東方狐神録   作:パック

9 / 52
 今回からオリジナル異変スタートです。大規模な異変考えるのって滅茶苦茶カロリーいりますね。正直舐めてました。
 


黒霧異変

 記録

 

 幻想郷第137季【星と夏と水の年】葉月

 

 突如として幻想郷内に黒い霧が充満するという異変が発生した。この黒い霧には強い瘴気が含まれており、人間にとっては有毒なものである。 魔術や呪術的耐性が無い人里の人間がこの霧に当てられると体調不良や精神錯乱といった症状を起こすことが判明している。 

 また、この黒い霧は怨霊を活性化させる性質があり、霧の出現とともに活発化した怨霊が幻想郷内を徘徊する様子が確認された。

 かつて紅魔館の主が起こした紅霧異変に似たこの異変を黒霧異変と命名することにする。

 

  【幻想郷縁起】(九代目阿礼乙女・稗田阿求 著) より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体どうしてこんなことになったのだろうか。

 茂みに身を潜めて、震える肩を抱きながら小鈴はそんなことを考える。

 返却が滞っている本の回収のため、小鈴は博麗神社に向かっていた。

 

 博麗神社は人里の外、足を運びにくい場所に存在するが、道中はある程度整備されている。だから、少なくとも日の出ている内は安全が確保されているはずだった。しかし――

 

 「何なのよ。この黒い霧……」

 

 本当に瞬く間の出来ごとだった。西の方角から黒い霧が出現したのを小鈴が視認した時にはもう既に遅かった。

 逃げる間もなく、気づけば小鈴は黒い霧に飲み込まれていた。

 

 「やっぱり異変なんだろうけど……」

 

 此処でじっとしていれば霊夢さん辺りが助けてくれるのだろうか。

 そんなことを考える内にふと、阿求との会話を思いだす。

 

 自分は霊夢さんたちとは違う、空も飛べなければ妖怪に抗う力もない。その受け入れがたい事実をこの異常事態に巻き込まれて痛感する。

 

 結局自分はいま他力本願で助けをまっている身だ。霊夢さんや魔理沙さんだったらこんなところに蹲って隠れていたりしないのだろう。

 

 「……情けないな……」

 

 思わずこぼした言葉が胸の奥に落ちていくようで、既に沈んだ小鈴に心を余計に曇らせる。

 そんな時だった。不気味な声が小鈴の耳に届く。

 

 「……っ!? またこの声だ……」

 

 小鈴が身を潜めて震えていたのは霧そのもののせいでは無い。霧に包まれたために方角を見失い、小鈴が思うように身動きが取れなくなったのは事実だが、小鈴の心を打ち砕いたのは後に響いたこの声である。

 

 視界が奪われた中、突如として響く身の毛のよだつ声。

 それはまるで苦しんでいるようで、そして何かを憎んでいるようで、聞くだけで心臓を鷲掴みされたような気分になって、呼吸が満足にできなくなる。

 

 声の主の姿こそ見ていないが、小鈴が身の危険を感じて当てもなく逃げ出してしまうには十分であった。

 結果、小鈴は自分の位置すら分からないまま、じっと身を潜めることを余儀なくされてしまった。

 

 少しずつ、小鈴の隠れる場所に声が近づいてくる。足音が一切しないのが不気味さを余計に際立たせていた。

 (この声、一人じゃない! ほかにも何人も……さっき聞いた時より増えてる!!)

 小鈴の心臓が早鐘のように鳴らされる。吹き出す汗は夏の暑さのせいでは無い。

 直ぐにこの場を離れるため、小鈴は立ち上がって駆けだそうとするが――

 

 「っ痛……!?」

 

 足に上手く力が入らずそのまま地面に倒れ込んでしまう。完全に腰が抜けていた。 

 

 「っ……!? なんで私は!」

 

 気づけば小鈴の瞳からは涙があふれていた。

 恐怖によってだけではない、そこから満足に逃げ出すことすらできない自分がただただ不甲斐なくて、

 

 「お願いだから動いてよ!」

 

 半ば癇癪を起したように思い通りにならない足を小鈴は痛めつける。強くひっかいたふくらはぎからは血が滲みでていた。しかし、それでも小鈴は立ちあがることができなかった。 どうしようもない絶望感が小鈴の内を満たす。そして、畳みかけるように――

 

 「――こんなところに人間がいるとはな」

 

 小鈴の背後でしゃがれた声が響く。

 

 「っひ!」

 

 咄嗟に振り返った小鈴は、それの姿を認めて後悔する。

 

 刀と脇差を帯刀して、黒い漆塗の甲冑を着こんだ武者姿の骸骨がそこに立っていた。本来目があるはずのところは窪んでいて、一切光を通さない闇だけがある。

その闇に心を飲みこまれてしまったかのように、小鈴の思考が、感情が一瞬だけ無色な虚ろとなって――どさりと、意識を手放した小鈴の体が地に伏せる。

 

 「……気絶したか。哀れな、しかし、見逃すわけにもいかまい」

 

 骸骨がそう独りごちていると、ぼんやりとした、黒や紫の火の玉があつまり出し、あっという間に小鈴を取り囲んだ。

 火の玉が揺らめきはじめ、徐々に人の形をとる。骸骨とは異なって、それらには足が無く、輪郭もひどくぼんやりとしていた。人にも妖怪にも疎まれる邪悪な霊、怨霊である。

 

 「お、なんだ、やっぱり人がいやがったか」

 「小娘じゃねえか。いや、そっちの方が都合がいいか?」

 

 小鈴をじろじろと値踏みして、怨霊たちは口々に言う。

 

 「子供の方が油断を誘いやすくていいだろう。で、誰がとり憑くんだ? やっぱ、旦那か?」

 

 「俺は良い。腹芸は不得意だ。それに、とり憑くなら強者が良い。これはお前らにくれてやる」

 

 骸骨は興味なさげにそう言って、さっさとその場を立ち去ろうと背を向ける。

 そのとき――一筋の風が吹いた。

 辺りを覆う黒い霧が本のつかの間だけ晴らされる。

 

 「っ!? 何だお前は!」

 

 「いつの間に!!」

 

 背後が俄かに騒がしくなる。

 骸骨が振り返ると、そこには少年が立っていた。

 白い装束を身に纏い、一振りの刀を携えた女子の様な顔立ちの少年が、倒れた小鈴を抱えている。

 少年のぞっとするほどの美貌を際立たせる、青玉の瞳が周囲の人外を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つくづく面倒なことになったと、創一は心の中で毒づく。

 そろそろ本の返却をしに鈴奈庵に行く途中のことだった。

屋敷から足を踏み出した途端、少し離れた方向から黒い霧が迫っているのが見えたのだ。

 

 これが異変なのだろうかと、武装して辺りを散策していたところ、怨霊共に取り囲まれている小鈴を発見して、今に至る。

 

 「この黒い霧はお前らの仕業か?」

 

 怨霊たちの一足一挙動に注視しながら、創一は尋ねる。

 

 「それを答える義理は無い」

 

 憮然とした態度で、骸骨が応答した。

 周りの怨霊とは違って、姿かたちがハッキリとしている。霊の中でも格が高い、亡霊に属する怨霊なのだろうと、創一はあたりをつける。

 

 「まぁ、そうだがな。しかし、今の受け答えで少なくともお前らが関係者であることは分かった。さてはお前、腹芸できないタイプだな」

 

 創一の指摘を受け、骸骨は不快そうに、舌なんてないのに舌打ちを響かせた。

 

 「まぁ、俺は異変にはさほど興味ない。此処でひいてくれるなら見逃す」

 

 その言葉に反発して、他の怨霊たちが騒ぎ出す。

 

 「あぁ、何を言ってやがんだ人間風情が」

 

 「そうだ、お前は見逃してもらうために無様に命乞いする側だろうが! まぁ、逃がさないけどな!」

 

 侮られていると憤った怨霊の一人が、こらえきれなくなって創一に掴みかかる。

 

 「お前の体も奪ってやるよ!」

 

 迫りくる怨霊の魔の手を前に、創一は身構えることもなく、ため息を一つ吐いて、

 

 「――なるほど、それがお前らの答えか」

 

 呆れた様子で、創一が冷たい声で言い放つ。

 

 ――怨霊の首が飛んだのは殆ど同時だった。

 

 転がり落ちた首が、質量を感じさせない様子で地面に落ちる。

 

 「「「――!?」」」

 

 その様子を眺めていた一同に衝撃が走った。

 しかし、一番その状況に困惑しているのは他ならない首を斬られた怨霊だ。

 

 先程まで構えてすらいなかったはずの少年の手には刀が握られていて、気づけば自分の首が飛んでいる。それが頭で理解できたときにはもう遅かった。

 

 「お前何も――」

 

 首だけになった怨霊にそれ以上言葉を続けることはできない。

 もとより霊体である体は、血を流すことはなく、あっという間に、何の痕跡も残らずに怨霊の首と離れた胴体が霧に溶け込むように霧散する。

 

 「忠告はした。大体少女にとりつこうとしていた時点で黒だ。もう容赦はしない。命乞いも聞かない。そして――逃がさない」

 

 およそ温度を感じさせない、底冷えした瞳が怨霊たちを睥睨した。

 

 「「「――ッ‼」」」

 

 怨霊たちが息を呑む。

 既に、彼らは理解していた。

 目の前に佇む少年がおよそ人間の尺度で計ってはならない、常識の外にある存在であることを。

 

 「まさか、博麗の巫女以外にもこんな強者が人間側に居たとはな……」

 

 怖気づく怨霊たちを尻目に、鎧武者の骸骨だけが感嘆の声を漏らし、一歩前へと踏み出した。

 

 「ぜひ手合わせ願いたい」

 

 鞘から刀を引き抜いて、骸骨が構える。

 流麗な動きだった。

 長年の鍛錬によって裏打ちされているものだ。

 

 創一は無言のまま、抱えた小鈴の体を自分の影に重なるように寝かせる。

 その瞬間、影が水のように変化し、小鈴の体が沈んでいく。

 

 「ほぉ、妙な術を使う。だが、これで戦いに邪魔な重荷は無くなったわけだな……」

 

 楽し気に骸骨が言った。

 創一は懐から取り出した白い狐の面を身に着けると、刀を構える。

 

 「よし、お前たち。手出しは無用だ」

 

 そう怨霊たちに釘を刺して、骸骨は吠えるような掛け声とともに駆け出し、太刀を振るう。

 

 「うおおおおおおおおおお!!」

 

 上段からの斬り降ろしが創一を襲った。

 風を切る銀閃を刀で受け流す。

 続けて振るわれるのは逆袈裟の切り上げ。

 それを創一は後ろに引いて回避する。

 

 息が切れることのなくなった体を十全に使い、骸骨は己が剣術を遺憾なく発揮した。

 しかし、それは一つとして創一を捉えることはない。

 

 風に流れる羽毛の如き軽い足捌きで、創一は汗一つかくことなく、涼し気な顔のまま、振るわれる剣戟の奔流を搔い潜る。

 

 まるで舞を舞っているかのような、華麗な動きに、思わず骸骨が歓喜の声を挙げた。

 

 「ふふ、ははははは! 素晴らしいぞ少年!! 名乗りがまだだった。よく聞け、我が名は平――」

 

 言い終わる前に、骸骨の右腕が小手ごと斬りとばされる。

 

 「――は?」

 

 宙に飛んだ右腕が落ちる前に、続く斬撃が左腕を斬り落とした。そのまま、創一は身体を半歩引き、勢いをつけて突きを放つ。 

 

 音すら置き去りにしかねない突きは寸分たがわず、兜と鎧の隙間、頭と体を繋ぐ頸椎を穿って砕く。

 

 「がっ……!?」

 

 「――斬り合いに中に名乗るなよ」

 

 苦悶の声を上げる骸骨の頭部を創一は無造作につかみ、背後に控える怨霊の一人に力の限り投擲する。

 

 身体能力を強化する術によって引き上げられた創一の膂力は並の妖怪をはるかに凌駕している。

 発射された兜付きのしゃれこうべは弾丸のような速度で、怨霊の頭蓋を打ち砕いた。

 息をつく間もなく、残りの怨霊たちへと創一は接近する。

 

 「っちょ! 待――」

 

 「俺が悪か――」

 

 何か言いかける怨霊たちを創一は躊躇なく斬り殺し、残った最後の怨霊だけを、殺さずに霊符を使って拘束する。

 

 「――さて、知ってることを話せ。ちなみに、変に虚勢は張らないことをお勧めする。言い淀むようなら容赦はしない」

 

 美しいはずの声が、冥土の様な冷たさと恐ろしさを伴って問いかける。

 仮面によって創一の表情を伺うことはできない。

 しかし、その方がかえって良かったと、此方を覗く瞳の持つ異様な雰囲気から、怨霊はそう考えた。

 

 「知ってることっていっても……俺は末端だ。詳しくは知らない」

 

 「お前が下っ端なことくらい見ればわかる。三下でも知らされてることを教えろと言っているんだ。話せば殺しはしない。怨霊はあまり殺さない方が良いからな。輪廻から外れて彷徨い続けるのがお前たちへの罰なのだから……」

 

 怨霊というものは犯した罪や恨みによってなる霊であり、輪廻転生からつまはじきにされたものである。

 

 再び生を得る機会を失った彼らは苦悶しながら彷徨い続けなければならない。彼らが怨霊という形から解放されるのは、己の罪を業を自覚した時だけ。

 

 怨霊を殺すというのは、罪への罰を途中で投げ出させる行為でもあり、あまり度が過ぎれば地獄の者に目をつけられることになる。故に、創一も無暗に怨霊を退治するのは避けたかった。

 

 死神や獄卒を敵に回すことがどれほど面倒なことかは言うまでもないのだ。

 一切の怯みを見せない創一の様子に、観念したのか怨霊はうなだれつつも、ぽつりぽつりと話し始める。

 

 「……俺たちは地底の旧地獄に封印されてきた怨霊たちだ」

 

 「旧地獄か……しかし、お前ら怨霊が地上に出られない様に管理している奴がいるだろう?」

 

 幻想郷縁起には地底世界についても書かれていた。それによれば地霊殿という屋敷の主が怨霊を含め、地底世界のほとんどを取りまとめているらしい。

 

 「あぁ、いるさ。忌々しい覚妖怪、古明地さとりとその配下の妖獣連中だ。あいつがいると俺たちは思うように動けなかった。けど、今は違う」

 

 そう言って、怨霊は不敵な笑みを浮かべる。

 

 「なぜだ?」

 

 「俺たち怨霊だけではどうにもならなかったが、強力な同盟相手が出来たからだ。なんでも、俺ら怨霊のリーダーが今の幻想郷に否定的な、名のある鬼が率いる一派と手を組んだらしい。分かるか? 鬼だ、お前はかなり腕が立つようだが――」

 

 「――虚勢をみせるなといっただろう」

 

 鋭くなった眼光が怨霊に向けられる。

 

 「今、この場でお前の生殺与奪の権を握っているのは俺だ。お前が理解するのはそれだけでいい。早く続けろ」

 

 「……地底で黒い霧をまきちらすと同時に、その鬼が率いる一派が決起して地霊殿に攻め込んだ。秩序を維持しようと止める鬼や妖怪たちもいたが、俺たち怨霊は連中に強く出れる」

 

 なるほどと、創一は心の中で納得する。妖怪というのは妖獣等を除くと、たいていが精神に重きをおいた存在である。だからこそ、物理攻撃に強い反面、精神攻撃に弱い。そして、怨霊というのはとり憑いて精神を乱す。

 

 怨霊は妖怪にとって天敵足り得る厄介な存在であり、そんな連中と腕っぷし自慢の妖怪たちが手を結べば、止められるものはそういないだろう。

 

 「じゃあ、そのさとりってのは既に殺されたのか」

 

 「俺らは霧とともに地上に出て暴れろと命じられている。地底の襲撃組とは別だ。でもまぁ、たぶん死んでると思うぜ」

 

 「で? お前らのリーダーと名のある鬼ってのは誰のことだ?」

 

 「鬼の名前は鬼道丸・拘魔、俺らのリーダーは滝夜叉姫様だ。」

 

 「……なるほど、じゃあこの黒い霧は滝夜叉姫がやったのか?」

 

 「そうだと思っていたが……」

 

 怨霊の答えはいまいち煮え切らないものだった。

 まぁ、下っ端の持つ情報なんてそんなものだろう。とはいえ、この黒い霧がかなり高度な呪術や魔術の類であるのは見てわかる。下手人が他にいるとすればかなり面倒なことになるだろう。

 

 そこまで考えて、思わず創一は大きくため息を吐く。何を勘違いしたのか、怨霊が其れを見て矢継ぎ早にまくし立てはじめた。

 

 「この黒い霧を作り出したが誰かは知らないが、これがどういうものかは俺らにも教えられたんだ! この霧は俺たち怨霊の力を底上げしてくれる。あと瘴気を含んでいて人間の体や精神に悪影響を与えるんだ。あんた見たいな術に精通している人間は耐性があるから平気だがな。弱った人間に俺たちがとりついて人里で暴れようって魂胆だったんだ。 どうだ? 訳にたつ情報だろ?」

 

 媚びるような笑みを受かべて、怨霊がこちらを見つめる。

 怨霊の持つ恐怖の感情の色合いが高まったのを創一の目が捉える。

 

 どうやら、見切りをつけられて殺される、そう考えて怯えているらしかった。失礼な話だ。自分はそんなに約束を破る外道のように思われているのだろうか。流石にそこまで墜ちていない。

 

 「心配しなくても殺しはしない。約束は守る性分だからな。ついこの間までは神徒をやっていた位だ。分かるか? 神徒、神様の使いだ。その辺は最低限わきまえている」

 

 最も、本当に最低限しか弁えている覚えはないのだが。

 

 「じゃあ、俺を殺さないんだな? 逃がしてくれるんだな?」

 

 安堵したような表情を浮かべるながら、怨霊はそう念押しをする。――どうやらこいつは何かを勘違いしてるらしかった。

 

 「見逃す……? なぜ?」

 

 創一の疑問に怨霊が顔色を変える。

 

 「は? なぜってお前……情報を話せば見逃してくれる約束だったろうが! 話が違うぞ!!」

 

 激昂した怨霊が吠え掛かってくるが、そんな態度を取られる謂れは創一にはない。当たり前だろう、約束を破ってなどいないのだから。

 

 「殺さないとはいったが、見逃すなんて言ってないぞ。最初に言っただろう。誰も逃がさないと。お前は封印させてもらう。どうせ逃がしたら悪さするだろう? お前が反省なんて一つもしていないのはお見通しだからな」

 

 「っ……!?」

 

 口を開けたまま驚愕に固まる怨霊を尻目に、創一は封印の準備を淡々と進めていく。懐から数枚の霊符と小瓶が取り出された。 

 

 「俺は封印の類は苦手なんだがな、お前くらいなら問題ない。それじゃあ、情報提供に感謝する」

 

 「ま、待ってくれ! 他にも情報が――」

 

 「大したものじゃないだろ。俺には下手なはったりは通用しない。じゃあな」

 

 そう言って、創一は小さく呪文を唱えながら霊符を怨霊に向かって放つ。

 霊符が怨霊の体に張り付き、まばゆい閃光が辺りを包んだ。

 その瞬間、創一は素早く小瓶の蓋を開け、その口を光の中心へと向けると、光が小瓶の中へと吸い込まれていく。

 光を全て吸いきった後、創一は小瓶の蓋を閉めると、蓋の上から札を張り付ける。

 

 「封印完了。これでひとまず一件落着と言いたいとこだが……」

 

 どうやらそうもいかないらしかった。

 深いためいきとともに、創一は億劫そうにゆっくりと振り返る。

 

 「一体さっきから何のつもりなんだお前は? それで隠れているつもりか?」

 

 少し離れた位置にある太い木の幹、そこから少しだけ顔をのぞかせて、少女がこちらを見つめていた。

 

 「え、あれ? もしかして私のこと見えてるの?」

 

 心底驚いたような表情で、少女は良く分からない質問をする。

 

 「そこにいるんだから見えるに決まっているだろう。大体お前普通に実体化している妖怪だろう?」

 

 霊や神の類は見鬼の才が無ければ見えないなんてこともあるが、実体を持った妖怪が見えないなんてことは無い。概念的な、本来の意味の妖怪であれば話は変わるが。

 

 「ふーん、そうか、そうなんだ。やっぱりあなたただものじゃないのね。随分戦いなれてるようだけど……異変解決に赴いたりしたことはなかったの?」

 

 「無いな。つい最近外から越してきたばかりだ」

 

 「そう、外来人なのね。あなた、名前は?」

 

 「得体のしれない奴になぜ名乗らなければならない? それも、未だに攻撃の手をやめようとしないお前に……」

 

 「攻撃? 私はそんなこと……あぁ! そういうことね‼」

 

 納得したと言わんばかりに、少女が手をうつ。

 なんとなく、その動作のわざとらしさが気にかかった。

 

 「ごめんなさい。悪気はなかったの。ただ、無意識の内に、ね……」

 

 悪気がないという言葉に嘘はないのだろう。少女からは敵意や悪意の色は一切見えない。ただ、少女の内に見える感情は異様だった。

 

 「無意識か……」

 

 創一の脳裏に幻想郷縁起の内容が浮かぶ。幻想郷起には地理や歴史のことだけではなく、これまでの異変に絡んだ妖怪たちについても記載されていた。

 

 その中でとりわけ創一が目を引いた存在が三人。一人は感情を操るとされる面霊気、もう一人は心を見る覚、最後がその覚妖怪の片割れ、そいつは無意識を操る能力をもつという。

 極めつけは先ほどから感じる精神に干渉しようとする力。 となれば、目の前にいるこの少女は、

 

 「まさか、お前が古明地こいしか?」

 

 「ぴんぽーん、大当たりー。って、なんで私の名前を知ってるの? ストーカーってやつ?」

 

 「失礼だな。幻想郷縁起に乗っていた妖怪と、お前の特徴が類似するんだよ」

 

 「あぁ、そっか。そういえば取材受けたんだった。というか、あなた本当に何者なの? 私が見えることもそうだけど、口ぶりからして無意識への干渉を知覚しているってことでしょ。無意識は意識できないから無意識なのに、変なの」

 

 そう言ってこいしが妙なものを見る目を向ける。

 

 「そう言われてもな、知覚できるのだから仕方ないだろう。それに、精神干渉というのは同系統の能力者には効きにくいものだ」

 

 「同系統? あなたの能力って一体……?」

 

 「そんなこと今はいいだろう。目的があるならとっとと話せ。ただの野次馬根性でずっとのぞき見していたわけではないんだろう?」

 

 あったばかりの得体のしれない妖怪に、自分の能力を明かす気なんてさらさらなかった。最も、これ以上能力に頼るようなことはしたくないのだが。

 

 こいしはしばらく腕を組み、首を傾けてうなりながら考え込む。

 やはり、動作のひとつひとつから嘘くさい、演技じみたようなものを感じる。いや、実際演技なのだろう。

 

 考え込むそぶりを見せてこそいるが既に答えは決まっていて、今この時間は無駄極まりないものだ。しかし、指摘はしない。自分も同じ穴の貉なのだから。

 

 「――うん、決めた!」

 

 今ちょうど名案が浮かんだというように、明るい顔と元気のよい声でこいしがそう言い放つ。

 そして、その何も映していないような、空虚さを漂わせる緑の瞳が創一へ向けられる。

 

 「あなた、私の愛玩動物(ペット)になってくれない?」

 

 とびきりの笑顔で放たれたその言葉に、

 

 「――は?」

 

 さしもの創一も、その仮面の奥で目を丸くするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 滝夜叉姫って絶対怨霊化してるだろって思って書きました。平将門も考えましたが、そっちは明確に神格化しているのでちょっと違うかなって。 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。