東方狐神録   作:パック

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 久しぶりの投稿です。


仮面喪神

 

 

 誰もかれもが頭を垂れていた。床に額を擦り付ける彼らの表情は伺い知れない。だが、そもそも御簾の内にいる俺が、彼らの顔をまともに見ようとしたことが果たしてあっただろうか。いや、きっとなかっただろう。

 

 祈りが熱心だとか、寄付金が多いだとの理由で、選ばれた者だけが壇上へと上げられ、御簾に近づくことを許される。彼らが悲痛な顔で口を開いて訴えかけることはいつも大体同じだった。

 

 『――子を失い、悲しみに暮れています』

 

 『あいつが憎くて憎くて仕方がありません」

 

 この悲しみを、憎悪を、嫉妬を――――人々は強く願う。だから、俺はただ期待される通りに動くのだ。適当に仰々しく振舞って、祈るもの達が抱える心の闇を――()()()()を喰らってゆく。何度も何度も、数えきれないほど……食傷になるくらいに。

 

 『ふむ、まさかあの短期間でここまで神格が成長するとは……」

 

 『いやはや、流石()()が目をつけただけはある』

 

 『あぁ、やはりあなたこそが……!』

 

 ――万雷の喝采が響く。静寂な祈りはいつしか熱を帯び、狂気を孕んだ。この身になみなみと注がれる信仰。器が成長し、次第に変質していくのが感じられた。

 

 今日もまた、仮面を被って神の()を務める。けど、終わりは近いだろう。虚像が実像に……役が素顔になる日はそう遠くない。

 

 

 

 

 

 

 「いつも不思議に思うが……何故おぬしは密談場所に甘味処を選ぶんじゃ?」

 

 「何故? 頭痛を覚えるような話題ばかりなんだ。ストレス解消に甘味くらい好きに食わせてくれよ。脳みそも回らん」

 

 一口大に切り取ったロールケーキを口に運びながら、創一はじとりとした目つきで言った。

 創一の答えにマミゾウのため息がつい零れる。

 

 「まぁいいさ、それよりずっと気になることがあるからのう」

 

 マミゾウは視線を創一の背後へと向けた。二人が座すテーブルより少し離れた席、物陰に隠れて本来死角となるその位置から、見知った顔がひょこりと顔を出していた。

 目立つ桃髪の少女だ。マミゾウと目が合った彼女は、慌てて顔を引っ込める。しかし、浮遊する面がはみ出していた。

 

 「頭隠して面隠さずじゃな……で、説明はしてもらえるのか?」

 

 「さてな、俺としても困ってるんだ。昨日からあの調子でな」

 

 「それはまた面妖な……あの娘に何をしたんじゃ?」

 

 「何もしてないさ。ただ目を付けられただけだ」

 

 嘆息する創一をマミゾウは意味ありげな目で見つめる。

 

 「……本当かのう?」

 

 「本当だ、てんで心辺りがない……おい、その目を止めてくれ」

 

 「だっておぬし、知らんうちに厄介な奴の地雷を踏むじゃないか……いや、怒らせるだけならまだマシな方で……変に執着されることの方が……」

 

 「やめろやめろ、縁起でもない!」

 

 普段物静かな創一も、流石に声を大きくして抗議する。

 吸血鬼に目をつけられて日が浅いというのに、これ以上の面倒は御免だった。

 

 「だがまさかあの娘がな……ん、組み合わせとしてはむしろ当然なのか?」

 

 首を傾げ、思案気な顔をするマミゾウ。その口ぶりから、ストーカー娘が彼女の顔見知りであることを創一は察した。

 

 「幻想郷縁起で読んだが、やはりアレが件の面霊気か?」

 

 「ご名答、名を秦こころ、表情豊かなポーカーフェイスとはあ奴のことよ」

 

 「ここの連中は通り名が多すぎて何が何やら……あれ全部当人が考えてるのか?」

 

 「さぁな、縁起は自分の頁くらいしか読んでおらんからのう。まぁ、おぬしほどシンプルな奴はたぶんおらん。あーでも、誰それ殺しみたいな枕詞がある分、おぬしもバリエーションでは負けておらんと思うぞ」

 

 「だから自信を持て」などというマミゾウの謎の鼓舞を完全に無視し、また自身を観察する少女の存在を思考の外に追いやって、創一は口を開いた。当初の目的に立ち戻るためだ。

 

 「ところで、頼んでいた調査の進捗はどうなんだ? 小槌の所在ははっきりしたのか?」

 

 創一の真剣な眼差しに、マミゾウは改めて襟を正す。

 

 「その件ならばっちしじゃ。まず、打ち出の小槌は小人の姫が所有したままじゃった。部下に張り込みさせたが、あの小娘が異変に関与してるわけでもないらしい」

 

 突如として現れた強力な付喪神の存在。その発生には不可思議な点が多々あり、創一とマミゾウはかつて幻想郷で起こった異変との共通点に着目していた。

 

 後に逆様異変と呼ばれたその異変のもとでは、多くの道具が小槌の魔力を受け、妖怪化したのだ。

 以上の前例を踏まえ、打ち出の小槌というマジックアイテムが関わっている可能性が高いと踏んでいたが……。

 

 「空振り……というわけじゃないんだろう? お前の色を見る限り」

 

 異能を使ってマミゾウの感情を視認しながら、創一は確信とともに尋ねた。

 もったいぶる、という行為をまるで許さない創一の態度にマミゾウは少々拗ねたような顔でぼやく。

 

 「本当にいけずじゃな、お主は……」

 

 化け狸であるマミゾウにとって、創一ほど驚かせ甲斐が無い相手はそういなかった。

 

 「小人の方は芳しい結果が得られなかったのは事実じゃ。だが、最近行きつけの酒場で有力な情報を耳にしてな。具体的な場所は伏せるが……そこで会った飲んだくれの鬼が興味深い話をしたのじゃ」

 

 「飲んだくれって……大丈夫なのか?」

 

 「鬼なんざ皆飲んだくれじゃし、通常運転には違いあるまい。それにあ奴らは嘘を嫌うからな」

 

 「それは知ってるが……悪意なく戯言を零すのが酔っ払いの常でもある」

 

 「はは、それを言われると返す言葉はない。じゃが信憑性は中々ありそうな話じゃったよ。だからこそ、のう?」

 

 再びマミゾウは視線を挙動不審な少女、こころへと向けた。見れば、先ほどより距離が近い。

 

 「こころよ、いい加減下手な尾行?を止めい。流石に無視するのも限界じゃ。というか、創一は何故普通にしておる?」

 

 「ちゃんと遮音はしてる」

 

 不思議な風がマミゾウの頬を撫でた。創一が得意とする風の術によるものだ。大気に干渉できれば、音の遮断は容易である。

 マミゾウは納得して頷いた。

 

 「なるほど、だからこころは徐々に近づいて……しかし限度があるじゃろう」

 

 既に普通に話しかけられる距離にまでこころは接近していた。彼女の口が開かれる。だが、口をパクパクさせているだけで、彼女は一向に声を発しない。

 

 「おっと、すまなかった」

 

 謝罪とともに創一が指を鳴らす。それを合図に周囲の喧騒が激しくなり、

 

 「おーい! 聞こえているか!? なぁ、マミゾウ!!!」

 

 と、こころの声が大音量で店内に響きわたった。何事かと衆目が途端にこころ達に集まる。

 

 「おいおい、これはもう密談どころじゃないじゃろ」

 

 「初めて会ったときもそうだったが、こいつ表情変わらない癖にやたらテンション高いな。割と迷惑だ」

 

 顔を見合わせて創一とマミゾウは呆れる。

 二人の態度が気に食わないのか、こころは更にヒートアップした。

 

 「なにっ!? 誰が公害だと? つまらん能面野郎だとっ!!? なんて酷いことを言う人間なんだ……自分だって硝子玉みたいな目をしてる癖にッッ‼」

 

 訂正、どうやら創一にだけ食って掛かっているらしい。明らかに言ってもいないことを聞き取って、こころは創一に対して憤怒の表情を浮かべた。といっても、素顔は変わらずの無表情だ。

 突如として鬼面を被りだしたことから、ソレが彼女なりの感情表現であることを創一は察した。

 

 「声と動きが喧しい。五秒以内に黙らないならその面を砕くからな……ほら、一、ニ……」

 

 疾風の速度で繰り出された手がこころの頭部をがしりと鷲掴んだ。

 彼女が面で己の感情を表現するならば、創一は行動で己の感情を示す。

 

 「痛っ、たタたたタタタッッ!?! もう手が出てる!? きしむっ、面だけじゃなくて頭蓋がっ!!」

 

 無感情な顔でアイアンクローを喰らわせる創一(オニ)。死んだ表情筋で泣き叫ぶ鬼面(オニ)

 甘味所の一席はたちまち伏魔殿と化し、注目の的となった。

 深い溜息をついたのは巻き込まれた狸である。マミゾウは一番身近な店員に声をかけた。

 

 「騒がしくしてすまんのう、すぐ出ていくから勘弁して欲しい。あと、まだ来ていない品はきゃんせるで頼む。その分の代金は払うのでな」

 

 マミゾウの記憶が正しければ、パフェ等の甘味がまだまだ運ばれてくる予定だった。注文したのは創一である。

 一瞬創一が恨みがましい視線を向けてきた気がするが、マミゾウは気にしないことにした。

 

 「ほれほれ、さっさと場所を変えるぞ馬鹿ども」

 

 「「誰が馬鹿だ」」

 

 声を揃える少年少女は、相も変わらず表情筋が死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 「うーむ、そうだな……話は大体二か月くらい前まで遡る。アレは私が新たな能楽の題を求めて、貸本屋を訪れたのがきっかけだった。ふと目を止めた外来本、私の中に電撃が走り……」

 

 「面倒だから話は簡潔にまとめてくれ。具体的には二行くらいで」

 

 語りだすこころに釘を刺したのは創一だった。彼女は少し不服そうに眉を顰めつつも、大人しく要点をかいつまむ。

 

 「新しい能楽のタイトルにお前がぴったりだと思った。だから、役作りに協力して欲しい、お願いだ」

 

 「ふむ、別に協力してやってもいいんじゃないか? こいつはたまに暴走するが、悪意のある妖ではないことは保証するぞ」

 

 様子を見ていたマミゾウが助け船を出した。

 こころが何処か期待に満ちた目で創一を見つめる。

 

 「……正気か?」

 

 が、創一の返答は芳しくない。

 

 「何が不満なんじゃ?」

 

 「不満も何も、俺たちはそんな寄り道をしている場合じゃないだろ。いや、例え今頭を抱える問題がなくとも……他ならぬ()と、面霊気だぞ?」

 

 付喪神と化した能面、面霊気。感情を表現する面の妖怪である彼女は、誰よりも感情というものに敏感な存在だ。言い換えれば、毒されやすい。

 

 秦こころの大まかな事情は、マミゾウによって聞き及んでいる。彼女が自身の感情と能力を安定させるために、能楽に興じていることもだ。だからこそ。

 

 「俺との相性は最悪だ。大体、俺を取り巻く感情を視認しておいて、よく自分から近づけるな?」

 

 心底信じれないといった様子で創一は言った。

 ある程度表に出てくるのを抑えているとはいえ、創一の精神が負の感情の坩堝であることに変わりはない。

 覚妖怪のように思考まで読めないとしても、感情を視認する面霊気には相応の負担がかかると予想できた。

 創一の疑問に、こころはすっと目を細める。

 

 「……確かにお前は恐ろしい。そして、悲しい…………けど、綺麗だとも思う」

 

 真っすぐに創一を見据えて、こころは言う。

 

 「お前は一体どんな道のりを歩んできたんだ? 何があれはそうなる? 何故そんなものを抱えて、素知らぬ顔をしていられるんだ? 教えてくれ」

 

 「質問が多い。そもそも、込み入った話をお前に語り聞かせる義理が無い」

 

 どうして、何故と、幼子のような純朴さをもって問うこころを、創一はバッサリと斬り捨て、拒絶する。

 正しく取り付く島もないという態度だ。再び助け船を出そうかと一瞬マミゾウは思案するが、余計なことをするなと言わんばかりの冷たい青の視線に射貫かれ、断念した。

 

 「そんな! そこをなんとか頼めないか? 勿論お代だって払う! それなりにおひねりは貰っているんだ」

 

 「生憎、俺は金に困ってない」

 

 「演目の共同制作者としても名を乗せるぞ!」

 

 「いらん、どうでもいい」

 

 「じゃ、じゃあ……えっと……えっと……な、何でも言うことを聞いてやるから‼」

 

 「食指がぴくりとも動かない誘い文句だな、一昨日きやがれと言っておく」

 

 「なにおぅ! こんな美少女を前にしてもかっ!?」

 

 心底驚いたような面とジェスチャーでこころが騒ぎ出す。それを創一は相も変わらず冷めた目で見つめていた。

 

 「言いたいことは以上か? だったら時間の無駄だ、諦めてくれ。俺はマミゾウと大事な話があるんだ」

 

 「ま、待ってくれ! 頼む! 本当に困っているんだ! 私の態度とかで気分を害したなら謝るから! 能面とか硝子玉とか、失礼を言って悪かった、この通りだ!」

 

 いよいよ余裕が無くなったのか、創一の服を引っ張って縋り付くような態度でこころは懇願した。

 

 「どうか私に助力を、いや、教えを……頼む! 師匠‼」

 

 「はは、師匠とまで来たか……」

 

 「笑ってないで何とかしろ。お前の知人だろう?」

 

 高みの見物をするマミゾウを、創一は苛立たし気に睨む。だが、老獪な化け狸はどこ吹く風だ。彼女はにやにやと状況を見守り続ける。

 あてにならないと創一は早々に諦めて、舌打ちを響かせた。

 

 「お行儀が悪いぞ」

 

 「うるさい……秦こころだったか? そんなに言うなら一つテストをしてやる」

 

 創一の言葉に、縋り付くこころの手がぴたりと止まる。そして、呆然としたように彼女は顔を上げ、

 

 「えっ……てことは協力してくれるのか師匠?」

 

 無表情ながら、何処か期待を滲ませた眼差しで創一を見た。

 

 「それはお前の対応次第だ」

 

 「あ、あぁ、分かっている! それで、一体どんなテストなんだ?」

 

 「その前に最初に言っておくが……お前、()()()()()()はあるか?」

 

 「――――はっ?」

 

 意味が分からなかったのだろう。こころは言葉に詰まった。虚を突かれた彼女の思考が再び動き出すより早く、マミゾウが口を開く。

 

 「おい、創一よ。お主まさか――」

 

 先ほどまでの揶揄う様な調子は成りを潜め、マミゾウは何処か焦った様子だった。

 空気が張り詰め始めている。

 

 「なんだマミゾウ、今更焦ったのか? 焚きつけておいた癖に?」

 

 首を傾げながら、くすりと今度は創一が笑う。悪戯っぽい少年のその顔は、彼には珍しく年相応の物だ。しかし、彼との付き合いが長いマミゾウは、それが危険なシグナルであることを知っていた。

 彼がそのような表情を浮かべるのは、大抵気が置けない者との会話か、あるいは……

 

 (……不味い! 儂としたことが藪をつついたか!?)

 

 「いや、儂はなにもそこまで……」

 

 マミゾウは言い淀む。彼女の胸の内に湧き上がるのは後悔だ。

 少しおふざけが過ぎた。何だかんだいって人が好い少年に甘えすぎだったかもしれない。

 

 (いや、しかし可笑しい……いつものこやつならこの程度は軽く流す筈……)

 

 マミゾウは強い()()()を感じた。だが、今はそれを確かめている暇がない。マミゾウの額を冷や汗が伝う。彼女のそんな情動を知ってか知らずか(恐らくは把握している)、創一は楽し気に言葉を続けた。

 

 「大切なのは本人の意思だ。最初はただの野次馬根性のようなモノだと高を括っていたが、どうやらそうでもないらしい」

 

 創一はこころを見据える。

 

 「お前は相当能楽というものに入れ込んでるらしい。認めよう。で、お前はそのために何処まで危険を冒せるんだ?」

 

 「……危険?」

 

 何処となく圧を伴った創一の問いに、こころはごくりと唾を呑み込んだ。

 

 「お前の目が映す通り、俺の中には無数の怒りや嫉妬、悲しみだとかの負の感情が渦巻いてる。そして、お前はそれらの由縁を教えろと望んでいるが……腹を割く苦痛はそう安いものじゃない」

 

 人は誰しも他者に隠したい秘め事があるものだ。そして、秦こころが望んでいるのはその秘め事を暴くこと。ならば、

 

 「お前にも相応の代償を払ってもらわなきゃな」

 

 「っっ……それで、私の心が失われると?」

 

 「別に俺が直接どうこうするわけじゃないさ。ただ単に、お前の心が耐えられる保証はないという話だ」

 

 「? 一体どういう……?」

 

 困惑を強めるこころ。創一は一瞬だけ思案するような表情をしたが、やがてため息とともに気だるげに自分の首を回した。

 

 「あ~~言葉で説明するのは面倒だな。仕方ない、ここは一つサービスしよう」

 

 言いながら、創一はこころへと詰め寄った。彼はそのまま顔を近づける。互いに息がかかるような距離だ。宝石のような青い瞳がこころを見つめる。とても綺麗だった。けれど、同時に恐ろしくもあった。

 

 透き通る瞳の魔力がこころを掴んで離さない。

 身じろぎ一つできなくなったこころの姿は、まさに蛇に睨まれた蛙のようだった。

 

 「あっ…………」

 

 言葉にならない音がこころの口から漏れる。

 彼女を見つめる青い瞳が――――紫紺の宝玉へと変わったのだ。

 

 夕闇の空を閉じ込めたような紫がこころの内を侵食し――瞬間、様々な光景がこころの視界と脳裏を駆け巡る。

 

 屍の上に立ち、硝煙の煙が覆う空を見上げる――戦場の兵士。

 

 罵声を一身に受け立たされる壇上、頭上で鈍く輝く刃――断頭を待つ受刑者。

 

 細い管を頼りに羊水の中を漂う、夢見る外の光は永遠に訪れない――望まれぬ子。

 

 実際の時間にしては一秒にも満たない出来事だった。しかし、こころにはそれが悠久にも感じられて……一つ確かなのは、それが彼女の心を軋ませるのに十分な時間であったことだ。

 

 

 「――――ッあ、ああ、ああああ‼」

 

 

 気づけば、こころは叫び出していた。そうでもしなければ自分が保たなかった。

 

 「っぐ! うっ、おぇ……」

 

 せり上がった胃液を吐き出す。とても立っていられなくて、震える膝が地面についた。吐しゃ物が付着することへの嫌悪感も、今は湧かなかった。

 

 「ま、ざっとこんなものだ」

 

 落ち着いた声で創一は言った。

 すっかり血の気が引いた少女を、冷めた目で彼は見下ろす。いつの間にか瞳の色は青へと戻っていた。

 

 「好奇心は猫を殺すとも言う。引き際は弁えないと。これに懲りたら、もう俺みたいなのには近づくなよ、善意からの忠告だ」

 

 それだけ言って、創一は踵を返した。最早少女に一瞥すらもくれずに。

 

 「ほら、さっさと行くぞマミゾウ。まだ肝心のことが聞けてない」

 

 「ッ……!?」

 

 なんてことのない様子で語る少年にマミゾウは背筋に冷たいものを感じながら、ぎゅっと拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――一応、弁解は聞いておこう」

 

 不機嫌さを隠しもしない声音でマミゾウは言う。彼女の非難する視線を受け止めるのは、創一だった。

 

 「弁解? 何に対する?」

 

 「とぼけるな! こころのことに決まっておるじゃろう!」

 

 首を傾げる創一にマミゾウは思わず声を荒げた。

 

 「どう考えたってアレはやり過ぎだ! もっと他に――」

 

 「方法はあっただろうって? 具体的にどんな? 中途半端は一番意味がない」

 

 創一は断言する。

 

 「ただの野次馬根性ならいざ知らず、あいつは相応に覚悟があった。よほど能楽が大事なんだろうよ。もしくは感情を学ぶという行為そのものがか……どちらにせよ、そんな相手に適当なあしらい方は意味がない」

 

 現状、創一もマミゾウも忙しい身だ。あまり他のことにかまけている暇は無いし、あの憑喪神に付きまとわれれば、どうしても動きが制限される。それは創一にとって何としてでも避けたいことだった。

 

 「だから、あんな荒業であやつを遠ざけたと? 解せぬな」

 

 「何が? 実に論理的だろう? これで俺は自由の身、人里でも活動しやすくなる」

 

 面霊気に付きまとわれている人間なんて、狭い人里で噂にならない訳がない。怪異の調査に支障を来たすことは容易に想像できる。

 

 「違う、そこじゃない。儂が言いたいのは、普段のおぬしなら、それでもあんな手は使わなかっただろうということじゃ」

 

 「……何が言いたい?」

 

 少し、創一の声が低くなる。

 

 「おぬしは人の心が無いと人妖からも評判じゃが……事実は違う。人の好い面というものを、ちゃんとおぬしは宿しておる」

 

 「へぇ、褒めてくれるのか、嬉しいな」

 

 揶揄うように言う創一に、マミゾウはあくまで真剣な面持ちで続ける。

 

 「妖怪相手じゃろうと、邪気も屈託もないあの娘に対して、おぬしがあのような対応をするのはどう考えても妙じゃ」

 

 「そうか? 俺を買いかぶり過ぎなんじゃないか? 俺も人間だ、虫の居所が悪い時だって……」

 

 「あの瞬間――――神性を感じた」

 

 マミゾウの指摘に創一の表情が一瞬引き攣った。続けようとしてた言葉を、彼は呑み込む。二人の間に僅かな沈黙が流れる。諦観に満ちたため息がそれを破った。

 

 「……はぁ、二ツ岩大明神様の目は誤魔化せないか……」

 

 外界における、神としてのマミゾウの名を呼んで、創一は肩を竦めた。

 

 「いつからじゃ? いつからおぬしのそれは……そこまで膨れ上がった?」

 

 「別に、大したことはない。ただ今ちょっと、一つ封印を解いたままにしてある」

 

 人差し指をぴんと立てて創一は言う。

 黒霧異変を解決するため、古明地こいしに解かせた封印の数は全部で四本。しかし、そのうち一本だけをそのままにしておいた。

 

 「ッッ! おぬし……なんということをッ!?」

 

 マミゾウの目が驚愕に見開かれた。

 

 「必要な措置だ。俺だって業腹だけれど、仕方ないだろう」

 

 「期間は……黒霧異変からか?」

 

 「そうだ、あれから一か月ちょい、これといった不調はない。だから、そこまで心配しなくていい」

 

 「不調がないじゃと? 俄かには信じられん……おぬしの行動が常と違うのは、精神の汚染が進んでおるからではないのか?」

 

 険を増してマミゾウは詰め寄る。

 

 「能力使用による精神の負荷、思考の歪曲……自分で気づくことが難しく厄介だと、おぬし自身がいつか言っておったことじゃろう」

 

 「まぁ、可能性までは否定しないさ。けれど、微々たるものだ。あの面霊気に使った業も、ちゃんと手加減している」

 

 今まで喰らい、溜め込んだ誰かの感情とそれに付随する記憶。その一部を秦こころへ見せた。結果は予想通り。創一が加減をしなければ、本当に彼女は心を失っていただろう。

 取り乱して嘔吐するくらいは、ただの軽傷だ。

 

 「っ……仮に悪影響が少ないとしても、おぬしの主人、宇迦之御魂がそれを望むと思うか?」

 

 「望まないだろうな。けれど、理解はしてくれるだろう」

 

 「理解?」

 

 訝しむマミゾウに創一は微笑とともに口を開く。

 

 「俺はただ、自分にできることを精一杯やってるだけだってことをさ」

 

 「!?」

 

 その答えにマミゾウは顔を歪めた。自然と握った彼女の拳に力が入る。

 

 「……そうか、そうじゃな。おぬしはずっとそうだった」

 

 何かを押し殺すような静かな声。

 一度伏せた目が、再び創一へと向く。怒りとも、悲しみともつかない、感情がない交ぜになった目だった。

 

 「自分ができることを、自分の手が届く範囲を……守り、救ってきた。我らが佐渡もその一つじゃった。しかし……」

 

 マミゾウはそこで言葉を止めて、小さく息を吸う。そして、目の前の相手に突き付けるように、

 

 「儂は――おぬしのそういうところが心底嫌いじゃ。反吐がでる」

 

 鋭く言い放った。

 

 「ははっ、今日はいつになく直球だな」

 

 明確な嫌悪の感情に晒されて、創一は愉快そうに口角を上げる。

 マミゾウとの付き合いは長いが、彼女がここまで分かりやすく感情を露わにするのは珍しいことだった。

 

 「おぬしがあまりにも愚かだからじゃ。自分にできることをとことんやった結果、外の世界に居られなくなった癖に……また、この郷ですら同じことをしようとしておる。結局おぬしは、この郷ですら()()()()()を持とうとしないのじゃな」

 

 呆れ果てたようにマミゾウは言う。

 

 「主や従者が自分の幸福を望むから……先代当主が人を助けることを望むから……誰かにとって都合が良い人形であり続ける。見ていて腹立たしいことこの上ない」

 

 「耳が痛いな」

 

 鋭い指摘に苦笑いすら浮かべる創一に、マミゾウは鼻を鳴らす。

 

 「ふん、そうは言っても改善する気はないのじゃろう。本当に腹立たしい……調査の結果を伝えず、このまま帰ってしまおうか」

 

 「それは勘弁してくれ。お前が頼みの綱なんだ」

 

 「また調子の良いことを言う……さきに一つ、条件をつけさせてもらおうか」

 

 マミゾウはじとりと創一を睨んだ。

 

 「可能な限りは努力するぞ」

 

 「ふざけるな、絶対に守れ」

 

 「分かった、分かった。で、一体何だ?」

 

 好奇の色を宿した異能の瞳が、マミゾウを真っすぐに見つめる。

 自分の感情が見透かされる感覚。それを味わいながらも、マミゾウは毅然とした態度を崩さない。挑むように見つめ返して、マミゾウは口を開いた。

 

 「おぬしは大恩がある。だからこそ、これ以上貸しを作るわけにもいかん。この先何があっても――儂を助けようなどと思うな、それが条件じゃ」

 

 「……それは、不思議な条件だな」

 

 予想外だったのか、珍しくきょとんとした表情を創一は浮かべた。彼の異能の目も万能ではないということだ。

 してやったりと、マミゾウは胸がすくような気がした。常に何かを見透かすようなこの少年に、()()()()()を保持できたことが心地よかった。

 

 「受け入れるのか、どうなんだ?」

 

 「あぁ、受け入れるとも」

 

 満足のいく答えを得られ、マミゾウは頷く。勝利の余韻は既に心の奥底にしまっていた。そうでなければ、目の前の少年は自分の真意を暴いてしまいかねないから。

 自分の感情から彼の注目を逸らすため、マミゾウは少々芝居がかった仕草で、語り始めた。

 

 「それでは話そうか――嘗て栄華を誇った妖の軍勢、八百八狸を打ち滅ぼした秘宝の話を――世に語り伝ふる――魔王の秘宝を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寛延(かんえん)二年、備後の国に住む若者、稲生(いのう)平太郎は友人と肝試しを競ったことを機に、一月の間、毎夜怪異に遭遇することとなる。

 

 この奇怪な一月の体験は稲生本人の手で物語へと編纂され、現代にまで伝わる怪談録として不動の地位を築いているが、それはまた別の話。

 

 彼の怪談録の顛末は以下の通りだ。

 

 月の終わりの夜、稲生の前に、山本(サンモト)五郎左衛門と名乗る魔王が現れる。彼が語るには、他の魔王との賭けのため、怪異をけしかけ稲生を驚かせようとしたのだという。しかし、稲生は一月に及ぶ怪異に怖れを見せず、耐え抜いた。

 魔王は稲生の非凡なる勇気を称えるとともに、彼に自らの秘宝を与えた。それこそが――

 

 「――――魔王の小槌」

 

 マミゾウより伝え聞いた話を反芻するように、創一は呟く。

 打ち出の小槌と同様の鬼の宝物。それも、魔王の称号を得た鬼神のものだ。場合によっては、小人が持つソレよりも上位の力を有しているかもしれない。

 

 更に、創一を驚かせるのはその秘宝の持ち主だ。いや、正確に言えば持ち主だった者か。彼は創一が自らの手で葬りさったのだから。

 

 この幻想郷の在り方に疑問を抱き、反旗を翻した鬼神にして、鬼の四天王が一人。

 

 「鬼道丸拘魔……よりによってあいつの所有物だったか……」

 

 しかし、納得はできた。あの鬼神は願望器に縋るようなタイプじゃない。トロフィーとしてか、強者を集う餌くらいしか使い道が無かったのだろう。宝の持ち腐れというものだ。だからこそ、手放すことに大した抵抗もない。

 あの服装も腹も黒い法師に、秘宝を明け渡したとしても何の疑問も湧かなかった。 

 

 「本当に厄介な男だ」

 

 苦虫を嚙み潰すように創一は言う。

 バラバラだった点と点が徐々につながり始め、道筋が見えてきた。しかし、全てが明らかになったわけじゃない。

 人里の大通り、周囲の雑多な喧騒を作業BGMにして、創一は思案を続ける。

 

 蘆屋道満、付喪神、鏡の怪奇現象、鏡の世界、魔王の願望器……一連の出来事の全容とは――それらが導き出す答えとは――――

 

 回り続ける創一の思考。しかし、それはあとちょっとのところで阻まれることとなった。

 

 「おお! やっと見つけたぞ、師匠‼」

 

 やたらとテンションの高い声が響く。創一は無視しようとしたが、力の限り服の袖を引っ張られては、そうもいかない。

 思考を邪魔され、仏頂面で創一が振り返れば、その先には創一に負けないくらい愛想のない顔があった。

 

 「ふぅ、一日中人里を走り回った甲斐があった」

 

 額の汗を拭って、涼し気な顔のまま少女は言った。

 

 「この郷の住人は……どいつもこいつも……」

 

 呆れ果てた顔でぶつくさと文句を言っても、能面少女はどこ吹く風だ。

 頭痛を覚えて、創一は重い息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マミゾウのおばあちゃん感って良いですよね。孫になりたい。

創一は割と子供っぽいキャラです。子供の頃からよくも悪くもメンタルが完成したために、歪なまま成長せずに今に至ります。

幻想郷で良い出会いがあれば良いですね。
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