ウマ娘プリティダービー ~月毛のウマ娘~    作:蒙駄目猫

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♯14.願いと夢

 栗東寮の罰掃除一日目を終わらせたヴァイスシュトルムは、昨晩トレーナー室で眠りこけていた神谷の様子を見るべくトレセン学園内を走っていた。

 冬休み期間真っ只中のトレセン学園にはウマ娘の姿は殆ど見えず、学園内にいるウマ娘達の多くは、年が明けてすぐ行われる「GⅢ京都金杯」か「GⅢ中山金杯」等、新年早々のレースに出走予定で、それに向けてトレーニングを行うシニア級ウマ娘(たち)だった。

 ヴァイスシュトルムのようなクラシック級ウマ娘は、すれ違った中に片手(五人)もいるかどうか位のものだった。

「やっぱり、冬休みだと帰省する子も多いよね……」

Es ist nicht leicht, wieder zu Hause zu sein.(気軽に帰省できないよね。) Ich muss viel Zeit in Flugzeugen verbringen,(長時間飛行機に乗らないといけないし、) und vor allem brauche ich einen Reisepass. (何よりパスポートが必要だし。)Nicht wahr? Weiße(そうでしょ? ヴァイス)

Das ist richtig! Und es kostet eine Menge Geld.(そうなの! それにお金も結構掛かるしね。) ......!?」

 独り言に対して、返事を貰ったヴァイスシュトルムは、返事をした人物と同じようにドイツ語で会話を続けてから驚いたように振り返った。

Lange nicht mehr gesehen, Weiße!(久しぶり、ヴァイス!)

「...... Regen? Lüge, wirklich?(レーゲン? 嘘、本当に?)

 満面の笑みを浮かべて手を振る彼女は、ヴァイスシュトルムもよく知っているウマ娘で、それと同時に日本にいるはずのない人物だった。

 信じられないものを見たといった様子のヴァイスシュトルムに対して、目の前に立つシュプリュレーゲンはむっとしたように頰を膨らませると、ヴァイスシュトルムにずいと身を乗り出して迫った。

Hältst du mich für einen Geist?(私が幽霊にでも見えるの?)

Nein, das tue ich nicht.(そうじゃないけど)

Warum dann?(じゃあ、どうして?)

Ich konnte es nicht glauben.(信じられなくて)

 ヴァイスシュトルムの言葉に顔を(しか)めていたシュプリュレーゲンは、まるで夢を見ているかのような反応を示したヴァイスシュトルムに溜飲(りゅういん)が下がったのか、打って変わって得意気に胸を張った。それを見たヴァイスシュトルムは、成長こそすれど昔と変わらないシュプリュレーゲンに懐かしさを覚えた。

「……変わらないなぁ」

 ヴァイスシュトルムの口からポツリと(こぼ)れ落ちた言葉は、誰に聞かれるでもなく空気に溶けていく。ドイツ出身の二人が母語で話す廊下には、穏やかでゆったりとした時間が過ぎていった。

 

 

 喉の違和感を覚えて目を覚ました神谷は、そこが自室でないことに首を捻る。どうしてトレーナー室にいるのか思い出そうとしても、昨晩の忘年会で竜胆(りんどう)から注がれる酒の回数が五回を過ぎた辺りから記憶が曖昧になっていた。

「ゴホッ……あー、喉は痛いし頭も痛いしで最悪だな……」

 ぶつぶつとぼやきながら、うがいをしようとソファーから立ち上がった神谷は、室内の電気を()けてから流し台へと足を向ける。冷水で顔を洗って眠気を飛ばし、うがいをして多少はマシになった喉の痛みを抱えたまま、事務机の上にずっと置いていた大型の封筒を手に取る。

「それにしても、この娘がスタッフ研修生科に転入してくるとは思いもしなかったな……」

 封筒には、何枚かの書類とシュプリュレーゲンの願書が入れられていた。彼女の願書を眺めながら、神谷はこれをたづなから受け取った時のことを思い返す。

 朝日杯フューチュリティステークスの後、ヴァイスシュトルムが退出してから数分後、部屋を訪ねてきたたづなから渡されたものが、シュプリュレーゲンの願書が入った封筒だった。編入先はスタッフ研修生科、進路希望の第一候補がトレーナーということも相まって、一年目の新人トレーナーでありながら、重賞ウマ娘を輩出(はいしゅつ)した神谷の元でトレーナーとしての勉強をしていくことになったようだ。

 神谷としては、自分が過大評価されていると感じられる事もあって、たづなから話を聞いてすぐ理事長室まで足を運んだ。しかし、秋川やよい理事長は、神谷の言葉を聞くやいなや、こう告げてきた。

無謬(むびゅう)ッ! 神谷トレーナーが白眉(はくび)な事は、ヴァイスシュトルムの成績が物語っているッ! だからこそ、神谷トレーナーには彼女の事も任せたいッ!」

「にゃー」

 やよいが『適任ッ!』と書かれた扇子(やはり、理事長自ら書いているのだろうか?)を広げ、自信満々に胸を張る姿に圧倒された神谷は、大人しくシュプリュレーゲンがトレーナー見習いとして週に何度か手伝いに来ることを了承した。

「それにしても、トレーナー見習いとして何を指導すれば良いんだ……? 普段の様子を見せれば良いのか?」

 普段の仕事を思い返して、何を教えるべきか頭を悩ます神谷は、良い案が何も思い浮かばず頭を振る。

「駄目だ。何も思い浮かばん」

 神谷は、手に持った書類を再び封筒にしまい、事務机の上に置いてあるブックスタンドに立てかけると、自室に帰るべく立ち上がった。

 室内の電気を消し、扉を開けて出ようとした瞬間、誰かにぶつかった衝撃で室内に一瞬引き戻される。

「っと、すみません」

「ごめんなさい、トレーナーさん」

 神谷が謝罪するとほぼ同時に、相手からも謝罪があった。聞き慣れた声に神谷が視線を少し下げると、そこには自分の担当ウマ娘ともう一人、先程神谷が確認した願書に貼られていた写真のウマ娘、シュプリュレーゲンが並んで立っていた。

 

 

 トレセン学園に来た理由は、ヴァイスシュトルムの担当トレーナーに直接挨拶するため、といまいちヴァイスシュトルムにはピンとこない回答を寄越(よこ)したシュプリュレーゲンを連れて、ヴァイスシュトルムはトレーナー室へとやって来ていた。室内にはまだ電気が点いており、神谷が帰っていないことが確認できた。扉を開けようとヴァイスシュトルムが手を伸ばすと同時に、彼女が開けようとした扉がひとりでに開き、中から現れた人物とヴァイスシュトルムはぶつかった。

「ごめんなさい、トレーナーさん」

「っと、すみません」

 神谷と同時に謝ったヴァイスシュトルムは、部屋から出てきた神谷に向き直る。丁度帰る寸前だったらしい神谷は、ヴァイスシュトルムとその隣に立つシュプリュレーゲンを見て驚いたように目を瞬かせていた。

「ごめんトレーナーさん。少しだけ良い?」

「あっ、ああ……」

 ヴァイスシュトルムの声に反応した神谷は、(うなが)されるままに再びトレーナー室の中へ引き返す。それに続いてヴァイスシュトルムとシュプリュレーゲンもトレーナー室へ足を踏み入れた。

 応接スペースでもあるソファーに仲良く並んで座った二人は、思い思いに室内を見渡した。特にシュプリュレーゲンはトレーナー室の隅々まで目を配り、楽しそうにしていた。

「ええと、指導トレーナーとして君に会うのは初めてだな。神谷輝征(かみやてるゆき)だ。知っての通り、ヴァイスシュトルムのトレーナーでこれからは君の指導トレーナーともなる。トレセン学園へようこそ、シュプリュレーゲン。至らない部分も多いとは思うがこれからよろしく頼む」

 神谷は手にいくつかの書類を持って二人と向かい合うように座り、シュプリュレーゲンに自己紹介を兼ねた挨拶(あいさつ)をした。彼の言葉に怪訝(けげん)な顔をしたヴァイスシュトルムは、神谷とシュプリュレーゲンを見比べる。そうこうしているうちに、シュプリュレーゲンが比較的流暢(りゅうちょう)な日本語で話し始めた。

「神谷トレーナー。私のトレーナー見習いとしてノ指導担当を引き受けて下さリ、ありがとうございマス。これカラよろしクお願いしマス。」

 二人が挨拶を交わす様を傍目(はため)に見ていたヴァイスシュトルムは、目を白黒させて思わず立ち上がっていた。

「ちょっ、ちょっと待って。レーゲンがトレーナー見習いって何!? トレーナーさんも知ってるみたいな口ぶりだけど!? というよりもレーゲンっ! 日本語喋れたの!?」

 慌てふためくヴァイスシュトルムに、神谷はシュプリュレーゲンへ視線を向ける。てっきりヴァイスシュトルムには、彼女自身の口からトレーナー見習いとしてスタッフ研修生科に転入すると知らせているものだと神谷は思い込んでいたのだ。しかし、神谷の視線を受けたシュプリュレーゲンは悪戯(いたずら)っぽく微笑むだけだった。その様子に、神谷はため息を()きたくなった。これからは、ヴァイスシュトルムとはまた違う意味で大変になることが予感させられた。

 

 結局、神谷がヴァイスシュトルムに対して、シュプリュレーゲンがここにいる理由を一から説明することになった。

 シュプリュレーゲンは、十一月末に競走ウマ娘を引退後、在籍していたバーデンバーデンにある「ドイツウマ娘トレーニングセンター学園スタッフ研修生科」に編入する事を希望していた。しかし、競技用シューズや蹄鉄などといったバ具の研究は、「日本ウマ娘トレーニングセンター学園スタッフ研修生科」の方がより進んでいると元担当トレーナーから聞かされ、トレセン学園に転入することを決めたのだった。

 シュプリュレーゲンにとって幸いなことに、転入試験自体は英語での受験が可能だった。とはいえ、日本出身のウマ娘やトレーナー達と円滑なコミュニケーションを取るためにも、日常会話程度の日本語力を要求されることに変わりはなかった。

 シュプリュレーゲンは、トレセン学園に来ると決めてから必死に日本語を勉強し、ある程度できるようになったところで来日を早めたのだった。

 この話を聞きながら、ヴァイスシュトルムは(うら)めしそうな視線を度々(たびたび)神谷に向ける。その視線を受ける度に、神谷は居心地悪そうにソファーに座り直すが、決してヴァイスシュトルムに目を合わせようとはしなかった。

「とにかく、来年からのトレーニングには毎回シュプリュレーゲンがトレーナー見習いとしてサポートに入ることになるはずだから、そのつもりでな。まぁ、最初の方はシュプリュレーゲンのこっちでの勉強のこともあるから、そんなにトレーナーとしての指導時間を取れないかもしれないけどな」

「……はぁい。トレーナーさんには後で色々と聞きたいことがあるから」

 耳を後ろへ伏せたままトレーナーに笑顔を向けるヴァイスシュトルムに、必死に顔をそらし続ける神谷。この二人の姿に、シュプリュレーゲンはとうとう笑いを(こら)えきれなくなった。腹を抱えて笑うシュプリュレーゲンに、神谷とヴァイスシュトルムは揃ってきょとんとした顔を向ける。その二人の仕草が面白かったのか、シュプリュレーゲンは輪をかけて笑い続けた。

 

 結局、たっぷり五分ほど笑い続けたシュプリュレーゲンは、笑いが治まった頃には息も切れ切れに、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返していた。

「レーゲンのツボがよくわからないんだけど、何が面白かったの?」

 半眼でシュプリュレーゲンを見つめるヴァイスシュトルムは、呆れた様子を少しも隠そうとしなかった。目が据わり始めたヴァイスシュトルムを横目に、神谷は手元の書類を整えると事務机に片付けるために立ち上がる。

「だっテ、トレーナーさんとヴァイスが……プフッ」

 再び笑い始めたシュプリュレーゲンに、ヴァイスシュトルムは心底呆れたようにため息を吐いた。

「君らは本当に仲が良いな」

「でしょ? レーゲンって昔からこうなの」

「そう言うヴァイスだっテ……ふふっ」

 言いかけて肩を震わすシュプリュレーゲンに、ヴァイスシュトルムは半眼で(にら)み付けて、彼女が本当に落ち着くまで放っておくことにしたらしい。何かを言いたげにするヴァイスシュトルムに、神谷は珍しいものを見たといった顔をしていた。

 ようやく笑いの波が引き、平静を取り戻したシュプリュレーゲンに、神谷は書類とペンを手渡した。

「これに君のサインを」

「はい。……これでいイ?」

 綺麗(きれい)なブロック体で(つづ)られたシュプリュレーゲンの名前を確認して、神谷はひとつ頷くとその書類を封筒に仕舞(しま)う。そうしてから、これで話は終わりだと言わんばかりに自身の荷物を手にかけ、二人を促してトレーナー室の外に出た。

「それじゃあ、今日の所はここまでだな。年明けのトレーニング開始日は、一月七日からを予定しているから忘れないように。シュプリュレーゲンの指導もその日から始めるつもりだから、そのつもりでな」

 そう二人に言い含めると、さっさと歩き去ってしまった神谷を見送ってから、ヴァイスシュトルムとシュプリュレーゲンは連れだって栗東寮へと歩き出した。

 久しぶりの再会で、話したいこと、聞きたいことはお互いに山ほどあった。

 その日の栗東寮は、ドイツウマ娘のちょっとした昔話で、夜が更けるまで(かまびす)しい声が絶えなかったのだった。

 

 

 新たな年を迎える頃、ヴァイスシュトルムは神谷とシュプリュレーゲンと共に近くの神社へ来ていた。ドイツ出身の二人にとってはなじみの薄い文化ではあるが、興味を引かれる物であったため、体験したいと神谷に引率を頼んだのだった。

「それにしても、アイネスも来れば良かったのに……」

「新年早々バイトに入っているとはな……。アイネスフウジンは少しくらい息を抜いても良いと思うんだがなぁ……。まぁ、そこが彼女の良いところでもあるんだから難しいもんだな」

 しみじみとそう呟いた神谷は、新年を目前にして屋台で賑わう参道を見渡す。にんじん焼きに綿あめ、たこ焼きにフランクフルトなど圧倒的に食が多い屋台に、新年最初の仕事が担当ウマ娘のカロリー管理になるトレーナーが多いのだろうなと、遠い目をしていた。

 神谷がどこか虚ろな様子でぼんやりと遠くを見ているのに気が付いたヴァイスシュトルムは、何となく、彼が失礼な事を考えているような気がした。それを裏付けるように、彼の視線は主に食べ物の屋台に(そそ)がれている。

(あ、まーたトレーニングのこと考えてる……。せっかく私たちと初詣に来てるのに、それはなくない?)

 せっかく自分達といるというのに、神谷はまたトレーニングや今考えなくても良いことに思考を奪われていると感じた瞬間、ヴァイスシュトルムの中で「面白くない」という不満が燻った。そして、気が付けばヴァイスシュトルムは、その不満を解消するかのように勢い良く尻尾で彼の裏腿を叩いていた。

「いってぇ!」

 突然裏腿に走った痛みに、神谷はしゃがみ込んで裏腿を労るように摩る。それから狼藉(ろうぜき)を働いてきた当人に目をやる神谷だが、ヴァイスシュトルムは無視を決め込んでいた。笑顔でシュプリュレーゲンと話しながらも、しゃがみ込んだ神谷に目で牽制をしてくるヴァイスシュトルムの姿に、彼は何も言えなかった。

 神谷は、裏腿の痛みが治まると大人しく彼女らの保護者に徹することにして、余計なことはなるべく考えないように努めたのだった。残念なことに、突然の出来事に先程まで考えていた仕事やトレーニングの事は吹き飛び、そのことを思い出す気力もなかった、とも言えるのだが。

 そんな二人の様子に、シュプリュレーゲンは頰を緩める。自分がレースに出ていた頃は、あえて手紙でやり取りをしていたため、ヴァイスシュトルムが一体どのようなトレーナーの元で、どういったトレーニングをしているのかと、気になってもすぐに知ることはできなかった。そのことに気を揉んで、自分のトレーニングが(おろそ)かになったこともあった。

 しかし、彼女から送られてくる返事の手紙に書かれていた神谷の姿は、ヴァイスシュトルムを色眼鏡で見ることなく、彼女の走りたいという欲求に真摯(しんし)に応えようとする好人物だった。

 トレーナーとしては経験が足りなくとも、ヴァイスシュトルムの事に関しては安心して任せられる人物だと、態々(わざわざ)取り寄せたヴァイスシュトルムのレース映像で知れてからは、彼女の心配よりも、昔のように彼女と一緒のレースで走りたいと思うことの方が多くなっていた。

(……残念なことに、私のその夢は叶わなくなってしまったけれど)

 シュプリュレーゲンは一度大怪我(おおけが)を負った足を一瞥(いちべつ)すると、それを振り払うように視線を上げる。視線の先に捉えたヴァイスシュトルムは、彼女が本当に信頼した人物にしか見せない、ちょっと我が(まま)で甘えたがりな姿を神谷に見せているところだった。

 他人に対して、酷く警戒することが常のヴァイスシュトルムが、神谷に対しては甘えられるほどに心を許していることにシュプリュレーゲンは一抹(いちまつ)の寂しさを覚えた。

 その思考に(かぶり)を振って、シュプリュレーゲンは彼女の隣に並ぶ神谷へと視線を移す。

(……ヴァイスの夢を近くで支えたいって二つ目の夢を、理事長さんは応援してくれた。そして何よりも、この人は、上辺だけの言葉で応援するとは決して言わなかった)

 シュプリュレーゲンは、神谷と彼に(じゃ)れ付くヴァイスシュトルムを視界に入れると、目を瞑って競走ウマ娘として現役の自分がその隣にいる夢想にふける。きっと、今とは全く違う景色が繰り広げられていたに違いない。そんな想像をかき消して、シュプリュレーゲンは再び目を開く。

 骨折した当初は、リハビリすれば元通りに走れると思っていた。しかし、いざ快復(かいふく)してみれば、(かつ)てドイツの至宝とまで呼ばれたキレのある走りは、全くできなくなった。リハビリを続ける間、骨折以前の感覚は結局一度として取り戻せないまま、日数だけが経過していくことに耐えられず、当時の担当トレーナーと相談した上で引退を決めた。

 引退を決めたことに後悔はない。しかし、ヴァイスシュトルムとターフの上で二度と勝負することはないという事実は、これから先も心の(しこ)りとして残るのだろうなと、シュプリュレーゲンは目の前で繰り広げられる光景を目にしながら漠然と考えていた。

(でも、ヴァイスやこの後に続く競走ウマ娘達を支え続けていきたいのは、(まぎ)れもない事実だから)

 彼女の頭に浮かぶ光景は、テレビで見たサウジアラビアロイヤルカップのゴールの瞬間だった。ヴァイスシュトルムとメイクンリリー、ノーブルライトの三人がゴール板をほぼ同時に駆け抜けた瞬間は、とてもGⅢとは思えないほどに興奮した。あんなにも熱いレースを見せられて、競走ウマ娘の世界から完全に足を洗うなんて選択肢は頭から吹き飛んでいた。あんな光景をすぐ(そば)で見たい。それが自分とその教え子なら……と、新たな夢が見つかった瞬間だった。

 大きく息を吐いたシュプリュレーゲンは、瞳に決意を(みなぎ)らせて前を見据える。その姿はまるで、現役の競走ウマ娘がここ一番のレース前に見せるそれと同じものであり、ある意味「オーラ」とも呼べるものだった。シュプリュレーゲンが放つ覇気を肌に感じながら、神谷は密かに安堵の息を吐く。

 彼女のやる気に満ちたその姿に、一先(ひとま)ずの懸念(けねん)事項が払拭(ふっしょく)されたことによるものだった。

 ウマ娘の本能とも言える、走る事への渇望(かつぼう)。それを奪われた競走ウマ娘が何を思うのかは、神谷には理解することができない。それは、人とウマ娘との違いによるものであるし、仕方のないことである。

 ウマ娘の走る事への執念は凄まじいものがあり、下手をすれば文字通り、体が壊れる限界まで駆け抜けてしまう娘もいる程である。それ程までに強い執着を持つ走りを失った――奪われたとも言えるかもしれない――シュプリュレーゲンが、トレーナーとして歩むことが可能なのか? 神谷は、それがずっと気に掛かっていた。しかし、今のシュプリュレーゲンの顔を見て、彼は安心したのだ。ああ、これならきっと大丈夫だろうと。

 

「三冠を取れますように! 後、トレーナーさんが焼き肉に連れて行ってくれますように」

「……(ヴァイスやトレーナーさんが教える他の娘達を支えられますように)」

 いざ参拝となると、彼女達は思い思いに願いを祈り始める。真剣に祈る二人に随伴(ずいはん)する神谷もまた、彼女達の道行(みちゆき)が険しくとも実り多いものになることを真剣に願うのだった。

 

 

 競走ウマ娘が一生に一度しか走ることを許されないクラシック戦線。

 その開幕の足音は、徐々に迫ってきていた。

 




新年明けましておめでとうございます。今年もヴァイスシュトルム達をよろしくお願いします!

って言いながら成人の日までに投稿する予定だったんですよ。
ご覧の有様ですけども。

もう一週間後とか二月ですよ、二月!
次の話が二月中に出せるよう、そこそこ頑張りたいと思います。

それではまた次回、お会いできることを願って。
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