東方狐神録   作:パック

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 今回は鈴奈庵回です。漫画読んでないとわからないネタもありますが、わからなくてもあまり問題ないです。


狐守家

 「暑い、暑すぎる!」

 

 机に突っ伏しながら、小鈴はうめき声をあげる。店内まで響き渡る蝉の声が恨めしく思えた。

 額から流れる汗を拭い、店内を見渡すが人影はない。貸本屋鈴奈庵は今まさに閑古鳥が鳴くといった状態であった。

 

 もともと雨季が終わって、夏の暑さが厳しくなるこの時期は客足が遠のきがちである。

 更に、今年の夏は今までにないくらいの猛暑だ。その影響あってかここ二週間ほど、ごく一部の常連くらいしか客入れがない。

 

 本を買う客もいなければ売ってくる客もいないので、趣味の稀覯本集めどころか外来本すらまともに仕入れられずにいた。

 鬱蒼とした気持ちで小鈴は再び机に伏せる。

 

 「――君、大丈夫か?」

 

 「え、あ、はい!」

 

 突然声を掛けられた小鈴は慌てて飛び起きる。

 

 いつの間に入店したのだろうか、小鈴の目の前には少年が佇んでいた。年は小鈴より幾らか上だろう、短く整った黒髪に中性的な顔立ちをした美しい少年で、身に纏っている衣服は人里ではあまり見ないものだ。

 少年の宝石のような青い瞳が小鈴を覗き込むように見つめていた。

 

 「この暑さだ、気分でも優れないのかと思って声をかけたんだが……」

 

 そう口にするとは裏腹に、少年の額には汗一つなく、この猛暑を意にも介していないように見える。どことなく不思議な印象を抱かせる少年だった。

 

 「心配してくださったんですね。ありがとうございます。でも気にしないでください、ちょっと考え事をしていただけなんで…」

 

 「そうか、なら良かった」

 

 そう言って少年は優し気に微笑んだ。年齢の割にはひどく落ち着いているように見える。服装だけでなく、纏う雰囲気も人里の人たちとは一風変わっているようだった。

 

 「地理誌や歴史書の類を借りたいんだが、どれかな?」

 

 「ああ、それならこっちですよ」

 

 店内の一際分厚い本が並ぶ一角に少年を案内する。

 その棚の一列を占める本の背表紙全てに、幻想郷縁起という記載があった。

 幻想郷には歴史書や地理誌は単体では存在しない。

 風土と歴史、幻想郷の様々な事柄が全てこの幻想郷縁起シリーズに記されているのだ。

 

 「此処にある本が歴史書や地理誌を兼用しています。どの時代の物をお探しですか?」

 

 「とりあえず、一番新しいものが欲しい」

 

 「じゃあこれですね」

 

 つい最近、友人が持ってきたばかりの最新版を小鈴は少年へと手渡した。

 幻想郷縁起を借りるお客は珍しい。思えば、小鈴自身は初めて見たかもしれない。

 かなりスペースを圧迫するシリーズの割に、この本が店を潤してくれた覚えが一切ないのだ。

 こんなことを言えば、きっと友人は怒るのだろうが。

 

 「あ、ところでお客さん、人里ではあんまり見ない服装ですけど、もしかして外の世界から来た人ですか?」

 

 小鈴自身はあまり会ったことはないが本や道具だけでなく、外から人が迷い込んでくる場合があることは耳にしていた。

 

 「そうだよ。最近こっちに引っ越してきたんだ」

 

 「引っ越す?迷い込んだわけではなくてですか?」

 

 「あぁ、引っ越したんだ。まぁ、珍しいことなんだろうけど、色々つてがあってね」

 

 「そうなんですか、でも外の人ならちょうど良かったです!」

 

 どんなつてがあれば外の世界から引っ越してこれるのだろうかという疑問は一旦おいて、小鈴は目の前のチャンスをつかむことを優先する。

 迷い込んだならともかく、引っ越して来たと言っている以上外の世界の本を所持している可能性が高い。貴重な仕入れ先を増やす機会を逃すわけにはいかなかった。

 

 「この鈴奈庵は外来本、外の世界の本も多く取り扱っているんです。きっとお気に召してもらえると思います!本の買い取りもやっているので是非! 外来本は貴重なんです」

 

 「そうか、もう読まなくなった本が結構あるから、今度持ってこよう」

 

 「本当ですか! 約束ですよ‼」

 

 「あ、あぁ……」

 

 ふと、自分が少年に詰め寄る形になっていることに気づく。少年の表情は少し困ったようで、長いまつ毛が揺れ動くのが間近に見えた。

 

 「!?っあ、すみません‼ 私、うれしくてつい……」

 

 小鈴は慌てて少年から距離をとる。

 気恥ずかしさで顔が熱い。自分では見えないが、きっと今自分の顔は真っ赤になっているんだろう。それを少年にも見られているというのが余計に羞恥を加速させた。

 

 「気にしないでくれ。少し驚いたが、それだけ夢中になれるものがあるというのは良いことだ。いや本当に、羨ましいよ」

 

 そう言って少年は笑って済ます。

 

 「しかし、確かに俺のいた世界で見た本が多いな」

 

 気をつかってくれているのだろうか、話を変えるように少年は店内を見渡し、ふと、ある一点に目を留めた。

 

 「これは……」

 

 少年の視線の先には額縁で飾られた一枚の書面が立てかけられていた。それは天狗によって書かれた妖魔本の一種である。内容は天狗が人から借りた桶を返却する際の感謝の手紙だ。

 店内の見栄えが良くなると、これを飾ったためにとある烏天狗の目に留まって、新聞を販売することになったのも今は懐かしい。

 

 「あぁ、それはですね……」

 

 「――随分律儀な()()だな」

 

 小鈴が言うよりも早く、少年は書面の内容に言及する。手紙の字は天狗特有の達筆な字で綴られていて、到底人が読めるような代物ではなかった。

 

 「え、読めるんですか? その手紙……」

 

 「手紙とわかるあたり君も読めるのか?」

 

 「えぇ、私にはあらゆる文字を読む能力があるので……」

 

 「あらゆる文字を? それはまたすごい能力だな。外の世界じゃ色んな学者が血眼になって研究していても、未だに解読できない文字がいくつも存在してるんだが……君の能力があればそれが全部解決するってことだ。凄まじい力だ」

 

 心底感心したように少年が声をあげる。悪い気はしない、照れくささで自然と口角が上がる。

 

 「えへへ、それほどでも。まぁ、私しか読めない本とかは結構あって、翻訳を頼まれることも多いんですけど……それで、お客さんはどうしてそれが読めるんですか? あ! まさかお客さん実は天狗だったり‼」

 

 「はは、いや、人間だよ。ただ、此れと同じく天狗縁の書物を持っていてね。解読のために色々勉強したんだよ。達筆なだけで日本語には変わりないから、根気があれば誰でも意外と読めるようになる」

 

 「なるほど、そう言われればそうですね。天狗の新聞だって日本語で書かれているんですから」

 

 「天狗の新聞? そんなものまでおいてあるのか? すごいなこのお店」

 

 「新聞だけじゃないですよ。妖怪によって記された書物、妖魔本と呼ばれる稀覯本を多数取り扱ってますから。ただ、妖魔本は私がお客様をこの目で見て判断したうえで売らせてもらっています」

 

 「へぇ、じゃあ俺も常連になったら買わせてもらえるのか?」

 

 「そうですね、前向きに検討させていただきます。判断は完全に私の主観なので、如何に私への印象を良くするかです。例えば、珍しい本をたくさんもってくるとか」

 

 わざとらしい口調で、小鈴は悪戯っぽく笑って少年へと目を向ける。

 

 「なるほど、商売上手だ。ご期待に添えるといいんだけど……」

 

 「楽しみにしていますね、お客さん。私の名前は本居小鈴です。お客さんのお名前は?」

 

 「狐守創一だ」

 

 「では創一さん、今後とも鈴奈庵を御贔屓に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何か良いことでもあったの小鈴? ここしばらくは本の収集も満足にできないってずっと不機嫌だったのに」

 

 鼻歌を歌いながらはたきをかける友人に阿求は尋ねる。

 

 「んー分かる? いやね、今ちょうど外来本を仕入れるつてを得られそうなのよ」

 

 「へぇー、良かったわね。で、そのつてって?」

 

 「こないだ外来人のお客さんが訪ねてきてね、もう読まなくなった外来本が結構あるから今度持ってきてくれるって。あ、そういえばそのお客さん幻想郷縁起を借りていったわよ。良かったわね、あんたも編纂したかいがあるでしょ? 今まで誰も借りていかなかったからね」

 

 「うるさいわね、余計なお世話よ。大体里の人間が歴史に興味をもたなすぎるのよ……。まぁいいわ、でもその外来人、ちょっと気になるわね」

 

 そう言って思案気な表情を阿求は浮かべる。

 

 「ん、何が?」

 

 「外来人が来たなんて噂は聞いてないから、その外来人は最近来たばかりってことでしょ」

 

 「え? あぁ、うん。最近引っ越して来たって言ってたし……」

 

 小鈴の言葉に阿求が呆気にとられた顔をする。

 

 「は!? 引っ越して来たですって? 迷い込んだわけでもなく、外来人が?」

 

 「まぁ、確かに珍しいよね」

 

 「珍しいとかいう問題じゃないわ。ここは幻想郷、人里の外は妖怪がうようよいる危険地帯よ。そんな魔境にわざわざ引っ越す馬鹿なんていないわよ。そもそも、来ようと思ってやすやすと来れる場所じゃないもの。守矢神社の神様たちやあの化け狸の棟梁みたいな人外じゃない限りね」

 

 小鈴の顔から血の気が引き、瞳が驚愕に見開かれる。

 

 「そんな! じゃあ、あの外来人のお客さんって……」

 

 「まぁ、十中八九人外でしょ。何企んでるかは知らないけど、霊夢さんに相談する必要があるかもね。というか、あんた最近人外相手にも妖魔本の販売始めた見たいだけれど、ちょっと不用心が過ぎるんじゃない?」

 

 呆れた様子を隠さずに阿求が窘めた。

 

 「人里で悪さをする妖怪はそうそういないけど……外来の妖怪ならそうとも限らないわ。この際だからはっきり言うけど――貴方は()()()()()()()()()()んだから、何でも首を突っ込むのはやめなさい」

 

 阿求の言葉が小鈴の胸にずしりとのしかかる。阿求の意に反して、それは小鈴にとっては暴力とでも言うべき威力を秘めていた。

 

 「ッ! ……分かってるわよ」

 

 「いや、分かっていないでしょう。あんたは――」

 

 「分かってるって‼」

 

 自分でも驚くほど大きな声で、その先を遮る。特別ひどいことを言われたわけじゃない。むしろ、自分の身を案じてのことなのだろう。それでも、どうしても、許容できなかった。

 

 そうだ、阿求の言う通りなのだ。他人にはない能力に目覚めて、霊夢さんたちに仲間に入れてもらえて、自分は特別なんだと思いあがっていた。でも、こんな能力があったくらいじゃ何も変わらない。空も飛べなければ、妖怪と戦う力もない、無力なままなのだ。

 

 (あぁ、そういえば……初めてだったな、あんなふうに能力を褒められたの……)

 

 小鈴の脳裏にあの少年の顔が浮かぶ。阿求の言う通り、確かに疑問点が多い少年だ。本当は妖怪だったのかもしれない。

 

 しかし、阿求の話を聞いてもなお小鈴には少年が危険な存在のようには思えなかった。最も、そう思われるように立ち振る舞っていたのかもしれないが。

 

 声を荒げた小鈴に阿求は少し驚いたような表情で、僅かに逡巡をみせた後何かを口を開こうとして――小鈴の顔を見て、思いとどまる。

 

 「……ごめん、阿求。今日はもう帰って」

 

 「……えぇ、分かったわ。私もちょっと言い過ぎた。それで、蒸し返すようで悪いけど、その訪ねてきた外来人ってのはどんな奴?」

 

 「私たちより幾らか年上。霊夢さんらと同じかちょっと上ってくらいの男の人。服装も雰囲気も里の人たちと違っていて、まぁ、綺麗なひとだったわよ。偽名なのかもしれないけど、狐守創一って名乗ってた」

 

 「狐守ですって!?」

 

 少年の名を聞くやいなや阿求は驚きの声をあげた。

 

 「え、なに、どうしたの? 創一さんを知ってるの?」

 

 問いただそうとする小鈴を阿求は手で制止する。

 

 「ちょっと待って、私もいま混乱してるの。本当に狐守って名乗ったの?」

 

 「うん、間違いない。珍しい名前だから記憶に残ってるわ」

 

 「そう、確かなのね。それじゃね、小鈴また来るわ」

 

 「え、ちょっと! 狐守って何なの? ちゃんと教えてよ!」

 

 それだけ態度を急変させておいて、何の説明もしないで帰られるなんて冗談じゃなかった。

 

 「また今度ね、悪いけど私も分かっていないことが多いの。考えをまとめさせて、ちゃんと説明はしてあげるから。それじゃあ」

 

 そう言い終えると、阿求は小鈴の制止を強引に振り切って、早足で駆けていく。

 

 「あ! あーあ、行っちゃった。なんなのよ……」

 

 困惑のまま、小鈴は一人その場に取り残される。

 気づけば日は傾いていて、鳴き始めたひぐらしの声が人の居なくなった店内に妙に響きわたっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰路につく人々の喧騒を一切締め出し、阿求は歩きながら思考する。

 

 稗田家当主は転生を繰り返しており、阿求は九代目に当たる。阿求には過去八代に渡る記憶はほとんどない。

 あらゆるものを一度見るだけで記憶できる能力の副作用なのか、転生の代償なのかは定かではないが、記憶はほとんどリセットされるのだ。

 

 だがらこそ、歴代の当主は自らの記憶を書にしたためて後世に残す。

 それは幻想郷縁起とはまた違う、稗田家当主のためだけに残される記憶。

 重要なものもあれば、とりとめのない、仲の良かった友人との思い出のようなものまでもがそこには綴られている。

 

 狐守の名を阿求は知っている。それは歴代の当主の書に幾度となく登場した名前だ。

 そして千年以上前、初代阿礼乙女の書には狐守の始祖となった男について記録されている。

 稲荷神に生涯を捧げることを誓ったその男から始まった一族、それが狐守家だ。

 

 初代稗田家当主は男と余程仲が良かったのだろう、文章の一つ一つから彼との思い出を大切にしていたことが伺えた。

 なんでも、ともにこの地で生まれ育った幼馴染だったらしい。

 だが、残念ながら死に目には会えなかったようだった。

 短命な当主よりも先に、男は京でその生涯を終えてしまったのだ。

 

 そんな狐守の一族が、またこの幻想郷に舞い戻って来た。

 

 「因果なのかしら? それにしては……」

 

 なんなのだろうか、この胸騒ぎは。狐守と名乗る外来人に始まったことではない。

 ここ最近、様々な異変が起こっては解決されていく傍らで、この幻想郷の中で今までにない何かが渦巻いている、そんな予感がしていたのだ。

 

 ――一体、この幻想郷で何が起ころうとしているのか。

 

 「そんなに考え込まなくても時期に分かるわよ」

 

 「ッ!?」

 

 不意に背後から掛けられた声に、阿求は驚き、すぐさま振り返る。そこには見知った顔がいた。

 

 「紫さん、なぜ貴方がここに? いえ、というか今のは一体……」

 

 どういう意味だとまでは聞かなかった。妖怪らしい怪しげな微笑を携えて、こちらを見据える彼女を見て阿求は確信する。

 

 「なるほど、貴方が連れて来たんですね、狐守を。なんとなく……何をさせたいのかも分かってきた気がします」

 

 「話が早くて助かるわ。安心して、人里に不利益が生じることのないようにするから。ここは私たち妖怪にとっても生命線だもの」

 

 これ以上余計な詮索はするな、暗にそう言われた気がして、阿求が表情を硬くする。その内心を知ってか知らずか、紫はその胡散臭い笑みを張り付けたまま話し続けた。

 

 「貴方はいつも通り、幻想郷縁起を編纂しているだけで良い。これから忙しくなるから、覚悟しておいてね。当代の転生は退屈させないことを約束するわ。それじゃあ、ごきげんよう」

 

 一方的に話し終えて、紫は人込みの中へ瞬く間に消えていく。

 

 ――幻想郷の在り方すら変え得る動乱が今、幕を開けようとしていた。




 年代設定が割と適当なのはどうか寛大な心で許して欲しいです。
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