東方狐神録   作:パック

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凶兆

 

 

 

 

 全てを覆いつくすのは、荒涼とした岩盤の天蓋。

 青い空も白い雲も垣間見えることすらない。

 枯れ果てた灼熱の大地に実りは無く、草の根一本すら存在し得ない。

 

 此処は旧地獄。

 陽の光が決して当たることのない、幻想郷の陰であり、脛に傷を持ったもの達の吐きだめだ。

 

 地獄としての役目すら終え、僅かに当時の機能を残すだけの停滞の箱庭。

 あるのは毒にも薬にもなりはしないような雑多な喧騒と酩酊のみ。

 此処にいる者は皆、緩やかに腐って死んでいく。

 

 ――なればこそ、いっそ全てを壊してしまおう。

 

 長きにわたり、停滞のぬるま湯に漬かるくらいならば、儚い花の如く、その命を派手に散らす方が余程上等というものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――そこを退け、勇儀」

 

 「ふざけるなよ! はいそうですかと私が通すとでも思っているのか、鬼道丸!」

 

 旧地獄に作られた妖達の町、旧市街。その中心へと延びる大通りにて、二人の鬼が相対していた。

 

 互いの鋭い眼光がぶつかり合い、背後で成り行きを見守るそれぞれの配下たちの間に緊張が走る。

 一本角の女鬼、星熊勇儀は今にも喉笛に飛び掛かりそうな勢いで尋ねる

 

 「珍しく顔を見せたと思えば、そんな連中引き連れやがって! 一体どういうつもりだ‼」

 

 勇儀の背後に控えるのは、鬼の一群と旧地獄の妖怪達。

 対する鬼道丸の背後には、同様に鬼の一群に妖怪達、そして――

 

 「――怨霊を引き連れる鬼など聞いたことがないぞ‼」

 

 目を剥いて、勇儀が怒声を響かせた。

 鬼の四天王の一角たる彼女のそれは、大気を震わせるかのようで、敵はもちろん、背後の味方すらも体をこわばらせる。

 

 ただ一人、同じ四天王たる鬼道丸拘魔だけは、顔色一つ変えず、冷徹な面持ちで勇儀を見据えると、怨霊たちを指し示した。

 

 「お前の価値感覚だけで語るな。少なくとも、俺は牙の抜け落ちた腑抜けどもよりは、純然たる恨みの炎を燻らせるこいつらの方が、余程好ましい」

 

 「怨霊が好ましいだと!? 正気とは思えないな……」

 

 瞠目する勇儀に、鬼道丸は静かな、しかしよく響く声で言う。

 

 「そうか? 俺からすればお前たちの方が余程理解できん。妖怪の本分を忘れたであろうお前達のことがな……」

 

 「ッ! 何だと!?」

 

 「違うというのか? 自分たちは牙を捨てていないと……こんな日陰に身をやつすことを良しとして置いて?」

 

 「――っそれは!」

 

 鬼道丸の問いかけに、それまで鋭く怒気を孕んでいた勇儀の瞳が僅かに揺れる。

 その綻びを突くかのように、鬼道丸はなおも言葉を重ねた。

 

 「勇儀、俺たちは何者だ? 人に仇を成す妖だろう? 暴威の化身足る鬼だろう?」

 

 鬼道丸の瞳に憤怒の色が灯り、語気が次第に強まる。

 ずっと蓋をしてきたものが、全て溢れ出していくかのようだった。

 

 「何がスペルカードルールだ! そんなものは只のお遊びだ。俺たち妖の本分を真に満たしてくれるものではない。もううんざりだ、多くの汚濁を抱えながらも、それを覆い隠して、綺麗な花のように見せかけるこの郷のやり方がな……」

 

 幻想郷はすべてを受け入れる。嘗て賢者の一人である八雲紫はそう語った。

 だが、排斥される者達は居る。存在を許されないもの達は確かに居るのだ。

 

 怨霊たちは幽閉され、人が妖になることは許されず、妖怪は人里の人間を襲うことも、血で血を洗うような闘争に身を置くこともできない。

 

 無論、鬼道丸とて、最低限の秩序が必要なことは理解していた。人、神、妖、様々な種族が集う場が、無法であれば成り立たないことは当然であろう。

 つまるところ、自分たちの行動は変化に適応できない、懐古的な年寄りの稚拙な悪あがきに過ぎない。

 

 だが、それでも――

 

 「――俺たちは鬼なのだ。人を害する(けだもの)として、存在する者だ。だから、おれは獣らしく、ただ壊そう。この郷の秩序を、その礎となる人里を、調停者たる博麗の巫女を‼ 手始めにまずは地霊殿を壊す。それを邪魔するというのなら……」

 

 鬼道丸が配下の一人に目配せする。

 すると配下は直ぐに布で包まれた巨大な物体を運び、鬼道丸へと差し出した。

 乱暴に布を取り払って、鬼道丸はそれを手にする。

 

 一振りの異様な刀だった。

 七尺を超えるであろう刃長に、重厚で幅広な刀身。

 鈍器とも言えそうな風体でありながら、その刃は鋭く、怪しげに輝いている。

 

 鬼道丸はその巨大な背負い太刀を具合を確かめるかのように軽く振りまわした後、切っ先を勇儀へと向けた。

 

 「――お前を切り捨てて押し通る」

 

 鬼道丸の猛禽類の如き瞳が見開かれ、水を得た魚のようにその口角が吊り上がった。

 

 「っは! 言うじゃないか! 四天王の中でも一番力が無いお前が‼」

 

 「ならば、試してみようか? 牙を磨き続けた俺と、秩序を守るために雁字搦めになり、鬼としての自分すら見失いかけてる今のお前の、どちらが強いかを‼」

 

 「――ほざけ‼」

 

 勇儀が地を砕く勢いで踏み込むとともに、鬼道丸へと躍りかかる。

 剛腕と剛刀がぶつかり合い、旧市街に爆音と粉塵が舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さとり様! 大変です‼」

 

 書斎の扉が大きく開かれるとともに、慌てた様子で駆けこんで来た少女は息を切らせながら、報告を始める。

 

 「地霊殿へと続く中央通りで、星熊勇儀と鬼道丸拘魔が戦闘中! そして――」

 

 「――もういいわお燐、全部分かったから」

 

 安楽椅子に腰をかけたまま、手を前に突き出してさとりは続く言葉を遮る。

 彼女のもう一つの瞳、相手の心を読む第三の目は既にお燐へと向けられ、報告の内容の全てを読んでいた。

 

 内容はこうだ。

 星熊勇儀は辛くも鬼道丸を食い止めることに成功はしているが、均衡はいつ崩れてもおかしくない状態。

 

 そして、鬼道丸が率いていた軍勢とは別の軍勢。

 複数の亡霊が率いる怨霊の軍勢が何処からか現れ、今この地霊殿を取り囲んでいるということだ。

 

 「四面楚歌とはこのことね。こうも完璧に包囲されているんじゃ、援軍を呼びに行くことすら不可能でしょう……あの子以外は……ね」

 

 そう言って、さとりは微笑を湛えた。

 

 「え? あの子ってまさか……」

 

 目を丸くするお燐の思考を読み、さとりは満足げに頷く。

 

 「そう、こいしよ。タイミングが良いことに、帰って来てたのよ。もうとっくにメッセンジャーとして送り出したわ。いつもふらふらしてる子だから、心配な面もあるけど……」

 

 こいしは自分がもつ【無意識を操る程度の能力】を完全に自身の意識下で使えているわけではない。

 故にこいしは自らの行動を自分で制御できていない傾向があるのだ。

 そこがさとりにとっての唯一の懸念点であった。

 

 「まぁ、そこはこいしを信じることにしましょう。なんてったって、あの子は私の妹なのだから……」

 

 主が見せる絶対の自信と信頼に、お燐は思わず口元を緩める。

 

 「……なら、あたいらペット一同がそれまで全力でこの地霊殿を守り切って見せます!」

 

 一呼吸置いた後、伸ばした背筋と敬礼の姿勢でお燐が言った。

 その表情は穏やかで、落ち着いている。

 ちょっと前まで彼女が抱いていた不安や焦りは既にすっかり霧散していた。

 

 「あら、たのもしいわね。それじゃあ、防衛の指揮は貴方に任せていいかしら?」

 

 「はい! お任せください‼ ところで、お空はどうしましょう? お空なら大抵の相手は薙ぎ払えると思いますが……」

 

 「あの子は加減を知らないし、下手に暴れさせれば味方ごと塵にしかねないわ。あくまで最終手段くらいにしておいた方が良いでしょう」

 

 「了解です。そのようにとりはかっておきますね! それじゃあ、失礼します!」

 

 きびきびとした動作で立ち去るお燐を見送った後、さとりは安楽椅子からゆっくりと立ち上がると、背後の大窓のカーテンを開ける。

 

 屋敷の外壁、その周りを取り囲むのは怨霊たちだ。

 霊体特有の炎のような揺らめきがそこらじゅうで光ったり消えたりしている。

 さとりはそれらに両の目を向けつつも、第三の目は何もない壁の方向へと向けていた。

 

 怨霊とは強い悪意や恨みをもった霊が堕ちる先だ。

 彼らの心は常に悍ましい情念の炎が燻っている。

 その心を読むのはあまり心地が良いと言えるものでは無かった。

 しかし、

 

 「……背に腹は代えられないものね」

 

 情報を得るためには怨霊の心を読む必要がある。

 さとりは険しい顔つきで視線を動かし、より強力そうな怨霊を探す。

 

 「……ぱっとみじゃ中々分からないわね。負担は大きけど、心を読みながら探した方が良いかしら? でもあまり思念が入り混じるとそれはそれで探しづらいし……」

 

 さとりが頭を悩ませていると、再び書斎の扉が開かれる。

 ちらりと目を向ければ、そこにはお燐が佇んでいた。

 

 「あら、まだ何か用かしら?」

 

 言いながら、さとりは直ぐに窓の外へと向き直る。

 怨霊を率いているという亡霊達、その内の一人でも見つけ出して心を読めれば、この異変の全貌が詳しく分かるはずであった。

 

 元々荒事好きな地底の妖怪の中には、スペルカードルールや今の幻想郷の気風そのものを快く思わないものが居たのは、さとりも良く知るところだ。

 

 だが、それでも今までこれといった対応を取らなかったのは、単純にその必要が無いからに他ならない。

 

 外の世界で妖怪が生きていくのが難しい以上、この閉じた幻想郷のみでほとんど完結した生活を送らなければならないのは、仕方のないことであった。

 

 そして、妖怪たちはそのことを理解している。

 余程の馬鹿でなければ、数少ない人類を失わずに妖怪の本分を全うできる、スペルカードルールに意義は唱えない。

 

 あくまで管をまく程度にとどまるはずだった。

 例外があるとすれば、悪意の塊たる怨霊たちではあるが、それこそさとりを中心とした一部が抑えつけるだけで事足りるのだ。

 

 しかし、今その均衡が崩れようとしている。

 怨霊と妖怪たちが手を組むなどという前代未聞の事態によって。

 

 ならば、一体それは誰が画いたものなのだろうか。

 どうしてそんな同盟が結ばれ得たのだろうか。

 

 その疑問を解決する必要があった。

 

 そして、蠢く怨霊たちの中、不意にさとりの両の眼が捉えた。捉えてしまった。

 

 飛び交う怨霊たちの間に、それは悠然と立っていた。

 

 全身を覆う漆黒の外套。

 相貌を隠す翁の面。

 

 ――見てはいけないものを見てしまった。

 

 そんな印象を抱かせる。

 凶報が具現化したかのような存在。

 遠目で見ただけで、さとりの心の内から言いようのない不安が募った。

 嫌な汗が彼女の頬を伝う。

 

 身じろぎ一つしなかった黒の人影が突然顔の向きを変えた。

 

 「――――あ」

 

 さとりの口から声が漏れる。

 人影との距離は100メートル以上は離れているはずだが、その翁面の下にあるであろう瞳は、確かに此方を見つめていた。

 その事実が、さとりの体に悪寒を駆け巡らせる。

 

 その存在の正体を確かめるために、さとりは第三の目を向けた。

 人影はこちらを見つめるだけで、それ以上の動きはない。

 視線を遮ろうとすることすらなかった。

 

 そのことに多少のひっかりを覚えるが、心を読んでしまえば関係ないと、さとりは己の能力を発動させ――

 

 「――がっ!?」

 

 後頭部に突然衝撃が走った。

 視界が点滅し、体の力が抜ける。

 どさりと、華奢なさとりの体が地に伏した。

 

 何が起きたかさとりには理解できなかった。

 後頭部に手を当てれば、ぬるりとした感触を感じる。

 かなり勢いよく切ってしまったようで、流れ出る血液が止まらない。

 

 傷口が焼けるようだった。

 殴られた箇所にとどまらず、痛みが体の中を這いずって蹂躙していく。

 尋常のものではない。

 

 さとりは妖怪の中でも決して頑丈な方ではないが、それでも物理的な攻撃であれば、態勢はある。

 殴られただけでは、ここまで肉体が、何より精神が摩耗していくことなどありえない。

 

 「……なるほどね。それで殴られたわけ……」

 

 血の滴る槌を見つめて、さとりが呟いた。

 槌から発する禍々しい気配、情念が染みついた曰く付きの品、確かにそれならば妖怪相手に凶器と成り得る。

 

 続いて、さとりはその槌を持って、その場に立ち尽くす者へと目を向けた。怒りの形相を向けるためではない、心配はいらないと、彼女に笑みを見せるためだった。

 

 「…………あなたは悪くないわ。気にしなくていいのよ、お燐……」

 

 「さと、り、様……」

 

 発声すらままならない様子で、お燐が悲痛な顔を浮かべる。

 大切なペットにこんな顔をさせてしまうとは、我ながら情けないものだと、さとりはそんなことを思う。

 

 お燐は体をよじって、その手にある槌を離そうとするが、体が言うことを効かないようであった。

 手段は分からないがお燐の体は誰かに操られているのだろう。

 

 完全に虚を突かれた形だ。

 あの翁面の男が姿を表したのそのためだったのか、はたまた偶然だったのかは分からないが。

 どっちにしろまんまと罠に嵌ってしまった事実は変わらない。

 

 さとりの脳裏に、いつかのこいしの言葉が反響した。

 

 

 「心が読めるからって慢心してたら、いつか絶対に痛い目にみるよ、お姉ちゃん。私たちの瞳は……そんなに大したものじゃないから……」

 

 

 目を伏せて、珍しく真剣な面持ちで零されたその言葉には、いつもの空虚さは宿っていなかった。

 

 今になって妹の忠告が身に染みる。

 しかし、こうなってはもうさとりに打つ手はない。

 

 「もう一度言うわ。貴方は悪くない、私の落ち度よ、頼りない主人でごめんなさいね」

 

 再び槌を振り上げるお燐を見上げて、さとりは言う。

 お燐は必死に抵抗しようと試みているようだが、残念ながらその努力は実りそうにない。

 

 次の瞬間に、さとりの頭に槌が振り下ろされるのは確定事項だった。

 

 走馬灯とも言うべきか、コマ送りになる景色に、さとりはゆっくりと目を閉じる。

 

 

 ――あとは任せたわよ、こいし。

 

 

 鈍い音と、声にならない悲鳴が地霊殿の書斎で響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全く持って末恐ろしい能力だな、梓よ」

 

 白い着物を纏う女が感嘆の息を吐いた。

 陽の光を知らないような色素の薄い肌に、唇を染める口紅。

 およそ人とは思えない程に美しい女であった。

 

 「お褒めに預かり光栄でございます、滝夜叉姫様」

 

 ひどく上品な所作で、梓は滝夜叉姫へと頭を下げる。

 

 「それで? あの忌々しい覚妖怪の命は絶ったのか?」

 

 「いいえ、深手を負ってはいますがぎりぎり生きています。それが法師様の命なので……」

 

 「何!? 何故殺さない? あれの厄介さは法師殿とて理解しているはず……」

 

 予想外の答えに滝夜叉姫は目を剥く。

 心を読む等という、巡らした策略を易々と看破できるような存在を生かしておく理由が見つからなかったのだ。

 

 「えぇ、もちろん法師様はあの妖怪の危険性を理解しておいでです。その上で、妹が姉を助けるために方々を駆け巡っているのだから、賞品として姉の命くらいは確保して置こうと……その方が面白いだろうと……」

 

 「な……」

 

 あまりの言い分に、滝夜叉姫は開いた口が塞がらない。

 元より、梓の主人が自由奔放でやすやすと計れるような人物ではないことは理解していた。

 

 しかし、それを踏まえても、あまりに彼女の理解の範疇を超えている。

 滝夜叉姫はその美しき顔を歪めて頭を抱え込み、

 

 「……相分かった。法師殿には恩があるからな……」

 

 疲れた声でそれだけ絞り出した。

 

 「ご理解感謝いたします」

 

 「……ところで、妹の方の動向は?」

 

 「そちらも抜かりありません。法師様がとりつけた発信機があります。どうやら既に地上で活動を始めたようで、追手も向かってます」

 

 「……そうか。安心したぞ、これで妾も大陽を奪うのに集中できるというものだ。後は鬼道丸の首尾次第だが……」

 

 「お待ちください、今ちょうど報告が……」

 

 そう言うと、梓は片耳にだけつけた耳飾り、通信用のマジックアイテムへと手を触れる。

 しばらくの沈黙の後、報告を聞き終えた梓がゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――鬼道丸様が星熊勇儀に勝利成されたようです」

 

 

 

 

 




 大丈夫です。原作キャラの死亡は有りません! 
 その点は安心してください。何のためのオリキャラかって話ですよ!
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