反逆の鬼神
――一体いつからだろうか。この郷から混沌が失われたのは……。
幻想郷、それは日の下の辺境に存在し、魑魅魍魎が跋扈する魔境の名だ。
数多の力ある妖怪が集まるこの郷を人々は恐れ、寄り付こうとしはなかった。元より郷に住んでいた僅かな人間と、自らの力に自信をもった退魔師をのぞいて。
ある者は正義感で、またある者は家族を殺された憎しみで、名声や富を得るためだけに妖怪を打ち滅ぼそうとする者も居た。しかし、俺は、俺たちはそんな人間たちを快く思っていた。
桜のように儚い寿命、暑さにも寒さにも弱く、硝子のように脆い体。にもかかわらず、彼らは時として俺たちを凌いで見せた。
しかし、時代が変わりゆくとともに人間は真正面から戦うことを止め、騙し討ちや搦め手を多用するようになった。
同朋の多くはそれを卑怯と糾弾したが、自分はそうは思わない。戦いは純粋な腕力勝負だけではない、かつての人が技を磨き力に対抗したように、知恵を磨いて力に対抗したまでのこと。
そして、自分たちの力が人間の知恵に及ばなかった、ただそれだけの話だ。
とはいえ、同胞の気持ちも理解はできる。叶うのであれば、自分も――
ずっと昔に閉じた左目、その瞼の奥に映り続けるのは一人の少年の姿だ。
女子のような顔持ちの美しい少年だった。
艶のある黒髪に、透き通るような肌はまるで白椿のようで、しかして、繰り出される剣戟は烈火のごとく苛烈で、それもまた、目が眩むほどに美しい。
叶うのであれば再戦を今度はどちらかの命が尽きるまで。
しかし、それはもはや叶わぬ願いだ。あれはもう千年以上前の話、この左目を奪った少年と再び相まみえる機会は当に潰えた。
せめて、今の幻想郷にあの頃を思い出させてくれるだけの強者がいてくれればいいのだが。
そんな僅かな期待を胸に抱く。
「こんなところにいらっしゃいましたか」
ねっとりとした、妙に甘ったるい声に呼びかけられる。
視線を移した先に佇んでいるのはたいそう華美な着物に身を包んだ女だった。程よい化粧でめかしこまれた顔は非常に整っている。
女の装いには見覚えがあった。江戸時代だったか、浮世絵に描かれていた花魁などというのによく似ている。
「確か……梓だったか?」
「はい、そうでございます」
梓は柔和な笑みを浮かべるが、こちらを見つめるその目は作り物のように無機質で、感情が読み取れない。
こちらを品定めしているような心地にされる一方で、ただの思い違いのような気もする。見目こそ麗しいが、どうにも好きになれない類の者だ。
「こちらの準備は既に整っております。貴方様がたの御支度は?」
「こちらも完了している。俺が合図を送ればいつでも」
「それはなんとまぁ素晴らしいことで……それでは、手筈通りに……」
「分かっている。お前たちの起こす異変に乗じて一斉に決起すればよいのだろう」
「えぇ、そうですとも。段取りさえ守っていただけるのならば、後はどうぞお好きに。心行くまでその暴威を振るいなさって下さいまし……」
「言われなくてもそのつもりだ。元よりこれは死に場所を求める戦い。血を見る戦いが無くては気が済まない、時代遅れの俺たち鬼という遺物が正しく終わるためのな……」
そう口に出して、我ながらその愚かさに笑いがこみ上げる。なにせ、これは勝利を求めるのではない、敗北前提の悪あがきに過ぎない戦いなのだから。
自分とそれに付き従う軍勢だけでは、幻想郷の僅かな人間に勝てても、数多の妖怪や神には到底勝てない。
弱気になっているわけではない。ただ、純然たる事実として覆り様のない兵力差があるだけである。
しかし、それでも止まる気はない。このまま幻想郷の秩序に従っていても未来は無い。命のやり取りをしなければ生を実感できない。このまま闘争から身を遠ざけていればいずれ鬼としての死がくるのは明白だ。
ならば、見るに堪えない悪あがきだろうと戦って死ぬまでだ。
「遺物……ですか……」
その言葉を反芻するように、何度か口にだして、梓は頷く。
「なるほど、確かに貴方様方は時代遅れの遺物なのでしょう。そして、此度の戦いは悪あがきに過ぎないものなのでしょう……ですが――」
梓は穏やかに微笑む。先ほどとは異なり、その瞳に僅かな、しかし確かな感情を宿して。
「――それでいい。いや、それが良いのではないでしょうか?」
「何?」
「そもそも幻想郷にいる妖怪自体が外の世界の発展についていけなくなった遺物でしょう。結界を張って生きながらえようとしているのも十分悪あがきです。でも、別に良いじゃありませんか。妖怪は外道の集まり、そこに高尚さ等ありません。下手にお高く留まっている方こそ浅ましいと私は思いますが……」
毅然とした態度で梓は言う。
無機質めいたこの女が此処まではっきりとした自分の考えを持っていたこと、そしてそれを意見したことが意外だった。
「はは、これは一本取られたな。そうだ、俺たち妖怪は外道の集まりだ。己の欲に忠実で、他者を顧みない存在だ。戦いたいから、戦うそれだけで良い」
そう、至極単純なことだ。長い年月を地底で過ごしていたせいで、いつの間にか耄碌してしまっていた。俺たちは鬼以外の何物でもない。
ならばやることは当に決まっている。
「えぇ、そうですとも……やりたいようにやればいいのです。法師様もそれが一番だと仰られていました。そもそも蟲妖たる私からみれば皆様余計なことを考えすぎなのです。知恵は大事ですが、理性の働かせすぎは良くありません。妖怪なんていうものは賢い
「全く持ってその通りだ。良いことを言うな。ようやくお前が好きになれそうだ……」
「まぁ! ひどい殿方ですこと……そういうのは口に出さないのが嗜みですよ」
「俺は鬼だからな。ひどいのは当たり前だ」
自然と笑みが込み上がる。肩の荷はすっかり下りた。
久しぶりに清々しい気分だった。これで、思う存分暴れられる。
「主人に伝えて置け! 場を整えてくれた礼に、お前が見たかったものを思う存分見せてやるとな‼」
「ふふ、えぇ、かしこまりました。法師様も喜ぶことでしょう。それでは御機嫌よう鬼道丸様。鬼の四天王たる貴方様のご活躍をお祈りいたします」
恭しく一礼し、梓がその場から音も無く立ち去る。
あのような装いで一体どのような歩行をすればそんなことが出来るのか。主人同様つくづく底知れない女だ。
しかし、それぐらいの方が味方としては頼もしい。仮に奴らにいいように利用されていたとしても構わない。
鬼としての本能のまま、破壊の限りを尽くすだけだ。
「……戦いを始めよう。そして――」
鬼の四天王が一人にして、【
「――幻想郷に再び混沌をもたらしてくれる‼」
鬼の四天王の最後の一人をオリキャラにするという判断を下した際、最も頭を悩ませたのが元ネタをどうするかということです。
元ネタでは頭領の酒呑童子、その右腕的な茨木童子、その下に大江山四天王がつく形になるのですが、この四天王の鬼たちは書物によって内容が変わる上に、名前が似ています。(例・熊童子、星熊童子)
既に四天王の鬼を元ネタにした星熊勇儀がいるので、被りを避けるため酒呑童子の息子と言われる鬼道丸に目をつけました。
因みに本作における鬼道丸は萃香と血縁という訳ではありません。