東方狐神録   作:パック

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 最初は三人称で書いてましたが、ほとんど一人称視点に書き直したので時間がかかっちゃいました。やっぱり特定のキャラを深堀する回は一人称の方がやりやすいですね。


生ける神たち

 

 

 

 活気づく人々の様子を尻目に、東風谷早苗は通りを歩ていた。その肩は落ちていて、ひどく落ち込んだ様子であることが一目で分かる。

 何事なのかと、周囲の人たちが視線をいくらか早苗に向けた。居心地の悪さを感じて、早苗は足早にその場から立ち去る。

 

 (あぁ……私、何してるんだろう。まだ、布教を続けないといけないのに……)

 

 何度目になるかも分からないため息とともに、早苗は視線を足元に落とす。黒い霧が幻想郷を覆った異変から早くも一週間以上が経過していた。人里の混乱もすっかり落ちついていて、里の喧騒に陰りは見えない。皆、今までと同じような日常を営んでいた。

 

 だからこそ、早苗もまた宗教活動を再開したのだ。異変という災禍のあとであれば。人々の信心は自然と深まりやすい。守矢神社の二柱の信仰を集めるなら、今が好機だと考えられた。だが、その折に早苗は偶然耳にしたのだ。

 

 『……でもよ、異変を解決してくれたのは()()()()()()だろう』

 

 『なんだかんだ、頼りになるのはやっぱり()()()()だよな……』

 

 風に乗って聞こえてきた彼らのささやかな呟きが耳に残る。怒りは湧かない。彼らには悪気などなかったのだろう。何より、早苗自身が、彼らの言葉を受け入れてしまっていた。

 

 (……私は何もしてない)

 

 博麗霊夢が瞬く間のうちに異変を解決したことは、既に里中に広まっている。今回の異変が一体どういったものだったのかを詳しく知る者は居なくとも、大体的な避難誘導が行われたこともあって、事の重大さに感づいた者達は多い。

 人里という本来であれば絶対の安全圏が揺らいだのだ。表に出さずとも、未だ心中に不安を抱えるものは多いだろう。また、その事態を打開した霊夢に求心が集まるのは至極当然のことだった。

 

 (そりゃあ皆さん、霊夢さんの方を便りにしますよね……)

 

 普段だらしない様を晒していようと、神社を妖怪たちに占領されていようとも、此処一番で活躍する彼女の方が華がある。

 

 (でも、私だっていつも頑張って……)

 

 自然と早苗の握る拳に力が入った。

 風祝として、恥じることのないように役目を全うしてきた自負が早苗にはある。だが、それだけでは足りないのだという自覚もあった。

 

 (……魔理沙さんは異変に立ち向かったのに)

 

 早苗が異変解決に赴かなかったのは、ひとえに仕える二柱の神双方の言いつけに従ったからである。報告を終えた後、霊夢にならって早苗もまた異変解決にのり出そうとした。そこで、少し二柱の神と言い争いになり、痺れを切らした片方――洩矢諏訪子が厳しい声で早苗を諫めた。

 

 『――自惚れるんじゃない、早苗……』

 

 お前に何ができるというのか、その言葉が心の奥深くに刺さった。自分を心配してくれている故であることは、早苗にも理解できる。だからこそ、二柱に対する怒りは無かった。未だ彼女の胸の内を燻ぶっているのは――

 

 (――私、あの時本当はほっとしたんだ……)

 

 二柱に引き留められたとき、心の奥底で胸を撫でおろした自分がいた事実だった。不甲斐ないという思いこそ偽りでは無い。しかし、スペルカードルールに乗っ取ることのない異変に、本当の人外の恐怖を前に、足がすくんでいたのだ。

 

 (もしかしたら、諏訪子様にはお見通しだったのかも……)

 

 洩矢諏訪子は嘗ては土着神の頂点、強大な祟り神としての信仰を受けた存在である。早苗の抱いた恐れを感じ取っていてもおかしくはなかった。

 そう考えると、早苗は更に自分が情けなく思えて、自然とため息がこぼれる。

 

 「……駄目だ、こんなことしてちゃあ……」

 

 いつもより随分早く布教活動に見切りをつけた早苗は、行く当てもなく彷徨い歩いている現状だった。

 異変に参加していない負い目もあって、霊夢や魔理沙の下に顔を出すのも気まずい。かといって、まだ守矢神社に帰るにも早い時間である。

 

 (貸本屋……もしくは香霖堂……いや、どっちも気分じゃないなぁ……)

 

 行先を思案していると、甘い香りが早苗の鼻腔をくすぐる。目を向けてみれば、人里でかなり評判の甘味処があった。最近できた新メニューとやらのおかげで、客足が更に伸びていらしい。お昼には少し早い時間帯だが、既に十分な賑わいだった。

 

 (そういえば、諏訪子様も行きたがってたっけ……)

 

 甘味は早苗の好物でもある。外の世界に居た頃も、何か落ち込んだことがあれば喫茶店などに足を運んでいた。

 多少待つことになりそうではあるが、時間を潰したいので丁度良い。そうも考えて、早苗は店の暖簾をくぐることに決めた。

 すぐに給仕が駆け寄って来て、申し訳そうな顔を浮かべる。

 

 「申し訳ありません、今大変混みあっておりまして……相席でも構わないでしょうか?」

 

 てっきり待たされるものとばかり考えていた早苗はその提案に少々面食らう。だが、なにぶん女性客ばかりの店だ。特に気にすることなく早苗は承諾した。

 そして、給仕に席まで案内されると、

 

 「あっ……」

 

 そこで見覚えのある顔を目にした。

 思わず零れた声に、青い双眸が向く。

 特徴的な瞳、それは間違いなく異変の折に博麗神社で出会った少年――狐守創一の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あぁ、君か……奇遇だな」

 

 そう言って、彼は手に持っていた茶飲みを置くと、今度は目の前の甘味にスプーンを突っ込んだ。

 大盛りのかき氷だ。これでもかと白玉と小豆がのせられ、抹茶のソースらしいものが上からかけられている。

 美味しそうではあるが、一人分だと考えると胃もたれしそうなボリュームである。

 

 「ええっと、創一く……さんでしたよね? 座っても?」

 

 少し背筋を正して私は尋ねた。年は大して変わらないはずだが、目の前の少年には自然とそうさせるだけの迫力があった。理由は分からない。面相は決して厳めしくなく、体つきもどちらかといえば華奢な方にも関わらず、何故だが萎縮してしまうのだ。

 人間相手にしどろもどろになる神もどうなのかと、自分でも思う。

 

 「勿論、というか、変に畏まる必要はないだろ。高一か二くらいか?」

 

 「あ、高一です」

 

 着席しながら私が答えると、彼はかき氷の白玉を一つ頬張った。

 

 「……じゃあタメだな」

 

 「同じ年なんですね……そういえば、あの時はお話できませんでしたが、実は私も外の世界の出身なんですよ」

 

 「そうか」

 

 特に驚いた様子もない、実に淡白な反応だった。

 

 「そうかって……普通もっと驚きませんか?」

 

 私は彼が外来人だと聞いたとき、自分の中の常識が一気に覆るような衝撃を受けたのだ。多少は驚いてくれないと、なんだが張り合いが無かった。

 

 「いや、単純に初耳じゃないだ。幻想郷には神社が二つだけあって、片方は外からやって来たと聞いた。巫女だと言っていたし、自然と君が外来人だと分かる」

 

 「あぁ、そういうことですか」

 

 別にわざわざ喧伝しているわけではないが、私が外来から来た人間であることを知る人は多い。それが彼の耳に届いたのだろう。

 

 「じゃあ、改めて――私は守矢神社の風祝、東風谷早苗と申します、以後お見知りおきを」

 

 胸に手を当てて、私はできるだけ堂々とした所作で名乗る。日々の宗教活動で身についたものだった。

 

 「……狐守創一、少し前まで稲荷明神様の使いをやっていたが、満了で晴れて只の退魔師崩れだ。覚えてもらう価値は無い」

 

 「価値はないって……創一君ってもしかして中々のひねくれ者ですか?」

 

 「さぁ、どうだろう? よい性格をしているとは言われるけど……」

 

 「なるほど、大体察しました」

 

 その一言が全てを物語っていた。思えば、幻想郷において性格が良い者はそうそう居ない。妖怪や神がといった人外を人の尺度で語ること自体が愚かだが、それを踏まえたとしても我が強い者ばかりなのが幻想郷だった。

 霊夢や魔理沙、咲夜といった同じ人間組も同様である。

 

 外来人ならばという期待を持つのも無駄なのだろう。この郷に住むことを選んでいる時点で、中々常識から外れた御仁であることには違いないだろう。

 お茶を乗せたお盆を持ってきた給仕に注文を済ませれば、すっかり手持無沙汰となる。丁度良い機会なので、私はいくつか気になっていることを彼に尋ねることにした。

 

 「お食事中すみません……実は創一君に幾らか聞きたいことがありまして……」

 

 手を止めて、彼が私に視線を移す。

 

 「別に構わない。外の世界のことだろ?」

 

 「えぇ、そうです」

 

 外の世界出身の退魔師、それは私の常識を根底から覆す事実だ。外の世界では神や妖怪は幻のような存在であり、そういった存在を観測する人間もほとんどいないはずだった。

 だからこそ私は――。

 

 「外の世界で神や妖怪が忘れ去られているっていうのも、間違いでは無い。実際多くの人間が怪異の存在を信じてないからな……」

 

 素早く周囲に目をやった後、彼が声を潜めて続けた。

 

 「ここだけの話、一部の人間だけが怪異を知っていて、()()()()()()()()()のが実情だ」

 

 「ッ……!? 情報を操作って……なんでそんなことを?」

 

 想像していた以上に衝撃的な事実を告げられ、顔が引きつる感覚を感じた。

 

 「怪異は周知され、恐れられることで力を増す。幻想郷とは真逆のものだと考えればいい」

 

 「じゃあ……妖怪が力をつけないようにするために?」

 

 「そうだ。勿論混乱を避けるためでもあるが……ところで、話は変わるが日本の行方不明者の数を君は知っているか?」

 

 突然の質問だった。

 答えも意図もよく分からない。

 私は素直に首を横に振った。

 

 「いいえ……知りません」

 

 「大体約八万人だ。まぁ内八割以上が無事発見されるし、要因も大抵はっきりする。完全に不詳とされるのは一万人程度だな」

 

 「はぁ、でもそれが一体何の…………まさかっ!?」

 

 一つの考えが私の頭の中に浮かんだ。だが、すぐには受け入れられるものではなかった。

 それがもし真実だとするならば、私が外の世界で培ってきた常識こそ、只の幻想だったと言うほかはないだろう。

 

 「勘づいたみたいだな……そうだ、それらの真の原因のほとんどが()()による被害だ」

 

 「っ……」

 

 開いた口が塞がらなかった。

 荒唐無稽な話だと、一笑にふせたらどんなに良かっただろうか。

 だが、こちらを見つめる陰りの無い瞳が、それが正真正銘の真実であることを物語っていた。

 

 「……良いんですか? そんなこと、私に話して……」

 

 「問題ない。こちらの業界なら()()()()()()()()()()の範疇だ。もう少し長く外に居れば、君もおのずと知っていただろう」

 

 誰でも知っている、彼の言葉が小さな棘のように胸の奥に刺さった。

 ずっと自分一人だけだと思っていたのだ。

 科学が発展し、人々から信仰を失われた現代では自分一人だけなのだと。

 

 (私は……その()にも出会えなかった)

 

 もう少しだけ我慢していれば変わったのだろうか。

 目の前の少年のように、私と同じような力を持って、同じようなものが見える誰かが現れてくれたのだろうか。

 全ての縁を断ち切って、外の世界を捨てる必要は無かったのだろうか。

 奥底から湧き上がってくる感情をなんとか私は堪える。

 

 「本当に、私がその事実を知る機会もあったんですか?」

 

 「あぁ、それだけの力を有していて、怪異に関わらずに生きていくことなんかできない――絶対にな」

 

 淀みなく彼は断言する。

 その事実は今の私にとって劇毒だった。

 もっと早くに知りたかった。もしくはいっそ知らないままでいた方が良かった。

 ただでさえ、自分の無力さを思い知り、この郷でやっていく自信すら失っているというのに……

 

 私が幻想郷に来ることを選んだのは、もちろん偉大なる守矢の二柱への信仰心故というのもあるが、何よりもそれ以上に――

 

 (――仲間が欲しかったからだ……)

 

 どうして、自分だけは特別なのか。現人神になんて成りたくなかった、普通に生きていきたかった。そんな思いの丈を諏訪子様と神奈子様へぶつけたことがある。

 あの時二人がみせた悲しそうな顔を、私が忘れることは一生ないだろう。

 

 

 『――早苗、私たちと一緒に幻想郷へ行かないか?』

 

 

 神奈子様のその提案を私は受け入れた。

 あちらの世界を離れることへの寂しさはあった。両親は既に他界していたけれど、育ててくれた祖父母は優しかったし、仲の良い友達だって一人も居なかったわけじゃない。

 それでも、私は幻想郷を選んだのだ。ここでなら、本当の自分が受け入れられると信じて。

 

 だが、その選択が今私の中で揺らいでいた。

 後悔はしないと決めたはずだった。けれど、あちらの世界を捨てる必要が無かったかもしれないというのは、そう簡単に飲み下せる話では無かった。

 

 「……創一さんは外の世界で退魔師をなさってたんですよね。どんな感じですか?」

 

 できるだけ、平静を装って私は尋ねる。

 今更外のことを知ったところで、どうにもならないことは分かり切ってはいた。

 だが、自分と同じく力を持って外界に生まれた彼が、どのように折り合いをつけて生きてきたかを知りたかった。

 

 「普通に依頼者から受けた怪異退治をこなすだけだ。前任者が返り討ちになった案件とかが、俺のとこには多めに来てたな」

 

 「返り討ちって……それは死んだってことですか?」

 

 「まぁ大体は。強力な奴相手だと撤退も難しいし……死体が残らないのもざらじゃない」

 

 「っ……」

 

 受け入れがたい話だが、人外を相手にする以上は驚くことでもないのだろう。

 今は比較的平和な幻想郷でも、ルールを理解できない知能の低い妖による被害や、外来人が妖に食い殺される事例は少なくないと耳にしたことはある。

 今まで私が見ずにすんでいただけで、幻想郷も、外の世界も、相応に残酷で恐ろしいのだ。

 

 「創一君は怖くないんですか?」

 

 遊びでは済まされない、人ならざる者達との命のやり取り。考えるだけで怖気がした。

 日常的に行っている弾幕ごっこは、決して安全な遊びではない。当たり所が悪ければ、弾幕だって命を落とし得る。

 だが、そこには明確な殺意が込められることはないのだ。

 根本的にまるで別物だった。

 

 「別に怖くは無いな」

 

 「それは……どうして?」

 

 「何故だろうな。人より痛みに鈍いからか、死が存在の終わりではないことを知っているからか……まぁ、どちらにせよ勇気だとかの類ではないとは思う。退魔師の感覚が麻痺するのはよくあることだ」

 

 「よくあるって……そんな軽く言うことじゃないでしょう。だったら、どうしておかしくなってまで妖怪退治なんてするんですか? 私たちは、創一君たちの働きをしりませんよ」

 

 外の世界で怪異の存在が公になっていない以上、彼らの功績が多くの人々の目に触れることもないはずだ。

 誰にも知られず命をかけて怪物と戦う。それはどれだけ恐ろしく、寂しいことだろう。

 私には到底想像できない。

 

 「どうしてと言われてもな――それが俺の役目だから、それ以上の答えはない」

 

 こちらを見据えて彼は言った。

 一切迷いのない、鋭く、力強い言葉だった。

 

 「役目って……それだけで……」

 

 それだけで命を懸けられるというのだろうか。

 私は納得が出来なかった。出来るわけもなかった。だってそれは、あまり人間味が欠けている答えだ。

 守矢神社の風祝として、現神人として、私にも役目に対する責任感や矜持は人並みにはある。

 だが、役目のために命を賭せと言われれば、絶対に二の足を踏むだろう。

 困惑する私に彼は再び口を開く。

 

 「自分が妙なことを言っている自覚はある。けど、他に無かったんだ。稲荷明神に仕え、人に仇を成す怪異を狩る。俺にはそれ以外は何もな」

 

 語る彼の様子に悲壮さはない。だからこそ、いっそう私は何も言うことができなくなった。根本的に私とは生きている世界が違うのだと、いやでも思い知らされたからだ。

 

 命の危機に瀕することもなく、ただ外の世界の平和な日常を享受していた側の私が、今更彼のように振る舞えるわけもない。

 霊夢さんや魔理沙さんも同様なのだ。彼女らは、生まれつき残酷な世界を知っていて、人外相手に立ち向かう覚悟を培っている。

 そもそも、自分が彼女らと同じ土俵に立とうとすることすら烏滸がましいのかもしれない。そんな風にすら考えていると、ふいに彼が口を開いた。

 

 「俺の後輩、妹分みたいなやつが巫女をやっていてな。代々続く神官の家系で、異能も持ち得てはいるんだが……まぁ、争いごとに向く奴じゃない」

 

 少し懐かしむように彼が言う。

 

 「でも、神に仕える者としては俺なんかよりずっと優秀で、正道だ。巫女の良し悪しに、腕っぷしなんか関係ないんだよ」

 

 「えっと……もしかして慰めてくれてるんですか?」

 

 よほど感情が顔に出ていたのだろうか。彼はまるで私の心を読んでいるかのような言葉を口にした。

 

 「どうだろう、普通に一般論を述べただけだと思うが……逆に聞きたい。神事とか布教はほったらかしで、とりあえず妖怪だけは確実に殺すという態度の神職をどう思う?」

 

 「それはまぁ……ちょっとどうかとは思いますね」

 

 少なくとも真っ当な神職とは言えないだろう。仕える神の性質にもよるが、よほど無頼漢な神でもない限りはそんな血なまぐさすぎる在り方に良い顔はしないはずだ。

 軍神である神奈子様とてそこまで野蛮じゃない。

 

 「だろ? まぁ、狐守(うち)はまさにそんな感じの異例なんだがな。博麗の巫女も似たようなものだろう。こういうのは適材適所だ。妖怪退治なんてできるやつに任せておいて、君は自分の本業に勤しめばいい」

 

 「……優しいんですね、創一君は」

 

 「冗談はよしてくれ。この程度で優しいなんて判断してたら、いつか痛い目にみる。人を欺くことに特化した妖も居るからな。狐狸とか特にそうだ」

 

 「なるほど、優しいけどひねくれ者というわけですか……」

 

 「君、ひょっとしなくとも中々図太いタイプだな」

 

 「ふふ、そうかもしれませんね」

 

 なんとなく、慰めようとする彼の態度が可笑しく思えて私の口元が自然と緩んだ。

 初めて会ったときは冷や汗が垂れるほどの威圧感すら感じたものだが、こうしてちゃんと話し合ってみると、中々の好人物かもしれない。

 大人びていて多少不思議な雰囲気も漂わせているが、あくまで自分と同じ歳の少年なんだと分かる。

 

 「創一君、もしよかったらなんですけど……私とお友達になってはくれませんか?」

 

 「俺と?」

 

 「はい、こうして同郷の人間と会えたのも縁ですし、仲良くしてもらえたら嬉しいです。勿論、無理にとは言いませんが……」

 

 「まぁ、俺で良ければ構わない。外界のことで話せる人間は限られてるし、同郷の友人ができるのは大歓迎だ」

 

 「本当ですか! ありがとうございます。じゃあ、はい!」

 

 私は彼の前に手を差し出した。もちろん、握手のためだ。

 一瞬だけ彼が面食らったような表情を浮かべる。意外と照れ屋なのかもしれない。

 だが、差し出し手前、引っ込めるわけにもいかないので、私は「さぁ」と念を押す。諦めた様子で、ようやく彼が私の手を取った。

 季節にそぐわない、ひんやりとした体温が伝わる。

 

 「では、これからよろしくお願いしますね! 創一さん」

 

 「あぁ、よろしく」

 

 いっそ病的なまでに白い腕と私は握手を交わした。改めて身近で直視すると、本当に人形のような相貌の少年である。息を呑んでしまうような、人工物じみた美しさ。

 異性の友人というのが初めてなのもあって、今更ながらに気恥ずかしさを感じてしまう。

 

 「あはは、自分でやっといてなんですけど、照れくさいですね! こういうの……あっ、そういえば私男の子と友達になったの初めてで! いや、だから何だって話なんですけどね!」

 

 顔に少し熱がこもる。私はごまかす様に早い口調で言って彼から視線を逸らし、自分の発言に違和感を覚えた。

 

 (……いや? 違う……)

 

 自分の言葉がひどく間違っている、何故かそう思えて仕方が無かった。

 デジャブとでもいえばいいのだろうか。自分の深い部分から何かが掘り起こされる感覚。自分は本当に誰とも出会えなかったのか。

 

 

 (いいや、違うはず……()()()()()()()。私と同じ……不思議なものが見える子が……どうして忘れてたんだろう)

 

 

 

 それは果たして何時のことだったのか。

 脳裏に浮かび上がる光景は朧気で、すぐに消えさる泡沫のようだった。

 顔も声も姿も、すべてが霞がかっていて、はっきりとはしない。たが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――綺麗? この目がか? これは碌なものじゃないんだが……まぁ、ありがとう。俺はそのエメラルドみたいな色の方が好きだけどな――うちの女神様みたいだ』

 

 

 彼はあの時、笑っていたのだろうか。

 誰だったかを思い出すことはできない。

 どうして自分がその場所に居たかも分からない。

 何故、今更になってその光景を思い出すのかも、もしかすればそれはひと時の夢だったのかもしれない。

 

 ただ一つだけ、確かに脳裏に焼き付いていたのは、全てを見透かすような――青玉の瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうかしたのか?」

 

 「……えっ! あぁ……なんでも、何でもないです!」

 

 呼びかける声に思わず肩がびくりと震える。

 完全に上の空だった。

 私の様子に、彼は形の良い眉を顰める。

 

 「まぁ、ならいいんだが……」

 

 言いながら、彼は再びかき氷を口に放り込む。山のように盛られていたはずだが、いつの間にか数口分しか残っていない。流暢に話す合間に、よくあれだけの量を処理できたものだと思う。

 

 「お客様、ご注文の品をお持ちしました」

 

 ごとりと、私が頼んでいた甘味が置かれる。ふわふわの緑色のスポンジに、特徴的な渦巻き模様、中のクリームには小豆が混ぜられている。抹茶のロールケーキだ。

 意外なことに、幻想郷の食文化はそれなりに進んでいるのだった。

 

 「……もう一つ創一君に聞きたいことがあるんですけど……」

 

 ようやく運ばれてきた甘味に手を付けることなく、私は言った。

 

 「ん、何だ?」

 

 「あの、変な話なんですけど――私たち前に何処かであったことありませんか? ここじゃなくて、外の世界で……」

 

 意を決した私の言葉に、彼は考え込むようなそぶりを見せた。

 答えを待つ時間がいやに長く感じる。自分でもよく分からない緊張に、喉がひどく乾いた。私は机に置かれた茶飲みに口をつけ、中の冷えた茶を一気に呷る。

 

 「…………逆ナンか?」

 

 真剣なトーンで放たれた言葉に、思わず私はお茶を吹き出しそうになった。

 

 「ち、違いますよ!」

 

 何とか液体を飲み下し、私は慌てて首を横に振って否定する。すると彼は少しだけ笑みを見せ、

 

 「冗談だよ」

 

 そう言って笑い、かき氷を完全に平らげた。

 

 「……冗談とか言うんですね」

 

 「そんなに人間味が無いように見えるか?」

 

 「いや、そういうわけじゃ……」

 

 図星だった。

 私がふと思い返すのは、博麗神社で彼と会った時のことだ。血だまりの前で、白装束と狐面をつけて佇んでいた彼は、およそ人であるようには見えなかった。

 冗談を言うのも、何なら人里の甘味に舌鼓をうっているところも、意外に思えたのが正直なところである。

 

 「まぁ、よく言われるけどな」

 

 特に気分を害した様子もなく、彼は空になった器の上に匙を置き、両手を合わせた。

 

 「まじめな話、記憶にないな。珍しい髪色だから、会ってたら覚えてるはずだけれど」

 

 「そうですか……いえ、だったらいいんです。すみません、変なこと聞いちゃって」

 

 謝罪して、ようやく私は目の前の甘味に手を付ける。抹茶の芳醇な香りと、丁度よい甘さが口に広がった。

 

 「別に気にするほどのことじゃない。店も混んでいるし、今日はさっさと帰るけど、また今度、外の世界の話でもしよう」

 

 「えぇ、そうですね。私もまだまだ話したりないですし」

 

 会計を済ませて彼は店を出る。その背中を私は思わず目で追った。

 私自身朧げな記憶で、否定までされた。なのに、どうしてだろうか。彼の姿が記憶の少年と重なるような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――流石に焦ったな」

 

 少年は一人呟いた。

 高を括っていたのだと、自省するとともに少年は深くため息をつく。

 

 「結局、君はそちらの道を選んだのか……」

 

 神秘が薄れる世界で、力を持って生まれた者の苦悩を少年は知っていた。霊感が強い程度ですら辛酸を舐めることとなる。まして、生き神などという稀有な存在の前に立ちはだかる艱難辛苦は比にならない。

 

 「……頼むから、俺のようになってはくれるなよ――早苗」

 

 世界に見切りすらつけて、神を背負うことを選んだ少女の幸福を、少年はただただ強く願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 とりあえず伏線を撒いていくスタイル。
 宇佐美董子が高校一年なのに合わせて、早苗も創一も15、6ということで。まぁ、幻想郷はサザエさん時空っぽいので、あんまり気にしなくていいです。
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