【悲報】無限に転生してきた私、遂に人類をやめる【タスケテ】   作:ねむ鯛

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第42羽 灯すのは

 

 一瞬にして。

 

 倒れて動かない皆。あり得ない向きに曲がった父の首。ねじ切られてゴトリと落ち、虚空を見つめる光のない瞳。元から居なかったかのように消し去られた皆が倒れていた跡地。崩れて地面ばかりが続く、町だった場所。

 

 暗く、辛く、苦しく。胸の奥に押し込めて蓋をしていた記憶。

 その全てが無理矢理フレイの記憶から引きずり出された。

 

 喉から「カヒュー」と奇妙な音がする。息ができない、胸が苦しい。目の前が真っ暗になる。

 今わかるのは当時のフレイが感じた、心臓が鷲づかみにされるような恐怖だけだった。濁った視界には何も映らない。

 

 世界の全てが恐怖で埋め尽くされた。もう、何も見たくない。何も聞きたくない。何も知りたくない。

 フレイは最早、昔の小さなフレイと同じだった。弱くて、小さくて、震えているしかない。そんな、消し去ってしまいたかった自分。

 

 もう何もできる気がしなかった。しょうがないじゃないか。

 

 相手はあんなにも強大で、恐ろしくて。自分はこんなにもちっぽけで、弱っちいのだから。

 

 諦めてしまうのも――――仕方がないことだ。

 

 ――本当に?

 

 真っ暗闇の中。うずくまる小さなフレイの目の前にボンヤリと浮かび上がってきたのは、小さな翼の持ち主だった。

 人よりも小さな姿で、自分よりも大きな相手に負けずに立ち向かう、凄いやつ。あたいの憧れ。カッコワルイ意気地なしの自分とは真反対のカッコイイ勇気のある者。

 

 そして――――そうならざるを得なかった者。

 

 ふと、ヒドラと対峙していたときに考えたことを思い出した。

 

 スワロー種は弱い魔物だ。そんな魔物がグレーターワイバーンやヒドラ、コアイマと渡り合える様になる。それは並大抵ではないことだ。そして――――並大抵ではないことが起こったと言うことだ。

 

 メルは通常のスワロー種より一回り小さい。きっと子供だ。それなのにあんなにも強い。どれほどの苦難を乗り越えたのだろう。

 

 側に親がおらず、仲間がおらず、折れることを許されず。

 

 それがどれほど大変な事か――――あたいは知っている筈じゃなかったのか。

 

 あの子は自分の居場所もわからず、行き先も見えず、それでも力強く立っている。不安だろうに、それでも前を向いている。

 それが少しでもわかるはずのあたいが手助けするべきなのに。

 

 それなのに今の自分はどうだ。

 蹲って、俯いて、恐怖に震えているだけ。

 

 ――これじゃあ、あの時と――――なにも変わってないじゃないか……!!

 

 助けて貰って、守って貰って。

 そんな弱い自分が嫌だったから、強く在ろうとした。

 

 だからそれができていたメルに憧れた。

 

 ――憧れているだけで良いのか?見てるだけで良いのか?

 

 ――弱いあたいを庇ったメルが甚振られる様を見ているだけで良いのか?

 

 ――そんな訳――ないだろう!!

 

 恐怖に濁り、絶望に暗んでいた瞳に光が戻る。

 

 勇気を持て。心に灯を点せ。

 

 あたいはフレイ。決して消えない炎のフレイだ。

 

 沢山助けて貰った。今度はあたいが助ける……!!

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 翼をへし折り、まともに戦えなくなった魔物を只管甚振った。切りつけ、魔法の的にし、サンドバックにしたそれを、気まぐれに蹴り飛ばした。不思議な事になかなか死なないそれは、コアイマにとって良いストレス発散の道具だった。

 

 ベシャリと力なく地面に落ちたそれに向けて歩みを進めていると、生意気にも道を遮る者が現れた。

 件の生き残り。気まぐれに見逃した暇つぶしの玩具。

 怒りを燃やすこともできず、恐怖に屈した弱者。

 

 今もほら、膝は震え手に持った杖の照準は定まりきらない。

 怒りはサンドバックのおかげでだいぶ発散できた。折角だから遊んでやろう。

 

「あら、蹲っているのは終わり?でも貴女、プルプル震えてるわよ?」

 

「そうさ、あんたがコワイ。怖くてたまらないよ」

 

 コアイマはその弱々しい様を嘲り、無防備に両腕を広げて見せた。

 

「わたしは貴女の両親を殺したのよ。憎いのでしょう、撃ってみなさい?」

 

 無理だ。こいつからは焦げるような怒りではなく、甘い恐怖の香りがする。そんな人類種は怯えることしかできない。こいつは何もできない。

 

「……違う。あたいが燃やすのは怒りじゃない……!」

 

 弱者が震える声で何かを囀《さえず》っている。聞く価値もない戯言。この行動もタダの余興。前回と同じ、何もできない無様な姿を思い知らせるため。だが―――

 

「メルにもらった勇気だ!!《フル》……《バースト》!!!!」

 

「ッ!?」

 

 放たれたのは、震える左手を右手でねじ伏せ、直径30cmに届こうかという熱線だった。

 震えている体ばかりに気を取られ、瞳に灯った熱に気づくはずもないコアイマは完全に油断していた。

 避けきれず、熱線に左腕が飲み込まれる。引き抜いたときには所々が黒く焦げ、痛みに呻く事になってしまった。

 

「優しくしてやれば、つけあがりやがって!人間風情が……!!」

 

 痛みを与えてやればすぐにおとなしくなるだろう。そうすればまたじっくり恐怖を与えてあのかわいらしい姿を晒すことになる。

 そう思って駆け出しても、逃げ出すことはなかった。それどころか震えが少なくなった腕で魔法を放ってくる。

 

「《トライバースト》!!」

 

 三つ叉に別れた細い熱線。身をかがめて避け、進もうとすれば別の場所から目の前に岩が飛んでくる。足を止めれば横から大斧が。

 

「ぬううん!!」

 

 剣で受け止めるも後ろに下がらされた。

 

「次から次へと……!!」

 

「ゲラーク、あんたら……!避難はどうしたんだい!!」

 

「鳥が倒れた以上避難してもどうしようもねえ。それに一番ビビってたお前が立ち上がったんだ」

 

「俺達がビビっててどうするって話だ!!」

 

「冒険者にも仁義ってもんがある!命を救われてんだ!肉壁にくらいなってやるぜ!」

 

 騒ぐ冒険者に面倒くさそうな表情を浮かべたコアイマが面白いことを思いついたと言った風に笑った。

 

「そうね……、今なら後ろのそいつを渡せば全員見逃してあげても良いわよ?」

 

「ふざけるな。あんたなんかにメルは勿体ないよ」

 

 コアイマの言葉に揺らぐものは誰も居なかった。何より、見逃すことなんてないだろうという思いもある。

 唐突にコアイマが冷めた顔になった。

 

「そう、なら貴女もいらないわ。全員仲良く死になさい」

 

 高まる魔力。コアイマの頭上に巨大な球体ができあがっていく。

 その威力はここにいる全員を消し滅ぼしてあまりあるだろう。

 全員が決死の攻撃をしかけようとしたとき――――

 

「これ、借りますね。ログさん」

 

「えっ?オイ!」

 

 何者かが風の様に現れ、今まさに全員を飲み込もうとした球体を一撃で消し飛ばし、その後ろのコアイマも貫いた。

 

 立っていたのは見たこともない幼い少女。

 濡羽色の髪を風に揺らし、背には深い蒼の翼がはためいている。

 それが誰かフレイにはわかった。

 

「メル……」

 

「はい、フレイさん。私はここに」

 

 振り向いて優しく笑った。

 大きく透き通ったルビーの瞳に、小さく主張するかわいらしい鼻、花が咲いたようなきれいな唇。

 あどけない、幼い顔立ちだ。

 支えなくてはと思うのに。また助けて貰ったのが悔しくて――――こんなにも嬉しい。

 

 小さなはずのその背中はなんでこんなにも眩しいのだろうか。




人化のタイミング迷ったけどここかなって。

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