東方狐神録   作:パック

44 / 52
 感想評価お待ちしてます! 相変わらず前書きに書くことが無い。後書きだったら元ネタとか補足で書くことあるんですけどね。


竜狐相搏つ

 

 

 

 

 「――――人を助けなさい。貴方の手なら多くの人を救える。やりたいことが無いなら、それを指標にすればいい。決して碌な道のりでは無いけれど、そもそも生きることは難しくて、足掻いていかなきゃいけないものよ」

 

 彼女は言った、堂々と、その場に仁王の如く佇んだまま。

 分厚い雲を破って差す陽光が彼女の姿を照らし、吹く風が纏うその()()()()()を揺らしていた。

 

 力強い彼女の眼差しがこちらを見据える。

 眩しかった。あまりにも――その姿が、その言葉が。

 

 戯言だと、彼女に反論することは簡単だっただろう。

 だが、できなかった。いや、本当は心のどこかで、自分自身がそれを望まなかったのかもしれない。

 

 「でも安心して頂戴。大人として、私は貴方の歩みを助けてあげられるから。貴方が他の人を守る代わりに、貴方のことは私が守るわ。だから、精一杯生きるのよ」

 

 凛とした表情をふいに緩ませて、彼女は微笑んだ。それは陽だまりのように温かくて、差し出された手に二の句が継げなくなった。

 

 彼女は正しい人だ。自分のように、常に道を誤って生きてきた愚者とは根本から異なる。彼女の手をとったところで、自分が彼女のように正しく、いや、それどころか人らしく生きていけるとは到底思えない。

 

 人として生きようとして挫折し、ならばと選んだ人ならざる道でも挫折した。救いようのない半端モノでありマガイモノ。それが自分だ。

 今更変わりようなど無い。悪あがきは止めろと、己の理性がはち切れるように叫んでいた。

 

 それでも、俺は結局彼女の手をとった。位階を捨て去り、名を得て、再び一人の人間として返り咲こうと、足掻くことを選んだ。

 

 道はまだ終わっていない。俺はまだ生きている。ならば、足掻かなくてはいけない。一人でも多くの人間を救う――それこそが、己の存在証明となるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――私に仕えなさい。面白いものを見せて上げるわ。このまま腐っていたって、どうせ長くは続かないでしょう? 天を駆ける龍にだって見れない景色を、貴方に見せてあげることを約束するわ」

 

 そう言って、少女はニコリと笑った。雲一つない夜空には、紅色がかった満月が浮かんでいて、その月光が幼い少女を舞台の主役として彩っていた。

 

 運命などというものをそれまで呪い続けてきた私だったが、その夜初めて、私は運命に対して心の底から感謝をしたことを覚えている、

 

 今まで歩んできた、劣等感と虚無に塗り固められてきた道。その全てが帳消しになるくらいには、あの幼い月との邂逅は刺激的だった。

 

 彼女に与えられた門番という役目は今や私の全てだ。彼女が私より強いことなど百も承知だが、それとこれとは別。

 私は彼女達と彼女達が暮らす領域を守らなければならない。

 

 例え、敵が怨讐と悪意によって形作られた魔人だとしてもだ。

 相対しているだけで、本能が警鐘を鳴らし、逃げろと訴え続けていたとしても、私は退くわけにはいかない。

 

 マガイモノの私に、龍としてのプライドなんてものは無いけれど、紅魔館の門番としての矜持だけは、この最後の砦だけは手放すわけにはいかないのだ。

 

 だから、私は拳を握る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……面白くなって来たわね」

 

 ことりと、ソーサーにティーカップを置いて、少女は口角を吊り上げた。彼女のその反応に、テーブルを挟んで対面に座す紫髪の少女が怪訝な顔を浮かべる。

 

 「えらくご機嫌ね、レミィ。変わった運命でも見えたのかしら?」

 

 「えぇ、そうよパチュリー。今日は退屈しない一日になるわ。貴方も今日ばかりは図書館に籠りっきりじゃいられないでしょうね」

 

 「ティータイム以外で、研究の時間を奪われたくはないのだけれど…………ッ!」

 

 パチュリーと呼ばれた少女は、うんざりとした様子で受け答えをしていたが、不意に眉間に皺を寄せる。チっという小さな舌打ちの音が響いた。

 

 「はしたないわよ。何か図書館に異常でも?」

 

 「その通りよ。大方、性懲りもなく魔理沙の奴が侵入したんでしょう。今日は喘息の調子もいいし、叩きのめしてくるわ」

 

 言うや否や、パチュリーは自分の前に置かれた紅茶を一息で飲み干した。彼女がその場から立ち去る直前、何処からともなく新たに現れた給仕の少女が、トレイを片手に彼女に声を掛ける。

 

 「あら、パチュリー様。もうお戻りですか? 丁度焼き立てのスコーンをお持ちしましたのに」

 

 「悪いわね咲夜、せっかくだけど後で頂くことにするわ。鼠の駆除をしなきゃいけないの」

 

 「なるほど、また魔理沙ですね。お気をつけて」

 

 「えぇ」

 

 察しの早い給仕に見送られて、パチュリーは泥棒にお灸をすえるべく足取りを早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘において、徒手格闘というものは最終手段である。

 人を素手で殺すことは不可能ではないが、その作業は相応に技術を必要とし、かつ反撃を負うリスクも高まる。人間よりも頑丈な妖怪を相手にするならば猶更だ。

 

 武器を失う状況に追い詰められでもしない限り、人が無手で妖に挑みかかるなど有り得ない。それは自殺行為でしかないだろう。

 

 しかし、当人が望む望まないに関わらず、想定を超えた窮地に立たされるということは、ままある。

 戦闘という行為を飽きるほどに積み重ねていけば、いつか必ず巡り合うようにできているのだ。

 

 では、どうすればそのような窮地を脱せるだろうか?

 答えは至極単純。備えればいいのだ。

 そのような状況を想定し、鍛錬を積み、技と心構えと思考を作り上げ――ときに実践する。

 

 いつか来る窮地のために、敢えて自らを危険に投じるのも有効である。その過程で死ぬようならば、所詮それまで。

 死ぬような鍛錬をして、途中で何も残さず無様に死ぬようなら、それはそれでいいのだ。それもまた人生の形、徒労と呼ぶのは無粋だろう。

 

 

 「――実りのある勝負だった。やっぱり、偶には素手での実戦経験も積んでおかなきゃな。感謝しているよ。だから、なんだ……そのままそこで寝ていてくれると助かるんだが……」

 

 首の後ろを指で掻きながら、バツが悪そうに創一が言った。

 創一の視線の先、固い地面にうつ伏せで倒れているのは、紅魔館の門番――紅美鈴だ。

 何度も地面に転がされたと見える彼女の姿は、土色にすっかり汚れ、擦り傷や殴打の痛々しい傷跡で染まっている。

 だが、彼女の目は決して死んでおらず、それは未だ敗北者の色ではなかった。

 

 「その意地には感心するが、無理はするなよ。右肩は脱臼させた。妖怪の再生力でも、その手の傷は治りにくい。それでもまだ立ち上がろうとするなら――次は一足とびで頭蓋を踏み砕く」

 

 般若の面から青い眼光が鋭く差す。

 その言葉に殺意は無い。どころか意志すら感じとれない。

 ただ、少年は何も思わず、昆虫の如き正確さをもって、その行為を成すであろうことが、容易に想像できた。

 

 「……お前、一体何なんですか?」

 

 気づけば、美鈴は問いかけていた。

 

 「幻想郷にはよく分からない存在が多々居ますが……それでもお前は飛びぬけておかしい。余りに異常すぎます。その身から溢れる禍々しい気ももそうですが……」

 

 そこで美鈴は言葉を止めた。

 【気を使う程度の能力】、それが美鈴の異能である。あらゆる生物に宿る気質というものを知覚し、扱う彼女には、目の前に立ちはだかる少年の姿が邪神の如く禍々しく映る。

 しかし、美鈴の背筋を冷たくさせるには、何も少年が放つ気配だけではない。

 

 妖怪としては大妖怪ほどの格を持たない美鈴だが、彼女の格闘技術は超一流といって差し支えない。場合によっては格上の存在にも十分通じるものだ。

 だが、此度、美鈴の技は不意打ちの初撃を除いて、件の少年に痛手ひとつ与えられていない。

 

 それは何故か?

 少年の技量が美鈴を超えていた? 否だ。純粋な格闘技術は美鈴に采配が上がる。

 

 では、身体能力の差か? 確かに、頑丈さと膂力は少年に軍配が上がる。とりわけ速度に至っては、彼の俊敏さは正に韋駄天、鴉天狗を思わせる。

 

 だが、そういった差は美鈴の技量でカバーできないものではない。彼女は大抵、自分より強く、堅く、速いものを相手している。少なくとも、満足に一撃すら与えられず無様を晒すことにはならない。

 

 ならば、どうしてこのような結果になったか? よく分からない。答えに窮する他はない。

 だが、強いて答えを導くなら、その「よく分からない」ということそのものが答えになるのだろうと、美鈴は半ば直感で悟った。

 

 拳で語る、というような物言いが存在する。これは中々的を射ており、対人戦というものは究極、観察による相互の理解に落ち着く。というのも、一定レベル以上の武芸者同士が立ちあった場合、相手がどういう系統の技を修めているか、どのタイミングで、どういった技を選択してくるのか、という読み合いがほぼ確実に成立する。

 

 余程差が無い限りは、自身の思考や技を一方的に押し付けるのは不可能であり、相手のことを最低限理解しなければ、勝利にはたどり着けない。

 

 そういう意味で、拳での戦いというのは、語り合いと言い換えることができる。

 だが、今回の戦いにおいて、美鈴が少年について分かったことは極端に少ない。使う武術の系統はバラバラ、型破りすぎて元が見えてこない技もある。かといって、型をすべて蔑ろにしているわけでもない。

 

 目まぐるしく状況が変わりゆく対人戦において、最適な選択というものは机上の空論でしかないが、少年に限ればその最適を選びとっているような気すらする。だが、それもやはり勘違いで、ただ少年にたばかられているようにも思う。

 

 技そのものは全く見切れない程でも無いのに、その選択が全く読めない。一方で、こちらの手のうちは全て読まれているような心地。

 鬼面の少年との戦いは、終始そのようなものだった。

 

 気味が悪いくらい底が知れない。これといった矜持どころか、感情すら廃したような、振るわれる武術の数々。

 鍛錬を積み磨かれた技に宿る、その人間の顔というものが全く見えてこないことに、美鈴は恐怖すら覚えた。

 

 加えて、熱が冷める頃を見計らうように吐かれる軽口、挑発が美鈴の心にするりと入り込んで刺激していたのも大きかった。

 美鈴自身に自覚は無いが、彼女は少年相手に、本来の実力の七割も出せていなかっただろう。

 

 美鈴の呟きにも似た問いかけに、少し思案するような表情を浮かべていた創一だったが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

 「何なんだと言われてもな……俺自身が自分を定義しかねているから、答え難いが……まぁ、言うなればマガイモノだよ。お前と同じな」

 

 意味深な言葉に、美鈴が眉を顰める。

 

 「それは……どういう意味ですか?」

 

 「ん? いやだってお前――竜生九子だろ? 龍に成り切れないマガイモノだ。お互いつらいよな、どっちかに成り切れないというのは」

 

 「ッ!――――どうして?」

 

 弾かれるように顔を上げる美鈴。その表情は驚愕に染まっていた。

 対して、創一はなんてことのないように続ける。

 

 「昔の仕事の名残でな。妖怪の見立ては得意なんだ」

 

 言いながら、創一は両の手で狐の形を二つ作ると、それを窓のように組み合わせて、独特な印を結んだ。組んだ指の間から、覗くようにして青い視線が美鈴へと注がれる。

 

 「うん、やっぱり正解だ。竜が生む九つの子、その九番目――椒図(しょうず)。門番を任せるにはうってつけだな。どう見たって貝には見えないが……」

 

 「……なるほど、正体を見破られたのはいつぶりでしょうか……やはり、私の直感は正しかった。お前は危険な存在だ」

 

 美鈴は鋭く創一を睨む。

 龍より生れ落ちながらも、決して本物の天翔ける龍にはたどり着けない、竜生九子とはそのような存在だ。マガイモノとしての運命を義務付けられる、他の兄弟がどうだったか知らないが、それは美鈴にとっては耐え難い屈辱であり、目を背けたくなる現実だった。

 故に、創一の放った言葉は、心の深奥をえぐり取るナイフのような切れ味を持つ。しかし――

 

 (――思っていたよりは、ずっとマシだ)

 

 その理由は考えるまでもない。

 かつての美鈴はただの龍のマガイモノで、今は違うというだけだ。

 軋む体に鞭を打って、美鈴は立ち上がる。眼前の少年が、般若面の奥で息を飲む気配がした。

 

 「そういえば、まだしっかり名乗っていませんでしたね。この紅魔館が門番――紅美鈴と申します。我が主のため、お前を排除させて頂きましょう」

 

 決意に満ちた声が響く。

 

 「……はぁ、結局こうなるのか。仕方ないな」

 

 おっくうそうな物言いで答え、少年もまた構えた。

 

 「一応、彼我の差は知れたと思うんだが……やっぱり、大人しく寝ててくれないか? 好きなんだろ、昼寝?」

 

 そもそもの話、創一に美鈴を倒す積極的な理由は無い。あくまで自身の身と、不本意ながら共犯者となった霧雨魔理沙の身の安全を確保さえすればいいのだ。

 これ以上暴れて紅魔館の勢力を刺激したくないというのもある。故に最後の望みをかけて創一は問いかけるが。

 

 「――くどい」

 

 強い拒絶の言葉が返される。もはやこれ以上は会話は望めないと、ようやく創一は腹を決めた。

 

 「私が竜生九子だとばれたのは誤算でしたが……これで私も遠慮をする必要がなくなります」

 

 そう言うや否や、美鈴は自らの帽子に手を伸ばし、そこに付属していた星型の飾りをちぎり取った。ぱきりと、彼女の掌の中で、星が砕ける音が鳴る。

 

 「――――っ!」

 

 一連の動作を視認して、創一は地を蹴って美鈴へと迫る。全てを覆い隠す鬼面の奥で、彼の表情には確かな焦りが浮かんでいた。

 創一がたどり着くより一手早く、美鈴は左手を自らの口へと当てる。ごくりと鳴らされる音は、掌中の砕けた星を嚥下(えんげ)した合図だった、

 

 「――ふっ」

 

 吐き出す呼気とともに、袖の中より取り出したクナイが創一によって振るわれる。

 黒の軌跡が目指すは美鈴の喉。柔い急所を黒鉄の切っ先が穿つ。が、寸前、差し出された左手が壁として立ちはだかり、犠牲となる。肉を裂く感触、吹き出す血しぶき。

 しかし、苦悶の声一つ漏らさず、美鈴は不敵に笑った。がしりと、痛々しく貫かれた左手でそのまま、美鈴は創一の腕を掴む。

 

 「ようやく捕まえましたっよっ!」

 

 美鈴による頭突きが直撃し、鈍い音が響く。手痛い一撃に思わず後退する創一、そこを狙って追撃の拳――創一は思わず目を見開いた。脱臼により使いものにならなくなったはずの右腕が、その容貌を変え、自身へと迫ったからだ。

 

 「ぐっ……かっ……!」

 

 ぎりぎり腕を挟むが、威力は殺しきれない。衝撃に軋む骨に、創一は苦悶の声を漏らしながら、後ろに飛びのいて間合いを取る。

 

 「……ふぅ、やっとまともに喰らわせましたね」

 

 満足げに美鈴が言う。

 何が起こったというのか、彼女の体に刻まれていたはずの細やかな傷は全て癒えており、最初の頃よりむしろ肉体は活力に満ち溢れていた。

 

 彼女の全身から立ち上るは強力な魔力の奔流。紅の髪は艶を帯び、風に揺られているように一人でざわめく。敵を見据えるその瞳は色を変え、爛々と輝いている。縦長に形を変えた瞳孔は、まるで爬虫類のようだった。

 

 「これが竜生九子の切り札……竜人化とでもいえばいいでしょうか。マガイモノらしく、醜い姿でしょう?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()を見つめ、美鈴は自嘲気味に笑った。

 龍に成りきれない半端な存在、龍人化という切り札はその嫌な事実をありありと見せつけるものだ。故に、切ることに躊躇いを覚える札。だが、自身のちっぽけなプライドを優先して、役目を遂行できないなどという無様を晒すわけにはいかなかった。

 しかし、創一はそんな美鈴の複雑な胸中故の態度に、心底訝しむように首を傾げる。

 

 「そうか? 鱗一つ一つが宝石みたいで、綺麗だと思うがな……むしろ、勝手ながら裏切られた気分だ。同じマガイモノとしてのシンパシーがあったんだがな……結局、醜いのは俺だけだ」

 

 「……その誉め言葉だけは素直に受け取っておきますよ」

 

 言いながら、左の掌に突き刺さったクナイを抜いて投げ捨てた。

 

 (技術は此方に分がある、身体スペックに関しては、少なくとも膂力と頑丈さは覆せた。未だ追い抜けないあの速度は脅威だけど……技で覆せる範疇。懸念すべきは相手の手札の多さと、駆け引きの上手さ――けれど、必ず勝って見せる!)

 

 腰を低く落とし、拳を構える。

 

 「さぁ、勝負はこれからですよ!」

 

 門番としての誇りを胸に、猛々しく美鈴は吼え――

 

 

 「――いや、()()()()()()()()

 

 

 無機質な声が、冷や水のように美鈴に浴びせられた。

 般若面の奥から、青い視線が美鈴を見据える。それは一切の熱を帯びず、何処までも昆虫めいたものだった。

 

 「っ……何を?」

 

 美鈴は困惑を露わにする。

 

 (ハッタリ? 陽動? いや、でも当の本人に動きは――――ッッ!?」

 

 ぐにゃりと、美鈴の視界が歪む。

 地を踏み立つ両足から力が抜け、思わず膝を着いた。

 瞳孔が定まらない。耳鳴りが響き、脳髄までもが共鳴するように揺れる。

 

 「……これ、はっ……は、ど、どくです……かっt?」

 

 舌が痺れ、呂律が回らない。

 全身から汗が滝のように吹き出し、指先が震える。

 五感が異常をきたし、全てが徐々に歪み、狂いゆく中で、美しくも無感情な声が耳朶をうつ。

 

 「竜生九子の奥の手は知ってたさ。だから、手を打った。こんなところで竜種と真っ向から殺り合いたくはないし、ダウン後の復活劇で痛い目に合わされるのは、どこぞの半霊剣士でもうこりごりだ」

 

 そう言って、少年が服の袖からクナイを一つ取り出して、それを見せつけるように手の中で弄ぶ。

 

 「さっきのやつには、大百足の毒液を塗っておいた。竜には特に良く効く。まぁ、死ぬほどの量じゃないから安心してくれ。純粋な竜じゃない分、後遺症の心配もないだろう」

 

 「…………ふ、は……はは……」

 

 「それは皮肉な話だ」、という言葉すら満足に続けられず、乾いた笑みのような音だけが美鈴の口から漏れる。

 

 (……駄目だ。本格的に意識が無くなって……まずい、このままじゃ…………)

 

 

 『――――私に仕えなさい』

 

 

 混濁する意識の中で、紅い月の声だけがよく聞こえた。

 

 「ッッ!? お前、まだ――!」

 

 青い瞳が驚きに見開かれる。

 決定づけられたはずの勝敗を、運命を無に帰すように――紅美鈴が再び立ち上がった。

 それは、およそ有り得ざる光景。

 虚を突かれた一瞬。即座にそれを克服して、創一は油断なく武器を構え直す。今度こそ、襲い来る竜を仕留めんと――――そして、

 

 「っ…………見事だ、紅美鈴」

 

 賞賛の声が紡がれる。同時に、どさりと崩れる少女の体。

 奇跡が起きることは無かった。

 ただ、少女のすさまじい執念を、否、門番としての誇りというものを最後に見せつけられた。

 

 (全く、勝った気がしないな。試合に勝って勝負に負けるというのは……このような心持の時に言うのだろうか?)

 

 そんなことを考えながら、創一は大きく息をつくと、倒れ伏した美鈴へと視線を向ける。

 

 「俺はお前を敗者だとは思わない。敬意すら抱いてる。だから、決して()()()()()()

 

 既に戦闘不能の者に鞭を打つような行為は気が引けるが、彼女ほどの強者相手に、妙な手心を加えることの方が失礼だろう。故に、創一は憂いを消し去るべく、また自身の発言に責任をとるべく美鈴の元へと歩み寄ると、片足を大きく振りかぶる。

 

 「妖怪ならこれでも死なんだろうが……しばらくは復活してもらうと困る。悪く思うなよ」

 

 美鈴の頭部目掛けて、処刑斧の如く、鉄板仕込みの靴が振り下ろされ――()()()()()()()()()()()があたりに響き渡る。

 

 「……新手か」

 

 一撃が空振りに終わった事実を冷静に受け止めて、くるりと振り返る。視線の先、佇むは見慣れぬ給仕服の少女。彼女の手には、意識を失った美鈴の体が抱きかかえられていた。

 

 「頑張ったわね、美鈴。今日だけは褒めてあげる」

 

 そっと頬を撫で、少女は美鈴に向って慈愛の満ちた言葉を投げかけた。それも束の間、少女の手から美鈴の姿が忽然と消える。無論、創一は突然現れた謎の少女から、一瞬たりとも視線を外してはいない。

 完全な監視のもとで起こった異常。それを創一が理解するよりも早く、ナイフのように鋭い視線が創一を貫いた。

 

 

 「――貴方が美鈴を傷つけたのね」

 

 

 静かな、しかし燃え焦がすような怒気を孕む呟き。創一が何か言葉を発する前に、今度は少女の姿が掻き消えた。

 

 「遺言くらいは、聞いてあげるわよ」

 

 背後から声が響くとともに、ヒヤリとした金属の感触が創一の喉元へと伝わる。

 

 「……十六夜咲夜だな」

 

 幻想郷に来た折、稗田家の縁起によって頭に叩き込んだ各勢力の情報から、少女の正体を導き出す。

 

 「あら、私も有名になったものね。けど、今際の際なのよ。もっと言葉を選んだ方がいいんじゃないかしら?」

 

 喉に突き付けられたナイフに力が籠る。

 だが、創一は一切慌てた様子を見せない。というか、慌てる理由があまりなかった。

 

 「今際? それはどっちのことだ?」

 

 「何処まで鈍感なの。それとも絶望して狂ったのかしら? 困ったわね、美鈴にやったこと、死ぬほど後悔させてやろうと考えてたのだけど……」

 

 「そこは安心するといい。俺にとっての正気は狂気だし、絶望とは幼馴染だ。食傷になるくらい後悔も味わった」

 

 「……そう、なら死になさい」

 

 ナイフが喉の肉へと食い込み、そのまま皮膚を裂こうとして、

 

 「――――――!!?」

 

 背後で少女が驚愕する気配を感じて、創一はつまらなそうに口を開く。

 

 「鈍ら過ぎるし、非力過ぎる。あとお前――さっきから()()()()()()()()()()

 

 「影が何ですって? っ……!?」

 

 どぷりと、咲夜の両足が黒い影の中へと呑み込まれる。続けて、影の中から幾つもの鎖が伸び、咲夜の両腕と、胴体へと巻き付いた。

 

 「これで王手だ。不用意に接近するべきじゃ無かったな」

 

 容易く咲夜の拘束から抜け出た創一は、下半身をすっかり影へと呑み込まれ、逆に捕らわれの身となった彼女を見下ろす。

 

 「ッッ絶対に殺すっ!!」

 

 怨嗟に塗れた少女の叫びに、面下で創一は顔色一つ変えない。

 

 「へぇ、そうか。安心しろ、俺はお前を殺す気はない。だから、とりあえずお前は鎮まれ」

 

 「っ……ふざけるな!」

 

 激昂する咲夜。しかし、創一は手を顔の前で左右に振って、

 

 「――お前じゃない」

 

 と言った。創一の視線は、確かに今や咲夜とは異なる場所へと向けられている。

 怪訝に思いながら、咲夜は少年の視線を追う。その先は、いつの間にか湖ほどまで広がった影の水面へと向けられていた。

 

 ふいに、影の水面が波打ち、咲夜の眼前で大きく盛り上がる。深淵から姿を現したのは、闇に溶け込むような漆黒の体躯をもった巨大な一匹の百足だった。

 奇怪な鳴き声を響かせて、百足はその醜悪な面を捕らわれの身となった哀れな少女へと近づける。アギトがぱかりと開く。今にも咲夜を食い殺しそうな勢いだった。

 

 「だから、鎮まれって。これ以上後始末を面倒にさせてくれるな。いや、骨まで残さず食えば証拠が残らないとか、そういう問題の話はしてない。ほら、とっとと戻れ」

 

 創一の言葉に従って、百足は影の中へと姿を消す。それによって広がっていた影も縮小し、咲夜の足元を覆う程度の規模へと戻った。

 

 「……貴方、一体何なの?」

 

 半ば呆然とした様子で、咲夜は尋ねる。創一はちょっとだけ考え込むような素振りをみせた後、かぶりを振って、

 

 「……もう色々面倒だから、お前もしばらく寝ててくれ」

 

 言いながら、創一は咲夜の首筋へと手を当てると、術で小威力の電撃を発生させて、彼女を気絶させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どんどん状況が悪くなっていってるな……」

 

 意識を失って倒れ伏す咲夜と美鈴(比較的近い茂みに隠されていた)を見下ろして、創一はぼやく。

 

 (まぁ、とりあえず門番は無力化したわけだ。後は魔理沙の手腕に期待するしかないか……強い新手がこっちに来ないことを祈りたいとこだな)

 

 創一がそんなことを思案しているとき、ふいに大きな爆発音が響いた。

 慌てて視線を向ければ、紅魔館の一角が崩落し、そこから見覚えのある光の奔流が真っすぐに突き抜けている。

 

 (あれは……マスタースパークだったか?)

 

 確か、魔理沙が何度か見せていた大技である。なんとなく察していたが、忍んで盗むという発想はないらしい。本を盗むだけでなく、住居破壊も辞さない。あまりに最悪の強盗っぷりである。

 

 (その片棒を担いでしまったんだがな……いや、本当に、宇迦様に合わせる顔がまるでない)

 

 暗澹(あんたん)たる心持に、思わずため息が出る。

 魔理沙は苦戦しているのか、激しい戦いの音は一向に止まず響き渡り、徐々に広がっていく屋敷の穴からは、火や水、風や雷といった様々な魔法の発現が垣間見えた。

 どの魔法も遠目で分かるほどの規模であり、高度なものである。

 紅魔の館には七つもの属性を操る魔女が居るという話を、創一は思い出した。

 

 「まさか……負けて成果ゼロなんてことは無いよな魔理沙」

 

 門番にメイド長。既に紅魔の勢力に睨まれるには十分のことをしでかしている。これで当初の目的が全く果たせないなんてことになれば、目も当てられない。

 

 「…………俺も、援護に行くか」

 

 ここまで罪を犯した以上、後には退けない。そう考えて、創一は紅魔の館へ向けて、足を踏み出し――

 

 「――――いや、待て」

 

 自分に言い聞かせるように口に出して、創一は足をぴたりと止める。

 

 (…………何か、おかしくないか?)

 

 息を吸い、酸素を取り込んで創一は思考を巡らす。

 自らの行動に、違和感を感じたのだ。

 

 (後戻りできないから張る、なんて思考は賭けにおいておよそ最悪だ。じゃあ、なんで俺は今そんなことを考えた? そこまで追いつめられるようなことか? いや、違う。この程度はまだ俺にとって窮地じゃないはずだ)

 

 そもそも、紅魔館に創一が望む知識があるとは限らない。あくまで可能性の段階だった。美鈴を倒したのは、自身の存在理由と照らし合わせると、霧雨魔理沙という少女を見捨てきれなかったからだ。そこはいい。創一自身後悔のない選択で、改めて省みても理解はできる。

 

 (けど、ここから俺が館に足を踏み入れようとするのはどう考えたっておかしい。リスクとメリットが釣り合っていない。そもそも、俺が訪れたから状況が複雑化したのことに間違いはない。その自覚もある。なのに、何故俺はここにとどまろうとしている?)

 

 自分の思考回路が、判断が信用しきれない。違和感が次第に大きくなる。

 まるで、誰かに糸を垂らされ行動を操られているような……

 

 (――精神への干渉? いや、俺の防壁を突破できる奴なんているのか? ミーム汚染もだ……こいしの無自覚への干渉を防げた以上、影響を受けるとは思えない……だったら――――まさかッ)

 

 弾かれるように創一は顔を上げる。そして、聳え立つ紅い悪魔の屋敷を睨んだ。

 

 「……歓迎されている、ということでいいのか? 正直、鬼が出ると分かっている道なんざ進みたくないが……いいだろう」

 

 一歩、創一は前へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あぁ、本当に――今日は楽しい一日になりそうだわ」

 

 三日月のように口を吊り上げて、幼い悪鬼は一人笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ちゃんとした戦闘回にしようかと思いましたが、今後に控えてる奴多すぎるのでカット! 
 あと、咲夜さんは能力強すぎるからハメ技塩決着しないと話進まない。これはごく個人的な解釈なのですが、咲夜さんって銀が弱点ではなくて、頑丈な相手になすすべないイメージあります。天子とかどうやって倒すんだろうか? 銀製ナイフなんか刺さらないでしょうし、有効打が目くらいしか浮かばない。
 
 【元ネタ解説コーナー】(需要があるかは知りません、誰かの創作ネタとかになったらうれしいですね。筆者はにわかなんで、そういうのあるんだくらいの認識でお願いします)

①竜生九子…竜よりうまれた九人の子供。英雄の器であっても、竜足りえない半端なマガイモノたちです。因みに、饕餮もその一人。ただ、こちらの饕餮と所謂四凶、四罪と言われる饕餮が同様かは分かりません。

②狐の窓…創一が美鈴相手に使った手印です。妖怪の正体を見破るといった術で、呪術の中ではウィキペディアにあるレベルのポピュラーな奴です。わざわざ図書館の書物漁らないで済むので楽ですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。