東方狐神録   作:パック

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代価

 

 

 

 

 「――そうですか、創一殿はまだ本調子ではないのですね」

 

 「はい、わざわざご足労頂いたのに申し訳ありません。あのお方も人の身故、色々と無理が祟ったようで……」

 

 「いえ、報せもなく伺ったのはこちらの非です。どうかお気になさらず、創一殿にもご養生頂くように……何か困りごとがありましたら遠慮なく仰ってください。創一殿の活躍のおかげでこの郷は守られたのですから、出来る限り力になります」

 

 「ありがとうございます。藍殿にそう言って頂くととても心強いです」

 

 にこやかな顏、丁寧な物腰で話す狐の少女に、私もまた相応しい態度をとり繕って会話を続ける。

 名目上は功労者である創一様への見舞い。実際にそれ自体が完全な偽りであるという訳では無いだろうが、真の狙いは偵察だと考えた方が正しいのだろう。

 

 創一様の懸念が当たっていたのだ。鬼道丸を打破したとき、創一様が忌み嫌う力を行使したその瞬間を目撃していたのは、蘆屋道満だけでは無かった。

 境界を操る能力とは何と厄介なのだろうか。壁にも障子にも、至る所に目が存在する可能性を考慮せねばならないとは、幻想郷という場所は思いのほか閉鎖的な監視社会なのかもしれない。

 

 話もそこそこに、藍殿は「これ以上居座るのも迷惑でしょうから」と言って、手土産だという紙袋を託して帰って行った。

 私はもう少し彼女と話して居たかったが、やらなければならないことがまだまだ残っているので、引き止めはしなかった。

 

 「……よくあの狐と楽しそうに話せるね。九尾は敵なんでしょう?」

 

 まずは何から取り掛かろうかと思案を巡らせていると、背後から声が掛かる。振り返った先で、六花が訝し気な目でこちらを見つめていた。

 私が八雲紫の手先と、それも九尾の狐相手ににこにこと話せていることが大層意外であるらしい。

 

 「別に九尾だからって誰かれ構わず敵視するわけではないわよ。私も創一様もね。そうじゃなかったら……まず、狐嫌いになっているはずでしょう?」

 

 私は創一様のように理知的でなく、感情を隠すのが下手だ。その私が藍殿相手に柔らかく対応できるのは、単純に私が彼女自身に悪感情を抱いていないからに他ならない。

 

 「式神というものは常に主人の意向に従うもの……主人のことは気に入らなくとも、私は彼女自身のことは嫌いじゃないの」

 

 むしろ、気に入ってすらある。交わした言葉は多くは無いが、彼女の言動の節々からは、主人に対する真摯な忠誠心が伝わって来るからだ。あれは、式神であるからというだけではない。おそらく、式が剝がれて尚その思いは変わらないのだろう。

 それ故に、私は彼女が好ましい。

 

 「そう……そういうものなのね。でもあんまり信用できる相手じゃないと思うけど……」

 

 「分かってるわ。彼女は忠義に従って、ちらを探ろうとするでしょうから、その時はこっちも相応の対応をしますとも」

 

 「氷雨が割り切れてるなら私が言うことは無いけど……ところで、それ何?」

 

 六花が私のもっていた紙袋を指さした。

 

 「あぁ、見舞いの品ですって、中身は……美味しそうな油揚げね、それもたくさん」

 

 油揚げと書かれた包装が、紙袋の中に所狭しと包まれていた。紙袋そのものが大きめなサイズなことを考慮すると、相当の量になるだろう。余程の油揚げ好きでなければ、顔が引きつるくらいに。

 あまり表情豊かな方ではない六花も、袋の中身を知って眉を顰めていた。

 

 「……なんで皆うちに油揚げばっかり送るの?」

 

 「稲荷といえば油揚げだから……私らは狐じゃないけど……」

 

 「宇迦様も別にそれ好きじゃないもんね。信仰だからって食べてるけど……白狐たち以外はそんなに……」

 

 「……まぁほら、最近は食べて無かったし……消費するの手伝ってね?」

 

 「いいけど……創一には別の料理つくってあげてね」

 

 「それは勿論……ただ、創一様まだお食事なされないようで……」

 

 「まだ? もうあれから丸二日立ったのに、()()()()()()()()?」

 

 不安げに六花の瞳が揺れた。

 私も同じ気持ちだ。明らかに、前よりも時間が長くなっている。

 

 「えぇ、そっとしておいて欲しいって言われたけど……時間も大分経ったし、流石にもう一回様子を見て来るわね」

 

 「私も行くよ」

 

 「気持ちは分かるけど……一人で行かせて。複数人で行かない方が良いと思うから」

 

 あの状態の創一様への対応は、私の方がずっと慣れている。不満げな視線をこちらに向ける六花に、いたたまれない気持ちが胸に湧きあがるが、これだけは譲れなかった。

 宇迦様と先代への誓いのためにも、この役目は自分が成すべきなのだ。

 

 私は創一様の部屋の前へと立った。襖が隔てる先に、彼はいるのだろう。

 襖の向こうから漂う気配に、ぞわりと全身の毛が逆立った。妖獣としての本能と、私の異能由来の直感が全力で警告する――決して開けてはならないと――その先に足を踏み入れてはならないと――――

 

 私の持つ能力は【直感を働かせる程度の能力】とでも言うべきものだ。元より優れた感覚を持つのが妖獣だが、中でも私のソレは一線を画しているらしい。

 狐が雪の下のいる見えざる獲物を狙い撃ったり、ツバメが天気を予知するようなことは大概できるし、私が感じる虫の報せは、まず杞憂に終わることが無い。

 

 常ならば私はこの己の直感に従う。だが、今だけは例外だ。

 本能と直感を無理やりねじ伏せて、私は引手へと手を掛ける。

 

 「――創一様、失礼いたしますね」

 

 襖を開いた瞬間、周囲の世界が塗りつぶされた。慣れ親しんだ屋敷に居る筈なのに、魔界や地獄の底へと突然放り出されたような、異様な感覚が私の身を貫く。

 今やこの屋敷は、傍から見れば背筋も凍る伏魔殿と化したのだろう。

 だが、こんなものは想定の内だった。

 私は怯まず部屋の中へと身を滑り込ませると、そのまま後ろ手で襖を閉め切った。

 

 室内の灯りは全て消えており、和室に併せてあるカーテンも完全に下ろされていた。その隙間から差す日光で、室内はぼんやりとだけ明るい。

 部屋の奥底に佇む人影を認めて私は言った。

 

 「お加減はいかがですか? 創一様……」

 

 問いかけに彼は応えない。色の抜けた長髪の合間から、うす紫色の瞳だけが怪しく輝いていた。

 創一様はいつも髪を短く切りそろえている。長い髪は視界の妨げになり、相手に掴まれるリスクも大きくなるからだ。だが、経った二日の内に彼の髪は女性的な長髪へと変化していた。それはおよそ人間の尺度を超えている。

 

 「創一様、実は先ほど藍殿が見舞いに来ていまして、手土産としてたくさんの油揚げをもらったんですよ。だから今日は油揚げにパーティにしようと……勿論、嫌なら別の料理を用意します。久しぶりに中華なんてどうでしょうか?」

 

 例え返事が無くとも、私は彼へと話しかけ続けた。出来るだけにこやかに、いつもの日常の延長線上のように。彼に私たちの下へと戻って来てほしいから。

 何度も何度も、私は彼に言葉をかけ続けた。

 

 「そう言えば、私も六花も大分弾幕ごっこに慣れたんですよ。やってみるとこれが意外と楽しくてですね……すっかり嵌ってしまって、よろしければ今度見ていただけませんか? 六花がとても綺麗な弾幕を編み出しまして……」

 

 だが、少年の瞳は虚ろなままだった。未だ心がその肉体に宿る様子を見せない。

 時間にして30分ほど経っただろうか、気づけば、私はいつの間にか歯を食いしばっていた。拳を握る力が限度を超え。皮膚を破って血が流れた。

 

 (結局、私では役不足なのか……)

 先代が死に、宇迦之御魂様が居ない今、彼を引き戻せるのは自分だと思っていた。そうでなければならないとすら思っていた。

 しかし、実際はどうだろうか。私は歯牙にすら掛からない。()()()()()()()へと変質しつつある彼を、こちら側に引き戻すことが私には出来ない。

 

 「……創一様、私は…………」

 

 言葉が続かない。何を言えば良いのだろうか。先代や宇迦様ならば彼に何と言うのだろうか。

 役立たずである自分に嫌気が差していると、いつの間にか眼前までに創一様が歩み寄っていた。

 

 「え、あ……」

 

 何か言う前に創一様がその手を私の頬へと当てた。

 

 「……酷い色だな、氷雨。止めてくれよ、お前にまでそんな感情(いろ)をさせているなんて、増々死にたくなるだろう」

 

 虚ろだったはずの瞳に、ほんの少しだけ感情と理性が灯ったように見えた。

 

 「――ッ……創一様が死ねば、私は今度こそ自死を選びますよ」

 

 するい物言いだと自分でも思う。こう言えば、目の前の少年がどれだけの苦難の道を行くかは、簡単に想像できる。

 

 「……じゃあ、死ぬわけには行かないな」

 

 案の条、彼は笑みを浮かべた。その瞳は無機質なものではなく、強い決意が宿っているように見える。

 結局、私には自分を人質にする以外の手段は無いのだろう。この方の優しさを利用する方法しかないのだろう。

 

 (何故……何故この方を手放したのですか? 貴方なら、貴方様であればこの方も……)

 最も、それは只の幻想だ。宇迦様ですら、この方を真に導くことは出来なかった。だからこそ、彼女は断腸の思いでこの方を自分から遠ざけることを選んだのだろう。理解はできる。だが、それでも……

 

 脳裏に浮かぶのは、少し前、幻想郷に来る前の日常の光景だった。

 歪さが見え隠れすることもあったが、其れでも尚、主人と従者であった彼らは幸せそうだった。あれでよかったのではないか。創一様は、稲荷明神の使いであった方が幸せだったのではないか。

 今でも尚、私はそう考えずにいられなかった。

 

 「……なあ、氷雨……俺は一体何者なのだろうか……」

 

 不意に、創一様が私に尋ねた。いつもとは違う、酷く弱々しい声だった。

 

 「貴方様は……創一様です。63代目狐守家当主、狐守創一様です」

 

 薄紫の瞳を真っすぐに見つめ、私は言った。彼が何者であるかを只ひたすらに、語り聞かせた。

 

 「……創一…………そうだ、俺の名は狐守創一だ……」

 

 「えぇ、そうですとも……先代当主、桐花様が貴方をそう名付けました。貴方は狐守家当主であり、私の愛すべき主人、狐守創一様です」

 

 「あぁ、俺は稲荷明神の剣……いや、もうその役目は終わったんだったな」

 

 何処か寂しそうに少年が笑う。それを見た瞬間、私の胸がつかえた。

 駄目だと分かっているのに、宇迦様への激情が燃え上がる。

 彼女であれば、私たちが望んで止まない彼の特別に成れたというのに。

 最も、そんな感情は彼のために一欠片として役に立たないのだろうが。

 

 「……俺の名は狐守創一だ。あの女狐の子では無い」

 

 ポツリと少年が呟いた。

 私はその言葉に肯定の意を示す。

 

 「えぇ。そうです。貴方は断じて、白面九尾の子なのではありません。私たちの主であり。人間であり、人々の味方です」

 

 悔しくて仕方が無かった。私には、彼を役目で縛るべき以外の方法が無い。

 それでも、彼がそれで私たちの下へと戻ってくれるのなら――

 

 「……分かってる。分かってるさ、俺は宇迦様の従者じゃ無くなっても、お前の主人だ。狐守創一であって、あの女の後継者では断じてない」

 

 そう言って、創一様は室内の壁際へ寄ると、柱の一つへと勢いよく頭を打ち付けた。

 鈍い音が響き、割れた額から血が流れる。

 

 「ッッ……創一様!」

 

 焦った私の声に、創一様はあくまで穏やかな表情を浮かべる。その長髪が、いつの間にか黒く染まっていた。こちらを見つめる瞳はサファイアの色を得ている。

 

 「……また、迷惑をかけてしまったな」

 

 ひどく申し訳なさそうに、創一様は眉尻を下げた。

 彼がそこまで後ろめたく思う必要など、何処にもないと言うのに。

 そうだ、彼に非は無いのだ。何時だって、彼は周りのせいで不幸に陥ってしまっている。

 

 「そんな、迷惑だなんて……創一様、もう大丈夫なのですか?」

 

 「あぁ、面倒をかけて悪い……どれだけかかった?」

 

 「……丸二日以上です」

 

 「――――そうか」

 

 諦観したような表情で彼は頷いた。

 

 「創一様……お願いですから無理をなさらないで下さい。もっと、私たちを頼って欲しいです」

 

 「十分頼っているだろう。今もほら、こうやって面倒をかけて――」

 

 「―――足りません! こんなのでは全然……貴方だけが重荷を背負っている。それを止めさせるために、私たちはここに居るのに……!」

 

 気づけば声が震えていた。本当はもっと毅然と振舞いたい。手弱女のように涙を見せて、情に訴えかけるような真似はしたくは無かった。だが、感情の決壊を押さえられるほど、私は熟達してはいなかった。

 

 「……分かったよ。もっと、お前たちのことを頼るようにする。心配をかけてすまなかった」

 

 「いえ、私こそ……式神の分際で出過ぎたことを言いました。ですが、我々は何時だって貴方の味方であることだけは、忘れないで下さい」

 

 「…………あぁ、有難う」

 

 「……今から夕餉の準備を致しますが、お召し上がりになりますか?」

 

 「頂くよ。ただ、準備は()()()で頼む」

 

 「えぇ、構いませんよ。丁度、飽和するほど油揚げを頂いたとこなので……それじゃあ、早速支度にかかりますね」

 

 私はそう言って部屋をあとにした。

 

 

 

 

 再び部屋に静けさが舞い戻った。

 創一は視線を襖の方へと向ける。開いたままになっているそれは、決して氷雨が閉め忘れていたわけでは無い。

 彼女の察しの良さ、勘の良さは相も変わらず驚嘆に値する。

 

 「――――で、いつまでそこに突っ立っているつもりだ? そろそろ入って来い」

 

 いい加減、こちらの方も片づけ無くてはならない。

 創一の呼びかけに応え、何処か迷う様な足取りながらも、ようやく少女――古明地こいしが姿を表した。

 

 「……やっぱり気づいてたんだね。いつから?」

 

 「最初からだ。もっとも、感じた気配がお前だと認識したのは、この髪色が戻ってからだがな」

 

 「――そう、さっき通り過ぎたお姉さんも私の存在に気付いている気がしたけど……」

 

 「あぁ、気づいていたさ。氷雨の直感は埒外の域だからな」

 

 氷雨もまたこいしの存在を認識していた。それにも関わらず、何も言わずに彼女が立ち去ったのは、事情を察しての事だろう。

 詮索することなく、二人きりで話せる状況を設けてくれたのだ。

 自分にはもったいない程の従者の有能ぶりに、創一は頭が下がる思いになった。

 

 「……それで、何が聞きたい?」

 

 こいしを真っすぐに見据えて、創一が尋ねる。来訪の意図は既に分かっていた。

 

 「先に言っとくが、全てを答えるつもりは無い。例え無意識を、心の深層を開いた相手だろうともな……」

 

 強い口調で言い切る創一に、気圧されたようにこいしは身を固くする。が、僅かな逡巡の後に何とか口を開いた、

 

 「……創一、貴方は一体何者なの?」

 

 「何者と聞かれても困るな。DNA的には人間だ。それ以外の答えは無い。もっと他に聞きたいことがあるんじゃないのか?」

 

 「っ……それ、は――――」

 

 核心を突かれてこいしは怯んだ。創一の言う通り、こいしが真に尋ねたいことは別に存在する。だが、勇気が出なかったのだ。その存在を頭に浮かべるだけで、こいしの体を震えが襲うから――

 

 「――創一の精神に入った時、男の子に会ったの。創一に良く似たその子に連れられて、楔って呼ばれる存在に会ったわ。案内してくれた子と瓜二つだった……あの子は一体何者なの?」

 

 「……お前は何だと思った?」

 

 「分からないよ。分からないけど……とにかく恐ろしかった。目が合ったとき、初めて心臓が止まるかと思ったの。なのに――目が離せなかった」

 

 紫色の瞳に見据えられた瞬間、こいしの胸中を恐怖が支配した。だが、抱いた感情はそれだけではない。どうしようもなく――――神々しくも思ったのだ。自然とその場に伏してしまいそうになるくらいに。

 

 「何となくだけど、本当に何となくだけど……私はあれが、神様なんじゃないかって一瞬だけ思ったわ。私の知っているのとは大分違うけど……」

 

 幻想郷には多数の神々が存在する。日夜地上を徘徊しているこいしは殆ど一方的に様々な神霊との面識を得ていた。それらの存在と、創一の精神の最奥であった少年はまるで違うように見えたが、不思議と何処か一点だけ共通するものも感じた。

 

 こいし言葉に創一は目を瞑って、しばらくの間黙していた。壁にかけられた時計の針音だけが、いやに響く。

 再び青い瞳がこいしを見据えた。覚悟を固めた、実に真剣な面持ちだ。

 

 「……お前も勘が良いな。誤魔化しは無意味だろう。概ね正解だよ、お前が見たのは()()()()()()だ」

 

 「だったもの……?」

 

 含みを孕んだ言葉に、こいしは首を傾げた。疑問は百も承知だと言うように、創一はすかさず説明を続ける。

 

 「お前が俺の中で見た存在……あれはかつて生神として信仰を受けていたモノの成れの果てだ」

 

 生神、その聞きなれない単語がこいしの中で反芻された。宗教の知識に疎いこいしは知らないが、それは主に、生きながら信仰を得て神となった人を指し示す言葉である。所謂、現人神と呼ばれる存在の別名。

 

 「最も、あれは神と言うには実に半端で不安定な存在だ。完全な神に成り切る前に道を違え、名前すら失った存在。お前が見たのは、そんなガラクタの更に出涸らしのようなもので……そう警戒する必要は無い――所詮は只の負け犬だ」

 

 最後を吐き捨てるように創一は言った。そして、何処か自嘲的な笑みを浮かべる。語り続けた創一の瞳は、意外なことに傍から直ぐに見て取れる程、暗い激情を宿していた。

 未だにこいしの疑問の多くは解決していない。だが、彼女は口を紡ぎ、それ以上の詮索をやめることを決めた。

 

 一度は無意識の領域にまで侵入した身である。今更、目の前の少年を取り巻く複雑な事情へと踏み込むことに、恐れを成したわけでは無い。

 ただ、普段は表に出す感情を抑制している少年が、言葉を紡ぐたび、暗い光を瞳に宿して、微かに顔を苦渋に歪ませているのが見ていられなかったからだ。

 体を痛めつけて戦い抜いた少年の心に、これ以上の呵責を与えたくは無かった。

 

 「……創一、最後に一つだけ聞いていい?」

 

 「何だ?」

 

 こいしの脳裏に浮かぶのは、部屋の外で待機していた際に盗み聞き、思わず覗き見た一場面。白髪となった創一に、必死に呼びかける氷雨の姿だった。

 

 「能力を使った後って……いつもあんな風になっちゃうの?」

 

 創一の目が僅かに見開かれる。僅かな沈黙の後、創一は少しばつの悪そうな顔を浮かべて答えた。

 

 「…………いつもという訳じゃない。力を使い過ぎるとああなる。だから、普段は制限をかけているんだ」

 

 「そうなんだ……」

 

 自己に言い聞かせるように、教わった名前を反芻している創一の姿は、明らかに異常だった。見ているだけで、こちらの胸が締め付けられた。

 創一を戦いの渦へと巻きこんだのはこいしだ。同意があったとはいえきっかけとなったのは自分で、相応の責任がある、少なくともこいしはそう考えている。

 

 

 「――――この代償は高くつくぞ」

 

 

 刃に身を貫かれていた少年が目覚めとともに放った一言。少年の圧に呑まれてそれどころでは無かったが、今冷静に思い返せば、それはこいしに向けられた言葉ではないことが分かった。

 

 (……あれは、創一への言葉だ。代償を払ったのは……創一だ)

 

 それは取り返しがつくものなのだろうか。もしそうであるならば、こいしはどれだけの労力を割いたとしても惜しくは無い。

 だが、そうでは無いのならば、覆水は盆に返らないと言うのならば……

 

 (――――私は、創一のために何をしてあげられるんだろう……)

 

 家族を救い、自分の心も救ってくれた彼にどう報いることができるのか。

 知らずと、こいしは俯いて力強く拳を握り締めていた。目の前の少年に、どう言葉をかければいいかが分からなかったのだ。

 悩みに悩んだ末、ゆっくりと顔を上げてこいしは口を開き、

 

 「――今度は私が助けるから」

 

 そんな、慰めにもなるか分からない、陳腐な言葉を吐き出した。

 目を丸くした創一が、しばし呆然とこいしの顔を見つめる。

 

 「そうか……つくづく、お前はもの好きな奴だな」

 

 創一の呆れた様な声が響く。けれど、眉を下げた彼の口元は緩んでいて、丁度少しお転婆な妹に手を焼く兄のような、仕方のない奴だと微笑むような、そんな穏やかな表情を浮かべていた。

 

 

 

 




 私は精神拗らせてるキャラが大好きです。主人公もヒロインも多少こじらせていた方が推せると思います。オリ主の能力を考えるにあたって、精神病みそうなデバフは必須だと思って付けました。
 でもやっぱチートタグ必要ですかね? 制限あるから別にいいかと思って付けてないですが。
 因みに、東方で一番好きなキャラは純狐です。あの憎悪拗らせていそうな感じ最高に嵌ります。
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