夜空に浮かぶ白銀の月は、時機に満ちるだろう。
まだ少し不格好なソレを見上げて、二ツ岩マミゾウは紫煙を吐き出した。
煙管からゆらりゆらりと昇る細い煙。いつもなら風情を感じるソレが、今日だけはマミゾウの心を落ち着かなくさせる。
――憂鬱と焦燥。わだかまるその感情が煙管に灯る微かな火と煙に重なるのだ。
気を紛らわすために煙草を口にしたというのに……これではまるで逆効果だった。
(――嗚呼、くそっ。儂は柄にもないことを…………)
苛立たし気に、マミゾウは煙管の火を消した。
いっそ酒でも飲みたい気分だったが、恐らく生半可な宵では誤魔化しが効かないだろう。かといって、泥酔する程の余裕も残されていない。
「……まだなのか」
ぎりりと、マミゾウは歯噛みする。
化け狸の大将とも目される彼女が冷静さを欠き、このように容貌を歪めるのは、無論理由あってのことであった。
近頃、幻想郷で起こっている怪異。謎の付喪神に、前触れもなく異常をきたした鏡たち。狐守創一と手分けをして怪異を探ってみれば――浮かびあがったのは鬼神の秘宝『魔王の小槌』の存在と、かつての因縁の相手――
「――四国の八百八狸ども。何故、こんなバカなことを……」
拳を握りしめ、マミゾウは項垂れる。
かつて、マミゾウの故郷である佐渡を襲った化け狸の軍勢。その大将の首一つで手打ちにしたのは、他ならぬ彼女の判断だった。
科学が発展し、妖の生活圏が失われる時代。これ以上、同胞が死ぬ姿を見たくはない――その願望が間違いだったのだろうか。
今更せんのないことだと思えども、思考は止まらない。
(あのとき……創一の言う通り殺せば良かったのか? 慈悲も情も無く、ただ粛々と外敵を抹殺するという覚悟で望んでいれば……)
創一と自分を恨めしく見上げた、彼女の顔が脳裏に浮かびあがる。
『感情は理屈ではない』
分かっていた筈だった。それを目で捉える、あの少年に言われずとも……しかし、今になって自分の甘さを痛感する。
「……本当に、儂は馬鹿じゃな」
自嘲するようにマミゾウは呟いた。
彼女らを見逃すことは、創一の立ち場を脅かすものでもあった。それでもなお、彼はマミゾウの意見を尊重してくれた。
「恩を返すどころの話じゃないわい」
息まいて見せたところで、あの少年の助けに成れたことなどまるで無かった。借りだけが積み重なる。しかし、それでも、今度こそは――――
「――マミゾウ様!」
鋭い声が静かな夜に響く。息を切らせて走ってくるのは、マミゾウの部下である化け狸の一人だった。
「つ、ついにっ! 件の化け狸を捕らえました!」
その報告を受けて、マミゾウは思わず口元を歪めた。
「ッ――でかしたぞっ!」
部下に案内され、夜の獣道を歩く。鬱蒼とした森の中で、少しだけ開けた場所へと到着した。広場の中央に縛られた女の姿が見える。その周囲を部下の化け狸たちがぐるりと取り囲んでいた。
既に幾らかの尋問がなされたようで、女の体は痣だらけだった。
「到着なされましたか。アレが萃香殿が言っていた化け狸のようです」
最も古株の部下、菊丸がマミゾウの前へと進み出て言った。
「間違いないのか?」
「断言までは……しかし、信ぴょう性はかなり高いかと。本人の自白もありますし……そこに嘘があるようには見えません。ただ……」
「何だ? 言うてみよ」
「全てを語っているわけではありますまい。尋問に屈して吐露したようで……本当の核は隠している。そんな風に見受けられました」
「そうか」
菊丸はマミゾウが最も信を置く部下の一人である。
彼がそう言うならば、実際その通りなのだろう。
マミゾウは縛られている女のもとへと歩みよった。
「……誰かと思えば……二ツ岩マミゾウ様ではありませんか……よくもまぁのこのこと……流石は大妖怪。面の厚さも並みのものではない」
嘲るように、女は言った。その瞳の奥には強い激情が宿っている。
「安い挑発じゃな。その言葉、そっくりそのままお前らに返そうか。目こぼしをもらった敗者の分際で……今更何をするつもりなんじゃ、お前らは?」
「貴様ッ!! 我らを愚弄するか!!」
鬼のような形相で女が吼える。
「人間なんぞに媚びて勝利を収めた癖にッ!! 否、アレは勝利などではない。お前らは私たちに勝ってなどいないのだ!!」
「確かにそうじゃな。お前さんらに勝ったのは他ならぬ創一たった一人じゃ。生粋の戦士たちを下し、首領である隠神の長女を討ったのはあ奴だった」
マミゾウの言葉に、女は反論しなかった。歯を噛み砕きそうな勢いで噛みしめ、ただじっとこらえている。
それもその筈だろう。あれは完璧な敗北だった。言い訳の余地がない程、一夜にして八百八狸は蹂躙されたのだから。
「……あの屈辱を我らが一時も忘れたことはない」
「ふむ、やはり復讐か。魔王の小槌を使ってどうするつもりじゃ? 妙な付喪神は小槌の力によるものか?」
「あぁ……あの者たちのことか。そうだ、奴らは我らの復讐の道具に過ぎない」
「付喪神で兵士を増やしたところで、創一に勝てるとでも? それに、この幻想郷はもとより化け物揃いじゃぞ」
「知ってるさ。だが、我らの長は問題にならないとお考えだ。警戒すべきは黒狐だけ……幻想郷の妖怪どもは所詮、人を恐れて隠居した腰抜けたちだからな」
「まぁ、そのような見方もできるのう」
外の世界と隔絶した世界に閉じこもることで、人と妖のパワーバランスを旧時代の状態のままとした。賢い選択ではあるが、勇猛果敢なものから見ればその選択は『逃げ』ともとれる。小槌の元の持ち主であり、黒霧異変の首謀者たる鬼神は、きっと後者だったのだろう。
「では、人里で起こった鏡の怪異についてはどうじゃ? 鏡面が波打ち、時折見知らぬ誰かが映りこんだり、鏡の自分が別の行動をとる……これもお主らの悪だくみの一件か?」
「…………」
女は口を真横に結び、沈黙をとった。
億劫そうにマミゾウは眉間に皺を寄せる。
「だんまりか? なるべく面倒はかけて欲しくないのう。無理やり聞き出す手など幾らでもある。読心能力者の宛てもな」
「……ふん、何処までも言っても他人任せだな。これが佐渡の大将とは笑わせる」
この手の下っ端の言葉に、いちいち反応するマミゾウではない。
「なんとでも言うがよい」
「……分かった。教えてやろう。我らが計画を……どのみち、最早お前らに止める術などないのだから……」
負け惜しみ、というわけでもなさそうだった。最も、女の瞳に宿るのは狂気的な色で、それ故にどこまで信ぴょう性があるかは疑わしい。
「我らは――――ッッ!?」
女の目が見開く。言葉が詰まり、女は俯いた。
「かっ……くぁ……」
「おい? お主、一体どうした!?」
明らかに女の様子がおかしかった。体が小刻みに震えている。何かの発作が起きているようで、女は苦痛に喘いでいた。
「なんじゃ? まさか毒でも!?」
自決用の毒を仕込んでいた、というのは有り得ない話ではない。
実行するタイミングに妙なものを感じたが、緊急事態だ。マミゾウは慌てて女へと近づいた。
(毒物ならすぐ吐かせれば間に合う!)
――結論を言えば、その選択は
「!?」
強い閃光が瞳を焼く。包み込む火焔、耳を劈く轟音、空気が大きく震えた。
周囲を巻き込んで、女の体が爆発したのだ。
「マミゾウ様!」 「親分!!」
もくもくと昇る巨大な煙の幕に向かって、子分の化け狸たちが叫ぶ。
「…………そう騒ぐな。儂を誰だと思っておる」
煙の中から、マミゾウが姿を現した。
「皆のものよ、大事はないか?」
周囲を見渡してマミゾウが言う。
「えぇ、マミゾウ様が咄嗟に庇って下さったおかげで……ですが」
「なら問題あるまい。なあに、この程度の傷は唾をつけておけば治るさ」
体を覆う酷い火傷などまるではなから存在しないように、マミゾウは笑って見せた。
沈痛な面持ちで、子分の菊丸が口を開く。
「近くに木こり小屋があった筈です。そこで治療しましょう。幸い、この間河童を化かして得た塗り薬があります」
「ははっ、塗り薬か。まるでかちかち山みたいじゃないか?」
「……今はふざけている場合ではありません」
「分かっておるさ」
「お前たち、周囲を警戒しておけ。多少手荒な手を使ってでも、他の妖怪を近づけるな! 化け狐などはもっての他だぞ!」
菊丸が叫んで指示を出し、マミゾウに肩を貸した。
「お前さんにはよく苦労をかける」
「何を馬鹿な……貴方はいつも最善を尽くしているではありませんか」
「そうかのう」
少し歩けば、菊丸の言葉通り森の中に小屋を見つけた。見た目は見すぼらしいが、中は意外と手入れが行き届いている。つい最近も使用されたのだろう。
「さ、お座り下さい。この薬を……」
「おぉ……待て、お主の前で服を脱ぐのか?」
爆発のせいでほとんど襤褸切れ同然とはいえ、まだギリギリ隠すべきところを布が隠している状態だった。
「何か問題でも?」
「大ありじゃろうが……」
かつての姿、ただ一匹の獣であった時代ならいざ知らず、化け狸となり人の姿となってからは、羞恥心というものが芽生えている。
今でも狸の姿をとるなら裸でも構わないが、人の状態のままで服を脱げと言われれは抵抗がある。
「……あぁ、なるほど、つい失念していました」
そんな風に菊丸は言った。
「今は……
「――――――はっ?」
なんでもないような不意の呟き。
ぴくりとマミゾウの耳が動く。
聞き間違いだったか。いや、そんなはずはない。
だが、マミゾウが真意を尋ねるより速く――
「ぐっ……このッ!?」
腹に刺さった刃を握りしめ、マミゾウは全身の妖力を集中させて爆発を起こした。小さな木こり小屋が音を立てて倒壊する。
舞う土埃の中、身を翻した菊丸が軽やかに着地した。
「――ふむ、佐渡の大将は流石に伊達じゃないか」
避けきれず、負った傷を眺めて菊丸は呟く。否、そこに立っているのはもう菊丸では無かった。赤い頭髪をたなびかせる、美しい女の姿がそこにはある。
「……いつからじゃ?」
土煙の中から、押し殺すような声が響く。
「いつから……菊丸に化けておった?」
「心あたりすら無いのか? 駄目じゃないか……信頼する部下の変化に気づかないとはな」
「あやつは生きておるのか?」
「愚問だ。生かす意味があると思うか? 死ぬまで口を割らなかったあたり、敵ながら中々見所がある奴ではあったが……」
「貴様っ!」
マミゾウの目が吊り上がる。口の端から、鋭い獣の牙が覗いた。
「ははっ、お前もそんな顔ができるのだな。しかし、良いのか? 冷静さはお前の武器だろうに……?」
「黙れ」
マミゾウは弾幕を放つ。遊び用ではない、完全に相手を殺す気の攻撃だ。しかし、それを赤髪の女は舞うように避け、短刀で切り払う。
「――むっ」
女はそこで異常に気付いた。視線の先、佇むマミゾウの姿が陽炎のように揺らめいている。
「ちっ、幻術か……」
苛立たし気に妖術の炎を投じれば、揺らめくマミゾウが完全に消えた。あたりを見渡しても、何処にも彼女の姿が見当たらない。
「あれだけの負傷を受けて、この精度の幻術を使うとはな……だが、所詮は無駄な努力だ」
女は懐に手を伸ばし、ソレを取り出した。
文字が長々と刻まれた布にくるまれた物体。乱雑に布が解かれ、ソレが全容を露わにした。黒漆の
目を奪われるほど美しくも――何処か怖気を感じさせる、小さな木の小槌だった。
(――――魔王の小槌!!)
マミゾウは顔を歪める。
女が小槌を振りかぶり――振り下ろす。鈴が鳴るような音が鳴り、それが戦いの終わりを告げる合図となった。
◇
「――そういえば、名乗りを上げていなかったな」
赤髪の女がふと口にした。
地面に背をつけ、空を見上げていたマミゾウがゆっくりと女に視線を向ける。
「相も変わらず堅いな。そんなことより儂は一服許して欲しいが……煙管を貸してくれんか?」
煙管の残骸を手にマミゾウが言う。
幻術の触媒にも使う煙管だが、小槌の力で粉々に破壊されてしまって見る影もない。
「幻術を使われは面倒だ……そもそも私は煙草は好かん」
「そうかい……なら、とっとと殺すがよい」
「……お前には一応借りがある。お前の口添えが無ければ、私が黒狐に殺されていたのは間違いないだろうからな。だから、もしお前が私の傘下に加わるのならば――」
「――断る。他を当たれ」
死に体ながらも、マミゾウの目に陰りは無い。力強く、まっすぐに彼女は相手を見据えていた。
「――そうか。さらばだ、二ツ岩マミゾウよ」
「あぁ、じゃあな。椿よ」
椿と呼ばれた女がゆっくりと短刀を振りかぶる。
月光を反射するその冷たい輝きを見つめながら――マミゾウはとある鬼の言葉を想起した。
『――人に絆された妖は脆い』
◇
「ねえねえ、今暇? 甘味処でも行かない?」
「誰かと思えばこいしか。夕方までなら時間はあるが……先に一件寄る処がある」
「へぇ、何処いくの?」
「面職人の処だ。以前あの半霊剣士に割られた狐面を修理に出しててな」
「そっか。私もついていっていい?」
「別にいいが……大人しくしてくれよ。職人の機嫌を損ねると面倒だからな」
無意識に生きる彼女の行動は創一をしてもイマイチ読めない部分がある。
「子供じゃないもん、そんなことしないよ。私はこれでも創一よりずっとお姉さんなんだからね」
「まぁ、妖怪ならそうだろうよ」
他愛のない会話をしながら、二人は人里を歩いた。
たまに奇異な視線が創一に向くが、この際気にしない。こいしの異能によって、周囲には創一が独り言を言っているように見えるのだろう。
「おお! 師匠ではないか! これは奇遇だな!!」
工房を訪れてみれば、真っ先に創一を出迎えたのは職人では無かった。
「秦こころ……またお前か……」
眉間に皺を寄せて、創一はため息を吐いた。
「こころちゃん、何で創一のことを師匠って呼んでるの?」
「む、虚空から声がするかと思えば……我が終生のライバル、こいしではないか! まさか師匠と知り合いだったとは!」
真顔のまま、驚きを表現するポーズをとってこころは言う。相も変わらず、表情以外が喧しい少女だった。
「以前も言ったが、お前を弟子にした覚えはないし、能楽の手伝いをしてやる余裕もない」
「勿論、分かっているとも! だから、私は勝手に師匠を師匠と呼び、観察することで感情を学ぶことにしたのだ! 技は見て盗め……それが師匠の真意なのだろう?」
「全然ちげぇよ。付きまとわれるのが面倒だって話をしたんだ」
流石に頭が痛くなってくる。
割と手荒な手法を使ったというのに、あれ以来こころが退く気配が一向にない。
「しかしな、師匠。私にも退けない事情があるのだ。悪いが、当分つきまとわせてもらおうか」
腕を組み、胸を張り、堂々とした態度でこころは宣言した。
「なんだかよく分からないけど……あんまり創一に迷惑かけるようなら、こころちゃんでも容赦しないよ」
何処からか鉈を取り出してこいしが言う。
能面のようなこころと違い、あくまで彼女はにこやかな顔だ。しかし、有無を言わせぬ圧がある。
「ほう、いつになくやる気だな、こころよ。さては、お前も師匠に弟子入りを?」
「いや、違うけど。こころちゃんってあんまり人の話聞かないとこあるよね」
「こいしも人のこと言えるほどか?」
「創一は黙ってて。早くは仮面受け取って来なよ、そのあとデートなんだから」
「初耳なんだが……あと、悪いが俺は童女趣味じゃ――――くッ!?」
ぶんと空気を切って大ぶりの刀身が迫る。紙一重でソレを回避した創一に、こいしは微笑みかけた。
「何か言った?」
「……面を受けとってくる」
「ふむ、興味深いな。あのこいしからこんな怒りの感情を感じることがあるとは……」
何処かしみじみとしたようにこころが言った。
◇
綺麗に修復された狐面を職人から受け取り、工房の外を出てみれば、上空でこいしとこころが激しい空中戦を繰り広げていた。
「……ここ人里だぞ」
呆れたように創一は呟く。
だが、考えてみれば里で決闘を繰り広げた異変も以前何度かあった筈だ。宗教戦争、という題を阿求の著作で見たときは流石に首を傾げた。正気の沙汰じゃないと思うが……
「まぁ、幻想郷に正気の奴はそんないないか」
おかげで創一でも肩身が狭くない。
他の見物人と一緒になって決闘を観戦した後、勝利を飾ってご機嫌なこいしを連れ、創一は甘味処へと向かった。
「「あっ!」」
「げっ」
「今日は何だが知り合いにばかり会うね」
顔を見合わせて固まる少年少女を傍目に、こいしは能天気に言った。
「ちょっと待ってください! げって何ですか? その反応は酷くありませんか?」
抗議の声を少女は上げるが、申し訳ないという気持ちがまるで湧いてこない。
「辻斬りに遭遇した反応としてはむしろ淡白な方だろ」
「まぁ、これに関しては妖夢が悪いわね」
「そんな! 鈴仙さんまで……」
少し涙目になる少女。これが辻斬り、戦闘狂の異常性癖者とは誰も思わないだろう。
「何だが創一君、また失礼なことを考えてませんか?」
「気のせいだな。で、鈴仙は薬売りの休憩中か?」
甘味処の野外におかれた長椅子に、鈴仙と妖夢は腰を掛けていた。鈴仙は飾りっけのない和服を身に纏い、笠で頭部を隠している。傍らに置いた桐箱は薬箱だろう。
「俺にも薬を売ってくれないか? 睡眠導入剤が欲しい」
「駄目よ。その手の薬は永遠亭での受診患者にのみ処方しているの」
「……病院は苦手だ。そこをどうにか……倍の値を払うから」
「お師匠様に怒られるのは私なの。子供みたいなこと言ってないで、あんたはさっさとウチに再診に来なさい。というか……経過を見せる様に言われてなかった?」
じとりと鈴仙は創一を睨む。
言われてみれば、確かに永琳はそんなことを退院のときに零していた。
「……まぁ、そのうち……時間があったら、な……」
「それ絶対来ない奴じゃない! あんた言ってること病院嫌いの偏屈爺さんと同じよ?」
「八意さんには感謝しているが……シンプルに病院に行きたくない」
「本当にシンプルね。まぁ、いいわ。そういう馬鹿は一回痛い目にあって学んだ方がいいのよ」
「痛い目になら合ってるぞ。そこの辻斬りとかその筆頭だ」
「うっ」
呆れたようにため息をつく鈴仙。
創一に指を差された妖夢が呻いた。
「あの……あんまり苛めないでもらえると助かるのですが……」
「苛められるタマじゃないだろ、お前」
結局、その場の流れで四人で相席することになった。一度は殺し合った相手と、歓談しながら甘味を楽しむ、というシチュエーションは中々奇妙なものを感じる。
外の世界でならそうそう実現しなかっただろう。少なくとも、魂魄妖夢という少女を生かしていなかった。結果的に人を襲った人外を、退魔師として野放しにする理由などないからだ。
幻想郷の風土が、創一に常ならば有り得ない選択をさせた。
そして、巡り巡ってこの状況を作り出している。
(幻想郷の良し悪しを計るつもりなんて無かったが……こういうところは外界にはない美点なのかもしれないな)
「じゃあ、私はもう仕事に戻るけど、折角治療してあげたんだから、くれぐれも無茶しないようにね」
「私も創一君にいつかリベンジして見せるので、それまでご自愛下さいね!」
「名残惜しいけど、私も地底に戻るね。また遊ぼう、あんまり怪我しちゃ駄目だよ!」
しばらく甘味処で時間を潰した後、三者三様に別れを告げる少女たちを創一は見送った。
「……一人だけ、俺を心配する理由がおかしな奴がいるな」
言ってることを要約すれば、「首を洗って待っていろ」と、そう変わりはない。何故だか知らんが、顔を赤らめて切りかかってきた過去もある少女だ。やっぱり頭のネジが幾らか外れているのだろう。
「……ゆっくり歩いて向かえば、丁度いい時間か」
空を見上げて、創一は独り言ちた。日が落ちるまで少し猶予がある。
今日は満月の日だ。それも、中秋の名月と呼ばれる日。
永遠亭では毎年盛大に月見をするのだと、鈴仙が言っていたことを思い出す。
外の世界に居た頃は、季節行事はそれなりにしっかりと祝っていた。神徒の狐たちが祭り好きだったのだ。
しかし、今年はそんな余裕がない。
(夜に稗田家の屋敷を尋ねる約束があるが……その前にこいつが先か)
創一は懐から一枚の紙をとりだした。書置きだ。二ツ岩マミゾウの名前が記されている。今朝、屋敷を出たところでマミゾウの子分の狸に渡されたのだ。
黄昏時に、人里の外で落ち合う旨が記載されている。
何でも、魔王の小槌の所在が分かったらしい。
(――何だろうな、妙な胸騒ぎがする)
胸の奥で何かがずっと泡立っているような、そんな感覚を覚える。
「やっぱり、あのとき問い詰めるべきだったか?」
先日、マミゾウから調査結果を報告された際、彼女の様子は何処かおかしかった。いつも冷静で、のらりくらりとした態度を崩さない彼女が、珍しく自分の感情を吐露していた。
それを創一は興味深いとも思ったが、武士の情けとでも言うべきか、親しき中にも礼儀ありというべきか、ともかく彼女のことを考慮して深く追求はしなかった。するべきではないと思ったのだ。
しかし、今になって――
(――致命的な間違いを犯した、そんな気がしてならない)
書置きを懐に押し入れて、創一は指定された待ち合わせ場所へ向け、歩き出した。
最早、この予感が的外れなことをただ祈るしかない。答え合わせは、きっとすぐそこまで来ているだろうから。
寄り道し過ぎて、もとのプロット部分が全然進まないんですよね。