東方狐神録   作:パック

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無縁

 

 

 

 

 

 

 幻想郷には無縁塚と呼ばれる場所がある。

 外の世界と幻想郷とを隔てる結界は、極めて強力なものではあるが、決して完全無欠というわけではない。境界が不安定な、綻びとも言える点が少なからず存在しており、無縁塚はその最たる例であった。

 

 結界術とは境界を引き、招かれざるものをはじき出す術理だ。その機能が不全となる点には、自然と本来はじきだされるものが集まる。

 無縁塚に集まるものは外の世界より流れ着く物品、動植物、そして――()()

 

 無縁塚とは外より迷い込み、人知れず死んでいく外来人を弔うための共同墓地なのである。

 元居た世界では家族や恋人など、縁者に事欠かなかった者だとしても、この郷においてはただの異物でしかない。無縁仏と化す彼らを埋葬する場所、故に無縁塚なのである。

 

 その日、ナズーリンは妙な予感を抱いた。

 無縁塚の近くに建てた簡素な小屋。外界から流れつく物品を収集するために作ったそこから、丁度出たところだった。

 

 頬を撫でる風がいつもと違う。始まりはそんな些細なものだった。続いて視線を足元に落とせば、配下として使役している妖怪鼠たちの挙動が少しおかしい。落ち着きなく動きまわるものも居れば、茫然としたように、その場で石のように固まるものまでいた。

 一糸乱れぬ統率を見せる彼らの行動として甚だ不自然だった。

 

 (何かに怯えている? いや、しかしそれにしては……)

 

 鼠たちの様子にナズーリンは眉を顰めた。異常な事態を前に、一瞬ナズーリンの脳裏に逃走の二文字が浮かぶが、彼女はそれを実行に移すまでには至らなかった。

 

 ナズーリンとて鼠の妖怪。毘沙門天の使いとして、加護を賜る存在になろうとも、野生の勘を捨てたわけではなかった。自分が強力な存在ではない自覚がある故に、鼠として持ち得る危機管理能力を腐らせる下手はうたない。

 それにも関わらず、ナズーリンが未だに危機を察知しかねているのは、

 

 (穏やかなんだ……空気が、何処までも……)

 

 それは到底あり得ないことであった。一部のお人よし以外に、ほとんど弔われることのない無縁仏たち。ある日突然迷い込み、故郷の土を二度と踏むことなく散っていった彼らの非業、無念は測り知れない。

 それは霧散することなく、土地そのものへと染み込んでいく。無縁塚は既に呪われた忌地なのだ。妖を惹きつけ、また新たな妖を誕生させる程に。

 

 だが、先ほどからナズーリンを取り巻く空気には澱みというものが無い。ともすれば、聖域や神域の類に近いものすら感じさせる。

 無縁塚の方向を見据えて、ナズーリンは思案に耽った。

 

 (このまま進むか、否か……)

 

 この先に一体何が待ち受けているというのか。気にならないわけではない。だがそれ以上に、ナズーリンは好奇心というものが持つ毒を熟知していた。

 

 「――っは、止めだ止め。触らぬ神に何とやらだ。お宝探しくらい、明日でもできる」

 

 自分に言い聞かせるように、ナズーリンは言う。身の安全と好奇心、天秤をどちらに傾けるかは、ナズーリンの中では明白だった。

 さっさとこの場を退散して人里でもぶらつこうか、そんなことを考えていると、突然、ナズーリンの首に下げられたペンデュラムが輝き、揺れた。

 

 「……嘘だろ」

 

 思わず呻くような声がナズーリンの口から洩れた。いつもなら興奮する現象も、今は頭痛の種である。

 目の前の現実を否定しようと、ナズーリンはダウジングロッドを取り出して用いるが、こちらも同様に強い反応を示した。二種の探知道具が指し示すのは、無縁塚の方角である。

 

 これまでに無いほどの強い反応。流石に明日でも構わないなどと、悠長なことは言ってられない。身の安全と好奇心ならば比べるまでもないが、宝物が関われば話は別だった。

 

 「くそ、トレジャーハンターとしては……無視できない」

 

 結局、鼠は本能よりも知恵ある者特有の欲望を優先するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小屋から無縁塚までは徒歩数分といった距離だが、足取りが重いせいで、やけに遠い道のりに感じられた。

 一歩一歩足を踏みしめるように、何の舗装もされていない獣道を歩き続ければ、ようやく開けた場所へとたどり着く。

 

 「相変わらず寂しい場所だな」

 

 ナズーリンの視界に映ったのは、積み重なった無数の石。どう見ても手ごろなものを拾って来ただけのように思われるそれらは、哀れな無縁仏達を弔うための墓石の代わりだった。卒塔婆の一つもなく、墓地としては実に簡素なものである。

 墓地が豪奢である必要は無いが、これでは碌に死者を弔うことなど出来やしないだろう。

 

 「……ん?」

 

 ふわりと、少し甘く清涼な香りがナズーリンの鼻腔をくすぐる。いつもかび臭い臭気を漂わせる無縁塚には、似つかわしくないものだった。

 

 「この匂いは……酒か?」

 

 香りの正体にあたりをつけ、ナズーリンは手近な墓標へと顔を近づけた。

 何の加工もされていない石ころは、よく見れば仄かに湿っている。近頃は雨が降っていない筈だった。

 

 「なるほど、誰かが酒をかけたのか……」

 

 無縁仏の供養によほど高価な酒を使ったらしい。人里で手に入る雑多の酒とは一線を画す上品な香だ。勿体ないとまでは言わないが、中々のもの好きが来訪したようであった。

 

 ナズーリンはダウジングロッドを構えると、周囲を注意深く見渡しながら、無縁塚の探索を開始した。無縁塚はそれなりの広さではあるが、ロッドが示す地点にたどり着くまで、そう長くはかからなかった。

 

 「おいおい、勘弁してくれよ……」

 

 無縁塚の西端、育ち切った老木の下にもたれかかり、幾らかの墓標に囲まれる形でその者は座していた。

 艶のある黒髪に、白い肌、纏う装束もまた純白。整った顔立ちは中性的過ぎて、断言はしにくいが、髪型や体形から察するに少年だろう。

 

 少年は眠りについているのか、両の目を固く閉じている。その傍らには。空になった酒瓶がいくつか並んでいた。どうやら、もの好きは彼だと見て間違いなさそうだった。

 

 「人間、だよな……?」

 

 息を呑むほどに美しい容姿や、白装束といった出で立ちは、一周回って不気味にも思えるし、人外的である。場所が幻想郷屈指の危険スポットでもある無縁塚であることも相まれば、なお更に怪しい。

 だが、妖獣の優れた嗅覚がそこに座している存在をまごうことなき人間であると断定していた。

 

 「よりにもよって人間とは……」

 

 ダウジングロッドが示しているのが、少年であることを確かめて、ナズーリンは大きなため息を吐いた。

 ナズーリンの基準で言えば、人間はレア度0の存在である。肩透かしも甚だしかった。

 

 (いや、ひょっとすればこの人間が何かお宝を隠し持っているやも……)

 

 ふと思い至ったナズーリンは、一歩少年の方へと進み出る。その瞬間、木漏れ日によって映し出される少年の影が、まるで生きているかのように揺らめいた。

 

 「――っ…………!?」

 

 悪寒がナズーリンの体を駆け巡る。本能が危機を警告していた。体が噴き出た冷や汗に濡れ、石の如く硬直する。蛇に睨まれた蛙というのはこういう状態のことを言うのだろう。()()()()()()()()()()に、ナズーリンの視線が釘付けとなり、

 

 「――――おい」

 

 氷のような声が投じられた。そこで、ナズーリンはようやく少年が目覚めていることに気づいた。

 

 「え、あ……」

 

 いつの間にか影は動きを見せなくなり、もとの形へと戻っていた。

 

 (さっきのはなんだ? 気のせい……では流石に無いよな?)

 

 未だ驚愕から立ち直れずにいるナズーリンを、少年はその青い双眸で見つめる。

 

 「何か来たと思えば……鼠が何の用だ? 死肉でも漁りに来たか?」

 

 その場に座したまま、少年が問いかけた。

 敵意こそ感じないが、恐ろしく冷たい瞳である。

 

 「っ……無礼だね、人間の肉なんて食べるもんか。私を誰だと思ってる?」

 

 「知らないな。よく見れば、神仏の加護をもってはいるようだが……」

 

 「!?……ふ、だったら話は早い。私の名前はナズーリン、毘沙門天様の弟子さ! それが分かるなら、君ももう少し相応しい態度を改めるべきじゃないかい?」

 

 ほんの少しだけ余裕を取り戻したナズーリンが、少年を指さして言った。だが、少年は嘲るように鼻を鳴らす。

 

 「狐じゃあるまいし、不用意に威を借りるなよ。いっそう弱く見えるぞ」

 

 「なっ……!?」

 

 不遜な態度を崩さない少年に、ナズーリンは呆気に取られる。たかが人間、そう侮るには、少年が持つ威圧感が大きすぎた。大妖怪とも評される連中が纏う雰囲気に似たものを感じさせる。

 

 「まぁ、仏道に属す者相手に、失礼な物言いをしたことは謝罪する。悪かったな」

 

 「え……あ、あぁ、分かればいいんだ! しかしね、口だけではなんともいえる。謝るなら、行動で誠意をいうものをだね……」

 

 「誠意と言われてもな。お供え物でも渡せばいいのか?」

 

 言いながら、少年は懐をまさぐりだした。ナズーリンの瞳に期待の色が浮かぶ。

 

 「お、君以外と話が分かるじゃないか! そうだね、何か良いお宝なんかを……」

 

 「チーズクッキーでいいか?」

 

 「要らないよ! 鼠がチーズ好きだと思ったら大間違いだからね! というか、何でそんなものをピンポイントで持ってるんだい?」

 

 「供えるなら、子どもには酒より菓子だと思ったからだ」

 

 少年の言葉に、ナズーリンは思わず閉口する。

 あまりに不遜な物言いにうっかり忘れていたが、そういえば少年はわざわざ無縁仏たちに上等な酒をふるまいに来るような手合いなのだった。

 あわよくば、少年が持っているかもしれない宝物を手に入れようと画策したことに、今更ながらに罪悪感を覚える。

 

 (聖やご主人が聞けば怒るだろうしな。流石に自重するべきか……)

 

 「やっぱりお供え物は遠慮しとくよ。クッキーは子どもたちにあげればいい」

 

 「ん、そうか? どうにも此処には子供は眠ってないみたいだから、用意した菓子が余ったんだが……」

 

 「?……どうしてそんなことが分かるんだい?」

 

 幻想郷に外来人が迷い込むことは然程珍しいことではない。誰にも知られぬまま命を落とした者は数知れず、その中に子どもがいなかったとは言いきれない筈だった。

 

 「別に、ただの勘のようなものだよ」

 

 「勘って……感覚が鋭敏な獣ならいざ知らず、人間の勘が当たるとも思えないが……」

 

 「信じてもらう必要は無い」

 

 少年の言葉に、ナズーリンは僅かに眉を顰める。

 毘沙門天の弟子であることに誇りをもっているナズーリンにとって、少年の何処までも淡白な反応は、快くは無かった。

 

 「一々勘に触る奴だな君は。私は神徳を賜った有難い鼠なんだぞ」

 

 「生憎、俺はどちらかといえば神道寄りの人間だ。仏尊の類を有難いと思ったことが生まれてこの方無い」

 

 「仏道の者としては聞き逃せないことを言うね。君の慈悲深い行動は中々こっち寄りだと思うんだけど……うちのご主人や住職が聞けば、君のこときっと気に入るはずさ」

 

 わざわざ危険な無縁塚に足を運び、死者を弔うというのは中々できることではない。例え危険地帯でなくとも、わざわざ縁のないものを弔ってやろうと思う者自体が稀だろう。

 

 「仏道は俺の性に合わない。だが、それで救われる者も居ることは否定しない。だから」

 

 言葉を止め、少年が懐を再びまさぐった。

 

 「こいつをあげてやってくれ、俺よりお前の方が相応しいだろう」

 

 そう言って少年が取り出したのは、一束の線香だった。ナズーリンは思わず呆気に取られる。

 

 「……私は一応妖怪だぞ?」

 

 「だからどうした? 神徳のある有難い存在だと言ったのは自分だろ」

 

 「まぁ、それはそうだが……」

 

 「なら問題ないじゃないか。仏尊の弟子なら、経のひとつも唱えられるだろう……唱えられるよな?」

 

 「なにおう! 馬鹿にするのも大概にしたまえ!」

 

 若干不安げな少年の問いかけに、ナズーリン顔を真っ赤にして叫んだ。

 

 「いいさ、大僧正にだって負けない有難いお経を聞かせてやろう! 精々耳の穴をかっぽじって拝聴するんだな!!」

 

 

 

 

 

 

 細い煙を立ち昇らせるとともに、線香特有の香が辺りを包んだ。

 少年の視線を背中に感じながら、ナズーリンは持ち合わせた数珠を手に経を唱える。大見得を切った手前、下手を打つわけにはいかない。

 

 修業時代以降、碌に経を読むことなどしてこなかったナズーリンではあったが、体は意外と覚えているようで、今のところは体裁を保てていた。

 最も、いつ舌をもつらせてしまうか気が気ではなく、嫌な汗が額に伝っている。

 

 (……そういえば、結局無縁塚の空気がいつもと違うのは、何故だったんだ?)

 

 少年が無縁仏たちを丁重に弔っていたのは分かった。しかし、どれだけ真摯な思いだとしても、人一人の祈りで積み重なった数多の怨念が晴れるとは思えない。

 経を続けながらも、抱いた疑念にナズーリンが思案を寄せているそのとき、

 

 「GGGrrrrrrrrrrrrr‼」

 

 突然響いた奇怪な雄たけびが、弔いの言葉をかき消した。

 

 「なっ、一体何だ!?」

 

 「酒の香にでもつられたか、厄介なのが来たらしい」

 

 驚愕するナズーリンを他所に、冷静な声で少年が言う。その手には、いつの間にか刀が握られていた。

 

 「君、その刀を一体どこから!?」

 

 ぴくぴくと、鼠耳を動かしながらナズーリンが尋ねる。その声は状況に沿わず弾んでいた。

 少年が手品のように取り出した一振りが、並の一品ではないことが見て分かったからだ。美しい刀身からは神聖な力が漂っており、格の高い神による加護を受けたものだと推測できた。トレジャーハンターとしては、無視できるものでは無い。

 

 「そんなこと気にしてる場合か? 来たぞ」

 

 呆れた声で少年が言う。

 彼が見据える先、鬱蒼とした草木を高速でかき分けて、ナズーリン達の目の前へとそれは躍り出た。

 

 優に八尺はあるだろう巨体は灰色の体毛で覆われており、赤褐色の瞳がらんらんと輝いている。左右の翼に、鳥類特有の足、嘴まで存在するにも関わらず、その怪物の顔はあくまで人間のものだ。

 

 「こいつは――陰摩羅鬼……」

 

 ナズーリンがその怪鳥の名を呼んだ。

 陰摩羅鬼とは唐土や日本に古くから伝わる妖であり、十分な供養をうけることのできなかった死者の気から生じる、哀れともとれる存在である。

 

 「なんだい、脅かさないでくれよ」

 

 奇声の正体が分かり、ナズーリンはほっと胸を撫でおろした。

 

 「君も、いつまでそうやっているんだ? あれ相手に刀を向ける必要は無いよ」

 

 未だに警戒する様子を解かない少年に向かって、ナズーリンは肩を竦める。

 陰摩羅鬼は、決して危険な妖怪では無いからだった。

 

 「しょうがないね。最近の人間は陰摩羅鬼も知らないとは。いいだろう、この知将たる私が一つレクチャーしてあげよう」

 

 言いながら、ナズーリンは特に警戒することもなく、軽い足取りで陰摩羅鬼へと近づいていった。

 

 一見不気味な陰摩羅鬼だが、その気質は極めて温厚であり、他者に大きな害を与えることは無い。

 陰摩羅鬼がやることと言えば、経文を怠ける僧侶を驚かして懲らしめたり、仏殿を荒そうとする不届きものを追い払うことくらい。つまり、仏道の守護者ともいえる中々有難い妖なのである。

 

 (大方、私の神徳か経文に釣られて出てきたのだろう)

 

 そんな予想をしながら、ナズーリンが無知な少年相手に講釈を垂れようとしたとき、陰摩羅鬼がその嘴を大きく開いた。ちろりと、口腔から微かに蒼い炎が漏れたかと思えば、次の瞬間にはそれが爆発するかのように一気に燃えあがる。

 

 「――え?」

 

 蒼い炎がナズーリンの目前へと迫っていた。

 

 (あ――――死――――――)

 

 まさに刹那の時間だった。死を悟ったナズーリンが瞳を閉じれば、強い衝撃が背中を打つ。だが、死に至る程ではなく、炎の熱さも感じない。

 訳も分からずにいるナズーリンに、呆れたような声が投げられた。

 

 「――知将を名乗るなら、もう少し慎重に行動してもらいたいものだ」

 

 恐る恐る目を開けば、こちらを見下ろす少年と視線がかち合う。そこで初めて、ナズーリンは自分が地面に転がっていることに気づいた。慌てて起き上がって体を見渡すが、少し背中が痛む程度であり、外傷らしいものはない。

 

 「一体何が起こったんだ!?」

 

 「状況は至ってシンプルだ。お前があいつに殺されかけたが、俺がギリギリ助けるのが間に合った」

 

 取り乱すナズーリンに、少年は落ち着き払った声で答えた後、未だこちらを睨む怪鳥を指さす。

 

 「殺されかけたって……馬鹿な!? 陰摩羅鬼はそんな妖怪では……」

 

 「――あれは陰摩羅鬼じゃない。別の存在だ」

 

 「なっ……いやだってあの姿はどう見たって陰摩羅鬼で……!!」

 

 「精神が主体の妖怪にとって、見かけの姿に大きな意味は無い。姿は同じでも、妖怪として異なる場合もあるだろう。例えば、怨霊に憑かれた場合とかな……」

 

 「っ!? 怨霊って……! いや、でも……あり得るのか?」

 

 怨霊に憑かれた妖は、本質的に別種の妖怪となる。それは完全に忘れ去られることと並ぶ、妖怪にとっての真の死の一つであり、それ故に怨霊という存在は妖怪にとって唾棄される。

 ナズーリンの培ってきた知識と照らし合わせても、少年の導き出した答えに異論は無かった。

 

 「だが、一体どうして怨霊がこんなところに? あいつらは地底に封印されてるはずで……」

 

 「地底とやらが余程ざるなのか、単に新たに生まれただけか。まぁ、場所が場所だけに、後者の可能性の方が高いだろうな」

 

 「……君、さっきからどうしてそんなに冷静なんだい? 危険な妖怪だっていうなら、とっとと逃げ……」

 

 「待てよ、経文が終わってないだろ」

 

 慌てて踵を返そうとするナズーリンの腕を、少年が掴んで引き留める。

 

 「はぁ!? 君、馬鹿か!? 今はそんな場合じゃ……!!」

 

 「俺が退治する。だから、お前は安心して経を読んでいてくれ。アレももとは死者の無念から出来ているからな。仏道の慈悲の見せ所だろ」

 

 そう言って、少年は怪鳥へと向かって歩き出す。実に堂々とした足取りで、そこに恐れは一欠けらも見いだせない。

 ナズーリンはぽかんと口を開けたまま、その背中を見送ることしかできなかった。

 

 怪鳥の血走った瞳が、ぎょりろりと少年に向けられる。だが、怪鳥は荒い呼吸を繰り返すだけで、その場から動こうとはしなかった。いや、もしくは動けなかったのかもしれない。

 

 (……これは、奴の方が怯えているのか?)

 

 一見するとあり得ない話だ。巨大な怪鳥と、女子のような面持ちの華奢な少年。姿だけで測るなら、どちらが喰う者で、喰われる者かは言うまでもない。

 にも関わらず、そのときのナズーリンには少年こそが蛇に見えた。哀れな蛙を喰らう一方的な捕食者に。

 遂に、両者の間合いが手を伸ばせば届く距離にまで縮まる。

 

 「――GGrrrrr‼」

 

 先に動き出したのは怪鳥の方だった。まるで自分を奮い立たせるかのように雄たけびを上げ、その槍の如く鋭利な嘴で穿ちにかかる。が、攻撃の先に既に少年は居ない。

 流れるように地を這う低姿勢をとって、攻撃を躱した少年は、起き上がりとともに怪鳥を蹴り上げる。

 短い悲鳴が響き、怪鳥の巨体がまるでゴムまりのように軽々と宙へと打ちあがった。

 

 「嘘だろっ!?」

 

 信じられない光景に、思わずナズーリンが叫ぶ。

 

 (体に見合わぬ怪力! こいつ――聖と同じタイプか!?)

 

 だが、純粋な物理攻撃だけで容易く倒れるほど妖怪も脆くは無い。空中に放り出されながらも、怪鳥は少年を睨み、その嘴を開く。ちろりと、再び蒼い炎が口腔から覗いた。

 

 「ッ!? まずい! 君、さっきの炎が来るぞ!!」

 

 「――言われずともッ!」

 

 ナズーリンが警告したときにはもう、少年は投擲の構えを取っていた、ぶん、と空気を裂く音が鳴り、少年の手から刀が打ち出される。刃が空中で陽の光を受けてギラリと輝き――寸分違わず怪鳥の喉を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 「まったく、君には驚かされるばかりだよ。まさか、あそこまで出鱈目に強いとは……」

 

 塵となって消えゆく怪鳥に、手を合わせながらナズーリンが言った。

 

 「それで、君は結局何者なんだい? ここまで強い人間なら、今まで噂にならないとは思えないんだが……」

 

 「まぁ、新参者だからな。元々は稲荷明神様に仕えていたが、今はただの退魔師だよ」

 

 「ふーん、稲荷の……で、まだ君の名前を聞いていなんだが? 私だけに名乗らせるのは不公平じゃないかい?」

 

 「お前が勝手に名乗ったんだろ……狐守創一だ」

 

 「そうか。創一、一つ聞きたいんだが……君、今日ここで私以外の誰かにあったかい?」

 

 「いいや。何故だ?」

 

 「いやなに、どうにも無縁塚の様子がいつもと違っているようでね。この曰くつきの土地の空気が、ここまで澄んでいるのは異常だ。ひょっとして……君が何かしたのかい?」

 

 「……俺はごく普通の弔いをしただけだ」

 

 「まぁ、そうだよね。いくら腕っぷしがあったって、こればかりは人にはどうにも……余程力を持った神仏の奇跡でもないと、説明がつかない」

 

 無縁塚を見渡しながら、ナズーリンは顎に手を当てて考え込んだ。それゆえに、彼女は少年の表情には気づかない。

 

 「……そう高尚なものじゃないさ」

 

 誰の耳にも届かぬまま、その呟きは心地良い風へと攫われ、消えた。

 

 

 

 

 

 

 




 ※どうでもいい設定

 主人公は砕けた相手や、ファーストコンタクトがあまり好くない相手、妖怪相手にはお前を使うことが多いです。
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