東方狐神録   作:パック

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 獣王園を最近購入しました。キャラクター同士の関係が深堀されているので、創作がはかどります。でも、ナズーリンの口調には面喰ってしまいました。
 幻想少女は皆ぶっ飛んでますね。でもそこがいいです。


狐狸と判読眼

 

 

 「――汚れや破損はなし、返却確かに承りました。今後も鈴奈庵を贔屓にしてくださいね。創一さん」

 

 帳簿に筆を走らせながら、小鈴はにこやかに笑った。その表情にも、感情の色彩にも陰りは無い。

 (――どうやら杞憂だったようだな)

 

 黒霧異変解決から早四日。創一は活気を取り戻していく街の様子を見ながら、その足を貸本屋鈴奈庵へと向けていた。

 

 異変の起こりですっかり機を逃してしまっていた幻想郷縁起の返却と、小鈴の様子を見舞うためだ。

 怨霊の気に当てられたことに加え、黒霧の影響もあってか、当時の小鈴の感情は実に不安定なものだった。

 だが、今の小鈴を見るにもう何の心配もいらないようである。

 

 「こちらこそ宜しく頼む。一応、適当に要らなくなった外の本を見繕ってきたんだが、鑑定もお願いできるか?」

 

 「えぇ、勿論です! どんな本でしょうか?」

 

 「科学系と数学系の雑誌、幻想文学やミステリ、後はまぁ、色々と迷ったんだが……一応妖魔本の類を一冊。もっとも、大した一品ではないが……」

 

 言いながら、創一は本を包んだ風呂敷を机の上へと乗せた。

 風呂敷の結びが解かれ、外来本特有の表紙が露わとなると同時に、小鈴は目を輝かせた。

 

 「妖魔本……!! 本当に良いんですか? 妖魔本の貸し出しこそ始めましたけど、稀覯本を手放す人は少なくって……」

 

 「構わない、仕事柄この手のモノには縁があるんだ。後、妖魔本の方は売りに来たんじゃない。見舞いの品だ、あの後何か後遺症はないか?」

 

 積まれた本とは別に、取り出した巻物を小鈴へと手渡しながら、創一は尋ねた。

 妖魔本といっても、中身は本当に大したものでは無く、本自体が強い妖気を帯びているわけでもない。人外の気に触られた者に対して、同じ類の危険物を渡すはあまりに不適切だろうと思えたからだ。

 

 「後遺症ですか? いえ、特には……この通り、元気一杯ですよ!」

 

 笑みを浮かべたまま、袖を捲って力こぶを見せるようなポーズをとった。無論、膨らみなどなく、見るからに柔そうで細い白腕だ。

 快活な少女の様子に創一は口元を綻ばせる。

 

 「そうか、なら良かったよ」

 

 「えへへ、心配してくれてたんですね! でも私はもう大丈夫ですよ。異変に巻き込まれてことがきっかけで、最近気まずかった友達とも仲直りできましたし……むしろ、プラスてす!」

 

 「逞しいな」

 

 妖や悪霊の類に襲われて無事生還できても、気落ちするものは多い。しばらくふさぎ込む程度ならばまだいい方で、深いトラウマを一生引きずるようになる者も居る。

 知り合った少女がそのような事態にならなかったことに、創一は胸を撫でおろした。

 

 「あ! これ、天狗が書いたものなんですね!」

 

 本を検分していた小鈴が驚いたように声を上げた。

 

 「ええっと……天狗榊? お祭りで使う山車の材木がどうとか……」

 

 「稲荷神たる宇迦之御魂様は山の神様でもあるから、天狗ともそれなりに縁ができる。祭りの山車を作るのに、鞍馬山から霊木を分けてもらったことがあってな、それについてのやり取りが記されてる」

 

 「鞍馬山……天狗の聖地ですもんね。もしかして、今も外の世界に居るんですか?」

 

 「あぁ、居るよ。もっとも、数は昔に比べれば大分減っている。嘗ては天狗たちが飛び交っていた京の霊山も、残すところは鞍馬と愛宕くらいのものだ」

 

 天狗や河童といった、妖怪の中でも特に古典的かつ有名な妖の多くは、既に外の世界では絶滅危惧種と化している。格式高い古の妖ほど、時代の流れに身を呑まれるのだ。

 

 「なるほど、そもそも幻想郷の起こりが、妖怪が外の人間の発達に恐れを成したかららしいですしね……外の文明ってのやっぱりすごいものなんですか?」

 

 好奇心を刺激された様子で小鈴が尋ねる。

 

 「そうだな、少なくとも今回起こった程度の異変では、外は揺らがないだろう。なにせ、妖怪以上の魑魅魍魎が巣くってるからな……」

 

 「魑魅魍魎……外の世界って意外と怖いところなんですね」

 

 ごくりと、真剣な面持ちで小鈴が喉を鳴らした。

 実のところ、揺らがないというのは誇張である。

 外の世界は怪異という存在を秘匿することで平和を保っている。故に、大勢の妖が徒党を組めば相応のリスクを孕むだろう。

 

 だが、そう言った内部事情を創一自身の口から明かすのは憚られた。

 外の世界は幻想郷を、幻想郷は外の世界を、適度に畏れ、遠巻きに見ている現状が望ましい。両の世界に関わった創一はそう考えている。

 

 しかし、小鈴への話はまるきり嘘という訳では無い。

 個の強さは人より妖の方が圧倒的に上だろうが、群れとして、種族全体として、人間を脅かし得るのが同じ人間しかいない程度には、現代の人間の文明は独走状態にある。

 

 また、生まれる時代を間違えている、そう形容されるほどに圧倒的個も人間側には何人か存在する。

 社会こそ震撼させても、今回の規模の異変が外に大きな被害をもたらすにまで至ることが無いのは事実だ。

 

 「このような発言が傲慢なのは理解しているが、少なくとも外の世界では人間という種族が天下を治めている。これは間違いない、外に生きる妖怪たちは、人間社会との折り合いをつけることを余儀なくされるんだ」

 

 「それは……ちょっと世知辛い気がしますね」

 

 小鈴が少し苦い笑いを浮かべた。創一にもその気持ちは理解できる。万夫不当の怪物たちが結局人の数の前にひれ伏すというのは、人間側から見ても何処か虚しい話だった。

 

 今なお外で生き残る妖怪の多くは、余程狡猾な者か、人間社会に対してある程度恭順の意思をみせる柔軟な者に限られる。

 向こう見ずで暴力的手段に頼る者は直ぐに排除されるのだ。退魔師の一人として、外に居た頃の創一もそれに一役買っていた。

 

 「長生きする程、時代に順応することが難しくなるのは当然のことだ。人ですらそうなのだから、変化に乏しい妖の多くが取り残されるのも必定だろう。むしろ、古参のくせに現代で上手いこと立ち回っている連中の方が異常だ」

 

 

 「――――はは、これはまた随分と酷い言い草じゃのう」

 

 聞きなれた声が店内に響いた。妙に甘い匂いが漂う。上質な煙草が燻らせる特有の紫煙。振り返った創一より先に、口を開いたのは小鈴だった。

 

 「ちょっと、マミゾウさん! ウチで煙草は止めて下さいって、何度言ったら分かるんですか!? 貴重な本にヤニがつくでしょう」

 

 「おっと、そうじゃったそうじゃった。すまんのう。歳をとると、同じことを繰り返してしまうものでな、そう怒らんといてくれ」

 

 「うっ……それは、確かにそうかもですが……」

 

 少し勢い余って怒り過ぎたかと小鈴が鼻白む。好きなモノに対する姿勢からも、素直な子なのだろうなと創一は分析した。

 

 「……あっ、そうだ! 創一さん、ええっと……この方はですね……」

 

 不意に乱入してきたマミゾウの存在をどう説明すればいいのかと、小鈴は思案を巡らす。が、それは直ぐに只の杞憂に終わった。

 

 「必要ないぞ、儂とこ奴は旧知の仲じゃからな……勿論、儂の正体についてもな……」

 

 含んだような笑みとともに、マミゾウが冗談っぽく創一に向って、ウインクする。それは控えめに言っても不器用なできで、無理して流行に乗ろうとした挙句盛大に失敗する、悲しき中年代のような有様だった。

 

 「……なぁ、創一、お主またえらく失礼なことを考えておらんか?」

 

 「言いがかりはよせ。それと小鈴ちゃん、一々こいつに罪悪感を覚える必要は無い。こいつは都合が悪い時だけ年寄りぶる癖がある。その割に実際年寄り扱いされると不機嫌になる、とても面倒な女だ」

 

 「女子なんて古今東西そういうものよ。お主が乙女心を分かっておらんだけじゃ……」

 

 「……乙女、心…………?」

 

 「本気で困惑するな。お前、宇迦を年寄り扱いはしないだろう? 一応儂、あやつよりは若いのだからな……」

 

 「いや、まぁ妖怪や神の寿命の話をし出したらキリが無いし……苦労が多いからか? 何故だがお前はやたら老けてる印象を受ける」

 

 「お主、儂相手なら何を言っても良いと思うとらんか? 今のところ全部まぁまぁの暴言だぞ」

 

 じとりとマミゾウの抗議の視線が創一へと向けられる。

 

 「あはは、本当にお二人とも仲が良いんですね……」

 

 二人の様子を見ていた小鈴が、思わず吹き出すように笑った。

 

 「創一さん、退魔師だって言ってたから、この場で喧嘩になったらどうしようかと……」

 

 「闇雲に妖怪を倒して回るのが退魔師の仕事というわけでもないからな……比較的温和な連中とは奇妙な縁ができる。けど、君がこいつと知り合いなのは驚いたな……妙なことはされて無いか?」

 

 それは最優先で確認しておくべき事項だった。創一にとって、二つ岩マミゾウはそれなりに長い付き合いの相手で、妖怪といえど旧友とも呼べる間柄である。

 だが、友だろうとも人を脅かす妖怪を野放しにしておくわけにはいかなかった。

 

 「いえいえ、そんなことは……むしろ、困った時に相談に乗ってもらってくれるくらいで……」

 

 「おう、そうともさ。この娘は少々見ていて危なっかしいからのぉ、儂が世話を焼いているというわけじゃ」

 

 「……なるほど、そうやって懐に入って妖魔本を手にしようと考えているわけか。化け狸らしく老獪だな。まぁ、それくらいなら大目に見るが、くれぐれも葉っぱの金は止めろよ」

 

 悪癖、というよりは化け狸の性質のようなもので、外の世界に居たときからマミゾウは葉を幻術で貨幣に誤認させる手口を多用していた。無論、金に困ってではない。人間相手に金貸しができる程に裕福な上で化かすのである。

 

 「お主、まじか……儂なんか怒らせるようなことしたか?」

 

 心の内を何の遠慮も無く暴露する創一に、どこぞのさとり妖怪の姿を幻視してマミゾウが冷や汗を垂らした。

 

 「え、マミゾウさんそんなこと考えてたんですか!」

 

 小鈴は信じられないというような顔で声を上げる。

 すぐさま否定しようとマミゾウは口を開くが、思わぬうちに図星を突かれたため言葉が出ない。そもそも、創一の持つ異能の目のことを詳しく知っているために、言い訳がいかに無駄な行為であるかを悟ってしまっていた。

 故に、マミゾウに残された手段は罰が悪そうに小鈴から顔を背けることくらい。そして、自然と目が合った少年を恨みがましく睨むことくらいだった。

 

 最も、件の少年は何ら悪びれた様子もなく、何を考えているのか計りかねる瞳で、小鈴に詰められるマミゾウをじっと観察するのみだった。

 (一回この男引っぱたいてやろうかの? まぁ、多分無言でカウンター喰らうだけじゃろうけど……)

 狐守創一という少年をなまじ幼少より知るがために、マミゾウの表情に諦観が浮かんだ矢先、創一が再び口を開く。

 

 「――まぁ、冗談はさておき、あまり妖怪に心を許し過ぎるのは良くないな」

 

 「お主、お主マジで……!!」

 

 「冗談だったんですか?」

 

 絶句するマミゾウと、困惑する小鈴を置いてけぼりにして、創一はひどく真剣な表情をとって言った。

 

 「狐狸とは人を化かすことを生業にする。他の妖怪だって、やり方は違えど人を害する存在だ。君がこの手の世界に憧れているのは分かったが……ならば一層人外との関わり方に気をつけるべきだ――――手遅れにならないように」

 

 「――っ…………」

 

 創一の言葉で、小鈴の脳裏に黒霧異変での出来事がフラッシュバックする。黒霧が包む不気味な森、鳴り響く怨嗟の声、こちらを見据える骸骨の眼窩に灯った奈落のような闇。

 どれもこれもが恐ろしくて仕方なかった。薄れたと思い込んでいた恐怖は、全く風化していない。小鈴の体を悪寒が襲った。

 

 「……既に手遅れになった俺からのアドバイスだ。怪異絡みは芋づる式、一つのきっかけを境に世界が変貌する」

 

 諭すような口調で創一は続ける。

 幻想郷という特殊な環境に生きる小鈴と自身とではあまりに条件が異なるが、それを差し置いたとしても小鈴の態度は少々危なげに思われたのだ。

 

 (人間に対して有効的だろうとも、マミゾウは千年以上の時を生きる大妖怪だ。迂闊に関わるべき存在じゃない……)

 

 怪異に関わるきっかけが好奇心や憧憬というのは、よくある話であると同時に、およそ最悪である。引き際を見失って傾倒し、自身もまたそちら側の住人と化す。それは怪異に魅入る者のありふれた結末だ。

 

 「俺の場合は狐につままれたこと、それが原点だ。そこから俺は数多の人外と縁を結ぶことになって、もう引き返せない段階になっている。化け狸の覇権争いに組み込まれたり、死神よりも恐ろしい存在に目をつけられたり、悪食の畜生と手を組むことになったり……」

 

 「――天狗に攫われたり、かのう……?」

 

 いつの間にか、カウンター席の傍まで歩み寄っていたマミゾウがにやりと口元を歪めた。興味深そうなその視線は、机の上に置かれた本に向けられている。先ほど創一が小鈴に渡した妖魔本だった。

 

 「目聡い奴だな……だが、俺は攫われるような下手はうたない」

 

 「あぁ、自分から弟子として売り込んだんじゃったか……氷雨の奴がえらく気落ちしてたのが愉快じゃったな。あ奴め、狐守家の剣術指南役を自称してる割には、てんで当てにされとらんじゃないか……」

 

 「話の腰を折るなよ……」

 

 話題が途中で逸れたことに、創一は少し恨みがましい視線をマミゾウへと向ける。が、当の本人は反省する様子を見せず、むしろ先ほどの意趣返しを成せたことに悪戯っぽく笑った。

 嘆息の後、創一は改めて小鈴に視線を向ける。

 

 「……まぁ、とりあえずは俺の言いたいことが伝わりはしたか?」

 

 「……はい」

 

 俯いて、小さな声で小鈴が答えた。分かり易く肩を落としている。

 

 「まぁ、創一の言っとることは正しい。怪異を使役し、怪異に学び、また怪異を殺す男じゃ……説得力が違う。じゃが、あくまで選ぶのはお主じゃよ」

 

 小鈴の肩に手を置いて、穏やかな声でマミゾウが言った。その慰めの言葉に創一も同意の意を示す。

 

 「そうだな、色々言ったが君の人生だ。それに、この郷に生きるなら嫌でも怪異と関わらずにはいられないだろう。君は既にある程度足を踏み入れているようだし……異能にも目覚めてるからな……」

 

 不可思議な力を持つ者は、皆もれなく数奇な運命を辿る。それが幸となるか不幸となるかは本人しだい。本居小鈴という少女が、この郷において人と異なる力を得て、どういう道を歩いていくのか。陰陽術こそ学んでいれど、予知や占いに明るくない創一には、答えなど分かるはずもない。

 

 「――俺の話を聞いたうえで、尚もその道を選ぼうとするなら止めはしない。だが、俺は一応先達だからな……」

 

 創一の足元で影が揺れた。人の形であった筈の影法師がうねって新たに作る形は、巨大な蛇のようである。しかし、その胴体からは左右に鋭利な棘のようなものが無数に生えていた。それが棘ではなくどうやら脚であることを理解して、小鈴は顔を青ざめさせる。

 

 「あ、あの……創一さん、それって…………」

 

 「……ん? あぁ、悪い。どうやら、この店に充満する妖魔本の妖気に充てられたみたいだ。こいつの主食は妖怪だからな」

 

 「おいおい、頼むぞ創一。儂はいつ飛び掛かられるか不安でたまらんわい」

 

 「大丈夫だマミゾウ。こいつ最近舌が肥えてきたらしくてな、老骨は嫌だそうだ」

 

 「……糞餓鬼め…………」

 

 創一の足元を睨みつけ、マミゾウは眉間に皴を寄せた。それを尻目に、再び創一は小鈴に向き直った。

 

 「小鈴ちゃん、覚悟を決めてこっち側に来るなら、その時は歓迎する。そうじゃなくても、相談には乗るし手助けもしよう。先達として、岐路に立つ者を放ってはおけないからな」

 

 言いながら、創一は懐から一枚の紙を取り出した。それを器用に両手で持ったまま素早く折って鳩の形状を作りだすと、最後に小さく呪文のようなものを呟く。

 

 「擬人式、もっとも容易に作られる式神だ。これを君に渡しておく。何か困りごとがあったら使ってくれ、この鳩が俺の元まで報せを届けてくれるから」

 

 少々お節介が過ぎる自覚は創一にもあった。だが、顔見知りで妖怪の中でも悪意が薄いといえど、マミゾウは佐渡の化け狸たちをまとめる大妖怪である。これといって妖に対抗する手段も無いうちに、大妖に目を付けられているというのは、状況として既に芳しくは無い。

 

 おそるおそるといった手つきで小鈴は紙で折られた鳩を受け取ると、好奇心が隠しきれない目でそれをまじまじと観察する。

 

 「ありがとうございます。これが式神ですか……存在は知ってましたけど、初めて見ました。さっき擬人式って言ってましけど……いくつか種類があるものなんですか?」

 

 「その通りだ。紙なんかで作る形代に霊力を注いで作るのが擬人式、意思を持たない只の機械だ。術者の思念を注ぎ、意思を持たせたのが思業式。意志ある妖怪をに術を被せて使役するのが悪行罰示だ。俺の足元に居るこいつや、氷雨がそうだ」

 

 「え!? 氷雨さんも……!」

 

 「あぁ、彼女はうちの家系に代々仕える式神だ」

 

 「普通はあり得ぬことじゃがな……妖怪でありながら人に絆される奴は一定数おる。菅原道真と梅の精や崇徳上皇と相模天狗のようなけーすじゃ。大抵は一代ぽっきりなんじゃが、あの真面目は主人の遺したモノまで守り切るんじゃと……律儀にも程があるじゃろうに……」

 

 呆れかえったようなマミゾウの言葉に、小鈴が目を輝かせた。

 

 「すごい……! そんな方もいらっしゃるんですね! やっぱり妖怪って言っても、一概には語れないものなんだ……」

 

 「と言っても、妖怪の起源を考えるならその本質は善いものでは無いのが事実だ。氷雨だって例外じゃない。人こそ喰らってはいないが、大層都で暴れたらしいからな……」

 

 「おうともさ、【妖喰らいの餓狼】と言えば当時は京の都でもちきりの怪だった。妖の癖に、都の夜歩きを恐れた者も居たくらいじゃ」

 

 「本人はあまり話したがらないがな。所謂、黒歴史という奴らしい……、まぁ、それはさておき、小鈴ちゃん。どんなに温和だとしても、妖怪が妖怪である事実と本質は覆らないんだ」

 

 人の現象に対する畏怖から生まれるのが妖怪であり、それ故に妖怪は人にとって脅威となるべく存在である。特に妖怪という存在を存続させるために作られた幻想郷ではその性質が強い。妖怪は人間の敵である。その認識を持つことが強く推奨されるである。

 

 「妖怪と関わるならそれを忘れないでくれ」

 

 目を真っすぐに見据えて語る創一の言葉に、小鈴は一瞬だけ逡巡した後、こくりと頷いた。

 

 「……はい、わかりました。私、前に妖魔本の怪異に憑かれたことがあって、よく覚えてないけど、その経験から妖怪のことを分かった気になっていました。だから、怨霊たちに襲われたとき――本当に怖かったです」

 

 自然と肩を抱くような姿勢で小鈴は僅かに目を伏せる。血の気が少々引いており、怨霊に襲われたことを思い返しているのが見て分かった。だが、次の瞬間小、鈴は何処か力強い瞳で、真っすぐに創一を見返した。

 

 「――でも、だからといってまだ関わることに見切りを付けたくなくて……もう少し、迷うことになりそうです。すみません、勝手なことばかり言ちゃって……助けてくれ上で、色々心配してくれているのに……」

 

 ひどく申し訳なさそうに小鈴が言った。しかし小鈴の感情の色は、既に強固な決意をした者のソレである。

 創一が思わず頬を緩めた。

 

 「……気にするな、迷えばいい。急いて結論を出す方が危ないし、答えが出た気になっている状態なんてもっと悪い。そうやって見定めようとしているかぎりは、心配はいらないだろう」

 

 「――――っえ!」

 

 厚意からの忠告を無下にする形だ。いっそ怒鳴られることすらも小鈴は視野に入れていた。それ故に、予想とは裏腹に優しい表情を浮かべる創一の姿に、小鈴は思わず目を丸くする。

 

 「あの……怒らないんですか?」

 

 「怒らないさ。俺は君が安易に怪異と関わることを危ぶんだだけだ。相応の覚悟を持って見定めると決めた君に、忠告なんて要らないだろう。言うことがあるとすれば、そうだな……さっきも言ったが危なくなったら遠慮なく俺を頼ってくれ。マミゾウも協力してくれるさ――というかさせる」

 

 「なぬっ……何を勝手に……!」

 

 「ん、なんだ、嫌なのか? 妖魔本を欲しがってるなら、彼女に助力するのはお前にとっても利があることだろ?」

 

 「ぐっ……いや、それは……あぁ、分かったわい」

 

 全てを見透かすような青い視線に射抜かれて、マミゾウはしぶしぶと言った様子で頷いた。

 

 「よし、言質はとった。良かったな小鈴ちゃん、心強い味方が増えたぞ」

 

 「はは、凄いですね創一さん。マミゾウさんが終始ペースに乗せられてるところなんて、初めて見ましたよ」

 

 「この男は色々とちーとな奴なんじゃ。覚妖怪じみた鬼神というか……こ奴に勝てる奴は外には居らんだくらいには出鱈目なのよ。味方ならいいが、敵にだけは絶対に回すべきではない性悪じゃ、気を付けるのじゃぞ小鈴」

 

 「性の悪さを化け狸には言われたくない」

 

 「ふふ、やっぱり仲良しですね! 片や退魔師で、片や化け狸、本当に不思議な関係です……」

 

 本来なら対立するはずの間柄にも関わらず、一切険悪な空気にならずに軽口を交わし合う二人の姿に、小鈴は顔をほころばせた。

 

 

 

 

 「――こちらが代金になります。本当に妖魔本の方は無償で良かったんですか?」

 

 本の鑑定を終えた後、売却分の代金を手渡しながら、小鈴が尋ねた。

 

 「構わないさ。大した品でもない」

 

 「創一さんがそう言うなら、遠慮なくもらっておきますね。あっ、そう言えば前に、妖魔本を貸し出すお客さんは私が判断するって言ったじゃないですか」

 

 「あぁ、言ってたね」

 

 「創一さんは文句なしの合格です! どうぞ、興味があれば妖魔本も借りて行って下さい。実は、まだ誰にも貸したことがないので、創一さんが記念すべき第一号なんですよ」

 

 「そうか、それはめでたいな」

 

 「なぁ、小鈴や。儂もかなり常連になったんだし……創一に貸すなら儂にも貸してくれんか?」

 

 小さく手を挙げて、マミゾウが申し出る。

 

 「え、マミゾウさんもですか? うーん、確かにそろそろ合格でも……」

 

 思案気な表情を浮かべる小鈴に、創一がすかさず割って入った。

 

 「――まだ早いな。餌はぎりぎりまでぶらつかせた方が良い。何か今後困ったときに、マミゾウに力を借りて、そのお礼で許可をするのはどうだろうか?」

 

 「なるほど、確かに良い考えかも……」

 

 創一の提案に乗り気な様子を見せる小鈴。すかさずマミゾウが抗議の声を上げる。

 

 「――いや、儂はなんも良くないぞ! 創一、余計なことを吹き込むな。小鈴がお主レベルに性悪になったらどうするのじゃ!」

 

 「む、マミゾウさん、酷いですよ! さっきも言ってましたけど、創一さんの何処が性悪なんですか? ここまで優しい人今日あまり見ませんよ。今ので小鈴ポイントが下がりました。やっぱり妖魔本の貸し出しはまだ許可できませんね!」

 

 「ぽいんと制じゃったのか? いやしかし、いかん、いかんぞ小鈴! お主の評価は大分間違っておる。こ奴が優しいだけは無い! 悪い男に引っ掛かるんじゃないぞ」

 

 「まだ言うんですか? これ以上悪口を言うんなら――――」

 

 「――あら? 今日はいつになく騒がしいわね」

 

 入口の戸が開き、暖簾が揺れる。貸本屋には似つかわしくない喧騒に、訝しむような声を発した少女は、入店してから数歩でその足を止めた。

 紫色のセミロングに花の髪飾り。身に纏う衣服はかなり特徴的で、袴と着物に、気崩した振袖を併せている。上質な衣服と品のあるその立ち姿からは、少女の家柄が伺い知れた。

 

 少女はまるで幽霊でも見たかのように、体を硬直させて、視線をある一点へと釘付けにする。その先に佇んでいるのは、他ならない創一だった。

 よく知る少女の不自然な様子に、困惑の表情を浮かべながら、小鈴は少女の名を呼ぶ。

 

 「一体どうしたの――阿求…………?」

 

 

 

 




 
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