東方狐神録   作:パック

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誓いの弓

 

 

 

 温かい風が吹き、運ばれる甘い香りが鼻腔をくすぐる。ゆっくりと目を開けた先で、美しい金色の髪がたなびいていた。微睡みに浸ったまま、創一は優し気な銀朱色の瞳を見返し、口を開く。

 

 「別に、その辺に転がしておいてよかったのに……」

 

 頭部に伝わる体温と柔らかな感触に、創一は苦笑した。そこまで迷惑をかけるつもりは無かったのだ。だが、彼女はゆるゆると首を横に振る。

 

 「私がそうしたかっただけよ。少しは疲れがとれたかしら?」

 

 ゆったりとした耳に溶けるような声。ただ単に甘い声、というものとは何処か違う。自然に奥へと染み込むようなものだった。

 

 「あぁ、お陰様で。頭の中で響く()も和らいで、久しぶりに穏やかな気分だ」

 

 言いながら創一は彼女の膝枕から頭を起こして、彼女の隣、白い大地へと座り込んだ。大地を真白に染め上げるのは、無数に咲き誇った百合の花である。覚醒の間際に感じた甘い香は、この百合の花のものだった。

 

 「貴方が無理をするのはいつものことだけれど……今回は一体どうしたの? 一か月以上も、楔を解いたままにしておくなんて……」

 

 彼女の問いに、創一はバツが悪そうにこたえた。

 

 「どうにも、色々とキナ臭くてな。幻想郷に来て早くも転禍(てんか)を使う羽目になったってのもあるが……」

 

 転禍、それは創一が持つ【負の感情を力とする程度の能力】の神髄にして奥義である。蓄えた負の感情による自身の強化――その究極形――自分の肉体そのものを一時的に()()そのものへと化す。

 

 呪いの人の形、もしくは禍の人の形といった方が正しいかもしれない。

 どちらにせよ、転禍を行使している間の創一を人間と呼ぶことはできないだろう。

 

 神すらも殺す強大無比な力であり、人としての自分を失いかねない危険をも伴う。使えば使う程、人間性は摩耗し、狐守創一という器は人ではない者へと近づいてゆく。行きつく先は……

 

 (…………かつて俺が捨てた神性――■■への回帰。考えたくもない未来だ)

 

 楔を一本解いたせいで、■■をより近くに感じる。夢の中でわざわざ嫌味を言いにくるくらいだ。影響を受けて、取り込んだ負の感情が発する声もいつもより大きい。そのせいで、最近寝不足続きだった。しかし、()()のおかげでそれもしばらくは落ち着くだろう。

 

 「本当に、いつも助かってるよ。()()

 

 憑き物が晴れたような穏やかな顔で、創一は隣の友の名前を呼んだ。彼女もまた、柔らかく微笑む。

 

 「気にしないで、私の能力が貴方の役に立つならなによりだわ。いっそ、私の力で貴方の中の()()を完全に消してしまえればいいのだけど……」

 

 「その気持ちだけで嬉しいさ。こうやって、俺の人としての部分を少し純化してくれるだけで、十分助かっている」

 

 純狐が持つ異能は【純化する程度の能力】というものだ。名付けられる以前の自然や道具が持ち得る、純粋な力を彼女は行使する。彼女はこの能力を用いることで、対象の特定の属性を活性化させると同時に、余分な属性を排除することができる。

 

 聞くところによれば、以前妖精の生命力という属性を活性化させ、月への先兵としたことがあるとか。死を厭う故に生命を遠ざける月の民にとって、さぞ恐ろしかっただろうことは想像に難くない。

 

 「私の能力ならば、貴方の中の()を純化してソレを消し去ることができるわ。相応の時間はかかるでしょうけど……」

 

 「その場合、アレだって最大限抵抗するだろうよ。純化の能力が過剰に作用すれば、楔だって解ける。そして、アレが表に出れば……」

 

 創一がそこで言葉を少し止めれば、後は言わなくて分かると言うように純狐は頷いてみせる。

 

 「……えぇ、私を喰らうでしょうね。私が純化しきるのが先か、私の心臓であるこの怨みが喰いつくされるのが先か……」

 

 「アレは俺が喰らってきた歴史とともに存在する。幾億の負の感情……純狐の能力でも、そう簡単に消し切れない。お前が抜け殻にされるリスクの方が格段に高いだろうよ」

 

 純狐は種族としては怨霊ではないが、本質的には彼らに近い存在だ。根源であるその感情を失ってしまえば、彼女は虚無の抜け殻へと陥り、いずれ存在を失ってしまうだろう。

 

 「怨みを他人に奪われて死ぬなんて、まっぴらご免だろう?」

 

 「そうね。それは考えるだけでも耐え難い苦痛だわ。だって――この怨み(おもい)は私だけのものだから」

 

 淀みなく答える純狐に、創一は口元を緩める。彼女は初めて出会ったときからまるで変わらない。何処までも真っすぐで、純粋で――故に美しい。

 

 「まぁ、俺はその苦痛を他者に与えて回ってるんだがな」

 

 自嘲気味に創一は呟く。脳裏に浮かんだのは、地底の怨霊達の顔だった。

 抱くだけで不幸に陥るのが負の感情という猛毒だ。憎悪や嫉妬が募れば募るほど、生き辛く、幸福などというものは遠のく。

 

 (だからこそ――――俺は必要とされた)

 

 しかし、その毒を抱えて生きることを望む者だっているのだ。目の前の彼女などは、その筆頭である。

 

 「……ふふっ、貴方はやっぱり優しいわね」

 

 創一の顔を見つめて、純狐は笑った。

 

 「優しい? 何処が……?」

 

 「そうやって、何でも背負ってしまうところよ。全てを捨てて、此処に至った私とはまるで正反対。私が捨てた思い出すらも……貴方は代わりに背負ってくれる。怨みを他人に奪われるのは苦痛だとさっきは言ったけど……怨みを知ってもらうことは、そう悪くないものよ」

 

 創一の異能によって吸収される負の感情には、記憶の断片が付きまとう。部分的だが、創一は誰かの怨みの由縁すらを知ってしまう。

 

 「貴方にあの()を預けて本当に良かったわ。怨み続けるために捨てた記憶を……あの子と私、そしてあの男の間に起こった出来事を……貴方が代わりに覚えていてくれるから――私は後ろを振り返らずに済む」

 

 太陽を撃ち落とした英雄、その破滅の物語。彼の遺物たる()を通して、一家族を取り巻いた感情の由縁を創一は知っている。救いようのない悲劇の音を、臭いを、温度を、味を――色を知っている。

 

 「俺の場合は、ただ捨てられなかっただけがな……」

 

 「それを言うなら、私も捨てざるを得なかっただけよ。復讐を果たすため、この怨みを褪せさせないために……()()()()()()()()()

 

 純狐もまた自嘲気味な表情を浮かべる。彼女の視線が、咲き誇る白百合へと向けられた。

 

 「一番好きだった、あの子との思い出の花だって……今ではもう何の感慨も湧かない。理由すら失った怨み。だけど、それを虚しいとも思わないの……無様でしょう?」

 

 遠い目をして、純子は尋ねた。しかし、暗に肯定を求められても困るというものだ。そんな期待に応えることはできない。なにせ、

 

 「美しい、気高いと思えど……そんな感想をお前に抱いたことなんて一度も無いな。ヘカーティアもそうだろうよ」

 

 断言できる。自分の感情を推し量り切れない未熟者でも、これだけは自信をもって言えた。地獄の女神だって、きっと同じ筈だ。

 

 「うふふ、ありがとう。私をそう評するのは、貴方達くらいよ。私は本当にいい友人を持ったわ……けど、それもいつか自分から捨ててしまうのでしょうね」

 

 僅かな寂寥が言葉に滲む。しかし、いずれその感情すらも、彼女は怨み続けるための薪に比べるのだろう。

 

 なるほど、確かにそれは悲劇的で、破滅的だ。人によっては彼女を憐れみ、また無様だと嘲笑うのかもしれない。一応、理屈としては理解できる。

 それにしたって、こんなに美しい者を目にした上で、真っ先にそんな感想が浮かぶことについては不思議でならない。

 

 「憂いたところで、俺もお前も、今更生き方なんて変えられないだろうよ。そう考えると、ヘカーティアの奴が少し気の毒だが……」

 

 何せ、純狐どころか自分までを大切な友人と言い張るのだ。苦労が絶えないだろう。

 

 「こう言ってはなんだが、あいつのセンスはやっぱりヤバいな。ファッションセンスが地獄的なのは知っての通り、人選びも……よりによって俺たちを見初めるんだから……」

 

 片方は復讐のために全てを捨て去り、破滅の道を行く。もう片方は、遍く怨みを拾い上げ、やはり破滅の道を行く。地獄の女神の人を見る審美眼が、尋常のものでないことは明らかだ。

 呆れたような創一の物言いに、くすりと純狐は笑みを零す。

 

 「私は手遅れだけど、貴方は違うでしょう? 多くの怨みを抱えながら、私とは対極の道を行っているんだから……貴方はちゃんと人として幸せになりなさい」

 

 子供を諭すような口調で純狐は言う。

 

 「人としての幸せか……よく言われるが、実感が持てないな。勿論、精一杯努力はするが……ここだけの話、途中で能力を暴走させて、ヘカーティアに介錯してもらう未来ばかりが見える

 

 例え楔を9本解いたアレが相手でも、ヘカーティア・ラピスラズリならば対処できる。だからこそ、彼女の存在は創一にとって心強い保険だった。自分が主人の願いも果たせず、心を失った怪物になったとき、彼女ならば必ず止めてくれるだろう。

 

 「あんまり彼女を悲しませては駄目よ。神といえど心はあるのだから」

 

 「知ってるさ。けど、それを言うなら俺だって多少は人の心がある。約束といえどあいつが俺を殺すことに悲しみを覚えるように……()()()()()()()ことにだって……思うところはある」

 

 純狐を見つめて、創一は言う。

 

 「もちろん、約束は守る。お前が募らせた怨みの末、復讐の標的すら見失った亡霊になるなら――俺が引導を渡す」

 

 それはいつか二人の間で交わされた誓い。

 純狐の唯一の憂いを断つために、創一が決意したことだ。

 

 仮に純弧が見境なく、無辜の人々まで巻き込む復讐者へと堕ちたなら――ソレを排除するのが退魔師としての創一の役目である。

 

 「ヘカーティアが何と言おうとも……お前から託されたあの弓で――最愛の子の命を奪った凶器で――お前を射殺し、弔おう」

 

 退魔師として殺し、友として弔う。

 強い覚悟を宿した青に晒されて、純狐はふっと破顔した。

 

 「……えぇ、ありがとう。やっぱり貴方は優しいわね」

 

 「殺害予告染みたことを言っているのにか?」

 

 おどけたように、創一は肩を竦める。

 

 「ふふ、それが私への救いだと判っている癖に……でもそうね、そんな優しい貴方を悲しませるのは本意じゃないから、私も可能な限りは足掻いてみるわ。他ならぬ貴方に引導を渡されるなら私は構わないけど……貴方はいい気分じゃないものね」

 

 「当たり前だろう。ヘカーティアに介錯を頼んだ俺が言うのもなんだが、いつだって残される方がキツイからな」

 

 「その通りね……じゃあ、もう少し頑張りましょうか。私も、貴方も……」

 

 「だな、お互い友人には恵まれているんだから……」

 

 「貴方の場合、ヘカーティア以外の女の子も泣かせないようにしないとね」

 

 「なぜ女性限定……いや、確かにそっちの方が多いかもしれんが……」

 

 バツが悪そうに、創一は首の後ろを掻いて息を吐いた。

 緩やかな風はまだ吹き続けている。視線を向ければ、白百合が微かに頭を揺らしていた。

 

 何も言わず、白花の床へと創一は突然横たわった。純狐はただ目を細めてそれを見守っていたが、隣の地面をぽんぽんと叩く創一に、少し目を丸くして、やがて頬を緩めた。

 

 仙界の空は偽りだが、青く美しいことに変わりはない。より身近に、強く感じられる花の香に浸りながら、大地と草花に背を預け、二人は空を見上げた。

 これ以上言葉を交わすことなく、静かに、揺蕩うように、なんでもないような時間を過ごす。

 

 (ピースやヘカーティアがここに居たら絶対騒がしくなっただろうな……まぁ、それも悪くはないか)

 

 そんなことをふと思いながら、創一は再び瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――創一なら今は留守だよ」

 

 素っ気無い声に迎えられて、古明地こいしは少し慌てた様子で振り返った。視線を向けた先で佇んでいるのは、一言で表すなら氷のような少女だった。

 

 日の光を知らない肌、銀色の瞳、澄んだ水色の長髪を彩るのは、彼女の名前と同じ雪の結晶の髪飾りだ。身に纏っている白ワンピースもよく似合っている。

 

 「えっと……確か六花ちゃんだったっけ?」

 

 こいしの記憶が定かならば、氷雨と呼ばれる女性と同じ創一の式神だったはずだ。

 黒霧異変の解決後、こいしが創一の屋敷を訪れることは幾度かあり、そのおかげで氷雨とはそれなりの交流をもつことができた。しかし、この六花という少女のことは、未だよく知らない。

 

 「違う、私は式神じゃない」

 

 「えっ、違うの? じゃあ……」

 

 不機嫌そうな、冷たい目に晒されて、少々こいしは居心地の悪さを覚える。

 

 「……じゃあ、妹だったり? いや、流石にそれはないか……」

 

 少し冗句を交えても、六花の顔色は変わらない。ぴくりとも動かないままだった。そういうところは、創一にとても似ていると思うけれど。

 

 (私もしかして嫌われてる? って、ちょっと前まで、こんなこと考えなかったんだけどな)

 

 狐守創一という少年と出会って、こいしは自らの能力への向き合い方を改め始めた。閉ざした筈の心が少しだけ開いたような気がしている。

 第三の瞳も、いつかは開く日がくるかもしれない。

 この心境の変化はその影響なのだろうか。とはいえ、悪い気はしなかった。

 

 「創一の悪行罰示式神は氷雨と劉厳だけ。私はただの居候」

 

 六花が言った。悪行罰示、既存の妖怪に式を被せたモノをそう呼ぶのだと、創一が説明してくれたことを思い出す。

 

 (劉厳……会ったことないけど、百足の妖怪だったよね)

 

 龍すら喰らい得る大怪蟲。そんな存在を影の中に飼っていると聞いたときは、流石に驚きはしたが、しかし彼ならば納得だとも思った。

 

 (無意識の私に勘づいたり、氷雨さんもただ者じゃないけど……この子も……)

 

 異能によって、こいしの存在が気づかれることはまずあり得ない。だが、六花という少女はごく普通にこいしに声をかけてみせた。

 

 彼女を敵視しているわけではないが、ある程度警戒心というものを抱いてしまう。そして、それは目の前の彼女も同様のようで……銀色の瞳が値踏みでもするようにこいしを見据えていた。

 

 「……どうして、貴方は頻繁にこの屋敷を尋ねてくるの?」

 

 ふいに出された問いに、こいしは少し呆気にとられる。何故、創一の元を尋ねるのだと聞かれても。

 

 「だって、創一が来てもいいって……」

 

 黒霧異変の折、彼は確かにそう言った。心を読まれるのは勘弁だが、遊びにくるくらい構わないと。

 だが、こいしの答えに六花は眉を僅かに顰めた。

 

 「そんなことを私は聞いたわけじゃない。貴方は、何の目的があってここに来るの? 創一に近づいてどうするつもり? 例えば、寝首を掻こうとしてるとか……」

 

 「ッッ!? そんなこと――」

 

 「あるわけがない!!」、そう叫ぶより早く、六花が冷たい声で言う。

 

 「じゃあ何が目的なの?」

 

 変わらず、銀の視線はこいしを真っすぐに貫いている。偽りも誤魔化しも許さない、そんな気迫がびりびりと伝わってきた。

 

 「私は…………」

 

 無意識に閉じこもった私を、創一はなんてことのないように見つけてくれる。路傍の小石である筈の私を、しっかりと覚えていてくれる。

 けれど、それだけが理由ではない。

 

 『――――この代償は高くつくぞ」

 

 脳裏に記憶が浮かび上がる。宵空を閉じ込めたような紫の瞳が、私を射貫いたあの瞬間を……

 

 ――これは贖罪か? いいや、少し違う。私はただ――――

 

 「――創一の力になりたい。もう、あんな風に傷ついて欲しくないの」

 

 緑色の目が銀を見返す。

 無意識に浸れど、この言葉は空虚なものではないはずだった。

 こいしの言葉を受け、六花はしばし押し黙る。しばらくして、何かに諦めたように彼女は息をついた。

 

 「……やっぱり、貴方も()()()()をしているのね」

 

 ぼそりと、寒色の少女が呟く。

 

 「えっ?」

 

 言葉の意味が理解できず、こいしは呆気にとられたような顔を浮かべてしまう。

 

 (――――思い違い? 一体どういう――)

 

 その言葉にどんな意図を潜ませているのか、こいしは尋ねようとするが、当の六花はもう用が済んだとばかりにこちらに背中を向けた。

 

 「ッッ――――待って!」

 

 声を荒げ、こいしは六花を呼び止める。心底億劫そうな様子で、彼女は足を止めて振り返るが、そんなことに躊躇いを覚えている場合ではなかった。

 

 (このままこの子を見送ったら……多分絶対後悔することになる!)

 

 それは一つの確信だった。

 六花の言葉の意味をこいしはまだ理解できていない。だが、理解できないなりに、それはとても大切なことで、見逃せば致命的になるような気がした。

 

 だから、このまま会話を終わらせるわけにはいかない。例え、こいしが六花のお眼鏡に叶わず、最早話す価値がないと断定されたのだとしても。

 

 「会話ってのは、相互のコミュニケーションでしょ? 一方的に納得して、終わらせたりしないで」

 

 「……ソレ、心を閉ざした貴方が言うんだ?」

 

 「怪我の功名だとでも思ってくれたら、嬉しいかな」

 

 少しの反骨心を込めて、茶化すようにこいしは言った。

 六花の銀の瞳に、再び相手を値踏みするような色が映る。

 

 「別に貴方は私に会いに来たわけじゃないでしょ? 私の言葉なんて忘れて、帰るか適当に待っていればいいじゃない」

 

 「だったら、最初から余計なこと言わないで欲しいな。そして、言葉にしたからには責任をとってよ、見た目通り、子供ってわけじゃないんでしょ?」

 

 「…………」

 

 二人の間に流れるのは、そこはかとなく険悪な空気だ。

 別にこいしとて六花と喧嘩したいわけじゃないが、彼女の態度がすげないことあって、どうしても語気が強まってしまう。心境の変化が悪い意味で出ていた。

 

 (少し前の私なら、サラッと受け流していたんだろうけど……)

 

 だが、ここまで来て引くわけにはいかない。こいしは自らの直感を信じていた。

 

 (でも、相手が意固地になったら結局……一体どうすれば…………あっ!)

 

 そのとき、こいしの中に天啓が舞い降りた。

 この状況を打開し得る、平和的で美しい絶対的ルール……黒霧異変のせいで、今まですっかり忘れていた。

 こいしは挑戦的な笑みを浮かべ、口を開く。

 

 「弾幕ごっこ、知ってるでしょ?」

 

 六花の銀色の瞳が丸くなった。

 

 「……一応」

 

 「だったら話は早いよ。幻想郷の先輩として教えてあげる。この郷で、互いの意思がぶつかりあったら――美しく戦って雌雄を決するんだよ!」

 

 それが幻想郷の絶対ルール。

 こいしは自作のスペルカードを取り出して、

 

 「私が勝ったら、さっきの言葉について聞かせて貰う! 貴方が勝ったら、私は……もう二度と! この屋敷には近づかないわ!」

 

 一瞬の躊躇いを呑み込み、力強く宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――【竜符・ドラゴンハウンド】」

 

 冷たい声が告げ、扇形に展開される無数の弾幕。その間を縫うようにこいしは駆け抜ける。

 時折地上を徘徊しているこいしは、地底の者たちの中では比較的弾幕ごっこに精通している方だ。故に、こいしが持ちかけた勝負は、彼女にとって圧倒的に有利。

 

 (だった筈なんだけど……中々どうして……)

 

 顔面すれすれに弾幕が通り過ぎる。一瞬姿勢を崩しかけるが、何とか持ち直して回避行動を続ける。次はこいしの番だった。

 

 「お返しだよ! 【抑制・スーパーエゴ】!!」

 

 こいしの体から妖力が溢れ出し、それがハート型の弾幕となって目標――六花へと襲い掛かる。見た目はポップだが、当たる方からすれば楽観はできない。

 こいしのお気に入りのスペルの一つだったが――六花は顔色一つ変えず、それを躱しきって見せた。

 

 「っ――――ちょっと自信無くしちゃうな…………」

 

 戦々恐々とした面持ちでこいしはそう零した。

 幻想郷に来て一か月でありながら、六花の弾幕ごっごの腕前はかなり高い。特に目を引くのは――

 

 (――絶対的な飛行能力! それを可能にしているのがあの()……)

 

 こいしは六花の背後へと目を向けた。少女のか細い体躯から生えるのは、巨大な一対の翼。寒色の鱗で覆われたソレが雄々しく羽ばたき、大気をかき分ける。

 

 (的が大きくなる分不利になると思ったけど……そんなことが気にならないくらいの機動力。弾幕がまるで追いつかないなんて……)

 

 六花とこいしの弾幕ごっこは長期戦へともつれ込んでいた。互いに痛手を与えることができないまま、弾幕の応酬を続けている。

 だが、その均衡が崩れるのも時間の問題なのだろう。

 

 「……どうしたの? 大見え切った割に、もう息切れ?」

 

 能面のような表情のまま、六花は尋ねる。事実、こいしの体力には限りが見えていた。しかし、それは致し方無いことである。この場合、異常なのはどちらかと言えば――

 

 (――あれだけ強力な弾幕を放出して、飛び回って‼ なんでまだ余裕そうなの!?)

 

 こいしは戦慄した。両者の純粋な肉体的スペックに、大きな開きがあるのは疑いようが無かった。それが勝敗に直結しないのが弾幕ごっこの良さでもあるが、だが、思いのほかこいしが不利な立場に追い込まれたことに違いはない。

 

 (なんの妖怪なのかは不思議に思ってたけど……あの翼を見るに龍? いや、西の方のドラゴンって奴かな? 詳しくは判らないけど)

 

 無尽蔵の魔力、強力な身体能力に様々な異能。そして絶対的な飛行能力、こいしが知っている龍、またはドラゴンの知識というのはその程度のものだ。どれも姉の書斎から拝借した書物を少し読んだだけで得たもの。

 

 (こんなことならもう少ししっかり読んでおけば良かった。龍の弱点とか、何も知らないや)

 

 そんな後悔を抱きながら、こいしは状況を打開すべく思考を働かせる。しかし勿論、相手にそんな猶予を与えてくれるつもりはない。六花は新たなスペルカードを取り出した。

 彼女の体から魔力の奔流が立ち昇り、周囲の温度が急速に奪われてゆく。冷えた空気の中、少女の宣言が木霊した。

 

 「全力で叩き潰すわ――――【氷符・ドラコニックブリザード】

 

 空に舞い散る氷塊の花弁。日の光を反射し輝くその美しさにこいしは思わず息を呑む。

 だが、目を奪われるのも束の間。すぐに意識を切り替えて、こいしは濃密な弾幕の中で活路を探した。

 

 「――――ッッ! ここッ!!」

 

 細く頼りない糸を手繰るように、こいしは弾幕の間を駆ける。一か八かの賭け、心を閉ざした者とは思えない少女の意地。六花の瞳が僅かに見開かれた。

 

 「……貴方、そんな顔もできるんだ」

 

 六花の呟きは弾幕の音で掻き消され、迫りくる脅威から脱し切ったこいしが、宣誓の声を響かせる。

 

 「――――【ブランブリーローズガーデン】!!!」

 

 

 色とりどりの薔薇の大輪が咲き誇り――儚く散る。輝く弾幕の花弁は大きく渦を描き、竜巻と成って竜の少女を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――どうして、避けなかったの?」

 

 地に倒れ、空を見上げる六花にこいしは問いかけた。

 

 「最後の大技でも、貴方を捉えきれるかは怪しかった」

 

 当てられないなら、引き込むまで。類まれなる飛行能力を持つ少女相手に、こいしが選んだ一手だった。薔薇の竜巻は強い力で敵を引き込み、美しく仕留める。

 

 しかし、ここまで上手く決まる見込みは無かった。それでもなお、こいしが華々しく勝利を飾ったのは――

 

 「貴方は足掻こうとすらしなかった。あなたの翼なら、竜巻から逃げ切れたかもしれないのに……」

 

 六花という少女に、回避の意思があった様に思えない。

 こいしの目には、彼女が自らその結末を受け入れたように見えた。勝利を、譲ってもらったような気がした。

 

 「私は必死で貴方に勝とうとしたのに……それなのに……!」

 

 決して気分の良いものではない。

 苛立ちを露わにするこいしに、六花はふっと微笑した。

 

 「最初に会った時より、随分感情豊かになったね? それは、創一のおかげ?」

 

 ゆっくりと上体を起こして、六花がこいしを見据える。

 

 「あの人はいつもそう。口ではなんだかんだ言いつつも、お節介に人の心に遠慮なく上がり込んで……そして、強い色を残して行く」

 

 何処か呆れるような口調でもあるが、その声は優し気な響きも含んでいる。

 

 「面白みのない銀世界の中、鎖に繋がれて、都合の良い信仰対象にされていた私を、創一が助けてくれた。救ってくれた――けれど、あの人は私に助けさせてはくれない」

 

 六花の顔に寂寥が滲む。

 

 「創一を恨む人は大勢いる。でも、恩を返したいとか、力になりたいって人もたくさんいる。あの狸なんかもそうだけど……でも、それはやっぱり見込み違いでしかない」

 

 「見込み違い……私もそうだって言ってたよね? どういう意味なの?」

 

 尋ねるこいしに、六花は少し押し黙る。彼女の瞳は濡れているようだった。

 

 「……助けを求めていない人を、助けるなんて不可能だと思わない?」

 

 「――――っ」

 

 強く殴られたような錯覚がこいしの中に芽生える。

 ――身に覚えが無いことでは無かった。

 

 黒霧異変の際、こいしは姉であるさとりと創一の間で交わされた会話を盗み聞いている。そこから得られる情報は断片的であったが、それでも少しはあの少年の本心を知り得た。

 

 彼は何処までも――自分という存在を卑下していた。異常なくらいに……鬼神によって死に瀕した際も――こいしの手を振り払おうとするくらいに。

 

 「創一は助けも、救いも求めていない。結局、独りよがりでしかないの。まぁ、それを分かったうえで行動を起こしている人も居るけどね」

 

 「貴方もそうなの?」

 

 こいしの問いに、六花は不意を打たれたように目を丸くする。

 

 「私が?」

 

 「うん、だって式神でもないのに、創一の傍に居るのってそういうことでしょ?」

 

 創一という人間を助けようとすること自体が間違いだと言うのならば、少女が彼の傍にいる必要は無い。それはあまりに矛盾した行動だ。

 

 けれど、心というものが強い矛盾を孕むことを、こいしはよく知っている。

 何処へだって羽ばたいていける翼を持ちながらも、彼女がそこに留まっている理由。それは……。

 

 「……そう、ね。確かにそう。無駄なことだとは思うけど……諦めきれない。馬鹿みたいでしょ?」

 

 自嘲するように六花は笑みを零した。しかし、こいしは彼女を蔑む気などさらさらない。

 

 「ううん、私だってそうだよ。一方的に助けられて、はいおしまいって、なんかムカつくじゃん」

 

 呆気からんと宣うこいしに虚を突かれたような顔をして、六花は再び笑う。今度は、自己を卑下するようなものでは無かった。

 

 「ふふ、あの人はそういうところがあるから。鏡を嫌う程に、自分が大嫌いだから……外の世界で、自分の居場所が無くなることを真に望んでいたような人だから……仕方が無い人」

 

 「そうだったの? うすうす分かってたけど……やっぱり創一ってばかなり面倒くさいね。私のお姉ちゃんより拗らせてそうな人は初めてだよ」

 

 引きこもってばかりの姉の方がまだ分かりやすい人だと思う。流石に当人が聞けば、抗議の声の一つも挙げるかもしれないが。

 

 「ソレ、いっそ創一に言ってやって。もうすぐ、仙界から帰ってくると思うから」

 

 「えっ、創一って今仙界にいるの!? 地底の次は仙界かぁ……まぁ、よく考えるとそう驚くことじゃないのかな?」

 

 「そうね、こないだは悪魔の館に行ってたみたいだし。創一が異界に行くのはそんなに珍しくない。知人に異界の女神なんて人も居るから」

 

 「はぇ~霊夢や魔理沙もそうだけど、皆フットワーク軽いんだね。人間の行動としてはおよそ正気の沙汰とは思えないけど……」

 

 とはいえ、霊夢や魔理沙は流石に命が惜しくないわけではないだろう。彼女らは命知らずなだけである。元より捨てる感覚でいそうな少年と比べると、少し可哀そうな気もする。

 

 「創一はあんまり正気じゃないから……貴方だってそうでしょう?」

 

 どの口が言うのかとでも言いたげな、六花の胡乱な視線に対して、こいしは笑って返す。

 

 「うん、そうだよ! だから、私も絶対に諦めない。見当違いとか、只の徒労とか――そんなのまともな人が考えればいいもの! 誰がなんと言おうと――私は創一を守るよ」

 

 屈託のない表情を浮かべるこいしに、六花は呆れたように息を吐いた。

 

 「――少しだけ、貴方が羨ましいわ」

 

 

 

 

 

 

 




 オリ主の能力の元ネタは、うしおととらの白面の者です。
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