ザツな旅   作:クリス

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※本編とは一切これっぽっちも全く微塵も1ミリも関係ありません。


山中双葉(2)

 

 

 

 

 

 あおいがボクのことを好きなのかもしれない。その一文が頭の中をぐるぐると周り続ける。

 

「でね、リンちゃんがね──」

 

 バイト帰り、わかれ際にあおいに言われた言葉。

 

 いつもみたいにボクをからかっただけだとは思うけど、もし本当だったらボクはどうすればいいんだろうか。

 

「聞いてよ双葉ちゃん──」

 

 ただでさえリンとの関係が解決してないというのに、これ以上トラブルが増えたら完全にキャパオーバーしてしまう。

 

 ほんと、こんなクソザコのボクにみんなはいったいなにを求めてるっていうんだろうか。

 

 だいたいボクなんて取り柄といったらバイクくらいしかない。リンやあおいだったらもっとふさわしい──

 

「双葉ちゃん?」

 

「ひゃん?」

 

 突如視界になでしこの顔がドアップで飛び込んできて、反射的に顔がのけぞった。

 

 そうだった。ボク今家に突撃してきたなでしこと一緒にお鍋食べてたんだ。

 

「だ、大丈夫? お鍋、もしかしておいしくなかった?」

 

 こたつで暖まっているなでしこが、ボクを心配そうに見つめる。

 

「そんなことないよ! すっごいおいしかった。ちょっとぼうっとしてただけ」

 

「そっか、それならいいんだけど。もしかしてなにか悩み事あるのかなって」

 

「ど、どうしてそう思ったの?」

 

 悩みごとと言われ、思わずドキリとする。

 

「それは……あれ? なんでだっけ?」

 

「いやボクに聞かれても……」

 

 たぶん無意識でボクの変化を感じ取っていたってところだろうか。相変わらず鋭い。

 

 この察しのよさに救われたときもあったけど、今は正直気づかないでほしいと思うのはわがままだろうか。

 

「なにもないならいいんだ。でも、もしなにかあったらなんでも言ってね!」

 

「うん、ありがと」

 

 ボクが言うと、なでしこはにっこりと笑ってうなずいた。ほんと、いい子だよなあ。

 

「……そういえば双葉ちゃん、最近リンちゃんとどう?」

 

「どうって? ふ、普通に仲いいけど……」

 

 具体的にいうとキスされるくらいには。

 

「いきなりどうしたの?」

 

「えっとね、最近リンちゃんと双葉ちゃんの様子が変わったなあって思って」

 

「そ、そっかな? 気のせいじゃない?」

 

 もしかしてリンにキスされまくってるの見られたんだろうか。それはちょっとまずい。どう言い訳しよう。

 

「……あれ?」

 

 必死に言い訳を考えていたボクは、なでしこがこっちをじいっと見つめていることに気がついて我に帰った。

 

「双葉ちゃん、首になんか跡ついてるね」

 

「えっ、跡?」

 

 スマホを鏡がわりにして自分の首を写す。たしかに赤い虫刺されみたいな跡が首についている。

 

「ほんとだ。虫にでも刺され……あっ」

 

「ん?」

 

 そういえば、ボク夕方に図書室でリンに……

 

 その瞬間、必死に蓋をしていた記憶が溢れ出した。

 

 リンの潤んだ瞳、熱い吐息、唇のやわらかさ……やばい、思い出すとどんどん恥ずかしくなってきた。

 

「双葉ちゃん? 大丈夫? 顔すっごい赤いよ」

 

「へ? あ、うん、な、なんでもないよー えへへ」

 

「ほんとに? も、もしかして風邪ひいちゃってたりして!」

 

 それだけ言うと、なでしこがおもむろにボクに顔を近づけてきた。

 

 ほんのりと桜色に染まった柔らかそうな頬、プルプルの唇、長いまつ毛に綺麗な瞳。こうしてみると、なでしこもすごい美人だよなあ……って、違う!

 

「あ、あわわ、ち、近いよなでしこ!」

 

 見慣れている顔のはずなのに、あんなことがあったせいかやけに気恥ずかしい。

 

「うん? ちょっと熱測るだけだよ?」

 

「へ? 熱? あ、そっか、熱測るだけか。てっきりボク……」

 

「てっきり?」

 

「な、なんでもない! なんでもないよー!」

 

 危なかった。うっかりキスされるんじゃないかって言うところだった。

 

「むむむ、怪しい」

 

 なでしこの疑惑の眼差しがボクを射抜く。そんなふうに見つめられると余計に恥ずかしくなってくる。

 

「ほ、ほんと、なんでもないって! こたつがちょっと熱かっただけだよ!」

 

「ふぅーん……」

 

 にゅっと伸びる手がボクの頭を掴む。コツンと当たる額。か、顔が近い、それになんだかちょっといい匂いもする。

 

「熱は……なさそうだね。よかったぁ〜」

 

「う、うん。だからもう離れてくれると嬉しいなあって」

 

 や、やばい、なでしこってこんなかわいかったっけ? 再び沸き起こる恥ずかしさに、顔が熱くなっていく。

 

「双葉ちゃん顔真っ赤。もしかして照れてる? もう、女の子どうしなんだから気にしなくていいのに」

 

「で、でもぉ……」

 

 桜さんに似た透き通った瞳がボクを見つめる。

 

「あれ? この匂い……」

 

「え? なに──ひゃ!?」

 

 唐突に訪れた刺激に思わず悲鳴が漏れた。

 

 悲鳴の理由はすぐにわかった。なでしこが突然ボクの首筋に鼻を突っ込んで、すんすんと匂いを嗅いでいたのだ。

 

「ひゃ、な、なでしこ、く、くすぐったいよぉ」

 

 吐息が敏感な首筋にあたりゾクゾクとした変な感覚が背中を走っていく。

 

「この匂い、やっぱり……」

 

 やっぱりってなに!  

 

「へぇ、そっかぁ……リンちゃんったら、ずるいよもう」

 

「り、リン?」

 

 な、なんでリンの名前が出てきたの? ま、まさかバレた? もしかしてあおいが……いや、そんなわけないか。

 

「2人で一緒にって、約束したのに……」

 

「ふ、2人? さ、さっきからなに言って──」

 

 ボクは最後まで言い切ることができなかった。

 

 なぜなら、話そうとしたボクの口はなでしこの口でふさがれてしまったからだ。

 

「……んっ」

 

 唇に当たる甘い感触。ボクはこの感触をよく知っている。だって何度も何度もされたからだ。

 

 ボクはなでしこにキスをされていた。反射的に瞑ってしまっていた目を開ける。

 

「ふた、ば、ちゃん……んっ」

 

 うん、思いっきりキスされてる、それもなでしこに。

 

 鼻と口からから漏れる吐息と、唇に感じる甘い刺激、そしてリンとはまた違う甘い匂いがボクの頭をぐちゃぐちゃにかき回していく。 

 

 なんでボク、なでしこにキスされてるんだろうか。

 

 と、とにかくや、やめさせなきゃ……

 

「な、なでし……はな、んっ、んんっ!?」

 

 肩を掴んで離そうとしても、驚異的な力によって1ミリも離すことができない。

 

 絨毯にぽふんと押し倒され、口の中ににゅるりと入ってくる舌が、ボクの口の中を貪っていく。

 

 ビリビリとした甘い電流のような気持ちよさと、ふつふつと湧き上がってくる多幸感が、頭をくらくらと酔わせていく。

 

「ん……んふ……」

 

 強張っていた身体の力が抜け、ただされるがままにキスされる。

 

 気持ちいい……ポカポカする……なにも考えられない……

 

「……ぷはぁ!」

 

 数十秒か、あるいは数分か、時を忘れるほどキスをされたあと、なでしこはボクを解放した。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 腰が抜け、身体を起こすことができない。そんなボクを馬乗りになったなでしこが、見たこともないような表情で見つめる。

 

「えへへ、双葉ちゃんの味だぁ」

 

 唇の周りについた涎を指でなめながら、なでしこが嬉しそうに言った。

 

「……な、なんでぇ?」

 

 未だにクラクラする頭を必死に動かして、なでしこを問い詰める。

 

 ボク、今なでしこにキスされたよね。なんで? どうして? 意味がまったくわからない。いくらなんでも唐突すぎる。

 

 ま、まさか……脳裏によぎった最悪の想像に血の気が引いていく。まさか、なでしこもなの? 

 

「えへへ、キス、しちゃったね」

 

「えぇ……」

 

「えへへぇ、双葉ちゃん、だーい好きだよー」

 

「う、うん、ボクも大好きだよ?」

 

「そっかぁ……えへへ、やったぁ」

 

 口元をだらしなく緩ませてボクに抱きついてくるなでしこの暖かさを感じながら必死に記憶をたどっていく。

 

 さすがに唐突すぎて意味がわからない。たしかにここ最近やけに距離が近かったような気はした。

 

 でも一緒にお風呂入るときにボクの身体洗いたがったりとか、泊まるときは寝袋で寝ていたはずなのにここ最近ずっと添い寝してたくらいで変な様子は……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 思い当たる節、ありまくりじゃん。

 

 なにが『唐突すぎる』だよ。めっちゃ予兆あったじゃん。バカなのボク。

 

「ねーねー! 双葉ちゃんの口、ぷるぷるしててすっごい気持ちいいね!」

 

「う、うん、あ、ありがとう?」

 

「えへへぇ」

 

 ボクの言葉になでしこが笑う。花が咲くような笑顔とは、こういう笑顔のことを言うんだろうか。

 

 そんななでしこの笑顔がすごく綺麗で、かわいくて、いろいろ言おうと思っていたはずなのに、吹き飛んでいってしまう。

 

 ダメだ……なにか言わないと。

 

「ね! もう一回しよ!」

 

「え!? ちょ、まっ」

 

 腰の抜けたボクに抵抗できるわけもなく、再び押しつけられる唇。

 

 どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

 

「んっ……っ……」

 

 そんなボクの考えは、波のように押し寄せる甘い快楽に押し流されていくのであった……

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 夕陽の差す校舎をとぼとぼと歩いていく。一歩一歩足を動かすたびに、荒れ狂う感情がため息となって溢れていく。

 

「今日もめっちゃキスされた……」

 

 なでしこにキスされたあの日から二日明けた月曜日。

 

 学校に登校したボクを待ち受けていたのは、なでしことリンによる怒涛のキス攻めだった。

 

 昼休みがはじまったと思ったら、顔を赤くした2人に保険室に連れ込まれベッドの上でひたすらキスをされた。

 

 抱きしめられ、撫でられ、ささやかれ、キスされ、ただひたすらに感情をぶつけていく2人に、ボクはなに一つ抵抗することができなかった。 

 

 2人で寄ってたかってあんなことして……もし見られたらどうするんだぉ。

 

「どうせならボクの家とかで思いっきり……」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「うがぁぁぁ!!」

 

 頭をかきむしりながら壁に頭を打ち付ける。

 

 なにが『家で思いっきり……』だよ! ボクはこんなピンク色の学園生活求めてないって! そりゃ2人のことは大好きだよ。でも、そうじゃないでしょ。

 

「もうみんなほんとにどうしちゃったんだよぉ」

 

 あおいもなんかやけに身体押し付けてきたし、挨拶すると顔赤くするし……あれでいつもどおりって思い込めるほどボク鈍感じゃないよぉ。

 

「誰だよぉ、こんな設定考えたやつぅ……」

 

 まるで出来の悪いネット小説みたいな状況に、目の前が真っ暗になったような感覚に陥る。

 

 いったいどこで、なにをどう間違えてしまったのだろうか。ボクはみんなと仲良くしたかっただけなのに……

 

「誰かに相談したほうがいいのかなぁ……」

 

 けど、相談したあおいがああなってるわけで……いやあれはたまたまあおいがそうだっただけで、他の人なら大丈夫なはず。

 

 たぶん、きっと、めいびー

 

 千明とか、恵那ならきっと平気なはずだよね。だって今日だっていつもどおりだったし。

 

「とりあえず千明に相談してみよっかな」

 

「あたしがどうかしたのか?」

 

「ぴゃぁぁ!?」

 

 突然横からかけられた声に、身体が反射的に飛び跳ねる。な、なに!? なんなのいったい!?

 

「お、おい、だ、大丈夫か?」

 

 眼鏡を指で押し上げながら千明が心配そうにこっちを見る。って、千明か……びっくりした。

 

「い、いきなり声かけないでよぉ」

 

「いや、壁に頭叩きつけて発狂してたら誰だって声かけるだろ」

 

「み、見てたの!?」

 

 ボクの問いにうなずく千明。

 

 さきほどの奇行を見られていたという事実に、顔が沸騰したかのように熱くなっていく。

 

「大丈夫か? 顔真っ赤だぞ。熱でもあんじゃねえの?」

 

 そう言いながらボクの額に手を当ててくる。ひんやりした手がちょっと気持ちいい。

 

「……熱はないみたいだな」

 

 眼鏡の奥の瞳が安心したように細められる。そんな普段どおりの様子に心が落ち着きを取り戻していく。

 

「な、なんだよ、人の顔じろじろ見て。て、照れるだろぉ……」

 

 額から手を離して、顔を赤くしながらソワソワする千明を見ていると、あることに気がついた。

 

「そういえば千明、髪型変えた?」

 

 ボクが気がついたことを言うと、千明が目を見開いた。

 

 今日はいつものボブカットと違って髪が軽くウェーブしていた。パーマでも当てたんだろうか。

 

 ふわふわした感じが普段の快活な感じとは違ってなんだかすごくかわいい。

 

「わ、わかるか? ちょっと試しにパーマ当ててみたんだけどよ、やっぱ似合わねえよなぁ」

 

 だってあたしだもんなーと頭をかく千明。たしかに見慣れない髪型だけど、似合わないなんてことはない。むしろすごく似合っている。

 

「そんなことないよ! すっごいかわいいと思う! 千明じゃないみたい!」

 

「そ、そっか……か、かわいいか……へへ、そう言われるとなんか照れちまうな」

 

 気恥ずかしそうに笑いながら髪を指でくるくると巻いていく千明。

 

「千明は普通にしてればかわいいんだから、もっとオシャレすればいいのに」

 

「へへっ、一言余計だっつうの」

 

 そう言って笑い合うボクだち。

 

 あんまりにもいつもどおりのやり取りに、ささくれだっていたボクの心が落ち着きを取り戻していく。

 

 そうそうこういうの。こういうのがやりたかったんだよ。ボクはみんなと普通に仲良くできればそれだけで十分なのだ。

 

 キスとか、キスとか、キスとか、そういうのは変なのは必要ないのだ。

 

「はあ、やっぱ千明と話してると落ち着くなあ」

 

 だからだろうか、気が付けばぽろっと本音が溢れていた。

 

「な、なんだよいきなり」

 

 いきなり変なことを言い出したボクに千明が目を丸くする。

 

「べつにー ボク、千明のこと大好きだなって思っただけ」

 

「はっ? えっ?」

 

 あの日、千明がベンチで1人泣いていたボクを見つけてくれたから、ボクは今こうしてここにいる。

 

 ボクが笑っていられるのも、たくさんの友だちに恵まれているのも、全部全部千明のおかげなのだ。

 

 いつもふざけてばっかで真面目とはほど遠い子だけど、ボクはこの子が本当はすごく優しい子だっていうことを知っている。

 

「ねえ千明」

 

 夕陽に染まる廊下で、ボクをじっと見つめる千明の手を取る。

 

「ありがと、あの時ボクと友だちになってくれて。大好きだよ」

 

 それだけ言って、にっこりと笑いかける。

 

「あっ、お、おう……」

 

 突然のことに固まった千明が顔を赤くしながら目をキョロキョロを忙しなく泳がす。

 

「大好き……大好きか……よしっ」

 

 しばらくすると、なにかを決意したように、千明がボクの目を見つめた。

 

「あ、あのさ……」

 

「うん? なあに?」

 

「あ、あたしも、双葉のこと、だ、だだ大好きだぜ」

 

 顔を真っ赤にして、いつになく真剣な口調で千明がボクに言う。

 

「うん! ボクも大好きだよー!」

 

 滅多に見れない素直な千明に、嬉しさが込み上げてくる。

 

「ほ、ほんとか? 嘘とかだったら泣くぞ!」

 

「ここで嘘つく必要ないじゃん。変な千明。ほんとに大好きだよ」

 

「そ、そっか……えへへ、だよな。わりぃな、変なこと聞いて」

 

 ボクの言葉に顔をリンゴのように真っ赤に染め、すごく嬉しそうに笑う千明。

 

 自分で言っておいてなんだけど、なんか恥ずかしくなってきた。昼間にあんなことがあったからだろうか。

 

 でも、どんなに恥ずかしくたって思ったことはちゃんと言わないとダメだ。そうしないと、いつか言えなくなったときに後悔する。

 

「で、でさぁ双葉……こ、このあと暇か?」

 

「とくになにもないけど、どうしたの?」

 

 あれ? いつもみたいにあだ名じゃないんだ……まあいっか。

 

「駅の近くに新しくカフェできたんだけどよ、よかったらこれから一緒に行かねえか? ケーキとかけっこううまいらしいぜ」

 

「ほんと!? 行く行く!」

 

「……ああ! じゃあ一緒に行こうぜ! 善は急げだ」

 

 そう言って、ボクの手を掴む千明。どんなお店なのかな、楽しみだな。

 

「……けどその前にっと」

 

 振り返る千明、引っ張られる身体。そして、唇に感じる柔らかい感触。

 

 千明にキスをされたと気づくのに、それほど時間はかからなかった……え? なんで?

 

「んっ……」

 

 たっぷりと唇どうしが触れ合ったあと、千明がボクから離れた。 

 

「へへっ、そんじゃこれからよろしくな!」

 

 唇に手を当てて、嬉しそうに頬を染める千明が、呆然とするボクを引っ張っていく。

 

「……え?」 

 

 

 

 

 

 え?




用語解説

パーマ千明
原作10巻41ページ参照。かわいい(小並感)
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