東方狐神録   作:パック

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 なんとか三月中に挙げられました。


白狐と狸

 報告

 

 狐守家当主【狐守・創一】の死亡に関して。

 

 怪異との戦いで受けた呪詛によって【狐守・創一】は衰弱死したとされているが、その真偽は定かではない。

 

 【狐守・創一】の葬儀は近しい者たちの間だけで執り行われており、その遺体を確認する間もなく、荷田家の所有する墓地に埋葬された。

 

 【狐守・創一】の後見人であり、同じく稲荷明神へ仕える神官の家系である荷田家当主【荷田・冬治】に対して、派遣された調査員による聴取が行われるとともに、【狐守・創一】の遺骨の確認を願い出たが却下された。 荷田家当主は聴取に対しては上記の通り、呪詛による衰弱死を一貫して証言している。

 

 痺れを切らした調査員が真相を問いただすため、半ば脅迫的な態度で荷田家当主に詰め寄ったところ、その場を目撃した白狐たちの反感を買い、追い返された。

 

 これ以上の交渉は、稲荷神の不興を買いかねないため、中止するべきである。

 また、【狐守・創一】が埋葬されたとされる墓地は歴代狐守家、荷田家当主たちが眠る墓地であり、多数の結界による防御と白狐たちによる監視下にある。墓を暴いて遺骨を確認するのは不可能と考えられる。

 

 荷田家当主によれば、【狐守・創一】が所持していた式神達の身柄は稲荷神が直々に引き取ったのこと。

 【狐守・創一】が所持していた式神の内二体は非常に強力な悪行罰示式神であり、主人による制御を失った状態で放置するのは危険である。本来ならすぐに強力な退魔師を派遣し、調伏か退治を実行しなければならないが、彼の稲荷伸が直々に身柄を預かるといった以上手出しは不可能である。

 

 【狐守・創一】に一任されていた一部の怪異との交渉は土御門家当主【土御門・千明】に引き継がれたもよう。【佐渡】の化け狸達を始めとした特定の怪異集団との関係は良好のまま、持続している。

 

 今まで多くの怪異事件が【狐守・創一】に任されていたが、【狐守・創一】が対処しなければならない程強力かつ、人類に敵対的な怪異は現時点では確認されていない。また、抑止力となっていた【狐守・創一】の死亡を受けて怪異や呪詛師が活発化する恐れはあるが、現状の戦力で対処可能の範囲であると予想できる。

 

 以上のことから、【狐守・創一】の死亡は疑わしい点が多いが、考えられるリスクや多大な労力を負ってまで捜索を続ける必要は無いと考えられる。

 

 

 

 追記

 

 此処からは報告者の過分な推測が含まれることを留意してもらいたい。

 

 【狐守・創一】が担っていた役割の大きさに対して、その死亡に対する混乱があまりにも少ない。上記にもあった【土御門・千明】への引継ぎ等、あまりにも準備が良い。

 死期を悟った【狐守・創一】が身辺整理をしたとも考えられるがそれにしても話ができすぎていると言う印象を受ける。

 

 また、調査にあたって【狐守・創一】の通っていた学校のクラスメイトや担任に聞き込みをした際、彼らは皆一様に【狐守・創一】の存在を思い出すのに幾ばくかの時間を要した。

 

 この短期間のうちに特別な力を持たない大衆から認知されなくなる現象、そして、狐守家のルーツを考えるに、特定異界領域【幻想郷】の存在が浮かび上がってくる。

 

 仮に【狐守・創一】が幻想入りしたというのであれば、やはり捜索を打ち切るほかはないだろう。

 死亡か失踪か、どちらにせよ【狐守・創一】に助力を願うことは不可能となったと見て間違いない。

 

 これはこの国の切り札の一人を失ったことであると同時に、脅威を退けることに成功したということでもある。

 

 しかし、状況としては油断は許されない。

 

 日本において複数確認されている異界領域の中でも特殊な【幻想郷】は長らく、こちらの世界との過度な接触を避けることで、均衡を保っていた。

 

 だが、近年その均衡は失われつつある。

 半年前に神奈川県都市部上空にて起こった【幻想郷】の住人と思しき者達による模擬戦闘行為はその顕著な一例と言えよう。

 

 幸い一般人による目撃は少なく、隠蔽工作はつつがなく完了したが、同様の事件が多発するような事態になるならば、我々は【幻想郷】への認識を改める必要がある。

 

 我々にとって超常的な事象、神に妖怪、巫術や呪術といった神秘は秘匿されてしかるべきものである。

 

 畏れを糧とする怪異の力を削ぐためには、大衆がその存在を忘却していることが必要不可欠であり、それこそが我々が守るべき秩序の形であるが、【幻想郷】がその秩序を脅かしつつあることは留意しなければならない。

 

 そして、そんな【幻想郷】にまた一人、我々の中から重大な戦力が流れてしまった可能性は捨て置けるものではない。

 我々は今まで以上の警戒をもって事態への対処を行っていく必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――というわけだ。安心しろ、胡散臭いと思われがちだが土御門はあれで中々信頼における。佐渡を悪いようにはしない」

人里のとある甘味処で、創一はそう言って茶を含む。

 

「ふむ、そうか。おぬしが言うのであればそうなのだろうよ。それに佐渡のことは若い衆に任せておる。何かとらぶるが起きても、それはあ奴らが自分たちの力で解決すべきことじゃ」

 

 机に肘をつき、目の前の少女――二ツ岩マミゾウは煙管の煙を燻らせた。

 なんとも言えない紫煙の香りが鼻につく。甘味処で煙草はやめて欲しいというのが正直なところではあるが、外と違って幻想郷では飲食店は全席喫煙席が常である。故に、口うるさくは言うまいと、創一は喉元まで上がった文句を呑み下した。

 

 「それはご立派だがな……偶には佐渡の連中に顔くらいみせてもいいんじゃないか。寂しがってたぞ。頻繁に外の世界と幻想郷を行き来しているんだろう? どうやってるかは知らないが……」

 

 「そこは企業秘密じゃよ。いくらお主と儂の仲といっても簡単に教えてはやれんな」

 

 人差し指を左右に振りながら、そう言ってマミゾウが悪戯っぽい顔を浮かべて微笑む。

 

 「いやなに、顔くらいはおいおい出すつもりじゃったよ。ただ儂も色々と忙しいのじゃ。幻想郷の化け狸を統率せにゃならん。あんまり儂が此処を離れると性悪狐どもが幅を利かせるのでな」

 

 眉間に皴を寄せてマミゾウはそう言い捨てた。

 相変わらず徹底した狐嫌いに、創一は苦い笑いを浮かべる。

 外の世界においても、マミゾウが稲荷社の白狐と言い争う光景は日常茶飯事であった。

 普段の懐の深さからは想像もできない程、子供じみた理由で争う彼女たちの姿を思い出せば、ひどく懐かしく感じて、創一は自然と口元を緩める。

 (そんなに昔のことじゃないはずなんだがな……)

 

 「俺はてっきり、佐渡の統領を止めて幻想郷に隠居するもんだとばかり思っていたが……まだ一線を退く気は当分ないようだな……」

 

 「なにおう! 儂はまだ隠居するような歳じゃないぞ! あまり老人扱いするでない‼」

 

 心底侵害だとマミゾウは創一に断固抗議の声を挙げる。

 

 「……といってもな、お前既に老眼だし、しゃべり方も仕草も年より臭いし、なんなら服の色合いだって完全におばあ――」

 

 「すとっぷじゃ創一! それ以上言うなら出るとこ出るぞ。 親しき仲にも礼儀あり、大体おぬしはれでぃの扱いがなっとらんのじゃ!」

 

 「……ストップとかレディとかカタカナ語を妙なイントネーションで話すあたりも完全に時代についていけなくなってきたおばあちゃ――」

 

 言い終わる前に無言で繰り出されたチョップが創一のこめかみに直撃する。

 

 「痛った」

 

 打ち込まれた箇所を手でさすりながら、創一は暴力に対する抗議の視線を送るが、そんなの知るかとばかりにマミゾウは鼻を鳴らし、

 

 「ふん、精神的苦痛への慰謝料としてこれは貰っとこう」

 

 そう言って創一の前に置かれた皿からみたらし団子を奪いとった。

 

 「あ、おい!」

 

 制止の声も虚しく、たっぷりと蜜が塗られた最後の団子をこれ見よがしに旨そうにマミゾウは平らげる。

 

 「うむ、たまには甘味もいいもんじゃな……」

 

 「一口頂戴で半分以上持って行くのと、断りなしに最後の一つを持って行くのは大罪だってのをお前は知らないのか……割にあわん」

 

 大体マミゾウ自身都合が悪くなったら老いを盾にするのだから、老人扱いされるのも仕方ないだろうなどと創一は思うのだが、どうせ団子は返ってこないので口を紡ぐ。

 若干不貞腐れた様子を見せる少年に、マミゾウが肩を竦めた。

 

 「おぬし基本寛容な癖に変なところで狭量じゃのう……まぁいいが、ところで……」

 

 それまでと打って変わって、マミゾウが真剣な表情を浮かべる。

 

 「おぬし……これからどうするつもりじゃ?」

 

 「……どうとは? 質問が大雑把すぎやしないか? 強いていうなら情報収集だ。新参者の俺たちは幻想郷の勝手が良く分からんからな……」

 

 知らない間に地雷を踏むのは勘弁したい。だからこそ、創一の優先事項は情報収集の一点に限られている。

 

 「宗教活動をしようとも思っていない。狐守の責務は解かれたし……既存の宗教家と揉めても面倒だ……」

 

 そもそも狐守は荒事担当であって、純粋な神職の仕事は荷田家に一任されている。

 創一一人しか生き残っていない狐守家と違って、荷田家は当代も次代も優秀な人材がそろっている。

 特に次代、自分の後輩は神秘が薄れゆく現代でも上手くやっていくことだろう。

 

 「いいや、儂が言いたいのはな……」

 

 少しの逡巡のあと、周りを見渡すようにマミゾウが視線を動かす。幸い創一とマミゾウの二人以外、この団小屋に客はいない。店員も調理場に籠っていた。

 

 「この狭い幻想郷は様々な勢力の陰謀が渦巻いておる場所じゃ。そしてこの人間の里をどの勢力も手中に収めようとしていておる。あくまで水面下でじゃがな……」

 

 「あぁ、察しはつく。その一つがお前ら化け狸だろ」

 

 「流石じゃ、話が早い」

 

 軽い拍手を送るマミゾウに、早く本題に入れと創一が顎で促す。

 

 「……まぁ、別に悪いようにしようとは思っていないんじゃが、一旦その話は置いといて……おぬしはどの立場をとるんじゃ?」

 

 「立場?」

 

 「ここは妖怪や神といった人外の楽園。人間のひえらるきーは高くはない。利用されているともとれるしな。その辺り人間の味方と言い張る博麗の巫女はどう思っているのかいまいち分らぬが……」

 

 「……俺は人間の味方だ。それは変わらない。宇迦様の従者じゃなくなったとしてもな……でも安心してくれ。人里の人間を直近の脅威から守ることはしても、この郷の深い部分に干渉する気はない」

 

 マミゾウの懸念する点は理解できた。まだこの郷に来て日が浅いが、創一にもある程度幻想郷の全容は掴めている。

 

 この幻想郷というのは外の世界とは真逆の人外による監視社会。

 人間が科学と神秘を総動員して怪異の監視や排除を行うように、この郷の人外は人里という檻に押し込んだ人間を監視し、危険分子を人知れず排除しているのだろう。

 

 加えて、マミゾウの言う通り力をもった勢力が覇権をめぐって、この狭い郷で争っているのだとすれば、この郷は極めて危ういバランスで成り立っているということになる。

 

 そして、外の世界の退魔師はその危ういバランスを崩しかねない存在である。

 人里を牛耳ろうとする勢力が創一を危険視するのは当然であり、マミゾウはそのことを忠告しているのだ。

 だが、「心配はいらない」と創一は笑みを見せる。

 

 「此処は外とは異なる異世界だ。外のルールを持ち込むつもりはない。妙な正義感で頼まれてもないのに人里の人間を人外の支配から解放しようなんて先走る愚行はしないさ」

 

 もっとも、人里の人間から直接助けを請われたなら話は別である。

 あえて口にはしなかったその意図を悟ったのか、マミゾウが何処か呆れたような目で創一を見つめた。

 

 「……おぬしはなんというか……ぶれないのう……」

 

 「誉め言葉として受け取っておく」

 

 毅然とした態度を一切崩す様子が無い少年に、マミゾウは頭痛を覚えて、思わず頭を抱えた。

 どうしてこんなになるまで放って置いたのか、少年を取り巻く狐どもとその主人に文句をつけてやりたい、そんなことを考えながら、マミゾウは煙管を深く吸い込む。

 

 「……しかし、おぬしがあのスキマ妖怪直々の勧誘を受けて幻想入りしたと聞いた時には耳を疑ったわい。いくら穏健派といえど、力ある外の退魔師を幻想郷に奴が招くとは……何をたくらんでいるのやら……」

 

 「そこは俺もいまいちつかめていない。俺の取柄は荒事くらいしか思いつかないが……いや、案外そこなのか?」

 

 「どういうことじゃ?」

 

 「スペルカードルールというのはよくできたシステムだが、血生臭いのを好む妖怪は多いだろう」

 

 理解しかねるが、創一自身今まで何度もその手の戦闘狂のような怪異を相手どった経験がある。幻想郷にそう言った連中がいてもおかしくはない。

 人里の人間にむやみに手を出せない以上、外来人で退魔師の創一は格好の標的であることは容易に予想できる。

 

 「あぁ、大体わかったわい」

 

 納得したように、マミゾウが腕を組みながら何度もうなずく。

 

 「……そういえば、確かに近頃弾幕ごっこじゃ満足できん血の気が多い連中の声が大きくなっておると狸たちから聞いたな。その大半は地底の連中らしいが……地上にもちらほら居るらしい」

 

 「そうか、だったら断定はできないがこの仮説はかなり有力だな。だとすればこれから忙しくなるかもな……っと、もうこんな時間か。」

 

 窓の外を見れば既に空には赤味が差し掛かっていた。

 

 「先にいく。暗くなってからだと帰り道で妖怪に絡まれたりして面倒だからな。代金はここに置いておく」

 

 そう言って、机に金を置き、足早に創一は店を後にしようとするが暖簾を潜る直前、待てとマミゾウに呼び止められる。

 

 「何だ?」

 

 振り向いた先、こちらをじっと見つめるマミゾウは何処か憂いを帯びるような表情を浮かべていた。窓から差す斜陽と相まって、それは何処か絵画的で。

 少しの逡巡の後、ゆっくりとマミゾウの口が開かれる。

 

 「……さっきお主は人間の味方と言ったがな、此処は幻想郷じゃ。外とは異なる。人里に住んでいるならばともかく、その外に住むおぬしがわざわざ無理して人の味方をする必要があるのか? もう狐守の任だって解かれているのじゃろう?」

 

 紫煙を吐きながらマミゾウが問いかける。

 

 「他者のためにお主が身を粉にする理由なんぞもうないはずじゃ。そもそも、稲荷明神だってお主を自由にしてやりたくて、人並の生き方をさせてやりたくて、お主を手放したのではないのか? ……誰がこれ以上をお主に求める」

 

 マミゾウの語気が次第に強くなっていく。

 こちらを責めるのではなく、それはどうにもならないことへ向けられているようで。

 

 「博愛主義者という玉でもあるまい……大体おぬしがこの郷に身を移さねばいけなくなったのは――」

 

 「――いいんだよ」

 

 続く言葉を創一は遮る。

 

 「全部覚悟の上だ。こうなったのは当然の帰結で、俺が望んだことだ。外の世界にはもう俺の力は必要ない。喜ばしいことだ」

 

 一切の淀みなく、創一は断言する。

 その表情は晴れ晴れとしていて、陰りは無い。

 

 力を持ちすぎた個がその存在を疎まれるようになるのは特段可笑しなことではない。むしろ、それがいつか敵に回る可能性をまるで考えない方が、能天気すぎて不安になるくらいだ。

 

 回避できる方法はいくらでもあった。それを拒んだのは他でもない自分自身。

 宇迦様へは悪いことをしたとは思うが、こうなった事への後悔は無かった。

 

 「心配してくれてありがとう。妖怪は外道だなんて言う癖に、お前は優しいな」

 

 ひどく穏やかに創一が微笑みを浮かべる。

 

 「――ッ!」

 

 それを見たマミゾウはたまらず口を開き――しかし、何も言わずに黙り込む。

 

 「でも、俺は大丈夫だから……それじゃあ」

 

 手を振って創一は店を後にする。

 降ってい沸いたような静寂が場を包んだ。

 まるでそれを紛らわすかのように、マミゾウは再び深く煙管を吸い――

 

 「――馬鹿者めが……」

 

 吐き出された煙とともに呟かれたその言葉は何処か恨めし気で、言いようのない悲しさを含んでいた。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 外の世界に退魔師の勢力があると考えたらやっぱり土御門は外せませんよね。
 土御門の祖、陰陽師、安倍清明の逸話で有名なのが狐と人間のハーフというものです。 葛葉狐と呼ばれるこの狐は一説では稲荷神の使徒の白狐と言われています。本作ではその伝承を採用しているので、その辺の話もおいおいやっていきます。

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