ザツな旅   作:クリス

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シャミ子が悪いんだよ

要望が多かったんで百合ルート投稿します。たぶんクリキャン以降の話です




志摩リン(1)

 

 

 

 わたしには最近気になっている奴がいる。

 

 そいつはちっこくて、ビビリでヘタレで、距離感ガバガバで、それでいてすごく優しくて、なんていうか変な奴だ。

 

 人気のない図書室の貸し出しカウンターで、へんちくりんな本を読みながら向こうのテーブルで間抜け面を晒して寝ている奴をチラ見する。

 

「めっちゃ寝てるし」

 

 椅子からずり落ちそうになりながら、涎を垂らして寝ているのは山中双葉。ひょんなことから知り合った変な奴。

 

 まあ恥ずかしいから本人には言わないけど、わたしは親友だと思っている。

 

 なんとなく気になって席を立って双葉に近づく。

 

 口をあんぐりと開けて眠りこける双葉の顔を覗き込む。

 

「こいつ、意外と顔整ってるんだよな」

 

 風が吹けば吹き飛びそうなちっこい身体。

 

 最近さらさらになった灰色がかった黒髪。

 

 今は閉じられているけど、琥珀色の綺麗な瞳。

 

「睫毛なげー」

 

 サイズのあってない赤ぶち眼鏡と態度のせいで普段は意識が向かないけど、双葉はかなり美人だ。

 

 成長したらきっと桜さんみたいに美人になるだろう。

 

「おきろー風邪引くぞー」

 

 指で白い頬をつつく。指先にぷにぷにとした感触が伝わる。

 

「ほっぺ、やわらけー」

 

 なでしこのほっぺが餅ならこいつのほっぺはマシュマロだ。なんだかくせになりそうだ。

 

「うぉっ」

 

 いきなり双葉の顔がピクっと動き慌てて指を離す。やばい、起こしちゃったか?

 

「むむむ、すぅ……」

 

「びっくりしたぁ」

 

 よかった、まだ寝てるみたいだ。ほっぺをつついてるところなんてバレたら恥ずかしくて死ねる。

 

「首丸出しだし」

 

 双葉はこの辺の高校の女子にしては珍しくマフラーの類をしない。たぶんバイクに乗っているからなんだろう。

 

 図書室はストーブを炊いているとはいえ窓も多く冷えやすい。双葉が丈夫なのはよく知っているけど、ちょっと心配になってくる。

 

「ったく、しょうがないなあ」

 

 自分の首に巻いているマフラーを外して双葉の細い首に巻いてやる。さっきから散々いじってるのに一向に起きる気配がない。

 

「無防備すぎんだろ」

 

 こんなんで野宿してるっていうんだから心配になってくる。

 

「襲われてもしらねーぞ」

 

 双葉はいつもフラフラしていてなんていうか見ていて危なっかしい。

 

 ヘタレなくせに行動力だけは妙にあって、目を離すとすぐにどっかに行ってしまう。

 

 この前なんていきなり大阪からライン送ってきて本当にびっくりした。こいつ基本的に事後報告ばっかりなんだよなあ。それじゃ意味ないっての。

 

 双葉を見ているとお母さんがわたしを心配する気持ちがよくわかる気がする。

 

「それにしても、ほんと黙ってれば美人だよなあこいつ」 

 

 前に廊下を歩いてる時、男子が双葉のことを噂しているのを聞いたことがある。

 

 野クルのメンバーはみんな顔がいいから密かに話題になってるのは知ってたけど、ちょっともやもやした。

 

「何も知らないくせに……」

 

 小さいころに親が離婚して家にも学校にも居場所がなく、ずっと一人ぼっちで生きてきたという双葉。

 

 時折昔のことを話す時の、あの寂しそうな笑顔を見るたびに胸が苦しくなる。

 

 冷静に考えてみれば、中学生で50キロも歩いて野宿するなんて、家出以外の何ものでもない。

 

 キャンプみたいな遊びじゃない。双葉にとっての旅は文字通り生きるための手段だったんだろう。

 

 あの寂しそうな笑顔を見ると、いつか旅に出たっきり帰ってこないんじゃないかって不安になる。

 

「人が心配しているっていうのに、呑気な奴だぜまったく」

 

 人が心配している横でくぅくぅと可愛らしいいびきをかく双葉にむかっときてほっぺをつつく。

 

 わたしの指が双葉のほほをつつくたびにムニムニと動いて、なんだか悪いことをしているみたいで妙にドキドキしてくる。

 

「こいつ、ほんとに起きないな……」

 

 寝る直前、ゲームやってたせいで眠いって言ってたけど、どんだけやってたんだ?

 

 あとで説教だな。

 

 なでしこだってここまでされれば起きるだろう。そう思うとなんだか悪戯心が芽生えてきた。

 

 エスカレートする感情に身を任せ頬をつついていた指をぷるぷるした唇に持っていく。

 

「うわ、やわらか……」

 

 まるで水羊羹みたいにやわらかい唇に思わずどきりとする。

 

「ほんと、どうしたんだろわたし……」

 

 普段だったらこんなこと死んでもやらない。こんなこと斉藤にもしたことがない。というかむしろされる側だ。

 

「斉藤もこんな気持ちでいじってたのか? でもあいつ髪だしなあ」

 

 いざ自分がする側に立ってみると、なんというか変な背徳感に襲われる。

 

 きっとこいつがあんまりにも無防備なのがいけなんだ。わたしは悪くない。

 

「ふ、双葉が悪いんだからな」

 

 そう、全部こいつが悪いんだ。さっきから妙にどきどきするのも、ほっぺに悪戯するのをやめられないのも、全部全部こいつのせいだ。

 

「……もうちょっと近づいてみるか」

 

 自分の口から、自分の声とは思えないくらい低い声が漏れた。

 

 それはまさに悪魔の囁きだった。

 

 未だに眠りこけている双葉の人形のような顔に自分の顔を近づけていく。

 

 鼻から出た吐息がわたしの顔にあたる。心臓がバクバクして抑えられない。

 

 1ミリ、また1ミリと顔が近づいていく。もう視界のほとんどが双葉の顔で埋め尽くされている。

 

 長い睫毛、眼鏡のレンズでちょっとだけ歪んで見える二重の瞼、マシュマロのように白くてもちもちの頬。

 

 そして、ぷるぷるした唇。

 

 思わず唾を飲み込む。なぜかそうしたくてしかたがなかった。

 

 人一倍優しくて、面倒見がよくて、気配りが上手で、ヘタレなくせに変なところだけかっこよくて、それでいてどこか危なっかしくてほっとけない、わたしの大好きな友達が今、目の前にいて、わたしに全てを曝け出している。

 

 わたしがなにもしないと心の底から信じきっている。背徳感と罪悪感が混ざり合って頭が沸騰しそうになる。

 

 心臓の高鳴りが止まらない。自分の顔に熱がこもっていくのがよくわかる。

 

 顔をちょっと傾ける。なんとなくそうしないと鼻がぶつかりそうだと思ったからだ。

 

 双葉とわたしの距離はもう5ミリもない。どっちかがちょっとでもうごいたらぶつかってしまうだろう。

 

 なにがとは言わない。この姿勢で真っ先に触れるものなんて一つしかない。

 

 これから何が起きてもそれはきっと不可抗力だ。こんなに近いんだ。何が起きたって不思議じゃない。

 

 だからわたしは悪くない。全部、全部双葉が悪いんだ。

 

 あと4ミリ。あと3ミリ。あと2ミリ。

 

 あと──

 

「リンちゃーん!!」

 

「ぶふぉっ!?」

 

 突然聞こえてきた第三者の声に猛烈な勢いで身体をのけぞらせる。この声、やばいなでしこだ。

 

 見られた? 見られたのか!?

 

「へぇ? どうしたの? そんなに息荒くして」

 

「な、ななんでもない。ど、どうしたのなでしこ」

 

「今日は野クルの集まりないから、リンちゃんとお話しようかなって思って」

 

「ほっ……」

 

 よかった。見られてない。見られてたら冗談抜きで本当にやばかった。

 

 わたしが双葉に……あ、あんなことしようとしてたなんて。なでしこには絶対に知られたくない。

 

 ていうか何やってんだわたし。あんなの、ま、まるでキスじゃないか……

 

「あ、双葉ちゃんもいたんだ。って、すっごい寝てる」

 

「そ、そろそろ閉めたいから起こそうと思ったんだけど、ぜんぜん起きなくてさ」

 

 熱くなった顔を見られないように逸らしながら必死に話を取り繕う。

 

「昨日遊びに行った時、ずっとゲームしてたって言ってたし、そのせいかも」

 

「え、それって双葉の家に?」

 

 なでしこがふとこぼしたセリフに、わたしはなぜだか心臓が締め付けられるような錯覚を覚えた。

 

「うん。あ、リンちゃん聞いて聞いて! 双葉ちゃんね、昨日オムライス作ってくれたんだよ! しかもコックさんが作るみたいなナイフでパカーってするやつ! すっごくない!」

 

「へぇ、そう、なんだ……」

 

 わたしの知らない双葉のことを楽しそうに語るなでしこを見て、なぜだか急に胸がモヤモヤしてきた。

 

「双葉ちゃんのお家のキッチンすごいんだよ。シンクとかコンロとかもうすんごいおっきくて、道具とかも全部ピッカピカでね」

 

「う、うん」

 

「家の鍵も暗証番号だしライトとか全部声でやるんだよ! なんか最先端って感じで憧れちゃうよねー」

 

 わたしの知らない双葉を楽しそうに語るなでしこ。

 

 知らない。双葉がオムライスが得意なんて。

 

 知らない。双葉の家の台所のレイアウトなんて。

 

 知らない。知らない。知らない。

 

 心のモヤモヤがどんどん大きくなっていく。なんだこれ、知らない、こんな気持ち。

 

 なでしこだって大事な友達のはずなのに、双葉のことを楽しそうに話すなでしこにどうしようもなく嫉妬する自分がいる。

 

 わたしだって双葉と仲良くしたいのに、わたしだって双葉の料理を食べてみたいのに、なんでなでしこばっかりいい思いをしているんだろう。

 

 すごくもやもやする。

 

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 

「リンちゃん大丈夫?」

 

「おわっ!?」

 

 こいつ、いきなり額に手を当てるやつがいるかよ。めっちゃビビったわ。

 

 いや、ぼうっとしてたのはわたしか。廊下の冷気で冷やされた手がわたしの火照った思考を冷ましていく。

 

「なんか顔色悪いよ?」

 

「あ、うん、べつに、ここ寒いし冷えたんじゃないかな」

 

「そっか、でも無理しちゃダメだからね」

 

「うん……」

 

 なでしこの笑顔でおかしくなっていた思考が元に戻っていく。わたし今めっちゃ嫌なこと考えてた。

 

 なでしこは何も悪いことなんてしてない。ただ友達と遊んでいただけだ。

 

 だというのにわたしは勝手に嫉妬して……なんてやな奴なんだろう。最低だわたし。

 

 どっかのバカみたいに頬を叩いて気を引き締める。

 

「ありがとなでしこ。もう大丈夫だよ」 

 

 さて、と。気を取り直して双葉を見る。あれだけ目の前で騒いだっていうのに、こいつは相変わらず間抜け面で寝ている。

 

「すっごい寝てるね。あ、リンちゃんのマフラーだ」

 

「うん、風邪引かれたらやだし、巻いといた」

 

 わたしがそう言うと、なでしこはにっこりと笑った。

 

「ふふふ、リンちゃんってやっぱり双葉ちゃんのこと大好きだよね」

 

 なでしこの言葉に一瞬ドキリとする。バレたのかと思ったけど、こいつのことだから言葉通りの意味だろう。

 

「……まあ、その、嫌いじゃない」

 

 嘘だ。本当は独り占めしたいと思っている。

 

 なでしこと双葉の三人でやるキャンプも好きだけど、本当だったら双葉ともっと二人きりでキャンプに行きたい。

 

 でも、それを言ったら恥ずかしくて死ねるから絶対に言わん。

 

「素直じゃないなーリンちゃんは。ダメだよ、照れ隠しばっかりしてたら」

 

 だけど、精一杯の照れ隠しも、なでしこにはお見通しのようで、見透かしたかのような笑顔で諭される。

 

 自分の気持ちに素直になる、か……

 

 双葉の顔を見る。むにゃむにゃと寝言にもならない唸り声を漏らしながら眠りこけている。

 

「可愛いな……」

 

 そうつぶやくと、急に今の今まで渦巻いていた感情が腑に落ちたような気がした。

 

 たぶん、わたしはこいつのことが好きなんだ。

 

 ちっこくて、ヘタレで、距離感ガバガバで、可愛くて、優しくて、気配り上手で、たまに寂しそうな顔をするこいつのことがきっとわたしは好きなんだろう。

 

「そっか……」

 

「どしたの? リンちゃん」

 

「ううん、なんでもない」

 

 けど、この気持ちは心の底にしまいこんでおくことにする。

 

 わたしと双葉はあくまで友達。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 わたしと双葉は友達どうし。どう頑張ったって、女どうしじゃそれ以上の関係にはなれない。

 

 だからこの気持ちは双葉には秘密。多くは望まない。たまに二人きりでキャンプに行ってくれればそれでいい。

 

「あ、そうだ! リンちゃん今日暇?」

 

「まあ、なんもないけど……」

 

「だったら今日二人で双葉ちゃんのお家遊びにいかない?」

 

「おい、勝手に決めるなよ。本人寝てるだろ」

 

「えぇ? いいよ〜」

 

「おわっ!? 起きてたのかよ!」

 

 こいついつ起きたんだ? まさか寝たふりとかじゃないだろな。

 

 いや、違うか。さすがにあの距離で寝たふりしてたらわたしが気づく。

 

「あれ、マフラー巻いてある。リンが巻いてくれたの?」

 

「風邪引いたらあれだし、一応」

 

「そっか、ありがと〜リン」

 

「お、おう……」

 

 にっこりと笑う双葉に思わず顔を背ける。

 

 あぁ、さっきあんなことしちゃったからなんか調子狂う! なんであんなことしたんだわたしー!

 

「じゃあボクの家に集合ね。リン、なでしこ、なにか食べたいものある?」

 

「あるある! わたしハンバーグ食べたい!」

 

「いいよー! じゃあ一緒に作ろっか」

 

「おー!」

 

 いつものようにはしゃぎだすなでしこと双葉に毒気を抜かれる。

 

 双葉のことを独占したいって気持ちは嘘じゃないけど、なでしこと双葉の三人で過ごす時間が好きなのも嘘じゃない。

 

 だけど──

 

「じゃあ帰ろっか。わたし後ろ走るから先導お願い」

 

「はーい、ボクに任せてー!」

 

「あ、リンちゃんと双葉ちゃんだけずるい! わたしも一緒にかえるー!」

 

「いやお前電車だろ」

 

「自転車でついてくもん!」

 

「事故るわ」

 

「あははは」

 

 なでしこには悪いけど、双葉の後ろを走るのはぜったいに譲らない。それはわたしのポジションだ。

 

 なでしこの幼馴染にも譲らない。千明にもあおいにも絶対に譲らない。

 

 こいつの隣を走るのはわたしだけでいい。わたしだけがいい。

 

「じゃ双葉、行こっか」

 

 夕暮れの図書室。双葉の手を取って歩き出す。なでしこはもうとっくの昔に走り出してしまった。本当に元気なやつだ。

 

 まだまだ寒い廊下にわたしと双葉の足音がこだます。

 

「そうだ、帰りにスーパー寄ってこうよ。あおいのバイト先でいいよね」

 

「うん、そうだね……ところでリン」

 

「なに?」

 

「なんで、ボクの手握ってるの?」

 

 双葉に言われて視線を下に持っていく。わたしの手が双葉の手を握っていた。

 

 それはもうがっちりと握っていた。

 

「な、ななっ」

 

 しまった。つい無意識で握ってしまった。

 

 見た目に反して意外とごつごつしてんのなこいつの手。って違う!

 

 手のひらで双葉の温かさを感じていると、自然とさっきの光景が脳裏に蘇っていく。

 

 だから違うって!

 

「リンって手冷たいんだね。えへへ、ちょっと気持ちいかも」

 

 満面の笑みでそういう双葉。握りつぶされたかのように心臓が締め付けられる。

 

 まるで燃え盛る焚き火にバケツで水をかけたかのように顔が熱くなっていくのがわかった。

 

「……う、うぅ」

 

「どうしたの? リン」

 

「……な、なんでもない。帰ろう」

 

 燃えるように熱い顔をごまかすために下を向いて手はにぎったまま歩き出す。

 

「リン、なんかニヤニヤしてない?」

 

「し、してない! いいから早くいくぞ!」

 

 言葉とは裏腹に足取りはいつもより遅い。こうしておけば長く双葉と手を繋ぐことができる。

 

 わたしって、いつからこんな打算的な人間になったんだろう。

 

 それもこれも、全部双葉がいけないんだ。

 

 無邪気な笑顔と優しさでずけずけと人の大事な部分に入り込んで、その気にさせたこいつが悪い。

 

 一人でよかったのに、一人が好きだったのに、いつの間にかとなりにこいつがいないのが寂しくてしかたなくなってしまった。

 

 独り占めしたいと、思ってしまった。

 

「……双葉が悪いんだからな」

 

 自分に言い聞かせるように小声で呟く。

 

「え? なにか言った?」

 

「なにもー!」

 

 多くは望まない。

 

 双葉がいて、なでしこがいる今の居心地のよさを手放す気にはなれない。

 

 双葉がわたしを大事な友達だと思ってくれているなら、わたしも双葉のことを友達だと思う。

 

 それ以上を望んでしまったら、きっとこの関係は終わってしまう。だからこの気持ちは心の奥底にしまっておく。

 

 心がぎゅっと締め付けられる。その痛みに必死に蓋をする。

 

「珍しいね、リンが手握ってくれるなんて」

 

「たまにはいいだろ。友達なんだし……」

 

「えへへ、なんかいいね。こういうの」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 だから、もう少しだけこのままでいさせてよ、双葉。




なでリン至上主義の方ごめんなさい。
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