「――第二防衛線崩壊です!」
焦燥した顔で報告を告げる白狼天狗の一人に、犬走椛は堅い表情で頷いた。
「了解した、次は私が出る。負傷者の回収を急げ」
指示を受け取った部下が直ちに身を翻し、前線へと舞い戻るのを眺める中、頭上から聞きなれた声が椛に投げかけられた。
「――やはり苦戦しているようね。椛」
椛が睨む先には一人の烏天狗、射命丸文の姿があった。一応は椛より上司にあたるくらいの者だが、余裕のない状況もあり、椛は怒鳴るように声を荒げる。
「当たり前でしょうが! 鬼が率いる本物の百鬼夜行を相手に、戦闘に慣れない河童たちと白狼天狗だけでどうしろと!!」
人里より北へおよそ一里ほど先に広がる平原。人間達が開拓するには遠く、妖怪達が住み着くには人里に近すぎる。それ故に誰にも見向きもされない、背の高い雑草だけが立ち並ぶ寂しい場所。だが、今宵だけはその様相は地獄のようである。
平原をぞろぞろと突き進むのは悪鬼羅刹の群れ。あちらこちらで悲鳴が上がり、同胞たちの流れる血潮が草の根を潤す。
「まぁ、そうよね。大天狗どもにもほとほと呆れるわ。日和見決めてる場合かっての……」
悪夢のような光景を眺めて、吐き捨てるように文は言った。
「命蓮寺と神霊廟の住人達には状況は伝達済みよ。守矢の力は借りれなかったけど……第三防衛線が持ち堪えさえすれば、勝機は見えるわ。博麗の巫女と、四天王の力に期待しましょう」
「でも、勇儀殿は一度敗北したのでしょう。片腕も失って……ちらりと姿を見ましたが、あれは一種の封印状態。博麗の巫女と協力したとして、勝てるのですか? 百鬼夜行の主となったのならば、鬼道丸もまた力を増しているはず……」
百鬼夜行、それはただ妖怪が群れを成している状態を差す言葉ではない。相応しい器を持った主のもとに集う妖怪たちは、より強大な妖力を手にする。そして、夜行の規模に応じて主となる者もまたその力を増大させる。
百鬼夜行とは、妖怪たちの中で伝わる一種の大規模な呪術儀式の一つであるのだ。
元より大妖怪として相応しい鬼神は、今この時更に悪夢そのものといって差し支えない程の力を手にしていた。周囲を支配する膨大な妖気がそれを証明している。
「……勝てなくとも、時間は稼げるでしょう。最悪人里が戦火に巻き込まれても、全滅さえしなければ……」
ある程度人間が残っていれば繁栄される道が途絶えることは無い。天狗にとって重要なのは、妖怪に恐れを抱く人間の確保である。最低限の個体数が確保できるならば、鬼と大々的にことを構える必要は無かった。
「こざかしい考えですね。烏天狗のそういうところが私は嫌いです」
「そうは言うけどね、上の天狗の考えも似た様なものよ。いえ、もっとひどいかもしれないわ……」
天狗の上層部は積極的な動きを見せていない。白狼天狗こそ派遣はしているが、下っ端天狗たちで鬼が率いる百鬼夜行を防ぐことができないのは明白だ。あくまで他勢力への言い訳として、一部の捨て駒を出兵させているようにしか文には思えなかった。
あわよくば誰かほかの者が問題を解決してくることを祈っている。言葉にはせずとも、そんな魂胆すら上層部には垣間見える。
苦虫を噛んだような顔を浮かべる文を見て、椛がため息をついた。
「えぇ、重々承知していますよ。貴方のことは嫌いですが、貴方なりに最善を尽くしていることは分かっています。感情的に嫌いなだけです」
「相変わらずはっきり言うわね……だからあんまり出世できないのよ。下っ端の白狼といえど、貴方の実力ならもっと上のポストだって……」
「いりませんよそんなもの。私は哨戒天狗で十分です。では、私もそろそろ戦闘に参加します。これ以上部下が痛手を負うのも勘弁ですから……」
「――死ぬんじゃないわよ」
「当たり前でしょう。こんな割の悪い仕事で死んでたまるものですか――って、あれ?」
何かを見つけて、椛が文の後方へと指を差した。文が背後を振り返る。
「あなたは……」
視線の先に立っていたのは一匹の狐、いや、二匹の狐と言った方が正確かもしれない。
黄金色の九つの尾を揺らす狐と、白い装束を纏った狐がそこに存在していた。
◇
「喰らいやがれ!! 【マスタースパーク】」
ミニ八卦炉から発射される魔力の奔流が、目前に迫った妖どもを焼き払った、かに見えた。
「ッ!? こいつらまだ生きて――」
全身を火傷に覆われて尚、迫る来る妖怪達を魔理沙は何とか魔法で消し飛ばす。しかし、突如として体を襲った悪寒に反射的に振り向けば、そこには既に一匹の鬼が肉薄していた。
「やべッ!?」
振りかぶった鬼の拳が振るわれる。魔理沙に回避の余裕はない。が、その一撃が直撃するよりも早く、横合いから飛来した矢が鬼の側頭部に深々と突き刺さった。
「グガッ……!?」
低く短い音が鬼の口から洩れ、その肉体が落下して地面へと叩きつけられる。脳髄にまで矢が達していることは明白だったが、流石は鬼というべきか、虫の息でありながらもそれはなんとか立ち上がろうとし、
「――三」
銀閃が奔るとともに鬼の首が飛んだ。泣き分かれとなった胴体がどさりと、今度こそ倒れ伏して沈黙する。
「なっ、お前は……!?」
容易く鬼を殺し得た人影に魔理沙は絶句する。強さへの驚愕では無く、その人物がここに居ることへの驚愕だった。
「お前、ひどい重症なんじゃなかったのかよ!」
「四……そんなものは既に完治した」
「えぇ……」
迫りくる妖怪を切り捨て、その数を数えながら応える創一に魔理沙はドン引きする。その戦闘能力といい、肝の据わり方といい、魔理沙には目の前の少年が同じ人間だとは思えなかったのだ。
(さとりからは大分酷い傷だと聞いてたが……どんな仕掛けがあれば一日で回復できるんだ? やっぱこいつ人外なんじゃ……)
「霧雨、戦闘中に他のことに気を取られるのは感心しない。後、他の妖怪はともかく、鬼は熱に強い。別属性の魔法で戦うことを薦める。妖刀で首を切るのが一番手っ取り早いがな……」
刀に付着した血液を切って払いながら創一が言う。まるで魔理沙の考えを見通しているかのようだった。
「お、おう……まぁ参考にするけどさ……」
「魔力切れには気を付けろよ。百鬼夜行と言っても実際はもう少し数が多い。鬼以外の妖怪も混ざっているしな。お互いに生き残れることを願おうか」
そんな風に言った後、創一は魔理沙に背を向けて歩みを進める。敵味方が入り乱れる戦場の有様は正に混沌と言った様子だったが、どういうわけかその足取りには迷いが無かった。
「あ、おい、待ってくれよ! 一体何処に行くつもりなんだ?」
「この夜行の主、鬼道丸のところだ。さっき出会った天狗が居場所を教えてくれてな」
「だったら私も行くぜ。霊夢も多分そいつのとこに向かうだろうしな」
「博麗の巫女か。そういえば一緒では無いんだな」
「二手に分かれたんだよ。防衛線がまるで持ちそうになくてな……」
「なるほど、英断だと思う。実をいうと俺もさっき同じ理由で同行者と二手に分かれたんだ。ざっと見た感じ別に誰も弱くは無いが、相手が悪すぎる。大天狗の一人でも居れば話は変わるんだがな……」
百鬼夜行を押しとどめている妖怪の多くは天狗と河童。それが妖怪の山の主な勢力であることは幻想郷縁起を通して、創一も知っていた。しかし、
(大天狗はおろか、烏天狗が十余名とかふざけてるにもほどが有る戦力だな。あまり防衛する気は無いんだろうが……なるほど、これが
「……霧雨、一つ提案がある」
「ん? なんだよいきなり」
「既に混戦状況にあって分かりにくいが、今も着々と俺たちは押されている。これ以上奴らを進ませれば人里に被害が及ぶ」
「あぁ、分かってるさ。だからとっとと主謀者をとっちめようぜ」
「だが、此処で俺たち二人ともが鬼道丸の下に向かうのは危険だ。機動力と戦闘力に優れた人員が一人は遊撃役として残るべきだ」
僅かな沈黙のあと、ニヤリと魔理沙は勝気な笑みを見せる。
「……なるほど、お前の言う通りだ。だったら私が行くから、お前が残ってくれ」
「まぁ、そうなるよな。だが断る。鬼道丸とは俺が片を付ける。そして、この状況でお前と言い争うつもりもない」
「じゃあどうするってんだよ。私も折れるつもりは無いぞ」
少しむっとした顔で魔理沙が言い放った。
今回の異変がいつもと毛色が違うように、その解決に乗り出す魔理沙の動機もまた異なる。自身の興味や魔法の探求が理由では無かった。友人である霊夢が自分を頼ってくれた故だ。
(霊夢の手助けをするためにも、此処で燻ってるわけにはいかないんだ……)
そんな決心をする魔理沙に創一は少し離れた場所を指で指し示した。
「あそこに居る一際大きな青鬼が見えるか?」
言葉通り、その方向にはかなりの巨躯を誇る二本角の青鬼がいた。周りに数体の鬼と別種の妖怪を侍らせていて、今まさに鴉天狗率いる白狼天狗の一団と交戦していた。とはいえ、それは戦いと呼べる代物ではない様子だった。
青鬼の拳の一振りで烏天狗が呆気なく沈黙する。司令塔を失い、隊列が瓦解した白狼天狗が、鬼に勝てるはずもない。
始まったのは只の蹂躙。振るわれる武器が甲高い叫びと共に砕け散って、血飛沫が舞う
った。
惨劇と呼ぶにふさわしい光景に思わず顔を青ざめさせる魔理沙だったが、反対に、創一は自然体のままで話を続ける。表情は狐面で隠されているが、面の下で眉一つすら動いていないだろうことが伺い知れた。
「図体だけでなく、妖力も他よりずっと大きい。幹部クラスだろうな、周りの連中もかなりの粒ぞろいだ。天狗たちが成すすべもない」
「ッ……冷静に観察してる場合かよ……」
じとりと魔理沙が睨む。
「妖怪は頑丈だ。そう簡単に死にはしない。とはいえ、流石にあれ以上の損傷は不味い。そこでだ、今から俺があの鬼たちを一掃して見せる。それで、お前が納得してくれたら、俺を鬼道丸のもとへ行かせてくれ」
「……良いのか? それじゃあ、完全に私の匙加減だろう。それともそれだけ自信があるのか?」
「自信は勿論あるが、お前はそういうところで虚偽は挟まないタイプだと思った。ただそれだけだ。条件に異論はないと言うことで良いか?」
「分かったよ。そこまで言われちゃ仕方ない、けど、あんまり苦戦するようならとっとと私は先に行くからな」
「よし、交渉成立だな。じゃあ、ちょっと行ってくる」
そう言うや否や、創一は弾丸の如く飛び出した。蹴り飛ばされた地面が陥没し、突如として吹き荒れた風が魔理沙の帽子を浮かせる。
「うわっとと……!?」
慌てて引っ掴んだ帽子をかぶり直し、改めて創一が過ぎ去った方向に魔理沙は目を向ける。
「うわー、あいつまじか……どっちが人外だか分かったもんじゃねぇ……」
呆れ果てた少女の声は、戦場の喧騒で瞬く間に消えていった。
◇
「――何者なんだこいつはっ!?」
「くそっ誰か捕まえろ!!」
凄まじい突風が吹くたびに、鮮血が舞い上がる。
成すすべも無く倒れ伏す仲間たちに、青鬼は静かにそれを成した下手人を睨みつけていた。まるで天狗のように風を操って、目にも留まらぬ速さで戦場を舞う――その白い狐の姿を。
「よし! 捉えたぞ!」
鬼の一匹が鎖を掴んで叫ぶ。狐が振るっていたその鎖は、まるで蛇の如く縦横無尽に戦場で暴れまわっていた。鎖の先端に取り付けられた鋭い鎌が、鬼の肩口に深く刺さっている。鎖鎌と呼ばれるその武具に込められているのは、人間の負の感情だ。妖怪を殺し得る呪具を、捨て身でようやく掴み取った鬼は歓喜の声と共にそれを力いっぱい引き寄せる。
「――はっ?」
鬼の口から間抜けな声が漏れる。何の抵抗も無く、するりと鎖鎌は鬼の手へと渡った。にもかかわらず、別の鎌が再び飛来し、鬼の首を深く抉り切ったのだ。思考が追いつく間もなく、その鬼は完全に沈黙した。
「――七」
無機質な声が骸を数え上げる。
「嘘だろ! あれも呪具か!?」
「一体どこに隠し持ってやがった!!」
動揺を露わにする鬼たちが口々に叫んだ。それを一瞥して、狐――創一は白装束の袖口から出した鎖鎌を自由自在に振り回す。そして、鎖鎌の軌道に翻弄され、攻めあぐねる鬼たちから視線を満身創痍の天狗たちへと移した。
「動ける奴は怪我人を回収してさっさと退け! 難しいようならいっそそこで倒れ伏して動くな‼ 巻き添えにするようなへまはしない!」
状況をいまいち呑み込めていない天狗たちに怒鳴りながら、前へ踏み込むとともに創一は再び鎖鎌を投擲する。
ほぼ同時に、一匹の鬼が創一の下へと真っすぐに駆けだした。それは半ばやけくそ気味の行動であったが、鬼にとって幸いなことに、鎌の狙いは既に他の妖怪へと向いていた。少し離れた位置に居た、妖獣らしき妖怪の首元に鎌が深く刺さる。
「……がっ――」
苦悶の音とともに妖怪が倒れて絶命するが、肉に捕らわれた鎌を容易に引き戻すことは出来ない。鬼が目前へと迫る。しかし、創一はさして焦った様子もなく、自分から前へと一歩踏み出した。
「……!」
刀を抜刀するにも向かない程の至近距離。創一の行動に少々面食らいながらも、鬼は好機と見て拳を振り上げる。が、狐面を拳が砕くよりも早く、創一は袖口から取り出した手斧を鬼の眼窩へと叩き込んだ。
「かっ……!」
悶絶する鬼の喉を今度はすかさずクナイが抉る。鬼が倒れこむより先に、鎖鎌を投げ捨てた創一が離れた位置に居る筈の妖怪の下へと瞬く間の内に肉薄した。鞘から流れるように抜き放たれた刀がその首を斬り飛ばす。
「――八、九、十と」
【負の感情を力とする程度の能力】を持つ創一にとって、呪具の生成も使用も容易い。
そして、創一は様々な呪具を影の中に作った異界へと保管していた。
異界に繋がるゲートとして機能するのは自分の体を介してできる影。足元に落ちる影は勿論、身に着ける衣服の袖口すらも対象として機能する。
刀、弓、槍、斧、棍、鎖鎌に暗器。異界に貯蔵してある武器の種類も数も膨大であり、それらを呪具化し、状況に応じて使い分ける。
それが能力を使用した場合の創一の戦闘スタイルだった。
「――小賢しいな……」
低い声が呟く。吐き捨てるようだった。猛禽類のような瞳で戦況を静観していた青鬼が遂に一歩前へと踏み出す。
「ようやく強者に会えたと思えば、ガッカリしたぞ。落ち着きなく武装を入れ替え、不意を突く。何だその見苦しい戦い方は……」
「戦い方に綺麗も汚いも無いだろ、殺せるかどうかだ。鎖鎌や暗器くらいで目くじらを立てるなよ。毒を塗ってるわけじゃあるまいし――っな」
言いながら創一は袖口から引き出したクナイを数本投擲する。青鬼は眉間に皴を寄せながら、腕でそれを払いのけるが、そのうちの一本が手の甲へと突き刺さった。舌打ちの音が響く。
「まぁ、呪いが籠ってるから毒とはそう変わらないが……」
「――ッ貴様……」
「そう怒るな、こっちも急いでるからな。呪いで時間をかけて、なんて真似はしない。一発勝負だ。それで満足だろう」
手に持った刀を鞘へと納め、創一は足元の影から別の抜き身の刀を取り出す。特に何の力も持たない、数打ちの一品。青鬼が怪訝な表情を浮かべるのを無視して、創一はその刀を中段へと構える。
「ッ……なんだそれは!?」
青鬼が絶句する。
鈍色に光っていた刃が、創一の手のもとで黒く輝きだした。燃え盛る炎のように揺れる靄が刃に纏わりつく。それは強い情念を注がれた呪具だけが見せる現象。
禍々しい気配とともに、耳鳴りのように木霊す異音は限界に近づいて壊れかけた器の悲鳴であり、その中で渦巻く怨嗟の声でもある。
「馬鹿な! そのレベルの妖刀がそんな簡単に……そもそもお前はどうして正気を保っていられる!?」
「正気……か、保ってるかは自分でも分からん。まぁ、標的を間違えることは無いから、別にどっちでもいいが……」
瞠目する鬼に自嘲気味な笑みを面の下で浮かべて、創一は妖刀を頭上へと振り上げる。刀を振って当たる間合いでは到底無い。だが――その一刀は距離を殺す。
「ハァッ!」
妖刀が振り抜かれるとともに、黒い閃光が煌めき、稲妻のような轟音が周囲の音を全て呑み込んだ。
――決着は実に呆気ない。
限界を迎えた刀が一瞬にして砕け散る。月光を反射して光る鈍色の破片から視線を離して、創一は頭上を見上げた。
「どうだ、納得してくれたか?」
「……まぁ、あんなの見せられたら頷く以外にないよな」
箒の上で、魔理沙は軽く引きつった笑みを浮かべる。魔理沙の視線の先にあるのは、ものの見事に頭から縦に切断された青鬼の死骸だった。
鬼の頑強さは魔理沙とて知るところだ。それ故に、創一が見せた
「はぁ……マジで悔しいけど、こればっかりは仕方ないからな。創一だったか? お前に任せてやるからさ、ちゃんとお前が決着を着けて来い。霊夢や、勇儀に手柄を奪われずに……じゃないと、私の顔が立たん」
「勿論だ。鬼道丸は俺が仕留める。博麗の巫女が奴と対峙する心配は無いから、安心してくれ。それじゃあ……」
「は? いや、待ってくれ。今のはどういう……」
魔理沙の制止の声も空しく、創一は再び術で風を巻き起こすと、早々にその場から消え去った。
「……何で考えてることが分かるんだよ、あいつはさとりか?」
見透かされたことに魔理沙は少々居心地の悪さを抱いた。
(なんというか……また厄介そうな奴が
異変の後でもまた一波乱起こりそうな予感を感じながら、魔理沙は戦いへと再び身を投じるのだった。
◇
「――もういいだろう、勇儀」
「はっ、いいって何がだい? お前が私の立場なら、諦めて倒れていたか?」
そう言って、勇儀は不敵な笑みを浮かべる。その瞳に曇りは無く、満身創痍といった様子で威風堂々を貫く姿に、鬼道丸は思わず感嘆のため息を吐いた。
「……愚問だったか。地底で過ごすうちにすっかり毒気が抜けたものと思っていたが、俺の目は節穴だったようだ。片腕を奪われた状態で、よく足掻いて見せた。胸がすく思いだ……しかし、そろそろ終わりにしよう」
何処か寂寥を滲ませたような声で鬼道丸が言った。
「終わりか……そうだね。正直この状態でお前には勝てないさ。万全の状態ですら負けたんだからね。けど、やはり諦めるわけには行かない。私は今の幻想郷や旧都も好きでね。だから――この命を捨ててでも、お前に痛手を与える。我ながら他力本願だと思うけどね……」
額から滴る血液を勇儀は乱雑に拭う。妖刀によって負った傷は妖怪の身であっても楽観できるようなものでは無く、命の灯は明確に弱まっていた。だが、彼女の立ち姿には弱々しさなど欠片も無い。
鬼道丸が目を細める。
「そうか、それがお前の覚悟か――ならばそれを抱いたまま死ね」
言葉とは裏腹に、神妙な面持ちで鬼道丸は七尺あまりある大太刀を振りかぶる。対する勇儀も傷だらけの体に鞭を打って隻腕を構える。
次の一撃で決着がつくことは明白だった。互いが睨み合い、飛び出す機を伺う。それは時間にすれば僅か数秒のことに過ぎない。けれど、まるで時間が止まったように、悠久の時を揺蕩うような奇妙な感覚が二人の間だけに流れていた。
何の合図も無しに――両者は飛び出す。
「――ハァァッ!」
「――フッッ!」
同時に地を蹴り砕き、互いの決死の一撃が交わるその寸前――黒い流星が二人の間に割り込んだ。
「「ッッ!?」」
閃光と爆発。土埃が舞う。周囲の空気が一瞬にして
「これは――矢か……」
鬼道丸が流星の正体を認めて呟く。圧倒的な速度と威力で飛来した金属製の矢は、地面に深く突き刺さったかと思えば、伸ばした手が触れる直前に甲高い音を立てて砕け散った。その残骸には先ほど垣間見せた美しい黒の輝きは無い。
「こいつは……」
勇儀が眉間に皴を寄せる。彼女には目の前で起こった現象に見覚えがあった。地底の太陽を撃ち落とした狐の一射に、それは酷似している。
「……驚いたね、お前さん重症だったんじゃないのかい?」
高速で飛翔し、目の前へと降り立った創一に勇儀は奇妙なものを見る目を向けた。
(さとりの奴が謀ったとは思えないし、一日やそこらで回復する傷ではないと思うんだが……外来人って聞いたけど、本当に何者なんだろうね)
「昔から体は頑丈でね。悪いが、選手交代だ」
「――っふ、はは! そうか、来てくれたか!」
訝しむ勇儀とは反対に、少年の姿を認めた鬼道丸は歓喜の笑みを浮かべる。
「これは嬉しい誤算だ。傷を癒すにはまだ時間がかかると思っていたから……だが、一体どんな手を使ったんだ?」
「それをお前に応える義理は無いだろう。わざわざ指名通り来てやったんだ。とっとと始めよう。これ以上妙な因縁を増やして困るしな……あぁ、そうだ。その前に一つ確認したいことがあった」
「確認?」
創一が自分の顔を覆う狐面へと手を掛け、その素顔を晒す。
「――!?」
鬼道丸が息を呑む。
露わとなったのは、女子と見まがうほどに中性的で整った顔。艶のある黒髪に、白椿のような肌、双眸に灯る色は違えど、その少年の姿は鬼道丸の記憶を大きく揺さぶった。
――それは閉じた左目に焼き付いた憧憬。
「……なるほど、その反応が答えだな。おかげで全部つながった」
ようやく納得できたと、創一は独りでに頷いて見せる。それを鬼道丸は上の空といった様子で見つめていて、
「……偶然、なのか?」
呟きに近い問いかけに、創一は首をゆるゆると横に振る。
「それは無い。俺をこの郷に勧誘したのは八雲紫だ。作為的なのは明らかだろう。でもまぁ、別にいいじゃないか。やることは根本的には変わらない。何処へ行こうとも俺は、只ひたすらに――人に害を成す怪異を狩るだけだ」
そう言って、創一は腰の鞘から刀を抜き放って構える。
「変わらない……そうだな、確かにその通りだ。だが、こうして君と対峙できたことは、やはりあのいけ好かない賢者殿に感謝せねばならない」
鬼道丸もまた、大太刀を上段へと構えた。
お互いの名乗りは地底の戦いで既に済んでいる。後はただ雌雄を決するのみだった。
古から続く妖と人の戦い。その歴史に――今宵新たな頁が刻まれる。
戦闘描写書きたいけど、一向に上手く書けなくて割と絶望しています。次話あたりで第一章完結させた後は、しばらく日常編書こうと考えてるので、執筆速度が上がるかも。