東方狐神録   作:パック

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 リアルが忙しくなるので、これからいつも以上に投稿が不定期になりそうです。気長にお待ちくださると幸いです。


早すぎる再会

 

 

 

 雨が降っていた。ぽつりぽつりと天から落ちる雫は次第に激しさを増し、容赦なく少年の小さな体躯を打ちのめす。

 けれど、少年は何も感じない。感じることができない。雨粒の冷たささえも。

 

 そこに佇んでいるのは空っぽな人形だけだった。最早何の望みも無く、ただ朽ち果てるのを待つだけのもの。そんな少年の姿を眺め、嘲笑う者が一人だけ居た。

 

 『――実に、無様だ』

 

 それは影であった。少年の足元、地面に映し出された真っ黒な影は、徐々に輪郭を形作り、まるで鏡に映る像のように少年と瓜二つの容貌を取った。しかし、少年と影の姿には明確な差異がある。

 

 サファイアを思わせる青い瞳の少年に対して、影が持つ瞳は夕闇のような紫紺。更に影の体には幾つもの刃が無残に突き刺さっている。その数は全部で()()。だが、影はその身を劈く痛みをまるで感じていないかのように、超然な態度を貫いて言った。

 

 『結局のところ、お前の根本は変わらない。この光景の瞬間から、戻る道など無いのだ。それが何故分からない? あの弱い人間の女や、平和主義の女神の手を取れば変われるなど、本気で思っていたわけでは無いだろう?』

 

 「――楔を一本緩めてやっただけで、随分饒舌だな。負け犬は黙っていろ」

 

 電源を落とされた機械のようだった少年が、鋭く影を睨む。声は冷たいが、滲む激情は炎のようだった。

 影は大して気分を害す様子も無く、鼻を鳴らす。

 

 『負け犬――なるほど、認めよう。私はあの女狐に勝てなかった。そして、アレを殺したのは他ならぬお前だ。だが――」

 

 紫紺が真っすぐに少年を見据える。お前の全てはお見通しだというように、影は言う。

 

 『――お前が勝者と言えるのか? お前は自分がやり遂げた復讐に何一つ満足などしていないというのに――』

 

 「…………黙れ」

 

 「自分が勝者だと本気で思うのなら、それらしい顔をしていろ。一体、いつまで失ったものを指折り数えている気だ? あの兎に、面影を見たか?」

 

 「――――――黙れッ‼」

 

 少年は叫んだ。発露した怒りの余韻は、すぐに雨音にかき消される。

 影如きに言われるまでも無い。自分を勝者などと思っていなし、まして被害者だとも思っていない。全ては自業自得だ。女狐の思惑など関係ない。

 

 アレの手を取るのを選んだのは自分で、アレを殺すために多くを投げうったのも自分だ。鼠、牛、虎、蛇、馬、羊、猿、鶏、そして兎、皆死んだ。その屍を踏み台にして、女狐を殺すに至ったのだ。後悔は無い。彼らに対する謝罪の言葉も。

 

 「お前に言われなくとも、戻る気などない。俺は先に進み続けるだけだ。あの女狐の望みとは逆の方向へな。その過程で、お前のことだって必ず殺してみせる」

 

 紫紺の瞳を真っすぐに見返して、少年は決別を宣言する。

 

 

 「檻の中で震えて待て――■■」

 

 

 それが、夢から目覚める合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――お目覚めかい、色男」

 

 揶揄う様な言葉が投げかけられる。だが、創一はすぐには反応できずにいた。思考が上手く巡らない。目こそ開けど、意識はまだ半分微睡みに沈んでいる。

 

 「……あーー……ん、何だ……」

 

 口内がからからに乾いていた。自分はそれほど長く眠っていたのだろうか。咳払い一つして、何とか言葉を発する。

 

 「……とりあえず、此処は何処だ?」

 

 創一は見知らぬベットから体を起こしながら、これまた見知らぬ少女へと視線を向け、尋ねた。さっき自分に話しかけてきた相手である。最も、何を言ったかまでは正確に聞き取れていない。多分、軽口の類だったとような気はする。だからまぁ、別にわざわざ聞き返す必要もないだろう。

 

 「此処は永遠亭だよ」

 

 少女の端的な答えを元に、徐々に動き出した思考が状況を分析する。創一の最後の記憶は、鈴仙・優曇華院・イナバとかいう中々インパクトの強い名の少女相手に、自己紹介をしたところだ。

 

 (確かあの後すぐに気を失って……血を失い過ぎたんだろうが……)

 

 いくら術で肉体を強化しようとも、失った血液までは贖えない。魂魄妖夢との闘いで既に体は限界だったのだろう。

 

 (いつもならもう少しいけたと思うんだが……まぁ、あの兎に思いっきり蹴られたし……もしかして、アレが止めだったのでは?)

 

 「何だが色々考えてるところ悪いけど、目覚めたなら問診の時間だ。今お師匠様を呼んでくるから、くれぐれも大人しくね。流石に無理だと思うけど、逃げようとか考えちゃ駄目だよ」

 

 頭から生える兎の耳をピコピコと揺らしながら、少女が言った。明らかに装飾品の類ではないと分かるソレに、一々反応する創一では無い。

 

 (瞳の色からして……鈴仙とは違う地上の兎妖怪だろうな。強力な存在ではない……年季だけは入ってそうだが……)

 

 そんな分析を片手間に済ませつつ、創一は少女の口ぶりに眉を顰めた。何故そこまで逃げることを警戒されているのか、イマイチ理解できない。自分の体を見てみれば、丁寧な治療が施されいることは明らかで、その礼も言わずに立ち去るなんて真似をする気は全く無かった。それとも、自分はそれほどまでに無礼者に見えているのか。流石に心外だ。

 

 「いやなに、お兄さんを運んできた鈴仙の言いつけでね。あんたは大の病院嫌いの頑固者だから、目覚めたなら脱走しないように注意しろってさ」

 

 怪訝な視線に築いたのか、少女は肩を竦めた。

 鈴仙に対して、かなり永遠亭に連れていかれることを渋った覚えはある。創一としても、そういうことなら納得せざるを得なかった。

 

 「しかし、びっくりしたよ。あの鈴仙が男を連れて帰ってくるだなんてね。それも、ダイコク様に勝るとも劣らない美男子だって言うじゃないか。他の兎たちが大騒ぎしてたよ」

 

 言いながら、少女は一歩創一へと近づき、その顔を覗き込む。

 

 「私としては、ダイコク様程の美男子がそう居てたまるものかと思っていたんだけど……実際、こうして見ると悔しいが、認めるしかなさそうだね。何やら高位の神の加護も賜ってるみたいだし……」

 

 少女の顔は言葉通り、本気で悔しそうだった。

 ダイコク様、つまりは大国主命と面識がある創一としては正直全くもって嬉しい話ではない。酒に酔った勢いとはいえ、酒宴で主人を口説き出した前科があるアレは、創一にとって警戒対象でしかない。なんなら切り捨てる一歩手前までいったくらいだ。

 

 (あの色ボケと並びたくはない……とは言えない雰囲気だな)

 

 目の前の少女は、彼の神と面識でもあるのだろうか。創一は考える。兎というならば、真っ先に浮かぶのは因幡の素兎の存在だが。まぁ、口説き癖とは別に天然ジゴロなあの神のことである。意図せず何処かで妖獣少女を引っかけてても不思議はない。

 

 (こっちに来る前にあいつやっぱり消しといた方が良かったか? いや、流石に須勢理毘売(スセリビメ)様に悪いか……素戔嗚尊(スサノオ)様あたりは手を叩いて喜びそうだが……)

 

 「そんな偉大な……はぁ、偉大な神と比較されても困るな」

 

 「なんで途中でため息挟んだの? まぁいいや、じゃあ、お師匠様呼んでくるから」

 

 若干不審そうな顔を浮かべるも、自分の仕事を思い出した少女は足早にその場から立ち去った。一人残される創一は何げなく周囲を見渡し始める。

 

 比較的現代的な病室だ。掃除も行き届いていて、清潔さは保たれている。空気だって悪くは無い。衛生意識はしっかりしているようだった。最も、人里にも水道や電気が通っていることを考慮すれば、これくらいの文明レベルは驚くほどのものではないのかもしれない。

 

 (いや、でも里には携帯式の電灯一つ満足に行き渡っていないし、銃火器の類も見なかったな。村田銃くらいならあってもおかしくなさそうだが……やはり思惑めいている)

 

 愚民化政策的とまでは言わないが、人里の実情を考えると、科学技術の発展に偏りを感じるのは仕方無いかもしれない。概念的な妖怪相手には効果が薄いと言えど、雑魚や妖獣相手なら銃火器はそれなりに有効である。つまり、幻想郷のバランスを崩し得るということだ。だからこそ、その手のモノが発展することはないのだろう。

 

 (灯りにしたって発達しすぎると夜が薄まる。知ってはいたが……幻想郷の闇は相応に深いな。まぁ、その辺は俺の知ったことではないが……)

 

 人の味方というスタンスを固持する創一ではあるが、何も幻想郷に改革をもたらそうなどと大それたことまでは考えない。外部から見たら家畜のように見えようが、里の人間がその現状に満足しているならば、手を出すことはおろか口を出すのも野暮だ。要らぬ世話。それで平和が保たれているのだから文句も無い。

 そんなに風に考えていると、不意に意識の外から創一に声がかかった。

 

 「――目覚めたばかりだって言うのに、随分難しい顔をしてるわね。まさか、この後に及んで逃げる算段をしてるわけじゃないでしょう?」

 

 「……流石にそこまで恩知らずじゃない」

 

 病室に新たに足を踏み入れた客、鈴仙へと創一は視線を向ける。里の外で会ったときは違い、彼女は和装では無く洋装、それもブレザーにスカートといった現代的なものを身に着けていた。頭についた兎耳に目を瞑れば、一見して女子高生のように見えなくもない。

 最も、中々エキセントリックな髪色のため、コスプレ感は拭えないが。

 

 (まぁ、白装束に狐面の俺が言えた話じゃないけどな)

 

 「あんた、なんか今失礼なこと考えなかった?」

 

 「? いや、特に……それとも、お前のその不思議な瞳には読心能力まで備わっているのか?」

 

 「そういうわけじゃないけど……ていうか、あんた私を見てなんとも思わないわけ?」

 

 訝し気な視線が向けられる。だが、当の創一としては一切心当たりがない。コスプレ感強めのケモ耳少女、鈴仙の姿は人型妖獣の典型例であり、創一としてはよく見慣れたものだった。普段は術で隠しているだけで、従者である氷雨もそうだし、稲荷の神徒である白狐達も大体似たような見た目である。

 だから、一部の人間にとっては垂涎の姿だとしても、創一としてはこれといった感慨も無い。

 

 「別になんとも思わないが……あぁ、そのブレザー中々似合ってるな……これでいいか?」

 

 「私はそんな話一切していなし、それに女性を褒めるときの態度がソレだとしたら落第点もいいとこよ。投げやり過ぎでしょ」

 

 訝しむ視線が完全に睨みへと変わった。

 

 「そう怒るな。冗談だ」

 

 「えっ、あんた冗談とか言うの?」

 

 肩を竦める創一に、鈴仙はひどく驚いた表情を浮かべた。

 それほどまでに意外だったというのだろうか。軽い冗談を言っただけで。

 

 「……で、結局何の話だったんだ?」

 

 「いや、私はほら、見た目通り兎の妖怪だったわけなのよ。あんたと最初会ったときは、編笠で隠してたでしょ。途中で取れちゃったけど……改めて、何とも思わないわけ?」

 

 「思わないな。そもそもあの状況でお前を只の人間だと思う方が可笑しいだろう?」

 

 これといった武装も持たず夜に里の外を出歩く少女。十中八九人外だと推測できる。妖怪に対して鋭い観察眼を持たずとも、また玉兎が持ち得る『狂気の瞳』というものを知っておらずとも、創一は鈴仙を妖怪だと想定してコミュニケーションをとっていただろう。

 網笠が取れて兎の耳が露わになった時も、創一はやっぱりな、としか思わなかった。

 

 「ふーん、そうなんだ。ま、あれだけ強ければ、過剰に妖怪を恐れる必要もないのか……」

 

 納得したように鈴仙は頷く。そして、彼女は少し思案気な表情を浮かべたと思えば、意を決したように口を開いた。

 

 「……ねぇ、仙月さんってどんな人なの?」

 

 「何故、そんなことを?」

 

 これといった沈黙を挟まず、応じることができたのは幸いだった。あんな夢を見たせいだろう。だからといって、あの影に対して創一が抱く感謝など欠片一つも無い。

 

 「別にこれといった理由は無いけど、ただちょっと気になってさ……」

 

 如何にも大したことのなさそうな様子で鈴仙は話すが、本音を言えば違った。彼女の脳裏に焼き付いているのは、あの時創一が見せた表情だ。迷い子のようにも見える悲痛さ、少年にそんな顔をさせた仙月という人物のことが、鈴仙はひどく気になった。

 彼にとっては触れられたくない話題なのかもしれないという懸念はある。だから、あくまで鈴仙は世間話の延長だというような、簡単に拒否できる調子で尋ねたのだ。

 

 「あ、でも別に言いたくないなら……」

 

 「――家族だ」

 

 少し重たい空気に負けて退こうとした鈴仙は、思いがけない言葉に顔を硬直させた。意外なほどにあっさりと、創一は答えたのだった。仙月という人物との関係性を。

 

 「えっと……その、私に似てたりする?」

 

 おずおずと鈴仙は尋ねる。あまり深堀しない方がいいとも思ったが、好奇心に抗えなかった。そして、少年はこれにも拍子抜けするほどあっさりと答えてくれた。

 

 「まぁ、それなりに似てるな。彼女も兎の妖怪だった」

 

 「……へぇ、そうなんだ……」

 

 淡白な反応にこそなったが、内心かなり鈴仙は驚いていた。妙な偶然もあるものだ。兎というと、流石に玉兎だとは考えにくいので、てゐのような地上の兎妖怪なのだろう。鈴仙がそんな風に納得していると、次の瞬間に創一は耳を疑うようなことを言い出した。

 

 「ある日、空から降って来た兎だ。故郷を追われたと、夜空を眺めてよく泣いていた」

 

 「えっ……!?」

 

 二の句が継げない。今、彼はなんと言ったのか。それではまるで、

 

 (――――私みたいじゃないか…………)

 

 最も、鈴仙の場合は自らの臆病故に月から逃走したのだ。しかし、地上へと堕ち、居場所を失った彼女が、何度夜空を見上げたことか。浮かぶ月に、どれ程後悔と望郷の念を抱いたか。もし、姫様や師に拾われていなければ、どうなっていたかは分からない。

 

 「ねぇ、空から落ちてきたってどういう――」

 

 「――悪いけど、続きは問診の後にしてもらっていいかしら」

 

 鈴仙の問いは、よく聞きなれた声に遮られる。病室の入り口へと目を向ければ、そこには鈴仙が敬愛する師――八意永琳がいつの間にか佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――なるほど、これは脅威の生命力ね」

 

 創一の傷の具合を一通り見分した永琳は、感嘆のため息をついた。

 

 「この郷では人間離れした人間も珍しくは無いけど……あそこまでの傷をたった一日でこのレベルまで……」

 

 「貴方の治療のお陰だよ」

 

 「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。実際そんな次元の話ではないけれど……安心して頂戴。変な詮索はしないから……その代わり、せめて後一日くらいは入院していてもらうけど。あなたにはうちの鈴仙が世話になったそうだし……」

 

 「世話になったのは俺の方だ。鼠を呼び寄せたのも俺だしな……最低限の責任を取ったに過ぎない」

 

 「そう、随分律儀なのね。ところで、ご家族の方への連絡は?」

 

 「心配ない。後で一報入れておくから……ここ、通信機器使って構わないだろうか?」

 

 夕方くらいには戻ると氷雨たちには伝え、刀狩り討伐に向かったにも関わらず、結果としては日を跨いでしまったらしい。式神である氷雨とは霊力のパスがつながっているため、こちらの安否は最低限伝わっている筈だが、不用意な心配をかけたには違いない。速めに連絡を取るのが吉だろう。

 

 「大丈夫だけど、たぶん外の方が良いわよ。この場所には防犯用に色々仕掛けてあるから、科学にしろ、魔法にしろ、十全に機能するとは限らないわ」

 

 「防犯か……確かに至る所に高度な術を行使した後があるな」

 

 周囲に視線を巡らせながら、創一が言った。

 一つ一つの術の完成度が尋常ではない。とてもじゃないが、解除しようなんて気が起こらない防御である。その割には術の痕跡が見つかりやすいのは、敢えて知らしめることで企みを阻止する抑止力として機能を期待してのことだろう。

 

 (実際は、ちゃんと痕跡まで消した術も仕掛けられているんだろうな……とんでもない策士だ)

 

 創一は内心舌を巻く。別に敵対するつもりなど毛頭ないが、警戒せずにはいられない程、目の前の女は超越的だった。

 

 「あら、気づいたのかしら? 貴方、中々の使い手ね。実力者なのは耳に挟んでいたけど……」

 

 永琳は目をすっと目を細める。

 

 「()()()()退()()()だとは、とても思えないわね」

 

 「……詮索はしないんじゃ無かったか?」

 

 「あら、これは失礼。少し好奇心が刺激されてね……何やら高位の神の加護を受けても居るようだし……」

 

 「……俺は元々、稲荷明神【宇迦之御魂(ウカノミタマ)様】に仕える家系の出だ。とはいえ、今は任期を終えているので、しがない退魔師というのは嘘ではない」

 

 「宇迦之御魂……あぁ、素戔嗚(スサノオ)の娘ね。なるほど、確かにあの神の系列は身内愛が強いと聞くし……その常軌を逸した加護も頷けるか」

 

 「強い加護を頂いているのは承知の上だが……そこまでか?」

 

 「そこまでよ。自分じゃ気づけないものなのかしら? 貴方、大分神の匂いが強いみたいだし……分かる人には分かるわ」

 

 「てゐとかは真っ先に気づくでしょうね」等と永琳は付け加える。

 

 「入院数が1日で良いのは僥倖だな。こちらの貨幣はそんなに無いんだが、貴金属の類でも代用は可能だろうか?」

 

 幻想郷で普及する貨幣は明治維新当時、厘、銭、円(ここで言う円は現代価値のそれと大きく乖離している)といったものであるため、外界では敵なしの諭吉も無力だった。

 

 「別に治療費は払えるまで幾らでも待つけど こちらのって言い方、貴方もしかして外来人だったりするのかしら? 人里に稲荷神の使いなんて聞いたことないし……」

 

 「あぁ、俺は外来人だ」

 

 「え! あんた外来人だった!?」

 

 おっかなびっくりな声を出したのは、部屋の片隅で問診の様子を見守っていた鈴仙だ。師の邪魔をしまいとしていたが、流石に口を出さずにはいられなかった。

 

 「ん、言って無かったか?」

 

 「聞いて無いわよ!」

 

 「そうだったか……まぁ、どうでもいいことだろ」

 

 「よくはないでしょ。通りで見かけない顔だと思ったわ」

 

 呆れたように鈴仙が肩を落とす。が、次の瞬間何かを思い出したように、彼女の兎耳がぴょこんと立った。

 

 「そういえば、そもそもなんであんな場所で倒れてたわけ? 傷も切り傷ばっかだしさ……」

 

 「それは私も気になっていた所よ。詮索しないとは言ったけど、それくらいは教えてもらえるのかしら?」

 

 なるほど、確かにその話はしていなかった。創一としても、別に隠す必要があるわけではない。下手人である魂魄妖夢は、幻想郷ではそれなりに名の知れた人物らしく、目の前の少女の知己だという可能性は十分にあるが、先に襲い掛かってきたのは彼方の方だ。後ろめたいことは何も無い。創一は正直に話すことに決めた。

 

 「刀狩りの噂を知っているか?」

 

 創一の問いに永琳は眉を顰めるが、一方で鈴仙は心当たりがある様子だった。

 

 「人里で最近噂になってるわよね。剣士ばかり狙われてるらしいけど……まさか、それで?」

 

 「いや、違う。俺は知人に刀狩りの退治を頼まれて、その依頼は滞りなく完遂したんだ。犯人は小刀が変じた付喪神だった。問題はそのあと……俺を刀狩りだと勘違いした、魂魄妖夢とかいう亡霊剣士に襲撃された」

 

 「――妖夢……嘘でしょ…………」

 

 鈴仙は絶句していた。隣の永琳も似たような反応だ。創一の懸念通り、どうやら二人とも件の辻切少女と顔見知りらしい。

 

 『彼女、思い込みが強そうな子だとは思ってたけど……どうなの? 鈴仙、貴方はそれなりに交流があったでしょう?』

 

 『えぇ、まぁ……正直、否定はできないですね』

 

 ひそひそと耳打ちで鈴仙に尋ねる永琳。人の聴覚だと聞き取りにくいが、術で肉体を強化できる創一には過不足なく聞こえる。最も、二人の会話はある程度語学に通じている創一をして、理解できない言語によるものだった。

 

 (月の言語というものか……反応的に、やっぱり妖夢と知り合いか……)

 

 しかし、創一の言葉を疑うような様子はあまり見受けられない。それはつまり、普段から妖夢という少女の人物評がお察しということだろう。『いつかやると思った』というやつである。

 

 (あいつやっぱり碌でもないんだろうな……割と真面目そうではあったが……)

 

 そんな、当人が聞けば憤慨しそうな評価を創一が下しているとき、「ちょっと失礼するよ」と、病室に新たな来訪者が訪れる。最初に創一が病室で出会った、兎の童女だった。

 

 「あら、てゐ、何かしら? 一応まだ問診の途中なのだけど……」

 

 「ごめんよお師匠様、邪魔する気は無かったんだけど、急患が来たから伝えておこうと思ってさ」

 

 「急患?」

 

 てゐという童女の言葉に、永琳の表情が少し張り詰める。

 

 「それは穏やかじゃないわね……状況は?」

 

 「いや、急患と言っても半妖だし、致命ってわけではないんだけどね。結構な怪我で……ていうか、お師匠様たちも知ってる相手だよ。ほら、あの白玉楼の――()()()()って小娘さ」

 

 

 

「「「――――――――――――――はっ??」」」

 

 

 

 賢者と兎と狐、三者の声が重なった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 




 初めて多機能フォームとやらの機能を使いました。太字や文字の色変えくらいは、見易さ意識で効果的なら今後使っていこうと考えてます。
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