少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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 マンハッタンカフェ2人来ました。


第8話

 「・・・・・・アレだな。本当に容赦が無いな。お前は」

 

 「いいじゃん、大切に使うからさ」

 

 椅子の横に紙袋ふたつ。

 そこには服や化粧品など、女性の財布の痛め所がみっちりと収まっている。

 外見には無頓着そうだから安く済むかなとトレーナーは考えていたのだが、用品店から百貨店に移動し、到着した直後にシンザンは化粧品売り場に直行。

 「どうして・・・・・・」と呆然とするトレーナーの前で彼女は実に楽しそうに化粧品売り場と洋服のコーナーを練り歩き、あれもこれもとホクホク顔で商品を手に取っていった。

 ともあれ買い物がひと段落ついたので、今は百貨店内の食堂で昼食を取っている所である。

 

 「けどトレーナーさん、これだけ買い込んでもやめろって言わない辺りかなり()()()()よね。どうでしょう旦那、次は貴金属店でも」

 

 「どうでしょうじゃない揉み手をするな」

 

 「流石に冗談だよ。けど、ちょっと気になってはいるけどね・・・・・・この人、本当にあたしに尽くすなあ、って」

 

 じいっ、とトレーナーを見つめるシンザン。

 彼女が言っているのは普段の彼の様子であり、つい先刻のショッピングの話でもある。

 シンザンが買ってもらったのはトレーナーが選んだ蹄鉄と、やはり耐久性重視のシューズだ。

 しかし彼はその他にもレース用のアルミ製のものや訓練用に重量を増加させた鉛製の特殊蹄鉄、膝を保護するサポーターなどを複数買い込んでいる。

 全てシンザンの為のものだ。彼が個人的に利用するものは1つもない。

 カツ丼をかつかつと掻き込みながらトレーナーは何でもないように言った。

 

 「他と比べてどうなのかは知らないけど、トレーナーっていうのは大体そういうものだろう。ウマ娘のコンディションや足回りの管理も仕事の内だ」

 

 「あん? 休日のお出かけに仕事を持ち込んでんじゃないよ。くらえこの野郎」

 

 「尻尾を入れるな!!」

 

 食べかけのカツ丼にエビフライの残骸を箸で投げ込まれそうになったトレーナーが慌ててどんぶりを死守した。

 周囲の視線を集めつつわちゃわちゃしながら2人は昼食を終え、行き当たりばったりのお出かけの次の予定を話し合う。

 

 「で、ここから先は完全に無計画なんだが。遊びに行くならどこがいい?」

 

 「浅草がいいねえ。おいしい露店がいっぱい並んでるそうじゃないか」

 

 「いいけどまだ食べるのか? 実のところ体重の管理もトレーナーの役目だったりするんだが・・・・・・」

 

 「当たり前だね。この程度の量でウマ娘が満足できるとでも思ってんのかい。そんでその後はそうだね、映画でも見に行こうよ」

 

 「門限ギリギリまで人の財布で遊ぶ気だなキサマ」

 

 「もちろん」

 

 悪びれる様子は全く無い。

 頬杖をついてにたりと笑い、純度100パーセントの確信を持って自分の正しさを口にする。

 

 「あたしはね。それだけやっていい価値のあるオンナだよ」

 

 己の価値を疑わない自信。

 相手もその価値に相応しく動くだろうという傲慢。

 思い返せば自分は初対面からでも垣間見えた彼女のこういう自意識に惹きつけられたのかもしれないなと考えつつ、トレーナーは今月は少し慎ましく生活することを決めるのだった。

 

 

     ◆

 

 

 「ホリーはさ。幸せになれるチャンスは何度かあったんだよね」

 

 夜に光る街灯、学園へと帰る車の中。

 助手席に座るシンザンは中空に記憶の映像を再上映させながら、考え込むように映画の感想を口にしていた。

 

 「元旦那が迎えに来た時と、念願叶って富豪と結婚するところまで漕ぎ着けた時。

 だけど2回とも自分の行いでダメになった。夢を掴もうとする手で自分の首を絞めちまったんだね」

 

 「『君はもう自分で作った檻の中に入っている』ってポールの言葉が全てだったな。彼のプロポーズを『檻に入れられるのは嫌』と言って断ったホリーの言う『檻』が何なのかは考える余地は大いにある」

 

 「そりゃ『不自由』じゃないかい? 終始玉の輿に乗りたくて頑張ってたんだから、売れない作家の妻なんて遊べない身分は嫌だろうよ」

 

 「俺もそう思うんだが、ポールとホリーとで『不自由』の意味が違うんだろうな。

 金で兄を呼び戻してメキシコで暮らすのが夢という割に、兄がもうすぐ除隊するからまた一緒に暮らそうと迎えに来た元旦那を拒んだ。

 狙ってた富豪の結婚を知ればさっさと相手を切り替えるドライな性格かと思えば、別の富豪のホセとの結婚に向けて勉強してる時は幸せそうだった。

 ホリーの言う『檻』はシンザンの言う不自由の意味で合ってると思うけど、ポールは彼女のそういう気質を『檻』と表現したのかも知れない」

 

 「・・・・・・そういやホリー、元旦那が乗ったバスを見送る時も泣きそうになってたね。

 考えてみればどっちつかずというか場当たり的というか、その場その場の気分で動いて後から後悔してる感じというか。

 束縛とは無縁の自由な女に見えたけど、確かに立ち位置はずっと変えられないままだった。ずっと同じ場所をウロウロしてるだけで」

 

 「そんな自分をずっと変わらず愛してくれたポールはホリーにとって救いだっただろうな。『静かな気分になれる場所で暮らす』って夢はすぐ隣にあったと考えるとロマンチックじゃないか」

 

 「そうだねえ。・・・・・・トレーナーさん、何だかんだであたしより楽しんでないかい?」

 

 「・・・・・・まあ、映画とかあまり見る事もなくて・・・・・・」

 

 顔を覗き込んでくるシンザンから気恥ずかしそうに顔を背けるトレーナー。

 彼は二の腕をつついてくるシンザンの肘を払い、咳払いをして誤魔化すように彼女に聞く。

 

 「俺はともかくとしてだ。お前はどうだ。リフレッシュにはなったか?」

 

 「ん、合格。楽しかった。トレーニング頑張ったらまた連れて来てよ」

 

 「ご褒美が安直過ぎたかなぁ・・・・・・」

 

 今度はもっと条件をキツくするぞ、と。

 助手席から飛んでくるブーイングを左から右へと受け流し、日の沈んだ街をクラウンが駆ける。

 休日はお終い。

 明日からはまた、2人で勝利に向けて訓練を続けるのだ。

 

 

 

 「・・・・・・危ない。門限ギリギリだ」

 

 「おかしいね、ちゃんと余裕みて帰ってたはずなのに。夜の街が新鮮であちこち遠回りさせたくらいじゃこうはならないよ」

 

 「原因はそれだよ間違いなく」

 

 最後までシンザンに振り回された休日だった。

 何だかんだで自分も楽しんではいたが、門限過ぎまで担当ウマ娘を学外に連れ出しているトレーナーは流石に問題になる。トレーナー寮に戻らず栗東寮の前に車をつけたトレーナーは、急いでトランクから荷物を引き摺り出してシンザンに持たせた。

 

 「はい。これで全部だな? 忘れ物をしたら渡すのは明日になるぞ」

 

 「えー、これあたしが持つの? トレーナーさんが持って上がってよ。男の人でしょ」

 

 「やかましい。厚かましさに拍車を掛けるな。お前の力で運んだ方が間違いなく早いし、だいいち学生宿舎はトレーナー立ち入り禁止だ」

 

 唇を尖らせるシンザンの頭にチョップを入れる。

 それじゃあまた明日、と別れを告げ、さて戻ったら事務仕事を少し片付けるかと車に乗り込もうとした時、パタパタと駆けてくる足音があった。

 そちらを振り返れば、宿舎の玄関口から駆け寄ってきていたのは黒鹿毛のウマ娘だった。

 

 「ハク寮長?」

 

 「ハクショウ。どうした」

 

 「シンザンのトレーナーさん? ちょうど良かった。実は学園に電話があって・・・・・・」

 

 そしてハクショウからの言伝(ことづて)を聞いたトレーナーは、車に乗り込んで再びエンジンを始動させる。

 向かう先は住処であるトレーナー寮ではない。

 シンザンを送り届けたその足で、トレーナーは再び夜の街へと車を転がしていった。

 

 

     ◆

 

 

 脱力した人間の身体は本当に重い。

 この役回りを受け持つ度にそれを実感する。

 「ほら、水は飲ませたから持って帰って」と気遣わしげな女将に代金を立て替え、カウンター席に突っ伏した男に肩を貸し、強引に引き上げるように立たせてヨタヨタと店の出入り口を潜る。

 温い熱を孕んだ夜風と体温が上昇している『荷物』という中々に不快指数が高い組み合わせにやや辟易しつつも入口前に停めた車に戻ろうとして、

 

 「ふへえ・・・・・・。流石に疲れたね・・・・・・」

 

 肩で息をしている担当ウマ娘を見付けた。

 流石に閉口するトレーナー。

 忘れ物か届け物か、少し考えてみても理由が思い当たらないので、彼は直接聞く事にした。

 

 「・・・・・・シンザン。何でここにいるんだ」

 

 「見ての通りだよ。追いかけてきたからさ」

 

 「方法の話じゃない。目的の話だ」

 

 「そんな顔して出て行った理由が知りたくてね。せっかく楽しい気分で1日が終わろうって時に、あんな湿気(しけ)た顔で消えられちゃ堪ったもんじゃない」

 

 言葉そのものに怒気はなく、少しだけ()()()が過ぎた子供を問い質すような硬く静かな声。

 しかし彼女にとっては余程承服し難いものだったのだろう。その答えを聞くために門限やその他を振り切ってここまで追いかけてきたのだから。

 ・・・・・・ただ、話す気はない。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 一緒に送るから乗れ、と質問には答えず促そうとした時、肩を貸していた男がふらふらと歩き出した。

 

 そして男は前にいたシンザンの両肩を掴み、自重を支えきれず崩れ落ちるように両膝をつく。

 彼女の鼻が自分の前で(くずお)れた男から感じたのは、強いアルコールの匂いだった。

 

 「ん、んん?」

 

 「済まない・・・・・・。本当に済まない・・・・・・」

 

 戸惑うシンザン。

 男が泥酔している事は容易に理解できるが、自分が謝罪を受けている理由が分からない。何故なら自分は、この男とは間違いなく初対面だからだ。

 それを見ていたトレーナーは溜め息を吐き、男をシンザンから剥がして再び肩を貸して立ち上がらせる。

 

 「・・・・・・違うぞ、よく見ろ。そいつはあの娘じゃない。送るから大人しく乗ってくれ」

 

 「うう・・・・・・」

 

 「ほら、シンザンも後ろに乗れ。門限も過ぎてるんだ、帰りも走るのは嫌だろ」

 

 「え。あ、うん・・・・・・?」

 

 泥酔した男を助手席に放り込み、シンザンも疑問が解消されないまま後部座席に乗り込んだ。

 問い質すタイミングを完全に逸し、次の機会も訪れないままクラウンは再び彼女らを運んでいく。

 意識が朦朧としている助手席の男は、蚊の鳴くような声で尚も謝り続けていた。

 

 そして学園に到着した時、シンザンは少しだけ目を丸くするようなものを見た。

 泥酔した男をどこに送り届けるのかと思いきやトレーナーは学園に直行。トレーナー寮の駐車場に車を停め、そのまま男を助手席から引き摺り出したのだ。

 

 「シンザン、悪いが宿舎へは歩いて帰ってくれ。少しこいつの世話をしなきゃならないからな」

 

 「あ、うん・・・・・・トレーナーなんだね。その人も」

 

 「ああ。俺の後輩だよ・・・・・・、っと」

 

 肩を貸して立ち上がらせようとしたトレーナーが手を滑らせ、男が地面に尻餅をつく。

 いや、トレーナーが手を滑らせたのではない。

 泥酔している男が、自分の意思でトレーナーの手を振り払ったのだ。

 

 「・・・・・・いいんです。放っといて下さい」

 

 「良くない。ほら立て」

 

 「おれはここにいていい奴じゃない」

 

 「馬鹿言うんじゃない。帰るぞ、もうすぐそこだから。シンザン、お前もさっさと帰りな」

 

 「え、でも大丈夫? あたしも手伝った方が」

 

 「いいから。ほら早く行け」

 

 「俺のせいだ。俺のせいなんだ」

 

 「ああもう、行くぞ。話なら聞くから─────」

 

 

 

 「だって!! 俺は勝たせられなかった!!!」

 

 

 

 男が吼えた。

 会話も成り立たない程に混濁し虚に呟くようだった彼の発した絶叫に、シンザンは思わず耳を手で倒して塞ぐ。回避したかった状況に陥ってしまったトレーナーは手で顔を覆っていた。

 

 「周りに劣らない才能があったはずなのに!!

 あの娘は誰よりも勝ぢだいと願っていだのに!!

 俺が潰じだ!! 俺があの娘の夢を潰じだッ!!!」

 

 「そんな事はない。お前は頑張ってたよ」

 

 「ぞんなの何の意味もないっ!!

 勝ぢに繋がらなぎゃドレーナーの意味がないっ!!

 俺はあの娘に何もでぎながっだんだ!!

 俺にもっど知識が!実力があればッッ!!

 俺の所為で!! 俺のせいで!!

 おれのせいでぇぇええエエエエッッッ!!!」

 

 ・・・・・・涙も涎も、鼻水も。

 顔から出せる液体すべてを滝のように垂れ流しながら泥酔した男は泣き叫ぶ。

 鬱屈とした全てを爆発させるような慟哭に、シンザンは全てを理解した。

 

 「トレーナーさん。この人が担当してた娘は」

 

 「お察しの通りだ。勝てないまま引退したんだよ」

 

 諦めたようにトレーナーは答えた。

 

 「あの店は前から何人も自棄(やけ)を起こした奴の相手をしてくれててな。知り合いがそうなる度に俺が迎えに行ってたら、いつの間にか俺が回収する係みたいになっちゃって」

 

 「ああ、それでトレーナーさんの所に伝言がいったんだね」

 

 僅かな沈黙。

 何かを言おうとして躊躇っている気配を感じて、シンザンはじっとトレーナーの行動を待つ。

 ────そうだな。もう見せちゃったしな、と。

 そして吐くような勢いで泣き続けている男の前で、トレーナーはぽつりと彼女に問いかけた。

 

 「シンザン。俺たちトレーナーがどんな時に死ぬか知ってるか?」

 

 「・・・・・・結果を残せなかった時?」

 

 「そこまで曖昧じゃないさ」

 

 「担当したウマ娘が勝てずに終わった時?」

 

 「正解はしてる。けどそれだけじゃない」

 

 「・・・・・・・・・そのウマ娘に、『お前のせいで勝てなかったんだ』って罵られた時」

 

 「正直それならまだマシだ」

 

 罵倒すらまだ良い方。

 そうなるともう考えつくものがない。

 何も答えが浮かばなくなったシンザンに、トレーナーはどこか遠い目をしてこう言った。

 

 

 「正解はな。勝たせられなかったウマ娘に、泣きながら『勝てなくてごめんなさい』って謝られた時だ」

 

 

 無言があった。

 空っぽの夜空に、男の号泣がただ響いている。

 

 「"トレーナーにとっては長いキャリアの一部だが、ウマ娘にとっては一生に一度"。

 そんなプレッシャーの差を皮肉る言葉があるけどな。俺たちトレーナーは、その『一生に一度』をいくつもいくつも背負っていくんだ。

 しんどいぞ、自分の通ってきた道が夢破れて泣く姿で満たされていくのは。

 良くて1勝・・・・・・まして未勝利、未出走のまま終わるウマ娘が大半を占めるこの世界じゃ尚更な」

 

 「・・・・・・・・・・・・、」

 

 「初めての奴も乗り越えた奴も、毎年何人かが()()()()辛さに耐えられなくなってトレーナーを辞める。

 何も思わないようにすればいいなんて言うトレーナーもいるが、敗北の先を考えない奴に担当ウマ娘は勝たせられない。

 だから、どうか迷惑に思ってやらないでくれ。

 形はどうあれこうして爆発させられる奴は、きっといいトレーナーに育つから」

 

 ほら、だからもう行くぞ、と。

 少し強引に男を担ぎ上げたトレーナーはそのまま宿舎へと歩いていく。

 その言葉はシンザンに対する説明というよりは、心が折れかけている男への激励だったのだろう。

 背を向けて去っていくその背中に、シンザンは思わず声をかけていた。

 

 「トレーナーさん」

 

 「ん?」

 

 「トレーナーさんも、そんな風になったのかい?」

 

 「ああ。そうだよ」

 

 答えは少しの間もなく返ってきた。

 その声は過去の傷を思い出すように小さくて。

 トレーナーとはただ自分達を育てる存在ではなく過去に幾つもの悔恨を乗り越えてきた人間であることを、彼女はこの時、初めて意識した。

 

 

 

 「今も夢に見る」

 

 

 

 

 

 

 『シンザンさん。トレーナーとは傲慢なものです。2人で精一杯努力して、暗闇のなか手探りで掴んできた最善を、「もしも」を重ねて神様の視点で眺めるのが大好きな人たちです』。

 

 『信頼する人をそんないじけ虫にしたくなければ、どんな状態でも結果を出すしかありません』。

 

 『だから、どうか勝ち続けて下さい』。

 

 『あなたたちが残した歴史に、もしもの余地が入らないくらいに』。

 

 

 泣きじゃくる声が遠くなっていく。

 薄い月明かりに照らされた2つの背中が宿舎へと消えても、シンザンはしばらくトレーナーが去って行った方向を見つめている。

 駐車場のアスファルトを、男が流した涙や鼻水が黒く濡らしていた。

 

 

 

 

 「ようやく戻ったか。じきに門限だという時間にどこまで走って行ったんだ」

 

 がちゃりと部屋のドアが開く音に反応して、机に向かって授業の復習をしていたウメノチカラはそちらを見ずに小言をぶつける。

 トレーナーが走り去ったと同時に、荷物を放置しての謎の追跡。意味不明な門限破りはハクショウにも説教されただろうが、ウメノチカラにも文句を言う権利がある。

 

 「おい、私に礼の1つも言うべきだろう。お前が放置した荷物を持って上がったのは私だぞ」

 

 「ああ。ありがとね」

 

 ぞんざいな感謝だった。

 流石にもう一言二言も文句を言いたくなったウメノチカラは、少しの苛立ちと共にシンザンの方を見た。

 

 そして何も言えなくなった。

 

 彼女は何を見たのだろう。

 多くの荷物を抱えて返ってきたデートの帰りとは思えないような空気。トレーナーを追いかけていったその先で何があったのかは分からない。

 落ち込んだとも悲しんだとも違う。ただ彼女が何かを強く、深く決意したことが分かる。

 呑まれて二の句を継げなくなったウメノチカラに、シンザンは静かに口を開いた。

 

 「ねえウメ。ウメはさ、前に『自分は優れているという周囲の声に応えたい』って、『自分を送り出してくれた両親に報いたい』って言ってたよね」

 

 「あ、ああ」

 

 「あたしもね、決めた。今日決まった」

 

 どさり、とベッドに身を投げる。

 説明も無く、返答も求めていない。

 天井に輝くライトを何に見立てたか、シンザンは上に向かって手を伸ばし、そして強く握り締めた。

 

 

 「()()()()()()()()()()()()()

 あたしは絶対にあんな顔はさせない。

 あたしとの記憶に一片の染みも付かない位に─────あいつの経歴を、あたしのトロフィーで埋め尽くしてやる」

 

 

 生まれ持った才能があったからではなく。

 あるいは、その決意こそがシンザンというウマ娘の始まりだったのかもしれない。

 2人の絶望と過去の傷を見つめたこの日。

 彼女は天とここにはいない彼へと向けて、強く、強く宣誓した。

 


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