ウマ娘プリティダービー ~月毛のウマ娘~    作:蒙駄目猫

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♯24.世代の頂点

 第二コーナーを抜けて、中団やや後方からレースを進めるヴァイスシュトルムを、不安そうな、あるいは心配そうな面持ちで一組の夫婦がじっと見つめていた。

 夫婦が見つめる東京レース場の巨大なターフビジョンには、バックストレッチを中団やや後方で走るヴァイスシュトルムが丁度映し出されたところだった。画面に映るヴァイスシュトルムは、残り半分を過ぎてなお中団やや後方に留まっており、前へ行く様子が見受けられなかった。

「|Trainer, kann meine Schatzi dieses Rennen gewinnen?《トレーナーさん、娘はこのレースで勝てるでしょうか?》」

「正直に言わせていただけるなら、わかりませんとしか申し上げられません。ヴァイスシュトルムは、このレースに向けて必死にトレーニングをしてきました。しかしそれは、このレースに出走している他のウマ娘達も同様です」

 神谷の言葉をシュプリュレーゲンの通訳を介して聞いたヴァイスシュトルムの母親は、顔とウマ耳を伏せる。しかし、続く神谷の言葉に耳をピンと立てて、ハッとした様子で顔を上げた。

「ただ……。私は、ヴァイスシュトルムこそが日本ダービーという冠に一番相応(ふさわ)しいと思っています」

 そう言い切って、まっすぐにヴァイスシュトルムの姿を見つめる神谷に、安心したよう頰を緩めたヴァイスシュトルムの両親は、再び娘の姿を大きく映し出したターフビジョンに目を向ける。不良バ場と土砂降りの雨、そして跳ね上がる泥にまみれながらも懸命に走る娘の姿を見て心配そうな顔をしたものの、先ほどまでの不安そうな雰囲気は見当たらなかった。

 そんなヴァイスシュトルムの両親をチラリと見て、再びターフビジョンに目を戻した神谷は、数日前にヴァイスシュトルムと交わした話を思い出していた。

 

 

 突然の激しい雨と雷に襲われ、慌ててトレーナー室に駆け込んだ神谷(たち)は、一瞬にしてずぶ()れになった髪と体をタオルで拭く。そうしてゲリラ豪雨が()むまでの間、滝のように激しく落ちていく雨粒を見ながら、何の気なしに「御両親はいつ頃こちらに来るんだ?」と聞いてきた神谷に対して、尻尾を丁寧に拭いていたヴァイスシュトルムは、一拍置いてから口を開いた。

「招待してないし、日本ダービーに出走することも伝えてないよ」

「えっ、いや何で……」

「うーん。うちのお店、ドイツ中……下手したらEU中から毎日のようにお客さんが来るからね」

 毎日が忙しいのに、主力の二人を娘のたった一レースのために独占できないでしょ? そう言って笑うヴァイスシュトルムに、神谷は二の句が継げなくなる。たった一レースとは言うが、その一レースは娘の生涯一度きりとなる栄誉あるレースであり、日本国内一の格式を誇る日本ダービーだ。世界的にもかなり上位の格式を持つこのレースに出走する、娘の晴れ姿を本当に見なくて良いのだろうか。

「本当に、御両親を呼ばなくていいのか?」

「うん。長時間のフライトもだけど、こっちにしばらくいるとなったら、お店回らなくなっちゃうから」

 これでも、ドイツ一の肉屋の娘だよとほんの少し寂しそうに笑うヴァイスシュトルムに対して、神谷は何も言えず、その後ろに立つシュプリュレーゲンは(あき)れたように顔を伏せた。

 

 雨が止み、トレーニングを再開するねとトレーナー室から駆けだしていったヴァイスシュトルムを見送って、神谷はシュプリュレーゲンに向き直る。シュプリュレーゲンも予想していたのか、すぐに一枚のメモを書いて神谷に渡してきた。

「これ、ヴァイスのお母さんの電話番号……ああ、そっか。ねえトレーナーさん、ドイツ語喋れる?」

「……相手が何を言ってるのか何となく理解できるくらい」

「それってヴァイスと直接顔を合わせてるときじゃない?」

「う……」

 シュプリュレーゲンの指摘に思い当たる節しかなかったのか、神谷は一瞬押し黙る。事実、シュプリュレーゲンの指摘は正しく、神谷はヴァイスシュトルムと顔を合わせているときにしかドイツ語で(しゃべ)るヴァイスシュトルムの言葉を理解できていなかった。神谷が次に口を開いたときには、気まずそうにシュプリュレーゲンから顔を背けていた。

「ぐ、ぐーてんたーくとだんけしぇーんくらいしか……」

「だよね」

 神谷から予想通りの返答が来たシュプリュレーゲンは苦笑いを浮かべる。そして、こう提案した。

「それじゃあ、私が通訳として同席するよ。トレーナーさんは何が言いたいのかまとめておいて」

 そう言って(にこ)やかに笑うシュプリュレーゲンとは対象的に、神谷は何とも言えない複雑そうな顔で応じる。シュプリュレーゲンは心強い味方であるとともに、こういった場面で大人の自分よりも頼りになるという事実に腑甲斐(ふがい)なさを感じていたのだった。

 その晩、シュプリュレーゲンに通訳として横にいて(もら)いながら何とかヴァイスシュトルムの両親と会話を交わした神谷は、大真面目にドイツ語の習得を検討し始めるのだが、それはまた別の話である。

 

 ヴァイスシュトルムの両親がこの日本ダービー開催週に来日する予定があったため、運良くレース観戦に来て貰えることになった。それを知ったときに一番喜んだのは、神谷の隣にいたシュプリュレーゲンだった。自国のダービーで走る姿を親に見て貰えるということはやはり、ダービーで走ることができるウマ娘にとって大切なことなのだろう。

「一生に一度きりの晴れ舞台だからね。両親の目の前でダービーを勝利するなんて、競走ウマ娘にとってこれほど(うれ)しいことはないんじゃないかな」

 懐かしむように口許(くちもと)(ほころ)ばせるシュプリュレーゲンは、大切な記憶を優しく()でているかのように優しい微笑(ほほえ)みを浮かべる。

「シュプリュレーゲンもやっぱりそうだったのか?」

「まあね。ママもパパも、イギリスダービーで勝利したときはもちろん喜んでくれたけど、ドイチェスダービーを勝利したときは、その比じゃなかったなぁ」

 普段はサッカー一筋のパパが、贔屓(ひいき)チームの優勝以外であんなに喜んでいたのは初めて見たよと締めくくるシュプリュレーゲンは、楽しそうな顔をして向こう正面を駆けるヴァイスシュトルムを見続ける。

 その横顔に浮かぶ笑みに、そんなにかとだけ返して神谷もヴァイスシュトルムの姿を目で追いかける。レースはいよいよ第三コーナー、東京レース場名物「大(けやき)」がその姿を現していた。

 

『第三コーナーに入りまして、残り1000M。先団と中団が一つにまとまろうとしています。先頭は8番ラッキーフィールド。そのすぐ後ろに10番ナイトメアドリームが迫っています』

『ややペースが速い気もしますが、ナイトメアドリームは大丈夫でしょうか』

 大欅を左に見てからすぐに第四コーナーへ入り、それと同時に現れる六ハロン棒。ここまで中団やや後ろからレースを進めていたヴァイスシュトルムは、その六ハロン棒が視界左に入るや否や先頭へ向けて加速を開始し始めた。

「ここから……っ!」

 踏み込むたびに(あふ)れる水と靴に(まと)わり付く泥を気にした様子もなく、まるで良バ場で走るかのようにぐんぐんと速度を上げていくヴァイスシュトルム。

 ヴァイスシュトルムの後ろにいたウマ娘や追い抜かされたウマ娘は、彼女と同じように加速しようとして、溢れる水と泥に脚を取られて思うように加速できないことに気付く。踏み締めるたびに溢れる水は芝と相俟(あいま)って滑りやすくなり、靴に纏わり付く泥は地面に靴を吸い付けるように重い。そんな中で軽やかに加速するヴァイスシュトルムに、ただただ驚愕(きょうがく)するしかない。

「……ヴァイスは怪我(けが)が怖くないの?」

 誰かが呆然(ぼうぜん)としたように発した言葉は、ヴァイスシュトルムが悪条件の中で普段(ふだん)通りに加速する姿を見た皆の感想そのままだった。

『第四コーナー終わって最初に駆けてきたのはラッキーフィールド、続いてナイトメアドリーム。外からヴァイスシュトルムが猛然と突っ込んできた! ナイトメアドリームは一杯になったか!』

 最終直線で三番手にまで上がってきたヴァイスシュトルムは、勢いそのままにナイトメアドリームをかわすと既に坂を登っていたラッキーフィールドに続いて坂を登る。降り続いていた雨は、その勢いを弱めており、雨粒で視界が悪いと言った状況は大分改善してきていた。

「……? 足が重い……?」

 ゴールまで300Mほどの距離を残していながら、思うように加速できないことにヴァイスシュトルムは首を(かし)げる。それは、観客席にいる神谷とシュプリュレーゲンにもはっきりと見て取れた。

『ヴァイスシュトルム伸びないか! ラッキーフィールドに届きません!! 後ろからサファイアペガサスが伸びてくる! ラッキーフィールド先頭!』

 ほら言ったとおりだろう? 幾ら重バ場が得意でも、こんな不良バ場じゃわからないって。観客席のどこかからそんな言葉が聞こえてくる。その言葉を神谷は内心強く否定して、ヴァイスシュトルムを見守る。

(違う。ヴァイスシュトルムの不良バ場への適性は、今年のクラシック級ウマ娘の中でも頭抜けている。ただ、2400Mという距離の壁に挑むには、実力がまだ足りていなかっただけだ……それは、ヴァイスシュトルムに無理をさせることになったのは、(ひとえ)に俺の責任だ。俺のトレーナーとしての技量が見合っていなかったばかりに、ヴァイスシュトルムに生涯最高の晴れ姿を見させてやる機会を奪ってしまった)

 ヴァイスシュトルムから目を離した神谷は、必死に娘を応援する夫婦を横目でちらりと見てから、大舞台で実力不足を痛感させられたショックに沈んだように下を向く。そんな神谷を見て痛ましそうに顔を(ゆが)めたシュプリュレーゲンは、必死に駆けるヴァイスシュトルムの姿を再び見る。

 必死に、しかしじわじわと先頭に迫って行くヴァイスシュトルムは、苦しそうな顔をしてこそいるが微塵も諦めの色を浮かべてはいなかった。力強く前を見据え、ラッキーフィールドを追い抜くことしか今は考えていないだろうことは、彼女を映し出した画面越しにも良くわかった。その諦めていない姿にシュプリュレーゲンは目を見開くと、再び神谷へと視線を戻す。相変わらず(うつむ)きがちになってレースの状態も把握できていないでいる神谷の姿に、シュプリュレーゲンの中で何かが燃える感覚があった。

 一つ大きく息を()いたシュプリュレーゲンは、気持ちを落ち着けるように目を閉じる。そして、目を開くと同時に、腑抜けた神谷に活を入れるかのように、しっかりと手入れの行き届いた自慢の尻尾で彼の裏腿(うらもも)を一打ちした。

「った! シュプリュレーゲン、一体何を……」

 裏腿に走った痛みと衝撃に、神谷はシュプリュレーゲンへと向き直る。そこには柳眉を逆立てて耳を絞ったシュプリュレーゲンが、神谷を(にら)み付けるようにして立っていた。そのあまりもの迫力に、向き直った神谷はたじろぐしかできなかった。

「トレーナーさんがいの一番に諦めてどうするの! まだ負けが決まったわけじゃない。ヴァイスの目は、まだ諦めてない! なのに、何でっ……。トレーナーさんは、自分の教え子が勝てると思ってレースに送り出したなら、結果が出るまで信じ続けてないとダメなの!」

 普段、穏やかに笑っていることが多いシュプリュレーゲンが、怒りのままにまくし立てるという珍しい姿に目を白黒とさせる神谷は、彼女の綺麗(きれい)琥珀(こはく)色をした瞳に涙が浮かぶのを黙って見ていた。それと同時に、シュプリュレーゲンの言葉が重く心にのしかかり、足元へと視線を落とした。

 確かについ先ほどまでの自分は、ヴァイスシュトルムの勝利を信じ切れていなかった。練習の質がどうだの、トレーニング時間がどうだの、成長率がどうだのと言い訳を並べ連ねていた。だがそれでも、レース開始前までの自分は、それらを加味した上でなお、ヴァイスシュトルムの勝利を信じていたのではなかっただろうか? そこまで思い至ったとき、周りの観客が一際大きく沸いた。

『並んだ並んだ! ヴァイスシュトルム、まだ諦めていません! ラッキーフィールドに並んで見せました! 残り200Mの攻防、勝つのはどっちだ!』

 実況の声に神谷はハッとしたように再び顔を上げてターフを見る。そこには、残り200Mを切ってなお、ラッキーフィールドと激しい先頭争いをするヴァイスシュトルムの(まばゆ)いばかりの姿があった。

 実際にヴァイスシュトルムが光を放っていたわけではない。しかし、神谷には(まぶ)しく輝いて見えたのだ。その光に引き寄せられるかのようにコースへと蹌踉(よろ)けながら近付いた神谷は、観客席最前列にあるコースと観客席を隔てる柵を固く握り締め、大声で叫んでいた。

「勝てーっ! ヴァイスシュトルム!」

 

 

 ――坂を登り切ってから足が重い。体を思うように動かせない。息がしんどい、肺は破れそうだし、口の中はずっと血の味がしてる。東京ってこんなにしんどかったっけ……? 濡れた勝負服とベタベタした汗が気持ち悪い……、けど、だからといって諦めるわけにもいかない。目の前にいるのはラッキーだけ、他のコは多分まだまだ後ろ。

 ゴメンね私の体。もう少し、あとちょっとだけ無理させて。レースが終わった後どうなってもいいから。「ダービーウマ娘のトレーナー」って名誉称号を私のトレーナーさんにあげる最初のウマ娘は、私がいい。私じゃないとダメなの。

 これだけは、アイネスにも、トレーナーさんがこの後担当するコにも、もちろんその内担当されるだろうフジにだって譲れない、譲らない。神谷輝征トレーナーの一番目のダービーウマ娘は、私だ!――。

「勝てーっ! ヴァイスシュトルム!」

 ヴァイスシュトルムが再び前を睨み付けるようにして正面を向くと同時に、まだまだ先の観客席から聞こえないはずの声が聞こえた。大きな歓声にかき消され、届いたはずがないその声援はしかし、きちんとヴァイスシュトルムの耳に届いていた。

「……私のトレーナーさんがそう言ってるんだから、絶対勝たないとね? もう裏切りたくないでしょ、私」

 そう呟いたヴァイスシュトルムが脚に力を込めると、限界だったはずの脚に力が戻る。つい先ほどまでの重さと怠さは感じられず、普段と同じような脚の感覚にヴァイスシュトルム本人も驚く。しかし、それもすぐに笑みに変わり、ヴァイスシュトルムはぐんぐんと加速していく。

「すごい……、こんなに楽に走れるなんて。これなら!」

 ヴァイスシュトルムの視界に入る周りの風景はゆっくりと流れ、思考はどんどんクリアになっていく。脚が重くなってからずっと、頭の片隅にあったはずの不安や焦燥は既になく、ただただ走ることが楽しくなっていた。ヴァイスシュトルムの隣で競うラッキーフィールドの姿も、ヴァイスシュトルムの視界にはもう入っていない。

 走りに関係のないものは何も目に入らない。そんな状態の中で、ヴァイスシュトルムの視界に例外として一人だけが映り込む。ゴールまで残り100Mといったところの観客席で、先ほど大声を上げて声援を送った神谷は、最前列に設置してあるコースとの間を隔てる柵を握りしめ、必死な顔をしてヴァイスシュトルムを見ていた。そんな神谷の姿に満面の笑みを浮かべたヴァイスシュトルムは、ほんの一瞬だけそちらに顔を向ける。

 ヴァイスシュトルムの笑顔に言葉を失った観客達が我に返る頃には、先ほどまでの加速に加えて、更に勢い良く加速していくヴァイスシュトルムの姿だけが映っていた。彼女が見せた最早異次元レベルと言って差し支えのない鋭い末脚に、観客席は驚きと歓声の入り交じった大声援が沸き起こっていた。

『ヴァイスシュトルム抜けた! (つい)にラッキーフィールドを抜きました! ラッキーフィールドはもう一杯か! ヴァイスシュトルムの加速に追いつけるウマ娘はもういないか! ヴァイスシュトルム先頭! ヴァイスシュトルム先頭だ!』

 残り100Mを切って、ヴァイスシュトルムを追走するウマ娘は誰もいなかった。ヴァイスシュトルムと二から三馬身ほど空けた後方で、サファイアペガサスがラッキーフィールドと熾烈(しれつ)な二位争いを繰り広げているだけで、先頭を走るヴァイスシュトルムを脅かすウマ娘は誰一人としていなかった。正確に言うならば、雨上がりとはいえども過去に類を見ない不良バ場の中でヴァイスシュトルムの鋭い末脚について行けるウマ娘がいなかった。そして遂に、今年のダービーウマ娘が決定した。

『ヴァイスシュトルムだ! ヴァイスシュトルムだ! 今年のダービーウマ娘はヴァイスシュトルムです! 皐月賞に続いて日本ダービーも堂々勝利して見せました!』

「……勝った?」

 ゴール板を一番に駆け抜けて見せたヴァイスシュトルムは、自分が勝ったのかどうかさえ上手(うま)く認識できないでいた。限界を超えて酷使した身体は、傍目(はため)にも限界のように見える。今にも(くずお)れそうなほど憔悴(しょうすい)していながら、気力だけで(たも)たせているような雰囲気すらあった。

 小雨となっていた雨は、ヴァイスシュトルムがゴールするとほぼ同時に止んでおり、厚い雲には所々切れ間が見え始めていた。掲示板の一着欄に表示された自分の番号を確認し、そのまま視線を上にずらして雲の隙間からのぞく青い空を仰ぎ見たヴァイスシュトルムは、泥が跳ねた顔に満足そうな笑みを浮かべた。

「ヴァイスシュトルム!」

「……トレーナー、さん」

 黒のスラックスに泥を跳ねさせながら、ダービーウマ娘となって見せたヴァイスシュトルムに神谷が駆け寄ると、ヴァイスシュトルムは満足そうな笑みを浮かべたまま、ぐらりと横に(かたむ)く。彼女が倒れ込む寸前でしっかりと抱き留めた神谷は、満足そうに笑みを浮かべたまま寝息を立てているヴァイスシュトルムに安堵(あんど)の息を吐いた。

「おめでとう、ヴァイスシュトルム。素晴(すば)らしい走りだった」

 神谷の口をついて出てきた賞賛の言葉は、本人の耳に届くことなく風に乗って消えていく。

 雨上がりの東京レース場には、神谷の腕の中で穏やかな笑みを浮かべて眠る少女へ万雷の拍手と歓声が送られていた。

 

 

 ヴァイスシュトルム堂々二冠達成!

 競走ウマ娘にとって生涯一度の大舞台、日本ダービー。生憎(あいにく)の大雨開催となった今年のダービーだが、東京レース場に詰めかけたファンと出走するウマ娘達の熱気は、大雨にも関わらず非常に高かった。

 大雨の中、日本ダービーを制したのはヴァイスシュトルム。道中は中団やや後方からレースを進め、第四コーナー終わりから直線で鋭い末脚を見せると、ライバル達を一蹴し見事日本ダービーの栄冠を勝ち取って見せた。勝ち時計は大雨の不良バ場という悪条件にも関わらず、二分二十九秒八と素晴らしい記録。この条件下で開催された日本ダービーにおいて、二分三十秒を切って見せたのはヴァイスシュトルムが初となる。

 NHKマイルカップから中一週という過酷なスケジュールで日本ダービーに挑むこととなったヴァイスシュトルムには、NHKマイルカップで蓄積した疲労の影響や、2400Mへの距離に適応できるのかなど、様々な不安説も囁かれていたが、その不安がる声を見事はね()けてダービーの栄冠を掴み取って見せた。

 ヴァイスシュトルムを担当する神谷輝征トレーナーは、これが嬉しい日本ダービー初制覇。まだ一年目の新人トレーナーながら、ヴァイスシュトルムをダービーウマ娘へと導いた手腕は確かな物であり、神谷トレーナーとヴァイスシュトルムの今後の活躍が非常に楽しみである。今後とも注目していきたい。

 

 レース詳報

 各ウマ娘はキレイに並んでゲートを飛び出すと、そのまま激しい位置取り争いに。いち早く集団から抜け出したのは8番ラッキーフィールド。一番人気に推された13番サファイアペガサスは後方内側からのレースとなった。

 三番人気となっていた7番ヴァイスシュトルムは最高の形でスタートを切ったが、先行争いには加わることなく中団やや後方外側に陣取ると、第三コーナーまでじりじりとした走りを見せる。

 皐月賞・NHKマイルカップで好走して見せたサザンエースは、五番手で第三コーナーまで進み、スパートをかけたヴァイスシュトルムに追走して見せた。しかし、彼女の加速について行くことはできず、ラッキーフィールド、サファイアペガサスから四バ身ほど離されたまま最終直線へ。

 不良バ場をものともしない豪脚を見せてラッキーフィールドを捉えたヴァイスシュトルムだったが、坂の頂上付近では失速し始めておりレースを観戦する誰もがここまでかと思っていた。しかし、観客席前を通過する際に再び加速したヴァイスシュトルムは、最終直線に入ったとき以上のスピードを見せつけ、二着のサファイアペガサスに二バ身半もの差を付けてゴールを駆け抜けた。

 ヴァイスシュトルムが見せた走りに東京レース場は総立ちに。その興奮は、彼女がトレーナーに抱きかかえられてターフから姿を消してもなお続いていた。

 ヴァイスシュトルムに続いてサファイアペガサスが二着に、その後ラッキーフィールドと続く。四着にはサザンエースを坂の頂上でかわしたフレアカンパリが入った。サザンエースはグレアダイヤモンドと激しい順位争いを繰り広げ、掲示板も厳しいかと思われたが、最後に意地を見せてグレアダイヤモンドとの順位争いをハナ差で制して五着に滑り込み、掲示板は死守して見せた。

 掲示板こそ逃したグレアダイヤモンドだったが、サファイアペガサス、フレアカンパリと同様に距離延長を苦にした様子は見受けられない。この三人が揃って菊花賞に挑戦するかは今のところ未定だが、もしそうなるならクラシック最後の一冠、菊花賞が今から非常に楽しみである。

 全着順は以下の通り。

 一着、ヴァイスシュトルム、二分二十九秒八。

 二着、サファイアペガサス、二バ身半。

 三着、ラッキーフィールド、一バ身半。

 四着、フレアカンパリ、半バ身。

 五着、サザンエース、一バ身。

 六着、グレアダイヤモンド、クビ。

 七着、アクアインパルス、一バ身。

 八着、ヒョウケイスター、半バ身。

 九着、エストカテドラル、ハナ。

 十着、タイムジャンパー、半バ身。

 十一着、シトラスノート、クビ。

 十二着、ノルデンスクエア、二バ身半。

 十三着、ルナティックアロー、三バ身。

 十四着、エクスナイトホーク、一バ身。

 十五着、スウィートメモリー、二バ身。

 十六着、ドタバタ、一バ身。

 十七着、ナイトメアドリーム、半バ身。

 十八着、バイトアルヒネムイ、半バ身。

 

 ――毎日スポーツ 佐倉――




お待たせしました。
年内最後の投稿になります。
今年一年、応援いただきありがとうございました。
この話が一応の一区切りとなります。
まだ話中ではクラシック級途中ではありますが、やはり日本ダービーの決着が大きな区切りになるのではと思います。

もちろん、一区切りなだけなのでまたすぐ(すぐ?)続きの方も投稿していきますので、来年もまたヴァイスシュトルムの物語をお楽しみ頂ければと思います。
……第二部では、ヴァイスシュトルムのライバルウマ娘たちの話ももっと書いていきたいなぁ……。

それではまた、次回のお話でお会いできますように。
良いお年を!

2022/12/31 蒙駄目猫
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