マチカネタンホイザみたいな普段おとなしい子がキレると、どうなるのか。

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マチカネタンホイザ「トレーナーさんが攫われた?」

URAファイナルを優勝し、今後の身の振り方を考える時期にきているマチカネタンホイザ。

今日はそういう進路の話をしにトレーナー室に向かっているのだ。

 

トレーナーさんと二人で駆け抜けたこの3年。

それは私の中にある恋心を自覚するのに十分な時間で、自分でもどうしようもないほど、それは大きく育っている。

でも、私はまだ学生。

距離感の詰め方を謝れば、大人である彼は身を引いてしまうだろう。私を守るために。

 

だから私は今日もトレーナー室で、自分だけに許された距離感を守って、二人だけの時間を満喫するのだ。

 

「ばばーん!きたよー、トレーナーさん!」

コンコンガチャ

ノックなど、もはや意味がない速さで扉を開ける。

 

「…あれっ?」

しかし愛する人の姿はそこには無く、視界に入るのは誰もいない部屋と、彼の散らかったデスクだけ。

 

何かが、おかしい。

そんなことを直感的に感じた。

 

「2…いや、3人の男…?知らない臭いだ…」

 

トレーナーさんの匂いしかしないはずの空間で、知らない男の臭いを感じ取った。

二人だけの空間を汚されたことに怒りを覚える。

しかし、同時に嫌な予感がした。

 

そしてそれは的中することとなる。

 

ウマ娘の嗅覚は非常に敏感で、臭いを辿ることで警察犬顔負けの追跡ができる。

当然個人差はあるが、自分はニオイに敏感な方だという自負があった。

 

「ここで…一度止まってる??」

ニオイが、体育館の裏手、人気のない場所で一度滞留した痕跡がある。

キョロキョロと辺りを見回し、それを見た私は全身から嫌な汗が吹き出るのを感じた。

 

「これ…血だ…」

地面に生えた草の上、そこには真新しい血痕があった。

致命傷の出血ではないが、鼻血の量にしては多い。

もしもこれがトレーナーさんの血だったら…?

さすがに血のニオイで個人は特定できない。

 

「でも、ここで止まってまた動いてる。あっちだ…」

ニオイはまたそこから動いていた。

急ぎながら確実に辿っていく。

校門を出たあたりでガソリンの臭いが交じったことから、車に乗ったのだろうが、それでも微かにトレーナーさんと複数の男の臭いがある。

それを頼りにひたすら駆ける。

 

「トレーナーさん、お願い無事でいて…!」

10分くらいだろうか。

走り続けたどり着いたのは町外れの廃倉庫だった。

全体的に錆びており、使われているはずのない場所に黒い車が一台停められている。

黒塗りのセダンなどではなく、軽自動車だった。

 

念の為足音を消して入口に近づく。

扉に耳をピトッと当てると、中の会話が聞こえてきた。

 

 

ー僕が何をしたっていうんだ!

トレーナーさんの声だ。

聞こえるだけで嬉しくなる。

 

ーてめぇが、マチカネタンホイザの担当だなんて納得いかねぇんだよ。

ー俺ら差し置いてURA優勝とはねぇ、やってくれるじゃねぇか。

ー年功序列って知ってるか?

 

あぁ…

そういうことか。

 

わかった。

わかってしまった。

恐れていたことが現実になったんだと。

それも酷い形で。

 

私のトレーナーさんはいわゆる新人だった。

 

そんな新人が育てたウマ娘が、URAファイナルを優勝したもんだから、トレセン学園に何人かいる「ベテランでありながら、結果を出せていないトレーナー」にやっかまれたのだ。

 

ウマ娘に直接手を出しても力では敵わないから、トレーナーさんを拉致した。

 

そこまでわかったところで、私は叫びたくなる心を堪えながら、心から信頼している一人の友人。

ナイスネイチャに一つのメッセージを送った。

(トレーナーさんを助けてくる、何かあったらお願い)

残された理性でGPS情報を添付すると、静かに扉を開き、中に入った。

 

そこにいたのはー

 

ボロボロのパイプ椅子に縛り付けられ、ところどころ切り傷を負っているトレーナーさん。

腕からはまだ血が滴っている。

それを取り囲むようにして立つ男たち。

 

それを目にした瞬間、私の理性は吹き飛んだ。

 

脚が考えるよりも先に動き、弾けるように男たちの一人目掛けて駆け出す。

 

「私のトレーナーさんに何してる!!」

 

ドゴォッ

男たちが振り向くよりも速く、勢いに乗せて一人目を蹴り飛ばす。

脚に骨が砕ける感触が伝わったが関係ない。

 

マチカネタンホイザ…ッ!!

 

お前なんかに名前を呼ばれたくない。

蹴り飛ばした衝撃を遠心力に変えて、隣に立つ男に回し蹴りをお見舞いする。

ヒュンッと風を切る音が聞こえると同時に“防ごうと顔の前に構えた男の腕”がグシャリとひしゃげた。

 

ギェェァァァ!!!

声にならない叫びを上げて男がのたうち回る。

 

ヒ、ヒィィィィィ!!

振り返ると3人目が怯えながら私に向けてナイフを向けていた。

その鋭利な刃先には“新しい血”が付いている。

 

「それでトレーナーさんを刺したの?」

 

努めて静かに問いかける。

 

「ヒィッ!」

「ヒイッじゃないんだよ〜。それで刺したのかって聞いてるの。答えて?」

「こ、こ、この野郎!担当バ呼びやがったなァ!」

そう言って男はトレーナーさんを見る。

 

「呼ばれてなんてないよ」

「へっ?じゃぁ、なんでここが!」

「そんなこともわからないなんて、本当にトレーナーなの?」

ウマ娘の嗅覚をなめないでほしい。

 

「んんん!」

トレーナーさんの声に振り向く。

布を口に噛ませ、猿轡にされており喋ることができないようだ。それでも私に向かって必死に声をかけようとしてくれている。

 

「トレーナーさん大丈夫!?」

私はトレーナーさんに駆け寄って、彼の猿轡を外す。

「ぷはっ…タンホイザ!」

 

そうだ。私を呼ぶその声が聞きたかったんだ。

「はい!あなたのマチカネタンホイザですっ!」

だから私は、

もう大丈夫、心配しなくていいよ。

そんな気持ちをこめて応える。

 

「タンホイザ後ろ!!」

 

「しねぇぇぇ!!」

そうだった。どうでも良すぎて存在を忘れていた。

3人目が、私を後ろから刺そうとナイフを振りかぶっている。

でも大丈夫だよトレーナーさん。

知ってるでしょ?私はこんなやつより速く動ける。

 

振り向きざまに右手でナイフを叩き落とし、そのまま左ストレートを腹部に打ち込む。

アビェッなんて言いながら、男は吹っ飛んでいった。

 

その直後、勢いよく入口の扉が開かれ、

「マチタン!!」

親友が、たづなさんを連れて来てくれた。

 

私がトレーナーさんを縛り付けているロープを解くのを諦めて、椅子を壊し始めていた時、トレーナーさんが静かに口を開いた。

「ごめんなタンホイザ…」

「なんで謝るんですか…トレーナーさんは何も悪いことしてないのに…」

そうだ。勝手に妬んだ人間がこの人を身勝手に傷つけたんだ。

 

「いや、君に辛いことをさせてしまった。」

あぁ、この人は本当に優しい。

たづなさんが止血してくれたとはいえ、あなたはナイフで刺されたんですよ?

場所が悪ければ死んでたっておかしくなかった。

なのに、ここにきてまだ私の心配ですか。

 

「大丈夫ですよ〜、死なないようには加減できたと思います。たぶん、きっと、おそらく。」

「3人ともびくんびくん痙攣してるけどな」

 

たづなさんとネイチャが一応、3人の様子を確認している。

それを見る限り命に別条はないだろう。

骨の何本かは砕けているだろうが、当然の報いだ。

いや、むしろ軽すぎるくらいだ。

 

「でも、助けてくれてありがとう。タンホイザが来てくれて良かった。」

「トレーナーさんが…生きててくれてよかったです…」

そう言って抱きつく。

存在を全身で感じるために。

どうしようも流れる涙と鼻水が、トレーナーさんのシャツを汚しているが、今だけは許してほしい。

そんなぐちゃぐちゃな私の頭を、彼は優しく撫でてもう一度耳元で呟いた。

「ありがとう」

 

 

その後、先輩トレーナー3人を縛り上げ、トレセン学園の社用車で連れ帰る。

理事長室に通された3人は

「解雇ッ!二度とウマ娘たちにかかわらないでほしいッ!」

と即時解雇処分を言い渡された。

しかし学園側からの解雇ではなく、形式上は自主退職である。

 

というのも私のトレーナーさんは、警察沙汰にするとウマ娘が一般人にその力を使ったことも取り上げられ、私マチカネタンホイザの評判にも影響が出ることを懸念し、「先輩トレーナー3人ともが自主退職することで、今回の件についてはそれ以上何も言わない」という条件を提示し、3人ともがそれを承諾したのである。

 

ここでも自分の身体が傷つけられたことは、ひとつも引き合いに出さなかった。

何針も縫うような大怪我で、今も痛むはずなのに。

 

そうやって彼の優しさに触れるたび、胸が苦しくなる。

日増しに強くなっていく自分の想いの強さを自覚した私は一つの結論にたどり着いた。

 

「いま…なんて?」

「はいっ、トレーナーさんと私はこれから共同生活をしますっ!」

そう。同棲することで、私が常に側にいるのだ。

 

「いやいやいや、いくらなんでも学生と同棲はまずいって!学園側も許可するわけ…」

「あ。既に理事長から許可済みですのでご心配なく〜。

御意ッ!君がそばにいるなら安心だなッ!って言われましたよ〜」

「そ、そんな…」

「トレーナーさんは私と同棲するの、嫌ですか?」

本当に嫌だというなら、これ以上は踏み込まない。

でも、本当に心配なのだ。

 

「嫌ってわけじゃないが…ほら、一応男女だし、トレーナーとウマ娘だしねぇ」

「私はトレーナーさんになら何されてもいいですよ?」

ブフッとトレーナーさんが吹き出す。

「そういうこと言わないの!」

「トレーナーさんが心配なんです。またあんなことがあったら私は生きていけません。側に、いさせてくれませんか?」

本心だ。この人がもし死んでしまったら、私は生きていけない。

それくらいにもう、あなたは私の一部なのだ。

 

「わかった…。今回は実際助かったしな…よろしく頼む」

「はーい!じゃ、これからもよろしくね〜トレーナーさんっ」

「あぁ、こちらこそ。」

本当に頼りになる、自慢の愛バだよ。

なんて言いながら頭をポンポンと撫でてくれる。

 

今はまだ、あなたから見て子どもな私だけど、私を見つけて導いてくれたあなたのことを守っていきたい。

そしていつか、来るべき時が来たらちゃんと伝えるよ。

私がどれだけあなたを愛しているかを!

 

この恋はきっと上手く行きそうな気がするっ!

 

「それじゃあ、新生活に向けて〜えい、えい、むんっ!」




マチカネタンホイザみたいな子が、怒らせると怖いんですよ。


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