東方狐神録   作:パック

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 三人称視点で書くのが難しすぎる……
 一応、こっちは三人称メイン、もう一個連載で書いている方を一人称メインと決めているのですが、執筆速度の差が……
 というか、こっちの方が一話当たりの話やたら長くなるんですよね。
 本当は3000字くらいで週一投稿やりたい。
 


異変解決者達

 

 

 

 「えっと……あまり聞きたくはないけど……何があったか聞いていい?」

 

 その端正な顔を引きつらせて、氷雨は寝台でくつろぐ六花に尋ねた。

 敷地の北側に設けられた氷室、外気と遮断され、氷点下の温度が支配するこの空間は、およそ人が長時間居られるような環境ではない。

 しかし、六花はむしろ心地よそそうな表情で大きく伸びをして、口を開いた。

 

 「なんか敵が攻めてきて、倒したら自爆した。そんで西の庭と、屋敷が一部吹っ飛んだ。それだけ」

 

 そんな風に、ひどく呑気な様子で語られる内容に、氷雨は眩暈を覚えた。

 自分が人里に小鈴を送り届けてる間にそんなことがあったとは、思ってもみなかったのだ。

 

 自分の主人がトラブルを引き寄せやすい体質であることは、長い付き合いだ。氷雨としても十分承知してはいた。

 しかし、ここまで短期間で巻き込まれるというのは予想外だった。

 

 「別に創一が悪いわけじゃないし……そんな言い方したら可哀そう」

 

 六花が少しだけ口を尖らせる。

 

 「いや、そんなつもりは無いけど……それで? 創一様は今どこに……?」

 

 「創一なら博麗神社ってところに行ったよ。なんでも、今までたくさんの異変を解決してきた、超人的な巫女がいるんだって……」

 

 「博麗の巫女でしょう? 知っているわ」

 

 数多の妖怪や神が存在する幻想郷。

 氷雨が昔訪れたときに比べれば、幾分穏やかにはなっているが、それでも魔境といって差し支えない場所だ。

 

 人の身でそれを調停し得るというのが並大抵のことではないというのは、この郷に疎い彼女でも理解できた。

 

 「その巫女ってそんなに強いの? 創一より?」

 

 六花が何処か納得のいかない様子で尋ねた。

 だが、生憎と氷雨はその問いへの答えを持っていない。

 

 「さぁね。外の世界の退魔師も妖怪も、平均的にはこの郷の者に劣っているのは間違いないけど……常にどこの世界にも例外は居るから……」

 

 圧倒的に広い世界の中の例外か、狭くとも魔境とも呼べる地の例外か。

 氷雨としても、六花と同様に自分の主人を超え得る人間が居るとは思えなかった。

 

 しかし、もし居るのであれば、それはとても喜ばしいことだとも氷雨は思う。

 六花は少し釈然としないだろうが、氷雨たちにとって最も重要なのはあの少年が人として幸福な一生を送ることだ。

 

 そのためには、他と隔絶した力は必要ない。

 矢面に立って、災厄へと立ち向かう必要は無いのだ。

 

 この郷にあの人を超える超人が居るのであれば、彼が英雄なんて役目を負うことも、化け物という誹りを受けることもきっとないだろう。

 

 この郷でならば、あの少年は普通の人間として生きられるかもしれない。

 それが氷雨にはこの上なく嬉しかった。

 

 

 「あ、そうだ! 氷雨、これ」

 

 六花が氷雨に何かを手渡す。

 それはどうやら小型の機械らしい。

 科学技術に疎い氷雨には用途がさっぱり分からないものだった。

 意図が読めず、氷雨は首を傾げる。

 

 「これは?」

 

 「あの覚妖怪に取り付けられた発信機。囮よろしくって創一が……頑張って」

 

 六花が親指を立てた。

 主人の意図を理解した氷雨は直ぐに佇まい正す。

 そして、受け取った発信機を落とさぬように、懐へと仕舞い込んだ。

 

 「屋敷の守りは頼むわね」

 

 六花にそう言い残して、氷雨は直ぐにその場を立ち去っていく。

 ――全ては自分の主人の命を叶えるために。

 

 

 東風谷早苗は困惑していた。

 突如幻想郷に充満した黒い霧に、ではない。

 勿論その黒霧に早苗は何事かと慌てたし、霧と同時に湧き出て襲い掛かって来た怨霊たちにも大いに驚かされた。

 

 だから、彼女は途中で合流した少女――霧雨魔理沙と共に博麗神社へと訪れた。

 異変解決の専門家である、博麗霊夢に会いに行くために。

 

 そして、そこで目撃したのだった。

 白い装束に白い狐の面、そんな怪しいなりの上に、腰には一本の刀。一目でおよそ普通じゃないと分かる男の姿を。

 

 更に不可解なのは、狐面の男は非常に手慣れた動作で、ひどく汚れた神社の境内を清掃していたということだった。

 

 境内には赤い液体がぶちまけられ、大きな水たまりを生成している。

 水たまりの端の方は、黒く変色して固まっていた。

 

 「――ッ!?」

 

 それが絵具やペンキなんかではなく、血液であることを理解するのに、早苗はしばしの時間を有した。

 風で運ばれる鉄臭い匂いが、現実から目を背けようとした早苗を逃がさなかったのだ。

 

 そこで、その血液は誰の者なのかという疑問が早苗の中に生じた。

 しかし、現場はただでさえ人が来ない閑古鳥が鳴く博麗神社だ。

 候補は限られる。

 

 真っ先に考えられるのはこの神社の巫女、博麗霊夢の他に無い。

 最悪の事態を想像して、早苗の顔面から血の気が引いた。

 呼吸が乱れ、嫌な汗が早苗の額をつたう。

 

 「おい! お前一体何者なんだ? この神社で何やってる?」

 

 早苗とは裏腹に、傍らの魔理沙は気丈な様子で男へ問いかけた。

 目の前の状況に眉を顰めこそしているものの、彼女の顔には焦りや怯えは見受けられない。

 

 魔理沙の振る舞いを見て、ほんの少しだけ早苗の頭も冷えた。

 呼吸が正常なリズムに戻って、固まりつつあった思考が再び巡りだす。

 

 それによって、別の考えが早苗の中に浮かんだ。

 霊夢が誰かに負ける姿は想像し難いかもしれないと。境内に残された血痕だけを見て、判断するのは些か早計過ぎると。

 

 落ち着きを取り戻した早苗が前を向けば、丁度作業の手を止めて、こちらを向いた男と目が合った。

 狐面の合間から特徴的な青い瞳が覗いている。

 何処か作り物めいた美しさだった。

 男が口を開いた。

 

 「……驚かせたか、悪いな。だが、別に怪しい者じゃ……いや、この成りで言っても信用できないか……」

 

 狐面の男から発せられる声は若い。

 歳は早苗達とそう離れていないようだった。

 もっとも、それはあくまで男が人間だったならばの話ではあるが。

 

 男は狐面に手を掛けると、驚くほどあっさりと素顔を晒す。

 顔を見せれれない事情があるというわけではないらしかった。

 

 露わになった顔は、少女に見間違えても可笑しくない程中性的で、整った顏だった。

 端正な顔立ち、そう表現できる段階では最早ない。

 目、鼻、口、顔のパーツすべてがいっそ不気味な程美しい配置をしている。

 艶のある肌はまるで白雪のようだった。

 

 

 女にしろ男にしろ、人を誑かすことを旨とする魔性は皆一様にひどく美しい容姿を持って現れるという。

 大輪の花が虫をその香で誘うように、魔性は己が美を餌として人の心を奪い、その生気、あるいは肉を喰らいつくす。

 

 目の前の男、少年と評する方が正しいだろう。

 人外的な美しさの少年は、その浮世離れした装いによって、余計に異様さを際立たせている。

 少年を見る魔理沙の目は険しく、早苗もまた顔をこわばらせていた。

 幻想郷で数多の怪異と関わってきた彼女たちの直感が、少年の存在を前に、そうさせたのだ。

 

 一触即発とも呼べる場の雰囲気を察した少年が軽く手を突き出して制する。

 

 「そう剣呑にならないでくれ。落ち着いて欲しい。俺はただ、この神社の巫女に用があるという連れの付き添いで来ただけなんだ」

 

 そう言うと、少年は博麗神社の本殿、その奥にある離れを指さした。

 

 「今、連れと巫女が話をしていてな、俺は此処で連れを待っているんだ」

 

 「……そうかよ。じゃあ、その血だまりは一体何なんだ?」

 

 警戒を解かずに、魔理沙が低い声で尋ねる。

 

 「あぁ、これか?  妖怪の血だよ、さっき襲われてな、返り討ちにしたはいいんだが……境内を血で汚すなと巫女に怒られてな。掃除させられてるというわけだ」 

 

 「妖怪だと? 肝心の死体が見当たらないようだが?」

 

 少年に気を配りつつ、魔理沙は神社の周囲を見渡すが、それらしきものは見当たらない。

 死体を残さない妖怪も存在するが、その類の妖怪ならばまず血だまりすらも残らないはずだった。

 血だまりはかなりの大きさだ。

 それを残した妖怪もまたそれに応じる大きさ、少なくとも人間よりは大きな死体が転がっていなければおかしかった。

 

 「死体なら、()()に食わせた」

 

 こともなげに少年が答える。その足元、強い日差しに照らされることでより鮮明となった影が、一瞬だけ陽炎のように揺らめいた。

 幻覚のごとき光景に、魔理沙は思わず目を(またた)かせる。

 

 「式神……お前一体何者なんだ? 何の妖怪だ? 妖狐か?」

 

 「いいや、俺は人間だ」

 

 少年の言葉に、魔理沙と早苗は驚愕する。

 人間でありながら妖怪と戦える者は確かに存在する。しかし、その数は決して多くは無い。

 

 二人とも人里に住む退魔師の数を全て把握しているわけではないが、自分たちと同年代の退魔師が他に居るなんて聞いたことが無かった。

 

 まして、白狐の装いなんてしているのだ。話題にならないはずはない。

 自分たち謀っているのか、二人の目に疑いの色が浮かんだ。

 

 「私らは人里に住んでるわけじゃないが……出入りはそれなりにしている。お前は見ない顔だが……」

 

 「それはそうだ。ついこないだ外の世界から幻想入りしたばかりだからな」

 

 「え!? あなた外来人なんですか!?」

 

 こともなげに応える少年に、早苗が弾かれたように顔を挙げた。

 外の世界から外来人が迷い込むことがあるという話は聞いていたが、実際に出会うのは初めてだったのだ。

 

 最近、外の世界から頻繁に幻想郷を訪れるという少女にも大いに関心があったが、機会に恵まれず、早苗はまだ会ったことがない。

 

 同郷の、それも同年くらいであろう少年に、早苗は好奇心をくすぐられるが、直ぐにそんな場合ではないとかぶりをふった。

 

 「色々気になることはありますけど、緊急事態なんです! そのお連れの方には悪いですが……霊夢さんと話させてください!」

 

 「緊急事態っていうのはこの黒い霧の異変のことだろ? 連れもそのことで巫女に話があったんだ。後にしてくれ」

 

 そう言うと、少年は早苗達から視線を外して、境内の清掃を再開しだした。

 

 「なんだ、異変がらみの話だったのか。私らは何が何だかさっぱり分かっていないんだが、お前はこの異変についてどこまで知ってるんだ?」

 

 魔理沙の問いに、少年は作業の手を止めないままに答える。

 

 「怨霊と鬼を筆頭にした一部の妖怪が手を組んだってことくらいだ。後、地霊殿が襲撃されたらしい」

 

 「地霊殿が?」

 

 「あぁ、俺は新参者だからこの郷についてはまだ疎いんだが……あそこは怨霊を管理してたらしいじゃないか。自由に解き放たれた怨霊たちが暴れ出したら、この郷も滅びかねないだろうな……」

 

 「滅ぶってそんな大仰な……!」

 

 少年の口から飛び出した物騒な言葉に早苗は瞠目する。

 数多の妖怪や神を受け入れ、様々な異変を乗り越えてきたこの郷が、それだけで滅ぶとは、早苗には到底思えなかったのだ。

 

 しかし、魔理沙が深刻な面持ちでそんな早苗に異議を唱えた。

 

 「いや、残念ながらあり得るな。私たちはともかく、妖怪や神ってのは相性次第で勝敗が分からなくなる。どんなに強力な妖怪でも、怨霊は天敵なんだ」

 

 例えそうでは無かったとしても、幻想郷は人里が在って初めて存在できる。

 人里が滅ぼされた時点で、幻想郷は滅びの一途を辿ることが確約されてしまう。

 

 最も、幻想郷の妖怪たちはそれを理解しているため、知能がある妖怪は皆人里の人間に手を出さない。

 怖がらせることはしても、命を奪ったり、深刻な危害を加えることはまず無い。あり得ないはずだった。

 

 しかし、怨霊たちは別である。

 存在を保つのに人の恐れや信仰を必要としない怨霊達には、人里に手を出していけないという不文律がまるで通じない。

 

 怨霊達は容易く、人里の人間にとりついて害を成すという選択肢を取ることができる。

 彼らは幻想郷を崩壊させることを躊躇う理由が無いのだ。

 だからこそ――

 

 「――こいつは本当にやばい事態なんだ。幻想郷を滅ぼしかねない異変は今までにもあったが……今回に比べれば可愛いものかもしれんな」

 

 「そんな……」

 

 魔理沙の言葉に、早苗は自分が予想以上の緊迫した状況に居ることを遅らばせながらに悟った。

 

 そのとき早苗の脳裏に浮かんだのは、神社に辿り着く前に襲ってきた怨霊の顔だった。

 今まで向けられたことのない程のむき出しの敵意。

 思い出すだけで、背筋がそくりとした。

 

 勝負自体はあっさり決着がついた。結果的には早苗の圧勝、それは間違いない。

 しかし、怨嗟の声をまき散らす怨霊の迫力に、早苗が気おされたのも事実だった。

 また、早苗が本当の意味で人外と戦ったのは今回が初めてであった。

 

 弾幕ごっこという遊びではない、負ければ命を落としかねない、人外との戦い。

 圧倒的な実力差があったから早苗は今、無事に立っている。しかし、

 (もし、もっと強い怨霊と戦うことになったら……)

 早苗の顔から血の気が引いた。

 

 「おい、大丈夫かよ早苗? 顔色が悪いぞ」

 

 「っあ、いえ、大丈夫です! 何でもありません……」

 

 顔を覗き込む魔理沙に、早苗はできるだけ気丈に振舞って首を横に振った。

 しかし、納得がいかないようで、魔理沙は怪訝な表情を崩さない。

 

 「無理をしない方がいい。黒霧の瘴気にあてられたのかもしれない」

 

 少年が口を挟んだ。

 見れば、再び少年は掃除の手を止めて、早苗を真っすぐに見据えていた。

 

 「瘴気だと?」

 

 「あぁ、怨霊の一人から聞き出したが、この黒霧は人体に有害らしい。術理に通じるものは耐性があるから効果は薄いといっていたが……」

 

 「早苗はこれでも腕の良い巫女だぜ」

 

 「じゃあ、個人差があるんだろう。それか……精神的な問題か。どっちにしろ、家に帰って療養することをお勧めする」

 

 「そんなわけには……‼」

 

 「ダメなのか? 一体どうして? 巫女なんだろう? 異変解決が義務と言うわけでもないだろうに……」

 

 咄嗟に反論しようとする早苗に、少年は心底不思議そうな顔で首を傾げる。

 確かに少年の言うことは的を得ていた。

 

 早苗は洩矢神社の風祝である。

 その役職は、有体に言えば巫女のようなもの。

 信仰を集めることが主な仕事であり、異変解決はその一環に過ぎない。

 

 様々な異変に赴くことで経験こそ積んだが、霊夢や魔理沙のように、早苗は妖怪退治のプロというわけでもなかった。

 

 「下手に首を突っ込むべきじゃない。見たところ君は人外との殺し合いに慣れてはいないんだろ? 随分怖い思いをしたみたいだが……」

 

 まるで早苗の心の内を見透かしているかのように少年は言う。

 その様子が癇に障ったのか、魔理沙が少し眉を吊り上げて、二人の間に割り込んだ。

 

 「随分知ったような口を聞くんだな。偉そうだが、お前も外来人なんだろう? まるで自分は妖怪相手との戦いに慣れてるみたいじゃないか」

 

 挑発するような言い草だった。

 しかし、少年は特に意に介した様子もなく、

 

 「実際慣れてるからな」

 

 感情の読み取れない顔で短く答えた。

 

 「慣れてるってお前……外の世界に妖怪なんかそう居ないだろ?」

 

 「表向きはな。外の世界は広い。信仰も畏れも様々だ。逆に聞くが君は、この決して広くはない幻想郷が、外の世界に存在する妖怪の受け皿として、機能し切れていると本当に思っているのか?」

 

 意味深な少年の問いに、魔理沙が大きく目を見開いた。

 

 「っ!? それはどういう……」

 

 「――あら、魔理沙に早苗じゃない」

 

 聞きなれた声がその場に割り込み、少年に問いただそうとする魔理沙の意識が、声の方へと向いた。

 博麗神社の本殿、その離れから歩いて来るのは二人の人影だ。

 

 一人はこの神社の巫女である博麗霊夢、そして、

 

 「あ、本当だ! ラッキー! 手間が省けたわ‼」

 

 満面の笑みを浮かべた少女が、溌溂した声を挙げる。

 鮮やかな緑の頭髪。

 何処かガラス玉のような、感情を感じさせない空虚な瞳。

 

 「霊夢に、お前は――こいしか、随分珍しい組み合わせだな」

 

 意外な人物の登場に、魔理沙が眉をひそめた。

 

 「そうかもね。でも、こいしとそいつの組み合わせの方がよっぽど珍妙だったわよ」

 

 霊夢の視線が少年へと向けられる。

 そして、直ぐにそれは神社の境内へと移った。

 

 「ふーん、まぁまぁ綺麗になったじゃない。いいわ、これで神聖な神社を血で汚したことは許してあげる」

 

 「そりゃあ良かった。これ以上慣れない仕事は御免だったんだ。それで、話はついたのか?」

 

 「まぁね、地底の状況は把握したわ。博麗の巫女として、今回の異変を見逃す訳にはいかない」

 

 「ちょ、ちょっと待てよ霊夢! 話が良く分からないんだが……ていうかこいつは一体何なんだ?」

 

 当たり前のように謎の少年と言葉を交わす霊夢に、魔理沙が突っ込む。

 

 「ん? あぁ、そいつは創一とかいう、こいしの付き添いよ。詳しくは知らないけど……外の世界の退魔師だったらしいわ」

 

 「なッ……!? 本当に居るのか? 外の世界にも……なんだか、混乱してきたぜ」

 

 頭を抱えながら、魔理沙が声を挙げた。

 早苗も同じ気持ちだった。

 

 外の世界において、妖怪というのは幻のような存在である。

 それは外の世界の住人だけでなく、幻想郷の住人の中でも共通の認識のはずだった。

 

 生まれつき神の姿を見て、声を聞くことができた早苗は、人外の存在を認知していた。

 だが、早苗は自分の二柱の主神以外、碌に人外を見た経験は無い。

 精々片手で数えられるくらいである。

 

 存在することだけは確か。幻想入りするまでの早苗にとって、主神以外の人外はそんな程度のものでしかなかった。

 ましてや、退魔師なんて存在が外の世界に居ることは想像すらしていない。

 

 故に早苗の驚きは傍らの魔理沙とは比べ物にならない。

 幻想郷入りに際して、早苗は外の世界で培った常識を捨てることに努めた。

 しかし、今、その常識そのものが根本から間違っていたかもしれないのだと、早苗は突き付けられたのに等しい。

 

 自分はひょっとして夢でも見ているのではないか、そんなことを考えて早苗は目を瞬かせる。

 

 「まぁ、外の世界のことなんてどうでもいいだろう。大抵のことは裏表があるものだ。それに――半端な気持ちで裏面を覗くと碌なことが無い」

 

 創一の目つきが少しだけ鋭くなる。

 これ以上踏み込むな、そう言っているようだった。

 

 空気が少しだけ張り詰めた。

 だが、それは霊夢が大きく手を鳴らしたことで直ぐに霧散した。

 周りの視線が彼女へと向く。

 

 「今はそんなどうでもいい話は置いときなさい。それより、早苗、魔理沙、丁度良かったわ。あんたらに言わなきゃかならないことがあったのよ」

 

 そう言った霊夢の表情はいつになく真剣だった。

 普段の彼女の気だるげな態度からは想像がつかない。

 

 その変化に慣れない早苗は面食らい、博麗の巫女としての顔を良く知る魔理沙は顔をこわばらせた。

 少年とこいしの表情には一切の変化が無い。人形のような無表情と、虚ろな笑顔だった。

 

 「今回の異変は今までと違うわ、悪いことは言わない――大人しくしていなさい。私がこの異変を解決するまでね……」

 

 「「――ッ!?」」

 

 二人が息を呑んだ。

 直ぐに魔理沙が我へと返り、口を開く。

 

 「おいおい、何言ってるんだ霊夢? 冗談も大概に――」

 

 「――冗談なんかじゃないわ。いいから大人しくしておきなさい」

 

 その何処か底冷えした声に魔理沙は思わず鼻白んだ。

 取りつく島なんてはなからないような、明確な拒絶が垣間見える声だった。

 

 「命の保証なんて無いわよ……これは()()()()()()()()()んだから……」

 

 吐き捨てるような様子だった。

 遊びではない、その言葉が魔理沙の胸に鉛のように重くのしかかる。同時にぴしり、と魔理沙は自分の中で、何か大切なものに罅が入った音を聞いた気がした。

 

 「……けるな」

 

 魔理沙の口から掠れた音が零れ落ちた。眉を顰めた霊夢が、至極めんどくさそうな表情を浮かべて聞き返す。

 

 「……何?」

 

 「ふざけるなって言ってんだよ!」

 

 ふいに魔理沙が声を張り上げた。

 傍らに居る早苗がびくりと肩を震わせて、魔理沙と霊夢を交互に見る。

 

 顔を赤くして目を吊り上げる魔理沙に対して、霊夢は無言のまま、氷のように冷えた視線だけを注ぐ。

 重たい空が周囲を包んだ。

 

 魔理沙自身、此処まで声を荒げるつもりは無かった。

 だが、霊夢の言葉がどうしても許せなかったのだ。

 元々燻っていた火種が何かに煽られたような違和感。それを抱きながらも、魔理沙には既に燃え盛った感情を抑えることは出来なかった。

 堰が切れたように、魔理沙の叫びは止まらない。

 

 「何でお前はいつもそうなんだ! 命の保証が無いだと? お前だって条件は同じだろうが‼ 自分だけが特別みたいに言うなよ‼」

 

 自分だって戦える。お前と並び立てるのだと魔理沙は怒る。

 魔理沙は今まで魔法使いとして、血の滲むような研鑽を積み上げ、多くの異変や妖怪退治にも関わってきた。

 霊夢の言葉はそれによって形成された彼女の自負、矜持を傷つけるものだ。

 何よりも、霊夢にとって自分は対等な存在ではないとされたことが魔理沙は許せなかった。

 

 しかし、放たれる彼女の怒号が霊夢の表情に変化を与えることは無い。

 黒霧が立ち込めるせいで、すっかり薄暗くなった境内に音だけが空しく響いた。

 

 ひとしきり思いの丈をぶつけた魔理沙が肩で息をする。

 降って湧いたような沈黙に、彼女の乱れた呼吸の音だけがした。

 「魔理沙」、霊夢の呼ぶ声に、魔理沙がゆっくりと顔を挙げた。

 いまいち感情の読み取れない表情で、霊夢が口を開く。

 

 「――言いたいことはそれだけかしら?」

 

 まるでこちらを意に介していないような、他愛ない戯言を聞いた後のような霊夢の反応に、魔理沙は言葉を失う。

 同時に、魔理沙は自分の中で大切なものが音を立てて崩れるのを聞いた。

 

 「……もういい、勝手にしてくれ」

 

 絞り出すようにそれだけ言って、魔理沙は踵を返すと、一度も振り返らずに箒へとまたがって、空へと飛び立った。

 

 「ちょ! 魔理沙さん! 待ってくださいよ‼」

 

 それまで場の雰囲気にのまれていた早苗が我に返り、あわてて魔理沙の後を追いかけていく。

 二人の後姿を、霊夢は無関心そうな表情で、けれどずっと見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あーあ、行っちゃった。追いかけなくていいの?」

 

 尋ねるこいしに霊夢は鋭い目を向ける。

 

 「問題ないわ、地底のことは私一人に任せて置けって言ったでしょ。あいつらは足手まとい、来られても迷惑以外のなんでもないわ」

 

 「ふーん、そう。まぁ、私は異変を解決してくれるなら誰でもいいけどね」

 

 「――追いかけた方がいい」

 

 それまで沈黙していた創一が口を挟んだ。

 突然のことに、霊夢が怪訝な顔で創一を見た。

 

 「はぁ? 藪らから棒にいきなり何よ? 大体あんたには関係な――」

 

 「さっきの対応は0点だ。俺が人に言えた義理ではないが、このままだと必ず後悔する」

 

 霊夢の反論を遮って、創一が言う。

 有無を言わせない様子だった。

 

 創一の表情は相変わらず変化が乏しい。ほとんど真顔を貫いているせいで、彼の心中を読み取ることはできそうにない。

 だが、霊夢はその青い瞳に何か強い意志のようなものを垣間見た。

 

 「彼女らを巻き込みたくないと思うなら、あんな半端な突き放し方をするべきじゃない。やるなら0か100か、ちゃんと説得するか、いっそ彼女らの脚でも折って止めるべきだった……」

 

 「脚を折るって……あんた本気で言ってるの?」

 

 信じれらないような者を見る目を霊夢は創一へと向けた。

 だが、創一はそれを意に介した様子もなく、大真面目な表情で頷く。

 

 「本気に決まってるだろ。半端な対応は身を滅ぼす。早苗って子はともかく、あの魔理沙とかいうのは危険な状態にある。あれは今すぐにでも無茶をやる奴の色だ」

 

 「色ですって?」

 

 意味の分からない言葉に霊夢が首を傾げた。

 その疑問に答えたのは創一ではなく、二人の様子を伺っていたこいしだった。

 

 「創一は人の感情がその人のオーラの色で分かるんだって!」

 

 「なるほど、外来人にやけに懐いてると思ったら……そういうこと」

 

 納得したと、霊夢が頷いた。

 覚妖怪に近い読心系の異能者であれば、馬が合ったとしても不思議ではない。

 

 「俺の目は感情が見えるだけで、思考そのものは読めない。だが、感情のパターンを理解すれば、ある程度は思考を推し量ることが可能だ。あれは放っておいて良い状態じゃない」

 

 創一が霊夢を真っすぐに見据えた。

 向けられる青い瞳は美しいが、同時に何処か怖気を感じさせる。

 異能を持つ瞳、それも人の感情を見るという瞳に、霊夢は居心地が悪くなった。

 

 だが、あくまで毅然とした様子でその目を霊夢は睨み返す。

 

 

 「……私は博麗の巫女よ。異変解決は私の役目。この郷のルールを守らない、美しさのへったくれも無い暴徒共を私は一刻も早く排除しなければならない……些事に構う余裕は無いわ」

 

 霊夢の言葉に創一は僅かに目を細めた。

 

 「それはたいそうご立派だな……力が伴えばだが……」

 

 「私が力不足とでも言いたいわけ?」

 

 不機嫌な声と共に、霊夢が目を吊り上げた。

 

 「未熟なのは確かだろ? 今もほら、そんなに心が不安定だ」

 

 創一の瞳には、霊夢の揺れ動く心情が余すことなく映っている。

 只の強がりでしかない言葉は創一の瞳の前では何も意味を成さないのだ。

 図星を突かれた霊夢は思わず口元を歪ませた。

 

 「あの魔法使いがたいそう心配なようだが……気がそぞろで勝ち抜けるとでも? 遊びじゃないってのはお前がさっき言った言葉だろう?」

 

 呆れたような声音で言い放つ創一に、霊夢の表情は更に苦いものとなった。

 自分の心情をぴたりとあてられて、気持ちの良い者などそうはいない。

 

 「読心能力もちって嫌な奴しかいないのかしら? 能力以前にどいつも性格が悪い気がするわ」

 

 苦しまぎれの霊夢の嫌味に、創一は本の少しだけ口角を吊り上げた。

 

 「性格が悪いとは友人にもよく言われる。自覚もしてるが、直しようがない、諦めてくれ。さて、こいし、お前さっきの話を覚えているか?」

 

 霊夢から視線を外して、創一がこいしの方へ向いた。

 急に白羽の矢が立ったこいしが小首を傾げる。

 

 「何のこと?」

 

 「異変を解決してくれるなら誰でもいいってやつだ。それはつまり、俺が異変を解決しても問題ないということだな?」

 

 「は!? あんた、何言って!?」

 

 突然の申し出に、霊夢が声を挙げた。

 目の前の少年の考えが、霊夢にはまるで読めなかったのだ。

 

 「無為に出しゃばるつもりは無かったんだ。博麗の巫女とやらが、問題なく異変を解決してくれるなら大人しくしてるつもりだった。だが、頼みの巫女がこの有様なら仕方ない。自分でやった方がましだ」

 

 創一の様子に挑発するような様子は無い。

 何の悪意も含まない、ただの純粋な感想。

 霊夢を見て、あまり役に立ちそうにないと、創一は素直に思っただけに過ぎなかった。

 その態度が霊夢の神経を逆なでする。

 

 「……随分好き放題言ってくれるじゃない。よっぽど自信があるのかしら?」

 

 「迷いのある奴よりは働けるさ」

 

 当然のごとく創一は言い捨てる。

 額に青筋を浮かべる霊夢に対して、創一の表情に大きな変化は無い。

 

 まるで人形を相手にしているかのような感覚に、霊夢は次第に腹を立てることが馬鹿らしくなり、大きなため息をついた。

 

 「……外の退魔師ってみんなあんたみたいなの?」

 

 「いや、俺は変わり者の部類だ」

 

 「そ、それは安心。あんたみたいなのが溢れてちゃあ、世も末よ」

 

 「違いないな。それじゃあこいし、早速地底に案内してくれ、普段無意識に渡り歩いているといっても、道順くらいは分かるだろ?」

 

 「いいよ! じゃあはい、私の手を取って! 私も地底に帰るつもりだったしさ、どうせならエスコートしてよ。一回やってみたかったの!」

 

 「俺でよいのなら構わない」

 

 創一は頷くとともに、差し出されたこいしの手を恭しくとると、踵を返して直ぐに神社を立ち去ろうとする。

 創一は最早霊夢のことなど眼中にないような様子だった。

 

 「あ、ちょっとあんた!」

 

 「ついて来るなよ、そんな心の状態の奴は足手まとい、というか目障りだ。俺はそういう色は好きじゃない」

 

 足を止め、一瞥する創一の瞳が霊夢を睨む。

 少し不機嫌そうな様子だった。

 言い返す言葉が見つからず、霊夢が思わずたじろぐ。

 その様子を眺めていた創一が再び口を開いた。

 

 「お前の事情はよく知らないが、捨てるならちゃんと捨てろ。拾いたいなら拾え」

 

 「俺は後者を進めるがな」そう言った後、少年は再び霊夢に背を向けた。

 今度は足を止めることなく、二人の背中が遠ざかっていく。

 

 神社の境内に、霊夢一人だけがぽつりと取り残された。

 彼女は無言のまま、ゆっくりと空を仰ぎ見る。

 気の滅入るような黒霧は、既に高地にある神社の空をも穢していた。

 

 この異変を解決するのが外ならぬ博麗の巫女の役割である。

 幻想郷の危機を前にして、私事に心を奪われることなどあってはならない。許されてはいけない。

 

 (けど、あぁ、どうしてだろう……)

 

 彼女の脳裏に浮かんだのは、いつも自分の隣にいた魔理沙(友人)の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 最近スイッチ版東方剛欲異聞を購入しました。
 初の原作プレイです。シューティングはまぁそのうち……
 後、最近東方の二次創作カードゲームにドはまりしてます。マジの神ゲー見つけてしまいました。
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