東方狐神録   作:パック

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剣奪の亡霊

 

 

 

 

 立秋を過ぎた涼やかな風が、咲き誇る女郎花を揺らしていた。見上げた空では羊雲が揺蕩い、数羽の雁が翼を羽ばたかせている。

 空気が澄んだ、実に良い日だった。

 

 ここに山の紅葉までもが加わっていれば、どれほどよかっただろうか。老人はそんなことを考えて、直ぐにかぶりをふった。

 

 どうにも、年を経てからの方が欲をかくようになったかもしれない。

 この期に及んで、他に何を望もうというのか。

 

 自分の歩んできた長い生――その最後を飾るに、相応しい日である。

 

 老人は、腰に差した自分の打刀の柄に手をかけた。吸い付くように柄が手に馴染み、抜身となった刀身の重さが、羽根のように感じられる。

 まるで、愛用の刀が自分の意を汲んでくれたようだった。体が老いに、病にどれほど毒されようとも――最後まで己が道を貫けと、そう背中を押されたような気すらした。

 

 「――さぁ、始めようかお前さん」

 

 木漏れ日に照らされる刀身が、返事をするようにギラギラと輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――刀狩り?」

 

 怪訝な声で、創一はその単語を繰り返した。

 人里に存在する、稗田家の屋敷での出来事である。創一の正面に相対する形で座すのは、屋敷の持ち主たる稗田阿求だ。

 

 貴人というものは、大抵傍に人を数名侍らせているものだが、大きな客間には創一と阿求の二人だけであった。

 不用心だとさえ思える。だが、それは相手に誠意を示すための計らいなのだろう。

 

 いつぞや創一が阿求へと渡した連絡用の擬人式神。その式の報せを受け、創一は阿求の屋敷へと足を運んだのだった。

 そして、阿求に深刻な面持ちで話があると部屋に通され、告げられたのが刀狩りという語である。

 

 無論、意味は分かる。ときの天下人が行った、反乱分子から武力を奪うための政策、を指しているわけではないだろう。

 ここで彼女が言っているのは、

 

 「――つまり、誰かが弁慶の真似事をしていると?」

 

 京の五条橋の上で繰り広げられたとされる、伝説の決闘。鬼のごとき怪力の破戒僧である弁慶と、源氏の血を引き、天狗に武芸を教わったとされる牛若丸。両者が刃を交えることとなった原因は、弁慶が立てた刀を千本奪うという祈念にある。

 弁慶が遂に九百九十九の刀を集め、最後の刀狩りの標的に選んだ相手こそが、牛若丸だったのだ。

 

 「えぇ、そうです。伝説の弁慶のように、近頃人里の退魔師たちを狙った刀狩りが頻発しておりまして……死傷者も出ているので、無視できる状況ではありません」

 

 眉間に皺を寄せて、阿求が言う。

 

 「死傷者ってことは、口がきける奴もいるだろ。相手はどんな奴だ、それこそ弁慶みたいな大男か?」

 

 その問いに、阿求は困った顔を浮かべて、首を横にゆるゆるとふった。

 

 「いえ、それが……分からなくて……」

 

 「分からない? 証言が得られないほどに重傷なのか?」

 

 「いえ、そういうわけではありません。刀さえ奪ってしまえば、それ以上相手は追撃してこなかったらしいので……」

 

 「じゃあ一体……」

 

 「――()()()()()()()()()()()()、それ以上の情報がどういうわけか無いのです。大柄か小柄か、男の声だったか女の声だったかすら……被害者たちは()()()()()()()()()で……」

 

 話が進むにつれて疑問を深める創一だったが、阿求のその言葉で納得した。阿求の語る現象に覚えがあったのだ。

 

 「……術やマジックアイテムによる、()()()()の線が濃厚だな」

 

 正体を隠す(まじな)いというものは然程珍しいものではない。最も有名なのは天狗の隠れ蓑だろう。古明地こいしが持ち得る【無意識を操る程度の能力】も同様だ。

 また、その両者程に強力ではないが、創一が持つ白狐の面にも類似した力が備わっている。

 

 「とはいえ、せめて、そいつの戦闘スタイルくらいは知りたいものだが……」

 

 何も分からない相手と戦う状況は、出来るだけ避けるべきものである。怪異の凶悪さはその未知性故であり、対処方が分かっているなら、自分より強い存在を下すことすら不可能ではない。

 

 「すみません。凄腕の剣士としか。被害にあった退魔師たちでは、まるで相手にならない技量だったと……唯一頼みの綱であった剣聖も、帰らぬ人となってしまい……」

 

 「剣聖なんてものが、人里にいたのか?」

 

 「はい、周りからそう呼ばれる御仁が。人里の退魔師たちには、彼に師事している者も多かったです」

 

 「力量は?」

 

 「流石に大妖怪を退治できるほどではないですが、人という枠組みの中ではかなり。冥界には半人半霊の凄腕の剣士が居るのですが、彼女とまともに剣で渡り合えるのはその御仁だけでした。最も、最近は病を患い、床に臥せっていたようですが……」

 

 「それなのに、刀狩りの討伐に名乗り出たのか?」

 

 「名乗り出たのではなく、誰にも告げずに出発したらしいです。家の者も、まさかあんな体で妖退治にでるとは思わなかったと。武人気質の強い方だったので、おそらく有終の美を飾るために……」

 

 「あぁ、その手合いか……俺には理解できないタイプだな」

 

 一つ、創一は呆れたようなため息を吐いた。

 創一も武の道に通ずる人間ではあるが、武人という人種の心はてんで理解できない。

 

 (――――お主は、求道者には成れぬよ…………)

 

 不意に、創一の脳裏に師の言葉が浮かび上がった。自分に陰陽道を説いた師だが、同時に優れた武芸者だった人でもある。

 全てを手段として見る者は、道を求めることができない。師の言いたいことは理解できたが、こればかりは変えようのない性というものだ。

 

 剣術、陰陽術、弓術、培った数多の技に、役に立つという以外の理由でどう感情を向けるというのか。

 誇りというものが、創一には理解できないのだった。

 

 「まぁ、事情は把握した。要するに、その刀狩りとやらを始末すればいいんだろう」

 

 「えぇ、まぁそうなんですが……始末とは、中々物騒な言葉遣いですね。大抵この手の仕事をする人は、退治だとか祓うとか言うのですが……」

 

 「細かいな。やることは一緒だろうに……それに――」

 

 躊躇いがちな阿求の言葉に、創一は肩を竦める。そして、その眼差しを鋭く真剣なものへと変え、当初より頭の片隅にあったある可能性を示唆した。

 

 「――相手が妖怪だとは限らない」

 

 「まさか……人の仕業の線もあると?」

 

 阿求の目が驚きに見開く。焦燥が浮かぶ彼女の表情とは裏腹に、創一は落ち着き払った態度のまま、話を続けた。

 

 「可能性は低いだろうが、無いとは言い切れない。化け物より化け物らしい人間というのは、外の世界にだって居た。この郷がどうかは分からんが、決めつけるのは得策ではないだろ」

 

 「それは……創一さんの言う通りですね。想定が甘かったです」

 

 素直に頷く阿求に、創一は少し間をおいてから、再び口を開いた。

 

 「――で、だ。俺が確認しておきたいのは――――人だった場合の()()をどうするか、ということだ」

 

 「――っ…………」

 

 阿求が顔を強張らせる。だが、彼女もそれは予想していたのだろう。狼狽える様子は無かった。

 

 「……外では一体どういうふうに?」

 

 感情を押さえつけるような低い声音の問い。

 外の世界の事情を必要以上に容易く話すことは避けた方がよいだろうが、ここで誤魔化すような真似もまた不適切だろう。

 

 「不可思議な力を持った人間が規則を破る場合、そいつは異能の系統に依らず、呪詛師と呼称される。そして、俺たちは妖怪や堕ちた神、呪詛師をひっくるめて怪異と呼ぶ」

 

 「それじゃあ…………」

 

 「あぁ、俺は()()退()()の専門家だ」

 

 それが答えである。

 狐守創一という退魔師が、今まで手にかけてきた数多くの怪異。その骸の山は、何も妖だけで形成されているわけではない。

 

 「そういう意味でも、今回俺に相談したことは正しかった。人里に所属する者や、博麗の巫女だとこうはいかないだろう。妖怪化しているならともかく、そうでない場合のことを考えるとな」

 

 「私は、貴方にそんな……いえ、言い訳ですね……」

 

 言葉を途中でしまい込み、阿求はかぶりをふる。

 

 「人であるなら生け捕りが望ましいですが、弾幕ごっこに乗らない手合いならそれも難しいでしょう。ですから、()()()()()()()()貴方に依頼します」

 

 阿求の瞳が、創一を真っすぐに見据える。

 

 「――件の刀狩りを退治して頂きたい。生死は問いません。全ての責任はこの()()()()が請け負います」

 

 人里には権威のある家系が存在しても、明確な指導者という立場の人間は存在しない。何か大きな決め事があるならば、それは権威をもった家系同士の話合いで決められる。

 

 しかし、刀狩りの一件を創一に依頼するというのは、話し合いで決められたわけではなく、阿求個人による裁定であった。つまり――、

 

 「人里の総意ではなく、あくまで稗田家の決定で始末しろと?」

 

 「えぇ、彼らまでが泥を被る必要はありません。無論、稗田家の全てを以て、有事の際は貴方のことも庇いますので……」

 

 「有難い申し出だが、結構だ」

 

 「!?……ですが!!」

 

 「権力者とつながりを持つと便利でもあるが、気苦労も多い。外の世界で散々味わったから、もう懲り懲りなんだよ」

 

 「っ……貴方は一体――!?」

 

 何を今更言っているのか、そう阿求が叫ぼうとしたときだった。それまで淡々としていた少年が、ようやく年相応の、あるいはそれよりも少し幼いような表情を浮かべたのだ。

 まるで、悪戯を思いついた子どものように。

 

 「俺は貸本屋で知り合った少女の頼みを聞いただけだ。妙に達観しているだけの、()()()()の頼みをな……新参者の俺が一々家名なんてものを把握してるわけがない」

 

 少年の言葉が何を意味しているかなど、阿求には考えるまでも無かった。酷い屁理屈である。そんな道理が通るわけはない。幻想郷において、稗田阿求という存在を、稗田家から乖離して考えることなどできないのだ。

 

 それは本人も分かっていることだろう。それでも、敢えて彼はそれを口にした。自分は()()という只の少女の依頼を受けただけだと。

 稗田家に属する人々、親類から雇用関係にある者一切に何の関係も無く、降りかかる泥など無いのだと。

 

 「貴方は、本当に…………魑魅魍魎が闊歩するこの魔境で、あまり人が好いと取って食べられてしまいますよ」

 

 「なら俺は大丈夫だな。化け狸にお墨付きを貰うぐらいには、性悪らしいから」

 

 驚嘆と呆れを含ませて言う阿求に、創一は軽口で返した。だが、口調とは裏腹に、そこに込められている意志は鋼のように強固だ。それが伝わるからこそ、阿求もそれ以上追及することはできなかった。

 

 「……ご武運を」

 

 短く、されど強い、ただその一言をもって、阿求は去っていく少年の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡い紫が野を彩っていた。紫苑の花である。

 近年、数を減らしているとされる野草も、幻想郷という特異の環境ではその限りではないらしい。

 本来微かな芳香も、花畑の如く咲き誇れば変わるもので、視覚と嗅覚を今や紫苑が埋め尽くしていた。

 

 幻想的な光景でもあり、不気味でもある。

 普段とは違う、何か大きな出来事の前兆のように思えた。それを助長するように、吹いた秋風が、背骨をぞわりと逆撫でるような奇異な感覚をもたらした。

 

 「存外、早かったな……」

 

 風が止み、辺りの音が静まる。その瞬間、刺すように向けられた視線に創一は呟き、自分の腰に差す刀の柄に手をかけた。

 

 件の刀狩りが現れる正確な場所や時間は分からない。それ故に、創一がとった行動は至極単純、自分が持つ最も上等な刀を腰に差して、人里の外を散策するというものだった。

 

 今創一が帯刀している一振り、打刀と呼ばれる種類のその刀は、稲荷神の加護を受けた霊刀であり、刀そのものとしても名刀と呼ぶに相応しい大業物である。名を【白月(はくげつ)】。刀剣に魅入られた者が、見逃すことのできる一品ではない。

 

 「――命が惜しくば、その刀を置いていくがいい」

 

 低く、くぐもった声が響く。

 目を向ければ、紫苑畑の先、大きなブナの木の枝の上にソレは佇んでいた。

 笹竜胆の意匠が描かれた赤い軽装の甲冑に身を包み、背に幾つもの太刀を背負っている。兜は着けておらず、総髪が微かに揺れていた。顔は黒い天狗の面で覆われ、その表情はうかがい知れない。

 

 絵巻物から飛び出してきたような武者の姿。だが、創一が最も注意を引かれたのはソレの恰好などではなく、二の腕の半ばから断たれたと見える左腕であった。

 

 (隻腕という情報は無かった。これも認識阻害の影響か? いや、これはおそらく……)

 

 頭に浮かんだ可能性を思案しながら、創一は推定刀狩りと見られる存在を睨む。

 

 「お目が高いと褒めてやりたいとこだが、生憎これは俺の元主人から賜ったものだ。はいそうですかと、くれてやるわけにはいかないな」

 

 柄から手を離さずに創一が言えば、天狗面の刀狩りはしばしの間黙り込んだ。

 

 「……そうか、主人の…………」

 

 表情は見えない。だが、創一の異能の目が、その天狗面の下で蠢く複雑な感情を捉えていた。

 

 (哀愁、懐古……徐々に湧き上がるのは後悔と憤怒の感情。諦める気はないらしい)

 

 刀狩りが木の上から、紫苑の花を踏みつけて地に降り立った。天狗面から差す視線が、狐面の間から差す創一の視線とぶつかる。

 

 「……加減はしない。刀を置いていかぬと言うのであれば、殺して奪うまでだ」

 

 刀狩りが太刀をすらりと抜き放つ。創一もまた、それに応えて【白月】の刀身を開放した。

 

 「威勢はいいが、隻腕で可能なのか?」

 

 「……舐めるなよ」

 

 不機嫌な声とともに刀狩りが構えた。刃を天に向け、刀身を地面と平行に、自分の顔の側面にまで柄を運ぶ、霞構えと呼ばれる型。

 対する創一は中段に刀を構え、刀狩りの一挙一動を注視する。

 

 両者の間合いはおよそ4メートル。刀の間合いとしては遠いが、人の身を超えた力を持つ者たちにとっては、ものともしない距離だ。

 先に動いたのは刀狩りの方だった。

 

 ゆらりと、陽炎の如く輪郭が揺らめき、刀狩りの姿が掻き消える。続いて、鋭い刃が空気を切り裂く音が鳴った。

 

 「――ッ!?」

 

 その結果に、刀狩は目を見開いた。初手で勝負を決するつもりだっのだ。だが、それまで戦った退魔師たちのほとんどを破った一撃を、創一は容易く刀で受け止めてみせた。

 

 「軽いな」

 

 噛み合う刃、だが片方は隻腕だ。拮抗などせず、鍔迫り合いに持ち込む間もなく、刀狩りの太刀は横に弾かれ――がら空きとなった胴体に鋭い蹴りが叩き込まれた。

 

 「ぐっ……!?」

 

 人間離れした脚力によって、軽い爆発のような音が響く。鞠のように刀狩りの体が吹っ飛び、地面を転がった。軽装といえど、身に着けている甲冑の重量がまるで機能していない。

 

 「膝抜き……いや、縮地法に近い足運びだな。相手の視線を上手く切っていたが……隻腕なのが致命的だ」

 

 甲冑を土に汚す刀狩りから、視線を離さぬままに創一が言った。

 武術の基本になる踏み込みを行わず、低い姿勢で素早く懐へと進入する特殊な足さばき。集中する視線から澱みなく移動されれば、例え視界の端では姿を捉えていようとも、かき消えたかのような錯覚すらを相手へもたらす。

 高い技量が成せる技、故に――()()()。歩法の速度に、剣速が追い付いていなかった。

 

 至極単純な話だが、隻腕のみで操作する刀はそれだけ遅く、軽いのだ。片手で刀を扱う刀法も存在するが、少なくとも刀狩りが使う技とは術理が違う。

 

 (技が噛み合っていない。重心も微妙にずれていて、歩法が持ち腐れている。となればもう、答えは一つしかない――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 隻腕になったのなら、それに応じて動きを調整する必要がある。しかし、刀狩りがその擦り合わせを十全に行えていないのは明らかだった。

 では、一体誰が刀狩りの腕を切り落としたのか。人里の退魔師たちではまるで相手にならなかったというのにだ。

 

 「……剣聖とやらは、それほど手強かったのか?」

 

 創一の問いに、面から覗く瞳が訝しげに細められる。だが、直ぐに何か得心がいったようだった。

 

 「剣聖とはまさか、あの老いぼれのことを言っているのか? 馬鹿な、確かに()()の腕前だったが……それだけだ。使っていた獲物も、まぁひどい()()()()で――」

 

 「――でも、剣士の命とも呼べる腕を斬られたんだろ」

 

 創一の指摘に、刀狩りの瞳が揺れる。

 

 「それは……私がただ…………」

 

 「()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()。武芸者の風上にも置けない俺でも、そんなふざけた台詞は吐かない」

 

 「――ッッ……!?」

 

 ぎりりと、面の下で刀狩りが歯噛みする。

 強まる怒りの情。挑発がよい具合に作用し、付け入る隙が生じた。創一は勢いよく地を蹴る。

 

 再び開いていた距離が一瞬にして喪失し、逆袈裟に切り上げる刃が刀狩りを襲う。

 得手とする素早い足運びで、刀狩りはその一撃を回避した。が、瞬時に翻った刃が、今度は袈裟懸けに繰り出される。

 

 刃がぶつかって甲高い音が響き、たまらず洩れた刀狩りの苦悶の声を打ち消した。

 隻腕で受ける一撃の重さは、着実に握力を殺していく。剣速で分が悪い以上、攻撃を受け流す余裕も与えられない。

 

 二人の戦いは最早詰め将棋のようなものだった。無論、追いつめられる王将は刀狩りの方である。

 創一に慢心は無く、冷静かつ着実に、駒を打つように刀が振るわれ、そのたびに刀狩りの体に傷が走った。

 

 「ッ――オオォォ!!」

 

 獣のように刀狩りが吠えた。状況を打開すべく、鬼気迫った一刀が横一文字に振るわれる。回避や防御を無視した、まさに肉を切らせて骨を切るためのものだ。

 だが、創一はその一撃を冷ややかな視線で見つめ――がちりと、肘と膝で太刀の刀身を挟み込み、止めた。

 

 「なっ――!?」

 

 刀狩りの口から、思わず驚嘆の声が漏れる。が、それも束の間、直ぐに太刀から手を離し、刀狩りは急いで後ろに飛びのいた。

 刃が煌めき、刀狩りが寸前までいた場所の空気を裂く。あと一瞬でも回避が遅れていれば、その反撃の一刀は自分の首を落としていただろう。刀狩りの頬を冷や汗が伝った。

 奪いとった太刀を放り捨てて、創一が言う。

 

 「確認しておくが、お前人間ではないよな?」

 

 対妖怪において、創一は百戦錬磨と言っていいほど、その齢にして異常なほどに経験を積み重ねている。故に、彼の()()()()()()も並の退魔師のそれを遥に凌駕しており、人の振りをする妖を見抜くことは当然として、大抵の妖怪の正体すらを判別することができた。

 

 だが、その目を持ってしても、刀狩りの正体は判断しかねる。おそらく。刀狩りに関する記憶を曖昧にしていた被害者たちと同じ理由だろう。

 創一は、視線を刀狩りの顔を覆う天狗面へと向けた。その面から強い魔力を感じたのだ。

 

 (あの面は明らかにマジックアイテムの類だ。被害者の証言が曖昧だったのも、面のせいだと考えて間違いないだろうが……)

 

 思案を巡らす創一に向って、刀狩りがゆっくりと口を開いた。

 

 「……要らぬ気づかいだ」

 

 背中に背負った太刀の一つを引き抜いて、刀狩りが中段に構える。面から覗く瞳は力強く、何かを覚悟したものだった。

 

 「そうか、なら――遠慮はいらないな」

 

 その言葉を皮切りに、創一の周囲にだけ風が吹き荒れた。紫苑の花弁が木の葉のように舞い、宙を淡い紫で彩る。小さな竜巻程に膨れ上がった風は、収束し、まるで衣のように創一の身体を包んだ。

 

 五行における木、八卦の巽。同じく木に属する雷と並び、創一が最も得意とする風の術。荒れ狂う暴風を味方につけて、そこに佇む創一の姿はまるで天狗のようだった。時に畏れられ、時に神としてすら崇められる、超然たる怪物の姿。

 

 (やはり、全力では無かったのか……)

 

 刀狩りは静かに己の敗北を悟った。

 元より万全な状態であったとしても、勝てるかどうか分からない戦い。そのうえ、更に一段階相手のギアが上がったのだ。最早勝機は万に一つも見いだせない。だが、刀を置く気も無かった。

 

 「――飛鷹。私の名は飛鷹だ」

 

 突然告げられた名に創一は静かに頷く。言葉にせずとも、刀狩りの意図は伝わっていた。

 

 「……狐守創一だ」

 

 返された名乗りに、刀狩りの目が満足気に細められる。

 互いに柄を握る手に力を込め、腰を低く落とす。ぶつかり合う両者の視線は何処までも真っすぐで、風の音だけが辺りに木霊していた。

 決着の瞬間が刻一刻と近づき、遂に――――最後の一刀が交差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷には火の手が上がっていた。あちらこちらから怒号があがり、大勢の足音と鎧のこすれ合う音が響く。

 逃げ場は無かった。もう間もなくすれば、追手はこの持仏堂まで足を踏み入れるだろう。

 

 「一体、どこで間違ったのか……」

 

 それまで祈りを捧げていた観音菩薩像から視線を落とし、男は一人呟いた。男の顔には数多の情が浮かんでいる。悲哀であり、悔恨であり、あるいは怒りでもあった。

 

 男は紛れもない英傑だった。生まれからときからして、余人にはおよそ理解できない逆境に立たされて尚、己が才覚と頑強たる意志のままにあらゆる苦難を打ち払い、遂には時代を切り開いて見せた。

 

 しかし、男は今、どうしようもない袋小路に立っている。一族の復興のため、怨敵を打ち倒すために、共に駆けたはずの兄弟の不興を買い、身を寄せた者にすら裏切られ、生を終えようとしていた。

 

 「官位を受けたが不味かったか……あるいは、()を得ていれば……」

 

 今更詮無きことと分かっていれど、もしあのときこうしていたらと、後悔するのは人の常だろう。

 男は怪物の如き才気を持ってはいたが、確かに人の子だったのだ。男の頬を伝う雫がその何よりの証明だった。

 

 自分の名誉を守るため、今も必死に敵を食いとどめている家臣と、先立った妻子の名前を最後に呟いて――男は抜身となった()を掲げた。

 

 ギラリと鈍色に輝く切っ先が男の喉へと向く。

 ――止めてくれ、その叫びは声にならず、私の刃が男の命を奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……口惜しいな。結局、私は何も(あがな)うことができないのか……」

 

 空を見上げながら少女は呟いた。口調とは裏腹に、面を失い露わとなったその表情は、何処か晴れ晴れしくもある。

 

 「私が言うのもなんだが、奪った刀は持ち主に返してやってくれ」

 

 飛鷹の頼みに、創一はこくりと頷いた。

 

 「あぁ、勿論だ」

 

 「ありがとう……こいつも頼みたい」

 

 飛鷹は満足気な顔を浮かべた後、自分の懐をまさぐり布の包みを取り出した。創一が受け取って布を取り払ってみれば、そこには一振りの折れた刀がある。根元の方から折れているようで、長さは短刀程だった。

 創一は首を傾げる。

 

 「これは?」

 

 「私の片腕を斬った男が所持していた刀だ」

 

 「なんだ、なまくらと言った割にしっかり回収していたのか……」

 

 呆れたような物言いの創一に、飛鷹は鼻を鳴らした。

 

 「ふん、なまくらという評価に変わりはない。お世辞にも業物と言えない品だ。男の剣の腕も、剣聖と呼ぶには値しない。お前ほどの剣才を感じなかった……それなのに――」

 

 飛鷹はそこで言葉を一旦止める。そして、未だに腑に落ちない、まったく不可解なことを思い返すような顔をして、再び口を開いた。

 

 「――私は腕を斬られた。慢心したつもりはない。私は正しく力量を計れていたはずだった。だが、あの男が最後に放った一撃だけは、()()()()()()()()()()()

 

 「……そうか。なら、その剣聖とやらは道を知り得たんだろう」

 

 「道?」

 

 「そう、道だ。剣にしろ弓にしろ、大抵の物事は悟りや真理などというものに通じている。その男は真に道を求めて行く者で、最後に一端を掴んだんだろう。あの手の連中は、こちらがどれだけ正確に分析しても、全てを凌駕し得るからな」

 

 やけに実感の籠った物言いで、創一は肩を竦めた。

 

 「そういうものなのか……だが、あの見事としか言えない一撃が、頂きに手を掛けたものだというのは納得できる。あの一瞬だけ……なまくらだったはずの刀が、どんな名刀も及ばないくらいに輝いて見えたんだ」

 

 遠い目をして、飛鷹が言葉を続ける。

 

 「まるで、刀があの男のために身の丈を超えた力を発揮したようだった。男の命とともに、刀身が砕け散るのを見たとき――私は言葉を失った」

 

 なまくらだと侮ったはずの刀が、主人の死とともに、道具としての役目を終えて見せたのだ。その忠誠を前に、飛鷹の心は大きく荒れた。

 

 「悔しくて仕方が無かった。だから、折れた刀に用など無いはずなのに、気づけばそれを持ち去っていた。悪いことをしてしまった。男の墓前へ、それを返してやってくれ」

 

 「分かった、約束しよう」

 

 伝えるべきことを全て終え、思い残すことが無くなったからか、飛鷹の体が少しずづ薄れ出した。

 指先が既に半ばほど消えた手を空に向けて、飛鷹は微笑する。

 

 「長らく、お待たせしました…………今、そちらへ伺います――――様」

 

 か細い声で主と思しき者の名を呟いて、飛鷹はその体を霧のように霧散させた。後には、奪われた何本もの太刀と、割れた天狗面、そして――

 

 「まさか、刀狩りの正体が()()()だとはな……」

 

 砕け散った抜身の護り刀だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地面に整然と並べた太刀の前で、創一は思案気な顔を浮かべていた。

 

 (生存者の刀は本人に返せば問題ない。本人が死んでいる場合は家人に渡せば済む。問題は……)

 

 「こいつをどうするかだな」

 

 砕け散った護り刀を見つめて、創一は呟いた。

 飛鷹の本当の姿、付喪神の核となる物品である。飛鷹は死に、復活することはもうないだろうが、核であった名残でかなり強い魔力が刀には籠っていた。放置できるものではない。

 

 (悪用を避けるためにも、回収するのがいいか。蔵はまだまだ空きもあるし、本人からすればたまったものじゃないかもしないが……そこまで気にしていられない)

 

 創一は護り刀を足元の影、その先に広がる異界へと仕舞い込んだ。他の太刀もひとまず片付けようと腰を下ろそうとして――背中に走った悪寒に、創一は地を蹴って前方へと転がり出た。先ほどまで居た場所を眩い閃光が走り抜け、地面が抉られる。

 

 「――――アレを避けますか……なるほど、あのお爺さんを倒しただけはありますね」

 

 陽の光を浴びて、白刃が煌めく。

 反りが深く、長い刀身、並の人間では扱えないはずの大太刀をその少女は軽々と片手で弄び、鞘へと納めた。

 少女の周りに、人魂のような半透明の物体が漂う。

 

 「……お前、名前は?」

 

 尋ねる創一に少女は一瞬の逡巡の後、口を開いた。

 

 「刀狩りのような下郎に名乗る名はない――と言いたいとこですが、貴方を腕の立つ者と見込んで、名乗りましょう――――魂魄妖夢と申します」

 

 敵意の籠った少女の眼差しが、創一を真っすぐに見つめていた。

 

 

 

 

 




 やっと妖夢を登場させることができました。中々好きなキャラを出すタイミングが無くて。次回、初のVS原作キャラです。
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