骨が悲鳴を上げるように軋む。傷口が持つ熱が全身を火照らせ、呼吸は乱れる。心臓は常に早鐘を打っていて、瞳孔が狂った視界は点滅していた。
満身創痍。少女の様相を誰もがそう評するだろう。それは彼女自身も自覚していることだった。だが、それでも彼女は止まらない。
体を蝕む痛みと熱、腹の底でぐつぐつと煮えたぎる欲望、その全てを動力として魂魄妖夢は刃を振るう。その顔に、無邪気にはしゃぐ童のような笑みを張り付けて。
「――ふふ、あはははっ」
笑い声とともに振るわれる楼観剣が創一の黒髪を掠めた。
一体誰が信じるというのだろうか。先刻、傷一つなく少女を制圧せしめたはずの少年が、死に体となった彼女に、今まさに押されているなど。
それはあまりに不合理な出来事。
両足を負傷したせいで足さばきは機能せず、妖夢は体を地面すれすれに浮かしている状態だった。左腕が折られたために、右手のみで操作する刀はその分軽く、鈍い。
にも関わらず、鋭さを増した剣技が創一を着実に追い詰める。
【未来永劫斬】
煌めく斬撃の奔流が創一の防御を遂に潜り抜けた。創一の頬に朱い線がはしる。。怯むことなく創一は刀を薙ぐが、その反撃は蝶の如く舞う少女には届かない。
先の攻防とは全く異なる少女の動き。戦慄すら覚える技の冴え。創一は早々に、蓄えていた魂魄妖夢の分析をかなぐり捨てた。
(最早こいつは別物だ。意識を切り替えろ、身体能力が上がったわけではない。負傷をものともしない圧倒的な技量。だが、付け入る隙はある。こいつはあくまで、まだ
術によって強化された創一の肉体の頑強さは並ではなく、優れた刀に埒外の膂力か技量が乗って初めて傷をつけられるレベルである。
だが、今の妖夢であれば、その肉体を一刀両断できたとしてもおかしくは無い、そう思わせるだけの気迫があった。
(何が何でも大技だけは直で受けない。この際肉はいくらでも切らせてやればいい)
瞬時に戦術指針を叩き出し、創一は刀を構えた。
片膝片手を地面につき、刀を水平に、四つ足獣が如く――【貪狼の型】と呼ばれる異形の構えを前に、妖夢は嬉しそうな声を挙げた。
「またその構えですね。今度は負けません」
その奇異な姿故に一度は侮り、不覚を取った技。今度こそはと、妖夢は闘志を燃やす。
飛翔高度を上げ、少年を見下ろす位置へ。妖夢は楼観剣へと膨大な妖力を注ぐ。
緑色の光を帯びた刀身が膨張し、地を叩き割る程の豪剣が誕生した。そこから繰り出されるは、
「断迷剣――」
【迷津慈航斬】
自由落下を味方につけた刃が迫る。純粋な威力であれば。妖夢の持ち得る技の中で最高クラスの一撃。
回避では無く、創一は正面から迎え討つことを選んだ。
霊力を注がれ、【白月】の刀身が眩く輝く。
創一は地に伏すぎりぎりの低姿勢から、手足に力を込め、バネの如く地を蹴る。まるで、貪欲な獣が空へ飛び去る獲物を追って跳ぶように。放たれるは異形の剣技。
【貪狼剣・飛燕失墜】
両者の剣が激突する。噛み合った刃が火花を散らし、ぶつかり合う霊力と妖力が空間を歪めた。小爆発が起きるとともに、生じた斥力が二人の体を吹き飛ばした。
妖夢は未だなんとか空中に留まる一方、不利となる下方に居た創一は地に叩きつけられて転がる。だが、妖夢はそれをチャンスとばかりに攻め込まない。否、できなかった。
「本当に、油断できない人ですね……」
いつの間に投擲していたのか、横腹に突き刺さるのは一本のクナイ。そこから零れ落ちる自らの血液を眺めて、妖夢が感嘆の声を漏らす。
何故不利な位置に居ながら真っ向から勝負に出たのか。なんてことはない、最初から肉を切らせてより深い損害をこちらへ与えるためだったのだろう。
「別に糾弾しても構わないぞ。小癪だとかな……慣れてる」
ゆっくりとその場から起き上がる少年に、何を言っているんだと、妖夢は鼻を鳴らす。
「そんな馬鹿は放っておけばいいんです。小細工、搦め手、上等でしょう。使えるモノ全てを使おうとする貴方を、私は尊敬すらします」
戦いとは総合的なものである。腕力、速さ、技量、それら何か一つだけで決着がつくものでもない。
彼の大剣豪が、決闘に勝つために時の理までもを持ち込んだというのは有名な話だ。
「遠慮はいりません。貴方の全てを私に見せてください。その上で――私は貴方を斬りたい」
湿っぽい瞳が創一に向く。
妖夢の持つ感情の色、それは最早見る必要が無い程に常軌を逸したものだ。
「狂人の尊敬ほど嬉しくないものも無いな」
言いながら、創一は刀を今度は上段に構えた。同じ技が、そう何度も通じる相手ではないことが明らかだったからだ。
少年に合わせるように、妖夢もまた地面近くまで下降する。両者の間合いはおよそ十数メートル。
(もう剣技では向こうの方が数段上、太刀筋も見切られ始めてる。だから、ここからは文字通り手を変え品を変える)
先手を取って、創一が駆け出す。と同時に投擲されるのは彼の手にあった打刀。白兵戦における武器の投擲。常識外れの一手を、しかし、妖夢は冷静に対処した。
体の中心目掛けて飛ぶ刀を楼観剣で撃ち落としながら前へ踏み込む――後は無防備となった創一に切り込むだけ。
「――ッッ!?」
妖夢が目を見開く。刀を投擲した勢いのまま、体を捻る創一の右手。そこに握られる何かが、陽の光を受けてギラリと輝いた。
超人的な膂力で再度投擲されるは鈍色に輝く鎖。その先端に付けられた鎌が蛇頭の如く妖夢の喉笛へと襲い掛かる。
(二段構え!? まずい――――‼)
刹那の時間。勝利の目を掴むため、妖夢は半ば反射的に行動した。
鋭い鎌が肉を裂き、鮮血が飛び散る。だが、
(――左腕はもういらない)
二の腕から先があらぬ方向へと曲がった腕を犠牲にして、妖夢は更に前へと踏み込み、上段から創一目掛けて切り下ろす。
鎖を投げ捨て、装束の袖より取り出した二本の小太刀をもって、創一はその一撃をいなした。
「便利な技ですね、それ……ですが」
続く二の太刀。横薙ぎに銀の線が奔り、音を立てて両方の
「なっ!?」
驚愕に歪む創一の表情。悪戯が成功した子供のように、妖夢が微笑んだ。
「――楼観剣に斬れないものはあんまりないんです」
今度こそ真に無防備となった創一。
防御も回避も能わず――振るわれる刃が創一を袈裟懸けに裂いた。先ほどのものとは比べ物にならない深い傷。噴き出す血飛沫が妖夢の銀の髪を染める。
(あぁ、もう終わってしまった……)
唇のそばに付着した雫を舌で舐め取り、妖夢は崩れ落ちる少年の身体を見届ける。勝利の歓喜と寂寥。胸の内で複雑に感情が揺れ動いた。
創一の膝が地面へとつく。死を直前にした肉体の弛緩がその全身へと巡る刹那、創一が顔を上げた。瞳が真っ直ぐに妖夢を射抜く。
(――――――――綺麗…………)
それは死にゆく者の虚な目では無かった。人形のような無感情なものとも違う。覗き込む者を焦がす程の、熱が籠った
「ッ!?」
妖夢が己の失態に気ついた時にはもう遅い。
完全な脱力、地に伏せるほどの低姿勢、そこから体を捻り、回転の力を加えて繰り出される変形の蹴り。
予想外の体勢から放たれた攻撃が、下から妖夢の顎を打ち据えた。痛恨の一打。脳が揺れ、妖夢の全身から力が抜けた。
生じた決定的な隙、創一は更に畳み掛ける。素早く立ち上がり、縦にした拳を少女の鳩尾へと叩き込んだ。
「がっ……!!」
確かな手応え。うめき声をあげる妖夢に構わず、創一は拳を振り抜く。軽い少女の体はくの字に折れ曲がり、受け身を取る間もなく、周囲を囲む木の一つへと激突した。
なけなしの空気と、唾液混ざりの血液が彼女の口から零れた。
(――まだだ! 念には念を――確実に仕留める!)
足元の影より新たな武器、朱色に輝く金属の戦鎚を取り出して、創一は追い討ちをかけるべく地を蹴る。が、その眼前に人影が割り込んだ。
創一は端正な顔を歪める。
「――――っ」
繰り出される銀線が創一の頬を掠める。突如として現れた伏兵、その手に握られているのは、荘厳な耀きを放つ白刃、先ほど創一が投擲した『白月』であった。
だが、自らの武器を奪われたことなどはどうでもいい。
そんなことよりも、創一を驚愕させるのは、妖夢を庇うように立ちはだかった
◇
(……あぁ、私は何をやっているんだろうか)
眼前で繰り広げられるのは死闘。戦鎚を雄々しく振るう少年と、白刃を振るう少女の命を賭した凌ぎ合い。
目が眩む光景を前にして、妖夢はただ傍観者でいることを義務付けられる。生殺しにもほどがあるというものだ。
付け加えれば、少年と相対する少女が他ならぬ妖夢自身の分身、半霊であるという事実が、妖夢の胸をいっそう強く締め付ける。
妖夢はこの戦いに半霊を参戦させる気は無かった。しかし、半霊は何も妖夢の自由意志のみで動くものでは無い。傷つき、命の危機に瀕した肉体の防衛本能、それが半霊に人の形を取らせ、止めを刺そうと迫る創一を迎撃させたのだ。
あれもまた自分なのだから、それでいいではないか。そんな風に納得しようとしても、到底呑み下せない。
ようやく見つけた好敵手。死を目前に一切怯むことなく、敵を見据え、ただ冷徹に仕留めようとする少年の姿は正しく修羅だ。魑魅魍魎蔓延る幻想郷といえど、そんな人物が一体どれほどいるだろうか。
先ほど一瞬、紫に輝いて見えた瞳は既に元の青色へと戻っており、その視線はただ真っすぐに半霊へと向いている。
無論あれほどの手練れだ。妖夢の動向をまったく伺っていないことはあるまい。だが最早、わざわざ視線を向けるほどの脅威だと、捉えられなくなったのも事実。それが妖夢にはたまらなく悔しい。
いっそ意識を失った方が楽だったかもしれないとさえ思う。ただ指を咥えて見ているだけなど、焦がれて死んでしまいそうだ。最も、当の少年自身は、戦いそのものに意義を見出しているわけではなさそうなので、迷惑千万な話なのだろうが。
(あの瞳が……真っすぐ自分に向けばいいのに…………)
だが、今の妖夢にはその願いを叶えるだけの力は無い。手足が片方ずつ折れ、内臓にも損傷が及んでいるであろう体で、半霊と創一の戦いに割り込むだけの力は無い。
(悔しい……悔しい! けれど、今の私じゃ……‼ 何か、何かないの? 何でもいいから……どうなってもいいから……この一瞬を打開する力は‼)
「――――うっ……」
妖夢の脳裏に少年の瞳が、紫の輝きが浮かびあがる。その瞬間――全身の血が沸騰するように熱くなった。特に高熱を帯びるは妖夢自身の双眸。視界が歪む。映る世界の色彩が狂う。けれど、気分は決して悪くなくて、
(……何? 私の目……一体どうなって……?)
自分の身に突然起こった異常。その感覚には覚えがあった。かつて妖夢が解決のために奔走した異変。夜が明けなくなった幻想郷で、一時的に彼女はある特殊な力を手にした。その時の感覚と今の状態はあまりに酷似している。
(間違いない……これはあの夜に手に入れた力だ。でも、今更どうして? 永琳さんの薬であれは……)
妖夢の脳裏に浮かぶ疑問。だが、すぐにそれはどうでもいいものだと彼女は結論づけた。自らの疑問を投げ捨てた。確信があったからだ。体に漲り出す力に、これなら再び戦いに加わることができると。
(理由はどうでもいい。代償だって!)
楼観剣を地面に突き刺し、杖の代わりとして妖夢は立ち上がる。創一の視線が、ちらりとこちらに向けられる。と同時に、半霊が妖夢を庇う位置に立った。
無防備な半霊の背中が向けられ、彼女の肩越しにだけ創一の姿が見える。
妖夢は小太刀である白楼剣をすらりと抜き放ち、
「……ごめんなさい」
謝罪の言葉とともに、白刃を
◇
(……何が起こった?)
創一は目の前の状況を判断しかねていた。こと戦においては即断即決を信条とする彼だが、その彼をしても眼前の光景は理解し難い。理解ができないならば、早々に見切りをつけて敵に斬りかかればいい。そうも考えるのだが、不用意に突っ込むのも危うく思える。
突如として現れた妖夢と瓜二つの少女。その正体が、おそらく妖夢の周りを漂っていた人魂のような物体であろうことは、既に創一も察している。
手強い相手だった。決め手に欠けている内に、再び本体である妖夢が立ち上がったことには肝を潰した。死に体といえど、半霊とのコンビネーションを確立されては、更に勝ちの目が遠のく。
そう判断して、妖夢を真っ先に始末しようと動いた瞬間、創一はその
瞳孔が開ききった妖夢の双眸。熱を持って創一へと向けられるその瞳が、
ただ瞳の色が変わっただけなど、間違っても考えない。異能の目を生まれつき持つ創一だからこその確信。
完全な失態。自身の不甲斐なさに内心で舌打ちする創一の目に
不意に胸を貫く刃。唖然とした表情を半霊。体はそのまま力なくしな垂れていき、妖夢にそっと後ろから抱き留められる。
半霊の体が徐々に輪郭を失い、白い靄へと変わる。その靄が、妖夢の体を包み、淡い光を放ちながら吸収される。
「…………マジか」
創一は絶句した。
満身創痍だったはずの妖夢の体が、急速に癒される。出血が完全に止まり、傷口が閉じ、折れた手足までもが元のあるべき形をとった。
(超再生……というよりは、半霊を吸収した分のHPが足された感じか? どちらにせよ……四肢が回復したのはまずい!)
片手片足の状態ですら、妖夢は超絶的な技巧によって有利に立ち回っていた。ギリギリ保てていた均衡が崩れ去るのは必定だろう。
妖夢の赤い視線が向けられる。初めて創一の額を嫌な汗が伝った。
「お待たせ致しました……決着をつけましょう」
三日月の如く、妖夢の口角が上がった。
◇
「――人智剣」
【天女返し】
その刃は容易く音を置き去りにしていた。切り裂かれる肩口に歯噛みしつつ、創一は刀を振るう少女の動きに注視する。が、到底見切れるようなものでは無い。
流れる水のような動作から、烈火の如く激しい剣技が振るわれる。時に流水、火炎あるいは疾風。武の高みに達しているであろう技は、数多のイメージを見る者に抱かせる。
両者の剣士としての彼我の差は明らかだった。創一の剣技はとうに見切られ、通じない。
僅かな時間の内に打ち合った数はおよそ四十合あまりに及ぶ。だが、新たな傷を負ってゆくのは創一だけ。身に纏う白装束が赤く斑に染まっていた。
細かな切り傷を挙げればキリが無い。片耳に至っては欠損している。あれは丁度二十合目のことだっだだろうか。
(動きにはまだ支障が無い……が、出血が続くと流石にまずい)
活動の限界が見え始める。
一方で、相対する妖夢もまた呼吸が荒い。かなりの量の冷や汗が滲んでいて、相当無理をしていることが見て取れた。
(傷を負ったわけでもないのにあの有様……瞳の性か、それとも半霊を取り込むというのは反動があるのか……どちらにせよ、終わりは近い)
針の穴に糸を通すように、連撃の間をついて創一は反撃に転じた。手にした鉄鎚を上段から力いっぱい振り下ろす。狙うのは妖夢本人では無く、足元の地面。鉄槌が持つ
「くっ!?」
刀を振るおうとしていた妖夢の姿勢が崩れる。
(――今だ!)
創一の足元の影、そこから数多の武器が妖夢目掛けて一斉に射出された。完全に不意を突いた一手。技量の差を埋めるための駆け引きだった。
刀剣と槍によって形成される剣山。眼前に迫るそれに対して、妖夢は咄嗟に身を捻りながら二本の刀を振るう。神速の技は剣山のほとんどを弾き飛ばすが、捌ききれなかった分の刃が妖夢の体を掠めて肉を抉り取った。
鋭い痛みが体のあちこちを襲う。だが、極度の興奮状態にある妖夢には、そんなものは熱を醒ます冷や水にすらなりはしない。致命傷でないならどうでもいい。そう言わんばかりに、赤い目を爛々と輝かせながら、妖夢は楼観剣と白楼剣の柄を握りなおす。
「まだまだ、勝負はこれからですよ!」
「知ってるさ」
流血しつつも、子どものようにはしゃいだ声をあげる妖夢。軽く流しながら創一は妖夢へと肉薄する。彼の手元で輝く朱色の鉄槌、尋常じゃない威力を発揮して見せた武器に妖夢の警戒が一心に向いた。
(――あの鎚、何かがおかしい! 創一君の膂力は身をもって知ってる! それでも、さっきの一撃は強力すぎた‼ 恐らく、私の白楼剣のような特殊な武器……)
「無駄だ」
一切の感情を廃した冷たい声が響く。と同時に、創一の手から鉄槌の柄が手放された。
「――――えっ」
警戒すべきはずの鉄槌が地面に落ち、黒い影の中へとぷりと沈んでいった。唖然とする妖夢の前で、上空から降ってきた槍を創一は手早く掴み取る。その槍は、先ほど妖夢が四方に弾き飛ばした武器の一つだった。
創一が再び口を開く。
「選手交代だ」
その言葉を皮切りに槍が振るわれる。一つの瞬きの内に繰り出される幾重の刺突。暴れ狂う穂先は刺突に限れば妖夢の剣速にもそう劣らない。そして何より、
(――捌ききれない! あまりに動きが別物だ!)
妖夢は絶句する。ただ武器を持ちかえただけではない。その武器の特性を活かすための武術が切り替わることは勿論、武器を振るっているときの呼吸、体捌きのリズムといった細部までもが全く異なるものへと転じていた。
(一人の人間を相手にしている気がしない! まるで、同時に何人もの武芸者と相対しているような――――‼)
重ねて言うが、今この瞬間、魂魄妖夢の剣技は創一のそれを凌駕している。彼の剣技は彼女に敵わない。では、槍術や鎚術ならばどうだろうか。別分野の彼の技量であれば、妖夢の剣技を超え得るか。答えは否である。それ
だが、如何に死に瀕し、武の核心を掴んだとしても、魂魄妖夢には経験というものが欠如している。彼女は鎚の使い手を相手取ったことは無かったし、槍の使い手相手の対戦経験も乏しい。
切り替わる武器と武術、優れた才能だけで対応できるか。答えは否だ。才能だけで全てを凌駕できるほど、先人たちの研鑽の歴史は軽くない。
「――ふッ!」
吐き出す呼気。槍の軌跡が弧を描く。迎撃の刃をかいくぐって、銀の穂先が妖夢の体に傷を刻んだ。
「~~~~ッッ!?」
依然として致命傷という程のダメージは無い。だが、
(――確実に削られてゆく! 半霊を吸収したって全快したわけじゃない! このままではまた! その前に――――)
「はあぁッ!」
気合いの声と共に、妖夢は力を込めた一閃が奔る。それまでとは違った豪剣に、防いだ創一の体が後退した。間合いが開く。
(ここだ! ここで決める! 今度こそ――――私の全身全霊を‼)
妖夢の瞳が一際強く輝く。人を狂わせる狂気の瞳。その効力を遺憾なく発揮して、妖夢が放つは――永遠の夜に辿り着いた絶技。
【待宵反射――】
――鎖の音が響く。目の前の光景に、妖夢は表情を凍り付かせた。
創一の持つ一本の槍、その長い柄が三節に分裂し、節をつなぐ鎖が日光を反射している。
(――三節混……!?)
異形の武器、
取り回しの良い白楼剣をもって防御に回るが、間に合わない。流れるような動作で振るわれる棍は、妖夢の予想を凌駕する軌道で動き、
「うっ……」
重たい一撃が妖夢の胴体を捉えた。目が眩む痛み。胃液がせり上がる。
(まだ……負けていない!)
根に取りつけられた槍の穂先が容赦なく、未だ痺れが残る右手を斬りつけた。手から零れた楼観剣が地面を転がる。
痛みに顔を顰めながらも、妖夢はその赤い瞳で創一を見据えた。至近距離、本来であれば相手の精神は狂い、まともに戦うことはできない。しかし。
「――っ!?」
何処までも冷静な色を瞳に宿して、創一は攻撃の手を休めない。
(何で? どうして瞳が効かないの……?)
息をつく間もない連撃がその思考すらも許さない。疑問を捨て置き、妖夢はどうにか残った白楼剣で根槍の攻撃を横に弾き飛ばすが、続けざまに放たれた蹴りが腹部に突き刺さる。
「かはッ……」
呻き声が漏れる。地を転がった妖夢の体。
速く立ち上がらなければ追撃が来る。そう考えて、妖夢が地面を掴んだ瞬間、その手に触れるものがあった。
自分が手にかけた半霊が使っていた打刀、元は創一の刀だ。
迷いを断つ白楼剣とは違い、武器としての優れた殺傷能力を持つ刀剣。妖夢は何かを考える間に、その刀を手に立ち上がる。
「……!」
「――あああああああああッッ!」
獣が咆哮するような絶叫をあげて、妖夢は駆けだした。
創一を見据えて、これが最後だと、剣技を振るう。それは先ほどまでの剣技と比べれば、繊細さを欠いた実に見苦しい一刀だった。しかし、
「…………お見事」
口から血を零しながら、創一が呟いた。
悪あがきめいた剣技が通用するほど甘い相手ではない。創一はいとも簡単に妖夢の手から打刀を弾き飛ばして見せ、続く白楼剣の一撃も受け止めた。
だが――妖夢が
それは創一が手ずから妖夢へと突き刺したものだ。腹部に突き刺さるクナイを眺めて、意趣返しをされたと、創一は笑う。
そして、未だに自分の勝利を信じられないと言うような、唖然とした表情を浮かべる妖夢を真っすぐに見つめると――その体をそっと抱きしめた。まるで彼女の健闘を称えるように。
「へっ……?」
状況が理解できず、間の抜けた声が少女の口から零れる。創一はそのまま少女の耳元に口を寄せ、
「――――だが、
突然の勝利宣言。創一の体を霊力の奔流が駆け巡る。何が起こるかを妖夢は察知するが、時はすでに遅い。眩い閃光と轟音、特大の雷撃が少年少女を包みこんで爆ぜた。
結局爆発オチっていう。
武器の詳細貼っときます。読み飛ばしても全然問題ないです。
『白月』
創一がよく携帯している刀。銘は三条。作成されたのは平安時代だが、形状は当時主流の太刀ではなく、取り回しの良い打刀と呼ばれるもの。狐守家の家宝であり、稲荷神の神力を注がれた最高峰の退魔刀。しかし、持ち主である創一の能力との相性が悪すぎて活躍の機会がイマイチ無い。
『星砕』
かつて玄翁和尚が殺生石を砕いたとされる金槌を、戦闘用に改良した一品。柄の部分は鋼鉄製だが、肝となる頭部分は希少金属であるヒヒイロカネでできている。使用者の任意である程度重量を操作することが可能。
『春嵐』
世にも珍しい三節棍槍。妖怪が鍛えたという以外に特筆すべき点は無い。穂先の形状は片鎌槍と呼ばれるもの。
『丹弓』
大陸の英雄が生前愛用していた弓。英雄はこの弓一つで数多の怪物を屠り、遂には太陽すらを射殺して見せた。元々は神聖なものだったが、英雄の破滅に伴い、穢れ果て、呪いの器に相応しきものとなった。
追記・創一の手に渡る経緯はエピソード化する予定。無名のあの方関連。
数打ちもの(刀、苦無、鎖鎌、小太刀etc)
本編でよく登場し、割と頻繁に壊れる武器たち。量産品といえど、どれも職人の腕が光る質の良い一品。壊せる連中が可笑しいだけ。
武器を使い潰す上等の創一は、おそらく付喪神勢には白い目で見られることになる。