【悲報】無限に転生してきた私、遂に人類をやめる【タスケテ】   作:ねむ鯛

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第22羽 夜の支配者

 

 それは一般的に、死者が蘇った伝承上のものだとされていた。活動できるのは夜の間だけ。日の光が当たると体が焼けてしまう。しかし、彼らの時間では絶大な能力を発揮する。

 

 夜の支配者、吸血鬼。

 

 不老不死で人智を越えた身体能力を持ち、コウモリと親和性がある。

 時に不思議な術を使い、時に空を飛び、そして人の血を食料とする。

 

 その存在は世界によっては実在し、――――かつて私がそうだったこともあります。

 

 そして今から使う力も同じものです。

 

 扉に力なく背を預け、項垂れるだけしかできなかった傷だらけの体が、みるみるうちに再生していく。不死とまで言われる吸血鬼の再生能力が、歪な音と共に罅だらけだった全身の骨をつなげ直し、折れていた右足すらも元通りに治してしまった。

 

 怪我は治りましたが痛みの感覚はまだあります。それでも緩慢な動きで起き上がり、正面から押し潰さんと迫り来る地竜の大質量の突進を、足で受け止める。

 

 轟音の後にこれまでどうしようもない脅威だった筈の地竜が完全に沈黙する。容易く踏みつぶせると思っていたのでしょう、瞠目して驚いています。実際さっきまではそうだったのでしょうがないですが、まだそう思われているのは腹は立ちますね。ほら、これで起きてください。

 受け止めた足を引き絞り、爆発的に突き出す。

 

 ――【貪刻《どんこく》】

 

 単純な横蹴り。しかしそれは柔な金属なら簡単に貫き、強固な合金にさえ、文字通り足跡を刻みつける一撃。前に進みながら使えないためリーチは短いですが、出が速く強烈な単発蹴りです。反して消費が激しく今まではまともに使えませんでした。

 

 威力はご覧の通り。今まで微動だにしなかった地竜が地面を削りながら転がっていく。

 

 良い目覚ましになったんじゃないでしょうか。効いてはいるでしょうが致命傷にはほど遠いですから。嫌になるくらい硬いです。鱗の上からではまともなダメージは期待できません。

 

 のそりと体を起こした地竜は鋭い眼光で私を貫く。

 先ほどまでの蟻を見る目ではなく、自らを殺しうる存在として認識されたようです。

 慢心したままであれば楽だったのですが、そうも行かないようですね。

 野生の本能が強い生き物は相手の脅威によって評価をすぐさま改めます。これが人間であれば、まぐれだとか偶然だとか言って現状を認めないことも多く、簡単な話なのですが。

 

 地竜は前足を地面に押しつけると体を地面に埋《うず》め、ワニのように上半分だけを出して様子を窺っています。恐らくこれが本来の戦いのスタイルなのでしょう。

 体の半分が地面の下にある。私は手を出しづらく、地竜にはなんの障害もない。

 実に強力な体勢です。それも嫌になるくらい。

 

 グルグルと、円を描くように私の周りを回っていましたが、地面の中に潜っていきました。

 

 要注意です。どこから来るかわかりません。

 地鳴りも振動もない。完全な静寂。まるで時が止まったかのよう。

 

 それを引き裂くようにして突如として吹き上がる砂塵。砂を目くらましにして暗闇の中、這うようにして迫る尾の一撃を見切るのは大変だったでしょう。

 

 ――今の私でなかったのなら。

 

 タイミングを完璧に合わせ、【降月《おりつき》】で地面に押しとどめます。

 この暗闇の中でも、昼間のようによく見える。これもひとえに吸血鬼としての能力のおかげです。

 吸血鬼は夜の生き物。暗闇など勝手知ったる我が家のようなものです。

 

 それと吸血鬼とコウモリが似ているからなのかはわかりませんが。

 

 ――見ていずとも背後から迫ってくる石柱の対処ができます。

 

 足を巡らせて苦もなくへし折る。

 

 自分を中心に一定範囲で起こっていることが見なくてもなんとなくわかります。

 コウモリは超音波ですが、私は違って第六感のようなものですね。

 

 石柱を蹴り砕いたそこへ土砂と共に地竜が突っ込んで来る。

 滑歩《かっぽ》で滑るように下がり、隙だらけの左の首に飛び上がって【貪刻《どんこく》】をたたき込んだ。地竜は苦痛の鳴き声を上げましたが、今度は吹き飛ぶことなくその場で踏みとどまって見せました。

 

 重苦しい殺意が乗った眼光と視線が交わり。

 真下から突き出た石柱が、私の胸のど真ん中を抉って空中へと打ち上げた。

 

 ――カハッ!!?

 

 肺が押しつぶされ空気が絞り出される。吸血鬼でなかったら死んでいました。

 傷は再生されていくが、息ができない。予想外の一撃になすすべもなく、宙を舞う。

 

 肺はいまだ動かずあえぐこともできない中、視界の端で地竜がブレスの予兆を見せた。

 酸欠で体の動きが鈍い。避けきれない。

 水の中にいるかのようなもどかしさ。なんとか体を動かしていく。

 遂に蓄積が終わった顎門から致死の一撃が発射された。

 

 ――避けられた?

 

 ブレスが当たった様な感触は感じられなかった。と言うよりも左の感覚がない。

 

 ――ぐぅ……!!?あぁッ!!

 

 見れば左の翼が消し飛んでいた。自覚すると共に極大な痛みが襲いかかる。

 吸血鬼の再生能力がいくら強力とはいえ、全身が消し飛ばされては流石に死んでいました。九死に一生を得られたとは言え、翼がなければ飛べない。星は慈悲もなく掴みかかり、抵抗できない私は錐もみしながら自由落下を開始する。

 眼下では体躯を一瞬縮こまらせた地竜が、放たれた弾丸のように地を泳ぎ始める。

 どうやら着地狩りをしようという腹積もりですね。

 

 肺はまだ治りきっていない。なら消えた翼はもっと後だ。落ちる前には間に合わない。

 どうする……!!

 酸素不足で頭が回らない。徐々に暗くなっていく視界の中、振り回される体をなんとか制御しようと片翼で宙を掻く。

 

 ……やめました。

 

 翼をたたみ、余計な抵抗をなくせば自然と頭が一番下にやって来た。視界はぼやけている。目をつむって感覚に身を委ねます。

 その間にギチギチと音がしそうな程体を仰け反らせ、力を溜めていく。

 

 死が土を捲る音と共に迫り来る感覚に、世界は色を失い緩慢になっていく。

 地竜が近づいてくる。地面が迫ってくる。死が追ってくる。

 その様子が全部わかる。そして。

 

 ――今!!

 

 鱗の上でミンチになる一瞬前。風を爆発させ自分に当てることで僅かに位置をずらした。

 突進をスカされ無防備を晒した左首に溜めた力を解き放つ。

 

 ――【牙沈衝耽《がしんしょうたん》】!!!

 

 上下から牙を沈め込まれたかのような衝撃に襲われる重い八連蹴り。技の発動から完了までが単発技クラスのスピードで、本当に咬まれたかのように全ての蹴りがほぼ同時に上下から炸裂します。

 バカみたいに闘気を持っていくので、手が使えるなら戦撃の選択肢にはほぼ上がりませんが、強力であることは間違いありません。

 

 激突に際し、地竜と私はは反対方向へと吹き飛んでいきます。地竜は衝撃で。私は反作用で。

 落下の衝撃は相殺できましたが、もう力が入らず着地などままなりませんでした。

 苦しい!苦しい!

 砂の上で藻掻く中ようやく肺が治りました。

 すぐさま空気を貪っていく。

 

 ――はあッ!!はあッ!!死ぬかと思いました……!!

 

 宙を舞う砂混じりですが今は吸えるだけでありがたいです。

 体を起き上がらせるのは地竜も同時でした。

 

 ……もう体力が少ない。元々死にかけだった上に強力な戦撃を連発しました。

 再生もタダではありません。しっかり体力を消費します。左の翼の再生も終わっていません。

 

 攻撃も効いてはいますが鱗を壊さないと決め手に欠けます。体力が尽きる前にどうにかしないと。

 

 翼をなくしたハンデの中、地竜が襲いかかってきた。

 泳ぐようにして距離を詰めてきた地竜。一度地面に潜ったかと思うと、浮上した勢いのまま飛びかかってくる。

 

 ――【側刀《そばがたな》】

 

 翼がなくなっても基本は変わりません。冷静に【側刀《そばがたな》】を合わせ、右へと攻撃をいなす。そのまま【狼刈《ろうがい》】へ繋げ、着実にダメージを与えていく。

 反撃を予想していたのか狼狽えることなく反転し、大音響の咆哮を上げた。

 

 すると地竜を中心に地中から乱雑に布に針を突き刺したかのごとく岩が突きだしてくる。

 密度が高い。間を通ることはできません。次々に飛び出してくる剣山をバックステップで避け続ける。

 効果範囲から逃れれば既にブレスを吐こうとしている所だった。

 剣山で下がらせ、その間にブレスの準備。あわよくば剣山でダメージ。

 殺意高いですね!!

 

 効果範囲から逃れるべく、地面を蹴って更に自分を風で吹き飛ばした。

 

 ――痛い!!

 

 強烈なミキサーが背後を通り過ぎていく。自爆は痛かったですが間一髪で助かりました。

 着地後すぐさま距離を詰めていきます。翼が直りきっていない現状、距離を開ける方が危険です。

 なるべく近づいた方がいいでしょう。

 

 すると地竜は先ほどと同じように咆哮を。地面からは乱杭歯のように石剣が迫ってきます。

 地竜を中心として発生しているため、回り込むのは無理。

 ……強行突破します。先頭の石剣を蹴り砕けば、先には止まった石剣があるだけです。上を蹴り飛んで進んでいく。

 その間に再びブレスを吐こうとしている地竜。させません。

 

 ――間に合え!!【崩鬼星《ほうきぼし》】!!

 

 剣山を蹴り砕きながら突貫し、まさに発射されようとした顎にドロップキックが突き刺さった。

 無理矢理顎を押さえられ、口の中でブレスが暴発。恐らく竜生で初めてであろう予想外の痛みに目を剥いて狼狽えている。

 チャンス。

 

 ――【貪刻《どんこく》】!!

 

 バキリと。乾いた音が響く。

 

 ようやくです。遂に鱗が砕けました。

 もう砕けるだなんて思いもしなかったのでしょう。地竜もその感覚に驚いています。

 ほとんどの戦撃は左の首ばかり狙っていました。私はひたすらその中から、たった一枚の鱗だけを狙っていました。

 

 吸血鬼の力が解放されたとは言え、地竜の硬さはかなりのもの。決めきる前にこちらが力尽きてしまいます。

 勝つためにはどうしても鱗を砕く必要があったのです。

 たった一枚。されど一枚。

 もちろんここをひたすら攻撃して地竜を倒す。そういう訳ではありません。

 

 一気に肉薄し『鷲づかみ』で体を支え、嘴《くちばし》で鱗がなくなった場所を『つつく』。

 

 直後、身をよじった地竜に振り払われてしまいます。

 

 ですがもう目的は達成しました。

 

 地竜には知りようもないでしょうから、良いことを教えてあげましょう。

 吸血鬼は血を吸ってからが本番ですよ。

 


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