ザツな旅   作:クリス

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お待たせしました。今回から綾乃編です。

※ちょっとだけセンシティブな表現があります。


土岐綾乃(1)

 

 

 

 

 

 たぶん一目惚れ、ってやつだったんだと思う。

 

 あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。

 

 大好きな友だちが突然遠くに行ってしまい、心にぽっかりと穴が空いたわたしの前に突然現れたあの子。

 

 浜名湖の夜景に照らされた横顔が、あまりにも綺麗で、もしかして寂しすぎて幻でも見ているんじゃないかと思った。

 

 きっと、そのときから心のどこかで意識してたんだと思う。今ならわかる。

 

 こうして、わたし……土岐綾乃は山中双葉と友だちになった。

 

 双葉はわたしにいろんなものを教えてくれた。見たこともないような世界を見せてくれた。

 

 大好きな友だちにまた会わせてくれた。

 

 双葉と友だちになって、わたしの世界はキラキラと光り輝くようになった。

 

 会うたびにわたしは双葉のことが大好きになった。

 

 だから「友だち」から「好きな人」に変わってもわたしはそこまで驚かなった。

 

 だって、初めて会った時からわたしは双葉が好きだったんだもん。

 

 けど、あの子のまわりにはかわいい子がたくさんいる。

 

 なでしこにリンちゃん、あおいちゃんやアキちゃん、それに恵那ちゃんも。

 

 みんなわたしなんかよりもかわいい子ばっかりで、中にはあきらかに双葉のことを意識してそうな子も。

 

 とくにリンちゃんとか。あとリンちゃんとか、それとリンちゃんとか。

 

 正直わたしはあんまりかわいくない。

 

 なでしこみたいな愛くるしさもないし、リンちゃんみたいに美人でもない。

 

 あの子たちがちょっとでもその気になれば、双葉はほいほいついて行っちゃうだろう。だってびっくりするくらいちょろいし。 

 

 それでわたしは考えた。

 

 簡単な話だ。誰かに取られそうなら、取られる前に取っちゃえばいい。

 

 どんな手段を使っても、双葉をわたしのものにしちゃえばいい。そうすればもう誰にも取られたりなんてしない。

 

 恋愛と戦争では手段を選ばない。双葉と見たアニメでもそんなことを言ってた人がいた。

 

 だからさ、双葉。もう逃さないからね。

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそーさま。はぁ、おいしかった」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

「いつもありがとー 双葉」

 

 わたしは空になったお皿を前にして、いつものようにお礼を言った。

 

「ごめんね、双葉にばっかり作らせて」

 

「気にしなくていいよ。料理好きだもん。それに、綾乃が食べてる姿見るの好きだしさ。だっておいしそうに食べてくれるし」

 

 そう言ってすごく優しい顔で微笑む。まったく、この子はいつもいつも……もう、そういうとこだぞー 

 

「だって双葉の料理すっごいおいしいんだもん。双葉がわたしのお嫁さんだった最高なのになー」

 

「はいはい」

 

 半ば本気で言った言葉をスルーされ、ちょっと落ち込む。

 

 でもしょうがない。だってどう考えたって冗談にしか聞こえないもん。

 

 ……わたしが本気で言ってるって知ったら、この子どんな顔するんだろ。

 

「じゃあわたしお皿片付けるから、双葉は先にお風呂入ってて」

 

「はーい」

 

 お風呂の準備を始めた双葉を横目にわたしは晩ご飯の後片付けに取り掛かった。

 

 双葉が作って、わたしが片付ける。そして、片付けている間に双葉がお風呂に入る。

 

 それがここ数ヶ月のわたしと双葉の習慣だった。

 

 浜名湖でわたしと双葉が出会ってから2年と少し。わたしと双葉は東京にある大学に通うために一緒のアパートに住んでいた。

 

 いわゆるルームシェアっていうやつだ。そう、高1のとき浜名湖で約束したあの話だ。

 

 双葉はあの約束をちゃんと覚えていてくれた。そして、受験シーズンが始まったころ、わたしにルームシェアの話を持ちかけてくれた。

 

 恥ずかしそうに、もじもじしながら提案する双葉に二つ返事で飛びついたのはいうまでもない。

 

 だって、好きな人と一緒に暮らせるまたとないチャンスだもん。向こうはそんなつもりで言ったんじゃないだろうけどね。

 

 ルームシェアの話を進める時にリンちゃんと大喧嘩するハプニングがあったけど、今では3人でツーリングするくらいには仲良くできている。

 

 と、これが今のわたしの状況。正直、うまくいきすぎてびっくりしている。

 

 というか、いくらなんでも双葉ちょろすぎる。

 

 だって、あの子がルームシェアの話をもちかけてきたのだって、わたしが前日にアパートの入居先の話をしてからだし、毎日料理を作ってくれるのだって、わたしと一緒に暮らしはじめたころに、わたしが双葉の料理を毎日食べたいって言ったからだ。

 

 今さっきお風呂に行かせたのだって、そうすればわたしがあとから一緒にお風呂に入れるから。

 

 と、そうこうしているうちに最後のお皿を洗い終わった。

 

「双葉のところ行こーっと」

 

 ほんと、ちょろすぎるよ。そんなんだからわたしみたいな悪い子に騙されちゃうんだよ。

 

 でもしょうがないよね。その気にさせた双葉が悪いんだもん。

 

 

 

 

 

「はい終わり」

 

「ん、ありがとね」

 

 使い終わったドライヤーを片付けて、双葉のホカホカの髪を指で梳く。

 

「双葉、髪だいぶ伸びたんじゃない?」

 

 初めて会ったころはもっと短くてボサボサだった髪も、今じゃすっかりサラサラロングヘアーだ。

 

「だよね。そろそろ切ったほうがいいかなー」

 

「えーもったいないよ。綺麗なのに」

 

 そう言いながら、ちゃぶ台に肘をついてゲームをしている双葉の髪をいじる。

 

「なにしてんの?」

 

「髪で遊んでる」

 

「あんまり変な髪にしないでよー」

 

「おーこの綾乃さんに任せときなー」

 

 今日はどうしよっかな。そうだ。おさげのお団子にしよっと。

 

 思いついたら即実行。髪を二つの束に分けてお団子にしていく。

 

 まだほのかに暖かい双葉の髪から、シャンプーの香りが漂う。

 

 バレないようにそっと顔をうなじに近づける。わたしと同じシャンプーの匂い……

 

「双葉の髪、いい匂いだね」

 

「綾乃も同じシャンプー使ってるじゃん」

 

「そーだけどさー そうじゃないっていうか」

 

「なにそれ?」

 

「んー? ひみつー」

 

 だって言えるわけないじゃん。好きな子と同じシャンプー使ってることに喜んでるなんて。

 

 そうこうしているうちに髪を結い終える。

 

「できたー」

 

「んーありがと」

 

「なんかてきとー」

 

 双葉は我関せずといった様子でずっとゲームのコントローラーをピコピコしながら、なんかキモいなめくじみたいな敵と戦っている。

 

「……なに、そのキモい奴」

 

「かわいいよねー うにょうにょしてて」

 

「思いっきり斬り付けてんじゃん」

 

 血ドバドバ出てるし。主人公なんかカリフラワーの化け物だし、相変わらず双葉の趣味はよくわからない。

 

 この前も音楽聴いてるのかなと思ってイヤホン貸してもらったらバイクのエンジン音だったし。やっぱ双葉って、ちょっと……いや相当変わってるよなあ。

 

「やっぱ神秘マン火力ないなー」

 

 お風呂から上がってからゲームに夢中の双葉。一緒に暮らしはじめてから、いつもこんな感じだ。

 

 ゲームが好きだってのは知ってたけど、ここまで好きだなんて知らなかった。

 

「双葉ー わたしの髪も結んでー」

 

「うーん、あとでねー」

 

 構ってほしくて言った言葉は、適当に流される。本当に集中してるみたいだ。

 

 双葉の知らない一面を知れて嬉しいと思う反面、構ってくれないことに不満を覚える。

 

 ねぇ、こっち見てよ。それとも、わたしよりも、そのキモいなめくじのほうが好きなの?

 

 ゲームの中の敵にすらやきもちを焼くなんて、どうかしてると思うけど思ってしまったものはしかたない。

 

 だって、好きなんだもん。だからかな。

 

「ねぇ、双葉」

 

「ひゃっ!?」

 

 気がつくとわたしは、双葉に後ろから抱きついていた。

 

「ちょ、な、なに?」

 

 驚く双葉を無視して胸にすっぽりと収まる背中に覆いかぶさり、お腹に手を回す。

 

 お風呂上がりのポカポカした身体を抱きしめると、胸の奥からゾワゾワとした心地良さがこみあげてくる。

 

「あったかいねー双葉」

 

 耳元でささやくと肩がびくりと震える。もう、ほんとかわいいなあ。

 

「や、やめ」

 

「だって双葉が構ってくれないんだもーん」

 

「あ、ご、ごめん」

 

 言いがかりをつけてるのはどう見たってわたしなのに、素直に謝ってくる双葉。

 

「ていうか、そ、その、近いよ」

 

「えーこのくらいのスキンシップ、友だちなら誰だってやってるよ」

 

 そう言いながら首筋に顔を埋める。うっすらと滲んだ汗とボディーソープの混じった匂いが鼻を突き抜けていく。

 

「そ、そうなの?」

 

「そーそー」

 

「そ、そうなんだ」

 

 こんなあからさまな嘘でもわたしを信じ切っている双葉は信じちゃう。

 

 もうほんと、だからわたしみたいな悪いやつに騙されちゃうんだよ?

 

「そんなんだからボッチなんだぞー 大学で友だちできたのー?」

 

「うぐっ……」

 

 肩がびくりと震える。図星だったみたい。まあ知ってたけどねー 双葉って基本クソザコだし。

 

「わたし学部違うんだから、ずっと一緒にはいられないんだからなー なんか気になる人とかいないのー?」 

 

 思ってもいないことを言う。

 

 恋人なんて作らなくていい。わたしだけ見てくれればいい。わたしだけを見てほしい。

 

「べ、べつに、ボクは綾乃がいればいいし……」

 

 まーたそうやって……

 

「ふぅん……そっかー」

 

 お腹に回していた腕が自然とこわばっていく。

 

 夏が近いこともあって、ほどよい弾力のあるお腹の感触がダイレクトに伝わってくる。

 

「うりゃ」

 

「ひゃっ」

 

 ぷにぷにのお腹をつまむと、心地よい悲鳴がわたしの耳をくすぐった。

 

 自分のことボクとか言ってるくせに、こういう悲鳴だけはやけに女の子っぽいんだよねえこの子。

 

「ダメだよ双葉、そんなこと言っちゃー」

 

 指で突いたり撫でたりしながら双葉をいじめていく。

 

「や、やめっ、変な声、でちゃう……」

 

「じゃあ、言わない?」

 

 だって、そんなこと言われたらわたしみたいな子は本気にしちゃうよ? きっと、後悔するよ?

 

「と、友だちとか自分から作ったことないし……」

 

「わたしと初めて会ったときみたいに言えばいいじゃん。双葉はかわいいし、普通にいい子なんだから、友だちでもなんでもいくらでもできるでしょ」

 

 友だちなんて作らなくていい。わたしだけを見てほしい。

 

 そんな本音に蓋をして、友だち思いの優しいルームメイトを演じる。そうすればずっと一緒にいられる。そう思って必死に演じる。

 

「か、かわいい……そ、そっかな。えへへ」

 

 嬉しそうに頬を染める双葉。

 

「もっと自信持てよー じゃないと、お仕置きちゃうぞー」

 

「お、お仕置き?」

 

「そ、たとえば……こんなふうにね」

 

 耳たぶにそっと噛み付く。

 

「えっ? うひゃっ!?」

 

 ちっこい肩が未だかつてないほどにびくりと震える。

 

「なにしてんのっ!?」

 

「みみたぶはんでるー」

 

 唇に感じる双葉の耳たぶは風呂上がりでは説明できないほどに熱く、軽く舌を添わすとかわいらしくびくりと跳ねた。

 

「どうしたのー双葉。身体あっついよ。熱でも、あるんじゃない?」

 

 耳の穴に息を吹きかける。肩がまたびくりと跳ねる。ああもう、ほんとにかわいなあ双葉。

 

「わたしが、たしかめてあげよっか」

 

 キャミソールの裾に手を突っ込み、お腹に直に触れる。うわ、すごい汗ばんでる。

 

「あ、あやの……ほ、ほんとに、や、やめっ、んっ!」

 

 甘ったるい声が双葉の喉から溢れる。このまま押し倒したら、どんな反応してくれるのかな?

 

「ほ、ほんとに、ほんとにやめっ!」

 

「わかった」

 

 身体を離し、抱きしめていた双葉を解放する。今日はこれくらいにしておいてあげよう。

 

 ていうか、これ以上は本当にやばい。主にわたしが。

 

「もう、ひどいよー!」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 肩で息をしながら顔を真っ赤にしてプンスカ怒る双葉。

 

 ちょっと、やりすぎちゃったかな。べつにお酒とか飲んでないんだけどな。

 

 双葉の身体、柔らかかったなぁ……

 

「あーあ、双葉のことからかってたら汗かいちゃった。ちょっとシャワー浴びてくるねー」

 

「え? うん、わかった。て言うか、綾乃、顔めっちゃ赤くない?」

 

「えー 気のせいじゃないかな? じゃーねー」

 

「ふーん……」

 

 首をかしげながらゲームを再開する双葉を横目に、急ぎ足でバスルームに駆け込む。

 

「あ、危なかった……」

 

 ドアに背を預け、胸に手を当てる。案の定心臓がとんでもない勢いで脈打っていた。

 

 ほんと、やばいなーこれ。

 

 最初のころは同棲だーってテンション上がってたけど、こんなのがずっと続いたら本当にいつか我慢できなくなっちゃうよ。

 

 鈍い双葉のことだから、わたしの気持ちになんてまるで気づいてないと思う。

 

 さっきお風呂に入ったときだって、おっぱいガン見してたのに全然気づいてなかったしさ。

 

 あーもう! ほんと、無防備すぎるんだよー!

 

 ていうかなんなのあの反応。反則でしょ。襲ってくださいって言ってるようなもんじゃん。

 

 絶対言ってるよね。口に出してないだけで言ってるよね。あの子絶対好きだよねわたしのこと。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「はぁ……やめよ」

 

 なんだか急に虚しくなってため息をつく。

 

 わかってる。わたしは友だち思いのルームメイトでしかない。あの子の一番にはなれない。

 

 ガサツで男っぽくて、全然かわいくない。胸だって大きくない。しかも双葉は女の子だ。

 

「……わたしが男の子だったらよかったのになぁ」

 

 なんでわたし女に生まれてきちゃったんだろ。

 

 わたしが男だったら、友だちを騙すような悪い子になんてならなくてすんだのになあ……

 

「好きだよ……双葉」

 

 唇に指をあてる。双葉の耳たぶ、柔らかかったなぁ……肌もすべすべで……いい匂いだったし……

 

 そういえば、双葉今なにしてるのかな。

 

 バスルームのドアをそっと開けてリビングを覗く。ヘッドホンをしてゲームに夢中みたいだ。

 

 さっきまであんな取り乱してたのに現金なやつだなー でも好都合だ。

 

「少しくらい、声出ちゃっても……バレないよね?」

 

 服を脱いで、お風呂場に入っていく。ちょっとだけ……ほんの少しだけ長くシャワーを浴びるだけ。

 

 ただ、それだけ。ほんとうに、それだけ。

 

 

 

 

 

 ハンドルを捻る。

 

 

 

 

 




用語解説

うにょうにょしててかわいいの
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カリフラワーの化け物
※主人公です

神秘マン
啓蒙汁ブシャァ

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