮から抜け出せなくなっていると急に視界が開けました。
周りから木がなくなり、憎らしいほどに雲一つない青空がのぞけます。
周りに障害物がない……!!まずいでしょうか!?……いや、このまま……!!
視界が開けると言うことは障害物が無いと言うこと。小回りの利く私に有利だったものがなくなることを示します。
咄嗟に方向転換をしかけましたが思い直し、そのまま直進することにしました。
そして振り返り蛇を睨み付けます。
ですが蛇がこちらを攻撃してくることはありません
いえ、できないと言った方が正しいでしょう。
なにせこちらは船の舳先のようにつきだした崖の先。下には轟々と流れる水のうねりが。
いくら巨大な蛇と言えど、こちらにやってくることはできませんし落ちてしまえばひとたまりもありません。
すぐ側に飛ばせるような木もありませんので蛇に遠距離攻撃の手段もない筈。
これで少しは時間が稼げるでしょうか。