春のトライアル戦に向けて、本格的にトレーニングを開始したヴァイスシュトルムは現在、シュプリュレーゲンと共にトレーニングコースでタイムを計っていた。
トレーニング前の準備運動と一度目のタイム測定をシュプリュレーゲンに任せた神谷は、トレーニングコースに
「映像を何度見ても、ヴァイスシュトルムの
柔軟性。人や動物などに対しては、体の柔らかさを意味するその言葉は、事ウマ娘に関すると距離適正の幅広さを
柔軟性が高いウマ娘程、距離の
ヴァイスシュトルムは、2000mを走るだけのスタミナはもう
彼女が目標にしているレースの一つ「日本ダービー」は、東京レース場芝2400m戦。後たった100m足りなかった。
「……二月中は水泳を多めにして、少しでも柔軟性を付けさせるべき、か?」
重力の影響を
重力の影響が
「と、いうわけで、今週からは水泳を増やしていくぞ。明日は
結局、トレーニングメニューの再考に熱が入った神谷は、今日のトレーニングの監督を全てシュプリュレーゲンに一任することにした(もちろん、トレーニングの内容を詳しく説明した上で、タイム測定や休憩時間の管理など、比較的簡単なタイムキーパー役であった。万が一の場合は、神谷もすぐに対応できるように準備だけはしていた)。シュプリュレーゲンとのトレーニングが終了し、神谷の元へと戻ってきたヴァイスシュトルムに対して、開口一番そう告げた。
「いや、『と、いうわけで』って言われても……どういう訳? 水泳が増えるのは別に良いけど……」
玉のような汗が浮かぶ顔を
「ヴァイスシュトルム、君の弱点は身体が硬いことだ」
「え、あ、うん……?」
「つまり、今のままでは幾らスタミナトレーニングをしても、大幅な距離延長は見込めない。そこで」
「水泳で柔軟性を鍛えようってこと?」
ヴァイスシュトルムの返答に、我が意を得たりといった顔をした神谷は、満足げに大きく頷いた。
「ふうん……わかった」
ヴァイスシュトルムはそれだけを言うと、タオルをシュプリュレーゲンが持つ
「今日はここまでにしておこうか。さっきも言ったように、明日は水泳だからな」
「はいはい、わかってるって。それじゃあ、また明日ね、トレーナーさん」
手をひらひらと振ってコースを後にするヴァイスシュトルムを見送ってから、神谷はシュプリュレーゲンからトレーニングの所感レポートを受け取る。
「ただし、作成したトレーニングメニューには必ず、食事のバランス計算や分刻みの休憩時間も設定すること」
「
嬉しそうにそう返事したシュプリュレーゲンは、足元に置いていた洗濯籠を手に持つ。
「シュプリュレーゲン? 今日のトレーナー研修は終わってるから、帰っても構わないぞ」
「神谷センセイはこのアト、ヴァイスが使ったタオルを洗濯したり、ワタシのレポートを良く……アー、細かク確認するのデショウ? 洗濯くらい手伝いマス!」
「む……いや、しかし……」
「シカシもカカシもアリマセーン!」
絶対手伝うと洗濯籠を抱きしめて自分の後ろに隠すような仕草を取るシュプリュレーゲンに何も言えなくなった神谷は、とうとう根負けして洗濯を任せることにした。洗濯籠を楽しそうに抱えて歩くシュプリュレーゲンを横目に見た神谷は、洗濯の何が楽しいのだろうと首を
「ところでシュプリュレーゲン」
「何ですカ? 神谷センセイ♪」
「『センセイ』はやめてくれ……」
「ふふふ……いやデース♪」
夕飯のハンバーグを口に放り込んだヴァイスシュトルムは、テレビから流れる音楽番組の内容を流し聞きながら、明日からのトレーニングメニューについて考えていた。
「柔軟性、かぁ……」
柔軟性を鍛えるといっても、自分の身体が特別硬いと感じたことのないヴァイスシュトルムにとっては、いまいちしっくりと来ない。しかし、
「うーん……」
頰杖をついて考え込むヴァイスシュトルムは、考えに没頭するあまり、後ろから声を掛けてくるウマ娘に気づいていなかった。
「ヴァイス? ……こーらっ。肘を付いて食事するのは
「ひゃぁっ!?」
耳元で不意にやや低音の心地良い声で
「びっくりしたぁ……。もー、耳元で囁くの止めてってば……」
フジキセキに文句を言うヴァイスシュトルムは、拗ねたように頰を膨らませて抗議を示していた。それを軽く受け流したフジキセキは、ヴァイスシュトルムの隣に手に持っていた自分の料理を置いてから席に着いた。
「それで、一体何を考え込んでたのかな?」
「フジのそういうところズルいと思うな……。トレーナーさんからさ、明日からは柔軟性を鍛えるって言われてて……でも、そんなに柔軟性がないとは思えないんだけどなぁ」
「なるほどね……。でも、トレーナーさんの言いたいことも何となくわかるよ」
フジキセキの言葉に目を大きくしたヴァイスシュトルムは、隣で行儀良く食事をする彼女に身を乗り出して詰め寄った。
「本当に!? 教えて、フジ!」
「近い近い近い……少し落ち着こう?」
頰が触れ合うほどに勢い良く接近してくるヴァイスシュトルムに、
「それで、トレーナーさんは何で柔軟性を鍛えるって言いだしたの?」
「トレーナーさんはきっと、『もったいない』って思ってるんだよ」
「……もったいない?」
「ヴァイスの強みの一つに、走りが器用なことがあると思うんだけど、その器用さを
フジキセキの言葉に思うところがあったのか、ヴァイスシュトルムは再び難しい顔をして考え込む。
ヴァイスシュトルムの姿を微笑みながら見守るフジキセキは、自分の内に
フジキセキとの会話で、自分が納得できる落とし所を見付けたヴァイスシュトルムは、翌日から文句を言うこともなく
トレーニングを重ねる
その矢先に、今年のクラシックを揺るがす大事件が発生するなど、誰も予想だにしなかった。
『さあ! 最終コーナー回って各ウマ娘が一斉にスパートを掛ける! 一番人気の7番アクアスフィアはまだ後方、ここから本領発揮か! 11番ノーブルライトはアクアスフィアから逃げ切れるのか!?』
GⅡ
特にこのレースは、中山レース場芝2000Mでの開催であり、皐月賞と条件は同じ。このレースに勝利したウマ娘は、名実共にクラシック路線の本命となりうる扱いを受ける。過去には三冠ウマ娘となったミスターシービー、シンボリルドルフ。ダービーウマ娘のサクラチヨノオーなどが勝利しているステップ競走である。
『ノーブルライト先頭! ノーブルライト先頭だ! 中山の急坂をいの一番に駆け上がる! アクアスフィアはまだ三バ身後ろ! これはノーブルライトで決まりか!』
――中山の短い直線も、心臓破りの坂も十八人の中で一番にたどり着いた。後はこの坂を一番に登り切るだけ――。ノーブルライトは坂の半ばで気合いを入れ直す。
脚も、心臓も、更に言えば肺までもが限界だと叫んでいる。それでも、幼い頃に大切な親友と「クラシックとティアラで並び立つ」と約束した夢を叶えるためにも、ここで
「リリーちゃんに置いて行かれたくないから、ここで負けられない……ッ!?」
ゴールまで後100M、坂を登り切る直前でノーブルライトの背筋に冷たいものが走る。
『来た来た来た来た! ここでアクアスフィアが更に加速! ノーブルライトを追い詰める! ノーブルライトは厳しいか、脚色が鈍り始めているぞ!』
アクアスフィアが力強く芝を踏みしめた瞬間
(は、早く逃げなきゃ……)
焦りを覚えた身体は、自分の早く前へとの意思とは裏腹に、硬く、遅くなっていく。そして、アクアスフィアはその隙を見逃すような甘いウマ娘ではなかった。
「……お疲れ様、ノーブル」
「ひぁ……ひっ! ……かひゅっ!」
『アクアスフィア! アクアスフィアだ! ゴール前でノーブルライトを差し切った!』
ゴール目前の
『勝ったのはアクアスフィア! ジュニア級とは思えない走りで、見事トライアル戦に勝利しました! 本番への期待が高まります!』
アクアスフィアは悠々と観客席に一礼をしてレース場を後にする。まだ息も整わないノーブルライトは、両眼から流れる涙もそのままに、レース場を後にするアクアスフィアを見送ることしかできなかった。
それから五分後、俯きがちにとぼとぼと歩いて控え室へ戻ってきたノーブルライトは、アクアスフィアのトレーナーである
ノーブルライトを
――悲劇……。アクアスフィア、右脚疲労骨折。皐月賞・日本ダービーは絶望的か――。
昨日、中山レース場で行われたGⅡ弥生賞(皐月賞トライアル・芝2000M)において、素晴らしい末脚(上がり三ハロン三十三秒二)で勝利したアクアスフィアがレース後、右脚を骨折していたことが判明した。
レース後、控え室に戻ったアクアスフィアは、弓削トレーナーに脚の違和感と痛みを訴え、すぐさま弓削トレーナーと共に病院へ。診察の結果、右脚の
完治には二カ月程度かかるとみられ、元のように走れるようになるには更に日数を必要とすることから、関係者の間では皐月賞・日本ダービーには出走できないとの見方が強い。
アクアスフィア本人は、日本ダービーへの出走を目指して治療及びリハビリを行うとのこと。
アクアスフィアの離脱により、今年のクラシック路線は「本命不在」となる公算が強まっている。
お 待 た せ(土下座)
いや、バレンタイン前迄には半分くらい書き上がってたんですよ。なんなら、バレンタイン特別でもやるか~とか油断してたら、仕事がですね、その、めちゃくちゃ忙しくなりましてハイ……。結局三月目前に投稿している状況です。
いやほんとすまんかった。
(2)はなるべく早く書き上げられるように頑張りますので、よろしければ声援オナシャス。
それではまた次回お会いできますように……。