ウマ娘プリティダービー ~月毛のウマ娘~    作:蒙駄目猫

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♯11.秋のファン大感謝祭(後編)

 ヴァイスシュトルム(たち)のメイド喫茶をフジキセキと共に出た神谷は、その後も様々な出し物を見回っていた。

「……あの、お化け屋敷……見ていきませんか……?」

 死に装束に身を包んだマンハッタンカフェに誘われるまま、神谷とフジキセキは彼女達の出し物であるお化け屋敷に足を踏み入れる。お化け屋敷の中はかなり本格的な仕上がりで、本当に何かが出てきそうな雰囲気(ふんいき)(かも)し出されていた。壊れたり、瓦が()がれた漆喰(しっくい)の塀に似せた順路を火の玉を()したランプが照らしている。本物の炎のような振る舞いをするそれは、不気味な空気を作り出すのに一役買っていた。その薄ぼんやりとした明かりを頼りに進んでいくと、本物と遜色(そんしょく)のない(ほこら)が現れた。神谷が祠の観音扉を開けて御札を取り出そうと手を入れた瞬間、悲鳴と共に真っ白な氷のように冷たい手が神谷の手首を握りしめた。

「うおっ! びっくりした……」

「トレーナーさんはこういうのは苦手かい?」

「いや、そこまで苦手ではないかなぁ。びっくりはするけど、恐怖はそんなに感じないな」

 フジキセキの問いかけに普段通りに回答する神谷は、確かに怖がるそぶりは見せていなかった。御札を手にした二人は再び順路に従って歩き始める。

 そろそろ出口も近くなってきた頃、横の壁がガタガタと音を立てて揺れ始めた。最後ということもあって、仕掛け人となっているマンハッタンカフェのクラスメイトが(おど)かそうとしているのだろうと、神谷は余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)に待ち受けた。いつでも来いと構えていると、それは姿を現した。

「……は?」

 神谷とフジキセキの前に姿を現したものは、七色に光り輝く男だった。予想し得ない本物の怪異に、神谷は数秒フリーズする。目をこすって目の前に居る七色に光り輝く男が消えないことを確認した神谷は、隣のフジキセキを静かに抱き上げて出口へと走り出した。

「ちょっ……!?」

「うわあああぁ!!」

 フジキセキを横抱きに出口へ飛び込んだ神谷は、フジキセキを抱えたまま荒い息を()いて廊下にへたり込む。出口で待っていたマンハッタンカフェは神谷の様子に目を丸くして驚きを(あら)わにした。

「……あの、大丈夫……ですか?」

「あっ、ああ……。良く出来てたよ……」

 マンハッタンカフェに何とか返事をした神谷は、御札をマンハッタンカフェに手渡す。御札を確認したマンハッタンカフェは頷くと、ポラロイドカメラを取り出した。

「……それでは、写真……撮りますね」

 マンハッタンカフェがシャッターを切り二人を撮影する。ポラロイドカメラから()き出された写真は、ゆっくりと画像を浮かび上がらせる。そこに映っていたのは神谷とフジキセキが並ぶ何も変哲もない写真のはずだった。しかし、二人の後ろには薄ぼんやりとした白いウマ娘のような影と、お化け屋敷の出口から出てこようとしている七色に光り輝く男(写真のため、青一色に輝いていたが)がしっかりと写り込んでいた。

「ヒュッ……」

 謎の音を発して息を吸った神谷は、その場にへたり込むように(くずお)れる。そして、フジキセキもまた、二人の後ろに浮かび上がる白い影に尻尾を逆立てていた。

「……あっ、あの娘が映り込んでる……。ごめんなさい……あの娘も、トレーナーさんと……写真に映りたかった……みたいです」

 マンハッタンカフェが少し微笑みながらそう言ってくるのだが、神谷としてはそれどころではない。七色に光り輝く男が消えていったお化け屋敷の出口を見つめたまま、茫然自失となってしまっていた。

 

 その後、フジキセキに支えて貰いながらお化け屋敷を後にした神谷は、マンハッタンカフェに記念の写真を押しつけた。

「え……? ……良いのですか?」

「ああ、後ろの青く輝く何かを見たくないから、君が欲しいなら貰ってくれると助かる」

「それなら……、……いただきます。ふふっ……良かったね」

 マンハッタンカフェは神谷の言葉に感激したように写真と彼とを見比べていた。そして、嬉しそうに神谷の斜め後ろに話しかけていたのだが、そこには誰も居ないはずだった。

「……あー、その、フジキセキの許可も得ずに勝手に記念写真譲ってしまったな……。その、すまない」

「ううん、気にしなくて良いよ。私もあの写真を飾る勇気はちょっとないから……」

 困ったように眉を下げてそう言うフジキセキに、神谷もそれ以上は何も言わず、二人して静かに神谷のトレーナー室に戻っていた。

「それにしても、さっきのトレーナーさんったら……ふふっ」

「……忘れてくれ。いやでも、あれはしょうがないだろう? 虹色に光り輝く人型の作り物なんて誰でも驚くに決まってる」

 お化け屋敷での一幕を語る神谷は、苦々しい顔を隠そうともしなかった。神谷は作り物だと思っているが、あれがアグネスタキオンのトレーナーで、彼女の作った薬を飲んで光り輝いていると知ったら、一体どんな反応を返すのかフジキセキは気になってしまった。

「ねぇ、トレーナーさん。あの虹色に光り輝くトレーナーさんなんだけど……。実は、タキオンの担当トレーナーさんなんだ。作り物じゃないんだよ」

 フジキセキがゲーミングトレーナーの真実を告げると、神谷はたっぷり五分ほど固まってしまった。

「……フジキセキでもそんな冗談を言うんだな。人間が発光するわけないだろろろ」

「いや、本当のことで……」

 (かたく)なにフジキセキの言葉を信じようとしない神谷は、コーヒーを入れた愛用のマグカップを手に持つ。しかし、その手は大きく震えていた。

「ご、ごごご、ごごまかされれないいかかからなっ!」

「……何か、ごめんね」

 大仰(おおぎょう)に震える神谷を見て、気の毒に思ったフジキセキはそれ以上話すのを止めた。

 後日、神谷は256色に輝く男がアグネスタキオンのトレーニングを行っている光景に、フジキセキの言葉が真実だったことを知る羽目になるのだが、それはまた別の話である。

 

 神谷が落ち着きを取り戻し、部屋には静寂(せいじゃく)が訪れる。しかし、その静寂は気まずくなるような物ではなく、心地良いとさえ感じる物だった。穏やかに過ぎる時間はしかし、規則正しいノックの音に破られる。

「神谷トレーナーさん、駿川です。今よろしいでしょうか」

「どうぞ」

「失礼します」

 理事長秘書である駿川(はやかわ)たづなは、手に書類を何枚か持ってトレーナー室に入ってくると、まっすぐに神谷の前に歩み寄った。

「こちらが質問表になります。私の方で質問の精査もしておきましたのでご確認ください」

「わざわざありがとうございます」

「いえ、これもウマ娘さん達の為ですから」

 神谷のお礼に、にこやかな笑顔を浮かべて応えたたづなは、部屋にいたフジキセキに、おやといったような顔をする。しかし、すぐに微笑みをフジキセキに向けていた。フジキセキも穏やかな笑みで返すと、トレーナー室には神谷が紙を(めく)る音しかしなくなった。

「これなら大丈夫そうです。本当に助かりました」

「お役に立てて何よりです。それでは失礼しますね」

 一礼して部屋を退出するたづなを見送った神谷は、改めて質問に目を通していく。それを横目で見ながら、フジキセキは質問を見ないように注意して、神谷に()れて貰ったコーヒーをゆっくりと飲んでいた。

「ごめん、トレーナーさん。ちょっと遅くなった」

 フジキセキがコーヒーを飲み干すのとほぼ同時にトレーナー室へ入ってきたヴァイスシュトルムは、フジキセキが居ることに少し戸惑いを見せた。

「えっ、なんでフジがここに?」

「……あー、これにはその、少しばかりのっぴきならない事情があってだな……。まぁ、困ることはないし良いだろ。それより、これが質問表になるから目を通しといてくれ」

 歯切れも悪くヴァイスシュトルムに返答する神谷は、誤魔化すようにそう言うと自席を立つ。紙の束をヴァイスシュトルムに渡し、出かける準備としてスーツの上着を手に取ろうとしたところで、上着をフジキセキに先に取られた。

「ええと……」

「ほら、トレーナーさん?」

 上着を手に持ったフジキセキは、神谷に着せるべく広げて持つ。意図を理解した神谷は、それでもやはり躊躇(ちゅうちょ)した。しかし、フジキセキが譲るつもりがないことに溜め息を吐いた。

「うん、これで良し。良い感じだよ」

 フジキセキに上着を着せて貰い、身だしなみの確認までして貰った神谷は、気恥ずかしそうに頰を人差し指で()く。その一部始終を横目で見ていたヴァイスシュトルムは、複雑そうな表情を浮かべていた。

「ほら、ヴァイスも髪が跳ねてる。折角なんだから綺麗(きれい)にしなきゃね!」

「えっ、ちょっとフジ!? 私はいいから!」

「良くないよ。ほら!」

 あっという間にフジキセキの手で身だしなみを整えられたヴァイスシュトルムと神谷は、フジキセキに追い立てられるようにトレーナー室を出る。

「ほらほら、あまり記者さん達を待たせるのはよくないよ」

「わかったわかった……。ったく、君はたまに強引だな」

 神谷はポケットから鍵を取り出すと、しっかりと部屋を施錠する。そうしてから、歩き出そうと一歩を踏み出してからフジキセキに振り返った。

「フジキセキ、今日は楽しかったよ。ありがとう」

「……! 私も、楽しませてもらったよ。またね、トレーナーさん」

 手を小さく振るフジキセキを残して、神谷とヴァイスシュトルムは今度こそ歩き去る。二人の背中を見送ったフジキセキは、名残(なごり)惜しそうにトレーナー室の扉を見つめてから、寮の方へと歩き出した。彼女のポケットに仕舞われていたスマホには、栗東寮生からのメッセージが数多く届いていた。

 

 

「それで、今日一日フジとデートして楽しんだみたいだね?」

 隣を歩くヴァイスシュトルムは、やや棘を含んだ口調で神谷に問いかける。

「デート……? まぁ、そう言われればそうなるのか?」

「……えぇ、嘘でしょ? 誰がどう見てもあれはデートでしょ!」

 疑問形になる神谷の返事に目を()いたヴァイスシュトルムは、憤慨(ふんがい)したように歩き続ける。そんな彼女に、神谷は内心、デートと言うよりは兄のような気持ちだったんだがなぁと思いながら、静かにしていた。

「前から思ってたんだけど、トレーナーさんって色々とアレだよね」

「アレってなんだよ」

「えーと、何て言ったら……そう、『残念』!」

 良い例えが出来たとばかりに顔を輝かせるヴァイスシュトルムに、神谷は顔を(ゆが)める。そして、顔を前に向けると心持ち歩く速度を上げた。

「うるさいよ雌ライオン」

Was also ist eine Löwin!?(だから、雌ライオンって何!?)

 ぎゃーぎゃーと騒ぎながら隣を歩くヴァイスシュトルムに、神谷は特に反応も返さずに歩き続けるのだった。

 

 インタビューの受け答えをするために借りた会議室へ神谷とヴァイスシュトルムが到着してすぐ、たづなが今日のインタビュー相手である「月刊トゥインクル」の藤城記者ともう一人を案内してきた。

 扉が規則正しく三回叩かれ、たづなが記者を案内してきた旨を聞いた神谷は、立ち上がって二人を出迎える姿勢を取る。ヴァイスシュトルムも神谷にやや遅れて立ち上がると、じっと二人を待っていた。

「わざわざ足を運んで頂きありがとうございます」

「いえ、この忙しい中無理を言ったのはこちらですから。こちらこそお時間をいただきありがとうございます」

 神谷と藤城が挨拶を交わす間、ヴァイスシュトルムはその様子を眺めていた。

「私のことはご存知だとは思いますが、一応改めて紹介させていただきますね。藤城茜(ふじしろあかね)と申します。こちらは後輩の……」

乙名史悦子(おとなしえつこ)です! 今日はよろしくお願いします!」

 藤城の隣に立っていた乙名史は、勢い良く頭を下げる。ヴァイスシュトルムはあまりの勢いに、少しばかり身体を引いていた。その隣で神谷は、藤城記者、乙名史記者の二人と名刺を交換していた。

「どうぞ、おかけください」

 名刺交換を終えた神谷は、二人に席を勧める。それを合図に記者である二人が席に着き、神谷もまた席に座る。ヴァイスシュトルムも見よう見まねでそれに習った。

「改めまして、本日は時間をいただきありがとうございます。今日のインタビューでは、ヴァイスシュトルムさんのメイクデビューからの振り返りと、今後の展望をお聞かせいただければと思います。よろしくお願いします」

 藤城はそう言うと、鞄から取材用のノートとペンを取り出し、神谷とヴァイスシュトルムに向き直る。その隣では、乙名史も藤城と同じようにペンを持ち、机の上にはボイスレコーダーを用意していた。

「さて、メイクデビューの時からお話を(うかが)いたいと思います。メイクデビューはアクアスフィアさんに一バ身差を付けられての二着だったわけですが、やはり敗因としては大外を回ったことになるのでしょうか?」

 藤城の質問に少し顔を暗くしたヴァイスシュトルムは、すぐに顔を上げて話し始めた。

「……そうですね、あの時はスタート直後から内に居るアクアスフィアのやや外を追う形になっていて、内に入ろうとしても彼女に牽制(けんせい)されて、外に外にと追い出された形でした」

「なるほど。見ていた側としては、1000mを過ぎた辺りからは、外へも内へも抜け出せないようにアクアスフィアさんに牽制されていたように見えたのですが、その辺りはどうでしょうか?」

「ええと、その辺りの牽制は、アクアスフィアはとても上手かったですね。あの時は焦ってしまって、四コーナー辺りから大外の更に外に抜けて無理矢理追い抜いたんですけど、今なら他のやり方があったのかなと思います。その後は、坂を登り切った直後にスタミナが(ほとん)ど切れてしまい、彼女に差されました」

 少しばかり悔しそうに手を握り締めるヴァイスシュトルムに、神谷は彼女の手の甲を優しく叩く。ヴァイスシュトルムは、はっとしたように手から力を抜いた。

「トレーナーさんはその時はどう思っていたのでしょうか?」

「そうですね、作戦負けしたと思いましたね。アクアスフィア陣営は、徹底的にヴァイスシュトルムをバ群に飲み込ませて差を付けさせない、抜け出されても差し切れるよう、スタミナを削らせるように研究していたのでしょうね。メイクデビューでの敗北は、ヴァイスシュトルムに思い切って後ろからレースをさせる……、控えさせる方法を教えきれなかった私のミスであると思っています」

「しかし、その後中二週で挑んだ阪神レース場での未勝利戦は見事な圧勝……雨の降りしきる中、(おも)バ場となったにもかかわらず二着のホワイトクラウンに七バ身差は中々出来ないことだとは思うのですが……」

「ヴァイスシュトルムなら重バ場も苦にしないだろうとは思っていたので、重バ場での勝利自体には驚きは少なかったですね。ただ、二戦目で相手に七バ身差を付けたことには驚きました。私もヴァイスシュトルムを過小評価していたようです」

 神谷の言葉に、思わず耳と尻尾を細かく動かしたヴァイスシュトルムは、顔に喜びが出ないよう、(つと)めて平静を装っていた。しかし、対面に座る乙名史にはバレていたようで(もちろん神谷にも藤城にもバレていた)、微笑まれてしまった。

「この娘に力があるのはわかっていましたが、重バ場でも良バ場と同じように走りきれるというのは、本当に想定外と言うか嬉しい誤算でしたね。その後の練習からは、雨の中……特に重バ場と不良バ場での追い切りも増やすようになりました」

「なるほど! そして、ついこの間のGⅢサウジアラビアRCで初の重賞制覇となったわけですが、ノーブルライトさんとはハナ差、メイクンリリーさんとは同着という結果になりましたが、その時の心境はいかがだったでしょうか?」

 藤城からの問いかけに、ヴァイスシュトルムは完全に黙り込む。しばらく言葉を必死に探して、ようやく出てきた言葉は「悔しい」だった。

「とても悔しいです。最後に並ばれたのもそうだし、レース中に二人が成長するのを手助けしたような、そんな気分になりました」

「ふむふむ……」

「あ、二人が成長する手助けが嫌だとか、そう言う意味はないですよ? 二人ともトレセン学園の可愛い後輩ですし。ただ、自分が勝つために研究して、練習してきたことを、自分の手で難しくしたような……何て言えばいいのかな……挑戦しがいがある反面、大変になったなと」

 話の内容とは裏腹に、ヴァイスシュトルムの顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた。強者に挑む事を楽しめるのはある種の才能だと神谷は内心評価していた。

「なるほど、それでも挑戦すること自体は楽しいといった感じですね」

「それはもちろん。挑む山は高い方が登りがいがありますから」

 ヴァイスシュトルムの笑顔に、藤城は満足そうにメモを取り、隣の乙名史は感激したように表情を明るくさせた。

「トレーナーさんもやはり、ヴァイスシュトルムさんと同じような意見なのでしょうか?」

「ええ、ヴァイスシュトルムが並では満足しない事をこの半年で嫌というほど理解させられましたので。彼女が高い山に挑戦する以上、全力でサポートしていく所存です」

「……す。……すす……す、素晴らしいですっ!」

 神谷の宣言に、とうとう乙名史の我慢が限界に達したらしい。

「ええと、乙名史さん?」

「トレーニングを頼まれたらいつでも付き合い、疲労回復には名湯巡り、気分が乗らないとなれば有名テーマパークの貸し切りに豪華客船でのクルージング、勝利の暁には高級ホテルでの祝賀パーティーの用意まであるなんてぇ……!」

 困惑(こんわく)する神谷とヴァイスシュトルムを置き去りに、自分の妄想に陶酔(とうすい)した乙名史は、まるでマシンガンのようにまくし立てる。隣の藤城は頭痛を抑えるかのように蟀谷(こめかみ)に手を当て、深い溜め息を吐いていた。

「時に全財産を(はた)いてでも東西南北あらゆるレースや遠征にも連れて行く……、そんな覚悟がお有りだなんてぇ……!」

 感極まった様子の乙名史を目の当たりにして、神谷は「そんなこと言ったっけ……?」と藤城に顔を向ける。そんな神谷の視線を感じとった藤城は、神谷に申し訳なさそうな顔をしてみせた。ヴァイスシュトルムも、乙名史の暴走に身体ごと引いている始末だった。

 

「ええと、その……、申し訳ありませんでした。この子、トレーニングやレース等のウマ娘への知識は素晴らしいのですが、暴走する癖がありまして……。あ! 心配なさらなくても、この子の暴走による妄言は記事にならないように、私がキチンと監督しますので!」

 必死に頭を下げる藤城に、神谷もヴァイスシュトルムも何も言えなかった。何も言えなかったというよりも、乙名史の暴走に圧倒されて二の句が継げなかったという方が正しかった。

「ええと、最後にこれからの展望をお聞かせいただければと思います」

 藤城が空気を変えるように質問を投げかけると、それに答えようと神谷も姿勢を元に戻した。

「ええ、はい。今後のローテーションとしては、もう報道などで予測も出ていますが、GⅠ朝日杯(あさひはい)フューチュリティ()ステークス()を目指そうと思います」

「ふむふむ、ホープフルステークスにはアクアスフィアさんが出るとの噂もありますが、そちらではなく、朝日杯FSを目指すと言うことですね」

 少し意外そうにしながら、藤城は真面目な顔をしてメモに書き()める。隣では乙名史が少し考え込むような素振りを見せていた。

「それは、ヴァイスシュトルムさんの距離適正と現在の成長度合いを(かんが)みて……と言うことでしょうか?」

 乙名史の発した言葉に、神谷は眉を上げる。なるほど、確かにウマ娘を見る目は確からしい。

「そうですね、ヴァイスシュトルムは確かに実力を持ったウマ娘ではあります。しかし、まだ本格化を迎えて数ヶ月しか()っていません。この娘の今現在の距離適正としては、マイルから中距離と言う狭い範囲ですので、現時点では2000mを走りきるにはまだ足りないと思っています」

 神谷の言葉に顔を(うつむ)かせたヴァイスシュトルムは、大きく息を()いて再び顔を上げる。彼女としては、ジュニア級の間にもう一度アクアスフィアと競いたいという欲求があった。しかし、今の時点ではスタミナも、速さも、技術も足りていないのもまた事実。

 だからこそ、アクアスフィアへのリベンジは、クラシック級に上がってからと決めた。

 今はただ、負けた悔しさも、勝ちへの執念も心の奥へしまい込んで、その時が来るまで(くすぶ)らせておくことを良しとした。燻っている種火を、アクアスフィアとの競争で燃え盛らせるために、ヴァイスシュトルムと神谷は一つずつ課題を克服することに重点を置いたのだった。

「ですから、来年の皐月賞(さつきしょう)までは基礎トレーニングを続けていくことに二人で決めました。朝日杯FSはジュニア級で狙えるGⅠでかつ、ヴァイスシュトルムも得意な距離という事が重なって選択しました」

「なるほど。ところで、阪神レース場では同じ芝1600mマイル戦の阪神ジュベナイル()フィリーズ()が開催されますが、そちらは候補に入らなかったのでしょうか?」

「そうですね、阪神JFと悩みはしたのですが、阪神JFはトリプルティアラを目標にするウマ娘が多く出走する傾向があるので、三冠を目標にするウマ娘が比較的多い朝日杯FSを選択しました」

 神谷の回答に頷きながらメモを取っていた藤城は、満足したように取材用のノートを閉じると、ボイスレコーダーの録音を停止した。

「本日は長々とインタビューを受けていただき、ありがとうございました。今回のインタビュー記事の載った号は、刷り上がりましたら送付させて頂きますね!」

「こちらこそありがとうございました。また、よろしくお願いします」

 神谷は席を立つと、扉まで二人の記者に付き添って向かう。三人の後を追ったヴァイスシュトルムは、記者の二人が軽く頭を下げるのを見習って同じように頭を下げると、二人が廊下を歩いて行くのを見送った。ヴァイスシュトルムが肩の力をようやく抜いたのは、二人が完全に見えなくなってからだった。

「お疲れさん。流石に疲れたみたいだな」

「うん、疲れた……この間とはまた違って緊張した」

「こう言うのも増えていくから、慣れていくしかないな」

 夕焼けで(だいだい)色に染まる廊下を神谷と話しながら歩くヴァイスシュトルムは、インタビュー等が増えるという神谷の言葉に、うんざりとしたような顔をした。

「こればっかりは仕方ないな、有力なウマ娘になるほど増えていくから」

「毎回藤城さんみたいな人だったら良いのに……」

 肩を落とすヴァイスシュトルムの脳裏には、メイクデビュー前のワイドショーが思い起こされる。あのような底意地の悪い記者も混じって来ると思うと、今から気分が重かった。

「まぁ、あまりにも目に余るようなものは学園と俺の方で拒否するからヴァイスシュトルムはそんなに思い詰めなくていい」

「ん……トレーナーさん」

 (なぐさ)めるように頭を軽く叩いてくる神谷に、ヴァイスシュトルムは確かに気を楽にして貰ったのだが、それを素直に認めるのは子供(こども)扱いされたようで癪だった。だから、口から突いて出た言葉は仕方ないと、心の中で誰にでもなく言い訳をした。

「なんだ?」

「セクハラだからそれ」

「酷いな!?」

 ヴァイスシュトルムの照れ隠しのような暴言に、笑いながらおどけてみせる神谷は、やはり彼女達よりも大人だった。




大変お待たせしました。
ジュニア級のファン大感謝祭はこれで終わりになります。

スマートファルコンやライスシャワー、ミホノブルボンも出したかったんですが彼女達の登場はまたの機会に……

それではまた次回

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