東方狐神録   作:パック

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 やっとまともに藍に出番が振れて満足です。もっと早めにあげたかったのですが、タイミングがつかめなくて遅くなりました。
 尚、タイトルに藍要素はない。


美しき幻想郷

 

 

 「――下手を打ったな、紫よ」

 

 尊大な声が響いた。縁側に腰掛けていた紫は、口をつけていた茶飲みをことりと傍らに置く。

 突然自分を呼ぶ声に対して、紫に驚きは無かった。来訪者の正体は既に知れていたからだ。

 幻想郷のを外来より区切る結界、その線状に存在する屋敷の所在を、正確に知る者は殆どいない。境界を操る能力を有する紫自身と、その式神である藍、そして――

 

 「いきなりやって来て、随分な言い草じゃないかしら? 隠岐奈……」

 

 嘆息とともに、紫は振り返る。そこには、彼女の予想通り、幻想郷の賢者が一人――摩多羅隠岐奈が居た。

 

 「ふむ、しかし此度の一件はお前の大きな手落ちとしか言えないだろう? 幻想郷にあんな災厄を連れ込んで……この先一体どうするつもりだ?」

 

 隠岐奈の言う災厄とは、間違いなく狐守創一のことを指すのだろう。

 紫が異変の終幕を境界の狭間から見届けたように、彼女もまた自身の能力で扉を作り出し、あの黒い怪物を目撃したのだ。

 

 「お前が手をこまねくと言うのなら……いっそ、私が手を下そうか?」

 

 にやりと、口角を吊り上げて言う隠岐奈に、ひそかに紫は眉根を寄せる。

 

 「――幻想郷は全てを受け入れるのよ」

 

 それは、時折紫が口にする幻想郷の真理。

 幻想郷が忘れ去られた者たちの楽園たる所以だった。

 

 「だが、古き鬼どもには居場所が無かっただろう?」

 

 己の矜持を貫こうと散っていった者達を指して、隠岐奈は問うた。

 紫としても、彼らについて思うことが無いわけではない。彼らは嘗ての幻想郷を生きた、紛れも無い同胞たちだったのだから。

 しかし、紫が感傷を見せることは無い。秩序を重んじる冷徹な顔を覗かせて、隠岐奈を見据える。

 

 「彼らはルールに抵触した。最低限の規則すら守らずに自己を優先するものが排斥されるのは世の常よ。外でも此処でもそれは変わらない」

 

 「なるほど、あの少年はルールに触れていない。だから手を出さずに監視だけに止めると? 相も変わらず甘いな。鬼道丸達とて、もっと早くの内に潰すことができただろうに……規則に触れてからでは遅いということが何故分からん」

 

 眉間に皺を寄せて、隠岐奈は少々苛立たし気な声を出す。だが、紫には引き下がる気は無かった。

 

 「平行線ね……受け入れようとする者に応えるのが幻想郷、私の考えに変わりはないわ。それに、手を下すも何も……アレはあなたの手に余るのかしら?」

 

 鬼神すらを一蹴した怪物の暴威、それを思い返して紫は言った。

 隠岐奈は力を持った神ではあるが、武力に優れる軍神や武神の類では無い。また、神の宿命だが、力の源となる信仰も最盛期に比べれば弱まっている。

 そんな紫の指摘に、隠岐奈は少々苦い顔を浮かべた。

 

 「はは、痛いところを突かれた……そうだな、まず正攻法では無理だろう。見ていて感じたが、あれは神代の化け物たちと同等だ。正面から挑む相手ではない、常世神より余程手強いよ」

 

 「……そう、じゃあ、貴方の得意分野なのね、好きにはさせないけど……」

 

 「やけに庇うじゃないか。再び狐守の一族を利用することへの負い目か? いや、初代の頃は別の名だったか……どっちにしろ、お前らしくはないな」

 

 「別に、負い目なんてないわよ。私はただ…………」

 

 「ただ、何だと言うのだ?」

 

 件の少年を利用することに負い目は無い。

 愛するこの郷を守るためならば、幾らでも自分の身を切り、他者をも犠牲にする。どれだけの誹りを受けたとしても、構わない。幻想郷にはそれだけの価値がある。紫は心の底からそうおもっていた。しかし、それはあくまでこの郷が楽園足り得る故だ。

 

 外の世界を追われることとなった少年をこの郷に招いたのは打算だけではなかった。彼にかけた言葉も嘘ではない。

 世界に除け者にされた者達の最後の砦。

 彼のような存在の受け皿に成り得てこその幻想郷。

 

 (それこそが私の愛する場所)

 

 紫の双眸が、隠岐奈を真っすぐに射抜く。

 

 「――――()()()()()()を守りたいだけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あちこちで喧騒が聞こえる。質の悪いものではなく、活力に溢れたものだ。

 半壊となった建造物が並ぶ大通りを、山ほどの荷を背負って鬼たちが行きかっている。

 高所で器用に作業をこなしているのは土蜘蛛だ。伝承に名高い妖が一同に介しているというのも、幻想郷故の特質だろう。

 彼らが作業する様子を眺めながら、創一は盃に注がれた液体を喉に流し込んだ。

 強い酒精が臓腑に染みる。人里で買えるものより余程上等で、強い酒だった。

 

 「へぇ、良い飲みっぷりじゃないか。鬼の酒を涼しい顔で飲み干すとはな。腕っぷしだけでなく、内臓まで強いのか」

 

 「……強い酒には飲みなれてる。酒癖の悪い方々が主人の身内にいてな……他の神ならどうでもいいが、彼らは無下にはできない」

 

 「そうか、お前さんも色々苦労してるんだねぇ。しかし、神をどうでもいい呼ばわりとは……何という豪胆! ますます気に入った」

 

 豪快に笑い、創一の背中をバシバシと叩きながら、勇儀はもう()()()()で創一の空いた盃に酒を注ぐ。

 異変の際、妖刀によって切り落とされた勇儀の腕もすっかり元通りとなっていた。腕を所持していた鬼道丸に、創一は苛烈な攻撃を加えていたのだが、とり戻した腕に大した損傷が無かったことは不幸中の幸いである。

 

 「あの……お二人ともこんなことをしていて宜しいのですか?」

 

 汗水垂らして働く地底の住人達を前にして、酒宴に興じる二人に、八雲藍は困惑を露わにした。

 主人たる紫に、地底の様子を視察してくるように頼まれたのだ。その先で蘭が目にしたのがこの光景である。

 異変の立役者(といっても、それは公にはされていないのだが)が、鬼に酌をされて昼間から飲んだくれているというのはなんともしまらない。最も、当の少年は涼しげな表情を崩しておらず、本当に酒を飲んでいるのか疑わしい有様だったが。

 

 「手伝おうと思ったら、若い衆に療養しろと押し切らたんだよ。ほら、お前も座って飲むといい。異変の時は怒鳴ったりして悪かったと思ってるんだ」

 

 藍を手招きしながら勇儀が言った。

 黒霧異変の顛末は、幻想郷への影響を加味した結果、伏せられることとなった。

 しかし、横道を嫌う鬼である勇儀がそれを易々と看過するはずはない。実際、その時の勇儀の剣幕は恐ろしいものであった。

 

 満身創痍の有様であることすら忘れてしまうほど。紫の使いとして場を取り持った藍も、流石に冷や汗をかかずにはいられなかった。

 勝者である創一自身の要求でもあるということで、何とか納得いただいた次第である。

 

 「いえ、お気になさらず。一妖怪として、貴方の気持ちも理解できます。紫様もきっと……」

 

 「そうかい? 正直紫はその手のことを気にしそうにないが……」

 

 勇儀は少し罰が悪そうに頭を掻く。そう言われると、藍も口を紡ぐほか無かった。主人の考えを推し量れるほど賢いと奢るつもりは無いが、それでも確かに飄々とした態度を貫く姿が頭に思い描けたからだ。

 だが、そこに思いをよらぬ人物が異を唱えた。

 

 「……そうでもないだろう」

 

 創一である。再び注がれていたはずの酒をいつの間にか飲み干した彼は、空の盃を片手でずいと勇儀へと突き出していた。

 信じられないことに、彼は地底の荒くれども達からすら畏怖される鬼神に、酒を注げと催促しているのである。言い出したのが勇儀と言えど、流石に怖いもの知らずに過ぎる。

 行き交う地底の妖怪達が、勇儀に酌をされる人間に鋭い視線を向けているが、件の少年はまるで相手にしていない。

 

 創一の持つ異能の目については藍も把握しているところである。つまるところ、彼は人外たちの憎悪や嫉妬を文字通り目にしているはずなのだが、その振る舞いは何処ぞの巫女を超えて不遜だった。

 

 (この少年、心臓が金剛石か何かでできてるのか?)

 

 瞠目する藍をよそに、気分を害す様子も無く、素直に勇儀は酒を注いだ。波打つ水面が盃から溢れそうになるところで手を止めて、勇儀が尋ねる。

 

 「それで、さっきのはどういう意味だい?」

 

 勇儀の目には好奇の色が宿っていた。

 藍もまた同様である。特殊な目を持つ創一ならば、捉えどころない主の心を教えてくれるかもしれないという期待があった。

 

 「何の感情も無ければ、俺と鬼道丸を引き合わせるような真似をしないだろ。稗田家の当主と会って、その際狐守の初代についてもいくらか聞いた。案の定、鬼道丸と因縁があったらしい……」

 

 創一の言葉に、勇儀も藍も目を丸くする。

 勇儀は断片的ながら創一と鬼道丸との会話を耳に挟んでおり、初耳という訳ではないが、その時点で満身創痍であったことも相まって、あまり事情は把握できていなかった。

 藍としても、狐守家と異変の首謀者に浅からぬ因縁があることまでは知らされていない。

 そして、創一が明かした事実はある一つの可能性を指し示していた。

 

 「かつての同胞への弔い……まぁ、推測の域は出ない。あの場面で出張っていてくれたら、哀悼の感情くらいは読めたんだがな」

 

 言いながら、人間とは思えないペースで創一は酒を煽る。相変わらず涼し気な表情は崩れていない。

 

 (もしかして、紫様はそれを見透かされるのが嫌で、あれほどの重要な場面を私に……?)

 

 「なるほど、紫がか……意外だが、辻褄は合うね。鬼道丸は満足に逝けたようだしね」

 

 何処か遠い目をして、勇儀もまた自分の盃に口をつけ、一気に傾ける。

 少し、湿っぽい空気が流れた。

 酒精に喉を焼き、一息ついたところで勇儀は「ん、待てよ」と声を挙げた。

 

 「そういや創一、そもそもお前さんなんで地底に来たんだ? なんかぶらついてたから酒に誘ったけど……」

 

 「あ、それ私も疑問に思っていました」

 

 二人の視線が今度は手酌で酒を注ぎだす創一に向く。その盃を手で弄びながら、無感情な顔つきで創一が言った。

 

 「――あぁ、さとりが過労で倒れるのを待ってるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――意外と粘ったな」

 

 肩で息をしながら机へと突っ伏すさとりに向かって、懐から取り出した懐中時計から目を離さずに創一が言った。

 

 「っ――うる、さいですね……笑いにきたんですか?」

 

 「まさか、そんなことをして何になる? いいからとっとと代われ」

 

 創一が机に山積みとなった書類を引っ手繰る。ひどくやつれた顔で、恨みがましい視線をさとりが向けるが、彼は露ほども気にせずにページをめくっていく。

 

 「……なるほど、良く調べられてる。俺が自分の目で確認したものと合わせれば、大体は片付くな」

 

 「あの、お二人は一体何を……?」

 

 おずおずと手を挙げたのは藍だ。個人的には気が乗らないが、地底への視察に来た以上、地霊殿は避けては通れない。故に創一に同行を申し出たのだが、いまいち状況がつかめなかった。

 そんな藍の疑問に答えたのは、疲労困憊のさとりを介抱している火焔猫燐だ。

 

 「異変は解決したけど、妖怪にとり憑いた怨霊が野放しなのさ。正体を看過できるなんて、地底ではさとり様くらいのものだけど……とても一人じゃ手が回らない」

 

 「なるほど、だから創一殿に助っ人を頼んだのですね。あれ? でもなら何で倒れそうになるまで一人で仕事を抱えて……?」

 

 創一の目ならばさとりの代役にはふさわしいだろう。にも関わらず、どうしてもそんなグロッキーとも呼べる状態にあるのか、藍は不思議でならない。

 

 「そもそも私はそこの男に助けなど求めてません。お燐とこいしが勝手に……」

 

 「すみませんさとり様、見ていられなくてつい……」

 

 お燐が申し訳なさそうな顔を浮かべる。

 

 「謝る必要はないだろ、どう考えたって一人で対処するレベルを超えている。妙な意地を張る方が悪い」

 

 創一の言葉に、ようやく藍にも状況が理解できてきた。どうやら、さとりは創一に助力を得ることを快く思わず、突き返したらしい。

 だが、途中で力尽きることになることを見越して、彼は地底にとどまっていたのだろう。

 

 「俺なりに周囲を探索もしてきた。人ごみに紛れるためだろうが、大通り周辺に大分固まっているようだ。もしかすれば、病み上がりの勇儀の隙を狙っているのかもしれない。このリストに載っている連中も確かに見た」

 

 「え! あの場にですか……!? ただ、お酒を飲んでいただけじゃなかったんですね……」) 

 

 藍は思わず驚きの声を上げる。

 勇儀と飲み交わしながらも、創一は仕事をこなしていたらしかったのだ。その抜け目なさには素直に脱帽する思いである。

 (そうか! 衆目のやけに殺気立った視線は怨霊の憑依が原因だったのか……)

 それは純粋に、旧都の憧れの的に酌をされる人間が気に食わないという感情故だったが、藍が知る由はない。

 

 「ちょっと待ってください。その男、昼間から酒なんぞ飲んでたんですか? 良い御身分ですね、こんな時に……」

 

 「一回俺を追い返したお前に、怒る権利はない」

 

 「ぐっ……!」

 

 睨みつけるさとりの嫌味を創一は一蹴する。

 険悪、という程の空気ではない。どちらかといえば、一方的にさとりが創一を毛嫌いしているような構図だった。

 二人の様子を伺う藍の視線に気づいたのか、お燐が傍へとやって来て耳打ちした。

 

 「はは、ごめんよ。さとり様、こいし様がお兄さんにすごく懐いちゃったこと、根に持ってて……ずっとこの調子なんだ。お兄さんが大人な対応してくれるから助かってるけど……」

 

 「なるほど、まぁ、家族思いなのは良いことよ……」

 

 さとりの対応は上に立つ立場としてはどうかと思うものではあるが、その感情は藍にも理解できる。

 (私も橙が知らぬ内に男に懐いてたら……冷静は保てないだろう)

 

 「えぇ、全くその通りですよ藍さん! しかも、怨霊以上に邪悪そうな男にですよ!? 心配じゃないほうがどうかしています!!」

 

 「え、いや……あまり心を読まないでもらえませんか?」

 

 藍が地霊殿へ赴くのに消極的である理由がこれだった。油断も隙もない、いつ自分の考えが暴露されるか分からない恐怖。

 力に自信がある者も、知略に自信がある者も、その異能を前に恐れ怯まずにはいられない。

 創一がさとり相手に物怖じ一つせずに相対していることは、藍の目には異常にしか映らなかった。

 (ゆかり様が評価し、また警戒する理由も頷ける)

 

 思考というものは中々止められるものではない。さとりの第三の目に対して警戒を抱きつつも、藍の脳裏には主人の言葉が蘇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――藍、貴方、創一君と仲良くなりなさい」

 

 「え……仲良くですか? 監視するのではなく……」

 

 神妙な面持ちで主人の命を待っていた藍は、思いがけない言葉に当惑した。紫が狐守創一という人間を警戒していることは藍も知るところである。

 鬼神を打ち倒すという功績を見た今、黒狐と外の世界で恐れられる少年の実力には疑いようがない。

 良薬にもなるが、一歩間違えれば劇毒となる。紫と藍の認識に大きな相違はないはずだった。

 くすりと紫が微笑み、口を開く。

 

 「勿論、監視もしてもらうわ。だからこそ、仲を深めて、彼がどういう人間かを見定めて来てほしいのよ。あぁ、言っとくけど篭絡するのとは違うわよ、堅物の貴方に誰もそんなことを求めていないから……」

 

 「はぁ……畏まりました」

 

 腑には落ちないが、藍は頷いた。主人の真意が計り知れないことは、特段珍しいことではない。式神はただ、主人の命に従うのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――それで、君はどうするんだ?」

 

 青い双眸が見つめる。さとりの瞳と同じく、腹の底を見透かしているかにような瞳であった。あくまで感情を色で視認できる程度に留まるはずだが、とてもそうは思えない。

 その瞳に他に秘めた力があったとしても、驚きはない。

 

 「……よろしければ、創一殿に同行しても構いませんか? 怨霊たちの動向も、知っておきたいのです」

 

 「別に構わないが……くれぐれも油断しないでくれよ。力ある妖怪が怨霊に憑かれれば面倒だ」

 

 「手伝わせちゃって悪いねお兄さん、報酬は弾むから……くれぐれも気を付けて」

 

 武装を終えた少年は、お燐に見送られて地霊殿を後にした。妖怪にとり憑いた怨霊たちをいよいよ捕縛しに行くのだった。私もその背中を追う。

 主人の真意は未だ分からない。だが、自分自身この人間に興味があった。

 博麗の巫女とはまるで違う性格だが、彼女と同じ妖怪たちを引き付ける不思議な魅力がある。かと思えば、巫女とは違った恐ろしさもある。力とは別の領域で、人を超越しているような――

 

 「……しばらくは忙しくなりそうね」

 

 ぼそりと呟いた声は、地底の喧騒に飲まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 九尾といえば傾国のイメージですが、藍はあんまり色仕掛けとかは得意ではないと思います。美人なので男の口を軽くすることはできても、あんまり大胆には攻め込めないでしょう。懇ろな関係とかたぶん絶対無理。
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