東方狐神録   作:パック

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白い狐

 

 

 「――なるほど、とりあえず事情は把握した」

 

 皴を寄せた眉間に親指をあて、創一はため息をついた。

 古明地こいしの口から語られた内容は、創一が怨霊から聞き出した情報と遜色はない。

 一刻の猶予もないような状況であることは明らかだった。

 

 しかし、そんな緊迫した状況とは裏腹に、こいしの顔に焦りの色は無い。

 それどころか、茶請けとして出したカステラに舌鼓をうっている始末だ。

 マイペースという言葉で飾れる段階を当に過ぎている。

 

 少なくとも、実の姉が窮地に立たされている者の態度ではないだろう。

 そんなこいしの様子に、創一の隣に腰を下ろしていた水色の髪の少女――六花は僅かに眉を潜めた。

 感情の起伏が乏しい彼女にしては珍しいことだった。

 

 「それで? 事情は分かったが、俺にペットになれだの言ったのはどういうつもりだ? まさか、言葉通りの意味じゃないだろ?」

 

 創一の言葉に、六花はギョッとした表情で本の一瞬表情を固まらせて、直ぐにこいしを睨みつけた。

 だが、こいしはそんな圧をまるで気にしない。

 カステラを摘まむ手を止めないままに、間延びした口調で受け答えをする。

 

 「ん~? 別に、ただ手伝いが欲しかっただけよ。なんでか知らないけど、あなたは私の能力の影響受けないし……」

 

 「……手伝いって、それで何で創一をペットにしようとするの?」

 

 至極もっともな疑問を呈する六花に、こいしはきょとんとした表情を浮かべ、

 

 「同じことじゃないの? 私のお姉ちゃんペットに色々仕事任せてるし……」

 

 言いながら、こいしは最後の一切れとなったカステラを頬張った。

 目の前の少女との間には大きなズレが存在する。

 六花はため息をついて黙り込み、創一は無視して話を進めることに決めた。

 

 「ペットや従者は勘弁だが、手伝いくらいなら構わない。それで? 具体的に何をすれば? 異変解決か?」

 

 元々異変が幻想郷を崩壊させ得るものである以上、協力を仰がれるまでもなく、創一は解決のために動き出す腹積もりではあった。

 そのため、異変に関わりのあるこいしの登場にはそれなりに有難いものがある。

 しかし、その予想は敢え無く外れた。

 

 「異変解決? まっさか~~!」

 

 こいしは苦笑して、手を顔の前で大げさに振って見せた。

 感情が読み取りにくい緑の瞳が、無遠慮に創一を値踏みするように向けられる。

 

 「確かにあなた人間とは思えないくらいに強いけど、所詮外の人なんでしょ? 幻想郷にはもっと化け物じみた人間が居るもん、解決は巫女にでも頼むわ」

  

 その物言いに、六花が少し目を吊り上げるが、堪える様に口を噤んだ。

 どうやら、言動の一つ一つに反応していても仕方がない手合いだと判断したらしかった。実際、それは当たっているのだろう。

 

 言葉を交わしてまだ間もないが、古明地こいしがどういう人物であるかはそれなりに掴めてきた。

 無意識を操る能力故に、自分自身もまた無意識下の中で行動する彼女には一切の飾り気がない。よく言えば自然体、悪くいうなら無遠慮と評するのが正しいだろう。

 

 簡単に逆鱗に触れてしまえるようなタイプだ。多少のことで目くじらを立てているようでは、こちら側だけが一方的に疲れる。

 それが嫌なら淡々と事務的に会話することに徹した方が良いだろう。

 そんな分析をしながら、創一は口を開く。

 

 「じゃあ、俺に何をして欲しいんだ?」

 

 全く人となりを知らない新参者に、異変解決を頼むというのもおかしな話だ。

 だからこそ、こいしの判断は理に適っている。

 

 しかし、ならば何故、あまり猶予がないという状況で、わざわざ創一を呼び止めたのか。しかも、創一が小鈴の応対をしている間、落ち着きこそ見せなかったものの、ちゃんと待ってはいたらしい。

 その理由がいまいち分からなかった。

 

 「それはね、護衛と道案内を頼みたかったの! お姉ちゃんに、幻想郷中の有力者達に状況を伝えて来るように言われててね……」

 

 「護衛はまあ分かるが、道案内? 新参者の俺に?」

 

 予想外の答えに、創一は少し怪訝な表情を浮かべた。

 創一は記憶力に自信がある。短い時間ながらも、幻想郷縁起の内容は既に大体頭に入っており、地理に関しても直ぐに描かれた地図を頭に思い浮かべることが可能ではあった。

 

 だが、あくまで省略された地図だけだ。実際足を運んだわけではないため、細かい道筋は分からないし、何よりこいしはそんな事情を知る由もない。

 

 こいしにとって創一は外から来たばかりの、右も左も分からない幻想郷初心者でしかないはずだ。道案内を頼む対象としては的外れもいい所である。

 

 「いくら新参者でも、いつの間にか無意識の内に、見知らぬところに立っている私よりましでしょ? わたしは地図もまともに使えないもん」

 

 「……あぁ、確かにそうかもな」

 

 だとすれば、目の前の少女はメッセンジャーには向いてないような気がするが、その能力を買われた故にということなのだろうか。

 最も、創一の目にはこいしの姿がはっきりと見えるため、いまいち実感がわかない。

 

 だが、自分が適任であるという話は理解できた。

 断る理由もとくには無い。

 

 「分かった、お前に協力しよう。そうと決まれば急いでここを出るぞ」

 

 今も地底から湧き出る黒い霧は幻想郷を覆っており、同時に怨霊達もその数を増やしている。 まだ大規模な争いが起こってはいないが、小鈴にとり憑こうとしていたような怨霊たちが暴れ出せば、人も妖怪も混乱の渦に巻き込まれることになるだろう。

 

 動き出すなら一刻も早い方が良い。

 そう判断して、創一が立ち上がり、

 

 「――ッ‼」

 

 瞬間、創一の体を軽い電気信号のようなものが駆け巡った。

 急に動きを止めた創一を、六花が心配そうな顔で覗き込む。

 

 「どうしたの? 何かあった?」

 

 険しい表情を浮かべた創一が、半ば吐き捨てる様に言う。

 

 「……結界が攻撃された」

 

 その言葉に、六花が目を見開いた。

 人里の外に屋敷を構える以上、妖怪の襲撃を警戒しないわけにはいかない。

 それ故に創一たちが暮らすこの屋敷は結界で守られていた。

 

 更に、結界に被せる形で強力な幻術が施されているため、屋敷の位置を認識して、結界に辿り着くこと自体が容易ではない。

 

 「六花! こいしのボディチェックを頼む」

 

 頭によぎった一つの可能性、それを確かめるべく創一が指示を出す。

 疑問を挟む余地なく頷き、六花はこいしの手を引き寄せその体を遠慮なく弄った。

 

 「わ! ちょっと何!? 止めてよ……って冷た! あなた雪女か何か?」

 

 「あんな冬か雪山でしか使い物にならないのと一緒にしないで」

 

 少し不機嫌な様子で言い放ち、六花はボディチェックを続ける。調査の手がこいしの首元に及び、六花があっ、と声を上げた。

 

 「後ろの襟裏になんかあった」

 

 「見せてくれ」

 

 投げ寄越された小さな物体を受け取る。創一が握った拳を開いてみれば、平べったい円形の金属製の物体が姿を表した。

 

 「……発信機だな。経験上、この手の技術も積極的に取り入れる奴は至極厄介なんだが……」

 

 呪符の一枚でも仕掛けられていた方が余程楽だったと、創一が重たいため息を吐く。

 発信機で居場所が割れていたというなら、屋敷を取り巻く幻術が効果を発揮しないのも当然だった。

 

 「攻撃者は一人じゃないな、かなりの数だ、結界がもたない」

 

 そもそも、屋敷の防衛措置としての本命は結界ではなく幻術の方である。

 守ることよりも隠すことに重きを置いていたのだ。

 結界にまでたどり着かれた以上、敵が押し寄せて来るのは決定事項。

 懐から取り出した白い狐の面を身に着け、創一は腰の刀を抜刀した。

 

 「六花! こいしを任せる。俺は外で迎撃するから、内に入り込んでしまった奴を仕留めてくれ!」

 

 「――分かった ほら、こっちに来て」

 

 六花がこいしを連れて廊下へと出る。創一もまた応接間を後にすると、長い廊下を六花たちとは反対の方向へ駆け抜け、玄関から外へと出た。

 そのまま結界への攻撃が加わる方向、屋敷の西側へと走る。

 

 辿りついた先には庭が広がっていた。

 庭といってもそれは全く手つかずのもので、自然の原っぱの一角を切り抜いて、そこへと持ってきたような有様である。多年草の雑草たちに混じって、ぽつりぽつりと季節の花が美しい色彩を咲かせていた。

 

 ――巨大なガラスの塊が一気に砕け散ったような、甲高い音が響きわたる。

 

 本の一瞬だけ世界が歪み、周囲の空気ががらりと変わった。

 

 「……そうか、お前らが結界を…………」

 

 結界の崩壊とともに、屋敷を囲う外壁を乗り越えて、なだれ込んできたそれらを創一は睥睨した。

 

 金属で作られた等身大の人形、SF映画に出てくるような自立式の機械人形(オートマタ)達が、フード付きの黒い外套一枚だけを羽織って、無機質な赤い眼光をこちらに向けていた。

 その数は全部で十二体。

 

 「付喪神の類じゃないな。あくまで只の機械人形を被せた式で自立させてるのか……」

 

 回りくどいやり方だ。コストだって馬鹿にならない。

 式神を作るなら、どう考えたって適当な妖獣を式神にした方が安上がりで強力だった。だが、それをあえてやったのは只の物好き故じゃないのだろう。

 

 創一はちらりと背後の屋敷の方を見やった。

 感情を持たない機械人形という駒は、生物の心に作用するこいしの能力を無効化する。

 それを理解した上で手をうったであろう術者は相当の切れ者に違いなかった。

 

 「思った以上の厄介ごとかもな……」

 

 ため息をつきながら、創一は刀を構えた。

 機械人形達も、それにこたえるかのように各々の武装を解禁する。

 シャキンという小気味の良い音とともに、機械人形体の腕に収納されていた刃が顔を出した。

 

 この様子では、他の箇所にも武器が仕込まれている可能性が高い。実に実践的な作りだと、創一は素直に関心する。

 

 脚は当然として、口内の警戒も怠れない。

 人間相手なら暗器を隠して持っていようが、その仕草や表情、何よりこの目が捉える感情の動きを観察することで、大体は推し量れるのだが、無機物相手にはそうはいかない。

 

 術者にしてみればこいしの能力対策だったのだろうが、それが結果的に創一の持つ異能への対策にも一役買っていた。

 

 その事実に内心舌打ちしながら、創一は一息に機械人形達へと踊りかかった。

 術で強化された脚は地を砕く勢いで蹴りあげ、弾丸の如き速度の疾駆を可能とする。

 

 前方に立ち塞がる機械人形は迎え撃とうと両手の刃を振り上げるが――遅い。創一の袈裟切りが見事に決まり、鉄の肉体を両断した。まずは一体。

 左右から全く同じタイミングで、二体の機械人形が斬りかかった。

 

 背後には退かない。

 刀を右片手に持ち替えて、右からの斬撃を防ぐ。

 甲高い音と金属音が鳴った。

 

 左から来る斬撃は空の左手で対応。

 機械人形の単調な軌道しか描かない刃を横から殴打し、軌道を逸らす。

 

 足払いで右の機械人形の態勢を崩すと、その合間に左を切り伏せ、起き上ろうとする右に刀を刺し込む。これで三体。

 

 残った機械人形の内五体が半円の形で創一の前に立ち塞がった。

 そして他の四体は、創一の存在を避ける様に、ばらばらの方向へと散っていく。

 おそらく、本来の標的が自分ではないからだろう。

 

 こいしを襲いに行ったに違いない。

 だが彼女には六花がついているのだ。

 この実力であの数、六花ならば問題ないだろう、そう判断して創一は前方の敵にだけ注意する。

 

 後に響いたガラスの割れる音や、その他の破壊音はこの際考えない。

 戦場が自宅になった以上覚悟していたことだ。

 

 創一は懐に手を入れると、複数の霊符を取り出し、それを空へと放り投げる。

 風も無いのに霊符は独りでに天高く舞い上がると、円形へと広がった。

 

 「――【鬼哭啾雷】」

 

 詠唱と共に、快晴の空から突如として降り注いだ落雷が機械人形達を貫いた。

 鉄の肉体が焦げ、機械人形たちが膝を着く。

 

 その一瞬の隙を逃さずに、肉薄した創一が容赦なく刀を振るった。

 機械人形達の鉄の肉体は、術で身体能力を向上させた創一に対して、装甲としては心もとない。

 

 実に容易くスクラップの山が積み上がっていく。

 苦し紛れのように、機械人形の内の一体が開いた口腔から銃口が覗く。

 しかし、仕込み武器の可能性は既に考慮済みである。

 創一は首だけを動かして鉛玉を回避すると、半歩踏み込んで間合いを詰める。

 

 「――っふ!」

 

 吐き出す呼気と共に、振り降ろした刀が機械人形の首を跳ね飛ばした。

 地に伏す人形は一体として、ピクリとも動かない。

 

 屋敷から戦闘音が聞こえることも無かった。

 全て片付いたのだろう。

 

 創一は仕事を終えた自分の刀に目を向ける。

 その穢れない鈍色の輝きを確かめて、創一は満足げに頷いた。

 人形は血が付着しなくて楽だ、そんなことを考えて、創一は刀を鞘へ納めようとして―― 

 

 「――ッ!?」

 

 自分の左足を掴む金属製の手に、狐面から覗くその目を見開いた。

 

 「っこいつ!? まだ!?」

 

 人形の腕を斬り落とそうと刀を構えて、創一ははっとした。

 全てではないが、壊したはずの機械人形達が沈黙を破って再び動き出したのだ。

 同時に鳴り響くのは、けたたましいアラーム音。

 

 いや、これはアラームというよりはまるっきり……

 

 「――警告音か、仕込み武器どころじゃないな……」

 

 攻撃するわけでもなく、ただひたすらにしがみつこうと迫りくる機械人形達を眺めて、創一は何処か諦観するかのような目で呟いた。

 

 

 その直後――強大な熱を伴った爆発と閃光が庭の一帯を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 立ち上る黒煙を、背の高い樹の枝に留まる一匹の鴉が眺めていた。

 鴉は爆発の跡に残ったのが、黒焦げになった残骸と焼野原だけであることを確認すると、くるりと背を向け飛び立った。

 まるで、もう見るべきものは無いとでも言うように。

 

 異変が鴉を襲ったのは、その二秒後だった。

 目が眩む閃光と共に鋭い痛みが鴉を襲う。

 鴉の体を駆け巡ったのは熱であり、痺れだった。

 

 耳を劈く音と共に、翼が焼けこげた鴉は地に落ちた。

 体が強かに地面に打ち付けられ、鴉の喉からか細い鳴き声が漏れる。

 

 痛む体をよじって、何とか顔を上げた鴉の前には――白い狐が立っていた。

 

 白装束から覗く、雪のような肢体には傷一つない。

 その表情を一切覆い隠す仮面の奥から、こちらを見据えるのは宝石のような青い瞳。

 うっとりする程神秘的であり、怖気が立つほど恐ろしくもある。

 

 幽鬼の如く佇んでいた狐が、長い沈黙の後、ようやく言葉を発した。

 

 「……随分好き放題やってくれたな」

 

 恨みがましいような台詞ではあるが、そこには何の感情も込められていないような、ただただ冷たい言葉だった。

 

 「お前が何処の誰かは知らないし、どうせ聞いても答えないだろ。だから、これだけは言っておく。俺の、いや、俺たちの平穏を脅かそうとするならば――容赦はしない」

 

 狐が見ているのは鴉のようで、鴉では無かった。

 狐の瞳は、もっと遠くに居る者へと向けられている。

 

 「――まずは安全圏(そこ)から引きずり落としてやる」

 

 そう言い放つとともに、狐は手に持った刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 迫りくる鈍色の輝きと共に、視界は闇に閉ざされた。

 少しの間を有して、再び開いた男の視界には、先ほどとはまるで異なる景色が広がっていた。

 

 「……ふふ、はは、はははは‼」

 

 堪え切れないと言った様子で、男は楽し気に笑う。

 

 「なんと! なんと愉快なことよ! 流石は黒狐‼ ここまでワクワクしたのは清明との術比べ以来じゃ‼」

 

 興奮した様子で、男は独りでにまくし立て続ける。

 

 「異変(遊び)はまだまだこれからじゃ! 此処まで年寄りをワクワクさせたのだ、責任はとってもらうぞ! 特異の家系たる狐守の異端よ、主の輝きを存分に見せてもらおう‼」

 

 幻想郷とも外の世界とも違う、自身が作り出した異界の中で、怪人は目を細めるのだった。

 

 




大義とか知らんって感じの、enjoyガチ勢の悪役大好きです。
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