「ダメです氷室くん!ネタが出ません!」
「ダメですも何もそりゃ無理でしょうよ。ホラーは」
女子の方は長い髪を後ろで大きな三つ編みにしている。校章の色は3年生の赤だ。
一方の男子は眼鏡を掛け、柔らかそうなくせっ毛を弄っている。校章の色は2年生を表す青色。
「
「それで普通に一本書いたらただのB級映画ですからね?そろそろ締め切りなんですから、ぼちぼち書いてくださいよ、部長…」
「あうー…」
季節は夏、そして夏休みの最中。
休み明けに出す予定の部誌に載せる短編小説を考えているのだが、肝心要の部長、
「なーにーかーネタは無いかー?」
「いきなりネタとか言われてもですねぇ…ていうかなんでホラーなんです。部長の本領は確かミステリじゃなかったでしたっけ?」
「ミステリとホラーの合わせ技!」
「死にたいんですか?」
漫才のような掛け合いをしていると、不意に部室のドアが開いた。
「表まで聞こえてんぞ。そんなにネタが欲しいか」
「高垣先生!」
ぼさぼさの頭、Tシャツにジーンズ、よれよれの白衣。髭面。
ぱっと見教師には見えず清潔感に欠けた男が部室に入る。
「なにかあるんですか?」
「おう。ちょうどこのくらいの時期の話が一個あるがよ」
と前置くと、高垣はすっと氷室の方を見る。
「…コーヒー。ブラック」
「生徒から金取るよりはマシかもしんないですけど教師としてどうなんです?…あとで買ってくるんでとりあえず話聞かせてください。これ以上部長のうめき声を聞きたくない」
「なんだとぉー!断固抗議する!!」
「そいつぁ同感だ。…お前ら、
大日村。
高校のある聖羅市から車で三時間のところにある、小さな村だ。
「最近は再開発が進んでショッピングモールや住宅街なんかが増えてるらしいがな。俺がガキの頃はまだまだ一面畑と田んぼのド田舎だったわけさ」
「ほへー、先生の出身地だったんですかぁ?」
それを聞くと高垣はすこし表情を歪めた。
「いや、親父の実家があったんだ。だから夏休みの度に連れてかれてな。なんにも無いもんだから、近所の小さな神社の境内で藪に突っ込んで遊んでたんだよ。その神社、小高い丘になっててな。小川もあったりした」
「ワイルドですね」
「ガキの頃なんてそんなもんだろ?…小学校5年生の時だったかな。お姉ちゃんに会ったのは」
そうして、高垣は語りはじめる。少しづつ、思い出すように。
お姉ちゃん。俺はそう呼んでた。
名前なんか聞かなかった、なんでか知らねえけどな。
俺よりちょっと背が高いくらいの女の子で、いっつも白いワンピースと麦わら帽子だった覚えがある。
…いやさすがに着替えてたとは思うぜ?兎坂よ。イメージに残ってるのがその服だったんだよ。
まあとにかく、そのお姉ちゃんと影踏みなんかして遊んでたんだよ。
公園や遊具の類があるわけじゃ無いからな。神社の境内で、二人でさ。
べらぼうに強くてよ、影踏みが。全然追いつけなかった。
あとで気がついたけど、ありゃ影が俺の側に行かないように動いてたんだな。
俺がなかなか踏めないで居ると嬉しそうに笑うんだよ。
「ぼん、まぁだ踏めないのかや?」なんてさ。
そうそう、妙に年寄りじみた口調だったぜ。
おばあちゃんと暮らしてるって言ってたからそのせいじゃねえかと思うけどな。
思えば初恋だったのかもしれねえな、ありゃ。
透き通るような白い肌、顔立ちは整ってて人形みたいだった。
可愛いというよか綺麗系だったな。
神社に小川があるって言ったろ?二人で水遊びなんかもしてな。
お互いに水を掛け合って、びしょ濡れになった。
夏の日差し、水しぶき、美少女。完璧だろ?絵になるだろ?
…氷室?多分お前が考えてるような性的嗜好はねえぞ。一般論だ。一般論。
けど、帰る前日の夜だったかな。
神社で夏祭りがあったんだ。ほとんど村人総出でやるようなやつ。
それでも出店は出るし、花火も上がるんだ。
りんご飴片手に神社の石段に座ってさ。
二人でぼんやり花火を眺めてたんだ。
そうしたら、お姉ちゃんが手を繋いできて。
不安そうな表情で、じっとこっちを見つめてるんだよ。
…あの時、なんて言ってたのか覚えてないけど、多分来年も来るのか?とかそんなことだったと思うんだ。
俺はもちろん、次の年も来るつもりだったから、首を縦に振った。
そうしたらめちゃくちゃ笑顔になってな。俺に抱きついてきたんだ。
そんなこと母親にしかされたことなかったから、真っ赤になって動けなくて。
女の子の体が柔らかいってのは、その時初めて知ったとも。
ああ、柔らかさも熱さも忘れやしねえ。
そんでお姉ちゃんは耳元で囁いたんだ。これだけははっきり覚えてる。
「約束じゃぞ。きっと、来年も会おうぞ」
って。
それから二人で指切りして、別れて、次の日の朝に家族と聖羅に帰った。
…それでこの話は終わりだ。
終わりなんだ。
落ち着け兎坂。
なんでかって?
その年の暮れに、親父の浮気が発覚してな。
あれよあれよと言う間に離婚が成立、俺は母親の方に引き取られた。
それ以来、大日には一度も行ってねえ。
あの神社も丘も更地になって、今度マンションができるって聞いた。
俺は約束を果たせなかった。
あの神社で待っててくれたかもしれないお姉ちゃんを置き去りにしちまった。
…それが心残りではあるな。
「…これで俺の話は終わりだ。が、もう一つ続きがある」
「ぁぇ…?」
感情の氾濫で泣きじゃくる兎坂に向かって高垣は意地の悪い笑みを浮かべた。
「影踏み。強かったって言ったろお姉ちゃん。負け無しだったって」
「ぁぃ」
兎坂は顔から出るものを全て垂れ流しながら返事をする。
「氷室。影踏みで負けないための条件ってなんだ?」
「そうですね・・・影が相手の方を向かないように動くって先生言ってましたけど、それは負けづらい方法ですね?」
「あ、そりゃもう気づいてる口ぶりだな、面白くねぇ。…簡単だ、影が無けりゃいいのさ」
「影が…無い…?」
「おう!つまり《お姉ちゃん》は人外だった!ってオチはどうよ!」
「…つまり…作り話…?」
顔を拭った兎坂が俯いてふるふると震え始める。
「作り話じゃねえぜ?なにせ俺の実体験を基にしてんだからな、お姉ちゃんはいなかったけども」
「…せんせぇっ!!!」
「ははは、いいネタになったかよ。ま、頑張って書き上げろよ〜」
そう言うと高垣は手をひらひらと振りながら部室を出て行った。
キレた兎坂と宥める氷室を残して。
「私の涙を返せぇぇぇ!!!」
夕刻。オレンジ色の日差しに照らされる非常階段。
職員がタバコを吸うのに使っているらしき踊り場を、高垣はその用途に使っていた。
「先生、コーヒーですよ」
「おう…生徒は非常階段立ち入り禁止だぞ」
カンカンと音を立てて上がってきたのは氷室だった。
「見逃してくださいよ。あのあと部長を宥めるのに苦労したんですよ?」
「はは、悪かった。書けそうか?アイツ」
「大丈夫じゃないですかね。きちんとしたミステリに仕上げてみせる、ハッピーエンドにしてみせるって息巻いてましたから」
「ハッピーエンドねぇ」
高垣は苦笑する。そうはならないのに、と暗に口にしているかのように。
「ま、役に立ったなら本望だ」
「先生がですか?お姉ちゃんがですか?」
「…さてな」
「先生」
「ん?」
「なんでこの話を僕らにしたんですか?」
ふぅっと紫煙を吐き出す高垣。眺めている山の向こうには、大日村がある。
「なんで、か。なんでだろうな。ガキの俺からお姉ちゃんを奪った世界に対して、その存在をどんな形であれ刻みつける復讐!…なんて、な」
「壮大な話になってますね」
「マンションの話は昨日親父、というか元親父だな、からの手紙で知ったんだ。様変わりする大日村の様子を、俺が聞いたからかもしれねえが結構細かく送ってきてくれてな。だから、そう、これは郷愁ってやつかもしれん」
「郷愁、ですか」
夕日に照らされた高垣の表情を、逆光で氷室は伺い知ることができなかった。
「ノスタルジーとか言うのか?まあ、詳しくは俺も知らんが。俺にゃ気の利いた文章は書けねえ。それでも誰かにこの話をすることで、誰かの思い出の中にお姉ちゃんが、どんな形でも残れば…そうすりゃ、ひとりぼっちにはならねえだろ。多分な」
「…言葉にすれば、思い出にすれば。それは生き続けるから」
「おう。氷室、一つだけ覚えておけ。人じゃないモノは確かにいる。確かに生きてる。ただ、俺たちの目に見えないだけでな。…これで、お前への解答になるか?」
「…ええ。何を聞くかまでしっかりお見通しだったんですね、先生は」
「お前のことだから、多分聞いてくると思ったんだ。こう見えても教師だぜ、俺ぁ」
下校時間を告げるチャイムが鳴る。
氷室は一礼すると非常階段を降りて行った。
高垣はタバコを灰皿がわりの空き缶に入れると、再び山の方を向く。
「一度…行ってみるか」
そうして空き缶を足元に置き去りにすると、階段を降りて行った。
夕日に照らされた空き缶は、長く、長く影を落とした。
もう三人称視点なんて書かねえ。