ウマ娘プリティダービー ~月毛のウマ娘~    作:蒙駄目猫

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♯5.メイクデビューに向けて(前編)

 ヴァイスシュトルムが痛めた足は、保健室で診察と手当てをしてもらったところ、極々軽い捻挫(ねんざ)で済んでいた。土日休みと週明けの月曜日を安静にして過ごせば、火曜日からは様子を見ながらトレーニングをしても良いと保健医から伝えられたヴァイスシュトルムは、念のためにと貸し出された松葉杖をつき、神谷トレーナーと並んでトレセン学園トレーナー室棟の廊下を歩いていた。

「火曜日からは普通にトレーニングができそうで良かったよ。でも、この土日は絶対に安静しておくように」

「わかってるって。トレーナーさんは心配しすぎ」

 神谷の言葉に、少し()ねたように口を尖らせたヴァイスシュトルムは、それでも大人しく彼の言葉を聞き入れていた。

「担当バが怪我(けが)をしたトレーナーは、みんなこうなるさ……っと、ここだ。入ってくれ」

 似たような扉の部屋が並ぶ中、一つの部屋の前で足を止めた神谷は、扉の鍵を開けると松葉杖をついたヴァイスシュトルムが楽に通れるよう、扉を手で支えたまま彼女を招き入れる。

「失礼しまーす」

 神谷の言葉に従って、ヴァイスシュトルムが部屋に入ると、神谷は扉を静かに閉めた。

 物珍しそうに部屋の中を見渡すヴァイスシュトルムを置いて、神谷は部屋の奥へと歩いて行く。

「好きなところに座ってくれ」

 そう言われて、ヴァイスシュトルムは扉から正面に見える三人掛け程度(ていど)の長机を二台並べたミーティングスペースに近寄ると、長机の前に置かれていたパイプ椅子に座り、ゆったりと足を伸ばす。

「トレーナー室って結構広いんだね」

「いずれは担当ウマ娘が増えて、チームを持ってもらうようにってことらしい。まあ、新人で実績のない自分にはまだまだ先の話だ。今は置いておこう」

 そう言いながら、神谷はトレーナー室に置かれていたポットの前に移動すると、そのすぐそばに置いてある紙コップとその簡易ホルダーを手に取り、ヴァイスシュトルムに質問を投げかけた。

生憎(あいにく)、インスタントコーヒーしかないんだが大丈夫か?」

「あ、うん。大丈夫」

 ヴァイスシュトルムの返事を聞いて、神谷はコーヒーの粉を紙コップに入れる。そうして、ポットから湯を注ぐとそれを二つ持ってヴァイスシュトルムと机を挟んで向かい側のパイプ椅子に腰掛けた。そして湯気が立つ二つの紙コップのうち、片方にスティックシュガーとミルクを()えてヴァイスシュトルムに差し出した。彼女は大人しくそれを受け取り、ミルクと砂糖を入れてよくかき混ぜてから口に含んだ。

「苦い……」

「すまない、一つじゃ足りなかったか。もう少し取ってくる」

 舌を出して苦そうに顔をしかめるヴァイスシュトルムに苦笑した神谷は、再び立ち上がると砂糖を取りに席を立つ。その間、ヴァイスシュトルムは改めて部屋を見渡していた。

 空きスペースの方が(はる)かに多い立派な資料棚に、まだ使われた形跡のない真新しいホワイトボード。トレーナーの個人用事務机には、人間用の固定電話と書類が何枚か、それとタフさが売りの銀色に光るノートパソコンが置かれていた。事務机の後ろ、入口から見て真正面には、普段授業を受ける教室と同じように腰の高さから天井近くまである大きな両開き窓が等間隔で並ぶ。資料棚の反対側には足がやや短い大きめの長机とそれを挟むようにソファが置かれてあり、それと直角になるように、テレビ台と最新型の薄型テレビが置かれている。テレビ台に備え付けられているガラス扉の奥は三段式になっており、最上段には最新型のブルーレイ・DVDレコーダー、中段には今となっては珍しいビデオデッキが、最下段には何本かのビデオテープやDVD‐ROM等が並んでいた。

「好きなだけ使ってくれ」

 ヴァイスシュトルムの前に戻ってきた神谷は、スティックシュガーが入った袋を机の上に置くと、自分のコーヒーには何も入れずに飲み始める。それをちらりと見ながら、ヴァイスシュトルムはスティックシュガーを十包程取り出し、コーヒーの中にそれを全て投入した。

「……確かにいくらでも使ってくれとは言ったが、それは甘すぎやしないか?」

 まるで信じられないものを見たかのような表情をする神谷に、ヴァイスシュトルムは首を横にこてんと倒して不思議そうにしていた。

「コーヒーは甘い方が美味しくない? 紅茶とかもそうだけど」

「そうか。そうか……」

 コーヒーや紅茶にスティックシュガーを十包以上入れることが、さも当然と言わんばかりのヴァイスシュトルムに、神谷は内心、カロリー管理もトレーナーの仕事かと思い、ため息を()きたくなった。そんな神谷を尻目に、ヴァイスシュトルムは機嫌良くカップを傾けるのだった。

 

 

 ヴァイスシュトルムが一息ついたのを見計らって、神谷トレーナーは口を開いた。

「さて、火曜日からのトレーニングだが、まずはスタミナの強化を重点的にやって行きたいと思っている。来週いっぱいはプールでスタミナを重点的に鍛えつつ、怪我の様子見と言ったところかな」

 真面目な顔をして話し始めた神谷に、ヴァイスシュトルムは大人しく耳を貸す。ヴァイスシュトルムがしっかりと聞く姿勢になったことを確認すると、神谷はざっくりとした今後の予定を話す。

「それで、再来週からはフォームチェックを兼ねた走り込み、心肺機能を高める効果が高い坂路(はんろ)トレーニング、筋トレ等の本格的なトレーニングに移りたいと思う。もちろん、足の負荷(ふか)が小さいプールでのトレーニングも継続して行っていく形になる。ここまでで何か質問はあるか?」

「特にないかな……あ。併走はやらないの?」

 ヴァイスシュトルムはそう言うと、神谷の目をじっと見つめて彼の言葉を待った。神谷はクリップボードを手に取ると、そこに挟んであるプリントに目を落とした。

「併走はレース前に組み込みたいところだが、こればっかりは相手がいないとダメだからな。相手探しもヴァイスシュトルムのトレーニングと並行して行っていくから、ひとまずは置いておこう。それじゃあ、来週いっぱいはプールトレーニングが主になるから、水着を忘れないように」

 手元の資料から顔を上げた神谷は、自分のコーヒーを飲み干す。彼の様子と窓の外が夕焼けの赤色に染まっているのを見て、ヴァイスシュトルムは話の終わりを感じ取った。

「はーい。……今日はこれで終わり?」

「そうだな、クラシック登録やその他契約に必要な書類は月曜日以降になりそうだから、今日やることはないな。()いていうならここ、トレーナー室までの道のりを覚えておいてくれ」

「わかった」

「さてと、帰るか。寮まで送るよ」

「うん、よろしく」

 コーヒーを飲み干して松葉杖を手に取ったヴァイスシュトルムは、ゆっくりと席を立つ。神谷も同じように席を立つと、二人分の紙コップをゴミ箱に捨ててから、廊下への扉を開けてヴァイスシュトルムが来るのを待った。

 

 

 栗東寮のすぐそばにヴァイスシュトルムと神谷トレーナーが着いた頃には、昼間の陽気は影を(ひそ)めすっかり肌寒くなっていた。

「暖かくなってきたとは言え、まだこの時間は冷えるな……体を冷やして風邪(かぜ)を引かないようにするんだぞ?」

「もう、わかったってば……。トレーナーさん、その話もう五回目だよ?」

 神谷の言葉に、辟易(へきえき)したように返事をするヴァイスシュトルムだが、神谷はなおも心配そうにしていた。

「しかしだな……」

「しかしもかかしもないの! アンタは私のお母さんか!」

「何言ってるんだ。男だからお母さんにはならないぞ」

 ヴァイスシュトルムの言葉に対して、神谷は真面目(まじめ)な顔をして、やれやれとまるで聞き分けのない子どもに接するような態度を取る。そんな神谷の姿勢に、ヴァイスシュトルムは柳眉(りゅうび)を逆立てた。

「言葉の(あや)だよ! というか、なんでそう言うときだけ真面目に返してくんのよ! さらっと流してよ!」

「そんなことしたら、ヴァイスシュトルムはボケてもツッコミをして貰えない可哀想なウマ娘になってしまうじゃないか」

「Scheiße!!」

 寮に帰ってきたウマ娘たちは、普段のクールさとはかけ離れた姿を見せるヴァイスシュトルムに、面白いものを見たと遠巻きに眺める。人集りの喧騒(けんそう)は少しずつ大きくなっていったが、それでも周囲の様子に気が付かないほど、ヴァイスシュトルムは神谷とのやり取りに気を取られていた。

「ゴホン。気兼(きが)ねなく話せるトレーナーができて嬉しいのはわかったけど、じゃれるのはそこまでにしようか、ヴァイス」

「ひゃあっ!?」

 わざとらしい咳を一つして声を()けてきた第三者に、ヴァイスシュトルムはまるで飛び跳ねるかのように驚きをあらわにした。ヴァイスシュトルムが耳も尻尾もピンと逆立てて声の主の方へと振り返ると、ニコニコともニヤニヤともとれる笑顔をしたフジキセキがそこに立っていた。

「フジキセキ……あっ」

 フジキセキに声をかけられ、ようやく周りの人集(ひとだか)りによる好奇な視線に気が付いたヴァイスシュトルムは、顔を赤く染める。

「トレーナーさんと仲が良いことは結構だけど、場所は考えようね」

「……はい。それじゃ、トレーナーさん。また月曜日に」

 蚊の鳴くような声でフジキセキに返事をしたヴァイスシュトルムは、神谷と目も合わさずに早口で別れの挨拶を済ますと、そそくさと寮の中へと姿を消してしまった。ヴァイスシュトルムの変わり身の早さに呆気(あっけ)に取られていた神谷だったが、手に持っていた彼女の鞄に視線を落とし、ため息を()いた。

「自分の鞄を忘れていくなよな……」

「あっははは。あわてんぼうなポニーちゃんだ。ヴァイスの鞄、私が届けておくよ」

「ああ、頼むよ。フジキセキ」

 そう言って神谷が手に持っていたヴァイスシュトルムの鞄をフジキセキに渡すと、フジキセキは笑顔のままそれを預かった。

「それじゃあトレーナーさん。これは私がきちんと渡しておくね。それじゃあ」

「ああ、頼んだ。……フジキセキ!」

 神谷に背を向けて、他の栗東寮生と同じように寮内に入っていこうとするフジキセキを、神谷は呼び止めた。

「どうかしたのかい?」

「あ、いや、そのだな。……ヴァイスシュトルムのこと、よろしく頼む」

 振り向いたフジキセキに、彼女を思わず呼び止めてしまった神谷はしどろもどろに言葉を紡ぐ。そして、一息ついて口から出た言葉は、どこまでも過保護なものだった。ヴァイスシュトルムが怪我をしたことは、誰に心配されるでもなく彼女自身が注意をするだろう。それでも神谷は、昼間怪我をしたヴァイスシュトルムが痛みに顔を(ゆが)める瞬間が頭に残っていた。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、トレーナーさん。寮では昼間のような事件は絶対に起こさせないから。それに、ヴァイスのことが心配なのは私だけじゃあないんだ」

 神谷の顔にありありと浮かんでいた心配の二文字に、フジキセキは安心させるように声をかける。昼間のヴァイスシュトルムの身に起きたトラブルは、フジキセキも聞き及んでいた。それだけに彼女の目の前で拳を固く握っている神谷の心境は、多少なりともわかるつもりだった。自分がその場にいて、対応していれば良かったのでは、といった後悔はフジキセキも持っていた。フジキセキも神谷も、他の誰もが何もできなかった結果、ヴァイスシュトルムは負う必要がない怪我をしてしまった。幸い競争人生に影響のあるものではなかったが、運が良かっただけともいえる。

 全力疾走でレースを走り終わった後のウマ娘は、凄まじく体力を消費している。普段(ふだん)なら(つまづ)くことのないような場所であっても、疲労の度合いによっては、躓き転倒することもあり得るのだ。だからこそ今回、舟越トレーナーが起こしたトラブルは、ウマ娘側からしても、トレーナー側からしても、あってはならないことであり、到底許されることではない。あの後、生徒会ではレース後のウマ娘にトレーナーが近づきすぎないようにするべきではないか、といった議論が行われていたほどだった。

 もちろん責められるべきは、過激な行動を起こした側であって、フジキセキや神谷に責められるべき点はない。しかし、何もできなかったという事実が、静かな水面に落ちた雫が波紋を広げるように、ずっと心をざわめかせているのだ。

 真剣に、けれどもどこか思い詰めたようなフジキセキの様子に、神谷は「あー」とも「うー」ともつかない声を出し、彼女の頭を撫でていた。

「フジキセキもあまり気にしすぎなくて良い。それよりもヴァイスシュトルムのこと、よろしくな」

「あ……」

 そう言って神谷はトレーナー宿舎へと歩き去る。その後ろ姿を見送るフジキセキは、()でられた頭に手をやって、しばらくぼうっと立ち尽くしていた。

 

 

 週明けの月曜日、教室の自席で退屈そうに頰杖を付いて行儀悪く最後の授業を聞いていたヴァイスシュトルムは、窓の外に広がる澄み渡る青空に今日何度目かのため息を吐いた。怪我をしているから仕方ないとはいえ、走り込みを行うにはこれ以上ないほどの好天であるにも関わらず、全力で走ることができないのを惜しく感じていたのである。

 授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、ホームルームが終わるやいなや、クラスメイトの多くはトレーニングコースやトレーナー室へ向かって駆け出していった。例に漏れず、ヴァイスシュトルムもゆっくりとトレーナー室へと向かうのだが、その足取りはどこか重々しさを現していた。

 神谷のトレーナー室前にやってきたヴァイスシュトルムは、扉を三度叩く。しかし、中にいるはずの神谷トレーナーから入室を許可する声は聞こえてこなかった。

「……あれ?」

 もう一度扉を叩くが、やはり返事はない。扉にはめ込まれた細長い磨りガラス越しに室内灯の灯りが漏れているし、扉の横に付けられた「在室不在プレート」も緑色で「在室」となっており、神谷が室内にいることを表していた。

「おっかしいなぁ……いるはずなんだけどな」

 ヴァイスシュトルムがドアノブのレバーハンドルを押し下げると鍵は閉まっておらず、ドアは軽く音を立てて開いた。

「トレーナーさん? ヴァイスシュトルムだけど、入るよ?」

 一応声を掛けてから、ヴァイスシュトルムはトレーナー室に入る。室内の電気は外から見えていたように点きっぱなしで、部屋のテレビもおやつ時の情報番組がたれ流されていた。しかし、肝心の神谷は室内のどこにもいなかった。

「いない……。トイレにでも行ってるのかな」

 そう独り()ちたヴァイスシュトルムは、テレビと直角に机を挟む形で配置されているソファに腰掛けると、横を向いて所在なげにテレビを眺めた。

『さて、ここからはURA情報局の時間です! 今年もすでに熱いレースが繰り広げられているトゥインクルシリーズですが、昨日中山レース場で開催された皐月賞では、アグネスタキオンがまず一勝。皐月賞ウマ娘に輝き!三冠への第一歩を踏み出しました!』

 コーナー担当の男性タレントがやや興奮気味に伝える内容に、ヴァイスシュトルムは耳をピクリと反応させると、顔をそちらへ向けてテレビに集中し始めた。皐月賞での作戦やレース展開が説明され、その後アグネスタキオンが勝利した皐月賞のレース映像が流される。そこに映っていたウマ娘たちは誰もが一所懸命で美しく、その光景をよく知っているヴァイスシュトルムの心を、改めて震わせた。私も早くあんなレースがしたい。そう思わせるには十分なものだった。

『是非ともアグネスタキオンには、六週後に行われる日本ダービーでも勝利して欲しいところですね。次はこちら「先取り! 未来のスターウマ娘!」のコーナーです。このコーナーでは、メイクデビュー前の時点ではありますが、話題になっているウマ娘を何人かピックアップしたいと思います!』

 映像が流れている間にスタジオに運び込まれたのであろう、目隠しの粘着シールが貼られた大きなパネルが大写しになる。そこに移動したタレントが、指をかたどった指示棒を持ちながら文字通りシールを捲っていく。

『まずはメイクンリリー。彼女の姉、メイクンシャインは三年前の菊花賞を勝利すると同年の有馬記念、翌年の宝塚記念、有馬記念とグランプリを連覇。昨年こそ怪我で思うような成績を残せていませんが、今年の天皇賞春への出走が決まっています。妹であるメイクンリリーが一体どんな走りを見せるのか、今から楽しみです』

 画面に流れる映像は、メイクンシャインが有馬記念連覇を決めたときのニュース映像だった。それから何人かがピックアップされ、早くも残り二人の紹介となっていた。

『最後に残った二人。この二人の情報は、先週末に行われた選抜レースの映像提供を受けて、大急ぎでスタッフが作ってくれました!』

『だからそんなに手作り感満載なんだ!』

 画面内のスタジオが笑いに包まれる中、ヴァイスシュトルムは何となくイヤな予感が背中を走っていた。先週末の選抜レース、それはヴァイスシュトルムも出走していたのだ。そして、そのイヤな予感は的中することになる。

『最後の二人はそう、マリンダンサーとヴァイスシュトルム! 先週末にトレセン学園で行われた選抜レースの映像が出ると思うんですけど……。あ、出ましたね。見て下さい、この脚!』

 そう言って映し出された動画は、ヴァイスシュトルムの記憶に新しいものと相違なかった。

『ヴァイスシュトルムのスタミナと最後に見せた二度目のスパート! マリンダンサーの素晴らしい末脚をものともしない姿に、「白嵐」なんて呼ばれ方もしているとか』

『ヴァイスシュトルムと言えば、珍しい月毛の美少女ウマ娘としても有名ですね。何でも、ゴールドシチーと一緒に並んでるところを写真に収めると幸運になれるとかでSNSではちょっとした話題になってますね』

 やられた。ヴァイスシュトルムは顔を天井に向けると、顔を手で覆う。それにしても、このテレビ番組は一体どこから選抜レースの映像を入手したのだろうか。メイクデビュー以降なら、練習風景の公開やURA公式レースの映像が出てきても不思議ではない。しかしながら、メイクデビュー前の映像がそう簡単に外部に流れるものなのだろうか。

『それにしても、ヴァイスシュトルムが月毛なのが惜しいですね』

『何故です? 大河さん』

『ほら、昔は芦毛もそうでしたけど、走らないって言われているじゃないですか? 白毛と月毛は珍しいものの、レースでの活躍はねぇ……。大怪我する前に、その容姿を活かせるモデルとかに転身した方が幸せになれると思いますね』

 大河と呼ばれたコメンテーターが、バカにしたような口調で、『月毛』は走らないと当然のように言ってのける姿に、ヴァイスシュトルムは嫌悪感を(いだ)いた。衝動に任せてテレビを消すと、やり場のない怒りを(かか)えてソファに(うつぶ)せる。そして、唸るような声を出して脚を暴れさせた。

「うううううぅ!!」

「すまないヴァイスシュトルム、遅くなっ……何唸ってるんだ?」

 まるで痛い子を見るような神谷トレーナーの生暖かい視線に、ヴァイスシュトルムは机に手を伸ばすと、その上に置いてあったテレビリモコンを神谷に思い切り投げつけた。投げられたリモコンは、綺麗(きれい)な直線軌道でもって神谷の額に吸い込まれていくのだった。

 

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