ウマ娘プリティダービー ~月毛のウマ娘~    作:蒙駄目猫

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♯17.旧理科準備室の主~居候を添えて~

 クラシックレースの開催が一日を()(ごと)(せま)る中、トレセン学園では年に数度行われる選抜レースの第一回目が開催されようとしていた。

 つい先日、本格化を迎えたアイネスフウジンも当日の第三レースへの出走が決まり、神谷の元で本腰を入れてトレーニングに(はげ)んでいた。

「アイネスフウジンが出る予定のレースは、マイルの芝1600mか……。ふむ」

 ヴァイスシュトルムもアイネスフウジンも、シュプリュレーゲンもが自らのクラスで授業を受けている間、神谷はトレーナー室で一人ホワイトボードに選抜レースの情報を書き(つら)ねていた。選抜レースでアイネスフウジンが勝利するために必要な情報を書き加え、時には修正しながらも、彼の頭は目まぐるしく回転していた。

 ホワイトボードに()いたコース図と、アイネスフウジンと同じレースに出走しそうなウマ娘のデータを見ながら、展開を想像する。

「アイネスフウジンのトレーニングを見ている限り、彼女の脚質が逃げか先行なのは間違いないだろう。千六(せんろく)ならバ群に()まれなければ何の問題もない。後は……」

 ぶつぶつと独り言を呟きながらホワイトボードを睨み付ける神谷の表情は真剣そのもので、その場にもし誰かがいれば、絶対に担当バを勝たせたいという執念が溢れ出ているように感じられ気圧(けお)されていたことだろう。

 結局、朝に出勤してからトレーナー室でホワイトボードを睨み付けていた神谷は、体が空腹を訴えるまでそうし続けていた。

「……昼、食べに行くか」

 そう独り()ちトレーナー室を後にした神谷だったが、食堂へたどり着くまでも、たどり着いてからもレースのことしか頭になかった。

 

 

『アイネスフウジン! アイネスフウジンだ! アイネスフウジンコーナーを回って更に加速! 後ろは大きく離れたぞ!!』

 第四コーナーを回って四バ身(ほど)後続を引き離していたアイネスフウジンは、直線に入って更に加速した。後続のウマ娘も懸命(けんめい)に走るが、とても縮まるような差では最早なかった。あまりの大逃げに実況も観客も、トレーナー達までもが興奮していた。

『アイネスフウジン、見事に逃げ切って今ゴールイン! 選抜レースを勝利しました!』

 大歓声に迎えられ、満面の笑みを顔に浮かべたアイネスフウジンは、走り終えた勢いそのままに神谷の元へと戻ってきた。同世代の中では抜きん出ていると神谷が感じていた彼女の速さは圧倒的で、レースの始まりから終わりまでアイネスフウジンは後続のウマ娘に影を一切踏ませることなく逃げ切ってみせた。

 アイネスフウジンの素質に()かれた何人かのトレーナーが、彼女をスカウトしようと神谷と話す彼女に声を掛けるタイミングを(はか)っていたが、多くのトレーナーは羨ましそうに神谷を見ることしかできない。そんなトレーナー達に混じって、舟越(ふなこし)騎士(ないと)トレーナーもまた、何か言いたそうな顔で神谷を見てはいたが、その顔に浮かぶ色は羨望(せんぼう)のそれではなかった。

 

「選抜レース一着おめでとう、アイネスフウジン。見事な逃げ切り勝ちだったな」

 神谷からの賛辞に、嬉しそうにしながらもはにかんだ笑みを浮かべたアイネスフウジンは、神谷とシュプリュレーゲンに向き直る。

「これから、よろしくお願いしますなの!」

 元気よく声を発して、頭を下げたアイネスフウジンに、神谷とシュプリュレーゲンは一瞬目を交わし、ほぼ同時に口を開いた。

「これからよろしくな、アイネスフウジン」

「これカラ、よろしくお願いしマス!」

 

 

 四月に入り暖かな陽気が続く中、ヴァイスシュトルムは制服姿のままトレーニングコースの(らち)にもたれかかり、退屈そうにアイネスフウジンがシュプリュレーゲンの下で基礎トレーニングに精を出している姿を眺めていた。

 本来ならば、彼女も神谷指導の下トレーニングに(いそ)しんで然るべきだが、当の神谷本人からヴァイスシュトルムに直接、トレーニングの中止が言い渡されていた。

「……ふぁぁあ」

 大きな欠伸を隠そうともせず、埒に体を預けたヴァイスシュトルムは、春の陽気も相まってとても眠そうにアイネスフウジンを眺める。そんな彼女へと複雑そうに視線を一つ投げて、再びパソコンに目を落とした神谷は、ヴァイスシュトルムに掛ける言葉を探していた。

『ヴァイスシュトルム、トレーニングはしばらく中止しよう』

 ほんの数十分前に神谷がそう告げた時、ヴァイスシュトルムは虚を突かれたような顔をして、ほんの一瞬だけ安心したように身体から力を抜いた……ように神谷には見えた。スプリングステークスの後、ようやく落ち着きを見せた粘着取材(記事自体はまだ新しい物が毎日のように配信されているし、不意打ち気味に例の記者達が待ち構えていることもあるが)に、ヴァイスシュトルムのストレスも多少は改善されていた。しかしまだ、以前のように満足のいく食事は摂れておらず、朝日杯FSの頃に食べていた一食分を何とか一日で食べるという状態が続いていた。到底その食事量ではハードなトレーニングに耐えられるわけがなく、ここしばらくの間、ヴァイスシュトルムにとっても、神谷にとっても足踏みをし続けるような停滞した時間だけが積み重なっていた。

「……アイネス、いいなぁ」

 埒に両腕を付き、その上に頰を乗せた傍目にはだらしない格好でアイネスフウジンのトレーニングを眺めるヴァイスシュトルムは、心底楽しそうにトレーニングに(はげ)むアイネスフウジンを見て思わず言葉を漏らす。ヴァイスシュトルムが思わず漏らした言葉は、ここ(しばら)くの間、楽しそうにトレーニングをするウマ娘を見る(たび)に心の中で思い続けていた言葉であり、未だに満足な食事も睡眠も取ることのできない自分の腑甲斐(ふがい)なさを再確認するものであった。

「……はぁ。何で今日は走らなくて良いと思ったら安心したんだろう……」

 トレーニングの中止を神谷から伝えられた時に、真っ先にヴァイスシュトルムの頭を(よぎ)ったのは、「走らなくて済む」ことへの安堵だった。そして、そのことに一番衝撃を受けたのは、他ならぬヴァイスシュトルム本人だった。

 

 ――ヴァイスシュトルムが物心ついたときから、走りへの情熱は彼女の中に常にあった。小学校の時分(じぶん)も、学校が終われば家の手伝いを放り出して、地元の競走ウマ娘クラブで日が暮れるまで……厳密に言うならば、物理的にコーチ達が止めに入るまで走り続けるくらい、走ることへの熱情は凄まじいウマ娘だった。そんな彼女を知る人々は、彼女がいずれ欧州三冠に挑戦するものだと信じて疑わなかったし、彼女自身もまた、欧州三冠を目指すことが当然だと思っていた。

 そんな日々を送っていたヴァイスシュトルムの考えを一変させたのは、練習の一環としてクラブのコーチから見せられた日本のクラシック特集のビデオだった。そこには生涯(しょうがい)一度の栄冠を掴み取るため、必死にターフを駆けるウマ娘達の姿が鮮明に記録されていた。

 そのビデオが放映されている間ずっと、ヴァイスシュトルムは走っているときのように画面に集中していた。彼女の頰には赤みが差し、まるでレースの前のように胸が高鳴る。彼女の身体には、実際に走っている時のように心地の良い熱が、興奮と共に駆け巡っていた。次々と流れるレース映像の中で、特にヴァイスシュトルムの目を惹いたのはミスターシービーとシンボリルドルフが三冠を達成した場面だった。

 簡単には成し遂げられない偉業を、十何年かぶりに成し遂げたミスターシービー。そして、無敗で三冠を達成したシンボリルドルフ。ヴァイスシュトルムが競争ウマ娘として彼女達に挑みたいとの欲求を持つことは、当然の結果だった。ヴァイスシュトルムの体内で渦巻く熱は際限なく上がり続け、それは映像を見終わった後も中々冷めなかった。

 それから日が()ち、いつもの日々に戻ってからも(くすぶ)り続けるその熱は、やがて「いつかあの舞台で輝きたい」という夢に昇華(しょうか)していた。

 ドイツ(欧州)に生まれながら、伝統ある欧州三冠よりも極東の島国での三冠に熱中したヴァイスシュトルムに対して、彼女の学友は「変なヴァイス」と口々に言い、学校の先生やクラブで指導してくれた元競走ウマ娘のコーチでさえも「伝統ある欧州クラシックの方が日本のクラシックよりも名声は高くなる」と暗に考え直さないかと伝えるほどだった。それでもヴァイスシュトルムの考えは変わらなかったし、変えるつもりもなかった。

 既にヴァイスシュトルムの中では、最も()えあるクラシック三冠は「日本の」クラシック三冠となっていたのだから、それも当然だった。

 それからのヴァイスシュトルムは必死に日本語を勉強し、留学を認めて貰うために家の手伝いも積極的に行うようになっていた。彼女の母親はそんなヴァイスシュトルムを見て「血は争えないのね」と笑みを深め、父親は何とも複雑な表情を浮かべていた(ヴァイスシュトルムの母親もまた、走ることが何よりも生きがいであり、自分がこれと決めたレースに出走するためなら文字通り何でもしたという事実は、ヴァイスシュトルムが日本に()つ日、見送りに来た父親から彼女にこっそりと伝えられた)。

 来日し、トレセン学園に入学してからは珍しい月毛に注目が集まったことで、(わずら)わしくイヤな思いをすることもヴァイスシュトルムにはあった。しかし、そのおかげでヴァイスシュトルムは神谷トレーナーに出会うことができ、レースで実力を示す事ができるようになったのだから、悪いことばかりではなかったと今は考えている。デビューしてからは益々(ますます)走ることが好きになったし、トレーニングの成果が自分で実感できることがヴァイスシュトルムには何よりも嬉しかった。そして何よりも、夢見た舞台に近づいている実感が嬉しかった。

 だからこそ、ヴァイスシュトルムは自分自身が許せない。

 夢にまで見たクラシック路線に挑戦している最中に、些細(ささい)なことで神経をすり減らす自分の繊細(せんさい)さが許せない。

 自分で自分の夢を手放しそうになっている事実が許せない。

 神谷トレーナーとシュプリュレーゲンに心配をかけ続けていることが許せない。

 そして何よりも、走らなくて良いことを悔しく思えないだけではなく、あろうことか安堵してしまったことが(ゆる)せない。

 だから、彼女は――。

 

 

 昨日に引き続いて、今日もトレーニングの中止を神谷とシュプリュレーゲンから言い渡されたヴァイスシュトルムは、とある扉の前に立っていた。

 扉の上の室名札(しつめいふだ)(教室札やクラス札、学級表札の方が一般的かもしれない)には、「旧理科準備室」と掲示してあった。

 そこは、マンハッタンカフェの私的な喫茶室であると同時に、とあるウマ娘の研究室でもあった。

 マッドサイエンティストの呼び声高いそのウマ娘は、今日もここで自らのトレーナー(モルモット)と共に、実験に励んでいた。

「タキオン、話があるんだけど……」

「ふぅン……。この薬もダメか……。モルモット君の上半身が眩しく光るだけで、期待した効果は発現しなさそうだねぇ……」

「……ねぇ、これ本当に元に戻るのか? また奇異(きい)な目で見られるのは、いい加減俺も嫌なんだけど」

「いい加減慣れたまえよ。モルモット君」

 勢い良く扉を開けたヴァイスシュトルムの眼前では、栗毛のウマ娘が七色どころか黄金色に眩しく光る半裸の男からの文句をバッサリと切り捨てていた。その眩しさから反対の位置にいるマンハッタンカフェは、至極(しごく)迷惑そうにその光景を見ながら、黒猫のシルエットが描かれたマグカップを傾けていた。

 やはり、ここに来るのは間違っていたのかも知れない。そう思い直したヴァイスシュトルムは、静かに扉を閉めると(きびす)を返し、自らが安心できる場所、つまりは神谷のトレーナー室へ向かおうと一歩を踏み出した。しかしその瞬間、ほんの少しの浮遊感と共に、勢い良く後ろへと引っ張られ、先程彼女が閉めた扉の中へと引きずり込まれていた。

 ヴァイスシュトルムを飲み込んだ旧理科準備室の扉は静かに閉まると、廊下には何事もなかったかのように静寂が戻っていた。

態々(わざわざ)来てくれたのに、紅茶の一杯も飲まずに帰ろうとするなんて、あんまりだと思わないかい? ヴァイス」

「むーっ! むーっ!!」

 口を押さえられたヴァイスシュトルムは、ジタバタと暴れながら、自分の身体を抱き(すく)める栗毛のウマ娘、アグネスタキオンを睨み付ける。

「ほらほら、大人しくしたまえよ。今モルモット君が美味しい紅茶を()れてくれるから」

「むーっ!!」

「ヴァイス、君……」

 首を左右に振って拒絶を表すヴァイスシュトルムだが、まともに食事を摂れていない影響からか、早々に力を失う。それを感じ取ったアグネスタキオンが口を開こうとしたその瞬間、目に見えない『誰か』が自分とヴァイスシュトルムの間に割り込み、アグネスタキオンはヴァイスシュトルムを手放させられた。

「……何をしているんですか」

 いつの間にか戻ってきていたマンハッタンカフェは、アグネスタキオンから開放されたヴァイスシュトルムを優しく抱き留めると、半眼でアグネスタキオンを見つめていた。

「~~~っ! カフェ~っ!」

「安心して下さい……もう大丈夫ですよ……」

 自分に(すが)り着いて来るヴァイスシュトルムをあやしながら、マンハッタンカフェはアグネスタキオンからジリジリと距離を取る。そんな二人に羨望とも嫉妬(しっと)とも取れる複雑な表情を向けて、アグネスタキオンは一つ溜め息を()いた。

「それで、栄養吸収効率を高める薬はあることにはあるが……覚悟はできているのかい?」

 先程までの巫山戯(ふざけ)た空気を霧散(むさん)させて、やや重苦しく告げるアグネスタキオンに、ヴァイスシュトルムも姿勢を正して彼女へ向き直る。ヴァイスシュトルムを抱き留めていたマンハッタンカフェは、いつの間にかヴァイスシュトルムの後ろから姿を消していた。

「……うん。まともに走れなくて後悔するくらいなら、走った後に出てくる後遺症なんて怖くない」

 ヴァイスシュトルムのまっすぐな瞳に、愚問だったかとアグネスタキオンは頰を緩めて目を伏せる。それから、薬品棚からフラスコに入ったかなり濃い緑色をした液体を取り出すと、ヴァイスシュトルムに向き直ってその薬を差しだした。

「これが君の求めていた薬だ。その覚悟には敬意を表しよう。さあ、飲みたまえよ!」

「これが体力回復と栄養摂取効率が良くなる薬……!」

 濃い緑色の薬を受け取ったヴァイスシュトルムは、フラスコの口に被せてあったアルミホイルの蓋を開けると一息に飲み干そうとして、あまりの青臭さに顔を(しか)めた。

「ねぇ、タキオン? この薬、すごくその、えっと、青草とかの臭いがするんだけど……?」

「ああそうだ、君の勘違いを訂正しておくよ。ドーピングほど(しら)ける行為はないからね。一時的にしか効果を(もたら)さず、使用後に悪影響を齎すような身体強化薬なんて私は一度も作ったことはないし、これからも作ることはないだろう」

 そう言ったアグネスタキオンは、つまらなさそうに髪を指で(もてあそ)びながらヴァイスシュトルムへと近づいてきた。

「君に渡したその薬も、あくまでも低下した身体機能を補助し、不足した栄養素を補うことに主眼を置いた代物(しろもの)でね。栄養摂取効率が上がるのは副次的な作用に過ぎないのさ」

 そう話しながら、にじり寄ってくるアグネスタキオンを不思議そうに見て、再び手に持ったフラスコから漂う臭いに顔を顰めたヴァイスシュトルムは、アグネスタキオンの言葉を理解しようと努めた。

「それだけならまあ、とても良い薬だったんだが……。一つ問題があってね」

「……それは?」

「……とても苦く、青臭く、……つまりは不味(まず)い! という問題さ!」

 一瞬のうちにフラスコをヴァイスシュトルムの手からひったくったアグネスタキオンは、そのフラスコをヴァイスシュトルムの口に突っ込んで傾けた。

「!? ……? ……! んーっ! むー!?」

 フラスコを口に入れられた瞬間は、驚きで何も感じなかった。(しばら)くしてもアグネスタキオンが言うほどの苦さも青臭さも不味さも感じない。しかし、次々と流れ込んでくる薬を口に溜め続けることなどできるはずもなく、とりあえず飲み下した瞬間、それはヴァイスシュトルムに対して牙を()いた。

 口いっぱいに広がる青臭さと土臭さは、まるで雑草を煮詰めた泥汁のようで到底飲み込めるものではないし、口いっぱいに広がる苦みは、一度興味本位で口にした(とても苦かった覚えのある)ゴーヤや罰ゲームで飲まされた事のあるセンブリ茶の方がマシに思えるほどだった。臭いと苦みの暴力に、ヴァイスシュトルムの両目からは涙が溢れ、ジタバタと激しく暴れる。しかし、アグネスタキオンが的確に身体を押さえ込んでいるせいで何の効果も得られなかった。

 ヴァイスシュトルムは、フラスコが空になるまで、全身を小刻みに震わせて苦悶(くもん)の表情を浮かべながら、耐え続けるしかなかった。

 

 ようやく空になったフラスコを口から引き抜かれ、押さえ込まれていた身体も開放されたヴァイスシュトルムは、ぺたんと床に座ると涙を浮かべたままアグネスタキオンを上目(づか)いで睨み付ける。

「……罪悪感を覚えさせるような、非難がましい目は止めたまえよ」

「タキオンに(はずかし)められて酷いことされた……もうお嫁に行けない……」

「人聞きが悪いにもほどがあるよ!?」

 しくしくと泣き真似(まね)をしてみせるヴァイスシュトルムだが、その口内ではまだ苦みと土のような味と青臭さが渦巻いていた。

「ふぅン……。しかし、あれだねえ……」

「……?」

「美少女ウマ娘の異名にもかかわらず、その口臭は雑草を煮詰めたようなもの……という、とても愉快なことになっているから、早く何とかした方が良いんじゃないかい?」

 楽しそうに笑みを浮かべるアグネスタキオンの言葉に、ヴァイスシュトルムはわなわなと拳を震わせた。一体、誰のせいでこうなったと思っているのかと。

「タキオンさん……ヴァイスをいじめるのは、そこまで……です」

 マンハッタンカフェの言葉と共に、アグネスタキオンが蹈鞴(たたら)を踏んで蹌踉(よろ)ける。まるで、誰かに思い切り突き飛ばされたかのような体勢の崩し方をしたアグネスタキオンに、ヴァイスシュトルムは狐につままれたかのように呆けた顔をした。

「お口直しにこちらをどうぞ」

 そんなアグネスタキオンを気にした様子もなく、マンハッタンカフェはヴァイスシュトルムを自分のカフェスペースにあるソファへと抱き寄せると、手ずから淹れた特製コーヒーの入ったマグカップを彼女に手渡した。

「あ、ありがとうカフェ……。ところでさ?」

「……? 何ですか?」

 不思議そうに首を傾げるマンハッタンカフェは優しく微笑んでヴァイスシュトルムを見つめる。その整った顔を至近距離で見たヴァイスシュトルムは、頰をやや赤く染めて目を逸らした。

「……そのさ、近すぎない?」

「……」

 カフェスペースに連れられてからずっと、マンハッタンカフェに抱きしめられていたヴァイスシュトルムは、顔をますます赤く染める。しかし、当のマンハッタンカフェは意に介した様子もなく、涼しい顔をして自分のマグカップを傾けた。

「……気のせいです」

「気のせいじゃないよね!?」

「そんなことより……、冷める前に……飲んで下さい……」

「!? 腕が勝手に……!? ちょっ、ちょっと待って!! 飲む! 飲むから!!」

 マンハッタンカフェによって手渡されたマグカップが、ヴァイスシュトルムの意志とは無関係に口元へと近づいてくる。『誰か』に手を掴まれて動かされているのに、その『誰か』が見えない事にヴァイスシュトルムは少しばかり戦慄(せんりつ)した。

 このまま抵抗して火傷(やけど)をするよりも、自分の意志で飲んだ方が良さそうだと慌てて判断したヴァイスシュトルムがマグカップを口元に近づけると、その見えない手は力を緩めてくれた。しかし、ヴァイスシュトルムが(しっか)りとマグカップの中身を飲み干すまで、掴んだ手を離してはくれなかった。

 

 ヴァイスシュトルムが自室に帰ったのを見送って、マンハッタンカフェは再びマグカップを傾けた。普段はマンハッタンカフェに()いている『あの娘』は、ヴァイスシュトルムに着いて(憑いて?)行ってしまったらしく、部屋を共有しているアグネスタキオンの声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。

 コーヒーの香りを楽しみながらも、マンハッタンカフェの頭脳は、酷く()せ細ったヴァイスシュトルムの身体について思考を巡らせていた。

 彼女が食事を摂れなくなっていたのは、食堂で見かけたときの食事量でわかっていた。しかし、クラシック級競走ウマ娘として、あそこまで痩せているとは想像だにしていなかったのだ。

 マグカップをテーブルに置き、ソファの背もたれに寄りかかったマンハッタンカフェは、天井を見つめる。今マンハッタンカフェにできることは、先程飲ませたリラックス効果が見込めるコーヒーを淹れる位しかないが、それが少しでもヴァイスシュトルムのためになればと祈らずにはいられない。

 普段は自分の研究に打ち込むアグネスタキオンが、この一週間ずっと彼女のために栄養吸収効率を高める薬を改良していたのだ。言い方を変えれば、それほどまでにヴァイスシュトルムの体調は(かんば)しくないとも言える。

「……ヴァイスは、無事に部屋へ帰れたでしょうか……」

 しっかり者の『あの娘』が着いているのだから、大丈夫だとわかっている。

 それでも、マンハッタンカフェの心配は尽きなかった。




ついこの間四月が始まったと思ったら、もう四月が終わるんですけども。時の流れおかしくなぁい?

ここまで遅くなった原因ですが、職場でたちの悪い喉風邪を貰いましてね……コロナは疑われるわ、微熱が一週間続くわ、仕事は忙しいわと散々な目に遭ったせいで執筆時間が取れなかったのです。
ゴールデンウィーク期間には間に合ったから許して……ユル……シテ………………シテ………………


今回の話から正式にアイネスフウジンが神谷の担当バになりました。神谷の周りナイスバディ多いな? 羨ましいそこかわれ

アイネスフウジンの実際のレース映像を見たことがない方は、是非とも一度ご覧下さい。私はあまりの格好良さにしびれましたし、鳥肌が立ちました。
アイネスフウジンしゅき…………

それでは、また次回の話でお会いしましょう。
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