東方狐神録   作:パック

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紅色の門番

 

 

 

 至る所で慌ただしい声が反響し、幾つもの足音が交差していた。

 ちらりと様子を伺えば、小さな羽を生やした少女と、緑色の肌を持った小人のようなものが、しきりに紅色の廊下を行き来している。

 

 (妖精に……あれはゴブリンか? 日本で初めて見たな)

 

 そこで観察を止め、狐守創一は視線を戻した。

 億劫そうに彼は壁へと寄りかかり、再び身を屈める。その壁もまた紅かった。

 息を殺し、耳を澄ませる。一連の動作を続けてどれくらい経っただろうか。

 

 (そろそろ移動するべきだな)

 

 自らの顔を覆い隠す面の紐を、緩まないように結び直し、ゆっくりと立ち上がる。

 人の気配に気を配りながら、小さく深呼吸を一つ。猫が前足を動かすような所作で、そろりと足を踏み出す。厚い絨毯のお蔭もあって、音を立てずに動くことはそう苦では無かった。

 

 (……なんでこんなことになったんだか)

 

 浮かび上がったそんな自問を打ち消し、暗澹(あんたん)たる思いにもひとまず蓋をする。原因など、今更考えるまでも無かった。

 運が悪かった、頼る相手を間違えた、それらも勿論要因としては一端に属するだろうが、どう考えたって一番最初に来るのは――

 

 (()()()()()め、この借りは必ず返すからな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうでしょう? お探しの本は見つかりましたか?」

 

 「いや……残念ながら、空振りだな」

 

 こちらの顔を覗き込むように尋ねる小鈴に創一は言った。

 貸本屋鈴奈庵。その一角で、ソファに腰を下ろした彼は今しがた確認を終えた書物をゆっくりと閉じる。

 彼の眼前にあるテーブルは、既に積み重なる書物の塔で占領されていた。

 

 「随分長居してしまったな。すまない」

 

 頭を下げる創一に、小鈴は慌てて首を横に振る。

 

 「いえいえそんな! 創一さんには色々助けられてますし、なんて言ったってお得意様ですから! でも、困りましたね。()にまつわる伝承の本はそれで最後だったんですが……」

 

 「そうだな、八方ふさがりだよ」

 

 稗田阿求に相談を受けた、鏡の怪奇現象、その解決の糸口を、創一は未だに掴めないでいた。

 

 (鏡の妖怪や魔道具だって言うなら話は早い筈なんだ。だが、目の前で怪異が起こっていながら、魔力や妖気がまるで感じ取れないことなど、有り得るのか?)

 

 自らの手で叩き壊したものを含めて、怪奇現象が起こった鏡は既に創一が押収し、自分の管理する仙界、影の中へと保管している。

 少なくとも、あの鏡が原因で人的被害が起こることはもうない筈だった。だから、焦る必要は無い。無いのだが……。

 

 「――っ…………」

 

 創一の脳裏にフラッシュバックするのは、鏡に映った女の姿だ。かつて多くの犠牲を払い、ようやく自らの手で仕留めたはずの怨敵。冷静ではいられなかった。

 

 「創一さん? どうかしましたか?」

 

 心配そうな顔を浮かべる小鈴。創一はすぐに微笑みを取り繕い、「心配ない」と返した。

 

 「最近眠りが浅くてな。ちょっと疲れが溜まっているだけだ」

 

 「そうなんですか? 最近冷え込んできましたし、くれぐれも体調に気をつけてくださいね」

 

 「あぁ、ありがとう」

 

 といっても、体に気を遣う余裕は無い。鏡の一件に目を瞑ったとしても、怪しい付喪神の存在や、それに伴ってマミゾウに依頼した調査など、創一が懸念するべきことは多いのだ。

 

 (ヘカーティアに頼ることができたら、もっと楽なんだがな……)

 

 地獄の支配者にして、魔術の神でもある彼女ならば、鏡の件に関して的確なアドバイスを与えてくれただろう。

 怨霊や鬼神たちとのつながりが強いらしい蘆屋道満についても、何か重要な話を聞くことができたかもしれない。

 

 (自分でピースを派遣したのなら、連絡手段くらい与えておけよ)

 

 そんな愚痴が浮かぶが、当人にコンタクトがとれない現状、口に出したところで無為である。小鈴の手前、憚れるが、気を抜けば重たい溜息が零れそうだった。

 

 「うーっす、邪魔するぜ! おっ、なんだなんだ、どっかで見た顔が居るじゃないか」

 

 店の扉がガラリと勢いよく開かれ、騒々しい声が耳を打つ。

 視線を向ければ、その先には奇異な格好の少女が一人立っていた。

 黒を基調とした洋服に白いエプロン、特に存在感を放つのは大きな三角帽子だ。一目でそれと分かるほどの魔女らしい装いである。

 

 「あ、いらっしゃいませ!」

 

 「霧雨か、異変以来だな」

 

 「魔理沙でいいぜ。家名で呼ばれるのは慣れてないんだ」

 

 ぐいと帽子のつばを指で押し上げ、魔理沙が二カリと笑う。

 

 「しかし、凄い書物の山だな。一体何を調べてるんだ?」

 

 言いながら、魔理沙は創一へと近寄ると、その膝上に置かれている書物を引ったくった。

 

 「なになに……『鏡と呪術の文化史』? ふーん、それなりに面白そうだな」

 

 「まぁ、民俗学の読み物としては興味深かったな。求めるものでは無かったが」

 

 「求めるもの? 何だ、お目当てがあったのか? でも、この店じゃ見つからなかったと? ま、でかい店じゃないから、たかが知れるものな」

 

 「ま~り~さ~さん!?」

 

 「おっと、悪いな小鈴。口が滑った。悪気は無いんだ、許せ」

 

 恨めしそうに睨む小鈴。対する魔理沙は差ほど反省する様子を見せない。呆れたようなため息が小鈴から漏れた。

 

 「もう! 悪気が無ければ何言っても言い訳じゃないんですからね! それで、本日はどんな本をお探しで?」

 

 「今日は本を借りに来たんじゃなくて、写本の依頼だ。実入りがあってな、前見せてくれたネクロノミコンの写本版、あれを複製して欲しい」

 

 「写本依頼ですか? 承りました。改めて見積もりするので、少々お待ちください」

 

 そう言って、小鈴は手近の本棚の中から、迷わず分厚い一冊の本を抜き出し、それを店のカウンターテーブルの上へと置く。同時に、彼女はテーブルに付属する引き出しから算盤を取り出した。ぱらぱらと本の頁を捲る音と、算盤をはじく音が店内に響きだす。

 

 「知り合い割り引きしてくれると、助かるんだがな」

 

 「それはダメです。お父さんに怒られちゃうので、ビタ一文負けません」

 

 ぴしゃりと言い放った小鈴に、たまらず魔理沙は肩を竦めた。

 

 「ちえっ、しっかりしてやがるな。あ、となり座るぜ」

 

 創一が返事をする前に、どさりと、ソファに魔理沙が腰掛ける。少しの思案の後、創一は隣の彼女に向って、口を開いた。

 

 「霧……魔理沙は魔法使いだよな?」

 

 「ん? おうとも、見たら分かるじゃないか。他に何に見えるっていうんだ?」

 

 さも当然のように言う魔理沙。

 まぁ、確かに彼女の言葉通りの姿なのだが、しかし、それっぽすぎて逆に胡散臭くもある。分かりやす過ぎるせいで、彼女の装いは一層コスプレ感が拭えないのだ。

 ただ、それに関しては創一自身の仕事着(狐面、白装束、刀)も大概である。故に、間違っても指摘はできない。

 

 「魔法使いの多くは知識欲が強く、それ故に膨大な書物を溜め込むものだが、お前もそのたちか?」

 

 「まぁ、それなりに本は持ってるぜ(借りたやつだけど)。だが、タダで貸すつもりはないな」

 

 なんとなく言動に含みを感じるが、それには触れず創一は会話を続ける。

 

 「勿論礼はするさ。金銭でも、魔道具や魔導書でもな。俺の欲する知識が有ればの話だが……」

 

 「あー、必要なのは鏡に関するものなのか?」

 

 「そうだ。鏡に関する怪異現象の相談を受けたんだが、これが難解でな。怪異に関する知識は相当蓄えていたつもりだったが、驕りだったらしい」

 

 自嘲気味に創一は言った。

 

 「うーん、鏡に関する本は手持ちには確か無かったな。あっ、でも丁度良かったぜ。実はこの後、魔術書を仕入れに行く予定だったんだ。これも何かの縁だ、協力してくれよ。とんでもない量の蔵書だからな、きっとお前の望む本もあるさ」

 

 「この鈴奈庵以外にまともな書物を手に入れる場所があるのか?」

 

 創一は首を傾げる。

 閉じた幻想郷で、大量の書物を確保できるとはどうにも考え難い。鈴奈庵レベルの規模で、むしろ十分すぎるほど充実している方だ。

 初めて鈴奈庵に訪れた時も、創一は店の蔵書に感心していたものだった。

 

 「まぁな、極秘のルートというやつだ。協力者になると約束してくれない限りは、教えるつもりはないぜ」

 

 「……そのルートとやらは――――」

 

 「おっと! 質問はそこまでだ。お前の力は霊夢から聞いてる。さとり並みにやりにくい奴だってのもな。だから、お前が稲荷神とやらに誓って頷かない限りは、もうこの件については話さない」

 

 そう口にして、魔理沙は不敵な笑みを浮かべる。

 

 (――あぁ、それが正解だよ)

 

 創一の瞳が捉えるのは、あくまで感情だけであって、思考そのものでは無い。炎のように揺らめく感情、その動きと色彩から得られる情報は馬鹿にできるものでは無く、創一はその力で言葉の真偽すらを看破する。

 

 だが、それは双方が言葉を交わしてこそだ。会話さえすれば、思考をある程度推し量ることすらできるのが、創一の持つ観察眼と異能の脅威だが、相手が意固地に話すことも聞くことも拒否すれば、彼にできることは大きく制限される。

 

 魔理沙がとった策は単純なものであるが、それ故に最適といえるものなのだ。目の前の少女に、創一は素直に感心する。

 

 「……はぁ。分かった、虎穴に入るのは慣れている。余程倫理に背くような、それこそ犯罪なんかに加担するのは御免だが、それ以外なら協力しよう」

 

 「よし! 言質とったからな! ちゃんと自分の神に誓ってくれよ!」

 

 「……分かったよ」

 

 根負けするように創一が頷いたその時、丁度、算盤をはじき終わった小鈴が顔を上げた。

 

 「魔理沙さん、見積もりが完了しました」

 

 「おっ、どれどれ? うへぇ~、やっぱ高いな。まぁ、今の私は懐が温かいからな……分かった。これで進めてくれ」

 

 「分かりました。料金の二割は前金になるのですが……」

 

 「ん、そうなのか? 写本依頼は初めてだからな……ほら、こいつで丁度だろう」

 

 渡された紙幣を素早く数え、小鈴がにこりと笑う。

 

 「はい、確かに。遅くとも、一月以内には渡せると思います。今後とも、鈴奈庵をご贔屓にしてくださいね」

 

 「あぁ、勿論だ。それじゃあ創一、早速だが、仕入れに行こうじゃないか」

 

 魔理沙がこちらに振り返った。

 

 「……行先は?」

 

 創一の問いに、魔理沙は再び不敵な表情を浮かべるとともに、帽子のつばを指で少し持ち上げる。

 猛烈に嫌な予感がした。

 

 「――悪魔の根城……紅魔館だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館。霧の湖のそばに聳え立つその屋敷は、名前に違わず美しい紅一色で染め上げられている。

 人里の富豪の住居など、比べ物にならないほどの巨大さだ。囲う塀のずっと外側、未だ距離がある位置から見ても、屋敷の持つ重厚さが伝わってくる。

 

 「重厚っていうか……そもそも浮いてるよな。あそこの主は趣味が悪いんだ」

 

 箒にまたがり、風を切って前方を飛行する魔理沙が言った。

 その背中を追って飛びながら、創一も彼女の意見に賛同する。

 

 「屋敷だけ見ればよい観光スポットだと思うがな……確かに外観には合ってない。なんていうか、制作者が途中で力尽きたゲームのマップみたいな……」

 

 「ん、外来人ならではの例えか? 外の世界ではゲーム機とかいう大人も夢中になる玩具があるって聞いたが、意外とお前もそういうのやるたちだったのか?」

 

 「それなりに……主人が好きだったのもあってな。最近はマ〇クラっていうゲームで配布用のマップ……ミニチュア模型みたいなものを作るのにハマってるらしい」

 

 「よく分らんけど……現代に馴染んでる神様みたいだな」

 

 「そういう人だからこそ、未だに現役なんだ……お、あれが入口だな?」

 

 視界に収まった堅牢な門を指さして、創一が言った。

 ふと下を見れば、緑が生い茂る大地が広がっている。いつの間にか湖の上を渡り切っていたらしい。

 

 「……そうだな、降りるか」

 

 何処か思案気な表情で、魔理沙はそう言うと、箒の速度を緩め、器用に着陸して見せた。続いて、創一も術を解いて地に降り立つ。

 見上げる位置になって初めて実感するが、屋敷を取り囲む塀と門の圧迫感も中々のものだった。

 

 「さてさて、今日の運勢はどうかなっと……」

 

 不思議なことを口ずさみながら、魔理沙は軽い足取りで門の元へと駆けた。その後を創一は追いかけるが、すぐに魔理沙は途中でぴたりと足を止めた。

 彼女の視線は一点に注がれている。ちょうど、魔理沙の背中が重なって、創一からでは見えない位置だ。不審に思った創一が声をかけようと口を開いたとき、

 

 「――喜べ」

 

 勝気な笑みを浮かべて、こちらを振り返った魔理沙が言った。

 

 「今日は当たりの日だ。まぁ、六割がた勝つ賭けだけどな」

 

 「? さっきから一体何を言って……?」

 

 首を傾げる創一に、「あれを見ろ」と魔理沙が門の横を指差した。

 

 「……女? 目を瞑っているように見えるが……」

 

 門のそばで、女が一人、塀により掛かって佇んでいた。紅の長髪の女で、緑を基調とした中華風の服を着ている。洋風の紅魔館にはそぐわない衣装だった。

 女の瞼は固く閉じられていて、二人が接近しても、身じろぎ一つしない。

 

 「こいつは紅魔館のポンコツ門番だ。かなりの割合で居眠りをしてるから、まるで役に立たない」

 

 「そんなに酷いのか……何故クビにならないんだ?」

 

 「さぁな、私もさっぱり分からん。本人曰く、()()()()()()()()()()()()()()()相手の時には、ちゃんと働くからだといっていたが……私は紅魔異変以来で、こいつがまともに働くのを見たことがないぜ」

 

 「どれだけ居眠りしてるんだ……」

 

 「違う違う。眠ってなくても大して働かない」

 

 「いよいよダメじゃねぇか」

 

 柄にもない突っ込みを披露した後、こほんと取り繕うように創一は咳払いをした。

 余談だか、創一はかなり仕事にはストイックなたちである。故に、門番のいい加減具合には、心底呆れているし、少し引いてすらいる。

 

 「しかし、割と大きい声出しても全然起きないなこいつ」

 

 「そういうやつなんだ。気にせず寝かしておいてやれよ」

 

 「そうは言ってもな。この館の図書館から、本を()()()()()()()()()? 知識欲の権化で、書物に執着する魔女相手に、どう交渉するのか知らないが……門番を無視して、勝手に敷地に入るのは不味いだろう?」

 

 創一の言葉に、魔理沙が目を丸くする。全く予想外のことを言われたというような反応だった。

 

 「へぇー、お前って意外とそういう良識気にするんだな。けど、幻想郷にはそんな細かいこと気にする奴いないぜ。それにほら、美鈴の顔を見てみろよ。こんな幸せそうな寝顔をしているんだ、起こすのは可哀そうだろ?」

 

 「そうか? この呑気な顔を見ていると、引っぱたいて起こしても良い気すらするんだが……」

 

 「ひどいなお前、女子の顔を引っぱたくなんて人でなしのすることだぜ」

 

 「そんなこと言ってたら、妖怪退治なんざできんだろう。それに俺は男女平等主義者だ。女子供だろうが、敵であるならば躊躇いなく顔面に飛び膝蹴りをぶち込める」

 

 「絶対にそれは豪語することじゃないぜ……まぁいいや、時間が惜しい。さっさといこう」

 

 「あ、ちょっと待て!」

 

 制止の声も虚しく、魔理沙は門番の横を通り過ぎ、屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。

 そして彼女はこちらにくるりと振り返り、挑発的な笑みを浮かべる。

 

 「ほら、何を怖気づいてるんだよ! 鬼をなぎ倒してた奴が、そんな有様じゃ格好つかないぜ? 私に協力しないなら、お前が望む本を探すのもナシだからな」

 

 「……チッ、分かったよ」

 

 主人が望むように、少しは真っ当な人間らしく生きようと考えてる創一からすれば、多少、気は進まない。だが、背に腹は代えられないのも事実だった。

 

 (まぁ、仕事のうえで銃刀法とか器物損壊とか、大体の軽犯罪は犯してるし……もっと、えげつないことにも手を染めているんだ。こんな抵抗も今更か……)

 

 わざわざ省みる必要もなく、自分という人間は真っ黒だ。汚れ切っている。

 神の使いだなんて名乗りも、所詮戯言で、相応しくないことは自分が一番知っていた。

 

 (本当に……俺は今更何を抵抗してるんだろうな? 馬鹿馬鹿し過ぎる。悪いかとか善いとか……心の底では思っていないくせに)

 

 眼前でいたずらっぽい顔を浮かべている魔理沙の方が、よっぽど良識があって人間らしい存在だ。どの口で彼女を咎めようというのか。

 己の滑稽さに上がろうとする口角を抑えつけ、創一もまた、魔理沙に続き門の敷居を潜った――――()()()()()()()()()()()

 

 「――――ッッ!?」

 

 衝撃。岩と岩がぶつかり合う様な鈍い音が鳴った。創一の体が大きく後退し、地面に靴跡で長い軌跡が描かれる。

 

 

 「――――完全に、不意を突いたと思ったんですがね…………」

 

 

 刺すような視線が創一の体に突き刺さっていた。それが無ければ、咄嗟に攻撃を防ぐことなどできなかっただろう。

 一撃を受け止めた右腕がズキズキと痛む。

 視線の主を見据えて、創一は苦い笑いを浮かべた。

 

 「狸寝入りだとは思わなかったんだが……人が悪いな」

 

 「寝ていましたよ、つい直前まで。けど、()()()()()()()までをお屋敷に通してしまえば、私は門番の職を失ってしまいます」

 

 

 視線の先。紅の髪をたなびかせて、門番の女が仁王の如く佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もう少し寝ていたかったんですがね……流石に、ここまで邪悪でたちの悪い害獣を素通りさせるわけにはいきません」

 

 「酷い言われようだな。()()()()()()()()()()()()()()……そうは思わないか? 魔理沙」

 

 「……えっ、あっ、おお! そうだな!」

 

 眼前の出来事に呆気をとられていた魔理沙は、創一の声にようやく我を取り戻し、しきりに頷いて見せた。額に伝う冷や汗を袖で拭い去り、魔理沙は声をあげる。

 

 「やい美鈴! 一体全体どうしたって言うんだ? えらくやる気に溢れてるようだが、そんなの全然お前らしく――」

 

 「――黙れ人間」

 

 冷たい声が、魔理沙に二の句を告げさせない。

 

 「霧雨魔理沙さん……貴方は紅魔館に性懲りもなくやってくる()()()ですが……同時に()()()でもあります。だから、私は今まで本気であなたの来訪を拒みはしなかった。ですが……今回は看過できません」

 

 美鈴の鋭い視線が魔理沙を射貫く。ついでに、創一の冷たい瞳も魔理沙へと向けられた。

 

 「……おい、聞いていた話と随分違うぞ。お前、本は()()()と言ってなかったか?」

 

 「あ、あぁ……いつもパチュリーの奴から()()()()()んだぜ」

 

 「無許可で持ち出している癖によく言いますね」

 

 「最終的に返すんだから、()()ではないだろう?」

 

 美鈴の指摘を受けて尚、どうしてそこまで責められるのか分からないといった顔で、魔理沙は首を傾げる。

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 こいつ、マジか……。

 この時だけ創一と美鈴、両者の考えは一致していた。おそらく一生に一度きりの奇跡だっただろう。

 

 (そうか、何かがおかしいと思っていたが……そういうことか)

 

 創一とて、何の警戒もなく、言われるがままに魔理沙に同行したわけではない。道中会話を試みて、感情を見る目を稼働させ、魔理沙の真意を確かめようともした。だが、

 

 (当の本人が、心の底から自分の行動を()()()()()だけだと信じてるんだ。そりゃあ、嘘だと看破できないわけだ……)

 

 最初から盗難目的だと知っていれば、同行などしなかった。頭を抱えたい気分だ。しかし、嘆くだけでは状況は変わらない。

 創一は即座に思考を切り替えることにした。

 美鈴もまた、白んだ空気を引き戻すように、口を開く。

 

 「とにかく、魔理沙さん。今まで貴方は見逃されていたにすぎないんですよ。そうでなければ、この館に侵入して、五体満足で帰れるわけがない。ですが、それも今日で終わりです。貴方はおよそ最悪のものをこの屋敷に引き入れた――恩知らずが……」

 

 吐き捨てるようだった。

 怒気を強める美鈴を前に、創一は気負う様子を見せずに軽口を叩く。

 

 「はは、随分な言われようだな魔理沙」

 

 「いやいや、よく話を聞けよ。なんか知らんが、大本の原因はお前だろ? 責任擦り付けるなよな。っていうわけで――あとは任せた!」

 

 「は? いや、お前――」

 

 創一が止める間もなく、魔理沙は抱えていた箒に跨ると、空高く飛び上がった。

 

 「安心してくれ! お前用によさげな本も見繕ってくるから! じゃあな!!」

 

 上空から創一を見下ろして、魔理沙が言った。

 魔力が込められた箒が、ジェットエンジンのような駆動音を響かせ、加速する。一筋の風と化した魔理沙の背中はあっと言う間に遠のき、視界から完全に消失した。

 置き去りにされた創一はしばらく唖然とした表情で、空を眺め――

 

 「――あいつ……絶対に只じゃ済まさん……」

 

 「はい、私も只で済ます気はないです。無論、貴方のことも――」

 

 その言葉とともに、空気を裂く蹴りが創一の眼前に迫る。

 

 「ッ……穏やかじゃないなっ!」

 

 足を少し引き、のけ反るような形で一撃を回避。そのまま創一は重力に従って、自らの体を後ろ向きに倒す。タイミングよく両足で地を蹴り、頭が接地するより前に手を地面へと突き出した。所謂、バク転と呼ばれる一連の動きを三回。美鈴が詰めた分の間合いをあっと言う間に確保して、再び創一は口を開く。

 

 「なぁ、なんだがこのまま戦うような流れになっているが……こういうのはどうだろうか? 今すぐ俺は来た道を引き返す、そして二度とこの屋敷に近づかない」

 

 「――却下です。勝手に帰ろうとするお客様を止めるのも門番の仕事ですから、最も、お前を客だとは思いませんが……」

 

 刺すような視線が向けられる。取り付く島などまるでない。

 

 「いちいち辛辣な奴だ。まぁ、原因は分かるがな」

 

 魔理沙の言葉を素直に受け止めるなら、この館の門番は本来もっといい加減で、好戦的な性格ではないのだろう。

 そんな彼女が、空気を凍らせるほどの殺気を放ち、顔見知りの魔理沙にまで射るような視線を放つ理由。心当たりはあった。

 

 (博麗神社の狛犬のときと同じだな。いや、あいつよりも鋭い……何かの異能か? 兎に角、今回は誤解じゃない以上、説得は不可能……)

 

 あまりの面倒さに、頭痛すら覚える。向こうは逃す気すら無いというのが、事態の難解さに拍車をかけていた。

 

 (と言っても、速さならたぶん俺に分がある。適当に戦って、隙をついて逃走するというのはも、そこまで悪くない選択肢だろう)

 

 相手の動向を観察しつつ、創一はあくまで冷静に分析する。脳内で確かなプランを構築していく中、それを阻むように鋭い破裂音が響いた。美鈴が力強く大地を踏みしめた音だった。彼女はそのまま腰を落とし、拳を構える。

 

 「何か企んでいるようですが……そうはさせません。魔理沙さんも後に控えているのですから、一刻も早く()()させて頂きます」

 

 周囲に振り撒かれていた殺気が収束し、刃の如く研ぎ澄まされる。その切っ先を一心に向けられるのは、言うまでもなく創一自身だ。

 

 「……お前、魔理沙のことも殺すつもりか? 口ぶりから、あいつは紅魔館の面々に受け入れられてるみたいだったが……独断専行は碌なことにならんぞ」

 

 「命までとるつもりはありませんよ。でも、そうですね。手足の一本くらいは代償として頂きましょうか。パチュリー様あたりに叱られるかもしれませんが……」

 

 「俺はともかく、あんなのはただの悪戯娘だろう。微妙に捻くれてて、でも友人思いで、色んな人間から愛されてるタイプだ。若い身空で不具にさせる気か? 笑って許してやれよ、可哀そうだろ?」

 

 「……それ、本気で言ってますか?」

 

 不信感を隠さない表情で、美鈴が訪ねた。

 

 (本気? 馬鹿な、本気なわけがないだろう)

 

 まともに他者を思いやれる機能は当の昔に無くしている。

 返す答えなど決まり切っていた。

 

 「いいや? ただの戯言だ」

 

 その言葉を皮切りに、創一は地を蹴って駆けだした。

 

 「ッッ――!?」

 

 脈絡なく、突如とられた攻撃の姿勢に美鈴は表情をこわばらせた。だが、それも一瞬。直ぐに創一の動きを捉えて、堂々と迫りくる彼の正中線に目掛けて前蹴りを放つ。しかし、

 

 「なっ!?」

 

 駆け抜けた勢いはそのままに、創一は地を這う様な低姿勢をとって、美鈴の一撃をぎりぎり躱す。そのまま体に捻りを加え、美鈴の軸足目掛けて、弧を描くような足払いが放たれた。

 

 (これはッ――前掃腿(ぜんそうたい)!! 功夫(カンフー)の構えなんてしてなかったのに……!)

 

 美鈴の顔が驚愕に染まる。

 体重を支える足が刈り取られ、彼女の態勢が致命的に崩れた。

 迷いのない追撃が迫る。

 

 (ッ……防御を!!)

 

 長きにわたる研鑽の成果とでも言うべきか。美鈴の対処は素早く適切であった。

 心臓を狙う掌底を彼女は右腕を前に、交差した両の腕で受け止める。が、ここでもまた誤算が生じた。

 

 予想以上の衝撃が美鈴の体に伝わると同時に、光が爆ぜ、熱が彼女の腕を焦がしたのだ。その正体は雷撃だった。

 

 ――雷を纏わせた一撃、加えて鬼人のような膂力を伴ったそれは美鈴の体を大きく後退させた。軋んだ骨と、焼け焦げた皮膚。右腕の痛みに、嫌な汗が彼女の額に浮きだす。

 

 「これで、最初の一撃の分はチャラだな」

 

 ひらひらと自分の右腕を見せびらかすようにして、創一は挑発的に笑う。

 

 「……何だが、急にやる気を出したみたいですね」

 

 「それはまぁ――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 偽善だろうと、欺瞞だろうと……怪異から人を守るという役目を大義だ使命だなどと掲げたのだ。その在り方を今更変えるわけにはいかない。それは失ってはいけない最後の砦。貫くべきモノである。

 

 (まぁ、所詮悪あがきなんだろうが……)

 

 創一は自らの懐へすっと手を差し入れる。何か武器を取り出すのかと、警戒する美鈴だったが、それはすぐに杞憂だと分かった。取り出されたのは、青白い顔をした般若の面だ。

 

 「どっかの辻斬りのせいで、こんなのしかなくてな」

 

 ボヤくように言って、創一は面で顔を覆う。

 般若の瞳から覗く青い眼光が、鋭く、透明度を増したように感じられた。

 

 「お面を被ったら……強くなったりでもするんですか?」

 

 「さぁ、どうだろう? 試してみるか? お前如きにそんな余裕は無いと思うが……」

 

 心の底から嘲るような声が響く。面を被っているにも関わらず、くぐもる事もなく、本当に綺麗に響いた。美鈴の怒りに油を注ぐ挑発としては、十分だった。

 

 「――――言ってくれる! 人間風情がッ!!」

 

 激情に身を任せ、美鈴が吼える。

 大地を轟かすような震脚。人外の脚力によって、創一目掛けて、弾丸の如く美鈴が疾駆する。

 

 「門番の誇りにかけて――お前を排除する!」

 

 もはや怨敵となった侵入者を打破すべく、美鈴が選んだのは八極拳が奥義。決まれば一撃必殺。人体の最硬部位による突進。

 腰を落とし、身を翻し、敵に背を向け放つは――

 

 「――――――!!!」

 

 衝撃の直前、美鈴は己の目を疑う。

 彼女の攻撃に対して、創一がとったのは奇しくも――否、それが必然、故意の産物であることは明らかだった。彼の構えは美鈴と全く同じ。

 

 

 八極拳の――――――――――――――〝鉄山靠(てつざんこう)

 

 

 ぶつかり合う奥義が大気を震わす。戦いはまだ、始まったばかりだった。

 

 

 

 

 





 煽って勝率上がりそうなら、躊躇いなく煽る。言葉で煙に巻いて不意を突く。それが創一のスタイルです。(そこ、主人公の戦い方では無いと言ってはいけない!)

 たぶん話数を重ねるたびにもっと酷くなると思います。元々神様の使いってことで自重してた部分が、幻想入りを契機にどんどん剥がれてるという感じなので。

 人の目がない場合は一気に遠慮が無くなります。そのうち絶対痛い目は見るでしょう。まぁ、既に怪我ばっか負ってますが。
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