東方狐神録   作:パック

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中毒症状

 

 

 

 人里の外れに立つ命蓮寺、別名妖怪寺などと揶揄されるその場所の一室に、魂魄妖夢は座していた。彼女は口を一文字に閉じ、眼前の光景に息を呑む。

 

 妖夢の視線の先で、桃色の少女が一人舞っていた。足元に広がる枯山水の庭園に何一つ遠慮することなく、縦横無尽に舞う少女の姿は、庭師である妖夢から見れば身震いするものだが、しかしそれを些事だと思えるほどには、彼女の舞というものは見事だった。

 

 能面の付喪神、秦こころ。芸能そのものを存在意義とする彼女の舞踊は、なるほど、圧巻の出来栄えである。だからこそ、妖夢にはそれが未完で、本人からすれば全く満足のいくものではないということが、到底信じられなかった。

 舞が終わり、一息ついたこころが妖夢へと歩み寄る。

 

 「……私の舞、どうだった?」

 

 「えっと……すみません。私には一体何が悪いのかさっぱりで……活力に満ち溢れていて、なんというか元気がもらえるものでしたが……」

 

 「……やっぱり」

 

 妖夢の答えにこころは肩をがくりと落として、大きなため息を吐いた。

 何か頓珍漢なことを言ってしまったのだろうか。妖夢は居た堪れない気持ちになり、思わず謝罪の言葉を口にする。

 

 「ごめんなさい! 芸の心得なんて私には無くて……お役には立てないようで……」

 

 「いやいや、妖夢さんの感想は何も間違ってないよ。だから、こころちゃんも肩を落としてるんだから……」

 

 横からフォローを入れたのは、妖夢と同じくこころの舞を見学していた古明地こいしだった。彼女の言葉を、こころもまた頷いて肯定する。

 

 「こいしの言う通りだ。私の目に狂いは無かった。武芸者の成せる技なのか、貴方はちゃんと本質というものを捉えている」

 

 「え、そうなんですか? じゃあ、こころちゃんは一体、今の舞の何処に力不足を感じて……?」

 

 人に活力を与えられるだけの舞踊というのは、十分な高みに至っているだろう。なのに、どうして彼女はそんなに頭を悩ませているのか。妖夢の問いに、こころは重苦しい雰囲気を醸し出した。最も、表情そのものはあくまで真顔のままである。

 

 「そういえば、まだ詳しい話をしていなかったな。私は今度新たな演目を演じるのだが……その題目というのが、とある外来本を元にしたものなのだ」

 

 「外来本ですか?」

 

 「あぁ、貸本屋で見つけてこれだと確信してな。その名を【岩窟王】、元々は小説なのだが、外の世界では何度も演劇になるほど有名な題材らしい」

 

 「なるほど、外の世界の物語ですか……どんな話なんですか?」

 

 「簡単に言えば、無実の罪を着せられ、監獄へと放り込まれた男の復讐劇だ」

 

 「復讐劇……」

 

 そこまで言われれば、こころの不満を妖夢にもある程度推しはかることができた。彼女が見せた舞は素晴らしかったが、復讐劇という作品にはあまりにそぐわない。

 

 「裏切られ、愛する恋人とも離れ離れになった男。彼の苦悩、絶望――そこから生じた業火のような怒り。それが私には表現できない。負の感情に対応する面はある。けれど、深度があまりに足りないのだ」

 

 心底不甲斐ないと、こころは再びため息をつく。

 

 「私は一度希望の面を失った際、故意では無かったが異変を起こし、多くの希望を背負う者と対峙した。それによって、希望というものをより理解し、先ほど貴方が言ったように、見た者に活力を与えられるような舞を会得した。しかし、その逆はまだだ……」

 

 「そうは言うけどこころちゃん。流石にまた同じような異変を起こすのは……」

 

 「分かっているさ、こいし。私だってこれ以上皆に迷惑をかけるつもりは無い。ファンを傷つけたくもないしな……けれど、諦めきれないのも事実だ。面霊気として、正の感情だけ肯定するわけにはいかない。同じように、負にも向きわなければ……」

 

 拳を握り、真剣な面持ちでこころが言った。強い決意が伝わってくる。妖夢は、何とか彼女の力になってやれないものかと思案し、

 

 「負の感情……というと、やっぱり()()とかですかね?」

 

 ふと、頭に過ったことを口に出す。妖夢自身は冥界に居たために被害を免れたが、ひと月ほど前に怨霊が幻想郷で暴れたことは記憶に新しい。

 

 「む、怨霊! その手があったか! では、早速――」

 

 「駄目に決まってるでしょ!」

 

 妖夢が零した言葉に食いつくこころ。だが、すかさずこいしがその浅慮をたしなめた。

 

 「怨霊っていうのは、侮っていいものじゃないんだよ! 隙が多いこころちゃんじゃ、直ぐにとり憑かれるのがオチだよ」

 

 「む、隙が多いとは何だ! 私は常在戦場の意識を怠ったことはないぞ!」

 

 こころの抗議の声に対して、こいしはあくまでじとりとした猜疑の視線を向ける。

 

 「えー……だって、こころちゃん私のイタズラ防げた試しがないでしょ?」

 

 「そ、それはだな……お前が相当上手だからというか……無意識の使い手相手だとどうしようもないだろう!」

 

 図星だったのか、こころは明らかに怯んでいた。随分感情豊かな少女だ。表情こそ変わらないが、その代わりに被っている面がころころ入れ替わっているので、見ていてとても分かりやすい。妖夢としては、自分以上に嘘がつけない娘もいるのだなと、ちょっとした親近感すら湧く。

 

 「そうかな? 全く隙の無い人間だって居るんだよ。寝起きドッキリしに行っても成功した試しが無いし……常に無表情だし……」

 

 「誰だそいつは? 本当に人間なのか?」

 

 「ちゃんと人間だよ。ちょっと前に知り合ったんだけど……」

 

 無意識を操れるこいしを相手に、隙が無いと言わしめる人間とは一体何者なのだろうか。余程の武人なのかもしれない。無表情という点で妖夢の脳裏に浮かび上がるのは、つい先日死闘を繰り広げた好敵手の少年なのだが。

 

 (なんて、流石にそんな偶然ないか……)

 

 そんな偶然があり得たと妖夢が知るのは、もう少し先のことである。

 

 「まぁ、それはさておき。怨霊が駄目なら本当に八方塞がりなんだが……絶望しきっている人間とか知らないか?」

 

 「悩みがある人とかだったら、お寺にいっぱい来るんじゃないですか?」

 

 妖夢の疑問に、こころは口の端を結ぶ。

 

 「うーむ、その程度のレベルだとな 絶望だけじゃなくて怒りとか色々抱えている方が良いんだが……寺の皆は誰も心当たりが無いみたいでな……」

 

 腕を組んで悩ましげに思案するこころだったが、ふと、何か思い出したかのように眉をぴくりと動かした。

 

 「いや……そういえばマミゾウだけは違ったな。まぁ、結局何も教えてくれなかったが……」

 

 「マミゾウさんですか……じゃあ聞き出すのは無理そうですね」

 

 化け狸の頭領、二つ岩マミゾウ。彼女の飄々とした態度を思い返せば、妖夢から見ても単純なこころがどうにかできる相手ではないだろう。隠し事を暴くのは不可能と見て間違いない。

 

 「力になりたいところですが、残念ながら私の知人にそういった方は居ませんね」

 

 首を横に振った妖夢に、こころが残念そうに肩を落とす。

 

 「そうか。まぁ、公演までにはまだ時間がある。気長に探すとするさ。怨霊はともかく……地底に行ってみるのも手だろう」

 

 「え、こころちゃん地底に来てくれるの? だったら歓迎するよ! お姉ちゃんにも紹介したいしさ!」

 

 「こいしのお姉さんか……ふぅむ、後学のために、心を読む先達の話を聞くのもありか……」

 

 顎に手を当てて、興味深そうにこころが言った。提案に乗り気な様子に、こいしも顔を綻ばせる。

 

 「やった! じゃあ決まりだね! 何時にする? 今からでもいいけど……あ、駄目だ。私妖夢さんについていかなきゃいけないんだった」

 

 「え、私にですか?」

 

 思いがけず自分の名が呼ばれたことに妖夢は少々呆気にとられる。

 

 「うん、迷いの竹林は危ないからって、聖さんに頼まれてね……」

 

 初耳である。怪我の治療だけでもありがたいのに、ご住職がそこまで気をまわしてくれているとは。そもそも、今妖夢がこうして命連寺に留まっているのも、怪我をした妖夢の代わりに、寺の者が迷いの竹林の案内人を手配しに向かってくれたからだった。

 

 「そこまでしてもらうなんて……妹紅さんだって居ますのに……」

 

 「まぁ、あの案内人さんが居れば私はいらないと思うけどさ……一応ね。どうせ暇だったし、功徳を積むのは大事らしいしね。地獄に住んでる私が今更だけど」

 

 「……本当に、ありがとうございます」

 

 深く妖夢は頭を下げる。同時に、改めてご住職や寺の皆に礼をしようと心の中で決めた。

 

 案内人――藤原妹紅を引き連れて、寺の住人が戻ってきたのは、それからほどなくのことだった。不死たる蓬莱人、瞳を閉じた覚妖怪、そして、()()()()()()()()()()。世にも珍妙な一団が完成したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――はぁ!? 半霊を失ったですって‼!?」

 

 永遠亭に少女の声が響きわたる。

 

 「ちょ……鈴仙さん、声が大きいですよ」

 

 「そうよ鈴仙、ここは診療所なのよ。患者さんの迷惑になるでしょう」

 

 「あ、すみませんお師匠様」

 

 永琳にじとりと睨まれ、鈴仙は兎の耳をしわしわと萎えさせた。鈴仙から妖夢へと視線を移し、永琳が再び口を開く。

 

 「それで、話を戻すけど。ようするに貴方はその強敵に打ち勝つために、一家相伝の奥義を使って……その代償でその様というわけね」

 

 傍らに半霊の姿がないどころか、()()()()()()()()()()()()()()()()。今の妖夢は、まさにごく普通の少女といった外見だった。

 

 半人半霊。人間と幽霊のハーフであり、人の肉体と霊体の両方を()()()()()()()()特異の種族。

 人間は誰しも霊体を持つが、それが分離した状態では肉体を動かすことができない。

 

 だが、半人半霊は、肉体と分離した霊体、その双方が好き勝手に動き出す。実に奇怪である。月の賢者たる八意永琳をしても、半人半霊をいう存在はよく分からない。

 

 「はい、その通りです。まぁ、奥義というほど精錬されたものじゃなくて、荒技の類なんですけどね。命に代えても主を守るための、最後の悪足掻きというか……」

 

 「そんなものを不用意に使ってしまったと……私に頼ってるということは、回復の手段は伝わっていないということね?」

 

 「はい。そもそも使用例がまるで無くて……私の師であった祖父よりも前の代で、そういう手段を用いた人が居たらしいとだけ……」

 

 「……よく実戦で使おうと考えたわね」

 

 明らかに呆れを含んだ永琳の声に、妖夢は気恥ずかしくなって身を縮こませる。

 

 「お恥ずかしい限りです。でも、その時はなんだかやれると確信していて……」

 

 「医者の身としては、もっと後先考えて欲しいとことだけどね。自分の身に関わることなのだから。まぁ、今さら言ってもしょうがないのだけれど……」

 

 ため息まじりに永琳は言う。彼女の傍に立つ鈴仙の表情も似たようなものだ。

 

 「まぁ、やるだけやってみるけれど、あまり期待はしないでね。正直、半人半霊という種族を私は計りかねてるのよ」

 

 「えぇ、構いません。私もそれなりに覚悟をもってことに臨んだので……諦めはつきます」

 

 例え自分の身がどうなろうとも――この一瞬を。そう考えて妖夢は刀をとった。少年との死合に全てを賭すつもりだったのだ。今更泣き言をいうほど、恥知らずではない。

 

 「……そう、ならいいわ。それと、()()()()についてなんだけど、再発した原因に何か思い当たることはあるかしら?」

 

 かつて幻想郷で起こった、明けない夜の異変。その道中、月の持つ狂気の影響を受けて妖夢は魔眼を発現するに至った。だが、それは永琳が作り出した薬の力で、とうに抑えられていたはずである。

 

 薬師の誇りにかけて、決して永琳は半端な薬を作ってなどいない。妖夢に投薬したものは、再発防止の効果すらある優れものだった。にもかかわらず、現在の妖夢の瞳は真紅色に怪しく輝いている。

 

 「どうにも解せないのよね。ちょっと月の狂気に充てられたくらいで再発するはずはない……大体、まだ月が出ていない時分で再び発現したのでしょう?」

 

 「はい、確か申の刻くらいだったと思います。でも、原因と言われても……」

 

 腕を組み、瞼を閉じて、妖夢は少々朧気な記憶を探る。朧気と言っても、好敵手たる少年との果し合いのことを忘れたわけではない。むしろ、あの記憶は憧憬の画として、数十数百の歳月を経たとしても色褪せることなく、妖夢の脳裏に刻まれ続けるだろう。

 

 この場合、朧気なのはその他の記憶だ。彼との戦いに関係の無かった情報。半霊を使った奥の手の代償も、狂気の瞳が発現した理由も、どうでもいいものだとあの時の妖夢は切り捨てた。

 

 だから、改めて考えてみてもよく分からない。浮かんでくるのは、冷徹な目でこちらを見据え、傷を厭うことなく武器を振るう少年の姿だけで……。

 

 (…………ん? 目――)

 

 「――目、そうだ……瞳だ!」

 

 がたりと、妖夢は椅子から勢いよく立ち上がった。

 勝利を確信した妖夢が晒した致命的な隙。それを逃さず、渾身の拳を放った少年。あのとき彼の瞳が見せた輝きは、妖夢の心を捕えて離さないものだった。

 

 「一人で納得していないで、私にも詳しく説明してもらえるかしら?」

 

 興奮気味の妖夢に物怖せず、永琳は涼し気な表情のままで尋ねる。

 

 「あ、すみません。えっとですね……私が戦ってた相手の瞳が息を呑むほどに綺麗でして。思い返すと、あの()の輝きを間近で目にしたのが、きっかけだったような気がします」

 

 妖夢の言葉に永琳が密かに眉を顰めた。それは隣の鈴仙もまた同様であり、永琳以上に大きな反応を見せた彼女は思わず口を開くと、

 

 「――――紫? 青色じゃなくて?」

 

 と、零した。零してしまった。ぎろりと、叱責するような永琳の視線が突き刺さる。

 

 (――――あっ、しまった……)

 

 鈴仙が自らの失敗を悟った時にはもう遅い。当然のことながら、

 

 「え……確かに彼の瞳の色は、宝石みたいに透き通った青ですけど……どういうことですか?」

 

 そんな質問が妖夢の口をついて出る。初歩的で、致命的とも言える失敗。それでも、まだ上手く言い繕う術はあっただろう。魂魄妖夢という少女は素直で、どちらかと言えば騙されやすい側の人間だから。

 

 しかし、惜しむらくは、鈴仙もまた妖夢と同じ立ち位置の者だったことだろう。加えて、彼女が窮地に陥ったとき、立て直すどころか、焦りから失敗を重ねる性質であったことが運のツキだった。

 

 「いやいや、どういうことって……! その、なんとなくそう思ったというか‼ てかあれ? そうだ! 矛盾してるじゃない! 青い目なのに紫って……可笑しいですよね? ねぇ、お師匠様?」

 

 「…………」

 

 私に振るな。そう言いたげな目だった。

 露骨な話の逸らし。誰が見ても分かりやすいほどの狼狽ぶり。語るに落ちるとまさにこのことだろう。冷や汗を垂らす鈴仙に、妖夢は訝し気な視線を鋭くする。

 

 「……知ってますか? 鈴仙さんって、嘘をついているとき耳が萎むんですよ」

 

 「えっ、嘘!」

 

 「はい、嘘ですね」

 

 「…………」

 

 沈黙が流れる。永琳は呆気にとられて固まった鈴仙を尻目に、呆れた果てたようなため息を一つ吐く。

 

 「平静を保つのも、医師として必要な技術なのだけどね……それにしても、ちょっと驚いたわ。この子がチョロいのは置いといて、貴方そういう搦め手とかできたのね」

 

 「まぁ、ちょっとした心境の変化がありまして……それで、つまりは()()()()()()でいいんですよね?」

 

 ごくりと唾を呑み、少々緊張した面持で妖夢は尋ねた。既に鈴仙が致命的なボロを出したため、永琳もそれにもったいぶることなく答える。

 

 「まぁね。会わせるわけにはいかないけど……刀傷沙汰は御免だもの」

 

 「刀傷沙汰だなんて……私はただ…………いえ、分かりました」

 

 「納得してくれてありがとう。それで、話の続きだけど、貴方は彼の目が原因だと考えてるわけね?」

 

 「はい。見当外れでしょうか?」

 

 「そんなことはないと思うわよ。紫は知らないけど、あの青い目も相当に妙だったいうか……毒気を感じたから」

 

 「毒気……ですか?」

 

 「えぇ、そもそも狂気というのは毒の一種なのよ。仕事がら劇物には敏感なの。大方、貴方はその毒に侵されたのでしょう。私の見立てによれば、アレは妖怪や神すらも狂わし得るものだもの」

 

 言いながら、永琳は薄っすらと笑みを浮かべる。艶のある瞳は、なみなみとした好奇心で満たされているようだった。

 

 「とりあえず、狂気の瞳の方を治療するのは簡単だわ。また薬を投与して、貴方には一つ簡単なことを守ってもらえばいいだけだから」

 

 「というと?」

 

 「原因との距離をとること。今後、あの少年と会わないように気を付ければいいだけよ」

 

 「――――ッ!?」

 

 事も無げに言われた言葉に、妖夢は目をかっと見開く。

 

 「何をそんなに驚くことがあるのかしら? 当然のことでしょうに……一度殺し合った相手と距離を置くだけよ。それとも、既に貴方にとっては難しいことなのかしら?」

 

 妖夢の内心を見透かすように永琳は言う。

 

 「だとすれば重傷ね。貴方はすっかり――()()()()ということよ。私の医術を以てしても、治せるかわからない恐ろしい症状だわ」

 

 永琳の言葉に、妖夢は口を噤んだままだった。

 言われたことは理解できる。解かれた理屈はどうしようもなく正しいだろう。しかし、それを呑込めるかは別の事柄だ。

 

 妖夢の思考が無為にぐるぐると回る。出せる答えなど決まっているのに、その結論を少しでも先伸ばししようと、ただただ、ぐるぐると回り続ける。

 

 (恋する乙女……なんて、可愛らしい解釈はできないわね。これ、本当に手遅れなんじゃないかしら?)

 

 額に汗を浮かべる妖夢を眺めて、永琳は嘆息する。元々素直過ぎて、毒されやすそうな少女だとは思っていたが、想像以上だったようだ。もしくは、彼の方が永琳の予想を超えた猛毒なのか。

 

 (うちの姫様もそうだけど。何処の世にも居るのよね……存在するだけで他者を狂わせる――毒花ってのが……)

 

 自身の主人や件の少年を思い起こせば、永琳をしても戦々恐々とした心持にならずにはいられなかった。彼と邂逅した愛弟子が毒されないことを、祈るのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――てなわけで、()()()()()()()()を返しなさい」

 

 ずいと、手を差し出して鈴仙が言った。創一は冷ややかな視線で彼女を見返し、

 

 「何がてなわけだ。話がとんと分からんな」

 

 肩を竦める。彼の態度に、焦れた鈴仙が微かに眉を顰めた。

 

 「いや、だから妖夢の半霊を治療するにあたって、その半霊に傷を与えた白楼剣が必要なんだってば。あんたでしょう? 妖夢から刀を奪ったの」

 

 妖夢曰く、楼観剣と白楼剣の二振りは目が覚めたときには手元から忽然と消えていたらしい。順当に考えるなら、彼女を負かした創一が持っているはずだった。

 

 「さぁ、知らないな。追剥にでもあったんじゃないか? 大体、俺があいつの治療に協力する義理なんざないだろう。お前もそうは思わないか? こいし」

 

 自身にあてがわれた病室のベット、その傍に置かれた椅子の一つに腰掛ける少女へ、創一は同意を求めた。

 

 「うーん、まぁ、確かにね」

 

 「ほらな、これで二対一だ。諦めろ」

 

 しっしと、手で追い払うような仕草をする創一。ピキりと、鈴仙のこめかみに青筋が立つ。

 

 「妖夢に義理は無くとも、私やお師匠様への義理があるでしょう? それくらい協力してもいいんじゃないの?」

 

 「……そこを突かれると痛いな」

 

 ため息をつくと、創一は懐から小さな長方形の箱を取り出し、中に入っていた白く細長い物体を指で摘まんだ。

 鈴仙が眉を顰める。

 

 「ちょっと! 病室で煙草は……」

 

 「ただの菓子だよ。ストレスには甘い物が一番いい」

 

 答えながら、創一は煙草型の菓子の一つをこいしへと分け与える。

 

 「ストレスって……失礼な奴ね。まぁいいわ、さっさと刀を返しなさいよ。どうせ、あんたが持っていたって無駄なんだから」

 

 「無駄? 随分気になる言い方をするな。剣は使えるが……」

 

 「それは私も知ってるわ。ただ、妖夢の白楼剣は一族にしか扱えない特殊なものらしいのよ」

 

 創一の目がすっと細められる。

 

 「……そういうことか。いいぞ、分かった。惜しいが……白楼剣は返してやる。だが、もう一振りは戦利品としてもらい受けるぞ。じゃないと割に合わん」

 

 創一は包装紙を解いた煙草型の菓子を口に咥えた。

 

 「まぁ、それはご自由に。妖夢がなんて言うかは知らないけどね……」

 

 鈴仙がそんなことを口にしたとき、

 

 

 

 「――――別に、文句なんて言いませんよ」

 

 

 

 病室に凛とした声が響く。鈴仙にとっては聞きなれた声で、そしてここで聞こえるはずのない声だった。

 

 「っ――ちょっと、妖夢! 貴方、お師匠様の言いつけを――!」

 

 鈴仙の非難の声に、妖夢は申し訳なさそうに眉尻を下げた。だが、あくまで退く気はない様子で、

 

 「すみません、鈴仙さん。すぐに戻りますので……ただ」

 

 ちらりと、妖夢は視線を創一へと移す。

 

 「創一君……私は貴方に謝罪をしなければならない。浅慮から誤解をし、刃を向けた。本当に、申し訳ありませんでした」

 

 深く、妖夢が頭を下げる。だが、そんな彼女の真摯な謝罪を、創一はさもつまらなそうな目で見つめていた。パキリと、菓子を噛み砕く音が鳴る。

 

 「……誤解…………ね。まぁ、いいさ。で、謝罪のためだけに出向いたのか?」

 

 創一の問いに、妖夢は首を横にふった。そして、彼女は力強い瞳で改めて創一を見据え、口を開く。

 

 「楼観剣も白楼剣も――貴方が持っていて下さい」

 

 突拍子の無い妖夢の発言に、鈴仙がぎょっと目を見開く。

 

 「妖夢!? いきなり来て何を言ってるの!? 治療するにも手掛かりがいるって、お師匠様が言ってたの聞いてなかったわけ?」

 

 「勿論聞いてましたよ。自分の身のことですしね。ただ、やはり都合が良過ぎると思ったんです。私は覚悟を持って刀を抜いたはずなのに……」

 

 「はぁ? 本当に何を言って……?」

 

 いまいち噛み合わない会話に、鈴仙の表情には困惑の色が浮かぶ。だが、当の妖夢は特に気にした様子も無い。彼女はただ一心に、釘付けとでも言う風に創一だけを見つめている。ともすれば、その視界に少年以外が入っていないようにすら思えた。

 

 「私は貴方に真剣勝負で負けました。命を落とそうが、刀を奪われようが文句などありません……ですが」

 

 「何だ?」

 

 言葉を止めた妖夢に創一が続きを促す。彼の瞳にはさっきと打って変わり、好奇のようなものが見え隠れしていた。

 

 「ですが――結果として、私はまだ生きています。まだ、貴方に挑むことができる。私の分身ともいえる刀は、()()()()()()()()()()()()()

 

 息を吞む気配が病室に伝わった。

 ――こいつは一体何を言っているんだ?

 皆がそう思っただろう。狂人の戯言だと。

 

 だが、誰も、何も言うことができない。か細い体躯の少女、その身が孕む重圧と狂気が有無を言わせなかった。

 

 月の兎に、瞳を閉ざした覚。余人に比べれば特殊な精神構造を持つ彼女達から見ても、そこに佇む彼女は異常で、異質だった。

 

 しかし、此処にはもう一人彼女の同胞が居た。否、()こそが全ての原因なのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。鈴仙は師の言葉を思い出した。彼が、ともすれば月に仇を成した神霊以上に異常であることを、鈴仙は見抜いていたはずだった。が、あまりにも理解が甘かった。

 彼によって沈黙が破られる。

 

 「――はっ! やっぱりお前……ネジが飛んでるな」

 

 自分の膝を叩き、堪えきれないというように、創一は喉を鳴らした。

 堪えきれない程に、()()()()()()()()。能面のような表情を崩してまで。鈴仙もこいしも、目の前で起こる狂人のやり取りに絶句していた。

 

 「……いいぞ、分かった。()()()()()()()()()()()()()()。だから、とっとと戻れ、あまり主治医を困らせるものじゃない」

 

 二人の反応などまるで意に介さず、創一は言う。宝石のように美しい彼の青い瞳が、一瞬だけ紫の輝きを帯びたようにも見えた。

 

 「――――っ…………今の言葉、絶対に忘れないでくださいね」

 

 高揚する心を無理やり抑えるように、妖夢は拳を強く握りしめ、神妙な面持ちで言葉を紡いだ。深い息を一つだけ吐いて、彼女は踵を返し、追われるように足早に姿を消す。

 

 再び病室を包む静寂。突き刺さるような二人分の視線に、創一は肩を竦めながら煙草型の菓子をもう一本取り出した。

 

 「そんな顔をするなよ。言いたいことは分かってるさ――でもな、人間は時に、好奇心というものに逆らえないことがあるものだ。そう、例え――」

 

 綺麗に包装を剥がした菓子を咥えて、創一は不敵に笑う。

 

 「――それが自ら毒杯を呷ることになろうとな…………」

 

 

 

 

 

 

 





 創一の価値基準は精神の在り様が大きく占めてます。心の綺麗な人が好きで、ぶっ飛んでいる奴がツボです。

 この場合、創一→妖夢(おもしれー女)という判定ですね。

 ヒロイン? になるかは分からないですね。両者ともにズレてるので。
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