東方狐神録   作:パック

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不可思議なお茶会

 

 

 美しい紅琥珀の液体がティーカップに注がれてゆく。白い湯気とともに、ベルガモットがふわりと薫った。金で縁取られたヴィクトリアンシェイプのカップは、そこに満たされた液体と合わさって、芸術品のような迫力を放っている。

 三段プレートのケーキスタンドには、手間暇をかけたであろう菓子が、実に魅力的な艶を帯びて並んでいた。

 

 甘味好きの創一としては中々素晴らしい光景ではあったが、しかし、状況が状況なので素直に喜ぶことはできない。

 大衆の視線に晒されようがマイペースを貫くことのできる創一といえど、至近距離で、常に殺気の籠った視線を向ける少女に甲斐甲斐しく給仕をされている、とあっては落ち着かないものがあった。

 

 「ミルクは要らないとのことでしたが、お砂糖は必要でしょうか?」

 

 抑揚のない、氷のように冷たい声が尋ねる。

 

 「いや、大丈夫だ。それよりも、この足枷を外してくれると助かるんだが……」

 

 じゃらりと鎖を動かして、両足を拘束する枷を創一は見せつける。が、給仕の少女――十六夜咲夜は人形のような表情で眉をピクリとも動かさないまま、「御用があれば、またお呼びください」とだけ言って、後ろへと下がった。

 

 「…………美味いな」

 

 紅茶を一口含んで、創一は呟いた。おべっかではなく、純粋な感嘆の声だったが、だからといって背中に向けられる視線の鋭さと温度は変わらない。

 

 「まずはお招きありがとう……で、早速だが真意を尋ねていいか? いつ、彼女に刺されるか分からないからな」

 

 ちらりと咲夜に視線をやりながら、創一は自らの真正面の席に座す少女に言った。少女というよりは童女や幼女といってもよいかもしれない。見た目だけで言えば、この場の誰よりも彼女は幼く見えた。ウェーブのかかった淡い青髪に、妹と同じ真紅の瞳。彼女の肌もまた日の光を知らないのだろう。

 悪魔の館、紅魔館。その当主こそが、現在、創一の眼前で微笑を湛えている彼女だった。名をレミリア・スカーレットと言う。

 

 「真意と言ってもね……面白そうだったから、それに尽きるわ」

 

 「長命種の道楽か……まぁ、そんなところだよな」

 

 少女の返答に、創一はつまらなそうな声で言った。

 

 「うふふ、随分手馴れているような言い回しね」

 

 「実際慣れている。時間と力を持て余した妖怪は、往々にしてそういった行動をとりがちだ。お前らにとって人は食料であり、玩具だ……そうだろう?」

 

 「否定はしないわよ。私は人の生き血を啜る吸血鬼だもの。気に食わないかしら?」

 

 にこにことした表情のまま、何処か探るような目つきでレミリアが尋ねる。同時に、創一に刺さる視線が一層研ぎ澄まされた。下手な答えを選べば、お前を殺すと言わんばかりだ。まったく恐ろしいメイドである。最も、その程度の脅しに意見を曲げる気などないが。

 

 「別に……妖怪というのは元来、そういうものだ。そこに好き嫌いの感情は無い。ただ、俺は人間の味方で、それ故に害となる怪異を排除するだけだ」

 

 創一の青い瞳がスッと細められた。些か温度を失う視線をレミリアは心地よさそうに受けて、

 

 「そう、じゃあ私のことも殺す気かしら?」

 

 と、口にした。

 

 「……ここが外の世界だったら、殺しにかかっていただろうな」

 

 一切の繕いがない言葉。給仕の少女が息を呑んだ。しかし、主人であるレミリアは実に涼し気な様子で、創一の続く言葉をじっと待つ。

 

 「……けど、ここは幻想郷だ。多少は自重するさ。目の前で人が襲われていたりしない限りはな……」

 

 肩を竦めて見せた創一は、ふいにレミリアの眼前に置かれたティーカップを指さした。カップになみなみと満ちる液体は、創一に準備されたものより少しだけ紅の色が濃い。

 

 「だから、その紅茶の()()()についても目を瞑ろう」

 

 創一の人並外れた鋭い嗅覚は、そこから漂う微かな、けれど飽きるほど嗅ぎなれた匂いを逃さなかった。生理的嫌悪を自然と抱かせる鉄の匂いだ。

 真紅の瞳が興味深そうに創一を見つめる。レミリアの口角が吊り上がり、ちらりと鋭い牙が見えた。

 

 「ふふ、やっぱりあなた面白いわね。咲夜、いい加減にその殺気を抑えなさいな。それとも、私に恥をかかせるつもり?」

 

 「ッ……!? いえ、そんなつもりは……!」

 

 「なら、相応しい態度をとりなさい。彼は私が招いた正式な(ゲスト)よ」

 

 「……はい、勿論でございます」

 

 「だったら、とりあえずこの足枷を外してくれるとありがたい」

 

 「えぇ、勿論よ。そもそも私はあなたを連れてきてと頼みはしたけれど……拘束しろなんて指示はしていないわ。ほら、咲夜! いつまでボサッとしているのかしら? 貴方らしくもない」

 

 「――直ちに」

 

 叱咤をかける主に咲夜が深く一礼をしたかと思えば、次の瞬間には彼女の手に足枷が握られていた。

 ようやく自由を得た己の両足を軽く動かして、創一は満足げに頷く。

 

 「ありがとう。これでようやく、素直に紅茶を楽しめる」

 

 そう言って、創一は再びカップを傾けた。また、ケーキスタンドに並ぶ菓子の一つ、綺麗な焼き色の英国式スコーンを手に取って口に運ぶ。

 良い塩梅でミルクと混じり、コクを得たアールグレイの味に、スコーンの優しい甘さ。どれもこれも一級品である。

 

 ほとんど没落しているような状態といえど、一応は歴史ある家系に籍を置いている創一なので、自分に対する持て成しのレベルの高さは正しく理解している。高級ホテルでもそうそう味わえないクオリティ、曲がりなりにも侵入者である創一への応対ではない。

 

 「侵入者というのが、そもそも私からすれば間違いなのだけどね」

 

 血の混じった紅茶に舌鼓を打ちつつ、レミリアがぽつりと零した。

 

 「貴方が今日この屋敷を尋ね、私の元へこうしてやってくるところまで含めて、全て私が定めた()()なのだから」

 

 「運命…………」

 

 「運命は信じていないタチかしら?」

 

 「いいや? そういうわけじゃない、信じている……というより知っている。その手のものに干渉できる能力者をな。凄腕の占い師なんだが……」

 

 創一は外の世界での知人の顔を思い浮かべた。

 

 「占い師なんてものと私を一緒にされても困るのだけどね。あいつらはそのほとんどが詐欺師で……一握りの本物もあくまで観察者、私のように筋書きを操作できるわけでは無いわ」

 

 「はて、それはどうかな? 占いというものの捉え方によるだろう?」

 

 「? 一体どういう意味かしら?」

 

 「占い師が明日は晴れであると言って、実際次の日に晴れたとする。しかし、それは晴れであるという事象を占い師が予知したのか、はたまた占い師が明日を晴れにしたのか、本当のところは分からないだろう?」

 

 創一の言葉にレミリアは少し考え込むように、ティーカップの中へと視線を落とすが、やがて訝しむような表情を浮かべて顔を上げた。

 

 「それは……詭弁というのじゃなくって?」

 

 「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。俺は他者の嘘を見抜けるが……真実を見抜けるわけじゃない。本当のところは結局不透明だ。あやふやだ」

 

 レミリアスカーレットの言葉に嘘はなくとも、そこに真実があるかは定かではないし、それ故にレミリアの語る運命云々を信じるかどうかもまた別問題だ。語って聞かされたところで、創一はレミリアの見ている世界も、凄腕占い師の見ている世界も、観測することはできないし、真に理解することはできない。

 結局のところ、大きな確証もなく、理解もできないまま、創一は運命という概念を信じるか否かの選択を迫られることとなる。

 

 「だが、理解できないからといって、無いと言い張るつもりもない。世の中に自分の判らないことがあるのは当たり前だ。なにせ、お前たち妖怪という存在が生まれているくらいだからな」

 

 世の中は不可思議に満ちている。科学が発展してもそれは変わらない。科学や魔術を突き止めたところで、全てを理論立てて明らかにすることはきっと無理なのではないかとすら思う。

 そこまでいくと哲学的な観念に足を踏み入れそうだが……ともかく、判らないことをとりあえず信じてみる、一旦受け入れてみるというのは存外有効だ。そうじゃなければそもそも話が進まない。だから、若干の疑念を抱えつつも創一はひとまず運命という概念を信じてはいる。

 

 「中々まどろっこしい言い方をするわね、私の友人みたいだわ。結局、貴方は私の言葉を疑っているということかしら?」

 

 「俺は運命を信じているし、お前が運命に干渉できる力をもっているのは事実だろう。だが、()()()という言い方は違うんじゃないか? 嘘ではないが、誇張を含む……もしくは傲慢か」

 

 「中々バッサリいってくれるわね。まぁそれくらいの無礼は心地よいわ、だから咲夜もいちいち反応しないの」

 

 人を殺しそうな雰囲気の従者に軽く釘を刺しつつ、レミリアは言葉通り気分を害した様子もなく続ける。

 

 「確かに誤解があったかも……というか、言葉の綾ね。難しいわ日本語って……まぁ、私の能力が一言で言い表しにくいのだけれど。私の力は言うなれば……確率の操作? というのが一番適当なのかしら? それも厳密には違うのだろうけど……とにかく、実現し得る事象のうち、故意にパターンの一つを選び、それを起こしやすくする。どれほど高い確率だろうと絶対では無いという点では確かに()()()ではないわね。私はここにあなたが足を運びやすい環境をつくった、それが紛れもない真実よ。納得頂けたからしら?」

 

 「あぁ、完璧に納得したよ。知り合いの占い師はもっと煙に巻いてくるからな、誠意として、俺の力も一端を明かそう。俺の目は人の感情を色付きのオーラで視認する。色合い、オーラの動きから大体の思考も把握できる。例えば、そこのメイドの色は暗い赤色、酸化した血の色が一番近いな。何を考えてるかは……まぁ容易に察せるだろう?」

 

 「そうね、でも家族思いなのはこの子の美徳よ。許してあげて欲しいわ」

 

 「言われなくとも。むしろ、お前がやけに友好的なことの方がつかめない。見た限り、お前は別に身内に冷徹なわけじゃないだろう」

 

 「それは単純に、騒動の責任が私のものだからよ。さっき言った通り、私は最初からあなたの来訪を待っていた。言わばあなたは招待客のようなもので……ただ下手に私が出しゃばり過ぎると、この茶会が実現しない確率が高かった。だから、流れに任せたのだけど……美鈴があなたを過剰に敵視するのは予想外だったわ」

 

 「まぁ、それに関しては俺の自業自得だ。過去に自分が蒔いた種の煽りを受けたというか……詳細は省くが、俺の身は呪われているようなものでな、それも特大の奴に」

 

 そもそも屋敷へ入るのに必ずしも門を通る必要が無かったことを考えれば、本当に運が悪かった。いっそ最初から侵入するスタンスであれば、結果はもっと違ったものになっただろう。最も、吸血鬼の妹の方には隠形を破られたので、楽な方向に進んだとは限らないが。

 

 「あら? そうなの? あんまりそんな気はしないけど……そういうのって気配で判るものじゃないの?」

 

 「俺自身が抑える手法を身に着けているし、あとこの世で最も素敵な女神様に加護をもらっているのもある。余程感覚が鋭敏な存在……その手の異能を持つ奴以外は歯牙にかけないさ」

 

 「なるほどね、不幸にも最悪の組み合わせだったと……けど、祝われて、呪われているってのはなんだか少し面白いわね、言葉遊び的で……おっと、不謹慎だったかしら?」

 

 「構わない。ところで、不躾は承知なんだが……一つ頼まれて欲しいことがある」

 

 「何かしら?」

 

 「お前の友人……パチュリー・ノーレッジと言ったか? 彼女の知識に用がある。だが、交渉が難しいのでな、良ければ口利きしてもらえないだろうか」

 

 「それくらいなら構わないけど……彼女結構気難しい性格だからね。テーブルのセッティングならできるけど……」

 

 「それで十分だ。ひとまず冷静に交渉さえできれば問題ない」

 

 損傷した魔導書はどうすることもできないが、代わりの品を袖の下として渡すことは可能だ。少なくとも、不埒な侵入者から館の主人の客へと昇格さえしてしまえば、邂逅一番に戦闘となることは避けられるだろう。無下にされないのであれば、話さえ聞いてもらえれば、やりようはいくらでもある。

 

 「だったらいいけれど……少し妬けるわね。私とこうして話をしているというのに……他の女性との逢瀬を頼まれるなんて」

 

 揶揄う様な口調でレミリアが微笑んだ。無論、本気で言っているわけではないことは百も承知だが、何となくの義務感で創一は一応抗議の声をあげておく。

 

 「そんな色気のある話じゃないさ。もっと冷え切ってる……まぁ、お前の妹に招かれた席ほど、命の危機を感じないでいられそうなのは有り難いがな」

 

 「へぇ、あのフランが……愛らしい顔をしている割に、意外とプレイボーイなのね」

 

 「今の文脈をどう切り取ったらそうなる? 偏向が酷すぎるだろう」

 

 呆れたような声で創一は言う。何が楽しいのか、対するレミリアはにこにこと上機嫌な態度を崩さない。基本顔色が変わらない創一を相手にして、愉快なことなどないように思われるのだが。フランドールといい、吸血鬼姉妹は余程娯楽に飢えているのだろうか。

 

 (この郷ならもっとほかに退屈しのぎがあると思うがな……)

 

 「ふふ、悪かったわ。でも、あの子に気に入られたなら苦労するわよ。独特というか……まぁ、常軌を逸している子だから。あなたの()なら判っていると思うけど」

 

 「あぁ、あれは完全に狂人の色だ。関わると碌なことにならないタイプで間違いない」

 

 フランドールの独特な色を創一は思い返す。彼女との対談は常に油断のできない、綱渡りのようなものだった。

 

 「その割にはあまり厭っているようには見えないけど?」

 

 「ただ壊れている奴は見ていてつまらんが、ああいう狂気が混在しているのは……それなりに興味深い。面倒だけどな……不謹慎か?」

 

 「いいえ、けどそうね……納得したわ」

 

 「納得? 何にだ?」

 

 「フランがあなたを気に入った理由と、私が何故かあなたに惹かれる理由よ。あなたを取り巻く不思議な因果……ごく稀に妖怪を引き寄せる人間がいることは知っていたけど……本当に面白いわ」

 

 「因果って……不吉なことを言うなよ。お前が言うと洒落にならん」

 

 「だって洒落じゃないもの。多少は自覚あるんじゃなくて? きっとこの郷では引く手あまたになると思うけど……精々死なないように励みなさいな」

 

 「この郷ではというか……この郷でもなんだよ。もう少し、明るい未来を予見して欲しかったな」

 

 「諦めなさい。私の操作が及ばないくらいには、あなたは巻き込まれるみたいだから」

 

 「………………」

 

 思わず頭痛を覚える宣言に、一切感情が死んだ顔で、創一はゆっくりと紅茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 「――――『蒼の劇場』、『コギトの釣瓶』、『写音曲叉』、『金烏玉兎集写本』……よくもまぁ、これだけの稀覯本を集めたわね。しかも、玉兎集以外はオリジナル……本当に貰っていいのかしら?」

 

 「構わない。色々と迷惑をかけたからな、そのお詫びも兼ねてだ」

 

 「そう……だったら遠慮なく頂くわ。といっても、貰いすぎなのは否めないから……その分貴方に協力しましょう。レミィの顔も立てなきゃいけないしね」

 

 テーブルの前に置かれた本を使い魔に運ばせて、パチュリーは改めてこちらに向き直った。

 

 「けど、正直驚いたわ。フランに続いて、まさかこの屋敷の主まで口説き落とすとはね。魔を使役する身としては、是非その手練手管をご教授願いたいのだけど……」

 

 「ただの成り行きだ。俺が本当に交渉術に長けていたなら、ここまで遠回りすることにはならなかった」

 

 そう言って創一は肩を竦めた。思い返せば、本当に遠回りばかりの一日だった。無駄に敵に回した門番やメイド長との確執は尾を引くだろう。謀られたと知ったフランドールの反応にも怖いものがある。唯一、館の主人であるレミリアが好意的なのは不幸中の幸いだが、力ある妖怪の好意というものが如何に厄ネタであるかを知っている創一なので、手放しで喜ぶことはできそうにない。

 

 (そう考えると、ビジネス的な付き合いができそうなこの魔女とは是非仲良くしておきたい)

 

 最初こそ本の破損の原因を作ったことで睨まれていたが、レミリアによる口添えと、創一が渡した秘蔵のコレクションの甲斐があって、今のパチュリーからは怒りの感情が霧散していた。

 

 「それで、あなたの頼みは鏡の怪異に関する知恵を貸して欲しいって話だったわよね?」

 

 「あぁ、その通りだ。退魔師としてそれなりに経験を積んでいたつもりだったが、今回の一件は糸口が見えてこなくてな」

 

 妖気や魔力といったものを一切感じることのできない、何の変哲もない鏡。しかし、それにも関わらず眼前で起こる異変。鏡面に映った女の姿。

 創一の話を一通り聞き終わったパチュリーは、顎に手を添えてしばらく長考していたが、ふと顔を上げて口を開く。

 

 「……一つだけ、心当たりがあるわ」

 

 「本当か!? それは一体……」

 

 思わず身を乗り出しかける創一をパチュリーは手で制しつつ、少し困った表情を浮かべた。

 

 「あまり自信は無いの。推理というにはお粗末なものになるわ」

 

 「それでも構わない。調査の指向性すら決めあぐねているのが現状だからな」

 

 「分かったわ。小悪魔、一万七千五百四番の本を持ってきて頂戴!」

 

 本の整理をする使い魔へと命令を下しつつ、パチュリーはぽつりぽつりと自身の推論を語り始めた。

 

 「まず、鏡から不思議な力は感じなかったっていう話だけど……それはやっぱり、鏡そのものはただの道具でしかないからだと思うわ」

 

 「つまり……俺が見た異常と鏡に直接的な関係はないということか?」

 

 「そう結論を急がないで、まるで関係ないとは言っていないわ。恐らくだけど、鏡はあくまで()としての機能を持ったに過ぎないの。あなたの目の前で怪異が発生したのではなく、貴方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

 「それは……つまり、何処か別の場所で起こった異常を俺はテレビ中継みたいに……いや、遠見したという方があんたには伝わるか?」

 

 言葉を選びながら確かめる創一に、パチュリーは鷹揚に頷いてみせた。

 

 「えぇ、理解が早くて助かるわ」

 

 「しかし、鏡がそんな機能を持つなら、そこにはやはり神秘が働いてしかるべきだ。ただの鏡にそんな力はないだろう」

 

 魔力、妖力、霊力、気、もしくは創一にしか知覚できない感情のエネルギー、何かしらの()が鏡に宿っていると考えるのが妥当なのだが。

 

 「そこなのよね、この話をややこしくしているのは。ひとまず貴方の誤解を正すけれど……正確に言うと普通の鏡だって魔力を宿しているのよ。最もそれは、ミクロというべき極小のもので、およそ感覚で捉えきれるようなものじゃない。まして、何か不思議な現象を起こせるほどの力は無いわ」

 

 「なら結局は同じことのように思えるが……」

 

 パチュリーの意図が読み切れず、創一は首を傾げた。

 

 「いいえ、それが違うのよ。微小の魔力では超自然の現象なんて起こせないけど、端末くらいにはなるの。()()()()()()の様子を、こっちに映す端末にはね。必要な魔力のほとんどは、あちら側が負担するから、窓になる鏡が特別である必要はないのよ」

 

 「端末……いや、そもそもあちらの世界とは……?」

 

 膨れる疑問が尽きない。創一が真意を問いただそうと口を開いた丁度その時だった。先ほどパチュリーに命じられた小悪魔が、一冊の本を手に戻ってきたのだ。

 一度盛大にぶっ飛ばされたという事実があるからか、小悪魔は創一にちらちらと視線を向けながら、おっかなびっくりと言った様子で本をテーブルに置いて、「それじゃあ私はこれで」と逃げるように立ち去った。

 

 テーブルに置かれた本は随分古びたもので、サイズは小さく何より薄い。本というよりは、手帳のように見える。隅に綴られた英語のスペルはおそらく名前なのだろうが、一部が掠れて読めない。イニシャルがCであることだけが分かった。

 

 「ねぇ、あなたは童話に対する見識はあるのかしら?」

 

 ふいにパチュリーが尋ねた。謎の手帳に気を取られていた創一は、怪訝な表情でパチュリーへと視線を移す。

 

 「まぁ著名なものはある程度抑えているが……急にどうした?」

 

 「この手帳はね、とある童話作家の手記なのよ。何人もの魔法使いがたどり着けなかった《《あちらの世界》の記録がここに記されているの。魔法使いを差し置いて、誰よりも世界の真理に近づいたのが、ただの作家だったなんて興味深いと思わない?」

 

 なみなみと好奇心を瞳に湛えて、パチュリーは微笑を浮かべた。

 

 「まぁ、確かに面白い話だな」

 

 創一としては、パチュリーにはさっさと結論を述べて欲しいところではある。しかし、下手に突っ込んで相手の気分を害しては敵わないので、創一はあくまで足並みを揃えることにした。

 

 「あちらの世界とやらは、要するに()()の話なんだろう? だが、魔法使いがわざわざ研究するような異界で、なおかつたどり着けていないとくると……駄目だ、想像がつかん」

 

 ゆるゆると創一は首を横に振った。

 異界と呼ばれる世界の存在自体はそう珍しいものではない。地獄や天界といった規模のものとなればそう多くは無いだろうが、この幻想郷程度の規模であればそれなりの数の異界が既に発見されている。

 仙人などが修業のために自ら創造する仙界等を含めれば、異界の数は更に膨大になる。創一が自身の影に想像した世界も、仙界と同種の異界だ。しかし、そのようなどこにでもある小さな異界が魔法使いたちの興味を引くとも考えにくかった。

 

 「分からないのも無理はないわ。身近にありつつも、長らくただの御伽噺(フェアリーテイル)としてしか捉えられてなかったから」

 

 パチュリーの言葉に、ぴくりと創一は眉を動かした。

 

 「御伽噺……作家……Cのイニシャル……」

 

 単語を噛みしめるように呟き、創一は再び手帳を射貫くように見つめる。

 

 「そろそろ焦らされるのもキツイ。拝見させてもらえるか?」

 

 「えぇ、どうぞ。何なら貸してあげるわ、特別にね」

 

 彼女の言葉に従って、創一は古い手記を手にした。繊細な手つきで頁を捲り、文字列を目で追っていく。内容に集中する創一はもとより、パチュリーもそんな創一を見守るだけだったので、二人の間を静寂が取り巻いた。ページを捲る際の、紙が擦れる音が微かに響くだけであった。

 

 (――――っ………………!?)

 

 手記に綴られた内容に、創一は思わず目を見開いた。視界の端で、そんな驚愕を感じ取ったパチュリーが満足そうに微笑む。

 

 「……かの童話はただの空想じゃなくて体験記だったと?」

 

 創一の問いにパチュリーはこくりと頷いて見せた。

 

 「可能性が高いと私は踏んでいるわ。世界各地に残る鏡の怪異の記述と、この郷で起こった怪異、全て手記の内容が真実だと考えれば辻褄が合うのよ」

 

 淀みなく返ってきた言葉に、創一は眉間に皺を寄せた。手記の内容は、到底信じがたい話だった。実に空想的で、まさしく御伽噺の世界。しかし、多くの不可思議な存在との邂逅の経験が、それを与太話と切って捨てることを拒む。

 

 (ならばまぁ、一旦信じる他はないだろう)

 

 一つ大きく息を吐き、創一はパチュリーを真っすぐに見据えて、ゆっくりと口を開いた。

 

 「それじゃあ教えてくれ、俺は兎でも探せばいいのか? 一体どうすればたどり着けるんだ、その――」

 

 

 

 

 ―――――――――――()()()とやらに。

 

 

 

 

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