東方狐神録   作:パック

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幸福追求論

 

 

 

 

 

 刀で斬り、術で焼き。矢を射て、槌で潰し、暗器を突き立てる。

 何処へ行こうとも、広がっているのは屍の山だ。

 事切れた同業達の上に今しがた殺した敵の骸が重なる。

 全てが片付いた後で、立ち尽くしているのは自分一人だけ。

 

 ――多くを殺してきた。妖は元より、魔道に堕ちた人間も、神すらも……全ては――より多くの人々を救うため。

 

 数多の返り血を浴びた着衣がずしりと、いやに体に圧し掛かる。それはまるで、自分が積み上げてきた業の重さを表しているようだった。

 

 「素晴らしい腕前ですわ」

 

 ぱちぱちと、状況に不釣り合いな拍手が起こる。

 背後から聞こえた声は女のものだった。

 (――新手か)

 振り向きざまに刀を振るう。

 

 「あらあら、いきなり斬りかかるなんて、野蛮ですわ」

 

 奇妙な手ごたえとともに、刃がぴたりと空中で止まる。力を込めても切っ先一つ動かすことが許されない。

 舌うちとともに刀を離して距離を取り、新たな武器を取り出す。少しだけ驚いたような表情をする女に、槍の切っ先を突きつけて睨む。

 

 「物騒なものはしまって頂けるかしら? 私、貴方とお話しに来ただけなのよ」

 

 にっこりと女が微笑みを浮かべる。人を平気で誑かす、女狐の表情だ。

 だが、女に悪意や敵意が無いことだけは生まれついての異能の目が教えてくれた。

 

 「聞いてやってもいいが、武器は下ろさない」

 

 後ろ足に力を籠め、いつでも槍を突き出せるようにしながら俺は言った。

 

 「そう、仕方ないわね。あの黒狐に睨まれたままというのは、流石に背筋が冷えるのだけれど……」

 

 言葉とは裏腹に、実に涼し気な表情で女が肩を竦めた。

 黒狐、実に皮肉な通り名だ。腹立たしいことこの上ないが、これ以上自分に相応しい名もまた無いだろう。

 

 戦いの余波で砕けた巨大な壁掛けの鏡面。足元に転がったその破片の一つが、今の自分の姿を映し出していた。

 純白だったはずの装束と狐の面はもはや見る影もない。浴びた血潮でどす黒く染まった人形(ひとがた)だけが、幽鬼のごとくそこに立っている。

 

 「……御託はいい。要件を言え」

 

 槍を構えたまま問いかける。

 不用意な動作一つ見せれば、直ぐに刺し殺すつもりだった。

 一瞬でも気を許してはいけない相手であることは、培った経験が告げている。

 呼吸をおいて、女はやけに芝居がかった所作で口を開く。

 

 「単刀直入に言いましょう――貴方、幻想郷に来ないかしら?」

 

 それが妖怪の賢者、八雲紫との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼を開いた先にあるのは見慣れた天井だった。年月を経て色が濃くなったが、それもまた風情を出している。素朴な板張りの天井だが丁寧なつくりをしたものだった。

 

 今自分がいる世界は元居た世界とは異なる。そのことは頭では分かっているのに、何一つ変わらない自室の様子につい、元の世界に居るような錯覚を起こしてしまう。

 

 幻想郷へ来てから一週間が経過した。今のところはこれといった問題は起こっていない。今までの経験上初日から騒動に巻き込まれることを覚悟していたが、徒労に終わった。

 

 しかし、このまま平穏が続くという訳ではないだろう。何せ、此処は幻想郷。外では忘れられたとされる妖怪たちの楽園なのだから。

 

 狐守に恨みを持った妖怪は少なくない。幻想郷は弾幕ごっこというルールが存在するが、それも完全ではない。狐守を恨む妖怪がわざわざ非殺傷の遊びで決闘を挑んだりしない。確実に殺し合いになるだろう。

 

 そもそも幻想郷には人里の人間を襲ってはいけないという不文律が存在する。それはつまり言外に外来人を襲い、その肉を喰らうことを認めているということである。

 

 「まぁ、それならそれで構わないんだがな……」

 

 殺し殺されの関係なんて今さらだ。

 外の世界での妖怪退治は常に命のやり取り。

 自分たちの存在を世に知らしめようとする妖怪を殺すか封じるかして、人々に認知されないようにするのが退魔師の役目だった。

 

 人に認知されなくなった妖怪はいずれ存在が消える。死よりも恐ろしい消滅。それを今まで妖怪に強いてきたのだ。

 自分の番が回って来たとしても仕方がないだろう。

 もちろん、大人しく殺されるつもりはない。最後まで生きようと足掻かくつもりである。

 そうしなければ、自分のような人間でも大切に思ってくれる人々に申し訳が立たない。

 

 ふと、ここに来る直前のあの人の顔を思い出す。エメラルドのような瞳から涙をこぼすあの人の顔を。

 あの人にはできるだけ笑っていて欲しかった。俺なんかのために泣いてほしくなかった。そんな風に考えてしまっている時点で俺はあの人の気持ちを全然汲めていないのだろうけれど。

 

 「……つくづくこんな目を持っている意味がないな」

 

 そっと自分の瞳に手を当てる。【感情を見る】それがこの目に備わった力だ。

 

 人はもちろん妖怪や神すらも逃れられない。どれほど心の奥底に隠された感情もこの目で捉えることができる。思考こそ見えないが、機微は分かる。相手の嘘だって看破できる。

 

 そんな目を持っているにも拘らず、一番優先すべき主人を悲しませてばかりいるのだから我ながら救いようがないと心底思う。

 

 けれど、例え時が巻き戻ったとしても俺は同じことをしただろう。それ以外の方法を俺は知らなかった。

 

 「――ままならないものだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お早うございます創一様。今朝餉の支度が整いますので、もうしばしお待ちを……」

  

 台所に顔を出すと長い黒髪を後ろで束ねた割烹着の少女――氷雨が忙しそうに動き回っていた。

 火にかけられた鍋からはみそ汁の芳ばしい匂いが香り、とんとんとリズムよく包丁がまな板に当たる音が響く。

 

 「おはよう氷雨。六花はまだ寝てるのか?」

 

 俺はできるだけ柔和な表情を作ることを意識する。

 目の前の少女(最も本来の年齢は祖母なんて目では無いくらいに離れているのだが)は刀の切っ先の如く鋭い勘の持ち主だ。

 

 ホームシックという訳でも無いが、何やら朝からセンチメンタルに沈みつつあるこの心持を悟られてしまっては始末が悪かった。

 何時ぞや鏡の前で練習し続けた面を張り付ければ、どうにか上手くいったようで、氷雨もまたこちらに微笑んだ。

 

 「はい、先ほど氷室を覗いてみましたが、それはもうぐっすり熟睡していました」

 

 「そうか。ところで弾幕ごっこの調子はどうだ? 俺が出かけている間、六花と訓練しているんだろ?」

 

 弾幕ごっごは基本的に女性の間でのみ行われる。男性が行ってはいけないという決まりがあるわけではないが、美しさを競うという点で男性からの人気は無いらしい。

 

 俺も妖怪と殺しあってきてばかりだったため、弾幕ごっこというのはどうも合わない。

 しかし、システム自体は平和的で実用的だ。氷雨と六花には是非覚えてもらいたかった。

 

 「殺し合いできるだけ避けたいからな。なんかあったら代理で二人に弾幕ごっこしてもらうことになると思う」

 

 「えぇ、お任せください。創一様の障害を薙ぎ倒してご覧に見せましょう!」

 

 包丁を持つ手をとめ、こちらに向きなおって氷雨は自信満々に胸を張った。

 

 「実はもう何枚かスペルカードとやらを完成させたんですよ。紫殿の従者の藍さんにも手伝っていただきまして……」

 

 「藍? あぁ、あの九尾の狐か……」

 

 碌に話したことは無いが、何度か八雲の後ろに控えているのを見かけている。同じ式神使いだからこそ、一目見て彼女が恐ろしいほどの完成度の式神であることは分かった。

 

 「九尾を式にするとは、流石は幻想郷の賢者といったところか。あの神出鬼没な能力といい、つくづく油断ならない存在だ」

 

 思えば、八雲が俺に幻想郷へ来るように勧誘したタイミングも出来すぎていた。

 

 俺の目は思考そのものを見ることはできないが、感情のパターンを覚えればある程度相手の考えを読むことができる。

 しかし、その力をもってしても八雲の思考を読み切ることはできなかった。

 

 「創一様でも測りかねますか。悪意こそ感じ取れませんでしたが放っておいて大丈夫なのでしょうか?」

 

 「当分は問題ないだろう。お前の勘の通り、悪意があるわけではない。俺を利用しようとはしてるんだろうが、そこは織り込み済みだ。どのみち俺はもう外の世界では生きられない人間だしな……」

 

 そう口に出して、すぐに自分の失敗を悟った。

 

 「……そう、ですね」

 

 一瞬だけ、氷雨の瞳が悲し気に揺れる。

 自嘲する気は無く、ただ事実を述べたに過ぎないが、返答を間違ってしまったらしい。

 

 感情が分かるからと言ってコミュニケーションが上手くいくとは限らない。成功したか失敗したかがはっきり分かるようになるだけだ。

 

 仮に失敗すれば、相手を傷つけたことが嫌でもわかってしまう分こちらのダメージだってでかい。こんな調子で今まで幾度となく無力感を味わってきた。

 

 何気ない失言によって曇ったこの空気を一体どうすればいいのか、考えを巡らせていると運よく助け船が入る。

 

 「ん~おはよう」

 

 瞼をこすりながら、重たい足取りで水色の髪をした少女――六花が顔を出した。

 

 「「おはよう」」

 

 このタイミングで来てくれるのは非常にありがたかった。今日人里でなにか甘いものでも買ってきてあげようと俺は心に決める。

 

 「よく眠れたか?」

 

 なんでもないような顔をして、当たりさわりのないような質問を投げる。もちろん、話をそらすためである。こういう時に下手に取り返そうとして傷口を広げてはいけない、失敗から学んだ経験だった。随分後ろ向きだと自分でも思うけれど。

 

 「うん、こっちも大概暑いけど外の世界よりは大分まし。ところでお腹減ったんだけど、まだ時間かかりそう?」

 

 そう言うや否や大きくお腹を鳴らす六花に氷雨は思わず苦笑する。

 その様子をみて俺は胸を撫でおろした。曇りかけた感情が持ち直したのが目に見えたからだ。

 

 「いいえ、今できますから食器を並べてください」

 

 「分かった」

 

 いわれた通りそそくさと六花は食器を用意しだす。

 なんでもない、よくある日常の光景だ。家族とあいさつをして、食卓を囲む。そして他愛のない話に花を咲かす。とりとめのない日常であり、幸福というのはこういうことを言うのだろう。自分にはもったいないぐらいだ。

 

 先ほど氷雨に言った言葉は間違いではない。俺はもう外の世界では生きることのできない人間だ。しかし、それは不幸でも不運でもない。自分で望んだことだ。

 

 狐守創一が必要とされなくなる、そんな願いを抱いて此処まで戦ってきた。外の世界で退魔師として俺が成せることは全て終えた。

 

 俺を迎え入れてくれたあの人――宇迦様への恩返しは満足がいくようには果たせなかったが、もうあの人は狐守を必要としていない。

 

 そもそも、本当だったら先代の頃に狐守の任は解かれていたはずだったのだ。俺の我儘で任を伸ばしてもらったに過ぎない。

 

 無情であることが当たり前の神の中で宇迦様は優しすぎる。狐守を人を自らの剣として、妖怪と戦わせることにあの人はいつも負い目を感じていた。

 

 もっと、道具として使い潰すくらいで構わないというのに。いや、そんな神だったからこそ、狐守の人間も身を粉にしてあの人に尽くしたのだろう。

 

 幻想郷に引っ越す前夜の宇迦様の顔を思い出す。

 

 「――どうか幸せに生きて」

 

 深い緑色の瞳から涙をこぼしながら宇迦様は俺にそう言った。神としての命令ではなく、私個人の純粋なお願いだとも。

 

 人並の幸福を自分が享受するなんて、今まで及びもつかなかったことだ。自分という存在が外の世界で不要なものとなれば、後は何処へなりとも消えるつもりだった。無論、一人でだ。

 

 しかし、今目の前には彼女たちがいる。

 

 自分のような人間に迷わず着いてきてくれた彼女たちのためにも、不出来な従者のために涙まで流した主人のためにも、俺は生きなければなならない。

 

 惰性や諦観によってではなく、幸福を得ようと努める一人の人間として。

 

 ――そして、この何の変哲もない日常の光景を守って見せよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 基本的に創一は自己評価低いです。別に自分の能力を過少評価しているわけではないですが、自分の精神性に対しては辛辣です。
 実際お世辞にも従者としては良いと言えないのですが、その話はまた後に。
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