東方狐神録   作:パック

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写し世

 

 

 

 〇月〇日

 

 この世に生を受けてから今日以上に驚いた日はない! そして、永遠に今日という驚きを超えることもきっとないだろう。私は確信している。世界中で、私ほどエキサイティングな体験をしている人間はいないと!

 

 誰しもが、鏡という不可思議な物体に対して疑問を持ったことがあるだろう。ピカピカに輝いた、あのつるつるな平面の中に映る世界! 

 

 人は鏡に出会って初めて自分の姿を見る。自己の認識が極めて強固になる瞬間だ。私は鏡に出会った日を第二の誕生日だとして祝うべきだと思っている。残念ながら、理解無き両親は私の第二誕生日を祝ってくれることが無かったが……。

 

 閑話休題。私は常々、鏡の向こう側の世界について空想していた。鏡に映る自分が、いつか自分をそちら側に引き込んでくることに期待し、恐れもしていた。

 我が国では好奇心は猫を殺すなどというけしからん謳い文句が流行っているが……いや、やはりよそう。自分を猫になぞらえて気の利いたことを言おうと思ったが、猫は成るものじゃなくて、愛でるものだ。無事にこの世界から帰ることができたら、我が飼い猫を命一杯甘やかそうと思う。

 

 この世界……そう、鏡の世界だ! 揺らめく鏡面に、吸い寄せられるかのように手を触れれば、なんとびっくり! 私は不思議な世界に迷い込んだ!

 推測するに、この場所こそが私が夢想し続けた鏡の向こう側の世界なのだろう。記録をとるための手帳を携帯していて心底良かったと思う。

 

 

 好奇心を大いに刺激されルンルン気分だった私だが、その意気は次第に薄れていった。というのも、想像していた以上にこの不思議な世界はつまらなかったのだ。

 異世界というからには、私は天地がひっくり返るような景色を期待していたのだが……実際はそうでもなかった。

 

 まったく現実と変わらない。正しく鏡写しのように精密な街並みがそこに再現されていた。愛しき我が家も健在である。左右が違うというだけで、我々がよく知る世界がそこにあった。――――つまらない‼

 

 更に私をがっかりさせたのは、鏡の世界にはおよそ動物が見当たらないことだった。煩わしい人間関係から解放されるのは大いに結構だが……犬猫や鳥までが姿を消しているのはいただけない。

 

 私は未知の世界の、不思議な生物との交流を楽しみにしていたのだ!

 高らかに歌う花とか! パイプを吹かす芋虫だとか! 几帳面に着飾った兎などとの交流に夢見ていたというのに‼

 しかも猫が居ないときた……既に私は猛烈に望郷の念に駆られている。

 

 ◇

 

 ――朗報だ! なんとこのクソつまらない世界にも住人が居た! それもかなり奇天烈で、つまりとても面白そうな奴だ。

 そいつは森のど真ん中にテーブルを広げて、一人でアフタヌーンティーに興じていた。不思議生物との邂逅を諦めきれない私が森を散策していたところ、焼き菓子の甘い香りに誘われて、彼と出くわしたというわけだ。

 

 彼と言ったが、正直なところ性別はよく分からない。とても中性的かつ驚くほど美形で……何より道化もかくやという面白可笑しな格好をしていた。

 

 先の尖った空色の靴、マーブル模様のズボンに、幾何学模様のシャツ。上着はドブネズミの色をしていて、唯一蝶ネクタイだけがまともである。

 頭の上のシルクハットはあまりに巨大で、そのアンバランスさが、見ているこちらを妙に落ち着かない気分にさせた。

 

 一目で狂人の類だと判る。しかし、偏屈でやかましい教養と権威に溢れたお偉方よりは、多少頭のねじが緩んだ輩の方が好感が持てるというものだ。私は期待を胸に、第一の現地人を交流を重ねることにした。

 

 私の目に狂いはなく、彼はやはり狂人の類だった。自分のことをこの鏡の世界の支配者だとか、唯一の妖精だとかほざいていた。少なくとも前者は明らかに戯言だ。世界の支配者たる威厳などが彼には備わっていない。支配者とはもっとふんぞり返っていけ好かない奴のことを指すのである。

 

 彼はイカれてはいるが気の良い奴で、私は直ぐに仲良くなることができた。彼が振舞う紅茶も実に旨い。

 茶会が盛り上がる中ふと、私はお互いにまだ名乗っていないことにようやく気付いた。そこで判明したのだが、どうやら彼には名前が無いらしい。

 

 また彼お得意の戯言かと思ったが、しかし考えてみればこの鏡の世界では彼以外の住人にまだ出くわしていなかった。もし他者の存在がいないならば、確かに自己を表す名前という記号は必要ないのかもしれない。

 

 だが、今は私が居る。いつまでも滞在するつもりは毛頭ないが、新たな友人の名を呼ぶことが無いのも少し寂しいものがある。そんなわけで、私は彼に『帽子屋(ハッタ)』という名前を贈ることにした。

 

 人によってはそれを悪意と捉えるものが居ることも承知している。勿論、神に誓って私にその気は欠片もない。我がユーモアセンスを総動員した結果だった。

 

 しかし、私のそういったセンスが多くの者に誤解を与えることは残念ながら少なくなかった。だから、彼が『ハッタ』という名前を大手を振って受け入れてくれたことが、心の底から嬉しかった。

 不思議な世界で、私は生涯を通して初めて親友と呼べる存在と出会うことができたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……首尾は?」

 

 「上々でございます。決行日、十五夜の夜までには間に合うでしょう」

 

 女の問いに真っ黒な人の影が応えた。怪談師などと名乗るその珍妙な輩は、手に持ったステッキでこつりと地面をつき、シルクハットのつばを少し持ち上げて口を開く。

 

 「ところで例の御仁……鏡の支配者の様子はどうですか?」

 

 「相変わらずだ。一人で永遠にしゃべり続けている……あまりに喧しいから、口を塞いでやった」

 

 道化師めいた白塗りの顔が脳裏に浮かび、女は苛立たしげに吐き捨てた。少々神経質な気を持つ彼女にとって、言動が支離滅裂な相手との会話は大きなストレスだったのだ。

 

 「そうですか。ならいいのですが……くれぐれも用心なさって下さい。妖精と言ってもアレはモノが違うので」

 

 「お前に言われるまでもない」

 

 女はふんと鼻を鳴らす。

 全てを黒で塗りつぶされた無貌の人影。表情をうかがい知ることもできない、世にも不気味な怪人を前に、彼女の態度は実に堂々としたものだった。

 

 「鏡の国はおさえた。錫杖と小槌も手中、兵の質も数も十分……此度の戦、勝機はどの程度あると思う? 正直に言って構わんぞ」

 

 女の問いに影は考え込むような素振りを見せてから、ゆっくりと口を開く。

 

 「そうですね、僭越ながら――二割あればよいほうだと」

 

 影の言葉に女は取り立てた反応を見せない。「そうか」とだけ頷いて、黒い手袋に覆われた自らの右手へと彼女は視線を落とした。

 

 「……想像よりはずっとマシだな。一分だろうとも決行する気でいたが……やはり、考えられ得る敗因として一番大きいのは例の女神か?」

 

 「はい。道満殿が色々と手を打ってくれてはいますが……あらゆる策を踏み倒すだけの力を彼の女神、ヘカーティア・ラピスラズリは持っているので」

 

 「何度聞いても実感が湧かぬ話だ。だが、間違いは無いのだろうよ。業腹だがな」

 

 「心中お察しします。ですが、元来神とはそういうものですから。圧倒的暴威を以て、巡らされた計略や感情の全てを灰燼に帰すのです」

 

 「……■■が神格を捨て去り、狐守創一に成ったようにか?」

 

 「―――――――――――」

 

 女の問いに息を呑む気配がした。影に顔色は無いが、その表情が歪んでいるだろうことが察せられる。

 ニヤリと女は愉悦の色を滲ませた。

 

 「お前はアレを失敗作と宣ったが……思えば、お前たちの陰謀を壊して手中から逃れたという点では、アレはやはり神たる資質を持ち得ているのではないか?」

 

 全く腹の内を見せなかった人影が見せた確かな動揺。抉るように女は畳みかける。だが、女の期待に反して、影が冷静さを取り戻すのは素早かった。

 

 「……確かにそうかもしれません。ですが、前に言ったはずですよ。あの少年は女狐の跡を継ぐに相応しい獣となったと。彼は結局、女狐の呪縛からまでは逃れられなかったのです」

 

 「だからアレは神たり得ない」と、嘆くような沈んだ声で影が呟いた。

 

 「そうか、まぁいいさ」

 

 気を削がれたのか、女は肩を竦めた。そして、手袋で覆われた自身の右手、かつて切り落とされた筈のそれに再び視線を落として、

 

 「神であろうと獣であろうと やることは変わらん」

 

 力の限り拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 「――――以上が現在判明していることだ。鏡の国とやらへの行き方までは、残念ながら有力な情報を得られなかった。勿論、引き続き調査を続ける予定だ」

 

 用意した資料を畳の上に広げて創一は言った。彼に言葉にこくりと頷いて、真剣な目で資料を睨むのは少女、稗田阿求である。

 鏡の怪異について、パチュリーノーレッジから得られた情報を共有するため、創一は人里の稗田邸に訪れていたのだ。

 

 「短い期間でここまで……本当にお疲れさまでした」

 

 資料に一通り目を通した阿求は感嘆の息を漏らす。そして、創一の方へと視線を移すと、深く頭を下げた。

 

 「頼まれた依頼を完全に解決できたわけじゃない。そう有難がられても困る」

 

 あまり感情の見えない、能面じみた表情のまま創一はキッパリと言い放った。が、阿求も中々頑固として譲らない。

 

 「いえ、十分な成果です。どうかお礼を言わせて下さい。まさかあの悪魔の屋敷にまで足を運んでくださるとは……」

 

 神妙な面持ちの阿求。あの紅い屋敷が、人里から畏怖の対象であることが容易に見て取れた。実際、足を運んだ創一からしても、あの場所は警戒に値する脅威である。

 

 (亜竜の番兵、時を止める給仕、博識公聞の魔女、因果に干渉する鬼と破壊の鬼……一勢力としての完成度が高いというか……まぁ、絶対敵に回したくはないな)

 

 創一自身、よく大した怪我もなく帰ってこれたものだとしみじみ思う。黒霧異変の時のように、あの場で自身の能力を暴走させるハメになる可能性も十分にあっただろう。そうは成らなかったことを感謝するばかりである。

 

 「俺としては、虎穴に入っただけじゃ今一歩足りなかったことが不満だがな」

 

 創一は肩を竦めて、ため息を一つ吐いた。

 

 「さっきも言ったが調査は続けるつもりだ。個人的な関心もあるからな……だが、どれだけ時間がかかるかは分からない」

 

 紅魔館でも駄目だったとくれば、最後に創一が頼れるのは地獄の女神、ヘカーティア・ラピスラズリだけである。異界の女神たる彼女であれば、()()()などという珍妙な世界についての知識を蓄えていてもおかしくはない。

 しかし、配下であるクラウン・ピースにも碌な連絡手段がない以上、彼女とコンタクトが取れるようになるのがいつかは判らなかった。

 

 「ノーレッジから聞いた話によれば、鏡に異常が起きたとしてもこちらの世界に実害を及ぼすことはまずあり得ないらしい。だから、猶予はあるだろうが、もし他に怪異が起こる鏡があったら教えてくれ。俺が預かろう」

 

 「はい、分かりました。しかし、()()()ですか……」

 

 「信じられないか?」

 

 「あっ、いえ! そういうわけじゃなくて……ただ、一つ思い出して……」

 

 阿求は慌てて首を横に振って否定する。それから、彼女は自らの記憶を探り出すように額に指を当て、ぽつりぽつりと話し出した。

 

 「鏡の世界にまつわる伝承なんですが……十五日の夜、水晶の盆に水を張ってその上に筆で絵を描くと、鏡の中に描いた化け物が住み着くというものがあるんです。でも、鏡の国には支配者が一人だけらしいですし……やっぱりこの伝承は作り話だったということですよね」

 

 「伝承が本当なら、今頃鏡の国は魑魅魍魎の巣となっているはずなのに」と、阿求は何処か残念そうな顔で語った。

 

 「一度試してみようと、水晶の盆を用意したんですけどね……あっ、ごめんなさい! 話が逸れちゃいましたね……]

 

 「大丈夫だ。それに、今の話は結構有力な情報かもしれない」

 

 顎に手を当て、思案気な様子で創一は言った。

 手記の内容だけでは伝承を否定しきる材料としては些か不十分だろう。実際に試してみる価値はあうように思われる。

 

 「鏡の国との接触の足掛かりになってくれるかもしれない……十五夜というと、今から丁度一週間後か」

 

 「実際に何かを描いて接触を図るんですか?」

 

 「そうだな。となると、俺の絵心じゃ心もとないんだが……阿求、手伝ってもらえるか?」

 

 「えっ、私がですが?」

 

 意外な要請に阿求が目を丸くした。

 

 「まぁ人並み以上には上手いと自負していますが……私より里の画家に依頼した方がいいのでは?」

 

 訝し気に首を傾げる阿求。その疑問は当然のものだが、しかし目立つことを避けたい創一としては、人員は最小限が望ましい。

 

 「そうでなくとも怪異絡みの事件だ。耐性の無い一般人を巻き込むのはな……別に、画竜点睛の故事みたく神業を求めるわけじゃない。幻想郷縁起の挿絵、よくできていた。あんな感じで頼みたい」

 

 「そうですか……わかりました。私の絵でいいのなら、幾らでも協力させて頂きます」

 

 頷き、少し上機嫌な様子で胸に手を当てて、阿求は了承に至った。どうやら、絵を評価されるのが満更でもないらしい。

 

 「ありがとう、助かるよ。じゃあ、俺はそろそらお暇させてもらおうか」

 

 「もうですか? ゆっくり寛いでもらっても構わないんですよ。また怪異譚を聞きたいですし……あっ、何か予定が?」

 

 「いや、予定という程でも無いんだが、探し人というか……」

 

 そこでふと、何かを思いついたように創一は言葉を止め、阿求を真っすぐに見つめた。

 

 「……阿求、お面職人に伝手があったりはしないか?

 

 

 

 

 

 

 「――――酷いな……お前さん、一体全体どんな風に扱ったらこんなことになるんだい?」

 

 皺だらけの顔に更に深く皺を寄せて老齢の職人はぼやいた。彼の手には二つに分かたれた狐面、傍の机には砕かれた般若面が敷かれた布の上に安置されている。

 創一へと向けられる彼の鋭い視線は、道具を疎かに扱う愚か者を咎めるものだった。

 しかし、創一にも言い分というものがある。

 

 「妖怪に襲われた際にそうなったんです。決して本意ではありません」

 

 イカれた辻斬り少女に、同じくイカれた吸血娘。悉く面を壊していった連中を思い返して創一は苦い表情を浮かべる。

 

 「あぁ、なるほどな。それは災難だったが……命があっただけ儲けものよ」

 

 事情を把握して、老人の口ぶりに同情が混じる。だが、視線の険しさは相も変わらず、どうやら元々目つきが鋭いというだけらしい。実際、仄かに立ち上っていた怒りの色は、既に霧散しているようだった。

 

 「なんとか狐面だけでも修復できないものでしょうか? 大切なものなんです」

 

 面を被るという行為は、創一の中で確立されたルーティンの一つとなっている。以前どこぞの門番に「面を被れば強くなるのか」と揶揄されたことがあるが、あながち間違いでもない。調子が出るのは確かだ。

 素性を隠す以外の利点を創一は面というものに見出していた。

 

 「……確かに、よく見れば手入れ自体は丁寧にされてるな。保存環境に難があるような気がするが……」

 

 「……頻繁に使うものなので」

 

 返り血を浴びてばかりいるので仕方ない、とは流石に言えないので、創一はバツが悪そうに後ろ首を掻いた。

 

 「粉々の般若面は無理だが……この狐面なら修復は可能だ。断面も驚くほどきれいだからな。まるで剣の名人にすっぱり斬られたみたいだ」

 

 (みたいじゃなくて、実際斬られたんだけどな)

 

 「それにしても良い面だ。さぞ名のある職人の手によるものなのだろう。俺も腕がなる」

 

 感心したように老人は何度も頷く。どうやら依頼を受けてもらえるらしいので、創一はほっと胸を撫で下ろした。

 

 「見積は不要です。金銭に糸目はつけませんが、修復期間はどれくらいになるでしょうか? なるべく早いに越したことはないんですが……」

 

 阿求から紹介された店である、余計な勘ぐりをする必要もない。稗田家の紹介状を事前に渡しているからか、老人も特に疑問を挟まずに頷いた。

 

 「今は他に依頼もない。これほどの面を無残な状態にして置くのは、俺とて一日たりとも惜しいからな……一週間。それだけあれば仕上げられるだろう」

 

 「分かりました。では、一週間後に受け取りに来ます」

 

 「おうよ、般若面の方はどうする? よければサービスで、こっちの方で供養して置くぞ。うちの常連で、とびきり適任の奴がいてな」

 

 「供養……巫女や僧侶ですか?」

 

 この郷の宗教勢力など限られているので知り合いの可能性は十分にある、などと創一は考えていたが、意外にも老人は首を横に振った。

 

 「いいや、そういうのじゃないんだこれが。なんと言えばいいかなぁ……面の申し子みたいなやつが居てな。上手く説明できんが、誰よりも丁寧に面を弔える奴であることは確かだ」

 

 「はぁ、貴方よりもですか?」

 

 いまいち老人の説明では容量がつかめず、創一は首を傾げた。宗教家でもなく、面の職人というわけでない。老人の語る人物像がまるで想像できなかった。

 

 「まぁでも、できるならお願いしたいですね。道具を愛せる人物に任せた方がいいでしょうから」

 

 基本的に道具は使い潰すことが上等の自分よりは、余程マシではあるだろう。そう考えて、創一は般若面の方も老人へと任せることに決めた。そして、老人へと礼を述べてから店を立ち去ろうとして、暖簾をくぐって突入する少女と激突した。

 

 「――――ぎゃふん!?」

 

 コミックのような悲鳴を上げて、少女が尻もちをついた。対する創一は、鍛えた体幹の甲斐あってびくともしない。

 

 「くっ……お前! 一体どこを見て歩いているんだ!! 痛いじゃないか!!」

 

 抗議の声に、創一は能面じみた表情を浮かべたまま首を傾げる。

 

 「碌に前を見ずに、走って屋内へ駆け込んだお前に非があると俺は思うが……どう思いますかね、店主?」

 

 老人に意見を求めれば、彼は鷹揚に頷いて見せた。

 

 「そうだな兄ちゃん、これに関してはこころちゃんが悪いだろう」

 

 見知った相手なのか、呆れた表情で老人は少女を見つめている。

 

 「何だと! 店主よ、常連である私を裏切るのか!? なんてことだ……やはり人間は薄情なんだ!」

 

 桃色の髪を振り乱しながら、少女はあれやこれやと騒ぎ立てる。だが、身振り手振りが豊かなのに反して、何故か彼女の表情はずっと無表情で、それこそ創一以上に能面というものを連想させた。

 

 「大体、しょうがないじゃないか! こんな閑古鳥すら寄り付かない店で、こんな時間に客が居るなんて思わないだろうっ‼」

 

 「ははっ、言ってくれやがる……張り倒すぞ」

 

 「む、笑わせるなよ店主。巫女なら兎も角、たかが人如きが()()()に力で勝てると? お前もだぞ、奇特な客よ! 我関せずと能面みたいな顔しやがって……」

 

 (――色々と喧しいな、こいつ……)

 

 呆れたような視線を創一は少女へと向ける。ガンをつけられているとでも考えたのか、こころと呼ばれた少女もまた創一を睨みつけた。

 だが、細められた彼女の瞳は直ぐに大きく開かれ――何処か呆然としたように、食い入るように――創一へと向けられていて……

 

 (…………何だ?)

 

 違和感があった。少女は此方を見つめているのに、まるで何処か別の場所を見ているようで、かと思えば、やはり自分が見られているという感覚も存在している。

 

 (――――まさか)

 

 一つの可能性が思い当たった。しばしの逡巡を経て、創一はゆっくりと口を開く。

 

 「お前――――()()()()()()()()()?」

 

 創一の問いに少女はさして驚いた様子もなく、ごく自然体のままに応えた。

 

 「……哀しくて、痛ましい……怨嗟の色」

 

 

 

 これが感情の担い手、秦こころとの出会いであった。

 

 

 

 

 

 ――幻想郷未曽有の大異変まで――残り七日。

 

 

 

 

 

 

 

 

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