ウマ娘プリティダービー ~月毛のウマ娘~    作:蒙駄目猫

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今回のお話には、少しばかり重い話が含まれています。
表現自体はそこまで残酷なものにはなっていないと思いますが、充分お気を付けてお読み下さい。



♯19.皐月賞開幕前

 春のファン大感謝祭も終わり、新たな桜花賞ウマ娘が誕生した翌日。久しぶりの練習となったヴァイスシュトルムは、坂路(はんろ)トレーニングのインターバル中に自分の(てのひら)をじっと見つめていた。

「ヴァイス、どうかしたノ?」

「レーゲン……いや、何でもない」

 そう言ってヴァイスシュトルムは再び坂路コースのスタート位置に立つ。彼女の様子に首を(かし)げたシュプリュレーゲンは、首を傾げながらもスタートの合図を出す。合図に(こた)えるように駆けだしたヴァイスシュトルムは、以前とは異なる身体の動きに頭を悩ませる。自分の中では、以前と同じように身体を動かしているはずなのだが、どうも微妙に違和感を覚えてしょうがない。

「……ううん、なんかしっくり来ないなぁ。レーゲンにもトレーナーさんにも、これ以上心配かけたくないんだけどな……」

 身体の違和感からトレーニングに集中できないでいたヴァイスシュトルムのタイムは、競走ウマ娘の中では特別速くも遅くもない平均的なものだった。端的にいえば、とても休養明けのウマ娘が出すタイムとは言い(がた)いものだった。

 

「ヴァイスシュトルムの様子がおかしい? そりゃあ、走るフォームが変わったんだから仕方ないんじゃないか?」

「えっ」

 ヴァイスシュトルムの様子がどこかおかしいと、トレーニング後に神谷へ報告したシュプリュレーゲンは、さも当然の(ごと)く言いのけた神谷の言葉に驚いた。

「なんだ、気づいてなかったのか……。良い機会だから、どうフォームが変わったのか、詳しく見てみると良い」

 ミーティング用の長机を顎で(しゃく)った神谷は、シュプリュレーゲンが椅子に座ると、彼女の前にノートパソコンを置き映像を二つ同時に再生した。一方は朝日杯FSの直前トレーニングの様子であり、もう一方は今日の映像だった。

「うーん? 言われてみれば……?」

 シュプリュレーゲンは頭に疑問符を浮かべながらも、しっかりと動画を確認し続ける。何度も何度も繰り返し再生し続けてようやく、小さな差異を見付けたシュプリュレーゲンは、それでもなお首を傾げていた。

「何となくわかった、かも」

「お、それじゃあ答え合わせするか」

 シュプリュレーゲンの隣から身を乗り出すような体勢を取る神谷は、再び流れ始めた映像を指さすようにシュプリュレーゲンに伝える。

 彼の行動に驚いて身を硬くしていたシュプリュレーゲンだが、神谷に(うなが)されるままヴァイスシュトルムのどこが変わったのかを指し示していく。

「うん、よく見れてる……が、それではまだ不十分だ」

 シュプリュレーゲンが指摘した、ヴァイスシュトルムが休養明けから見せるようになった腕の振り方や脚の上げ方、小さな肩のブレは確かにその通りなのだが、最も肝心な体幹のブレ――腰の揺れ方やトモ(臀部(でんぶ)太腿(ふともも)を合わせた部分。ウマ娘に対してのみ用いるが、場合によってはセクハラになり得る。不埒者(ふらちもの)への制裁はウマ娘(ごと)に異なり、ヴァイスシュトルムの場合は不届き者の尻を思い切り蹴飛ばしてくる)の不安定さ――についての指摘をシュプリュレーゲンはできていなかった。

「つまり、ヴァイスが不調な原因は体幹を支えられていないから……ってことですカ?」

「それだけとは言えないが、体幹がブレる事で肩の振れ方だったり、腕が横に流れたりしている部分はあるだろう」

 背もたれに身体を預け、頭の後ろで腕を組んだ神谷は、天井を見ながら独り言のように呟いた。

「体幹がブレてエネルギーをムダにしてるっていうのに、タイム自体は以前と遜色(そんしょく)ないんだから末恐ろしいもんだけどな」

 ぼそりと呟いた神谷の言葉通り、ヴァイスシュトルムがトレーニングで記録した時計自体は、彼女が体調を崩す前に記録したものと遜色ない。それどころか、その時よりも早い時計を叩き出している事実と(かんが)みれば、体幹のブレを矯正(きょうせい)すればもっと記録が伸びる事は想像に(かた)くない。

「とりあえず、シュプリュレーゲンはあれだな。担当ウマ娘の些細(ささい)な変化が、一体何に起因しているのかについて勉強していかないとな」

「はぁい……」

 柔らかく笑いながら告げる神谷に、シュプリュレーゲンは耳を前に折りながら笑顔を返す。

 その顔を見ながら、神谷もまた自らに同じ言葉を言い聞かせる。シュプリュレーゲンにかけた言葉が、そっくりそのまま自分に返ってきているような気がしてならなかった。その証拠に、先日ゴールドシップから言われた『ヴァイスのことをもっとちゃんと見てやれ。そんくらいわかってんだろ?』という言葉が神谷の脳内で再生される。

 自由奔放、傍若無人とトレーナー達の間では言われるゴールドシップだが、あれでいて子供好きでお節介、中々の世話焼きな性格であることを神谷は知っている。そんなゴールドシップが態々(わざわざ)神谷に忠告をしたのだから、神谷も彼女の言葉を無視することはできなかった。

「……お互い、勉強することはまだまだ多いな」

「……?」

 神谷の言葉に首をコテンと倒したシュプリュレーゲンは、不思議(ふしぎ)そうに神谷を見つめていたが、それに対する神谷はひらひらと軽く手を振るばかりだった。

 

 

 皐月賞の枠順が発表され、それと同時に行われた出走ウマ娘による合同記者会見も(つつが)無く(不思議なことに、ヴァイスシュトルムに粘着していた三人の記者の姿もなかった)終了し、いよいよ開催が迫ってきた皐月賞。それを前にしてトレーニングへ益々(ますます)熱が入るヴァイスシュトルムの姿に、神谷もシュプリュレーゲンも胸をなで下ろした。

「一時はどうなることかと思ったが、これなら大丈夫そうだな」

 まだブレ気味な体幹は懸念(けねん)材料ではあるが、記録される時計自体は世代の中でもトップクラスの記録である以上、今無理に矯正して走りのフォームを崩すリスクを負う必要はないと、神谷とシュプリュレーゲンは結論付けていた。

 ヴァイスシュトルムのフォーム矯正については、皐月賞の後、日本ダービーまでに矯正できれば一番理想的ではある。しかし、ダービーが終われば菊花賞トライアルまで、(およ)そ三カ月という長期間余裕ができるのだから、その間にじっくりと、時間をかけて、フォーム矯正に取り組めば良いだろうと二人は考えていた。そのため、今のトレーニングの中心メニューは、中山の急坂対策とバ群に()まれないようにするための力強さを身につけるものが主になっていた。

 

 皐月賞開催の二日前、この日は身体に疲労を残さないために、今まで鍛えた身体を維持する程度の軽いトレーニングで終わらせ、トレーナー室のホワイトボードを使用してのレース対策がメインになっていた。

「トレーナーさん、ちょっと休ませて……」

 疲れたようにそう言って、ヴァイスシュトルムはトレーナー室の長机に突っ伏した。

「……レース理論関連になると、途端に体力がなくなるな。ヴァイスシュトルムは」

 机の天板にだらしなく頰を付けたヴァイスシュトルムは、恨めしそうな顔をして神谷を見る。それから耳を伏せて目を瞑るとまるで神谷の言葉が聞こえないかのような態度を取り始めた。

「全く……。十分後に再開するからな」

 やれやれと言わんばかりに呆れた顔をした神谷は、そう告げて給湯スペースに足を向ける。そんな二人を後ろから見ていたアイネスフウジンとシュプリュレーゲンは、顔を見合わせて笑い合った。

「ホント、授業中は優等生なヴァイスしか知らないクラスメイトにも見せてあげたいの」

「……絶対イヤ」

 アイネスフウジンの言葉に、イヤそうに顔を(しか)めながら身体を(ひね)って振り向いたヴァイスシュトルムは、ケタケタと笑うアイネスフウジンに対して眉間の(しわ)を深める。そして、彼女の隣に座るシュプリュレーゲンに何とかしてと目配せをした。

「……ヴァイスは昔から外面は完璧だからね。変わってなくて懐かしい気分だよ」

 微笑みながらヴァイスシュトルムを見つめるシュプリュレーゲンに、ヴァイスシュトルムは薮蛇(やぶへび)だったと益々顔を顰めた。自分の不利を悟った彼女は、正面に向き直ると机に寝そべるように上半身を預け、不機嫌そうに尻尾を揺らすばかりだった。

「でもホント、昔に戻ったみたい」

 目を(すが)めるシュプリュレーゲンは、数年前まで、ヴァイスシュトルムと同じ教室で授業を受けていた日々への郷愁(きょうしゅう)に駆られる。無邪気に机を並べて勉強していたあの頃とは、立場も何もかもが変わってしまい、シュプリュレーゲンはほんの少しの(さび)しさを覚えていた。

 あの頃、ヴァイスシュトルムと共に並んで居たはずのシュプリュレーゲンの姿は、今はもうどこにもない。

 親友の隣で切磋琢磨しているのが自分ではなく、自分が師事している人の担当ウマ娘であることを改めて認識した途端、胸の奥が痛んだ。

「……ホント、昔のようだったら良かったのに」

 目の前で(うつぶ)せるヴァイスシュトルムに、アイネスフウジンが絡みに行っている仲の良い姿を見て、シュプリュレーゲンは自分の右足首に視線をやってから口の中で呟いた。音にもなってないはずのそれはしかし、ヴァイスシュトルムを反応させた。

「何か言った? レーゲン」

「何も言ってないよ。そんなことより、回復したなら再開しよっか?」

 一瞬で表情を取り(つくろ)ったシュプリュレーゲンは、笑みを浮かべてヴァイスシュトルムにそう言いのける。シュプリュレーゲンの様子に違和感を覚えたヴァイスシュトルムだったが、彼女の言葉に顔を顰めて再び外方(そっぽ)を向いて抗議の意を示していた。

「もう……Nun, es kann nicht geholfen werden(しょうがないなぁ)

 ヴァイスシュトルムの姿に苦笑したシュプリュレーゲンは、ドイツ語で何かを呟くと口許を(ほころ)ばせた。それから、まるで眩しいものを見るように目を細めて、ヴァイスシュトルムとアイネスフウジンを見る。

 そんなシュプリュレーゲンに対して、ヴァイスシュトルムの隣で彼女を見ていたアイネスフウジンはもちろん、給湯スペースから戻ってきた神谷は、揃って複雑そうな思いを抱いていた。

 

 怪我(けが)から回復した後、元のように走れないことが一体どれほどの絶望を(もたら)すのか、競争ウマ娘でもスポーツ選手でもない神谷には()(はか)ることはできない。しかし、足搔(あが)いて足搔いて、足搔き続けてそれでもなお届かない現実に絶望する気持ちには、二十年以上生きてきた神谷も多少は覚えがあった。

 羨ましそうな目でターフを駆けるウマ娘を見つめるシュプリュレーゲンに、走りへの未練を徐々に諦めさせることは簡単だろう。現実として、彼女の脚は最早(もはや)以前のようには動かないのだから。しかし、神谷はそれをしたくなかった。

 一昨年のドイチェスダービーの映像で、勝負服である大きめな真紅のパーカーを風に泳がせ、まるで舞い踊るかのような軽やかさで一番にゴールを駆け抜けたウマ娘の姿に、神谷は目を奪われた。

 フラッシュを浴びて輝かんばかりのウマ娘は、イギリスダービーに続いてドイチェスダービーを勝利したことにより、母国の記者やアナウンサーから国の誇りだと誉めそやされ、画面の中で満面の笑みを浮かべていた。

 インタビューの中で目標レースについて語る彼女は、本当に眩しく輝きを放っており、一流ウマ娘とはかくあるべしといった堂々たる貫禄を見せつけたそのウマ娘は、勢いそのままに連闘となったキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスステークスに出走し、見事勝利を飾った。しかし、その無茶とも言えるローテーションが(あだ)となった。

 KGⅥ世&QESでゴール後、左脚に炎症を起こしていた彼女は、一カ月程休養を取った。完全に回復した左脚は調子が良く、欧州三冠の最後の一冠、凱旋門(がいせんもん)賞の制覇に手が届くところだった。だが――彼女が欧州三冠ウマ娘となることも、凱旋門賞に再び挑戦し勝利する機会さえも、永遠に失われた――。

 

 

『さぁ、最後の直線での攻防。シュプリュレーゲンがバ群を割って先頭に立とうとしているぞ!』

 ギチギチに詰まったバ群に揉まれながらも、好位置をキープしていたシュプリュレーゲンは、パリロンシャンレース場特有であるフォルスストレート(第四コーナー終盤付近にある直線に近いコーナー部。最終直線と勘違いしやすく、ここで我慢できるかどうかも大きく勝敗に関わってくる)の(しま)いからラストスパートをかけるため、前で密集していたウマ娘達を搔き分けて先頭に立った。そのまま直線に入り、一気に加速する。

『これなら、勝てる!』

 足の調子はとても良く、後ろからのクラシック級・シニア級の入り交じったウマ娘達も、シュプリュレーゲンの鋭い末脚に着いて来られそうもない。

 ここまで来ると、ロンシャンに詰めかけた誰もが、シュプリュレーゲンによる欧州三冠の快挙達成を疑うことはなかった。

『残り後200M、後ろからシュプリュレーゲンに届くウマ娘はいないか! 欧州三冠ウマ娘の誕生だ!』

 観客も、実況も興奮しきりで、歓声がシュプリュレーゲンを出迎える。興奮している観客達の姿が見え始め、シュプリュレーゲンはこみ上げる嬉しさから口角を上げた。

『みんな喜んでくれてる……。ヴァイスも見てるかな?』

 日本に渡った親友を脳裏に思い描いて、シュプリュレーゲンは軽やかに欧州特有である深い芝の上を駆けていく。彼女の後ろとは三バ身程開いており、観客席の熱狂も最高潮に達していた。

『あっ……?』

 右足を力強く踏み込んだ瞬間、シュプリュレーゲンを襲った一瞬の浮遊感。突然消えた、右足が地面を踏み締める感覚に、シュプリュレーゲンは階段を踏み外したかのような錯覚を覚えた。トップスピードで空中に投げ出されたシュプリュレーゲンはなすすべなくターフに転がり、全身で芝を(いく)らか(えぐ)り取ってようやく止まる。

 ゴールまで(わず)か数十Mのところで起こった悲劇に、スタンドが、パリロンシャンレース場全体が、しんと静まり返った。

 好調な走りを見せていたシュプリュレーゲンが突然転倒したことに、後ろから彼女を追走していたウマ娘達も戸惑(とまど)いを見せる。隣を通過する(たび)に各々がちらりと心配そうにシュプリュレーゲンを一瞥(いちべつ)し、再び視線を上げてゴールへと向かって走り去る。

『何と言うことでしょう! シュプリュレーゲンに故障発生! 一着でゴールしたのはブレイブダンサー! シュプリュレーゲンは大丈夫でしょうか……欧州三冠の歴史的快挙は達成されませんでした、なんてことだ……』

『あっ、ぐぅ……』

 芝に投げ出されたシュプリュレーゲンは、右足からの激痛に声を出すこともできず(もだ)えていた。右足を抱えて(うずくま)るシュプリュレーゲンにすぐに駆けよった彼女のトレーナーは、彼女が抱える右足、特に足首を見てはっと息を飲んでから目を伏せた。彼女の右足首は、本来曲がらない外方(がいほう)に曲がってしまっていた。

 

 病院に搬送されたシュプリュレーゲンが目覚めたときには、既に窓の外は暗くなっていた。(かたわ)らに控えていたトレーナーが、シュプリュレーゲンが起きたことに気付き、すぐに担当医を呼び出す。

 担当医から骨折状態の説明を受けながらレントゲン写真とCT画像を見せられ、重い骨折であることと複数回の手術が必要になる可能性があることを告げられた。

 完治には時間がかかることと、完治しても以前のようには走れない可能性が高いことを告げられたシュプリュレーゲンは、それでもなお諦めることはしなかった。日本に留学した幼馴染(おさななじ)みであり、親友であるヴァイスシュトルムと同じレースで競うという夢が彼女に諦めるという選択をさせなかった。

 一年と半年を治療に(つい)やし、リハビリに半年を費やした頃、(すで)に怪我から二年が経っていた。夏に届いたヴァイスシュトルムからの手紙で彼女がデビューしたことを知り、レース復帰に向けたトレーニングに益々熱が入ることとなった。

 そして迎えた復帰初戦、地元であるミュンヘンレース場でリステッド競走、芝2000Mに挑んだシュプリュレーゲンは、大敗を(きっ)することとなった。

 

 ゲートを出てからずっとシュプリュレーゲンを(さいな)んでいた右足の違和感は、第四コーナーを回ってなお拭い去ることはできず、更に悪いことにスパートをかけようとして右足に力を込めることを身体が嫌がった。その結果、シュプリュレーゲンの実績としては余裕なはずのリステッド競走で、彼女は最下位という辛酸を味わうこととなった。しかし、彼女の苛立ちの原因はリステッド競走で最下位だったことではない。

 レース終盤、頭ではスパートをかけようと思うものの、身体が骨折したことを覚えているのか、(かたく)なにスパートをかけることを拒否される。右足の違和感とスパートをかけたいのにかけられないままに終わってしまったことに、シュプリュレーゲンの歯痒(はがゆ)さと苛立ちの上限は青天井となっていた。

 それから改めてトレーニングを行ったものの、同年の十一月に行われたフランス・トゥールーズレース場で行われたグループⅢ(GⅢ)、フィユドレール賞で何とか入着する(五着になる)ことがやっとだった。

 誰よりもこの結果を受け入れられなかったのは、シュプリュレーゲン自身だった。怪我から復帰してすぐの結果に、周囲の人々は悲観することはないと慰めや励ましを送ったが、それがなおのことシュプリュレーゲンを苦しめることになった。

 それでも、懸命にトレーニングに励んでいたシュプリュレーゲンだったが、その時は突然訪れた。

 

 帰省して実家で朝食を取っていたシュプリュレーゲンは、手に持っていたフォークを取り落としてしまった。フォークが落ちる音が聞こえた瞬間、シュプリュレーゲンの中でガラスが砕け散ったかのような音が聞こえた。

 その瞬間、シュプリュレーゲンの両目からは止め()なく涙が溢れ、その場から動けなくなった。泣き崩れるシュプリュレーゲンに、彼女の母親は娘を抱きしめてあやすことしかできなかった。

 それから数日後、シュプリュレーゲンは競走ウマ娘の引退を表明し、来日することが決まったのだった。

 

 

 ヴァイスシュトルムのトレーニング状況を(まと)めたレポートを見ながら、シュプリュレーゲンの過去に思いを()せていた神谷は、何かに呼ばれたような気がした。手に持っていたレポート用紙を机に置き、窓へと近寄って外の風景を眺める。

 赤々と燃える夕日が、窓の外に広がる風景も部屋の中も真っ赤に染め上げる様子に、神谷はふと真紅のパーカーを(ひるがえ)して疾駆(しっく)するウマ娘の姿を見た気がした。

 夕焼けの中で楽しそうに走るそのウマ娘は、ゴール板を駆け抜けると同時に、(かすみ)のように消えていく。消える瞬間に彼女が見せた笑顔は、何時(いつ)までも神谷の頭に残り続けていた。

 たった今見た白昼夢に、神谷は天井を仰ぎ見る。そうして一息ついた神谷は、机の上に広げていたレポートや書類を纏めて鞄に仕舞(しま)うと、トレーナー室を後にする。

 

 ヴァイスシュトルムの晴れ舞台となるべきレース、皐月賞の開催まで二十四時間を切っていた。




お待たせしました、お待たせしすぎたかもし(ry

今回のお話は閑話休題的な内容となりましたが、お楽しみ頂けたでしょうか?

……え? 話が更に重くなった? ……っすー。
このお話の中では実馬だと予後不良レベルのものはポンポン出てくるので注意して下さい。
一応前書きで注意書きはするようにします。

ウマ娘の良いところの一つに、骨折は治る病気(怪我)だということが言えるかなと思います。

アニメ第一期のサイレンススズカの骨折然り、今回私が書いたシュプリュレーゲンの骨折然り、実馬であれば予後不良の診断が降され、即座に安楽死とされるレベルのものです。

馬にとって骨折は死に直結しかねないものですが、ウマ娘であればよっぽど酷いものでない限りは命には関わらないはずです(むしろ、60km/h~70km/hで転倒する方が危険だとはアニメ内でも言及されてましたね)。

骨折などの怪我の描写を一体何処までやるか迷いました。しかし、競馬を元にした作品である以上、怪我問題は付き纏いますし、ウマ娘では骨折は完治するものであること(競走ウマ娘を続けられるかどうかは別ですが)、安楽死はないことで描くことにしました。

私の拙い文章で、一体何処まで伝えることができるのかわかりませんが、今後もレース中、或いは練習中に怪我の描写が出てくる可能性があることを、頭の片隅に置いておいて貰えるとありがたいです。

次回こそは皐月賞の話になると思いますので、よろしくお願いします(皐月賞終わってから何週間経ってるか数えてみろって? ひいふう……ミナカッタコトニシヨウ)。

それではまた次回、ご覧頂けることを楽しみにしております。
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