ウマ娘プリティダービー ~月毛のウマ娘~    作:蒙駄目猫

4 / 30
♯4.白嵐

 選抜レースが行われる金曜日。平日開催であり、また予備日と言うこともあって、通常開催時の半分である六レースが昼から開催される。トレセン学園のトレーニングコースに設置されているスタンドには、第一レース発走時刻である十三時三十分を前にして、観戦・応援に来たウマ娘とスカウト候補を見極めるトレーナーたち、そして、出走ウマ娘の親や親戚、学園の地域住民たちとでそれなりに混雑していた。

 トレーナーたちはそれぞれが手に持った出走予定者リストを見て、前評判の良い出走ウマ娘に自ら印をつけていく。それぞれが持つ出走予定者リストには、トレーナーの手で『(本命)(対抗)(単穴)(連下)(注意)()×()』といった記号で(しるし)が付けられ、自分がスカウトするウマ娘の走りを見ていく。印を付ける基準としては、トレーナーが入手した各ウマ娘が選抜レース前に行ったトレーニングの様子、ウマ娘同士で行われる模擬レースの結果、授業で行われるゲート体験等の情報が元になる。それらを総合的に判断し、才能がある、()しくは優位性を示したウマ娘から順に印を付けていく。

 (ほとん)どのトレーナーがリストに()っているウマ娘の名前に印を打ち、スカウト後の予定を加筆修正する。それを繰り返すうちに、トレーナーたちが持つ出走予定者リストは、ドッグイヤーや付箋(ふせん)でいっぱいになり、何度もクリップボードに挟まれたり、折られたりしてヨレヨレになっていった。トレーナーたちがボロボロにする出走予定者リストもまた、トレセン学園選抜レースの風物詩と呼んでも過言ではないだろう。

 ヴァイスシュトルムから逆スカウトを受けた神谷トレーナーももちろん、第一レース発走前からトレーニングコースに来ていた。しかし、彼はリストこそ手に持つものの、そこに何かを書き加えたりすることもなく、リストは配布されたときと遜色(そんしょく)ない綺麗(きれい)な状態を(たも)っていた。

 神谷も前回の選抜レース開催時は周囲のトレーナーと同じように、出走予定者リストをボロボロにしていたものだが、今回の目的は担当するヴァイスシュトルムの走りを見ることである。

 ヴァイスシュトルムの走りを集中して観察したいがために、神谷は第二レースに出走する他のウマ娘を見る余裕はないし、ヴァイスシュトルムのトレーニングメニューに関しても、先日ヴァイスシュトルム本人に、彼女の走りを見てから組み立てると宣言している。今日の走りを見て、その後からは彼女のためのトレーニングメニュー作成に取りかからなければならないので、選抜第三レース以降は見送るつもりでいる。つまるところ、彼には本日の出走予定者リストは無用の長物だったのである。

 第一レースが終了し、第二レースが始まるまでのおよそ二十五分間、第一レースで光るものを見せたウマ娘たちにトレーナーたちが列を作る。その光景を横目で見ながら、神谷はぼんやりと次のレースに向けて学園スタッフの手によって整備されていくコースを眺めていた。

「ちょっとそこのトレーナーさん。いい走りをした娘のスカウト列に並ばなくて良いの?」

 神谷の背後で黄色い声が上がった数秒後、そう話しかけられた神谷は声の主に向き直る。そこには、体操服の上からゼッケンを付けたヴァイスシュトルムが、にやにやとした笑みを浮かべて立っていた。

「今日の目的は担当するヴァイスシュトルムの走りを見ることだからね。それに、他のウマ娘とヴァイスシュトルムのトレーニングメニューを同時に考える余裕もないから」

 そう言って肩をすくめた神谷に、ヴァイスシュトルムはますます笑みを深くして、嬉しそうに尻尾を高く上げて揺らした。

「そっかそっか。それなら、トレーナーさんのその熱い期待に応えないとね?」

 そう言って楽しそうに神谷の隣を陣取ったヴァイスシュトルムは、彼と同じようにコースが整備される様子を眺める。

 第一レースが終了してから十分後、ゲートが1800mのスタート位置に配置され、出走予定ウマ娘の最終呼び出しが始まると、ヴァイスシュトルムは軽く伸びをする。

「それじゃ、行ってくるから。私から目を離さないようにね、トレーナーさん」

 そう言ってヴァイスシュトルムはウインクを神谷に寄越(よこ)すと、ゲートへと駆け出していった。その背中を見送ってから、コースへ視線を戻した神谷は無意識のうちに口角を上げていた。

 

 

 ヴァイスシュトルムがゲート前に着いた時、辺りはひりつくような緊張感に包まれていた。ぶつぶつと何かを呟いている娘、目を(つむ)り両手の指先を合わせて集中する娘、ひたすら(てのひら)に指で文字を書いては飲み込む娘等々、それぞれの方法で緊張と向き合っていた。しかし、中には泰然自若(たいぜんじじゃく)とした娘も何人かいる。それを見たヴァイスシュトルムは、頭の中で警戒リストにそのウマ娘を入れておく。そうしてから、ヴァイスシュトルムは深く息を()くとゲートに向き直った。

「やけに落ち着いてんじゃねーか。ヴァイス」

「……そういう貴女(あなた)もね。マリン」

 ヴァイスシュトルムの隣に並んだ黒鹿毛(くろかげ)のウマ娘、マリンダンサーは、片方の口角を上げ犬歯を見せる獰猛(どうもう)な笑みを浮かべて、ゲートへ向かって歩き出した。

「ま、今日は勝たせて貰う。ワリィけど、本気で行かせて貰うわ」

「私も負けるつもりはないから!」

 ヴァイスシュトルムの言葉に益々笑みを深くしたマリンダンサーは、ゲートに収まる。ヴァイスシュトルムもゲートに入ると、発走の時を静かに待った。

『最後に七番、フレアカルヴァドスがゲートに入りまして、態勢整いました。選抜第二レース、今スタートしました!』

 ゲートが開くと同時に、ヴァイスシュトルムは勢い良く飛び出していく。

『一番ヴァイスシュトルム、ポーンと飛び出した! ぐんぐんと上がって先頭に行きます! 四番マリンダンサーは後方に(ひか)えた形!』

 ヴァイスシュトルムの逃げ戦法に観客席はざわめく。練習や模擬レースでは徹底して差しを選択していたからである。

「ヴァイスシュトルムは緊張で暴走か……。やっぱり『月毛』は走らないな」

「残念だけど、やっぱりこのレースの主役はマリンダンサーね。きっちりと先団を風よけにして足を貯めているわ。レース終盤では、彼女の鋭い差し足が見られそうね」

 観戦しているトレーナーたちからは、口々にマリンダンサーの評価がなされていき、ヴァイスシュトルムは勝てないといった話ばかりが出てくる。

『ヴァイスシュトルム、まだ先頭を保っている! 二番手との差は三、四バ身といったところか。二番手は六番ミスティトラベラー、続いて三番クイーンズホロー、二バ身開いて七番フレアカルヴァドス、第三コーナーを回ります。差がなく四番マリンダンサー、その後ろに二番グレアダイアモンド。五番ライラックブーケ、最後方からのレースとなりました。前から後ろまで十二、三バ身といったところです』

 最初の600mを三十六秒七で通過したヴァイスシュトルムは、三コーナーに入った辺りから徐々にスパートをかける。姿勢を少しずつ前傾にし、遠心力をうまくいなしながらトップスピードに持って行く。ヴァイスシュトルムを追うミスティトラベラーとクイーンズホローは、ヴァイスシュトルムに差を開けられないように無意識にスピードを上げ、気が付けばペース配分が滅茶苦茶(めちゃくちゃ)になっていた。スタミナの殆どを奪われていたことに二人が気付いたのは、第四コーナーに差しかかったタイミングだった。

『四コーナーカーブにかかって、先頭はヴァイスシュトルム。どうしたことでしょう、ミスティトラベラーとクイーンズホローがずるずると後ろに下がっていきます! ヴァイスシュトルム、後ろとの差を大きく離して悠々(ゆうゆう)と直線に入って行く! もはや一人旅!』

 ミスティトラベラーとクイーンズホローがスタミナを切らして後退してきたタイミングで、後方に控えていたウマ娘たちも、何かがおかしいことに気が付いたがもう遅かった。第四コーナー半ばから最終直線にかけてスパートをかけていくがヴァイスシュトルムに追いつける距離ではなかった。そんな中、マリンダンサーだけがヴァイスシュトルムを追って加速を続けた。

「クソッ! ヴァイスの奴を自由にさせすぎた!」

『ここでマリンダンサーが仕掛けた! ぐんぐんと上がっていくが間に合うか!? ヴァイスシュトルム逃げる! その差は八バ身!』

 スパートをかけて追ったマリンダンサーがヴァイスシュトルムに迫るが、八バ身から差を詰められない。ヴァイスシュトルムは残り300mのところでもう一度力強く踏み込むと、勢い良くゴールへ駆けていく。

「ちっ……くしょぉぉぉ!!」

 追いつけない背中に、マリンダンサーは悔しさを存分に込めた大声を張り上げる。ヴァイスシュトルムは、その声すらも追い風にしてゴール板を駆け抜けた。

 ヴァイスシュトルムが二度目のスパートを行った瞬間、観客は突風に吹かれたような錯覚を覚えた。

 まるで一陣の風さながらに駆け抜けるヴァイスシュトルムは、その名が示す通りに白い嵐となり、初めてレースで吹き(すさ)んだのだった。

『ヴァイスシュトルム更に加速! 勢いそのままにゴール板を駆け抜けた! 二番手のマリンダンサーに十バ身以上の差をつけて圧勝です! 選抜第二レースに白嵐が吹き荒れた!』

 ヴァイスシュトルムは、最初から最後まで先頭を譲ることなくレースを駆け抜けた。そのヴァイスシュトルムに遅れること二・二秒後にゴールしたマリンダンサーはヴァイスシュトルムに近づく。

「ヴァイス、次はぜってぇ勝つから覚悟しとけ!」

「次もマリンに勝つのを楽しみにしてるね」

「言ってろ!」

 そう言って背を向けたマリンダンサーを見送って、ヴァイスシュトルムはスタンドの観客席に向き直る。そして顔に「見たか!」と言わんばかりの自慢げな笑顔を浮かべると、観戦していた神谷トレーナーの元へ向かった。

 

 

 観客席はヴァイスシュトルムの圧勝にどよめきが収まらなかった。スタート直後からの暴走に近い逃げ、第三コーナーで後続のウマ娘二人がスタミナを切らしたこと、残り300mからの二度目のスパート。縦横無尽にレースを蹂躙(じゅうりん)する嵐さながらのスタイルは、どれを取ってもヴァイスシュトルムの性格からは想像つかないものばかりだった。

「はは、とんでもないな……。これは、トレーニングメニューの作りがいがありそうだ……」

 そう呟いた神谷トレーナーの手にあるストップウォッチは、三十三秒を表示していた。ヴァイスシュトルムとマリンダンサーは共に、上がり3ハロンを三十三秒で駆け抜けていたのである。神谷がトレーニングメニューについて頭を悩ませていると、スタンドの入口付近が騒がしくなる。

 神谷がそちらを振り返ると、丁度ヴァイスシュトルムがスタンドに再び姿を見せたところだった。ヴァイスシュトルムは、神谷に対して手を振ると駆け寄ってこようとして、トレーナーの壁に(はば)まれた。

「ヴァイスシュトルム! 君があんな素晴らしい脚を持っているなんて知らなかった! 是非契約してくれ!」

「いや、私と契約しましょう! 貴女の脚なら、GⅠで七勝、いえ、皇帝シンボリルドルフ越えの八勝、それ以上も夢じゃないわ!」

 口々に興奮した勢いでまくし立ててくるトレーナーたちに、ヴァイスシュトルムの気持ちはどんどん冷めていく。レース前は、容姿の他については散々な評価を下しておいて、いざ実力を見せればこれだと、ヴァイスシュトルムは嘆息(たんそく)する。彼らは自分たちの見る目がないことを暴露(ばくろ)していることに気付いているのだろうか、(など)と思いながら、ヴァイスシュトルムは次々と声を掛けてくるトレーナー一人一人に断りを伝えていく。

「ごめんなさい、もう私のトレーナーは決まっているので契約はできません」

 そう言い続けて、神谷トレーナーまで後数歩といったところで、ヴァイスシュトルムは腕を強く掴まれ、強引に横へと引っ張られた。

「きゃっ!?」

「ヴァイスシュトルムは僕の担当ウマ娘だ。そう、この舟越騎士(ふなこしないと)のね!」

 手に力を込めて力任せに無理やり引っ張った舟越トレーナーに、ヴァイスシュトルムは苦痛の表情を浮かべて離れようとする。

「またなの? いい加減にして! 昨日も言ったけど、貴方と契約するつもりはないの!!」

「全く、君は素直じゃないのが欠点だね。いいかい? 僕は君の素質を見抜いていたんだ。僕に任せていれば、君は素晴らしい成績を……」

 ヴァイスシュトルムの腕を力強く握り締めて、持論を展開しようとした舟越に、ヴァイスシュトルムは痛みからか目に涙を浮かべる。周りのトレーナーたちも、ヴァイスシュトルムの痛がりようから、掴んでいる手を離すよう舟越に伝えるが、彼は欠片も聞こうとはしなかった。そのまま長々と話を続けようとする舟越の背後に回り込んだ神谷トレーナーは、舟越の腕を掴むと力いっぱい()じり上げた。

「痛い痛い痛い!!」

「俺の担当バから手を離してもらえるか?」

 そう冷たい表情で舟越に言い捨てた神谷トレーナーは、痛みで手を離していた舟越をヴァイスシュトルムから引き離すと、ヴァイスシュトルムを横向きに抱き上げた。

「……っ!? ちょっ、トレーナーさん! 降ろして!」

 所謂(いわゆる)お姫様抱っこを衆人環視の中でされて、ヴァイスシュトルムはあまりの恥ずかしさに少しばかり暴れる。しかし、神谷トレーナーはそれを意に介した様子もなく、むしろ落とさないようにしっかりと抱き直す始末だった。

怪我人(けがにん)は大人しくする。今、無理に引っ張られたせいで脚を(ひね)っただろう?」

 顔を赤くして抵抗を続けていたヴァイスシュトルムは、神谷の言葉に気まずそうに顔を背けた。耳を前に伏せて大人しくなったヴァイスシュトルムを抱き直すと、神谷は舟越を一瞥(いちべつ)する。

「全力疾走後のウマ娘を無理やり引っ張り怪我(けが)をさせて、ウマ娘の話を聞こうともせずに自分の話ばかり続けるなんて、ウマ娘の杖となる人間のすることかよ。ウマ娘のためのトレーナーになれないなら、トレーナー基礎研修からやり直せ」

「なっ、お前ごときが……」

 そう言い捨ててヴァイスシュトルムを抱いたまま保健室へと歩き去る神谷トレーナーに食ってかかろうとした舟越だったが、周りのトレーナーとウマ娘から冷ややかな目で(にら)みつけられる。冷淡な視線に(さら)され、居た(たま)れなくなった舟越は、その場から逃げるように立ち去るしかなかった。

 

 

「すまない、ヴァイスシュトルム。レース後すぐに君を迎えに行くべきだった」

 早足で保健室へと向かいながら謝る神谷トレーナーに、ヴァイスシュトルムは慌てたようにトレーナーのせいではないと伝える。

「トレーナーさんのせいじゃないって。私も油断してたし……」

「それでも、だ。とにかく診察を受けて、それから来週以降の予定を決めていこう」

「Verstanden!」

「ふぇるす……なんて?」

 ヴァイスシュトルムの返事に戸惑いを見せながら神谷が聞き返すと、彼の腕の中でヴァイスシュトルムは悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべて口を開いた。

「『わかりました!』って言ったの。私のトレーナーさんには、ドイツ語も理解(りかい)できるようになってもらわないとね?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。