無限の転生~今世でついに人間卒業!? こんな人生こりごりだとは言ったけど、人間辞めたいとは言ってない~   作:ねむ鯛

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幕間 その2 密会

 

 「勇者さま! よろしいかしら!?」

 

 宿の一室、乱暴にノックされたかと思うと、返事も待たず扉が開け放たれた。

 勢いよく歩み入ってきたのは、金髪の縦ロールが跳ねる少女――勇者パーティーの聖女、シャールだ。

 腰に手を当て、鋭い眼差しで睨みつけるその姿は、明らかに怒っていた。

 

「あの芋娘がいなくなってから、薬品や治療に関するトラブルが増える一方ですわ」

 

 言葉こそ丁寧だが、語調には棘があった。

 食いかかるような口調で、しかし淑女の言葉遣いを崩さないのは、彼女なりの矜持だろうか。

 

「あの娘がいた時は、軽微な兆候から病気を見抜き、症状が軽いうちから薬を調合してもらっていましたが……。今はそれが不可能ですの。病気はわたくしの魔法では治せませんし、特殊な状態異常も知識がなくては治せませんわ。早急に対策を打つ必要がありますの」

 

 勇者と呼ばれた少年はベッドに腰掛けたまま、言い募る少女へ感情を感じさせない表情を向けていた。

 

「……そもそも病気になんてなる機会は稀だ。この前のもただの風邪だった。治療は街の病院に任せれば良い。問題になるような病気はあいつにも治せない。……手間は増えたけど、さしたる問題は出ていない」

 

 感情の起伏を感じさせぬ、平坦な声。

 まるで、何も響いていないかのように。

 

「トラブルが増えたのは事実だね。薬は事前に買っておく必要が出たし、必要な薬がなかったり、わからなかったりしたことだってある。でも、旅の進行には誤差程度の影響しかないのは君だってわかっているはずだ」

 

 そして、視線を重ねたままに問う。

 

 「君が言いたいのは別のことだろ? シャール」

 

 その平坦な声色に、口元が引き結ばれた。

 ギュッと、スカートの裾を握りしめる。

 あの日の光景が、シャールの脳裏に浮かぶ。

 

 ――――『貴女になにができまして?』

 

 あのとき彼女は、信じていたものに拒まれたような顔をしていた。

 涙をこらえて飛び出していったあの背中が、ずっと胸に引っかかったまま、澱のように残り続けていた。

 

「……あなたは、あれで良かったと、今でも思っていますの……?」

 

「――――メンバー皆が賛同したはずだ。もちろんその中には君も含まれてるよ、シャール」

 

「ッ!! それは……! あなたが……!!」

 

 喉元まで出かかった言葉を、唇を噛んで飲み込んだ。

 

「……いえ、差し出がましい申し出でしたわ。わたくしは薬学の習得に戻りますの。あの芋娘にできて、……わたくしにできないはずがありませんもの。……では、ご機嫌よう」

 

 もう言うことはないとばかりに縦ロールを後ろに払い、踵を返した。

 そうして振り返ることもなく扉を閉め、静かに去っていった。

 

 勇者はしばらく、その扉を見つめていた。

 何かを言うでもなく、何かをするでもなく。

 消えた背中に、何かの答えを探しているかのように。

 

 やがて視線を外すと窓を開け、静かにそこから出ていった。

 

 部屋には何も語らぬ静寂だけが、置き去りにされていた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 人目を避け、静かに足音を潜めながら進んでいく。

 入り組んだ裏路地の、さらに奥。光も届かぬ影の底。

 そこには、誰の気配もなかった――はずだった。

 

「……出てこい」

 

「ずいぶん――――横暴だね☆」

 

 そこには、影がいた。誰もいなかった場所に、まるで最初からいたかのように振る舞う、影。

 龍帝に協力を仰ぎ、呼び出した存在。その正体は外から見ることは叶わない。

 黒の中に真っ赤な瞳と、三日月のように裂けた口だけが色づいていた。

 

「そんなんだから聖女ちゃんに怒られるんだよ?」

 

「………………」

 

「都合が悪くなるとだんまり。悪い癖だよ☆」

 

「……伝えるべきことと、そうでないことがあるだろ」

 

「それは君の勝手な都合だよね」

 

「……何が言いたい」

 

「事情くらいは話すべきだと思うよ。君のパーティーメンバーにも、――――幼馴染ちゃんにもね」

 

「……余計なことを言う必要はない。それにあいつは、俺の近くにはいないほうが良いんだ」

 

「近くにいようと、遠ざけようと――――人は死ぬよ☆」

 

 語尾に星が散るような軽い口調でありながら、その言葉には異様な重みがあった。

 

「………………」

 

「私だったら手元に置いて、手放さないけどね☆ 目の届く場所に置いておくのが一番。そう思わない?」

 

「……俺とお前は違う」

 

「ごもっとも☆」

 

 軽く返される言葉は冗談のようでいて、その実どこか挑発的だった。

 

「もう終わった話だ。蒸し返すな」

 

「え~、でもさ、今でも後悔してるんでしょ? 見ててわかるよ。女々しいんだ☆」

 

「……それは――――お前もだろう?」

 

 空気が凍りつく。ふざけた雰囲気が剥がれ落ち、殺気が溢れ出す。

 

 離れて立っていたはずの影は、次の瞬間には少年の首に手をかけていた。力はこめていない――だが、ただの牽制ではなかった。

 勇者は動かない。抵抗もなく、ただその冷たい目で見つめ返していた。

 

 言葉はない。数秒の静寂が流れ――――

 

 やがて、ため息とともに手が離れる。

 

「契約なんて無ければすぐに殺してあげるのに……。今からでも破棄しない? お姉ちゃん大歓迎☆」

 

「論外だ」

 

「ちぇっ、残念」

 

 笑ってはいる。だがその目はどこまでも冷たかった。

 

「――――それで。調査の結果は」

 

「うーん、今のところは成果ゼロ。誰に聞いても知らないみたい」

 

「そうか。使えないな」

 

「ぶっ殺すぞ☆」

 

 つり上がる口元と対照的に、額には青筋が浮かんでいた。

 

「北の大陸はもう洗い尽くした。次は南の大陸に行ってくれ」

 

「ラジャ☆ 幼馴染ちゃんの様子を見てきてあげるね」

 

「……それは必要ない」

 

「嘘つけ☆」

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